Leaf ―― 天使たちのいた時間
窓の外で、青々とした木々の葉が夏の光を浴びて微かに揺れている。
あの葉の一枚一枚が、私の記憶のピースのようだ。風が吹けば、ハラハラとあっけなく落ちて、どこかへ消えていってしまう。
最近、自覚がある。私の頭の中の「時計」や「引き出し」が、少しずつ壊れ始めていることに。
さっきまで考えていたことが、霧のように消える。よく知っているはずの人の名前が、喉の奥でつっかえたまま出てこない。昨日何を食べたか、今日が何曜日か、境界線がどんどん曖昧になっていく。
この先、自分はどうなってしまうのだろう。
すべてを忘れて、大切な人の顔さえ分からなくなる日が来るのだろうか。自分が自分でなくなっていくような、底の知れない恐怖が時折、胸を締め付ける。
けれど、そんな不安の霧を払いのけるように、私の心に鮮明に蘇る景色がある。
それは、子どもたちがまだ小さく、「天使」だったころの記憶だ。
記憶のひだに残る、光の粒子
目を閉じれば、驚くほど鮮やかに、あの頃の空気の匂いや、肌に触れた体温が戻ってくる。
小さな手のひらの温もり 散歩のとき、私の人差し指をぎゅっと握りしめていた、驚くほど柔らかくて小さな手。
晴れやかな笑い声 ただ水たまりを跳び越えただけで、鈴を転がすように笑い転げていた無邪気な顔。
夕暮れの匂い 泥だらけになって遊び、帰りのベビーカーで寝息を立てる子どもたちの、お日様と汗が混じった匂い。
あの頃、彼らは間違いなく、我が家に舞い降りた天使だった。
仕事から疲れて帰った私を、何の見返りも求めず、ただ「お父さん!」と全身で歓迎してくれた。彼らを抱きしめているとき、私は世界の何よりも強く、何よりも幸福だった。
落ち葉が土に還るように
人間は誰もが、一枚の「葉(Leaf)」のようなものかもしれない。
春に芽吹き、夏に青々と茂り、秋に色づいて、やがて冬には枝を離れる。私の記憶の葉も、これからもっと枯れ、落ちていくのだろう。
しかし、たとえ私の脳がそれを忘れてしまっても、「子どもたちが天使だった」という厳然たる過去の事実は、この世界から消えてなくなるわけではない。私の心に刻まれたあの幸福な感触は、私の魂のいちばん深いところに、澱(おり)のように静かに沈殿して私を支えている。
「この先どうなるのか」という問いの答えは、誰にも分からない。
だけど、恐怖に震えるだけの時間はもったいない。
たとえ明日、いくつかの葉が風に吹き飛ばされるとしても、今日この瞬間に思い出せる「天使たちの笑顔」を、今はただ愛おしく、深く胸に抱きしめていたい。