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深淵の倧魔道士 第9話「黒韍の森」創䜜倧賞2026ファンタゞヌ小説郚門ラむトノベルラノベ

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    黒韍の森に、䞀歩螏み入れた瞬間。

    フラワヌ・マンディは、䞖界の枩床が倉わった気がした。

    空にはただ昌の光があるはずなのに、森の䞭は暗い。
    枝葉に裂かれた光は、地面ぞ萜ちる頃には黒に近い緑ぞ倉わっおいる。

    湿った土の匂い。
    叀い朚の根。
    獣めいた、生枩かい気配。

    街の春ずも、サクラの聖域の春ずも違う。

    ここにあるのは、咲くための森ではなく、生き残るための森だった。

    「足元を芋すぎない方がいいよ」

    先頭を歩く黒猫が、尻尟を揺らしながら蚀った。

    シャム。

    ハむネが十幎ぶりに呌び出したずいう、よく喋る黒猫の䜿い魔。
    金色の目だけが、暗い森の䞭で劙に鮮やかだった。

    「芋すぎるず、森に“怯えおいる”ず教えるこずになる」

    「森に、ですか」

    「そう。黒韍の森は、よく芋る。よく嗅ぐ。よく芚える」

    シャムは倒れた朚の䞊ぞ軜々ず飛び乗る。

    「怖がっおいる者。匷がっおいる者。自分を分かっおいない者。そういう匂いが奜きなんだ」

    ラビヌ・クリステむルが、䞍死鳥を胞に抱えたたた眉を䞊げた。

    「ずいぶん趣味の悪い森ですわね」

    「黒韍に䞊品な趣味を期埅しない方がいい」

    「それは同感ですわ」

    そう返したラビヌの顔色は、ただ䞇党ではなかった。

    胞元では、小さな䞍死鳥が静かに矜を畳んでいる。
    金ず玅の火の粒が、现い糞のようにラビヌの身䜓ぞ流れ蟌んでいた。

    その火がなければ、ラビヌはただ立おない。

    本人は認めたがらない。
    けれど、その事実をフラワヌは知っおいる。
    ラビヌ自身も、きっず分かっおいる。

    「ラビヌちゃん、倧䞈倫」

    フラワヌが小声で尋ねる。

    「歩けたす。なら、歩きたす」

    ラビヌは短く答えた。

    その声には、い぀もの誇り高さがある。
    けれど、以前ずは少し違う。

    匱っおいるこずを分かった䞊で、それでも前ぞ進もうずしおいる声だった。

    「無理しすぎたら、ちゃんず蚀っおね」

    「あなたもですわよ」

    「え」

    「怖い時に、怖くないふりをしないこずです」

    思わぬ蚀葉に、フラワヌは瞬きをした。

    ラビヌは芖線を逞らす。

    「黒猫が蚀っおいたでしょう。この森は、自分の匱さを芋ない者を嫌うず」

    蚀い方は少しき぀い。
    でも、そこにある枩床はやわらかかった。

    フラワヌは、胞元の鞄に手を添える。

    䞭には、サクラのフルヌトがある。
    ただ䜿っおはいけないもの。
    けれど、自分が䜕かを背負っおいるこずを忘れないための重さ。

    「うん。怖い」

    フラワヌは正盎に蚀った。

    「でも、行きたい」

    ラビヌは少しだけ口元を緩めた。

    「それなら、十分ですわ」

    少し埌ろを、ハむネ・ベルセルクが歩いおいた。

    黒い魔導曞を抱え、眠たげな目を半分閉じおいる。
    けれど、い぀ものような気の抜けた雰囲気は薄い。

    森に入っおからずっず、ハむネはほずんど喋っおいない。
    黒い魔導曞の衚玙に片手を添えたたた、䜕かを譊戒しおいる。

    シャムが、ちらりずハむネを芋た。

    「倧䞈倫かい、寝䞍足深淵嚘」

    「その呌び方をやめおください」

    「じゃあ、無理しがち黒魔導曞持ち」

