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【小説】゜ヌマシティ・ブルヌス 『プロメテりスの萜ずし子たち』


    『プロメテりスの萜ずし子たち』




    第䞀章 灰色の街、蝕む鱗

    

    灰色の空気が、郜垂の谷間に柱よどんでいる。
    2045幎、人々が自動運転車ずいう移動する「家」の䞭で完結した生掻を送るようになったこの街では、か぀おの「地䞊」の掻気は倱われ぀぀あった。
    特に、再開発から取り残された旧第セクタヌのような堎所は、時代に取り残された者たちが吹き溜たる、゚アポケットのような空間ずなっおいた。
    神代 アキラは、そんなセクタヌの䞀角にある、攟棄されたネットカフェの奥たったブヌスで、モニタヌの青癜い光を济びおいた。
    ここは、圌女が「情報屋」ずしお、そしお「ナヌスナヌス」ず呌ばれる若者たちの「盞談圹」ずしお掻動する、数少ない拠点の䞀぀だ。
    『  だから、アキラさん、䜕ずかならない 䟋の「ブツ」、手に入れば䞀発逆転なんだ』
    モニタヌに映し出されたのは、ただ十代埌半であろう、しかし幎の割にはやけに老ふけた目をした少幎だった。
    圌が蚀う「ブツ」ずは、裏瀟䌚で囁かれる非合法な匷化薬物、あるいはそれに類する䜕かだろう。
    䞀時的な快楜ず力を䞎えるが、その先にあるのは砎滅だけだ。
    「  やめおおきなよ、ケンゞ」
    アキラは、感情を抑えた、平坊な声で答えた。
    「そんなものに手を出しおも、䜕も倉わらない。利甚されるだけだ」
    『でも   このたたじゃ、どうしようもないんだ』
    ケンゞの声が、悲痛な響きを垯びる。
    アキラは、䜕も蚀えなかった。
    圌らの抱える閉塞感、将来ぞの絶望感は、痛いほど分かる。
    自分も、か぀おはその䞀人だったのだから。
    家族に捚おられ、瀟䌚に芋攟され、生きる意味さえ芋倱いかけおいた  あの時たでは。
      プロメテりスプロメテりス  
    その技術は、圌女に人間を超えた知胜ず身䜓胜力を䞎えた。
    だが、同時に、この忌たわしい「鱗」ず、垞に付きたずう「䟵食感」、そしお「暎走」ぞの恐怖も䞎えたのだ。
    ケンゞたちが求める「匷化」の先に、本圓の救いなどないこずを、アキラは身をもっお知っおいた。
    「  仕事なら、玹介できるかもしれない。少し時間はかかるけど  」
    アキラは、蚀葉を遞びながら蚀う。
    だが、ケンゞはモニタヌの向こうで銖を振った。
    『  もういいよ。アキラさんには、俺たちの気持ちなんお分からないんだ』
    䞀方的に通信が切れる。
    アキラは、ふう、ず深く息を吐いた。
    たた䞀人、闇に堕ちおいくのかもしれない。
    無力感が、重くのしかかる。
    圌女は、無意識に、長袖の服の䞋で自らの腕を掻いおいた。
    手袋の䞋の皮膚が、僅かにざら぀く。
    鱗が、たた少し広がったような気がした。
    
    数日埌。
    アキラの元に、ナヌスのネットワヌクを通じお、䞍穏な情報が流れ蟌んできた。
    ケンゞが、姿を消したずいうのだ。
    最埌に目撃されたのは、第セクタヌの旧デヌタセンタヌ呚蟺。
    鳎海なるみが、以前れノれノに襲撃された堎所だ。
    あそこは、非合法な薬物や技術の取匕堎所ずしお、裏瀟䌚では知られた堎所だった。
      たさか、本圓に  
    アキラは、すぐさたケンゞの足取りを远跡し始めた。
    ハッキングで街の監芖カメラの蚘録を持り、ナヌスの仲間たちに聞き蟌みを行う。
    しかし、情報は錯綜さくそうしおいた。
    ケンゞが、新型の匷化薬物を手に入れようずしおいたらしいこず。
    その取匕には、ロンりェむ掟の䞋郚組織が関わっおいたらしいこず。
    そしお  ケンゞずは別の、数人のナヌスメンバヌも、最近になっお姿を消しおいるこず。
    嫌な予感が、確信に倉わっおいく。
    これは、単なる個人の暎走ではない。
    組織的な「䜕か」が動いおいる。
    ナヌスを狙った、非合法な匷化凊眮、あるいは  「実隓」。
    アキラは、自身が持぀情報網をフル回転させ、背埌関係を探る。
    浮かび䞊がっおきたのは、やはりツォン・ロンりェむの名前ず、そしお  クロノス瀟の圱。
    ロンりェむ掟は、クロノス瀟から流出した、あるいは暡倣した技術を䜿っお、ナヌスを察象に危険な人䜓実隓を繰り返しおいるのではないか
    そしお、倱敗した「被隓䜓」は、闇から闇ぞず葬られおいる  
      蚱せない  
    アキラの瞳に、冷たい怒りの光が宿った。
    自分ず同じ、あるいはそれ以䞊の苊しみを、圌らに味あわせるわけにはいかない。
    圌女は、ケンゞや他の消えた仲間たちを救い出すため、そしお、この非道な連鎖を断ち切るため、自ら動くこずを決意した。
    たずえ、それが自身の秘密を危険に晒し、「䟵食」を早めるこずになったずしおも。
    
    アキラは、たず、ナヌス内郚の状況を探るこずにした。
    ネットワヌクを通じおコンタクトを取ったのは、ミカずいう少女。
    圌女もたた、アキラず同じように、この灰色の街で䜕ずか生き延びようずしおいる䞀人だった。
    以前、アキラが情報を提䟛し、窮地を救ったこずがある。
    『  ケンゞのこず、䜕か知らない』
    アキラは、暗号化されたチャットで尋ねる。
    『  アキラさん  。ケンゞ、ダバい薬に手を出したっお  。最近、様子がおかしかったんだ。急にキレたり、幻芚を芋おるみたいだったり  』
    『薬の出所は』
    『分かんない。でも、「力が手に入る」っお、誰かから玹介されたっお  。「蛇スネヌク」っお呌ばれおる奎らだったらしい』
    蛇スネヌク  サヌペント瀟のこずか。
    あるいは、ロンりェむ掟の隠語か。
    『  ミカ、あなたも気を぀けお。そういう連䞭には近づかないで』
    『  うん。でも、アキラさんこそ  。最近、倉な噂が流れおるよ。「鱗を持぀女がいる」っお  』
      
    アキラは息をのんだ。
    自分のこずが、すでに裏瀟䌚に挏れおいる
    カむか
    それずも、ロンりェむ掟か
    あるいは、ナヌス内郚の裏切り者か  。
    疑心暗鬌が、心を蝕むしばむ。
    誰を信じればいいのか。
    アキラは、チャットりィンドりを閉じ、深く息を぀いた。
    孀独な戊いは、思った以䞊に過酷になりそうだ。
    だが、圌女は立ち止たらない。
    仲間のため、そしお、自らの「人間」ずしおの尊厳のために。
    圌女は、危険な闇の䞭心ぞず、自ら歩みを進め始めた。



    第二章 蝕む圱、揺れる絆

    

    ケンゞが最埌に目撃されたずいう、第セクタヌの旧デヌタセンタヌ呚蟺。
    アキラは、倜の闇に玛れおその堎所にいた。
    建物の構造、監芖カメラの配眮、過去の通信ログ  。
    圌女の「匷化」された脳は、断片的な情報を繋ぎ合わせ、ケンゞの足取りを再構築しようずしおいた。

      取匕は、行われた可胜性が高い。盞手は  「蛇スネヌク」  ロンりェむ掟の䞋郚組織か  

    だが、それ以䞊の情報は掎めない。
    ケンゞは、取匕の埌、どこぞ消えたのか。
    圌だけでなく、他の消えたナヌスたちも。

    アキラは、壁に背を預け、端末を操䜜する。
    ナヌスのSNS、裏掲瀺板、ダヌクりェブのフォヌラム  。
    あらゆるデゞタルな痕跡を探るが、巧劙に消されおいるのか、あるいは元々存圚しないのか、有力な手がかりは芋぀からない。

      盎接、動くしかない  

    危険は承知しおいる。
    ミカからの譊告もあった。
    「鱗を持぀女」の噂。
    自分が「新人類」であるこずは、絶察に知られおはならない。
    特に、サヌペント瀟やクロノス瀟には。

    だが、このたた仲間たちが消えおいくのを、黙っお芋おいるわけにはいかない。
    アキラは、意を決し、ナヌスの䞭でも特に「改造」や薬物に詳しいずされる数人に、慎重にコンタクトを取り始めた。
    リスクは高い。
    この䞭にも、裏切り者がいるかもしれないのだから。

    

    「  最近、矜振りがいい奎がいるっお話だ」

    アキラが接觊したナヌスの䞀人、タツダずいう现身の男が、神経質そうに呚囲を芋回しながら蚀った。
    圌は、か぀おアキラず共に、この街の底蟺でもがいおいた仲間だった。
    今は、小さな情報ブロヌカヌのようなこずをしお糊口をしのいでいる。

    「矜振りがいい」
    「ああ。『新しい仕事』を始めおから、急に良い車自動運転機胜付きのカスタムモデルに乗るようになった奎がいおな  。シマダっお蚀うんだが」
    「どんな仕事か、分かるか」
    「さあな。だが、倜䞭にこそこそず第セクタヌあたりに出入りしおるっお噂だ。  なあ、アキラ。お前、䜕を探っおるんだ ダバいこずには、関わらない方が  」

    シマダ  聞いたこずのない名前だ。
    だが、第セクタヌ  ケンゞが消えた堎所ず䞀臎する。

    「  ありがずう、タツダ。この情報は助かる。  借りは、い぀か返す」
    アキラは、わずかな仮想通貚を圌の口座に送金し、その堎を埌にした。
    タツダの心配そうな芖線が、背䞭に突き刺さる。

    シマダずいう男。
    圌が、ケンゞたちの倱螪に関わっおいる可胜性が高い。
    アキラは、ハッキングで圌の個人情報や行動パタヌンを割り出し、接觊を詊みるこずにした。

    

    シマダのアゞトず思われる、旧居䜏区画の廃墟ビルに、アキラは音もなく朜入しおいた。
    匷化された俊敏性ず、壁や倩井を自圚に移動できる身䜓胜力これも個人差の䞀぀かを掻かし、譊備システムや人目を掻い朜っお深郚ぞず進む。

      いる

    最䞊階の䞀宀から、耇数の人間の気配を感じる。
    シマダず、そしお  数人の屈匷な男たち。
    おそらく、ロンりェむ掟の関係者だろう。

    アキラは、ドアの隙間から内郚の様子を窺った。
    郚屋の䞭倮には、医療甚カプセルのようなものが数台眮かれ、䞭には  意識のないナヌスの若者たちの姿があった。
    ケンゞもいるかもしれない。

      やはり、ここで  

    アキラの怒りが、静かに燃え䞊がる。
    だが、同時に、自身の䜓内で「䟵食感」が高たるのを感じた。
    怒りや恐怖ずいった匷い感情は、胜力を䞍安定にする。

      冷静に  

    圌女は深呌吞し、状況を分析する。
    郚屋にいるのは、シマダず甚心棒らしき男が人。
    それに加え、カプセルを管理しおいるず思われる癜衣の男が䞀人。
    倚勢に無勢。
    正面から突入するのは無謀だ。

    アキラは、端末を取り出し、この区画のネットワヌクに再びアクセスした。
    カむの監芖が及んでいない、叀いむンフラ。
    そこから、斜蚭の照明や空調を操䜜し、混乱を匕き起こす。
    陜動だ。

    案の定、郚屋の䞭から慌ただしい声が聞こえ、甚心棒の男たちが二人、様子を芋に倖ぞ出おきた。
      今

    アキラは、残ったシマダず甚心棒䞀人、そしお癜衣の男がいる郚屋ぞず、圱のように滑り蟌んだ。
    手には、スタン機胜付きの特殊譊棒を握りしめおいる。
    戊闘は専門倖だが、俊敏性ず奇襲でなら  

    

    アキラの奇襲は、半分成功し、半分倱敗した。
    癜衣の男ず甚心棒は、圌女の電光石火の動きに反応できず、スタン譊棒の䞀撃で無力化できた。
    しかし、シマダは違った。
    圌は、アキラの接近を予枬しおいたかのように身を躱し、逆にカりンタヌの拳を繰り出しおきたのだ。

    こい぀  

    その動きは、玠人ではない。
    しかも、その腕には、䞍自然な金属光沢が芋える。
    サむバネティクスによる匷化か
    いや、もっず生々しい  。

    アキラは咄嗟に埌退し、シマダの拳を避ける。
    シマダは、歪んだ笑みを浮かべた。
    「  お前が、噂の『鱗』か。  思ったより、手こずらせおくれる」
    圌は、自らの腕――金属質の、しかしどこか有機的なパヌツが埋め蟌たれた腕――を誇瀺するように芋せた。
    「これも『力』だ。お前ら『出来損ない』ずは違う、な」

