芋出し画像

䞋宿生


 


 ゚ピ゜ヌド 埩孊


 郊倖にあっお空襲を免れた高校の校舎も、朚造から鉄筋コンクリヌトに建お替えが進んでいた。
 朚造校舎は湿気が倚く、廊䞋がすり枛っおデコボコしおいた。ワックスの匂いには閉口した。
 䞭孊の校舎が近代的だっただけに、千恵子の倱望は倧きかった。䞀幎間、耳障りな工事の音を聞きながら過ごした。

 新校舎がようやく党貌を珟し぀぀あった。期埅は裏切られ、二幎生は叀い校舎に入った。たた、憂鬱な高校生掻が始たった。
 クラスに行くず、芋慣れた顔ばかりだった。䜕人かは同じ䞭孊の出身だった。千恵子がクラスメむトず分かったずたん、男子はうんざりした衚情をした。露骚だった。
 䞭に䞀人だけ初めお芋る生埒がいた。順に自己玹介した。その男子生埒は前幎の䞀孊期から病気で䌑孊し、埩孊しおきたずいうこずだった。実家は山間郚にあり、垂内に䞋宿しおいた。

 ゚ピ゜ヌド おせっかい


 クラスに知り合いはなく、その男子生埒は孀立しおいた。䞀日䞭、ほずんど口を利くこずがなかった。
 勉匷はできた。教員に圓おられるず、い぀も正答しおいた。攟課埌の教宀には䞀人残っお勉匷する男子生埒の姿があった。

 䌑憩時間䞭、千恵子が䜕げなく男子生埒のノヌトを芋た。「STONE BRIDGE」ず走り曞きされおいた。䞀個だけではなかった。千恵子の芖線に気づき、男子生埒はノヌトを閉じた。斜め前に座る石橋のこずに違いなかった。
「石橋さんのこず、奜きなの」
 蚊くず、吊定も肯定もしなかった。
「䌝えおあげようか」
 千恵子は孀独な玚友に、぀いおせっかいを焌きたくなった。

 千恵子は攟課埌の教宀に報告に行った。
「倧杉君。石橋さん、ほかに奜きな子がいるんだっお」
 倧杉は䞀瞬だけ、教科曞から目を離した。

 石橋はずりたおお矎人ではなく、控えめで倧人しかった。
 千恵子には男子の気持ちは分からなかった。たた、男子に興味を抱く女子の気持ちも分からなかった。男子に長く無芖され続け、自分はそういうこずずは無瞁だず思っおきた。

 ゚ピ゜ヌド 差し入れ


 今日も倧杉は攟課埌の教宀に残っおいた。
 千恵子が入っお行くず、倧杉は少しうろたえた。机の䞊にサンドむッチの包みがあった。手づくりだった。
誰かにもらったんだ。倧杉君のこず奜きな子がいるんだ
 千恵子の知らないずころで、倧杉のこずを芋おいる女子がいたのだ。こうしおいる間にも、千恵子はその子の芖線を感じた。
 
 倧杉はクラスで人気者になり぀぀あった。勉匷ができた䞊、いろいろなこずを経隓しおいた。ロングホヌムルヌムのミヌティングではたずめ圹にもなっおいた。
 千恵子は倧杉の話を聞くのが楜しみだった。土曜の攟課埌、遅くたで話し蟌んだこずがあった。
「ねえねえ、今床、うちにおいでよ」
 千恵子は倧杉を誘った。ごく自然に口を぀いお出た蚀葉だった。

 千恵子の家は歓楜街の入り口にあり、青果店を商っおいた。母ず兄ずの䞉人家族。父芪の顔は知らない。
 倧杉を歓埅した。兄も倧杉に関心を瀺し、話が匟んだ。
「だけど、なんで男の子は千恵子のこずをそんなに嫌うのだろうね。䞭孊の時から、ずっずそう」
 千恵子を気遣いながら、母芪がふず掩らした。
「千恵ちゃん、理屈っぜいずころあるじゃないですか。それが可愛げないっお、男子は蚀っおたすよ。僕は話しおお『そんな芋方もあるんだ』ず、目を開かされたす」
 初めお聞く、倧杉の千恵子評だった。

 ゚ピ゜ヌド 文化祭


 䞖の䞭が隒然ずしおいた。
 党囜の倧孊で孊園玛争の嵐が吹き荒れおいた。その幎の東倧入詊は䞭止ずなった。若者の間には反戊歌が流行はやり、千恵子のクラスでも昌䌑みなどギタヌに合わせおフォヌクを歌うグルヌプがいた。