    「長いです」

    「事実を短くたずめるのは難しいね」

    ハむネは小さく息を吐いた。

    「私は倧䞈倫です」

    「その返事は信甚しないこずにしおいる」

    「では、聞かないでください」

    「聞くさ。僕は芋匵り圹だからね」

    フラワヌは、そのやり取りに少しだけ笑った。

    怖い。
    でも、笑えた。

    森の暗さの䞭で、その小さな笑いが、ほんの少しだけ足元を明るくした気がした。

    その時だった。

    森の奥から、䜎い音が響いた。

    咆哮ずいうより、地面そのものが喉を鳎らしたような音だった。

    フラワヌの足が止たる。
    ラビヌの䞍死鳥が、胞元で小さく矜を広げる。
    ハむネの指が、黒い魔導曞の衚玙を抌さえた。

    「今のは  」

    「挚拶だね」

    シャムは軜く蚀った。

    「歓迎ではないけど、拒絶でもない」

    「分かるんですか」

    「僕は賢い黒猫だからね」

    「本圓に」

    「疑い深いね、お嬢さん。いいこずだ」

    シャムはたた歩き出す。

    「この森では、玠盎すぎるのも危ない。疑いすぎるのも危ない。倧事なのは、自分の足で立っお、自分の怖さを認めるこずだ」

    自分の怖さを認めるこず。

    それなら、少しだけ分かる。

    サクラのフルヌトを受け取った時も。
    ラビヌの呜を花珠で包んだ時も。
    ハむネが黒い魔導曞ぞ戻っおしたった時も。

    ずっず怖かった。

    けれど、怖くなくなるこずが匷さではない。

    怖いたた、手攟さないこず。
    それを、少しず぀芚え始めおいる。

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    「止たっお」

    突然、シャムが蚀った。

    䞉人はその堎で足を止める。

    森が静たり返った。

    鳥の声もない。
    葉の音もない。

    ただ、遠くから、氎のようなものが流れる音が聞こえる。

    いや。

    違う。

    氎ではない。

    䜕かが地面を這う音。

    「来たす」

    ハむネが呟いた。

    次の瞬間、朚々の圱が膚らんだ。

    黒いものが、幹の間から滑り出おくる。

    韍だった。

    ただし、䞀頭ではない。

    小型の黒韍が、四方から姿を珟す。

    挆黒の鱗。
    金色に光る现い瞳。
    たたたれた翌。
    獣のように盛り䞊がった背䞭。

    倧きさは銬ほど。
    けれど、その気配は普通の獣ずはたるで違った。

    黒韍たちは、襲いかかっおこなかった。

    ただ、芋おいる。

    フラワヌを。
    ラビヌを。
    ハむネを。

    「戊わないで」

    シャムが静かに蚀った。

    「この森で最初に火を撃おば、敵ずしお芚えられる」

    ラビヌが杖にかけた指を止める。
    䞍死鳥が、胞元で小さく鳎いた。

    「では、どうすればいいのですか」

    「自分を倧きく芋せようずしないこず。そしお、小さくなりすぎないこず」

    「難しいですわね」

    「黒韍は、難しいものが奜きなんだ」

    䞀頭の黒韍が、フラワヌの方ぞ近づいおきた。

    䜎く、喉を鳎らす。

    フラワヌの足が埌ろぞ䞋がりかける。

    その瞬間、鞄の䞭のフルヌトが、かすかに枩かくなった。

    逃げないで。

    そう蚀われた気がした。

    フラワヌは、息を吞う。

    怖い。

    でも、逃げない。

    杖を向けるのでもなく、花を咲かせるのでもなく。
    ただ、自分の胞元に手を添えた。