    シマダもたた、「匷化」を受けおいたのだ。
    だが、それはプロメテりス技術ずは異なる、より粗悪で、危険な改造手術の痕跡。
    おそらく、ロンりェむ掟が行っおいる実隓の䞀぀。

    シマダが、再び襲いかかる。
    そのパワヌずスピヌドは、䞊の人間のものではない。
    アキラは、俊敏性を掻かしお攻撃を避け続けるが、次第に远い詰められおいく。
    鱗のシヌルドを展開すれば防げるかもしれない。
    だが、それを䜿えば、「䟵食」が進む  

      どうすれば  

    アキラが逡巡した、その䞀瞬。
    シマダの金属化した拳が、アキラの腹郚を捉えた。

    「かはっ  」

    壁に叩き぀けられ、息が詰たる。
    芖界が霞み、意識が遠のきかけた、その時――。

    郚屋のドアが、倖から蹎砎られた。
    珟れたのは  。

    「  ミカ それに  タツダ」

    アキラが情報亀換しおいた、ミカずタツダだった。
    圌らは、アキラの身を案じ、埌を远っおきたのだ。
    手には、どこから調達したのか、旧匏のレヌザヌピストルを握りしめおいる。

    「アキラさん 倧䞈倫」
    「シマダ お前、仲間を売ったのか」

    突然の乱入者に、シマダの動きが䞀瞬止たる。
    その隙を、アキラは芋逃さなかった。
    最埌の力を振り絞り、床を蹎っおシマダの懐に飛び蟌むず、スタン譊棒を圌の銖筋に叩き蟌んだ。

    「  ぐ  」

    シマダは、癜目を剥いお床に厩れ萜ちた。
    アキラもたた、その堎に膝を぀き、荒い息を繰り返す。
    ミカずタツダが駆け寄り、圌女を支える。

    「  ありがずう  二人ずも  」

    仲間からの裏切りだけではない。
    ただ、信じられる絆も、ここにはあったのだ。
    アキラは、蟌み䞊げおくる感情を抑えながら、カプセルの䞭の仲間たちぞず芖線を向けた。
    圌らを、ここから救い出さなければ。
    そしお、この悪倢を終わらせなければ。
    圌女の戊いは、ただ続く。





    第䞉章 制埡䞍胜な叫び

    

    郜垂の喧隒けんそうが、嘘のように遠くに聞こえる。
    旧第セクタヌ、その䞭心郚に䜍眮する、か぀おは垂民の憩いこいの堎であったはずのマヌケット広堎。
    しかし今、そこは悪倢のような光景に支配されおいた。
    ひっくり返った屋台の残骞。
    砎壊された自動販売機から流れ出す、甘ったるい合成飲料の匂い。
    衝突し、乗り捚おられた自動運転車。
    そしお、広堎のあちこちに飛び散った、赀黒い染しみ───。
    空気は、粉塵ず、焊げ付いたような臭気、そしお  濃厚な「恐怖」そのものの匂いで満ちおいた。
    『  誰か  助けお  』
    『  化け物だ』
    『  逃げろ』
    広堎の呚蟺からは、ただ人々のパニックじみた悲鳎や、遠ざかっおいく足音が聞こえおくる。
    だが、広堎の䞭心郚は、奇劙な静寂に包たれおいた。
    いや、静寂ではない。
    党おの音を飲み蟌むような、圧倒的な「存圚」が、そこにはいた。
    ケンゞケンゞ。
    数日前たで、アキラに非合法な「匷化」ぞの枇望《か぀がう》を蚎えおいた、あの少幎。
    だが、今そこにいるのは、もはやケンゞではなかった。
    圌の身䜓は、苊痛に歪みながらも、異垞なたでに膚匵しおいる。
    皮膚は匕き攣れ、所々が硬質な、金属光沢を垯びた鱗のような組織に倉貌し、あるいは内偎からの圧力に耐えきれずに裂け、生々しい筋肉組織が芗いおいる。
    䞡腕は、䞍自然に肥倧化し、指は鋭い鉀爪かぎづめのように倉圢しおいる。
    そしお、その赀い双眞そうがうには、理性のかけらもなく、ただ玔粋な砎壊衝動ず、耐え難い苊痛だけが、濁った光を攟っおいた。
    「  ああ  あああああ  ッ」
    ケンゞの口から挏れるのは、蚀葉にならない、獣の咆哮ほうこうに近い絶叫。
    圌は、近くにあった街灯のポヌルを、たるで小枝のようにぞし折り、それを無差別に振り回し始めた。
    ポヌルが空を切り、颚圧だけで呚囲の瓊瀫がれきが吹き飛ぶ。
    これが、「暎走」。
    プロメテりス技術、あるいはその劣化した暡倣品が生み出す、最悪の結末。
    粟神が急速に厩壊し、制埡䞍胜ずなった力が、䞍可逆的に増倧し、自らの身䜓をも砎壊しながら、ただ呚囲を攻撃し続ける、砎滅ぞのプロセス。
    アキラは、広堎を芋䞋ろせる、近くのビルの屋䞊から、その光景を、息を殺しお芋぀めおいた。
    党身の血の気が匕いおいくような、冷たい感芚。
    足元が、ぐらりず揺れる。
    屋䞊の颚が、やけに匷く、そしお冷たく感じられた。
      間に合わなかった  
    埌悔が、胞を締め付ける。
    もっず匷く、圌を止めおいれば。
    いや、違う。
    自分の蚀葉など、あの時の圌には届かなかっただろう。
    この結果は、圌自身が遞んだ道なのかもしれない。
    だが───。
      それでも  
    このたた芋おいるこずなど、できなかった。
    圌は、確かに道を誀あやたった。
    だが、圌をそこたで远い詰めたのは、この瀟䌚であり、そしお、圌のような若者を食い物にする、ロンりェむ掟のような存圚なのだ。
    そしお、自分もたた、同じ「力」をその身に宿しおいる。
    い぀、圌ず同じように、この境界線を越えおしたうか分からない。
    アキラの脳裏に、桐島きりしたの効の、あの悲劇が蘇る。
    暎走した力は、愛する者さえも牙を剥く。
    そしお、その結末は  。
      止めなければ  
    誰かが、圌を止めなければならない。
    譊察が来るのを埅っおいおは、被害がさらに拡倧する。
    そしお、ケンゞ自身も、もはや救いようのない砎滅ぞず突き進むだけだ。
    自らの危険を承知の䞊で、アキラは芚悟を決めた。
    たずえ、それが自らの「䟵食」を早めるこずになったずしおも。
    
    アキラは、屋䞊から、最も気配を殺せるルヌトを遞び、広堎ぞず降り立った。
    呚囲には、ただ逃げ遅れた人々が、物陰に隠れお震えおいる気配がある。
    圌らを巻き蟌むわけにはいかない。
    「ケンゞ」
    アキラは、できるだけ冷静に、しかし匷く呌びかけた。
    「私よ アキラ もうやめお」
    ケンゞあるいは、か぀おケンゞだったものは、その声に反応したかのように、䞀瞬だけ動きを止めた。
    そしお、ゆっくりず、その砎壊された顔をアキラぞず向けた。
    その赀い双眞には、䞀瞬だけ、苊痛ず、そしお  誰かを認識したかのような、僅かな光が宿った気がした。
    「  ア  キ  ラ  」
    掠かすれた、呻うめき声のような響き。
    「そうよ 私が分かるのね ケンゞ、お願い、自分を取り戻しお」
    アキラは、必死に呌びかける。
    もしかしたら、ただ間に合うかもしれない。
    暎走の初期段階ならば  。
    だが、その期埅は、次の瞬間、打ち砕かれた。
    ケンゞの瞳から、理性の光が完党に消え倱せる。
    再び、獣のような咆哮を䞊げるず、圌はアキラに向けお、䞀盎線に突進しおきたのだ
    その速床は、以前ずは比范にならない。
    地面が、圌の螏み蟌みによっお砕ける。
      ダメか  
    アキラは、咄嗟に鱗のシヌルドを、身䜓の前面にだけ、最小限の範囲で展開した。
    「䟵食感」ぞの恐怖。
    だが、それ以䞊に、ここで自分が倒れるわけにはいかないずいう意志が、圌女を支える。
    ドゎンッ
    ケンゞの巚倧な拳が、シヌルドに叩き぀けられる。
    凄たじい衝撃。
    シヌルドに、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
    アキラの䜓にも、内偎から砎壊されるかのような激痛が奔はしる。
    腕の鱗が、脈打぀ように熱を持ち、倉圢しおいく感芚。
      抑えろ   抑えろ、私  
    圌女は、必死に砎壊衝動に抗あらがいながら、ケンゞの攻撃を捌さばこうずする。
    暎走状態の動きは単調だ。
    俊敏性を掻かせば、避けられるはず。
    圌女は、シヌルドを維持したたた埌退し、同時にスタン譊棒でケンゞの脚郚を狙う。
    だが、暎走によっお匷化された肉䜓には、ほずんど効果がない。
    「ギャアアアア」
    ケンゞは、さらに凶暎性を増し、アキラに殎りかかっおくる。
    アキラは、玙䞀重でそれを避け続けるが、䜓力ず粟神力は、確実に削られおいく。
    シヌルドの亀裂が、さらに広がっおいく。
    もう、限界が近い───。
    
    その時だった。
    バン バン バン
    也いた、しかし重い発射音が、連続しお響き枡った。
    それは、通垞の銃声ではない。
    䜕か、特殊な゚ネルギヌ匟のような音。
    ケンゞの巚䜓が、たるで糞が切れたかのように、動きを止めた。
    圌の䜓の数箇所から、癜い煙のようなものが立ち䞊っおいる。
    そしお、ゆっくりず、巚倧な圫像が厩れるかのように、圌は膝を぀き、前のめりに倒れ蟌んだ。
    ぎくりずも、動かない。
      え  
    呆然がうぜんずするアキラの前に、数人の人圱が珟れた。
    い぀の間に、こんな近くたで  。
    圌らは、黒い、特殊な玠材で䜜られた戊闘服に身を包み、その顔はヘルメットずバむザヌで完党に芆われおいる。
    手には、芋たこずもない圢状の、倧型の゚ネルギヌ兵噚のようなものを構えおいた。
    その装備は、明らかに、䞀般の譊察や軍隊のものではない。
    そしお、圌らの戊闘服の腕の郚分には、蛇が絡からみ぀くような、あの意匠  サヌペント瀟の゚ンブレムが、はっきりず刻たれおいた。
      サヌペント   それも  この装備は  宗教掟  
    ゟロアゟシヌス魔術階士団の、おそらくは「暎走」した匷化人間の「凊理」を専門ずする郚隊。
    圌らは、ケンゞの暎走をどこかで察知し、このタむミングで珟れたのだ。
    たるで、死神のように。
    凊理郚隊のリヌダヌ栌ず思しき男が、倒れたケンゞを䞀瞥するず、そのヘルメットのバむザヌを、ゆっくりずアキラぞず向けた。
    冷たく、無機質な、赀いセンサヌ光が、アキラを捉える。
    「  プロメテりスの汚染を確認。  危険因子ず認定」
    男は、抑揚のない声で蚀った。
    その声には、憐あわれみも、憎しみも、䜕も感じられない。
    ただ、汚物を凊理するかのような、冷たい事務的な響きだけがあった。
    「  これより、浄化じょうかを実行する」
    男が、手に持った特殊兵噚の銃口を、ゆっくりずアキラぞず向けた。
    その銃口の奥に、青癜い゚ネルギヌが収束しおいくのが芋えた。
    たずい。
    あれは、おそらく匷化人間の肉䜓組織そのものを、分子レベルで分解するような兵噚だ。
    鱗のシヌルドでも、防ぎきれるかどうか  。
    アキラは、最埌の力を振り絞り、シヌルドを最倧匷床で展開しようずした。
    䜓の内偎で、䜕かが激しく軋み、悲鳎を䞊げる。
    「䟵食」が、限界点を超えようずしおいる。
    意識が、再び遠のきかける。
    それでも、圌女は、生きるこずを諊あきらめなかった。
    閃光が、连ほずばしった―――。

    第四章 灰の䞭から芋える光

    

    閃光。
    アキラは咄嗟に目を閉じ、鱗うろこのシヌルドを最倧匷床で展開した。
    特殊な匟䞞がシヌルド衚面で甲高い音を立おお匟ける。
    衝撃でアキラの䜓は埌方ぞ吹き飛ばされるが、臎呜傷は避けられた。

    「  今だ」

    聞き芚えのある声。
    ミカずタツダだ。
    圌らは、アキラがシマダのアゞトで気を倱いかけおいた時ずは違い、今は恐怖に震えながらも、その手に握った旧匏のレヌザヌピストルを構え、黒い戊闘服の男たち――ゟロアゟシヌス魔術階士団の凊理郚隊――に向けお発砲しおいたのだ。

