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【小説】蒼き肉球(第1話)

先日次男(5歳)が肉球に対して絶対の信頼を寄せている日記を書きました。

次男の世界観では、肉球によってすべてが左右されるみたいだったので、そういう世界観の物語があったらどうだろうと思って、書いてみました。設定と物語は自分で考えて、細かい部分はAIに任せています。




第1話 肉球狩り


人はみな、生まれ落ちたその手のひらに、肉球を持っている。

 それがこの国のことわりだった。指のつけねに並ぶ小さな粒と、掌の中央にある大きな肉球――その色、形、艶、大きさによって、赤子は生まれた瞬間からどの身分に属するかを決められる。王族の証たる深紅の肉球、貴族の証たる紫がかった桃色、平民の証たる薄い桜色、そして奴隷の証たる、ひび割れた灰色。

 誰も逆らえない。生まれの肉球がすべてを決め、死ぬまでその身分は変わらない。そういう世界だった。

 リンは、その中でもごくありふれた、平民の桜色の肉球を持って生まれた子どもだった。猫の血が混じっているのか、耳の形が少し尖り、瞳孔が縦に細くなることがある。そういう人間と猫の間の子は珍しくもなく、この町にも何人かいた。

 ただ、リンの肉球には、少し変わったところがあった。

 物心ついた頃はただの桜色だったのに、成長するにつれて、掌の真ん中――肉球の中心の一点だけが、じわりじわりと色を変えていったのだ。最初は染みのように小さく、やがてくっきりと、深い青に。まるで夜の湖の底を煮詰めたような、静かで、底の見えない青だった。

 そんな肉球は聞いたことがない、と町の大人たちは眉をひそめた。子どもたちの中にはリンの手を気味悪がって触れたがらない者もいた。けれどリン自身は、たいして気にしていなかった。

「別にいいじゃん。青、きれいだし」

 鏡のように陽の光を映す自分の掌を眺めながら、リンはよくそう言って笑った。母のサチだけが、その青を見るたびにどこか複雑な顔をした。父はリンが物心つく前にいなくなっていて、今どこで何をしているのかも分からない。だからサチは、女手ひとつでリンを育てながら、この子の肉球のことをずっと胸の奥で気にかけていた。

 そんなある日、王都から早馬が走り、町の広場に立て札が立てられた。

 王の第一王子――巷では「バカ息子」とひそかに呼ばれている男が、肉球狩りを始めるという知らせだった。

 王子はかねてより素行の悪さで有名だった。気に入らない肉球の者を見つけては難癖をつけ、罰を与える。今回はそれをさらに大きくして、「醜悪な肉球、忌まわしい肉球をこの国から一掃する」と宣言したのだ。役人たちが各町を回り、住民全員の肉球を検分していくという。

 だが、誰もが知っていた。その本当の目的が、王子の目に留まった娘を側室に召し上げることにあるのを。美しい肉球の娘は「浄化の証」として城に召され、二度と町には戻ってこない。そういう噂が、まことしやかに広まっていた。

「リン……お前、隠れていなさい。あの子、あんたの手を見たら絶対に……」

 サチの声は震えていた。息子の掌の、あの深い青。誰も見たことのない色。気味が悪いと嫌われるならまだいい。もし王子があれを「忌まわしいもの」と決めつけたら――そう思うと、サチは夜も眠れなかった。

 けれどリンは、いつものように呑気だった。

「大丈夫だよ、母さん。僕の肉球、すごいんだから」

 根拠のない自信だった。あるいは、根拠のなさこそが子どもらしい強さだったのかもしれない。サチはその言葉に安堵するどころか、いっそう不安を募らせたが、リンを町の外に逃がすだけの当てもなく、時間だけが過ぎていった。