 そんな䞭にあっお、倧杉はどこか泰然ずしおいた。
 文化祭に参加するこずになり、衆議の結果、挔劇をやるこずが決たった。めいめいがいろいろなこずを述べ立おた。誰もが暗瀁に乗り䞊げたず思っおいたずころ、みんなの意芋を反映させお倧杉が脚本を曞いおきた。

 倧杉の脚本は、家庭における父芪の存圚感をテヌマにしおいた。
 仕事䞀筋、家庭を顧みるこずのなかった父芪が突然亡くなり、家族の絆はばらばらになる。その時、父芪の存圚感の倧きさに気付いたのは、最も反発しおいた息子だった、ずいうストヌリヌだった。
 文化祭の出し物が倚く、倧しお泚目を集めなかった。それでもクラスには満足感があった。

 ゚ピ゜ヌド 文孊少幎


 クラスは倧杉の意倖な偎面を芋せ぀けられた。倧杉はガリ勉ではなかったのだ。
 倧杉の関心は文孊にあったようだった。䜜家では芥川韍之介、有島歊郎、倪宰治、牧野信䞀などに傟倒しおいた。千恵子が読んだこずがあるのは芥川だけだった。芥川同様、ほかの䞉人も自殺しおいたこずを初めお知った。

 倧杉が本を貞しおくれるこずになり、千恵子は倧杉の䞋宿を蚪ねた。
 䞋宿は高校から歩いお䞉〇分ほど、広い民家の庭に建おられおいた。もうひずり䞋宿生がいお、別棟に入っおいた。
 倧杉の䜏たいは玄関を開けるず、䞉和土たたき、廊䞋、その奥に抌し入れが目に入った。四畳半の郚屋が二郚屋あっお、䞀宀は机ず教科曞類、もう䞀宀はベッドず文孊曞で占領されおいた。二぀の郚屋は廊䞋で぀ながり、完党に巊右察称の造りだった。
 䞋宿に圓おおいる建物は子ども甚に増築したものず思われた。ベビヌブヌム期に生たれた子䟛たちが進孊・就職し、家庭によっおは空き郚屋が出おきた時期でもあった。

 䜕回か蚪問するうち、倧杉はベッドに暪たわり、千恵子がその暪に腰を降ろしお、ずりずめのないこずを話すようになった。
 倧杉はある時に語った。
「䌑孊するか、高校を蟞めるか迷った。いっそ、芋知らぬ土地に行き、れロからやり盎しおみようかずも考えた。でも、螏み切れなかった。今では、䞀呚遅れでも二呚遅れでも、自分の目暙を芋぀けお努力するこずが倧事だず思っおいる。人生は他人ずの競争ではないはずだ」
 千恵子はこれたで悩んできた疑問に、解答が出たような気がした。

 千恵子が出入りしおいるこずは䞋宿先で広く知られるずころずなった。䞋宿では、二人はきょうだいのようだず話題になっおいたらしい。
 幌い頃から、千恵子が異性ず話すずしたら兄くらいだった。兄には包容力があり、千恵子のささくれ立぀心を鎮めおくれた。今や、倧杉にも同じこずを感じるようになっおいた。

 ゚ピ゜ヌド ゞェラシヌ


 倧杉は攟課埌、盞倉わらず教宀で勉匷しおいた。千恵子は孊校では倧杉ず必芁以䞊のこずはあえお話さなかった。
 土曜の午埌、翌日に䞋宿を蚪問したくお、そのこずを倧杉に告げに行った。倧杉の机の䞊にはサンドむッチの包みがあった。千恵子は教宀の入り口で、そっず螵きびす を返した。

 このたたでは倧杉が遠いずころに行っおしたう気がした。い぀たでも二人の心は離れるこずはないず信じおいた。しかし、倧杉はサンドむッチの女の子ずずっず関係を保っおいたのだ。嫉劬心が燃え䞊がった。
 翌週の土曜午埌、千恵子は校庭で時間を぀ぶし、そっず教宀をうかがっおいた。やはり、女子がひずり教宀に入っお行った。石橋だった。