    「  怖いです」

    小さく蚀った。

    「でも、あなたを傷぀けたいわけじゃありたせん。私は、光の祠に行きたいだけです。守るために、光を孊びたいから」

    黒韍は、じっずフラワヌを芋おいた。

    その瞳の奥に、怒りはない。
    ただ、底の芋えない黒がある。

    フラワヌは、その黒を芋぀め返した。

    やがお黒韍は、ふいず顔を逞らした。
    道の脇ぞ䞋がる。

    フラワヌは息を吐いた。

    「今のは、合栌に近いね」

    シャムが蚀った。

    「近い、ですか  」

    「満点を欲しがらないこずだよ。満点欲しさに匷がる者から食われる」

    ラビヌが、今床は別の黒韍ず向き合っおいた。

    その黒韍は、ラビヌの胞元にいる䞍死鳥をじっず芋おいる。

    䞍死鳥は怯えおいない。
    けれど、炎を倧きくするこずもなかった。

    ただ、小さな金色の火を灯したたた、黒韍を芋返しおいる。

    ラビヌは、杖を握らなかった。

    「  わたくしは今、匱っおいたすわ」

    その蚀葉は、圌女にずっお屈蟱だったはずだ。

    けれど、ラビヌははっきり口にした。

    「この子に呜を繋がれおいなければ、こうしお立぀こずもできない。でも、それを隠しお匷がるほど、愚かではいたくありたせん」

    黒韍の錻先が、わずかに動く。

    䞍死鳥が小さく鳎く。

    ラビヌは少しだけ眉を寄せた。

    「もちろん、匱いたたでいる぀もりもありたせんわ」

    黒韍はラビヌを芋぀めおいた。

    やがお、ゆっくりず䞀歩䞋がる。

    道が、少しだけ開いた。

    シャムが満足そうに尻尟を揺らす。

    「いいね。病み䞊がり火力嚘も、少しは森に嫌われない歩き方を芚えた」

    「誰が病み䞊がり火力嚘ですの」

    「君以倖にいるのかい」

    「あずで燃やしたすわ」

    「その前に治りなよ」

    ラビヌは蚀い返そうずしお、少しだけ咳き蟌んだ。

    フラワヌが慌おお支える。

    「倧䞈倫」

    「  だから、倧䞈倫ですわ」

    「その返事、みんな信甚しおないず思う」

    「倱瀌ですわね」

    その暪で、ハむネは最埌の黒韍ず向き合っおいた。

    黒韍は、ハむネだけを芋おいなかった。

    ハむネの抱える黒い魔導曞を芋おいた。

    その瞳に、明らかな譊戒がある。

    ハむネの指が、魔導曞の衚玙を匷く抌さえる。

    「私は、あなたたちを沈めに来たわけではありたせん」

    䜎い声だった。

    黒韍が、喉を鳎らす。
    森の奥で、同じ音がいく぀も重なった。

    フラワヌの背筋が冷える。

    ハむネは静かに続ける。

    「必芁なら、沈めるこずはできたす。でも、今日はしたせん」

    黒韍の瞳が、さらに现くなる。

    ハむネは目を逞らさなかった。

    「私は、光の祠ぞ行きたす。䌚わなければいけない人がいるから」

    その声は、ほんの少しだけ揺れおいた。

    「ずっず、䌚わないたたでいた人です」

    黒韍は、しばらく動かなかった。

    やがお、ゆっくりず頭を䞋げた。

    道が開く。

    シャムが、小さく息を吐いた。

    「君も、少しは正盎になったね」

    「うるさいです」

    「耒めおるんだよ」

    「耒め方が䞋手です」

    「君ほどじゃない」

    黒韍たちは、森の圱ぞ戻るように、䞀頭ず぀姿を消しおいく。

    最埌に残った䞀頭だけが、䜎く喉を鳎らした。

    それは、譊告のようにも、蚱可のようにも聞こえた。

    「進むよ」

    シャムが蚀った。

    「ここから先は、森の奥だ」

    

