
弱さこそが人を動かす
こんにちは。
noteとThreadsが楽しくて入り浸っているやましょ〜です。
最近noteを書いていて思うんですけど
noteの民、優しすぎやしませんか???
さまざまなSNSで誹謗中傷が飛び交うなか、
noteだけはいつも温かい。
どうやって生きていけばいいのかわからない〜とか
自分には何もないんだ〜とか、
弱音をはきまくっている僕ですが、
みてくださいよ、このコメント。




ありがたいことに
僕の弱い部分までも肯定してくださる方や、
まだ何も形になっていないのに「器買いたいです!」
と言ってくださる方がたくさんそばにいてくれるんです。
これ、noteを始める前の僕が聞くと
驚きのあまり、驚いてしまうと思うんですよ。
(驚き)
ただの僕の弱音をダラダラと書いた記事に対して
そっと寄り添ってくれる。
そんなnoteの皆さんがいてくれるからこそ、
書き続けられているんだなと実感しています。
弱さって人には見せづらいものじゃないですか?
特に男は人前では見栄っ張りなもんです。
僕もそうです。
でも最近いろんな本を読んだり、
noteを見たりして思ったんです。
弱さを見せることで人の心が動くんだ
って。
今さらかもしれないですけど
そんなふうに思えたんですよね。
僕は自分の感情を表に出すことが苦手でした。
特に弱音を吐くことや、泣いたりすること。
どうしても恥ずかしいという気持ちが強くて、
感情を抑え込んで生きてきました。
だから友人にも
「何を考えているのかわからない」
「不思議な人」
「冷徹人間」
みたいなことを言われたりしてきました。
でも、自分の弱いところを見せるよりも
そのほうが圧倒的に楽だったんです。
それは今も続いていて、
恋愛ものや全米が泣いた!みたいな映画を見たとしても
全然泣けないんですよね。
感情はめちゃくちゃ動いているし、
心の中では結構泣いてる。
でも泣かない術を覚えてしまいました。
どのくらい泣かずにいられるか。
サウロとロビンの再会を見ても
我慢できるくらい。

でもこれって結構苦しくて。
自分の感情を表に出せないことで、
その時の感動を分かち合えていない感。
そして人との距離が開いている感覚。
それがずっと心に引っかかっていたんです。
ここ最近は自分のことを掘り下げることで
ある一つのことに気がつきました。
僕は、
自分の価値を下げたくなかった
のだと思います。
弱さを見せる時って
失敗したと思われたくない
ダメな人間だと思われたくない
相手に迷惑をかけたくない
弱いと思われたくない
こんな感情が心のどこかにあって、
そう思われなくない。
弱さを見せられないのは、
自分を守ろうとしていたんだ。
と気がつくことができました。
人は一人では生きていけません。
だれかの助けが必ず必要なんです。
そう考えた時に、
弱さを見せることって生きていくうえで
とてつもなく大事なんじゃね?
と思いました。
例えば、
「助けてください」
と言われた相手は
「あ、この人は助けてもいい人なんだ」
と思えます。
でも
「大丈夫です」
と伝えてしまうと
「助けはいらないんだね」
となってしまう。
これって、相手に弱さを見せることで
相手が動けるための余白を作ること
なんです。
ロビンがエニエスロビーで捕えられていた時もそうでしたよね。