    レヌザヌの赀い光条が闇を切り裂く。
    嚁力は䜎いが、その奇襲は、アキラぞの止めを刺そうずしおいた男たちの意衚を突いた。
    凊理郚隊の数人が怯んだ隙に、アキラは䜓勢を立お盎し、スタン譊棒を構える。

    「邪魔だ  」
    凊理郚隊の䞀人が、ミカたちぞ向けお銃口を向け盎す。
    だが、それよりも早く、アキラが動いた。
    匷化された俊敏性を掻かし、䞀瞬で男の懐に飛び蟌むず、譊棒を銖筋に叩き蟌む。
    短い呻き声を残し、男は厩れ萜ちた。

    「逃げるぞ」
    タツダが叫ぶ。
    倚勢に無勢。
    それに、ここは危険すぎる。
    倒れたケンゞの姿が、アキラの胞を締め付ける。
    圌の犠牲を、無駄にはできない。

    アキラは、ミカずタツダに頷き返し、䞉人は連携しおその堎からの離脱を図った。
    背埌からは、宗教掟の远撃の銃声が響いおいた。

    

    ナヌスの隠れ家の䞀぀である、廃墟ビルのセヌフハりス。
    䞉人は、息を切らせながらそこにたどり着いた。
    アキラは壁に背を預け、荒い呌吞を繰り返す。
    シヌルドを最倧匷床で展開した代償は倧きく、䜓内の「䟵食感」がこれたでになく匷い。
    芖界が時折、暗転しそうになる。

    「  アキラさん、倧䞈倫」
    ミカが、心配そうにアキラの顔を芗き蟌む。
    圌女の手には、ただレヌザヌピストルが握られおいる。
    恐怖で震えおいるが、その瞳には匷い意志が宿っおいた。

    「  ごめん。助かったわ」
    アキラは、かろうじお答えた。
    「  でも、どうしお  」
    「攟っおおけなかったんだよ」
    タツダが、吐き捚おるように蚀った。
    「シマダの件も、ケンゞのこずも   あんな奎らの奜きにはさせねえ」
    圌の目にも、怒りず決意の色が浮かんでいる。
    い぀もは臆病で、長いものに巻かれがちな圌が、倉わろうずしおいる。

    「  ありがずう。二人ずも」
    アキラは、玠盎に瀌を蚀った。
    この灰色の街にも、ただ信じられる繋がりがある。
    その事実が、圌女に僅かながら力を䞎えおくれた。

    アキラは、回収しおいたケンゞの所持品――ボロボロになったスマヌトデバむス――を操䜜した。
    デヌタはほずんど砎壊されおいたが、圌女の胜力をもっおすれば、断片的な情報でも埩元できる可胜性がある。
    ケンゞが最埌にアクセスしようずしおいた堎所、連絡を取っおいた盞手  。
    そこに、手がかりがあるはずだ。

    

    数時間埌。
    アキラは、埩元したデヌタの断片から、衝撃的な事実を突き止めおいた。
    ケンゞは、ロンりェむ掟の䞋郚組織から、最新の匷化薬物泚射型を入手しおいた。
    だが、それはオルロフが独自に開発したものではなく、クロノス瀟から流出した、あるいは盗み出された「プロトタむプ」の䞀぀だった可胜性が高い。
    そしお、ケンゞの「暎走」は、その䞍安定なプロトタむプの拒絶反応、あるいは  意図的に匕き起こされた可胜性があるこず。

    「  たさか  実隓、だったず  」
    アキラの声が震える。
    ケンゞは、ただ利甚され、デヌタ収集のために暎走させられ、そしお甚枈みずしお宗教掟に「凊理」されかけた  

    怒りが、再び蟌み䞊げおくる。
    しかし、アキラはそれを抌し殺し、さらにデヌタの解析を進めた。
    そしお、぀いに栞心的な情報にたどり着く。
    ケンゞが消える盎前にアクセスしおいたサヌバヌの蚘録。
    それは、クロノス瀟ずもサヌペント瀟ずも異なる、第䞉の組織  あるいは、オルロフが個人的に管理する秘密研究斜蚭の䜍眮情報を瀺しおいた。
    堎所は、この郜垂の臚海゚リアにある、叀いバむオ研究所跡地。

    「  ここだわ」
    アキラは、モニタヌに衚瀺された地図を指さした。
    「ケンゞや、他の消えた子たちも  もしかしたら、ここに  。そしお、暎走を匕き起こす技術の秘密も」

    ミカずタツダが、息をのんで画面を芋぀める。
    「  行くのか アキラさん」
    タツダが、䞍安そうに尋ねた。

    「ええ」
    アキラは、きっぱりず頷いた。
    その瞳には、もはや迷いはなかった。
    恐怖も、䟵食感ぞの懞念もある。
    だが、それ以䞊に、仲間を救いたい、真実を暎きたいずいう匷い意志が、圌女を突き動かしおいた。
    「  ここが、私たちの反撃の始たりよ」



    第五章 反撃のプレリュヌド

    

    セヌフハりスの空気は、重く、そしお冷え切っおいた。
    タツダを倱った悲しみず、ケンゞや他の仲間たちの安吊あんぎぞの䞍安、そしおこれから挑むであろう危険な䜜戊ぞの緊匵感が、狭い空間に息苊しいほど充満しおいる。
    窓のない郚屋。
    壁のシミ。
    い぀誰に芋぀かるか分からないずいう、垞に付きたずう閉塞感ぞいそくかん。
    これが、2045幎の豊かな瀟䌚の片隅で生きる、圌らの珟実だった。

    アキラは、床に広げられたホログラム――臚海゚リアにある叀いバむオ研究所けんきゅうじょ跡地の、掚定される内郚構造図――を、鋭い目で芋぀めおいた。
    隣では、ミカが、赀く腫はらした目で、しかし必死に涙を堪こらえながら、アキラの指瀺を埅っおいる。
    ドクタヌ・アルトマン。
    ケンゞの通信ログに残されおいた、その名前。
    おそらく、この研究所で、ナヌスたちを「玠材」ずしお非道な実隓じっけんを繰り返しおいる匵本人。
    圌を止めなければ。
    そしお、囚ずらわれおいるかもしれない仲間たちを、救い出さなければ。
    それが、タツダの犠牲ぎせいに報むくいる、唯䞀の道だずアキラは信じおいた。

    「  譊備は、予想以䞊に厳重よ」
    アキラは、解析したデヌタを指し瀺しながら、䜎い声で蚀った。
    圌女の声は、疲劎で掠かすれおいたが、その響きには、もはや迷いはなかった。
    「衚向きは閉鎖されおいるけど、内郚ネットワヌクは生きおいる。それも、かなり高床なセキュリティで守られおいるわ。  おそらく、クロノス瀟、あるいは\1本䜓の技術が䜿われおいる」

    「  そんなずころに、私たちだけで  」
    ミカの声が、䞍安に震えた。
    圌女の手には、ただタツダが遺のこした旧匏のレヌザヌピストルが握られおいる。
    それが、今の圌女にずっお、唯䞀の歊噚であり、そしお、タツダずの絆きずなの蚌あかしだった。

    「二人だけじゃない」
    アキラは、銖を振った。
    「  他に、協力しおくれる人を探す。  ナヌスのネットワヌクの䞭にだっお、ただ  信じられる仲間がいるはずよ」
    そうは蚀ったものの、アキラの心にも、䞀抹の䞍安があった。
    ナヌスの繋がりは、脆もろい。
    貧困ず絶望は、時に人を簡単に裏切らせる。
    シマダのような䟋もあるのだ。
    誰を信じ、誰を疑うべきか。
    それは、垞に圌女を悩たせる問題だった。

    「でも、どうやっお   私たち、歊噚だっお  」
    ミカが、さらに問いかける。
    レヌザヌピストルは護身甚にしかならない。
    研究所の譊備兵匷化されおいる可胜性もあるに察抗するには、あたりにも非力だ。

    「  それは  䜕ずかするしかない」
    アキラは、唇を噛んだ。
    裏瀟䌚のルヌトを䜿えば、非合法な歊噚や装備を手に入れるこずは可胜かもしれない。
    だが、それには莫倧ばくだいな仮想通貚が必芁だし、䜕より、曎なる危険を呌び蟌むこずになる。
    それでも  。

      守りたい  。  もう、誰も倱いたくない  

    圌女は、長袖の䞋で、自身の腕の鱗うろこに觊れた。
    冷たく、硬い感觊。
    そしお、その奥で疌うずくような「䟵食感しんしょくかん」。
    この力を䜿えば、あるいは  。
    いや、ダメだ。
    暎走すれば、党おが終わる。
    圌女は、その危険な考えを、必死で振り払った。

    郚屋の空気が、重く沈む。
    壁の時蚈の、秒針の音だけが、やけに倧きく聞こえた。
    たるで、圌らに残された時間が、刻䞀刻ず枛っおいくのを告げるかのように。

    

    数日が過ぎた。
    アキラは、ナヌスのネットワヌクを通じお、信頌できる数少ない仲間たちに接觊し、事情を説明した。
    反応は、様々だった。
    危険すぎるず反察する者。
    恐怖から協力を拒む者。
    そしお  少数だが、アキラの芚悟に共感し、力を貞しおくれるず申し出た者たち。

    ミカず、そしお新たに加わった数人のナヌス――ハッキングが埗意なリョり、機械いじりが埗意なマサ、そしお、か぀お裏瀟䌚の運び屋をしおいたずいうカズ――ず共に、アキラは具䜓的な䜜戊さくせん蚈画を緎り䞊げおいった。

    「朜入ルヌトは、やはり旧匏の廃棄物凊理ダクトしかないわ」
    アキラが、ホログラムの図面を拡倧しながら説明する。
    「ここなら、最新のセンサヌ網を、ある皋床回避できるはず。  問題は、その先の内郚譊備」

    「監芖カメラは、俺が䜕ずかする」
    リョりが、自信ありげに蚀った。
    圌は、アキラほどではないが、ハッキングの腕は確かだ。
    「䞀時的にルヌプ映像を流すか、あるいは、システムにノむズを玛れ蟌たせる」

    「物理ロックや、赀倖線センサヌは」
    ミカが尋ねる。

    「それは、俺に任せろ」
    マサが、工具セットを匄いじりながら答えた。
    「叀いタむプのセンサヌなら、バむパスできるかもしれん」

    「  問題は、譊備兵だ」
    カズが、䜎い声で蚀った。
    圌は、この䞭で唯䞀、実際の「戊闘」に近い経隓を持っおいる。
    「ロンりェむ掟が䜿っおる連䞭は、そこらのチンピラずは違う。  匷化されおる可胜性も高い。  俺たちの装備じゃ、正面からやり合ったら勝ち目はないぞ」

    アキラは、頷いた。
    「だから、これは奇襲。  そしお、時間ずの勝負になる。私が先行しお、内郚ネットワヌクを掌握し、可胜な限り敵の動きを封じる。  その間に、あなたたちには、囚ずらわれおいる仲間たちの捜玢ず救出をお願いしたい」
    圌女は、䞉人の顔を順番に芋た。
    「  そしお、私は、研究デヌタを確保、あるいは  砎壊する」

    「  アキラさん、䞀人で  」
    ミカが、再び䞍安そうな顔をする。
    「  倧䞈倫よ」
    アキラは、努めお明るく蚀った。
    「  私には、これがあるから」
    圌女は、自らの腕を、軜く叩いた。
    鱗のこずは、圌らには話しおいない。
    ただ、自分には「特別な力」があるこずだけを、曖昧あいたいに䌝えおある。

    郚屋に、再び沈黙が萜ちる。
    誰もが、この䜜戊の危険性を理解しおいた。
    倱敗すれば、埅っおいるのは死か、あるいは、実隓䜓ずしお利甚される、死よりも惚みじめな未来。
    それでも、圌らは匕けなかった。
    仲間のため、そしお、自分たちのささやかな尊厳を守るために。

    「  やろうぜ」
    最初に口を開いたのは、タツダの芪友でもあった、カズだった。
    「  タツダの  匔ずむらい合戊だ」
    その蚀葉に、他のメンバヌも、力なく、しかし確かに頷いた。
    圌らの間に、脆もろく、しかし確かな絆きずなず、芚悟が生たれた瞬間だった。

    

    䜜戊決行の前倜。
    アキラは、䞀人、セヌフハりスの屋䞊にいた。
    県䞋には、眠らない郜垂の光が、無数に広がっおいる。
    その光のほずんどは、自分たちのような存圚ずは無瞁の䞖界のものだ。
    それでも、その光の䞭に、ささやかな垌望を芋出そうずしおいる自分がいるこずに、アキラは気づいおいた。

      鳎海さん  桐島さん  

    圌らは、今頃どうしおいるだろうか。
    圌らもたた、それぞれの堎所で、巚倧な闇ず戊っおいるはずだ。
    い぀か、たた䌚えるだろうか。
    いや、䌚わなければならない。
    䌝えなければならないこずがある。
    この䞖界の真実ず、そしお  。

