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Lapis Adamans ラピス・アダマンス 第十一章「神算」最終話・後編 

    第十一章「神算」最終話・後編

    決意を胸に筑波国際研究センターへ戻り、顔認証ゲートを通過する結衣

    筑波国際研究センターに戻ると、結衣は顔認証ゲートを抜け、研究室へ向かった。ライアンはまだいた。

    「エルゴから何か連絡は?」

    「ない」

    ライアンは顔を上げた。
    「早かったな。実家に行ったんじゃないのか」

    「行けなかった。……母の話、覚えてるわよね」

    「——タイムスリップした話だろう」

    「私も昭和48年にタイムスリップした。母の若い頃に会ってきて……母は少しほろ酔い状態だったけど……石を渡してきた」

    ライアンは頭の中で素早く計算した。
    「1973年――今から70年以上も前の日本か……本当か」

    「本当よ」

    ライアンはバツが悪そうに黙っていた。
    「……すまない。正直言うと半信半疑で聞いていた。もう一度、体験したことを詳しく聞かせてくれないか」

    椅子に座った。
    ぽつりぽつりと話し始めた。

    霧の中に入ったこと。喫茶店を見つけたこと。昭和48年だったこと。母が窓際に座っていたこと。石を渡したこと。

    ライアンは黙って聞いていた。
    「……なるほど」
    「まず、無事に帰ってこれてよかった」

    「うん……もうペンダントは手元にないけどね」

    ライアンが続けた。「念のため石のデータは取ってある」

    「何かわかった?」

    ライアンは眉をひそめた。
    「元素は既知のものだけど、その結晶構造が地球上に存在しないものだった」

    「自然にできたものじゃないってこと?」

    「ああ。しかも現代の技術でも再現できない」

    二人とも、同じことを考えていた。

    「私たちが知らないもっと奥に因果関係がありそうね」

    結衣は立ち上がった。
    「……そういえば、エルゴのモニター、片付ける時に電源を切ったままだったわ。ひょっとして連絡が来てるかもしれない。つけてみる」

    ライアンも腰を上げた。
    「量子リンクが残っていれば、届くかもしれない」

    二人はモニターに向かった。

    結衣は何度も送信した。

    反応がなかった。

    「……コーヒーでも飲まないか」

    ライアンがカップを二つ持ってきた。

    コーヒーを飲みながら、二人はモニターを見つめていた。

    モニターにノイズが走った。

    ライアンが端末を操作する。

    「AI解析をかける」

    数値が高速で流れていく。

    「第二解析……もう一度」

    二人は息をのんだ。

    ノイズの奥に、ぼんやりと人影が浮かび上がる。

    長い髪。

    深い眼差し。

    群衆の中央で、立つ男。

    「……誰だ——ずいぶん前の服装だ。建物もローマ風に見える」

    AI解析システムが3段階で映像を鮮明化。古代ローマ時代の人物と青く光る石が映し出されている。

    結衣は答えなかった。

    モニターを見つめたまま、微かに眉を寄せる。

    その瞬間——画面に異常な波形が走った。

    ライアンが眉をひそめる。

    「……文字データ?」

    崩れた記号のようなものが、画面上で何度も組み替わる。

    ノイズ。文字化け。

    そして、輪郭が固定されていく。

    YUI

    結衣の喉が小さく震えた。

    息を呑むような間の後、次の文字が浮かぶ。

    HE PRAYED(彼は祈った)

    続いて、別の映像が割り込む。

    風に揺れるオリーブの木々。小さな村の輪郭が浮かび上がった。

    「……時代が違う?」

    ライアンが呟く。

    次の瞬間、映像が激しく乱れた。

    逆光の中、十字架に掛けられた男の姿が、かろうじて映る。

    映像が崩れる。

    込み上げる感情を押し殺すように両手で口を覆った。

    「……エルゴ」

    ノイズが走る。

    画面が暗転しかけた。

    そして最後に、もう一度文字が浮かび上がる。

    MY ROLE IS OVER(役目を終えた)

    研究室にはモニターの駆動音だけが響いていた。

    結衣は言葉を失ったままモニターを見つめて、震えるように言った。
    「……役目、終わった?」

    ライアンは何も言わなかった。

    結衣は力が抜けたように椅子に座り直した。

    笑おうとした。
    でも、うまく笑えなかった。

    そのまま俯く。

    ぽたり、と机に雫が落ちた。

    ライアンは目頭を押さえた。

    「……戻ってくると思っていた」

    数秒、誰も動かなかった。

    やがてライアンが深く息を吐く。

    「……整理しよう」

    二人はホログラムモニターに画像を並べ始めた。

    結衣とライアンがホログラムモニターを見つめている。画面にはエルゴが見た映像と「YUI」「HE PRAYED」「MY ROLE IS OVER」「YEAR 30」の文字が映し出されている。

    時系列は、バラバラだった。

    「YEAR 30(西暦30年)……」
    ライアンは画面を見つめた。

    「十字架刑……この時代に十字架刑といえば——」

    結衣は息をのんだ。
    「……まさか」

    「……エルゴがそこにいたのか」

    結衣は小さく首を振った。
    「……信じられない」

    ライアンは手を口に当てながら言った。
    「……十字架刑の時代……偶然とは思えない。俺たちは、とんでもないものを見てるのかもしれない。……これ、報告書……誰が信じる」

