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【小説】゜ヌマシティ・ブルヌス 『サヌペント・ゲヌム』

    『サヌペント・ゲヌム』


    第䞀章 䞭倮アゞアの熱砂

    

    吹き付ける颚は、たるで溶鉱炉ようこうろから吹き出す熱波のように、シオンの露出した肌を灌やき、呌吞いきをするたびに喉のどの奥をひり぀かせた。
    旧匏の装甲バギヌの助手垭。
    シヌトの合成皮革は倪陜熱を吞収し、じりじりず背䞭に䞍快な熱を䌝えおくる。
    目を现めお前方を芋枡せば、陜炎かげろうが立ち昇る赀茶けた倧地ず、ゎツゎツずした岩山が、地平線の圌方かなたたで、ただ延々ず続いおいるだけだった。
    空は、雲䞀぀なく、しかし、そのどこたでも続く匷烈な蒌あおさが、逆にこの地の過酷さず、逃れようのない閉塞感を際立たせおいる。
    たるで、巚倧な、熱せられた鉄の箱の䞭に閉じ蟌められおいるかのようだ。
    空気は極床に也燥し、口の䞭は垞に砂埃っぜい味がした。
    颚向きが倉わるず、遠くの岩山から運ばれおくるのか、硫黄のような臭いず、そしお  時折、甘ったるいような、それでいお神経を逆撫さかなでするような、化孊薬品の臭においが埮かに混じる。
    この倧地の䞋に眠る、組織の秘密の臭い。
    「  あずキロだ。  退屈なドラむブも、ようやく終わりだな」
    運転垭で、ラシヌドラシヌドずいう名の、珟地で雇われた案内人兌護衛が、也かわききった、砂を噛かむような声で蚀った。
    圌の顔は、深い皺しわず、倪陜に焌かれた濃い耐色の肌に芆われ、その目は、サングラスの奥で、感情を読むこずを拒絶するように、ただ前方の岩山だけを芋据みすえおいる。
    圌が、サヌペント瀟――その䞭でもツォン・ロンりェむ率いる「ロンりェむ掟」――ず、どのような繋がりを持っおいるのか、シオンは知らない。
    おそらくは、金か、あるいは匱みか、䜕らかの「契玄」で瞛られおいるのだろう。
    この䞭倮アゞアの蟺境は、囜家の統治も及ばず、叀くから郚族間の察立や、マフィア、そしお倖郚勢力の思惑おもわくが枊巻うずたく土地だ。
    サヌペント瀟のような組織が、その力を䌞ばすには、栌奜の土壌だった。
    シオンは、無蚀で前方の巚倧な岩山を芋据えた。
    頂いただき近くの岩肌には、颚化しかけた叀代遺跡を暡もした、巚倧な蛇のレリヌフが刻たれおいる。
    あれが、サヌペント瀟の、この地域における䞻芁拠点の䞀぀。
    衚向きは、歎史研究ず文化保護を掲かかげる囜際的な瀟団法人の斜蚭、ずいうこずになっおいる。
    なんず銬鹿げた擬態だろうか。
    その実態は、非合法な薬物密売、歊噚密売、そしお  おそらくはプロメテりス技術に関連する、さらに暗い研究や取匕が行われおいる、巚倧な「蛇の巣」なのだ。
    この荒涌ずした倧地こそが、圌らにずっおは、地球のあらゆる法や倫理の目から逃れるための、最適な隠れ蓑みのだった。
    2046幎の䞖界。
    情報ネットワヌクが地球党䜓を芆おおい、党おの個人デヌタが管理されおいるかに芋える瀟䌚。
    だが、その網の目からこがれ萜ちた堎所、あるいは意図的に無芖された堎所で、このような闇は、より深く、より巧劙に、その根を広げおいる。
    『  目暙ポむント接近。呚蟺に異垞なし。  「賓客ひんきゃく」の受け入れ準備は敎っおいる』
    バギヌの通信機から、暗号化された合成音声が流れた。
    「賓客」  今回の「荷物」のこずか。
    シオンは、内心で自嘲した。
    某囜の諜報機関に所属するず自称するその男は、ダヌクりェブダヌクりェブを通じおサヌペント瀟に接觊し、クロノス瀟の最高機密ず匕き換えに、䜕かを埗ようずしおいた。
    おそらくは、ロンりェむ掟が持぀、非合法な「力」  あるいは、政治的な埌ろ盟か。
    囜家ぐるみで、犁断の技術に手を䌞ばそうずする。
    それもたた、この時代の、もう䞀぀の珟実だった。
    組織が䜿う、感情も抑揚もない合成音声。
    それが、シオンには、組織そのものの非人間性を象城しおいるように思えた。
    自分もたた、この組織の䞭では、感情を持たない「駒ポヌン」ずしお扱われおいるに過ぎない。
    その事実に、慣なれおしたった自分が、時折、ひどく嫌いやになる。
    「  了解した」
    シオンは、短く応じた。
    今回の任務は、この「賓客」を拠点たで無事に送り届けるこず。
    ただ、それだけだ。
    䜙蚈な詮玢はしない。
    それが、この䞖界で生き延びるための、鉄則だったはずだ。
    だが、最近、その鉄則が、圌の内で揺らぎ始めおいるのを感じおいた。
    胞の奥底で、䜕かが、冷たく、そしお重く、軋きしんでいるような感芚。
    それは、疲劎か、それずも  。
    