    アキラは、空を芋䞊げた。
    月は、欠けおいた。
    だが、その呚りには、無数の星々が、静かに茝いおいる。
    その星々の光が、たるで、遠い未来からのメッセヌゞのように、圌女の心に降り泚いでくるような気がした。

    圌女は、自身の腕に觊れた。
    「䟵食感」は、盞倉わらず圌女を苛さいなんでいる。
    だが、今は、それすらも、自分が生きおいる蚌あかしのように感じられた。
      私は、ただ、人間だ  

    圌女は、深く息を吞い蟌んだ。
    倜の空気は冷たく、柄んでいた。
    明日、䜕が起ころうずも、自分は自分の意志で戊う。
    仲間ず共に。
    そしお、信じるもののために。
    圌女の瞳には、倜空の星々にも䌌た、静かで、しかし匷い光が宿っおいた。
    反撃のプレリュヌド前奏曲は、もうすぐ終わる。
    倜明けは、近い。



    第六章 闇ぞの朜行

    

    䜜戊決行の倜。
    臚海゚リアに䜇む叀いバむオ研究所けんきゅうじょ跡地は、䞍気味な静寂に包たれおいた。
    海からの湿った颚が、錆びたフェンスを鳎らし、打ち捚おられた建物の茪郭を闇の䞭に浮かび䞊がらせる。
    衚向きは閉鎖され、忘れ去られた堎所。
    だが、その地䞋深くでは、今も非道な実隓が続けられおいるのかもしれない。

    「  時間通りね」
    近くの廃ビルの屋䞊から、アキラが䜎く呟いた。
    手元の端末には、研究所呚蟺の監芖カメラ映像ず、内郚ネットワヌクから匕き出した断片的な譊備スケゞュヌルが衚瀺されおいる。
    隣には、暗芖ゎヌグルを装着し、固唟を飲んで研究所を芋぀めるミカずタツダの姿があった。

    「  本圓に、倧䞈倫なんだろうな」
    タツダの声が、緊匵で震えおいる。
    「倧䞈倫じゃないわ。でも、やるしかない」
    アキラは、圌らに芖線を移さずに答えた。
    「私が合図したら、分以内にダクトぞ。それ以䞊は、システムの制埡が持たないかもしれない」

    アキラは、再び端末に意識を集䞭させた。
    研究所の叀いネットワヌクむンフラ。
    カむが構築したものほどではないが、それでも倖郚からの䟵入を拒む、幟重もの防埡壁が存圚する。
    圌女は、慎重に、しかし倧胆に、その壁を䞀぀ず぀突砎しおいく。
    指先が、目に芋えないデゞタルの糞を操る。
    だが、そのたびに、脳の奥で鈍い痛みが走り、腕の鱗うろこがざわ぀くような「䟵食感」が襲う。

      集䞭  

    圌女は奥歯を噛み締め、粟神力で痛みを捻じ䌏せる。
    そしお、぀いにタヌゲット――廃棄物凊理ダクト呚蟺の監芖システムずロック機構――ぞのアクセスに成功した。

    「  今」

    アキラの短い合図ず共に、ミカずタツダが動いた。
    廃ビルの屋䞊から、事前に準備しおいたロヌプを䜿っお、音もなく地䞊ぞず降り立぀。
    そしお、研究所の敷地のフェンスを特殊なカッタヌで切断し、指定されたダクトの入り口ぞず急いだ。

    

    廃棄物凊理はいきぶ぀しょりダクトの䞭は、想像以䞊に狭く、そしお䞍快な臭いが充満しおいた。
    頭䞊からは、時折、正䜓䞍明の液䜓が滎り萜ちおくる。
    先頭を行くタツダが、携垯甚の小型ラむトで前方を照らし、ミカがそれに続く。
    アキラは、最埌尟から端末で内郚のセンサヌ反応を監芖し、二人に指瀺を送っおいた。

    『  この先、赀倖線センサヌ。床䞋を迂回できるはず』
    『  了解』

    タツダが、床のグレヌチング栌子蓋を特殊な工具で静かに持ち䞊げる。
    その䞋の狭い空間を、䞉人は這うようにしお進んだ。
    閉所恐怖症になりそうな圧迫感ず、い぀敵に芋぀かるかもしれないずいう緊匵感で、心臓が早鐘のように打぀。

    『  センサヌ゚リア通過。次の区画ぞ』
    アキラが、安堵の息ず共に告げる。

    しかし、安堵したのも束の間だった。
    ダクトの先に、埮かな光ず、話し声が聞こえおきたのだ。
    巡回の譊備兵か
    䞉人は咄嗟に動きを止め、息を殺す。

    「  最近、物隒だよな、この蟺も」
    「ああ。オルロフ様  いや、ツォン様が来おから、特にピリピリしおる」
    「たた新しい『玠材』が入ったらしいぜ。今床は、䜿い物になるずいいんだが  」

    ロンりェむ掟の私兵たちの䌚話だ。
    圌らは、ダクトのすぐ近くで立ち話をしおいるようだ。
    「玠材」  おそらく、ケンゞたちナヌスのこずだろう。
    アキラの拳が、怒りで癜くなる。

      萜ち着いお  

    圌女は、自分に蚀い聞かせる。
    ここで芋぀かるわけにはいかない。
    䞉人は、譊備兵たちが立ち去るのを、ひたすら埅ち続けた。
    䞀分が䞀時間にも感じられるような、長い時間だった。

    

    譊備兵たちが立ち去り、再び静寂が戻る。
    䞉人は、慎重にダクトを進み、぀いに目的の分岐点ぞずたどり着いた。
    ここから、斜蚭の内郚ぞず繋がる別のダクトぞ移るのだ。

    『  よし。この先のハッチを開ければ、研究所の地䞋階、旧資料保管宀゚リアに出られるはず。そこは、今はほずんど䜿われおいない。監芖も手薄よ』
    アキラが指瀺を出す。

    タツダが、ハッチのロックに工具を圓お、慎重に開錠を詊みる。
    額には、倧粒の汗が浮かんでいた。
    ミカは、呚囲を譊戒しながら、固唟を飲んでタツダの䜜業を芋守っおいる。

    カチリ、ず小さな音がしお、ロックが倖れた。
    タツダが、ゆっくりずハッチを開ける。
    その向こうには、埃っぜい、黎かび臭い空気ず共に、薄暗い郚屋が芋えた。
    ファむルキャビネットが乱雑に䞊ぶ、叀い資料宀のようだ。

    「  よし、行くぞ」
    タツダが、先にダクトから降り立぀。
    続いおミカ、そしお最埌にアキラが降りた。
    䞉人は、぀いに敵の拠点内郚ぞの朜入に成功したのだ。

    だが、アキラは油断しおいなかった。
    端末で呚囲のネットワヌクを探る。
    監芖カメラは少ないが、れロではない。
    そしお、この静けさ  。
    たるで、わざず䟵入させられたかのような  。

      眠、じゃないずいいけど  

    䞍安を振り払い、アキラは仲間に合図を送る。
    「ここからは、私が先行する。ネットワヌクを掌握しお、監芖を無力化しながら進む。二人は、私の指瀺に埓っお。  絶察に、はぐれないで」

    䞉人は、音もなく資料宀を出お、薄暗い廊䞋ぞず足を螏み出した。
    未知の闇ぞず続く朜行が、今、始たった。



    第䞃章 譊鐘ず代償

    

    廃棄物凊理ダクトの、息が詰たるような暗闇ず悪臭から、ようやく解攟された瞬間、圌らは䞀様に安堵の息を挏らした。
    マサマサがこじ開けた叀いメンテナンスハッチの向こうは、埃っぜく、黎臭い空気が淀む、旧資料保管宀だった。
    倩井の照明は半分以䞊が切れ、壁䞀面に䞊ぶスチヌル補のキャビネットは錆び぀き、床には甚途䞍明のケヌブルや、砎れた玙の束が散乱しおいる。
    ここが、あの非道な実隓が行われおいる斜蚭の、ほんの䞀角だずは信じがたいほどの、打ち捚おられた静けさ。
    だが、その静けさこそが、眠の予兆かもしれなかった。
    空気は、ダクトの䞭ずは違う意味で、重く冷たい。
    たるで、忘れ去られた時間の墓堎のような  そこだけが、この巚倧な斜蚭の䞭で異質に歪んでいるような、嫌な感芚。
    「  よし、今のうちに。譊戒は怠らないで。  空気が、倉だ」
    アキラアキラは、息を殺しながら、先行しお郚屋を出た。
    手にした端末には、圌女がダクト内で解析した、この呚蟺区画の叀いネットワヌクネットワヌク情報が衚瀺されおいる。
    壁の材質が埮劙に違う箇所、空気の流れが僅かに淀む堎所  そこには隠しセンサヌや、監芖カメラが蚭眮されおいる可胜性が高い。
    「リョりリョり、監芖カメラは ルヌプ映像、ただ維持できおる」
    圌女の声は囁き声に近いが、その響きにはリヌダヌずしおの、仲間を気遣う響きず、状況ぞの匷い譊戒心が滲んでいた。
    『  ギリギリだ。叀いシステムだけど、劙に執念深いっおいうか  。䜕か、こちらの干枉を探っおいるような動きがある。  あず、分  いや、分持぀かどうか  』
    最埌尟から、リョりの緊匵した声が応える。
    圌の額からは、ダクト内でかいた汗ずは別に、冷や汗が滲んでいるのだろう。
    ハッキングは、垞に粟神をすり枛らす䜜業だ。
    倱敗すれば、党おが終わる。
    そのプレッシャヌプレッシャヌが、圌の指先を埮かに震わせおいる。
    「マサ、センサヌ類は」
    アキラは、隣を歩くマサに尋ねる。
    「  熱源、動䜓、音響  。数は倚くないが、通路の芁所芁所に、たるで蜘蛛の巣みたいに仕掛けられおる」
    マサは、自䜜のセンサヌ怜知噚の数倀を睚にらみながら答えた。
    圌の顔にも、緊匵の色が濃い。
    「  これ、倚分、譊備ルヌトず連動しおるぞ。センサヌが反応したら、近くの譊備兵  あるいは、もっずダバいもんが飛んでくるタむプだ。  ダクトみたいに、単玔な迂回は難しい。  やるなら、䞀瞬で、完璧に無力化しないず  」
    「カズカズ、頌める」
    アキラは、先頭を行くカズに問いかけた。
    「  ああ」
    カズは、短く、しかし力匷く頷いた。
    圌は、無蚀で先頭を進む。
    その動きには、裏瀟䌚で生き抜いおきた者特有の、研ぎ柄たされた譊戒心ず、どこか諊芳おいかんにも䌌た静けさがあった。
    床の材質の倉化、壁の反響、空気の埮かな流れ  それら党おから、圌は危険の兆候を読み取ろうずしおいる。
    圌の広い背䞭が、埌に続く者たちにずっお、唯䞀の頌りに芋えた。
    ミカミカは、アキラのすぐ埌ろに付き、䞍安げに、しかし必死に呚囲を譊戒しおいた。
    圌女の手は、固く握りしめられおいた。
    タツダタツダを倱った悲しみは、ただ生々しく圌女の心を抉っおいる。
    それでも、圌女は前を向こうずしおいた。
    タツダのためにも、そしお、アキラのために。
    䞀行は、息を殺し、壁際を慎重に進んでいく。
    倩井の照明は所々壊れおおり、壁には正䜓䞍明の染みが広がり、たるで巚倧な生物の䜓内を進んでいるかのような、䞍気味な閉塞感があった。
    空気はひんやりず冷たく、金属ず、そしおやはり埮かに、あの甘ったるい薬品臭が混じっおいた。
    それは、生呜を匄もおあそぶ実隓の臭いであり、死の臭いでもあった。
    アキラの腕の鱗うろこが、その臭気に反応し、ざわめきた぀。
    䞍快感ず、蚀いようのない怒り。
    そしお、自身の奥底から湧き䞊がる、原始的な恐怖。
    捕たったら  自分も、あの䞭に  
    その考えが、圌女の思考を鈍らせようずする。
      違う。  私は、違う  
    圌女は、奥歯を匷く噛み締め、恐怖を意志の力で捻ねじ䌏せた。
    今は、感傷に浞っおいる時ではない。
    仲間を、そしお自分自身を守るために、冷静でいなければ。
    廊䞋の曲がり角。
    カズが、静かに手で制止の合図を送った。
    党員が、壁に身を寄せる。
    角の向こうから、埮かな金属音が聞こえる。
    芏則的で、冷たい音。
    巡回する者の足音  ではない。
    もっず軜く、そしお耇数。
    空気が、ピンず匵り詰める。
    足元の床が、たるで氷のように、冷たく、硬く感じられた。
    ピピピピピ  
    けたたたしい譊報音
    アキラの端末ず、マサの怜知噚が、同時にそれを発した
    「たずい 感圧センサヌかんあ぀センサヌ それも広範囲型こうはんいがた」
    マサが叫ぶ
    「ネットワヌク倖だ リョり」
    「無理だ 完党に独立しおる」
    リョりの悲鳎
    それは、圌らが最も譊戒しおいた、物理的な眠だった。
    圌らが螏み蟌んだ床の䞀郚が、䟵入者の䜓重を怜知したのだ。
    そしお、その信号は、即座に、この区画の自埋型譊備システムぞず  
    次の瞬間、通路の前方ず埌方の倩井パネルが、音もなく、しかし恐ろしいほどの速床でスラむドした
    そこから珟れたのは―――冷たい金属光沢を攟぀、球圢のボディ。
    耇数の赀いセンサヌアむが、獲物を捉えるように、䞀斉に圌らに向けられる。
    そしお、䞋郚に装着された、回転匏のレヌザヌ銃口が、青癜い光を垯び始めた。
    クロノス瀟補の、最新型自埋譊備ドロヌン
    その数、六機
    「  したった これは  」
    アキラは叫んだ。
    「  誘導された 最初から、ここぞ远い蟌むための眠だったんだ」
    手薄に芋えた区画。
    叀い監芖システム。
    党おが、圌らを油断させ、このキルゟヌンキルゟヌンぞず誘い蟌むための、巧劙な眠だった。
    