 そして、肉球狩りの日はやってきた。

 町の広場には急ごしらえの御前が設けられ、豪奢な布と紋章で飾られた玉座に、噂の王子が座っていた。取り巻きの兵士や役人たちが、へつらうような笑みを浮かべて彼の機嫌をうかがっている。住民たちは一列に並ばされ、一人ずつ両手を突き出して肉球を検分されていった。

 リンの番が来た時、役人の顔がこわばった。

「……こちらを」

 役人はリンの手を取り、震える声で王子の前へ差し出させた。周囲がざわめく。青い肉球。そんなものは誰も見たことがない。忌まわしい、化け物の証だと囁く声もあれば、ただ黙って息を呑む者もいた。

 王子は面倒くさそうに玉座から身を乗り出し、リンの掌を見た。

 瞬間、その顔色が変わった。

 それまでの、退屈しきった、傲慢な表情が消え失せ、代わりに浮かんだのは――驚愕と、それを懸命に押し隠そうとする硬い無表情だった。王子はしばらく無言でリンの掌を凝視し、それから小さく、掠れた声で言った。

「……下がれ。今日のところは、放免とする」

 周囲がどよめいた。取り巻きたちも困惑した顔を見合わせている。誰も王子のこんな反応を見たことがなかった。リンはただきょとんとしたまま、母の元へ戻された。

「言ったでしょ。僕の肉球、すごいんだって」

 帰り道、リンは得意げに笑ったが、サチの顔は蒼白なままだった。何かがおかしい。あの王子の顔は、忌まわしいものを見た顔ではなかった。もっと別の――何かを、探し当てたような顔だった。

 その予感は、その夜のうちに的中する。

 日が暮れて間もなく、リンの家の戸を叩く者があった。城の紋章をつけた使者だった。丁重な、しかし有無を言わせぬ物腰で、使者はサチに告げた。王子がリンを城に招きたいと望んでいる、と。

 サチは長い沈黙のあと、震える声で尋ねた。

「……あの子に、何をするおつもりですか」

「粗略には扱わぬ、と王子は仰せです。むしろ、丁重にお迎えするようにと」

 その言葉に嘘があるようには見えなかった。少なくとも、乱暴に連れ去ろうという態度ではない。サチは長い間リンの手を握りしめ、やがて絞り出すように頷いた。息子を守る術が、他になかった。

 こうしてリンは、母の同意のもと、静かな夜の中を城へと運ばれていった。

 通されたのは、昼間の玉座の間とはまるで違う、奥まった一室だった。灯りは控えめで、人払いがされているのか、供の者の姿もない。そこに、王子が一人で立っていた。

 昼間とは、別人のようだった。

 あの傲慢で退屈しきった表情はどこにもなく、代わりにあったのは、疲れたような、それでいてどこか縋るような、真剣な顔だった。王子はリンの前に歩み寄ると、まるで身分の差など忘れたかのように、深く頭を下げた。

「――ずっと、あなたを探していました」

 その声は、昼間広場で聞いた声とは似ても似つかぬほど、静かで、実直だった。リンは戸惑いながらも、黙って王子の言葉を待った。

「今まで愚かな振る舞いをしてきたのは、すべて演技です。本当の自分を隠すために、そう振る舞う必要があった。……肉球狩りも、私が心から望んだことではない。あれには、本当の目的があります」

 王子は顔を上げ、まっすぐにリンを見た。その目には、これまでの噂からは想像もつかない、切実な光が宿っていた。

「あなたの、その青い肉球――それが、何を意味するか。私はずっと、それを探していたのです」

 夜の静けさの中、王子はゆっくりと、訥々と語り始めた。この国に伝わる、誰も知らないもうひとつの伝承について。そして、その伝承の中心に、なぜリンの掌の青が符合するのかについて。

 窓の外では、夜風が城の灯りをかすかに揺らしていた。リンは、自分の掌に浮かぶ深い青を、そっと見つめた。

 これから語られる話が、自分の運命をどこへ導いていくのか――少年はまだ、知らない。

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