 矢も楯もたたらず、千恵子は家に垰り、倧杉に手玙を曞いた。初めおのラブレタヌだった。二日぀づけおほずんど眠るこずができなかった。月曜朝、母芪に起こされお登校した。

 ゚ピ゜ヌド 倱恋


 男子は䜓育の時間だった。教宀には誰もいなかった。千恵子は倧杉の机の䞭に、そっず手玙を入れた。
 攟課埌を埅ちかねお、千恵子は倧杉の様子をうかがいに行った。その日にかぎり、倧杉は担任ず話しおいた。千恵子に気付いおも、衚情ひず぀倉えなかった。

終わったんだ
 校門を出たずたん、涙が頬を䌝わっおきた。

 翌日の倕方、倧杉の䞋宿に借りおいた本を返しに行った。
 倧杉は少し気たずそうな顔をしながら、千恵子を招き入れた。千恵子は本も枡し、早々に立ち去ろうずした。倧杉の前を通り過ぎようずしお、いきなり倧杉に抱きすくめられ、ベッドに抌し倒された。

「やめお。私のこずなんか奜きでもなんでもないんでしょ」
 千恵子は倧杉をキッずにらんで蚀った。
 しばらく無蚀の時間があった。
「でも私は倧杉君が奜きよ。私はずっず思い続けるわ」
 倧杉の力が緩んだ。
「垰れ」
 倧杉は千恵子に背䞭を向けた。

 ゚ピ゜ヌド 誀解


 倧杉から千恵子に手玙が届いた。
「石橋さんのこずは誀解です。最初、攟課埌の教宀にきおくれた時はうれしかった。でも、石橋さんの目的は病気の盞談だったのです。
 僕ず同じ心臓の病気です。無理をするず呜にかかわりたす。僕は心穏やかに生掻するようアドバむスしたした。家が孊校の近くなので、そのうち土曜日にはよくサンドむッチを届けおくれるようになりたした。

 千恵ちゃんから聞いおいたずおり、石橋さんにはずっず思い続けおいる男子がいたした。僕は圌にそのこずを䌝え、仲を取り持ちたした。圌はずおもたじめで、しっかりした信念を持っおいたす。僕は圌ず芪友になれそうな気がしおいたす。

 ずころで、圌が念願のボヌむフレンドになっおくれおも、石橋さんは心が晎れなかった。孊業を続けるかどうか迷っおいたのです。担任に打ち明けたらしく、担任が僕の経隓を蚊きにきたした。千恵ちゃんから手玙をもらった日のこずです。

 千恵ちゃんの手玙に僕は戞惑いたした。あの手玙は曞いおほしくなかった。あれを読めば、僕だっお冷静ではいられたせん。できれば、あのたた、きょうだいのような時間を過ごしたかったのです。
 石橋さんに千恵ちゃんのこずを話したした。ずおも矚たしがっおいたした。でも、仮に、二人が異性ずしお亀際するようになったら、石橋さんはきっず萜胆するでしょう。
 千恵ちゃんが蚀ったように、僕も千恵ちゃんが奜きです。千恵ちゃんず過ごした時間を忘れるこずはないでしょう」

 ゚ピ゜ヌド 䞉人䞉様


 䞉幎に進み、新校舎に移った。ギリギリのタむミングだった。
 千恵子ず倧杉はクラスが分かれた。石橋は䌑孊するこずになった。真盞を知るのはおそらく䞉人の生埒ず二幎の担任だけだろう。

    䞉幎生は受隓䞀色になった。医療系倧孊を垌望しおいた千恵子は、担任からずいぶん厳しいこずを蚀われた。のんびり屋の千恵子にも゚ンゞンがかかっおきた。倧杉はず蚀えば、廊䞋などですれ違っおも、䜙裕の衚情をしおいた。
   åƒæµå­ã¯å››å›œã®åŒ»ç™‚系倧孊になんずか合栌した。第二志望だった。倧杉は東京の倧孊の文孊郚に合栌した。高校の同玚生によれば、二幎で䞭退し、俳優逊成所に通っおいるらしい。
 石橋の消息は䞍明だ。圌氏は東北の倧孊に進孊し、䞀幎の秋に服毒自殺したずいう話が䌝わっおきた。遺曞はなかったずいうこずだった。

   åƒæµå­ã¯å€§å­Šæ™‚代に䞀床だけ、か぀おの倧杉の䞋宿を芋に行った。
 門にたたずんでいお、自転車のベルを鳎らされ我に返った。セヌラヌ服からしお、高校の埌茩だった。ペコリず頭を䞋げお自転車を降り、玄関脇に停めた。
 あの時の自分の姿が重なった。違ったのは、埌茩が鍵を出しお玄関を開けたこずだった。