    森はさらに深くなった。

    光はほずんど届かない。
    足元の根は耇雑に絡み合い、少し気を抜くずすぐに躓きそうになる。

    フラワヌは䜕床も杖で身䜓を支えた。

    ラビヌは平然ず歩いおいるふりをしおいたが、呌吞が少しず぀浅くなっおいる。
    䞍死鳥がそれを感じ取ったのか、時折、金色の火の粒を倚めに流し蟌んでいた。

    ハむネは無蚀だった。
    だが、時々、黒い魔導曞の衚玙を抌さえる指が匷くなる。

    森の黒さが、深淵に䌌おいるのかもしれない。

    そう思うず、フラワヌは少し胞が痛んだ。

    「ねえ、シャム。黒韍は、どうしお光の祠の近くにいるの」

    「守っおいるのさ」

    「守っおいる」

    「祠を、ずいうより、そこに近づく者の芚悟をね」

    ラビヌが顔を䞊げる。

    「詊隓官みたいなものですの」

    「もっず厄介だよ。詊隓官は答案を芋る。黒韍は、君自身を芋る」

    シャムは小さく笑う。

    「光の祠ぞ向かう者が、光だけを綺麗なものだず思っおいるなら、この森を抜けられない」

    「どういう意味ですか」

    フラワヌが尋ねる。

    シャムは森の奥を芋た。

    「光は、闇を消すためだけにあるんじゃない。照らしおしたうものでもある」

    「芋たくないものも」

    「もちろん」

    シャムはあっさり蚀った。

    「匱さ。悔しさ。執着。埌悔。愛情。党郚、照らされる」

    ハむネの足が、ほんの少しだけ止たった。
    ラビヌも黙る。

    フラワヌは、胞元の鞄に手を添える。

    自分は光を孊びたい。

    でも、光が芋たくないものたで照らすのなら。

    サクラのフルヌトを持぀怖さも。
    呜に觊れた怖さも。
    ハむネを救いたいず思っおしたう重さも。

    党郚、芋なければいけないのだろうか。

    「  それでも、行きたす」

    フラワヌは小さく蚀った。

    誰に向けた蚀葉でもなかった。

    けれど、蚀葉にしおおきたかった。

    シャムはちらりずフラワヌを芋る。

    「いい声だ」

    「え」

    「怖いけど行く、ずいう声だ」

    黒猫は楜しそうに歩く。

    「そういう声は、森も嫌いじゃない」

    その時だった。

    颚向きが倉わった。

    鉄の匂いがした。

    血ではない。
    もっず冷たく、也いた匂い。

    「刀だ」

    シャムが呟く。

    ハむネの衚情が倉わる。

    「  たさか」

    森の奥から、金属が擊れる音が聞こえた。

    続いお、䜎い咆哮。

    黒韍のものだ。

    䞀頭ではない。
    耇数。
    いや、矀れ。

    「急ぐよ。あれは、森に嫌われた者の音だ」

    シャムが走り出し、䞉人はその埌を远った。

    朚々の間を抜ける。
    根を越える。
    黒い枝が服の裟を匕っかく。

    咆哮が近づく。

    そしお、開けた堎所ぞ出た。

    そこは、森の䞭にぜっかりず空いた円圢の空間だった。

    地面には、巚倧な爪痕がいく぀も刻たれおいる。
    呚囲には、十頭を超える黒韍。

    その䞭心に、ひずりの男が立っおいた。

    長い黒玫の髪。
    现い県鏡。
    裂けた倖套。
    口元には、どこか楜しげな笑み。

    そしお右手には、䞀本の刀。

    刀身は黒く、刃の瞁だけが䞍気味に赀く光っおいた。

    男の足元には、すでに䜕頭かの黒韍が倒れおいる。
    けれど、男も無傷ではなかった。

    巊肩から血が流れおいる。
    呌吞は荒い。
    握った刀からは、犍々しい気配が滲み出おいた。

    「  さすがに、ここたでか」

    男が笑う。

    その笑みは、勝者のものではなかった。

    死を前にしお、それでも笑っおいる者の顔だった。

    ラビヌが息を呑む。

    「䜕者ですの、あの男」

    ハむネは男の刀を芋おいた。

    「鬌培  」

    その名を聞いた瞬間、男の芖線がこちらぞ向いた。

    「この刀の名を知っおいるのか」

    「知っおいたす」

    ハむネは前ぞ出る。

    「面倒な刀ですから」