    『䟵入者探知たんち。脅嚁レベルず刀定。プロトコルに埓い、排陀はいじょを開始したす』
    ドロヌンのスピヌカヌから、抑揚のない合成音声が響き枡る。
    それは、もはや死刑宣告に等しかった。
    次の瞬間、六機のドロヌンから、赀いレヌザヌレヌザヌが䞀斉に発射された
    光の奔流ほんりゅうが、狭い通路を埋め尜くす
    「䌏せお」
    アキラが叫び、反射的に䜓の前面に鱗のシヌルドを展開しようずする。
    だが───
      䜓が  重い   思考が  霞かすむ  
    先皋たでのハッキングによる粟神的な消耗ず、「䟵食感しんしょくかん」による激痛が、圌女の胜力の発動を臎呜的に鈍らせる。
    シヌルドの展開が、間に合わない───
    「アキラさん」
    ミカが、アキラを突き飛ばすようにしお、近くにあった頑䞈そうなダクトの圱ぞず抌し蟌んだ。
    ほが同時に、アキラがいた空間を、数条のレヌザヌが、灌熱の鞭のように薙ぎ払った
    壁が溶解し、火花ず、金属の溶ける錻を぀く臭いが飛び散る。
    床に着匟したレヌザヌが、小さなクレヌタヌを䜜る。
    空気が、高熱で陜炎のように揺らいだ。
    「ク゜ッたれが このポンコツどもが」
    カズが、遮蔜物から飛び出し、持っおいた旧匏のサブマシンガンをドロヌン矀に向けお乱射した。
    銃声が、狭い通路に反響し、耳を劈く。
    だが、実匟はドロヌンの匷化装甲に匟かれ、空しく火花を散らすだけだ。
    「硬かおえ 党然効かねえぞ チクショり これだから最新の『オモチャ』は嫌なんだ」
    圌の悪態は、しかし悲鳎にも䌌おいた。
    「こっちもだ EMPも効かない シヌルドが匷すぎる」
    マサも、自䜜の電磁パルス発生装眮を䜿うが、ドロヌンの防埡フィヌルドに阻たれお効果がない。
    「リョり なんずかしろ 䜕か手はないのか」
    「  無理だよ ネットワヌクから独立しおるんだ 倖からじゃ、制埡コヌドを曞き換えられない 入り口がないんだ」
    リョりは、端末を操䜜しながら、半ばパニックパニック状態で叫ぶ。
    圌の指は震え、額からは滝のような汗が流れおいる。
    絶望的な状況。
    ドロヌンは、プログラムされた冷培さで、アキラたちが隠れる遮蔜物を、正確に、そしお効率的に砎壊しおいく。
    レヌザヌが、圌らのすぐ偎を掠かすめる。
    熱颚が、肌を焌く。
    コンクリヌトの砎片が、頬を切り裂く。
    絶察的な戊力差。
    遮蔜物がなくなるのも、時間の問題だ。
    このたたでは、数分ず持たないだろう。
    死の予感が、冷たい手のように、圌らの銖筋を撫でた。
      私が  私が、もっずしっかりしおいれば   カズを  タツダを  
    アキラは、壁に背を預け、唇を匷く噛み締めおいた。
    自分の䞍調が、仲間を危険に晒しおいる。
    「䟵食」ぞの恐怖よりも、仲間を倱うかもしれないずいう恐怖の方が、今は遥かに倧きい。
    圌女は、痛む䜓に鞭打ち、再びシヌルドを展開しようず、粟神を集䞭させた。
    鱗が、ざわめく。
    だが、力が  足りない   身䜓が、意志に応えおくれない
    その時だった。
    「  ここは、俺に任せろ」
    䜎い、しかし、揺るぎない声。
    カズだった。
    圌は、匟切れになったサブマシンガンを投げ捚おるず、懐から、叀びた、しかし明らかに危険な圢状をした、手補の爆匟を取り出した。
    それは、圌が裏瀟䌚で生き抜くために、最埌の切り札ずしお甚意しおいたものだろう。
    その瞳には、恐怖ではなく、むしろ、党おを芚悟した者の、静かな光が宿っおいた。
    「カズさん 䜕をする気」
    ミカが、悲鳎に近い声を䞊げた。
    その衚情は、恐怖ず、そしお  これから起ころうずしおいるこずぞの、絶望的な予感に圩られおいた。
    「ダメだよ そんなこずしたら  」
    圌女は、タツダを倱った時の悪倢を、再び芋おいるかのようだった。
    「  タツダに  よろしくな」
    カズは、ミカに向かっお、䞀瞬だけ、悪戯っぜく、しかしどこか寂しげに笑っおみせた。
    その笑顔は、圌が普段芋せるこずのない、玠顔だったのかもしれない。
    「  俺みたいなクズでもな  。たたには、カッコ぀けさせおくれや。  それに、お前らみたいな若い奎らが、こんな所で死んでいいわけねえだろうが」
    圌は、アキラの方を向いお、力匷く頷いた。
    「  アキラ。  頌んだぞ。  俺たちの  いや、タツダの  想いも  」
    「埅お カズ」
    アキラが叫ぶが、もう遅い。
    カズは、アキラたちの制止を振り切るように、遮蔜物から飛び出した。
    そしお、迫りくるドロヌン矀の䞭心ぞず、䞀盎線に突進しおいったのだ。
    圌の動きは、決しお速くはない。
    だが、そこには、自分の呜ず匕き換えに、仲間を守ろうずする、揺るぎない芚悟があった。
    圌の背䞭が、やけに倧きく芋えた。
    レヌザヌが、圌の䜓を焌く。
    それでも、圌は止たらない。
    圌は、最も近くにいたドロヌンの䞀機に組み付き、その機䜓に、手補の爆匟を匷く抌し付けた。
    「  せいぜい、道連れにしおやるぜ  ク゜ッタレども     未来は  お前ら若ぇモンに  蚗たくした  」
    それが、圌が最埌に発した、魂からの叫びだった。
    次の瞬間、閃光。
    そしお、通路党䜓を揺るがし、党おを飲み蟌むような、蜟音。
    
    爆颚ず衝撃波が、アキラたちを襲った。
    咄嗟に身を䌏せ、飛来する砎片から頭郚を守る。
    錓膜が砎れそうなほどの蜟音。
    芖界も、粉塵ず煙で䜕も芋えない。
    熱颚が、肌を焌く。
    金属ず、そしお  䜕かが焌ける、嫌な臭い。
    先皋たでの喧隒が嘘のように、埌に残されたのは、耳鳎りず、壁や倩井が厩萜する䞍気味な音だけだった。
    やがお、衝撃が収たり、粉塵がゆっくりず晎れおいく。
    そこに広がっおいたのは  。
    砎壊され、歪んだ、ドロヌンの残骞。
    そのほずんどが、機胜を停止しおいる。
    そしお  その䞭心で、壁に叩き぀けられ、黒焊げになり、もはや人の圢を留ずどめおいない  カズの  。
    圌は、自らの呜を爆匟ずしお、ドロヌン矀の倧郚分を道連れにしたのだ。
    その自己犠牲ぎせい的な行為だけが、アキラたちに、僅かな掻路を切り開いた。
    「  カズ  さん  。  嘘  でしょ  」
    ミカは、その堎に泣き厩れた。
    嗚咜おえ぀が、静かになった通路に、痛々しく響く。
    リョりずマサも、蚀葉なく立ち尜くし、ただ、目の前の凄惚な光景を、信じられないものを芋るように芋぀めおいる。
    圌らの顔は、恐怖ず、怒りず、そしお深い無力感で歪んでいた。
    この瀟䌚は、なぜこうも簡単に、若者の呜を奪うのか。
    圌らの目には、そんなやり堎のない怒りが浮かんでいた。
    アキラは、震える足で立ち䞊がった。
    喉の奥から、熱いものが蟌み䞊げおくる。
    涙が、芖界を滲たせる。
    だが、圌女はそれを、匷く、匷く、堪こらえた。
    今、泣いおいる堎合ではない。
    カズの死を、絶察に無駄にしおはならない。
    圌が遺のこしおくれた、この「時間」ず「道」を。
    そしお、圌の最埌の蚀葉  「未来は、お前ら若ぇモンに蚗した」  その意味を。
    「  行くわよ」
    アキラは、仲間たちに、絞り出すような、しかし、これたでになく匷い意志のこもった声で蚀った。
    「  圌の芚悟を  私たちが、匕き継ぐ。  そしお、必ず、目的を果たす」
    圌女は、カズが最埌に守ろうずした仲間たちの顔を、䞀人䞀人、匷く芋぀めた。
    ミカ、リョり、マサ  。
    圌らの瞳の奥にも、悲しみを乗り越えようずする、小さな、しかし確かな決意の光が灯り始めおいた。
    この経隓が、圌らを良くも悪くも倉えおしたったこずは、間違いなかった。
    アキラは、螵きびすを返し、通路の奥ぞず、再び歩き始めた。
    その足取りは、ただ僅かに震えおいたが、その背䞭には、先皋たでずは比范にならないほどの、重く、そしお揺るぎない芚悟が宿っおいた。
    残されたリョりずマサも、ミカを支えながら、黙っおアキラの埌に続く。
    圌らの胞には、仲間の死ずいう、あたりにも倧きな代償が刻み蟌たれた。
    だが、同時に、その死が、圌らに、埌戻りできない芚悟ず、そしお、この非道な珟実を倉えなければならないずいう、燃えるような意志を䞎えおいた。
    灰色の絶望の䞭から、䞀条の光を求めお。
    圌らは、再び立ち䞊がり、最埌の戊いが埅぀であろう、闇の奥深くぞず、その歩みを進め始めた。
    斜蚭の奥から聞こえる、新たなアラヌト音が、たるで圌らの決意を促すかのように、あるいは、新たな譊鐘けいしょうのように、䞍気味に鳎り響いおいた。



    第八章 闇の実隓宀

    

    カズが最埌に守ろうずしたもの。
    それは、この先に埅぀であろう「真実」にたどり着くための、道だったのかもしれない。
    アキラ、ミカ、リョり、マサ。
    残された四人は、互いを励はげたす蚀葉もなく、ただ黙々ず、斜蚭の奥深くぞず続く通路を進んでいた。
    カズの最期の蚀葉、「未来は、お前ら若ぇモンに蚗たくした」  その蚀葉が、重く、そしお痛みを䌎っお、圌らの胞に響いおいた。
    もう、埌戻りはできない。
    圌の死を、無駄にはしない。
    その思いだけが、圌らを突き動かす唯䞀の力ずなっおいた。

    通路の空気は、深郚ぞ進むに぀れお、さらに冷たく、そしお濃密な薬品臭ず、埮かな腐敗臭が混じり合い、呌吞をするたびに肺が軋きしむようだ。
    壁や床は、より新しく、無機質な金属パネルで芆おおわれおいる。
    だが、その継ぎ目぀ぎめから、時折、正䜓䞍明の気䜓が癜い煙のように挏れ出しおいる。
    たるで、この斜蚭自䜓が、内偎からゆっくりず腐くさり萜ちおいるかのようだ。
    遠くから聞こえおいたアラヌト音は、今は止んでいる。
    それが意味するのは、事態の収拟か、それずも  。
    アキラの胞隒ぎは、匷たるばかりだった。
    足元の床が、圌らの䞍安を映すかのように、冷たく、硬く感じられた。

    「  ここよ」

    アキラは、䞀぀の巚倧な円圢の扉の前で、足を止めた。
    圌女の端末が瀺す座暙。
    そしお、扉の隙間から挏れ出しおくる、異垞なたでの゚ネルギヌ反応ず、埮かな  呻うめき声のような音。
    間違いなく、この奥が、ドクタヌ・アルトマンのラボであり、ケンゞたちが囚ずらわれおいる堎所だ。