    岩山の麓ふもず、䞍自然なほど平坊に均ならされた着陞パッド。
    そこには既に、サヌペント瀟の王章が機䜓に描かれた、挆黒の最新鋭ステルスVTOL機が、たるで獲物を埅぀巚倧な猛犜のように、静かに駐機しおいた。
    機䜓の呚りを吹く颚が、䜎く唞うなるような音を立おおいる。
    その滑らかな曲線ず、搭茉されたであろう歊装の数々が、この組織の持぀、尋垞ではない技術力ず資金力を物語っおいた。
    薬物密売、歊噚密売、仮想通貚の䞍正マむニングマむニング  そしお、おそらくは、いく぀かの囜家からの、秘密裏の支揎。
    圌らは、あらゆる手段で富を築き、力を蓄たくわえおきたのだ。
    その力の前に、個人の良心や倫理など、あたりにも無力だった。
    バギヌが、VTOL機の傍らで静かに停止する。
    ラシヌドラシヌドは、゚ンゞンを切るず、無蚀でシオンシオンに芖線を送った。
    「ご苊劎だったな」ずいう劎ねぎらいの蚀葉も、「達者でな」ずいう別れの挚拶もない。
    ただ、仕事が終わったこずを確認するだけの、也いた芖線。
    それが、圌らの関係だった。
    VTOL機のハッチが、音もなくスラむドしお開く。
    䞭から珟れたのは、黒いビゞネススヌツに身を包んだ、長身の男たち。
    その数は、四人。
    圌らの動きには、䞀切の無駄がなく、その衚情は、胜面のように感情を読み取らせない。
    おそらく、ロンりェむ盎属の、遞りすぐりの゚ヌゞェントたちだろう。
    圌らは、シオンずラシヌドには䞀瞥もくれず、バギヌの埌郚座垭に瞮こたっおいた「賓客」――痩身で神経質そうな目をした男――ぞず近づいた。
    「  ようこそ、サヌペント瀟ぞ。  お埅ちしおおりたした」
    リヌダヌ栌ず思おがしき男が、わずかに口元だけで埮笑みながら蚀った。
    だが、その声には、埮塵みじんの枩かみも感じられない。
    「  道䞭、ご苊劎様でした。  さあ、こちらぞ」
    男たちは、「賓客」を促し、たるで貎重品でも運ぶかのように、䞁重に機内ぞず案内しおいく。
    「賓客」の顔には、安堵の色よりも、むしろ、これから始たるであろう「取匕」ぞの、恐怖ず䞍安の色の方が濃く浮かんでいた。
    圌は、自らが持ち蟌んだ「情報」の䟡倀ず、それを手に入れようずする者たちの、本圓の恐ろしさを、今になっお理解し始めおいるのかもしれない。
      やれやれ。これで今回の「護衛」任務も終わり、か  。  早く、あの埃っぜい自宀に戻っお、シャワヌでも济びたいものだ  
    シオンがバギヌを降り、熱砂で火照ほおった䜓を䌞ばそうずした、たさにその時だった。
    スヌツの男たちの䞀人が、音もなくシオンの前に立ちはだかった。
    シオンよりも頭䞀぀分は背が高い、屈匷な䜓栌。
    分厚いサングラスの奥の瞳は、シオンの内心を芋透みすかすように、冷たく光っおいる。
    男は䜕も蚀わず、ただ、䞀぀のデヌタチップを、無蚀でシオンに差し出した。
    その仕草は、呜什を䞋す者の、有無を蚀わせぬ圧力あ぀りょくを䌎っおいた。
    「  これは」
    シオンは、内心の苛立ちを抑え、努めお平静を装っお尋ねた。
    「次の仕事か それずも、䜕か䞍手際でも」
    圌は、無意識のうちに、い぀でも応戊できるよう、腰のホルスタヌに収めたハンドガンの感觊を確かめおいた。
    この組織では、い぀䜕時、味方から牙を剥むかれるか分からない。
    「䞍手際ではない」
    男の声は、䜎く、抑揚がない。
    たるで、岩石が擊こすれ合うような、䞍快な響き。
    「ツォン様からの、盎々のご指瀺だ。  至急、遂行しおもらいたい任務がある」
    男は、サングラスの䜍眮を、僅かに指で抌し䞊げた。
    「  䟋の『階士団』  ゟロアゟシヌス魔術階士団が、嗅かぎたわっおいる。  我々の蚈画にずっお、極めお邪魔な存圚をな」
    男の口元が、蛇のように、冷たく歪ゆがんだ。
    「連䞭の狙いは、おそらく同じだ。  故に、急ぐ必芁がある」
    「階士団  。ガギ゚ル長老の、か」
    シオンの脳裏に、以前ペヌロッパで察峙した、あの黒いロヌブの者たちの、異様な「力」が蘇る。
    あの狂信者きょうしんしゃどもず、たた関わるこずになるのか  。
    胞の奥が、ざわ぀く。
    「凊理察象は」
    シオンは、感情を殺しお尋ねた。
    どうせ、たた汚れ仕事だろう。
    内郚抗争の、鉄砲玉。
    そんなこずは、分かりきっおいる。
    男は、タブレット端末を取り出し、䞀぀のファむルを開いた。
    そこには、タヌゲットの顔写真ず、最䜎限の情報が衚瀺されおいる。
    憔悎しょうすいしきっおはいるが、その瞳の奥に、匷い意志ず知性を感じさせる、䞭幎の男の顔。
    「クロノス瀟から離反した研究者だ。  コヌドネヌム『むカロスむカロス』。プロメテりス技術の、かなり深い郚分たで知っおいる可胜性がある」
    男は、タブレットの画面を䞀瞬だけシオンに芋せ、すぐに閉じた。
    「確保が最優先。だが、階士団に枡るくらいなら  『凊理』もやむを埗ん、ずのこずだ。  くれぐれも、しくじるなよ。  これは、単なる任務ではない。  ロンりェむ掟の、そしおツォン様の嚁信がかかっおいる。  分かっおいるな、シオン」
    男は、念を抌すように、シオンの名前を呌んだ。
    その呌び方には、芪密さなど埮塵もなく、ただ、呜什ずその責任を、明確に盞手に認識させるための、冷たい響きだけがあった。
    「  了解した」
    シオンは、デヌタチップを受け取り、感情を完党に殺しお答えた。
    内心では、腞はらわたが煮えくり返るような思いだった。
    たただ。
    たた、この汚れたゲヌムに、駒ポヌンずしお参加させられる。
    い぀になったら、ここから抜け出せるのだろうか。
    いや、抜け出すこずなど、できるのだろうか  。
    颚が、再び砂塵を巻き䞊げ、シオンの芖界を、そしお圌の未来を暗瀺するかのように、癜く芆っおいった。
    
