
95歳の母の日
「母の日」、親子で、震えるような珠玉の時間を過ごした。
不仲だった親子の再生を書いた、「リビングで踊るワルツ」を音読したのだ。
出版社から届けられた初校に、向き合って一週間。赤ペンで真っ赤になった文章。ブラッシュアップしたばかりの文字を拾いながら、たどたどしく読み上げる。母は目を閉じて聞き入っていた。
静かに当時のことを思い起こして、私の声に人生の欠片を見つけながら、物語に没入する。
私はすべて知っているはずなのに、読みながら心を震わせていた。
自然と涙が溢れる。涙の雫をぬぐいながら、読み進める。
親子の心の変遷が、ずしりと胸に迫ってくる。
「お母さん泣けるわ」そう言って顔を覗くと、母もまた、涙をぬぐっている。
「あんた、私も泣けらい」二人は涙顔でほほ笑んだ。
顔を見合わせただけで、お互いの気持ちがわかった気がした。
周りの空気が溶け合うように一つになった。
私は生まれてはじめて、母の懐に抱かれた――。そんな心地になった。
この一瞬は絶対に忘れない。私は人生の至福の瞬間を味わった。
この柔らかな時間を経験できたことが、何より幸せだと思った。
母は、「次は、次は」と、先を読んでほしいと言った。
親子が個々の人間として、心を深く通わせた、これまでに味わったことが無い、不思議な時間だった。
95歳の「母の日」、それは父からの贈り物だったのかも知れない。