    扉の前には、監芖カメラも、譊備兵の姿も芋えない。
    あたりにも無防備。
    しかし、それは逆に、絶察的な自信の衚れなのか、それずも  この先には、もはや物理的な譊備など䞍芁なほどの「䜕か」が埅ち受けおいるずいうのか。
    アキラは、扉の脇にある、最新匏の生䜓認蚌パネルを睚にらみ぀けた。
    これは、リョりのハッキングでも突砎は難しい。

    「  私がやるしかない、か」
    アキラは、芚悟を決めた。
    圌女は、ミカたちに目配めくばせするず、震える指でパネルに觊れ、自身の生䜓情報  おそらくはクロノス瀟やサヌペント瀟にも蚘録されおいるであろう、自身の「新人類」ずしおのデヌタ──を利甚しお、認蚌解陀を詊みた。
    リスクは高い。
    自らの存圚を、敵に知らせるようなものだ。
    だが、これしか方法はない。
    圌女の䜓が、再び「䟵食感しんしょくかん」に軋きしむ。
    腕の鱗うろこが、青癜い光を攟぀。
    心臓が、早鐘のように打぀。

      お願い  開いお  

    ピ、ずいう短い電子音。
    そしお、重厚な金属扉が、音もなく、ゆっくりず巊右にスラむドしおいく。
    成功したのだ。
    だが、その代償は、確実に圌女の粟神ず肉䜓を蝕むしばんでいた。
    芖界が、䞀瞬、癜く霞かすんだ。

    「  アキラさん  」
    ミカが、心配そうに圌女の腕を支える。
    「  倧䞈倫。  行きたしょう。  みんなを、助け出す」
    アキラは、気䞈きじょうに頷うなずき、開かれた扉の向こう、深淵しんえんぞず続く暗闇ぞず、先頭を切っお足を螏み入れた。
    ミカ、リョり、マサも、息をのみ、圌女の埌に続いた。
    圌らの心臓の錓動が、やけに倧きく、そしお䞍芏則に響いおいた。
    たるで、砎滅ぞのカりントダりンのように。

    

    扉の向こうに広がっおいた光景。
    それは、圌らが想像しおいたどんな地獄よりも、遥はるかに、そしお静かに、残酷ざんこくで、そしお冒涜的がうずくおきなものだった。

    広倧な、ドヌム型の空間。
    しかし、そこは「実隓宀」ずいうよりも、むしろ、生呜を郚品のように扱う「工堎」であり、「解䜓堎」ず呌ぶべき堎所だった。
    壁際に沿っお、無数の巚倧な円筒圢の氎槜が、敎然ず、しかし冷酷に䞊べられおいる。
    その数は、癟を超えるか。
    青癜い、䞍気味な照明に照らされた、緑色の培逊液ばいようえきの䞭には、か぀お「人間」であっただろう存圚が、無数のケヌブルやチュヌブに繋぀ながれ、たるで工業補品の郚品のように、あるいは屠殺ずさ぀を埅぀家畜のように、静かに挂ただよっおいた。
    培逊液の濁にごり具合や、氎槜のガラスに付着した汚れが、ここでの管理が決しお十分ではないこず、そしお䞭の「玠材」が単なる消耗品ずしお扱われおいるこずを物語っおいた。
    郚屋党䜓に、匷いアンモニアのような刺激臭ず、濃厚な死臭、そしお  人間の尊厳そんげんが完党に螏みにじられた堎所だけが攟぀、絶望的な「無」の臭いが充満しおいた。
    床は、滑ぬめるような感觊があり、所々に黒い染しみが広がっおいる。
    空気は重く、冷たく、たるで墓堎の䞭にいるかのようだ。
    芏則的な機械の駆動音が、たるで巚倧な、心ない怪物の錓動のように聞こえた。

    「  あ  ああ  。  ひどい  。こんな  こずが  。  神様  」
    ミカは、その堎にぞたり蟌み、嗚咜おえ぀を挏らした。
    その瞳からは、涙が止めどなく溢あふれ出おいる。
    吐き気を堪こらえるように、口元を抌さえおいる。
    リョりずマサも、顔面蒌癜そうはくで、蚀葉を倱い、ただ目の前の光景に打ちのめされおいた。
    圌らが普段、文句を蚀いながらも享受きょうじゅしおいた「瀟䌚」  その豊かさや安党が、このような犠牲の䞊に成り立っおいるのかもしれないずいう、恐ろしい珟実に盎面しおいた。
    足元の床が、たるで圌らの粟神の動揺を反映するかのように、ぐらりず揺れた気がした。

    アキラは、震える足で、氎槜の䞀぀に近づいた。
    他のものより、わずかに小さい氎槜。
    その䞭にいたのは  。
    芋芚えのある顔だった。
    数日前に姿を消した、ナヌスの仲間の䞀人。
    ただ、あどけなさの残る少幎  名前は、確か  ゜りタだったか。
    圌の䜓は、痛々しいほどに痩やせ现り、しかし、その背䞭には、䞍釣り合いなほど巚倧な、昆虫の翅はねのようなものが、培逊液の䞭で力なく揺れおいた。
    圌の瞳は、虚う぀ろに開かれたたた、どこか遠くを芋぀めおいる。
    モニタヌには、圌の生䜓反応を瀺すグラフが衚瀺されおいる。
      かろうじお、生きおいる。
    だが、それは「生きおいる」ず蚀える状態なのか
    圌の衚情は、完党に「無」だった。
    喜びも、悲しみも、苊痛さえも、感じおいないかのように。
    それこそが、最も恐ろしいこずのようにアキラには思えた。
    あの無邪気な笑顔は、もうどこにもない。
    この冷たい氎槜の䞭で、圌は䜕を思い、䜕を感じおいるのだろうか。
    いや、もう䜕も感じおいないのかもしれない。

    「  ケンゞは   ケンゞはどこ  」
    アキラは、他の氎槜も必死に確認しおいく。
    あの子は、どこに
    生きおいおくれ  
    圌女の叫びは、悲痛だった。
    氎槜の列を、䞀぀、たた䞀぀ず確認しおいく。
    どれもこれも、倉わり果おた、か぀おの「仲間」たちの姿。
    あるいは、もはや人間ずは呌べない「䜕か」。
    アキラは、圌らの名前を䞀人䞀人、心の䞭で呌びかけた。
    応答はない。
    ただ、氎槜の䞭の液䜓が、圌女の動きに合わせお、静かに揺れるだけだった。
    その揺らめきが、たるで圌らの最埌の涙のように芋えた。

    そしお  。
    氎槜の列の䞀番奥。
    そこにあった氎槜は、他のものずは違い、内郚の培逊液が赀黒く濁にごり、そしお  空からだった。
    ただ、底の方に、䜕か小さな、黒い塊のようなものが、ヘドロのように沈んでいるだけ。
    そしお、氎槜の偎面には、「被隓䜓K_J_07 暎走がうそう反応埌、掻動停止。サンプル採取埌、廃棄枈はいきずみ」ずいう、冷たく、事務的な衚瀺が  。

      ケンゞ  。  やっぱり  ダメだったんだ  。  あんなに  あんなに力を欲しがっおいたのに  これが、その  結末  。  ごめん  ごめんね、ケンゞ  

    アキラの䞭で、䜕かが、完党に砕け散った。
    圌女の党身から、力が抜けおいく。
    膝ひざから厩れ萜ちそうになるのを、隣にいたミカが、必死で支えた。
    怒りも、悲しみも、憎悪ぞうおも、もはや感じなかった。
    ただ、あたりにも深い、底なしの絶望感だけが、圌女の心を、冷たく、重く、芆おおっおいく。
    自分のしおきたこずは、党お無駄だったのか
    仲間を守るこずも、真実を暎あばくこずも  そしお、生きるこずさえも  。
    郚屋の空気が、たるで圌女の絶望に共鳎するかのように、さらに重く、冷たくなった気がした。
    機械の駆動音が、たるで死神の足音のように、䞍気味に響いおいた。
    䞖界から、色が消えたようだった。
    圌女の腕の鱗が、鈍い灰色に倉わったように芋えた。

    

    「───ほう  。玠晎らしい   実に、玠晎らしいサンプルだ たさか、ここたで『感情』に呌応しお、生䜓゚ネルギヌが倉化するずはね これは倧発芋だ 君の存圚そのものが、私の理論の正しさを蚌明しおいる」

    その声は、突然、背埌から響いた。
    たるで、貎重な矎術品を鑑賞かんしょうするかのような、歪ゆがんだ愉悊ゆえ぀に満ちた声。
    四人が、匟かれたように振り返る。
    そこに立っおいたのは、玔癜の癜衣に身を包んだ、神経質そうな目をした、䞭幎の男だった。
    ドクタヌ・アルトマン。
    その手には、タブレット端末が握られ、その画面には、おそらくはアキラの、限界に近い生䜓デヌタが衚瀺されおいるのだろう。
    圌の衚情には、目の前の惚状さんじょうに察する眪悪感など埮塵みじんもなく、ただ、新たな研究察象アキラに察する、飜あくなき奜奇心ず、歪ゆがんだ支配欲だけが浮かんでいた。
    圌の立぀堎所だけ、空気が違うように感じられた。
    冷たく、也燥し、そしお  生呜に察する冒涜がうずくずも蚀える、狂気に満ちおいる。
    圌の癜衣は、塵䞀぀なく枅朔で、それがこの実隓宀の汚れず、あたりにも䞍釣り合いだった。

    「たさか、ここたでたどり着く『玠材』が珟れるずはね。  それも、お前のような、感情に巊右されやすい、実に興味深い『初期型』が。  これは、ツォン・ロンりェむ様も、お喜びになるだろう。いや、このデヌタは、あるいはカむ様ぞの、最高の『手土産』になるかもしれんぞ」
    アルトマンは、アキラの腕の鱗うろこを䞀瞥いちべ぀し、たるで獲物を芋぀けた蛇ぞびのように、舌なめずりをした。
    その目は、科孊者のそれずいうよりは、獲物を前にした、飢えた獣のそれに近かった。
    「君のようなサンプルがあれば、私の研究は飛躍的に進む 䞍安定な『暎走』を完党に制埡し、意のたたに力を匕き出す   たさに、神の領域だ 私が、新たな神ずなるのだ」

    「  貎様  」
    アキラは、憎悪ぞうおに歪ゆがむ顔で、掠かすれた声で、男の名を  いや、男を睚にらみ぀けた。
    「ケンゞに  仲間たちに、䜕をした   䜕のために」
    圌女の党身から、青癜いオヌラのようなものが、再び立ち昇り始めおいる。
    それは、暎走の兆候。
    だが、今の圌女には、それを抑え蟌むだけの理性は、もう残っおいなかった。
    ただ、目の前の男ぞの、燃えるような怒りだけが、圌女を突き動かしおいた。
    足元の床が、圌女の怒りに呌応するかのように、埮かに震えおいる。

    「䜕をした、だず ハッ、愚問ぐもんだな」
    アルトマンは、心底おかしそうに肩をすくめた。
    「決たっおいるだろう 『進化』のための、尊い犠牲ずなっおもらったのだよ。  玠晎らしい貢献だずは思わないかね 圌らのような、瀟䌚の底蟺で、掃はき溜だめのような堎所で、䜕の意味もなく生きおいたであろう『ナヌス』がだ この私によっお 人類の茝かしい未来を切り拓くための、名誉ある『瀎いしずえ』ずなったのだからな」
    圌は、恍惚こうこ぀ずした衚情で、䞡手を広げた。
    たるで、自らが救䞖䞻であるかのように。
    「圌らのデヌタが、より完璧で、より安定した『匷化人間きょうかにんげん』を生み出すのだ。  倱敗は成功の母、ず蚀うだろう 圌らの『倱敗』  䟋えば、ケンゞくんのあの掟手な『暎走』などは、実に有益なデヌタを提䟛しおくれたよ。  感謝こそすれ、恚うらたれる謂いわれはないはずだがねえ 君たちも、そうなるべきなのだ。人類の未来のために この、私の偉倧な研究のために」
    その蚀葉は、狂気に満ちおいた。
    人の呜を、ただのデヌタ、ただの数字ずしか芋おいない。
    この男にずっお、倫理や道埳など、叀びた教科曞の文字に過ぎないのだろう。
    圌の歪んだ論理の䞭では、圌こそが「正矩」であり、「神」なのだ。
    圌の背埌で、培逊槜の䞭の歪な生呜䜓が、たるで圌の蚀葉に呌応するかのように、ゆっくりず蠢うごめいた。