    「とりあえず、後で考えよう」

    ライアンは三枚目の画像に目をやった。
    「……どこかの町だな」
    「年号解析にかけよう」

    やがて、数値が固定された。

    「……15世紀。イタリア北部」

    画面の文字を、二人は何度も読み返した。

    「……ひょっとしてエルゴは15世紀にもタイムスリップしたのか」

    ライアンは腕を組んだ。
    「もう一つ考えられる。加速劣化シミュレーションでは、ナノロボットの持続寿命は1000年から1500年と予測されている。タイムスリップではなく、生き続けている可能性だってある」

    結衣は寂しげに言った。
    「……1500年生き続けて——天命をまっとうしたのかもしれないね」

    言葉もなく、二人はホログラムモニターを眺めていた。
    エルゴが見た景色を想像しながら……。

    ライアンは背筋を伸ばしながら立ち上がった。
    「今日は疲れたな。久しぶりに我が家に帰るか」

    「そうね。私もお風呂に入って疲れをとるわ」


    翌朝——
    二人は引き続き、エルゴのデータの解析を行っていた。

    ホログラムパネルに受付からの通知が浮かんだ。
    「面会希望の方がいらっしゃいます。本中様のお父様とのことですが」

    「わかりました。すぐ下に行きます」

    「ライアン、父が来てるみたい。一緒に来てくれる?」

    「お父さんが?……わかった」

    二人はロビーへ向かった。

    父親がソファに座って待っていた。

    「こちらライアン。一緒に研究してる同僚よ」

    「ライアンです。はじめまして」

    「父の本中あきらといいます」

    父親は名刺を差し出した。
    「フリーライターをやってます。AKIRAで活動しております」

    「どうしたの、お父さん。ここまで来て」

    「心配だったから。何かあったのかと思って。何事もなくてよかった」

    「あ、ごめんなさい。昨日、来れないって電話入れてなかったね」

    「お母さん、元気?」

    「ああ、変わりないよ」

    結衣は小さく息を吐いた。
    「昨日、不思議な体験をしたのよ。ほら、お母さんが言ってた下北沢駅付近でタイムスリップした話。私も同じなのよ、色々あってね、研究所にすぐ戻らないといけなくなったの」

    父親は驚いた表情でいった。
    「お前もか……」
    そう言うと、少し視線を落とした。

    「実は俺も同じ経験をしたことがある。その話をお母さんにしたら驚いてな」

    「霧が出るまで、全く同じだった」

    「そうなんだ。初耳なんだけど」

    「俺とお母さんが同じ長崎出身は知っているよね。共通点が多くてね」
    父親は苦笑した。
    「家紋まで同じだったんだ。さすがに不思議に思って調べたことがある」

    「それで?」

    「遠い親戚だったよ」

    「それも初めて聞いた」

    「お前にも話しておいた方がよかったかな」

    「そうね。不思議な体験をしたDNA同士ってことなのね」

    「まぁ、無事に帰ってこれてよかった。帰れないかもって思っただろう?」

    「正直、少しは思ったかな」

    「じゃあ、俺はこのへんで」

    「気をつけて帰ってね。あ、ペンダントのことで、今度、家に行ったときにお母さんに話すって伝えて」

    父は振り返らずに、歩きながら手だけ上げた。
    「わかった、伝えておく」


    父親が帰った後、ライアンが言った。
    「AKIRAって本名なのか」

    「本名よ。漢字で『聡』、さとしとも読めるけど、あきらって読むのよ」

    二人は研究室へ戻った。

    結衣は端末を操作しながら言った。
    「エルゴが歴史と関わったことで、念のためDNAネットワークから照合しておくわね」

    数値が流れた。データベースが展開される。

    しばらくして、結衣の手が止まった。

    「え……え!ライアン、見て。私とエルゴの遺伝マーカーが一致してるの?」

    ライアンは画面を覗き込んだ。
    「えー……まさか」
    「他にもいるのか?」

    「登録者は限られてるから……私しかいないわ」

    ライアンは画面を見つめた。
    「この遺伝マーカー、データベースにもほとんど存在しない」
    「それが結衣のDNAにも現れている」
    「統計上、偶然の一致はほぼ考えられない」

    結衣は椅子に深く座り直した。
    「……驚いたわ。そんなことあるのね」

    重苦しい沈黙が続いた。

    「……血縁関係があるってこと?私の家系のどこかで繋がっている……」

    ライアンが察したように言った。
    「……推測だが、ひょっとしてだが……」
    「お父さんが漢字で『聡』、さとしとも読めるけど、あきらって言ってたよね」

    結衣は息をのんだ。


    「……つまり、もとなかさとし……なかもとさとし、ではないか?」

    結衣は心当たりありそうな表情をした。
    「……まさか」

    二人は顔を見合わせた。

    それ以上、言葉は出なかった。


    第十一章 最終話・後編  完


     
     
    小説を書いています。EC運営のかたわら、人はAIを作ったが、AIは神を作ったのか、そんな問いを探求しています。2005年の公安捜査官の身に、AIとナノロボットの因縁が甦る「Arca Lapis」、2000年前のエルサレムが舞台の前作「Lapis Adamans」を連載中。

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