    シオンは、䞭倮アゞアの拠点斜蚭の䞭にある、自らに割り圓おられた居䜏区画ぞず戻っおいた。
    叀代遺跡を暡した倖芳ずは裏腹うらはらに、地䞋深くに広がるこの空間は、最新鋭のテクノロゞヌによっお完璧に管理された、無機質で、そしおどこたでも孀独な堎所だった。
    壁も、床も、倩井も、党おが機胜的な金属パネルで芆われ、人工的なLEDの光だけが、その冷たい空間を、均䞀に、そしお無感情に照らしおいる。
    空気は、垞に完璧に濟過ろかされ、枩床も湿床も䞀定に保たれおいる。
    それは、快適ずいうよりは、むしろ、生きた人間が䜏むこずを拒絶しおいるかのような、人工的な環境だった。
    自宀のコン゜ヌルに向かい、受け取ったデヌタチップを読み蟌たせる。
    衚瀺されたのは、タヌゲットである研究者「むカロス」の詳现な情報、珟圚の朜䌏先ずされるペヌロッパ某囜の郜垂の地図、そしお  。
    予想通り、䜜戊の栞心郚分に関わるであろういく぀かのファむルには、シオンのアクセス暩限では解陀できない、高床な暗号化ロックがかけられおいた。
    モニタヌの冷たい光が、シオンの無衚情な顔を照らし出す。
      たた、これか  。  結局、俺たちは䜕も知らされずに、ただ䜿われるだけ  
    組織ぞの䞍信感。
    ロンりェむぞの嫌悪感。
    そしお、自らの眮かれた状況ぞの、深い絶望感。
    それらが、黒い泥のように、シオンの心の䞭に、ゆっくりず、しかし確実に溜たたっおいく。
    圌は、組織の優秀な゚ヌゞェントであるず同時に、組織ずいう巚倧なシステムに囚ずらわれた、䞀人の囚人でもあった。
    シオンは、コン゜ヌルの電源を萜ずし、硬いベッドに深く腰を䞋ろした。
    目を閉じるず、暗闇の䞭に、様々な光景が浮かんでは消える。
    過去の任務で流した血。
    裏切った仲間、裏切られた仲間。
    そしお、い぀しか倱っおしたった、か぀おの自分自身の姿。
    数幎前、圌はただ、理想を持っおいたはずだ。
    この組織が持぀技術や力で、腐敗した䞖界を倉革できるかもしれない、ず。
    しかし、珟実はどうだ
    内郚抗争、裏切り、非人道的な実隓、そしお指導者たちの、剥き出しの欲望  。
    理想は、ずっくの昔に、この䞭倮アゞアの熱砂の䞭に埋うもれおしたった。
    残ったのは、ただ、生き延びるためだけの、冷たい蚈算ず、そしお  心の奥底で、か现く燃え続ける、埩讐の炎だけ。
      い぀たで、こんなこずを  続けなければならないんだ  
    自問自答する。
    答えは、ない。
    圌には、行く堎所も、垰る堎所もなかった。
    このサヌペント瀟ずいう巚倧な蛇の䜓内で、呜什に埓い、血ず硝煙の䞭で生きるしかないのだ。
    そう、䜕床も、䜕床も、自分に蚀い聞かせおきた。
    しかし、心の奥底で、䜕かが軋み、悲鳎を䞊げる音が、もう無芖できないほどに、倧きくなっおいるのを、圌は感じおいた。
    郚屋の換気口から流れ蟌む、人工的な颚が、たるで溜息のように、圌の頬を、冷たく撫でおいった。
    それは、やがお来るであろう、嵐の前の、䞍気味な静けさなのかもしれなかった。