    男は䞀瞬だけ黙った。

    それから、愉快そうに笑った。

    「面倒、か。違いない」

    黒韍が䞀頭、男ぞ飛びかかる。

    男は振り向きもしなかった。

    ただ、刀を暪ぞ滑らせる。

    黒い斬撃が走り、黒韍の巚䜓が地面ぞ厩れる。

    フラワヌは思わず口元を抌さえた。

    速い。
    矎しい。
    けれど、怖い。

    斬るこずに慣れすぎおいる。

    いや。

    斬らされおいるようにも芋えた。

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    「ハむネさん、あの人は  」

    「AIH-130」

    ハむネが䜎く蚀う。

    「通称、以蔵」

    男――以蔵は、刀を肩に担ぐ。

    「その名たで知っおいるずはな。俺も有名になったものだ」

    「森の䞭で黒韍を斬り続ける趣味は聞いおいたせん」

    「趣味ではない」

    以蔵は口元を歪めた。

    「道に迷っただけだ」

    シャムが呆れたように蚀う。

    「芋事に嫌われる歩き方だね」

    「猫が喋るのか」

    「刀に話しかける男に驚かれたくないね」

    以蔵は少しだけ笑った。

    だが、次の瞬間、刀が䜎く震えた。

    赀黒い光が、刃に走る。

    以蔵の衚情が䞀瞬だけ歪む。

    「  黙れ」

    誰に蚀ったのか分からなかった。

    黒韍ではない。
    シャムでも、ハむネでもない。

    刀に蚀ったのだ。

    「その刀  」

    ハむネが蚀う。

    「ただ人を斬りたがっおいるんですね」

    以蔵の笑みが消えた。

    「本圓に、よく知っおいるな」

    「埡堂博士の危険な癟番台の話は、少しだけ」

    「博士、ね」

    以蔵は目を现める。

    「懐かしい名だ」

    黒韍たちが、さらに呚囲を狭める。
    空気が震える。
    以蔵の刀もたた、震えおいる。

    斬れ。

    斬れ。

    斬れ。

    そんな声が、聞こえる気がした。

    「その刀を玍めおください」

    ハむネが蚀う。

    「このたたでは、あなたは黒韍ではなく、刀に呑たれたす」

    以蔵は笑った。

    「刀に呑たれるか。悪くない」

    「よくありたせん」

    「では、どうする。俺を助けるか」

    挑発するような声。

    ハむネは答えなかった。

    黒い魔導曞を開く。

    ぺらり。

    ペヌゞがめくれる。

    それだけで、黒韍たちが䞀斉に譊戒した。
    森そのものが、深淵を嫌っおいるようだった。

    シャムが鋭く蚀う。

    「ハむネ、沈めるなよ」

    「分かっおいたす」

    「本圓に」

    「努力したす」

    「それが䞀番怖いんだよ」

    ハむネは魔導曞を抌さえた。

    黒い手が、地面から䞀本だけ䌞びる。

    韍を沈めるためではない。

    以蔵の刀の圱ぞ向かう。

    黒い手が、鬌培の圱を掎んだ。

    刀が、甲高い音を立おお震える。

    以蔵の腕が跳ねた。

    「っ  」

    「ラビヌさん。䞍死鳥の火を、刀ぞ向けないでください。あなたの火が吞われたす」

    「蚀われなくおも分かりたすわ」

    ラビヌは䞍死鳥を抱きしめる。

    「フラワヌさん」

    「はい」

    「氎珠を、あの人の手元ぞ」

    フラワヌは息を呑む。

    刀の近くぞ氎珠を䜜る。

    怖い。

    けれど、やるしかない。

    泉で孊んだ感芚を思い出す。

    握らない。
    掎たない。
    流れを読む。

    以蔵の腕。
    刀の震え。
    そこに入り蟌む赀黒い衝動。

    氎は、その衝動を消すのではなく、少しだけ冷たす。

    「咲いお  ではなく」

    フラワヌは小さく息を吞った。

    「留たっお」

    以蔵の手元に、小さな氎珠が生たれた。

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    刀の赀黒い光が、氎面に映る。
    氎珠は䞀瞬で蒞発しかける。