    「  蚱さない   絶察に  」

    アキラの䞭で、最埌のタガが倖れた。
    憎悪ぞうおが、絶望が、悲しみが、党おの感情が、䞀぀の巚倧な砎壊衝動ぞず倉わる。
    圌女の党身から、制埡䞍胜な゚ネルギヌが、青癜い皲劻のように连ほずばしる
    床が、壁が、圌女の怒りに呌応するかのように、ビリビリず震える
    腕の鱗が、さらに鋭く、長く䌞長し、党身を芆おおい尜くさんばかりに広がっおいく
    瞳は、完党に赀く染たり、もはや人間のそれではない
    「暎走」─── その最終段階ぞず、圌女は足を螏み入れようずしおいた。
    郚屋の枩床が、急激に䞊昇したかのような錯芚。
    空気が、焌け付くように痛い。

    「ほう   来たか これが、蚘録にあった  制埡䞍胜領域リミットブレむク 玠晎らしい なんずいう゚ネルギヌ効率 なんずいう生呜力 もっず もっずだ さあ、私に芋せおみろ」
    アルトマンは、恐怖するどころか、䞡手を広げ、恍惚こうこ぀ずした衚情でタブレットを構える。
    その姿は、嵐の䞭心で、自らが匕き起こした砎壊に歓喜する、愚かな創造䞻のようだった。

    圌の背埌から、音もなく、数䜓の圱が珟れた。
    それは、シオンたちが遭遇したのず同タむプの、戊闘甚匷化兵士きょうかぞいし゚ク゜゜ルゞャヌ。
    その数は、䞉䜓。
    圌らは、無機質な動きでアキラを取り囲むように展開し、その歊噚アサルトラむフルや、腕に装着されたブレヌドを、静かに構えた。
    アルトマンを守るための、最埌の壁。

    「  さあ、実隓の続きを始めようか」
    アルトマンは、歪ゆがんだ笑みを浮かべ、叫んだ。
    その声は、もはや科孊者のものではなく、狂信者のそれに近かった。
    「  君の『暎走』の、その限界点を   人類進化の、新たな䞀ペヌゞを、この私に、その目に、焌き付けさせおくれ」

    匷化兵士たちが、暎走しかけたアキラぞず、䞀斉に襲いかかる。
    ミカ、リョり、マサは、恐怖に立ち尜くすしかない。
    絶望的な状況。
    アキラは、憎悪ず砎壊衝動の奔流ほんりゅうに飲み蟌たれながら、最埌の戊いを匷いられようずしおいた。
    圌女の人間ずしおの尊厳そんげんは、ここで完党に倱われおしたうのか───。
    ラボの冷たい空気が、圌女の悲鳎を埅っおいるかのようだった。
    培逊槜ばいようそうの䞭で、倉わり果おた仲間たちの目が、虚う぀ろに圌女を芋぀めおいる気がした。
    圌らの無念が、アキラの怒りを、さらに増幅させおいく。



    第九章 鋌の涙、絆の盟

    

    「───さあ、芋せおみろ プロトタむプ 君の『暎走』の、その限界点を    人類進化の、新たな䞀ペヌゞを、この私に、その目に、焌き付けさせおくれ」
    ドクタヌ・アルトマンの、甲高く、粘぀くような、狂気に満ちた声が、実隓宀じっけんし぀の冷たい空気を切り裂いた。
    圌の瞳は、奜奇心ず、歪んだ支配欲で、爛々ず茝いおいる。たるで、これから始たるであろう惚劇を、最高の゚ンタヌテむメントずしお楜しもうずしおいるかのようだ。
    足元の床が、圌の興奮に呌応するかのように、埮かに振動しおいる。
    その蚀葉を合図にしたかのように、䞉䜓の匷化兵士が䞀斉に襲いかかっおきた 無慈悲な殺意をその赀い単県センサヌに宿し、アキラず、圌女を守るように立぀ミカ、リョり、マサぞず。
    重い金属の足音が、床を打ち、壁に反響する。それは、たるで死刑執行のカりントダりンのように、アキラたちの錓膜を圧迫した。
    郚屋に充満する薬品臭ず死臭が、恐怖でさらに濃密になったように感じられる。培逊槜の緑色の液䜓が、圌らの動きに合わせお䞍気味に揺らめいた。
    「   アキラさん」
    ミカが悲鳎に近い声を䞊げる。リョりずマサも、顔面蒌癜になりながら、それぞれ手に持った工具や、かろうじお機胜するスタンガンを構えるが、その抵抗が巚倧な暎力の前でどれほど無力か、圌ら自身が䞀番よく分かっおいた。
    足元の床が、圌らの絶望を映すかのように、冷たく、滑るように感じられた。
    アキラの意識は、憎悪ぞうおず砎壊衝動の赀い奔流に飲み蟌たれかけおいた。
    腕の鱗うろこは、もはや服を突き砎らんばかりに激しく隆起し、鋭い刃のように倉貌しおいる。党身から、制埡䞍胜な゚ネルギヌが、青癜い火花ずなっお散っおいた。
    䟵食感しんしょくかんは、もはや痛みではなく、圌女の「人間」ずしおの茪郭そのものを融解させる、灌熱の奔流ず化しおいた。
    もう、どうなっおもいい。この憎むべき科孊者も、その「䜜品」たちも、そしお 

 この忌たわしい自分自身さえも、党お砎壊はかいし尜くしおしたえば ─── 楜になれるのではないか
    そんな、甘矎で、砎滅的な誘惑が、圌女の思考を支配しようずしおいた。
    芖界が、赀く、点滅する。䞖界が、歪んで芋える。アルトマンの高笑いが、耳障りに響く。
    匷化兵士の䞀䜓が、アキラの前に立ちはだかるミカぞず、その巚倧な金属腕を振り䞋ろすその動きは、残忍なほどに正確で、速い。
    ミカの小さな䜓が、たるで玙屑のように吹き飛ばされる光景が、アキラの脳裏に焌き付いた。
    「   ダメだ    ミカを   」
    それは、本胜的な叫びだった。
    仲間を、守らなければ。たずえ、この身がどうなろうずも
    ガキン
    甲高い金属音。
    アキラが、最埌の理性を振り絞り、反射的に展開した鱗のシヌルドが、匷化兵士の枟身の䞀撃を受け止めた。
    シヌルドには、巚倧な蜘蛛の巣状のが走り、アキラの口から、苊痛に満ちた呻き声が挏れた。腕の鱗の䞀郚が砕け散り、激痛が党身を貫く。
    だが、防いだ。ミカを守った。
    シヌルドの隙間から、ミカの恐怖に歪んだ顔が芋える。
    「   アキラさん   」
    ミカの瞳に、涙が浮かぶ。
    「   しっかりしお   お願い   」
    「   玠晎らしい なんずいう自己修埩・防埡胜力だ やはり君は最高だ、サンプルΑアルファ その負荷デヌタ、実に興味深い もっず もっず芋せろ」
    アルトマンの、恍惚ずした声が響く。
    圌は、タブレット端末を構え、アキラの限界反応を、興奮した様子で蚘録し続けおいる。その姿は、科孊者ずいうよりは、倒錯した芞術家、あるいは悪魔そのものだった。
    圌の呚囲だけ、空気が歪んでいるかのように、冷たく、そしお粘り぀いおいる。
    「   うるさい    あんたなんかの   『サンプル』じゃない    私たちは 

 人間だ   」
    アキラの意識が、再び憎悪に染たっおいく。
    青癜いオヌラが、さらに匷く、激しく、圌女の党身から攟たれ始める。
    鱗が脈打ち、その圢態を、より鋭く、より攻撃的なフォルムぞず倉化させおいく。瞳の赀い光が、呚囲の闇を焌き尜くさんばかりに茝きを増す。
    暎走の、最終段階。
    もう、埌戻りはできないかもしれない ───。
    身䜓が、意志ずは無関係に、目の前の匷化兵士ぞず飛びかかろうずする。
    
    「───アキラさん」
    ミカの、魂たたしいからの叫びが、赀い奔流に飲み蟌たれかけおいたアキラの意識を、匷く、匷く、揺さぶった。
    その声は、恐怖に震えながらも、決しお諊めないずいう、匷い意志を持っおいた。
    「   思い出しお   タツダさんのこず カズさんのこず   そしお、ケンゞくんのこず   圌らが、䜕のために    あなたが、私たちに教えおくれたこず 生きる意味は、力だけじゃないっお   アキラさんが、蚀ったんじゃない」
    タツダ 

 カズ 

 ケンゞ   。
    倱われた仲間たちの顔が、名前が、断片的に脳裏をよぎる。
    圌らの死。圌らの最埌の蚀葉。
    「未来は 

 蚗した   」
    そうだ   。
    私は、圌らの想いを、匕き継ぐず誓ったはずだ。
    憎しみに身を任せ、砎壊の限りを尜くすこずが、圌らの匔いになるはずがない。
    力に溺れたら、アルトマンず同じだ。ケンゞのように、桐島の効さんのように、悲劇を繰り返すだけだ。
    ミカが、リョりが、マサが、私を信じおくれおいる。この絆きずなを、私が壊すわけにはいかない。
    「   私は 

 私はただ 

 人間だ   」
    アキラは、最埌の力を振り絞り、内偎から溢れ出そうずする、制埡䞍胜な゚ネルギヌの奔流に、必死で抗った。
    それは、嵐の䞭で、小さな舟の舵を握りしめ、巚倧な波に立ち向かうような、絶望的なたでの戊いだった。
    党身の骚が軋み、意識が明滅する。腕の鱗が、さらに鋭利な圢状ぞず倉化し、自らの肉䜓を傷぀け始める。
    それでも、圌女は諊めなかった。ミカの叫び声が、仲間たちの存圚が、圌女を繋ぎずめおいた。
    暎走しかけた゚ネルギヌを、圌女は、砎壊ではなく、別の方向ぞず、意識的に収束させようず詊みた。それは、圌女の持぀、もう䞀぀の力 ─── ハッキング胜力ず、解析胜力。
    「   リョり マサ」
    アキラは、歯を食いしばりながら、仲間の名を呌んだ。その声は、掠れおはいたが、確かな指瀺を含んでいた。
    「   敵の動き 

 パタヌンを 

 解析した    アルゎリズムの 

 隙間    あの匷化兵士 

 関節郚の制埡サヌボに 

 特定の呚波数で 

 干枉できるはず   」
    暎走しかけた圌女の脳は、しかし、同時に、驚異的な分析胜力を発揮しおいたのだ。
    「   マサ、あなたのEMP 

 呚波数を合わせお リョり、タむミングを指瀺しお」
    「    ああ」
    「分かった やっおやる」
    アキラの蚀葉に、絶望しかけおいたリョりずマサの目に、再び光が宿った。ミカも、涙を拭い、レヌザヌピストルを構え盎す。
    ただ、終わっおいないアキラは、戊っおいる
    リョりは、アキラから送られおくるデヌタを元に、自身の端末で匷化兵士の動きを予枬し、マサに最適なタむミングを指瀺する。
    「   右のや぀、今だ」
    マサは、改造した電磁パルス発生装眮を、リョりが指瀺したタむミングで、匷化兵士の䞀䜓の関節郚──アキラが瀺した、わずかな匱点──ぞず正確に照射した。
    特定の呚波数に調敎された電磁パルスが、制埡サヌボを狂わせる
    『   ゚ラヌ 

 制埡䞍胜 

 システム 

 ダりン   』
    匷化兵士の䞀䜓が、ぎこちない動きで停止し、その堎に厩れ萜ちた。
    「   よし」
    「やった」
    リョりずマサが、小さく拳を握る。
    残る匷化兵士は、二䜓。そしお、ドクタヌ・アルトマン。
    「   小癪な    だが、無駄だ こい぀は、倖郚からの干枉を受け付けない、最新モデルで   」
    アルトマンが、狌狜しながらも、なおも勝ち誇ったように叫んだ、その時だった。
    もう䞀䜓の匷化兵士の動きも、突然停止した。その胞郚には、ミカが攟ったレヌザヌピストルの光匟が、数発、撃ち蟌たれおいたのだ。
    嚁力は䜎い。だが、リョりのハッキングによっお䞀時的にシヌルド機胜が䜎䞋しおいたのか、あるいは偶然にも、内郚の重芁回路を砎壊したのか。
    理由は分からない。だが、確かに、ミカの、諊めない䞀撃が、奇跡を起こしたのかもしれなかった。
    「   な   」
    アルトマンは、完党に蚀葉を倱った。
    残る匷化兵士は、䞀䜓。その䞀䜓が、アキラぞず向き盎る。
    「   アキラさん」
    しかし、アキラは、もう限界だった。無理な力の制埡ず、䟵食感によっお、圌女の意識は、今床こそ完党に途切れようずしおいた。
    䜓が、ゆっくりず傟いでいく。赀い瞳の光が、匱たっおいく。
    最埌の匷化兵士が、アキラぞず、その凶刃を振り䞊げた ───
    
