
ラジオ新聞生活を楽しんでいます
産後、活字を読もうと思っても、字の集団が頭で踊ってしまって内容が頭に入ってこない状態が続いた。
気持ちも不安定で、テレビをつけると、凄惨な事件のニュース、こどもが悲劇や災害に巻き込まれるニュースを浴びると即座に精神汚染されるようになった。
私は一切のニュースと距離をとるようになった。
平和そのものの日々だった。
時々FMラジオをつけて、旬の音楽や季節のイベントの話、見ず知らずの人々の近況報告などを聞く。
すぐに潰れてしまう危険物な心を守るために、とにかく安全圏に入る日々だった。
最後の出産から5年が経った。体調はほぼ回復して、心の不安定な状態もやや抜け出した。
情報がほしいと思ったきっかけはなんだっただろう。
なにげなく、友人が出演しているという理由で、ラジオ番組を聞くようになった。
平日午前中のAMラジオの情報番組だ。
情報とは一口に言っても、さまざまあって分野の広がり、重さのグラデーションがあることに気がつく。
タレントさんの思い出話、海外のおもしろニュース、今発売の雑誌の話、新聞の見出しの羅列、社会問題の切り出しと掘り下げ。
あら、世界って実は面白かったわね。
そんなことを思い出すと、ピッタリと閉じていた扉を少し開く気になった。
もっと情報を摂取しようとする。
ここで壁がある。
ネット記事の信憑性はいつだって不明だ。さらに調べようと思ったら、視界を遮り続けるポップアップ広告もウザすぎる。なにより【スマホを触っています】という外観が子どもにとっては「また携帯見てる…」でよろしくない。
テレビで朝のニュースを見ようにも、凄惨な刑事事件や何度も繰り返す災害情報が主で、なかなかほしい情報を得られない。しまいには、9歳娘に「怖いから消して」と言われてしまう始末。確かに私も、こどもが悲しい目に遭うニュースは見ていられない。
新聞を取り始めた。
今の私には合っている。最初の出産から9年、何年かかったか知らないが、ようやく活字が踊らずに入ってくるようになった。そしてなにより、パラパラとページをめくって、補給する情報を選ぶことができる。心の安全を保ちながら、必要な情報や面白い情報を補給できる。
産後からの変遷を振り返ると、いろんなメディアがあって、その時の自分の状態によって選べる環境であること、なかなか現代は素晴らしいな、と思う。
ラジオに守られた時期があった。新聞に助けられている今がある。もしまた心が疲れたら、きっと私は迷わずラジオに戻るだろう。
メディアに優劣はなく、その時々の自分に合う距離がある。それを選べる今の時代は、案外やさしい。