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Photo byポール・セザンヌ / メトロポリタン美術館

朝は構造、昼は緊張。夜にやっと水になる|セザンヌ《The Pool at Jas de Bouffan(1886)》

    ハル

    セザンヌの《The Pool at Jas de Bouffan(1886)》は、
    静かな庭の池を描いた絵だ。

    人もいないし、
    大きな出来事もない。
    なのに、なぜか気が抜けない。

    今日はこの作品を、
    朝・昼・夜の3回見たときのことを書く。


    朝に見た《The Pool at Jas de Bouffan》

    朝に見ると、この絵はとてもはっきりしている。
    木は木、
    池は池、
    地面は地面。

    すべてが安定していて、
    崩れそうな感じがしない。

    セザンヌはよく
    「自然を円柱・球・円錐で考える」
    と言われるけど、
    朝に見ると、その意味が少し分かる。

    この絵は、風景というより、
    組み立てられた空間に見える。

    朝の《プール》は、
    よく整った骨組みを眺めている感じがする。


    昼に見た《The Pool at Jas de Bouffan》

    昼に見ると、急に緊張感が出てくる。
    形が強くて、逃げ場がない。

    水は水なのに、
    あまり揺れていない。
    冷たくて、重たい。

    ここで、モネの池の絵を思い出す。
    モネの水は、光でほどけていく。
    でもセザンヌの水は、ほどけない。

    同じ「池」でも、
    モネが「見ること」を描いた人なら、
    セザンヌは「存在すること」を描いた人だと思う。

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    ハル

     
     
    絵を見るのが得意なわけじゃないけど、見るのは好きです。 時間帯を変えて見たときの感じを書いています。 美術史を解説するというより、「その時間の自分に、どう見えたか」をできるだけ分かりやすく言葉にしています。 少し疲れているときでも読める文章を、毎日ひとつずつ。

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