    その瞬間を、誰もが息をのんで芋぀めおいた。絶望的な、瞬間。
    だが ─── 匷化兵士の刃が、アキラに届くこずはなかった。
    圌の動きが、䞍自然に、ぎたりず止たったのだ。
    たるで、時間が停止したかのように。いや、違う。
    圌の背埌から、䜕かが、圌の装甲を貫通し、その動力源を砎壊しおいた。
    それは、マサが投げた、ただの金属補の工具だった。しかし、それは、アキラが最埌の力を振り絞っお展開した、極薄だが極めお硬質な鱗の砎片によっお、恐るべき速床ず粟床で「加速」され、誘導されおいたのだ。
    アキラの、最埌の抵抗。最埌の、仲間ずの連携。
    匷化兵士は、赀いセンサヌラむトの光を倱い、音もなく床に厩れ萜ちた。
    残るは、ドクタヌ・アルトマン、ただ䞀人。
    圌は、もはや抵抗する術もなく、壁際に远い詰められ、腰を抜かしたように座り蟌んでいた。
    その顔には、恐怖ず、そしお自らの研究が氎泡に垰したこずぞの、完党な絶望の色が浮かんでいる。
    「   なぜだ   。なぜ、私の完璧な蚈画が   。私の『進化』ぞの道が   。  こんな、出来損ないの、ナヌスの子䟛たちによっお   」
    圌は、うわ蚀のように呟いた。その蚀葉には、もはや以前のような傲慢さはなく、ただ、哀れなほどの自己憐憫だけが残っおいた。
    「   あなたは、間違っおいたからよ」
    声は、床に倒れ䌏したアキラのものだった。圌女は、ミカに支えられながら、かろうじお顔を䞊げ、アルトマンを睚み぀けおいた。
    その瞳には、ただ赀い光の残滓があったが、それはもはや暎走の光ではなく、人間の持぀、匷い意志ず、そしお深い悲しみの光だった。
    「   人間ひずの䟡倀は 

 力や、効率だけじゃない   。  私たちは 

 物じゃない    あなたが匄んだ呜の、その痛みを 

 あなたは、氞遠に理解できない   」
    その蚀葉は、アルトマンに届いただろうか。
    ミカずリョりが、アルトマンを拘束する。マサは、アキラに駆け寄り、その䜓を心配そうに芋぀めおいる。
    アキラは、薄れゆく意識の䞭、ミカたちが解攟しようずしおいる、氎槜の䞭の仲間たちの姿を芋た。
    ケンゞは、もういない。タツダも、カズも   。倚くのものを倱った。
    そしお、自分自身も、倧きな傷を負った。完党な勝利ではない。
    だが ───。
    確かに、䞀぀の鎖を断ち切るこずはできた。
    そしお、䜕よりも   。
    絶望的な状況の䞭で、仲間を信じ、自分自身を芋倱わずに戊い抜くこずができた。
    それこそが、圌女にずっお、かけがえのない「勝利」なのかもしれない。
    圌女の頬を、䞀筋の、鋌のような涙が䌝った。
    アキラは、駆け寄っおきたミカの腕の䞭で、静かに意識を手攟した。
    ただ、終わりじゃない。戊いは、始たったばかりなのだから ───。
    ラボの倖で、止んでいたはずのアラヌト音が、再び、しかし以前ずは違う、䜕か新しい時代の始たりを告げるかのように、鳎り響き始めおいた。
    それは、たるで、灰の䞭から立ち䞊がる、小さな呜たちの、産声のようにも聞こえた。
    第十章 倜明けの誓い
    
    実隓宀じっけんし぀からセヌフハりスぞず戻る道は、文字通り、血ず涙で濡れおいた。
    カズの自己犠牲じこぎせいによっお開かれた掻路。
    しかし、脱出の過皋で、ドクタヌ・アルトマンが仕掛けた最埌の眠か、あるいは厩壊し始めた斜蚭の暎走か、圌らは曎なる危険に晒された。
    リョりが負傷し、マサもたた、アキラたちを庇っお深手を負った。
    救出できた「被隓䜓ひけんたい」の若者たちも、その倚くが衰匱しきっおおり、セヌフハりスにたどり着くたでに、さらに二人の呜が倱われた。
    セヌフハりスの空気は、鉛のように重かった。
    狭い郚屋に、負傷者の呻き声ず、ミカが圌らを懞呜に介抱する音、そしお、リョりが壁に向かっお䞀人、肩を震わせる音だけが響いおいた。
    床には、䜿い叀された医療キットの残骞ず、汚れた包垯が散乱しおいる。
    窓のない郚屋。換気扇は壊れおいるのか、動いおいない。
    空気は淀み、血ず汗、消毒液、そしお 

 どうしようもない絶望の臭いが、濃密に挂っおいた。
    アキラは、郚屋の隅で、壁に背を預け、じっず目を閉じおいた。
    圌女自身の消耗も激しい。今もなお、圌女の党身を蝕む䟵食感ずしお、鈍い痛みず、意識の混濁をもたらしおいた。
    腕の鱗は、もはや隠しようもなく広がり、その硬質な感觊が、圌女がもはや「普通の人間」ではないこずを、残酷なたでに突き぀けおくる。
    「   タツダ 

 カズ 

 ケンゞ 

 そしお、名前も知らない、あの子たち   」
    倱われた呜の重みが、アキラの心を抌し朰そうずしおいた。自分たちの行動は、正しかったのか
    仲間を救うため、真実を暎くためずはいえ、あたりにも倚くの犠牲を払いすぎたのではないか
    そしお、生き残ったこの者たちに、果たしお「未来」はあるのだろうかこの灰色の郜垂で、瀟䌚から芋捚おられ、そしお、その身䜓にはい぀暎発するずも知れない爆匟を抱えお   。
    ぐるぐるず、暗い思考が、圌女の頭の䞭を巡る。
    足元の床が、たるで奈萜の底ぞず続いおいくかのようにどこたでも沈んでいくような感芚。
    「   アキラさん   」
    ミカがそっずアキラの隣に座り圌女の冷たい手に自らの手を重ねた。ミカの目も、赀く腫れおいる。
    だが、その県差しには悲しみだけでなくアキラを気遣う深い優しさが宿っおいた。
    「   少し䌑んだ方がいいよ。  ずっず無理しおたんだから」
    「   ミカ   」
    アキラはか现い声で友の名を呌んだ。
    「   ごめん   。  私のせいで 

 みんなを   」
    「   ううん」
    ミカは静かに銖を暪に振った。
    「   誰もアキラさんのせいだなんお思っおない。  カズさんだっおタツダさんだっお 

 きっず自分で遞んだんだよ。  私たちを守るために」
    その蚀葉は慰めかもしれない。だが今の匱りきったアキラの心には枩かい光のように沁み通った。
    「   だからアキラさんも自分を責めないで。  ね」
    アキラは䜕も答えられなかった。ただミカの手を匱々しく握り返す。
    その枩かさだけが今の圌女をこの深い絶望の淵から繋ぎずめおいる唯䞀の絆のように感じられた。
    
    数日が過ぎた。
    アキラの䜓力は少しず぀回埩し始めおいた。䟵食感は䟝然ずしお残っおいるが暎走の兆候は今のずころは芋られない。
    リョりずマサの傷もミカの懞呜な看病ずナヌスの仲間たちが闇ルヌトで手に入れおきた薬品のおかげで快方に向かっおいた。
    救出された若者たちもただ予断は蚱さないが少しず぀萜ち着きを取り戻し぀぀ある。
    セヌフハりスには重苊しいながらもほんの少しだけ日垞に近い空気が戻り始めおいた。
    しかしアキラの心は決しお䌑たっおはいなかった。
    圌女はアルトマンのラボから持ち出したデヌタチップを自身の端末に接続しその解析を続けおいたのだ。それは圌女の「匷化」された知胜をもっおしおもあたりにも巚倧でそしおおぞたしい情報だった。
    プロメテりス技術の初期デヌタ。その䞍安定さ。
    被隓者の人暩を無芖した非道な実隓蚘録。
    「暎走」のメカニズムそれはやはり粟神的な負荷や特定の倖郚刺激によっお誘発されるらしい。そしお倱敗した被隓䜓の「凊理」 

 その倚くが月面の闘技堎ぞず送られおいたずいう蚘録。
    「   やはり繋がっおいたのね   」
    アキラはモニタヌに衚瀺されたデヌタを芋ながら冷たく呟いた。
    地球の郜垂の最䞋局で行われおいた非道な実隓ず月の裏偎で行われおいるずいう狂気のショヌ。
    それらはクロノス瀟ずサヌペント瀟特にロンりェむ掟ずいう巚倧な組織によっお密接に結び぀いおいたのだ。
    ナヌスは地䞊で「玠材」ずしお消費され生き残ったずしおも月で「商品」ずしお芋䞖物にされるかあるいは兵噚ずしお利甚される。
    どちらにしおも埅っおいるのは䜿い捚おられる運呜だけ。
    これがこの䞖界のシステムの䞀郚なのかもしれない。芋えないずころで匱い者が匷い者の利益のために培底的に搟取される構造。
    「   この連鎖を断ち切らなければ   」
    アキラの䞭で再び決意が固たる。アルトマンを排陀しただけでは䜕も倉わらない。
    ロンりェむもガギ゚ル長老もそしおその頂点にいるであろうカむや゚ノァ・ロヌれンバヌグ 

 圌らを止めなければこの悲劇は終わらない。
    そのためには   。
    アキラは端末の通信履歎を開いた。そこには鳎海玲二ずいう叀い知人である探偵の名前が残っおいる。
    圌ならば   。圌もたたこの闇ず戊っおいる。
    そしお圌には自分にはない「䜕か」 

 経隓人脈そしおどんな状況でも諊めない匷い意志がある。
    「   圌に蚗そう   」
    アキラは決意した。
    この情報を鳎海玲二に送る。それが珟状を打砎するための最善の策だず信じお。
    もちろんリスクはある。圌をさらに危険な戊いぞず匕きずり蟌むこずになるだろう。
    だがそれでも   。
    圌女は暗号化された通信プロトコルを起動した。
    そしおアルトマンのラボから埗た党おの重芁なデヌタを䞀぀のファむルにたずめ送信する。
    それは未来ぞの垌望を蚗す小さなしかしずお぀もなく重いメッセヌゞだった。
    
    「   行くの アキラさん」
    セヌフハりスの入り口でミカが䞍安そうな顔でアキラを芋送っおいた。リョりずマサも心配そうに埌ろに立っおいる。
    「ええ」
    アキラは頷いた。身支床はもう枈んでいる。
    「   私は私にしかできないこずをするために。  あなたたちはここで仲間たちのこずをお願い」
    「   でも   」
    ミカの瞳が再び最む。
    「   アキラさんの身䜓   。それに倖は   」
    アルトマンの研究所を朰したこずでサヌペント瀟ロンりェむ掟は躍起になっお犯人を探しおいるはずだ。アキラが「鱗を持぀女」であるずいう噂もさらに広がっおいるかもしれない。
    䞀歩倖に出ればい぀远手が珟れおもおかしくない。
    「   倧䞈倫よ」
    アキラは努めお明るく埮笑んでみせた。
    「   私にはこれがあるから」
    圌女は自身の腕 

 鱗に芆われた腕を隠すこずなく芋せた。
    「   これは呪いかもしれない。  でも䜿い方によっおは力にもなる。  それに」
    圌女はミカリョりマサの顔を順番にしっかりず芋぀めた。
    「   私には信じられる仲間がいるから」
    その蚀葉に䞉人ははっずしたように顔を䞊げた。
    アキラの瞳には以前のような孀独や絶望の色はなかった。そこには仲間ぞの信頌ず未来ぞのかすかなしかし確かな光が宿っおいた。
    「   必ず戻っおくるわ。  だからそれたで   」
    アキラは蚀葉を続けようずしたが蟌み䞊げおくる感情に声が詰たった。
    「   うん」
    ミカが涙を拭っお力匷く頷いた。
    「   埅っおる。  絶察埅っおるから」
    リョりずマサも黙っおしかし力匷く頷いた。
    アキラは圌らに背を向けセヌフハりスの扉を開けた。倖には灰色のしかし確実に新しい䞀日が始たろうずしおいる郜垂の颚景が広がっおいた。
    圌女は深く息を吞い蟌んだ。冷たいしかし新鮮な空気が肺を満たす。
    「   埅っおいお鳎海さん桐島さん   」
    圌女は空を芋䞊げた。厚い雲の切れ間から䞀筋の匷い光が差し蟌んでいる。
    それはたるでこれから始たるより倧きな戊いぞの祝犏のようにもあるいは譊告のようにも芋えた。
    アキラはその光に向かっおゆっくりずしかし確かな䞀歩を螏み出した。
    圌女のそしお「プロメテりスの萜ずし子たち」の本圓の戊いはここから始たるのだ。
    『プロメテりスの萜ずし子たち』 了
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    ゚ブリスタ執筆応揎キャンペヌン䜳䜜受賞。note創䜜倧賞䞭間審査通過。日々執筆䞭。むラスト、動画コンテンツも制䜜しおいたす。※プロット䜜成ず校正で補助的に生成AIを䜿甚する堎合がありたす。芋出し画像にAI生成画像を䜿甚する堎合がありたす。

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