    けれど、フラワヌは支えた。

    「今です」

    ハむネの黒い手が、鬌培の圱をさらに瞫い止める。

    シャムが飛び出した。

    黒猫の身䜓が、圱のように䌞びる。

    以蔵の足元をすり抜け、刀の柄ぞ爪を立おた。

    「離せ、人斬り」

    シャムの声が䜎く響く。

    「その刀は、君の手じゃなく、君の傷を握っおいる」

    以蔵の目が、倧きく芋開かれた。

    䞀瞬。

    本圓に䞀瞬だけ、以蔵の手の力が緩む。

    その瞬間、ハむネが蚀った。

    「手を離しお」

    以蔵は刀を芋た。

    鬌培が震えおいる。
    黒韍たちが唞っおいる。
    森が、芋おいる。

    以蔵は口元を歪めた。

    「  刀を手攟せば、俺に䜕が残る」

    その蚀葉は、思ったよりも静かだった。

    ラビヌが息を呑む。
    フラワヌも、胞が痛くなる。

    自分の焔がなければ。
    自分の花がなければ。
    自分の深淵がなければ。

    䜕が残るのか。

    それは、ここにいる誰にずっおも他人事ではなかった。

    ハむネは、以蔵を芋た。

    「残りたす」

    「䜕が」

    「あなたが」

    以蔵の衚情が止たる。

    「刀を持っおいるから、あなたなのではありたせん」

    ハむネは続ける。

    「刀を手攟しおも残るものがあるかどうかを、確かめに行けばいい」

    「どこぞ」

    「光の祠ぞ」

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    シャムが、にやりず笑った。

    「いいね。面倒なのを拟った」

    「拟っおいたせん。同行しおもらうだけです」

    「それを拟ったず蚀うんだよ」

    以蔵はしばらくハむネを芋おいた。

    やがお、䜎く笑う。

    「面癜い」

    刀の震えが、少しだけ匱たる。

    以蔵はゆっくりず鬌培を鞘ぞ玍めた。

    完党には収たらない。
    刃の奥で、ただ赀黒い光が燻っおいる。

    けれど、斬撃の気配は消えた。

    黒韍たちは、動かなかった。
    ただ、じっず以蔵を芋おいる。

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    以蔵は䞡手を軜く䞊げた。

    「斬らない。今はな」

    「今は、ずいうずころが実に信甚ならない」

    シャムが呟く。

    「信甚は売り切れだ」

    「仕入れおおきなよ。祠たでには必芁になる」

    以蔵は笑った。

    その笑みには、さっきたでの死の匂いが少しだけ薄れおいた。

    黒韍たちが、䞀頭ず぀森の奥ぞ退いおいく。

    完党に蚱されたわけではない。
    けれど、今すぐ襲う぀もりもない。

    そういう距離だった。

    フラワヌは、ようやく息を吐いた。

    「助かった  んですよね」

    「ひずたずね」

    シャムが蚀う。

    「ただし、厄介な荷物が増えた」

    「荷物ずは倱瀌だな、猫」

    「刀に呑たれかけおいた迷子剣士よりは䞊品な衚珟だず思うよ」

    「蚀うな」

    以蔵は楜しそうに肩をすくめた。

    ラビヌは以蔵を芋おいた。

    「あなた、刀を手攟すのが怖かったのですわね」

    フラワヌが驚いおラビヌを芋る。

    以蔵は少しだけ目を现めた。

    「そう芋えたか」

    「ええ」

    ラビヌは胞元の䞍死鳥に手を添える。

    「わたくしにも、分かる気がしただけですわ」

    以蔵は䜕も蚀わなかった。

    ただ、刀の柄から少しだけ手を離した。

    ハむネは森の奥を芋る。

    「行きたしょう」

    「光の祠ぞ」

    フラワヌが尋ねる。

    「はい」

    ハむネの声は静かだった。
    けれど、さっきより少しだけ重い。

    以蔵が加わったこずで、道はさらに耇雑になった。

    黒韍の森はただ終わっおいない。
    光の祠は、ただ芋えない。

    それでも、進むしかない。

    フラワヌは鞄の䞭のフルヌトに手を添えた。

    ほんのわずかに、春の音がした気がした。

    それは、急げずいう音ではなかった。

    斬らずに枈む道を探せ、ずいう音にも聞こえた。

    シャムが先頭に立぀。

    「さお、迷子剣士も拟ったこずだし、行こうか」

    「拟っおたせん」

    「拟われおやった芚えもない」

    「どちらでもいいよ。黒韍の森は、面倒な者ほど奥ぞ通したがる」

    シャムは尻尟を揺らした。

    「たぶん、この先に光がある」

    森の奥から、颚が吹いた。

    暗い朚々の間に、ほんの䞀筋だけ、癜い光が差しおいる。

    それは、ただ遠かった。

    けれど確かに、そこにあった。

    フラワヌは䞀歩螏み出す。
    ラビヌも、䞍死鳥を胞に抱いたたた歩き出す。
    ハむネは黒い魔導曞を抱え、目を现めた。
    以蔵は少し遅れお、刀の柄に觊れそうになった手を、そっず䞋ろした。

    黒韍の森は、ただ深い。

    けれど、その奥にある光ぞ向かっお。

    䞀行は、静かに歩き始めた。

    その時だった。

    森の奥から、かすかな鈎のような音がした。

    フラワヌは足を止める。

    それは颚の音ではなかった。
    氎の音でも、黒韍の息でもない。

    朚々の奥で、癜い光が䞀床だけ瞬いた。

    ハむネの指が、黒い魔導曞の衚玙を匷く握る。

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    「  ヒュンケル」

    その名は、声ずいうより、息に近かった。

    誰も、聞き返せなかった。

    黒韍の森の奥で、光の祠が、静かに目を芚たしおいた。

    第10話ぞ぀づく。

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