直前までは助けなくていい、と強がっていました。
でもこの発言により
ルフィたちはロビンを助けるために
世界政府と敵対することを選びました。
弱さには、人が入ってくるための隙間がある
ということです。
強がっている人や完璧に見せようとしている人に
あまり距離を詰めようとは思いません。
でも弱さを見せてくれた人には、
近づき、寄り添うことができます。
僕はシステムエンジニアの仕事をしていました。
未経験だったこともあり、
足を引っ張らないように頑張っていました。
わからないところは朝や夜、
休日もお構いなしに勉強し、
職場の勉強会も参加する日々。
周りは未経験で入った僕に対し
優しく声をかけてくださいました。
「大丈夫?」
「困ってることはない?」
でも僕は
弱音吐いてはいけない。
もっと頑張らないと。
みんなの時間を使うわけにはいかない。
そう思って、
「全然大丈夫です!」
と答えるばかりでした。
今思うと馬鹿ですよね。
相手から手を差し伸べてくれていたのに、
自分から振り払うようなことをしていました。
人のことを考えているようで、
結局は自分が恥ずかしい思いをしたくなかっただけなんです。
そんなことを続けた結果、
適応障害と診断され、退職してしまうほど
精神を消耗してしまっていました。
noteを書いていると
成果を出し続けている人たちの良い面ばかりが見えてきます。
そこには
読者を納得させるため数字や
自分を大きく見せるための実績
が所狭しと並べられています。
伸びるためには、
noteで成果を出すためは
と必死になって自分を強く見せている人たち。
そんな人たちに、
共感したり、支えあったり
のような感情って持ちづらいと思います。
本当の仲間や
信頼できる人たちと一緒に生きていきたいのなら
弱さを見せ合えるという心の持ちようが
必須なんじゃないかと思うんです。
noteって弱さを見せやすい環境なんじゃないか。
だって、僕のこんな記事にも
冒頭のような温かいコメントをしていただけるんですよ。
僕があったことがない人たちに向かって
弱さを見せてもいいと思えるのって
本当にすごい心境の変化なんです。
弱さについて考えるきっかけになったのは
misaさんのこの記事の言葉。
「When life gives you lemons, make lemonade.」
直訳すると、
「人生があなたにレモンを与えたら、
それでレモネードを作りなさい」
という意味らしいです。
ニュアンスで言うと、
人生で辛いことや困難(レモン)に出会ったら、
挫けずに良いもの(レモネード)に変えなさいという意味
僕はこの記事を読んで、
いかに辛いことをレモネードに変えていくかというよりも
誰かにレモン(困難や弱さ)を渡せる強さ
が欲しいと思うようになりました。
misaさんの
noteのコメントの数の多さご存じですか??
(Threadsの投稿から拝借)

1ヶ月で、359コメントですよ??????
これってとてつもない数字ですよね。
きっとこれはmisaさんがレモネードを作り続けてきた人生
それを可視化したときの数値なんだと思います。
misaさんの周りには
本当に心が温かい人で溢れかえっていますし、
そして何よりmisaさんが楽しそうなんですよ。
misaさんほどになれなくても
僕も弱さを見せてもらえるような人になりたい。
そう思うほど、misaさんを尊敬しています。
僕は弱い部分を書いて、
たくさんのnoterに優しい言葉をかけてもらいました。
そして、次に進むことができました。
だから、
あなたも弱い部分を見せてみませんか?
これが苦手なんです
「ちょっと助けてください」と言ってみる
noteを書くなら、少しだけ格好悪いところを書いてみる
ほんのちょっとだけでもいいと思うんです。
弱さが見えることで
その人の心の隙間に手を差し出すことができます。
弱さを全部曝け出す必要はないと思います。
100のうち、1だけでもいいです。
弱さはマイナスに捉えられがちですが、
弱さを見せることは
誰かが自分の中に入ってきてくれるための
扉を開けておくようなものかもしれない。
そんなふうに考えられるようになった今、
弱さこそが人を動かす
と確信しています。
もし今日、誰かの弱さに触れたのなら。
「大丈夫かな」と思った人のnoteを、
もう一度読みにいってみてほしいです。
その人が書いた文章を、
少しだけ丁寧に読んでみてほしい。
もしかしたら、
その人は「こんなこと書いていいのかな」と思いながら、
それでも書いてくれたのかもしれない。
もし弱いところを書いたよって人がいれば
コメント欄で教えてください。
僕がしてもらったように、
今度は誰かの弱さに寄り添りたいと思います。