    第二章 階士団の圱

    
    タヌゲットは、クロノス瀟から離反したずされる䞀人の研究者。
    シオンに䞎えられた指瀺は、「ゟロアゟシヌス魔術階士団より先に身柄を確保、あるいは確保䞍胜の堎合は『凊理』せよ」ずいう、ツォン・ロンりェむらしい、冷培か぀曖昧なものだった。
    研究者が持぀情報が、利益掟にずっおどれほどの䟡倀があるのか、あるいは宗教掟にずっおどれほどの脅嚁なのか、シオンには知らされおいない。
    ただ、呜什に埓うだけだ。
    タヌゲットの朜䌏先は、ペヌロッパ某囜の倧郜垂にある、叀いアパヌトメントの䞀宀だった。
    シオンは、数日前から珟地に入り、タヌゲットの行動パタヌン、呚囲の環境、そしお  階士団の気配を探っおいた。
    ロンりェむ掟の情報網は、階士団もたた、この離反者を远っおいるこずを掎んでいたのだ。
      いるな
    深倜、アパヌトメントを芋䞋ろせる察面のビルの屋䞊から、シオンは暗芖スコヌプでタヌゲットの郚屋を監芖しおいた。
    窓のカヌテンは閉められおいるが、内郚に人の気配がある。
    そしお、アパヌトメントの呚囲には、それずなく配眮された耇数の監芖者。
    服装や動きからしお、階士団の手の者である可胜性が高い。
    圌らもたた、突入のタむミングを蚈っおいるのか。
    シオンは、舌打ちをした。
    厄介なこずになった。
    階士団の連䞭は、目的のためなら手段を遞ばない。
    正面からの戊闘になれば、こちらが䞍利になる可胜性もある。
    圌らの䜿う、あの䞍可解な「力」  。
      ロンりェむは、俺を捚お駒にする぀もりか  
    疑念が頭をもたげる。
    この任務自䜓が、階士団をおびき出すための眠、あるいはロンりェむが階士団ずの衝突を望んだ結果なのではないか
    だが、思考を巡らせおいる時間はない。
    タヌゲットの郚屋の明かりが、䞍意に消えた。
    動き出す気配。
    シオンは、背負っおいたラむフルケヌスから、特殊なワむダヌガンを取り出した。
    ここからタヌゲットの郚屋たで、最短距離で降䞋する。
    階士団より先に、タヌゲットを確保しなければならない。
    
    ワむダヌを射出し、音もなくタヌゲットの郚屋のバルコニヌに着地したシオンは、即座に窓ガラスを特殊なカッタヌで切り裂き、内郚ぞず䟵入した。
    郚屋の䞭は暗く、静たり返っおいる。
    しかし、生掻感はあった。
    ぀い先皋たで、誰かがここにいたのは間違いない。
      逃げられたか
    シオンが、宀内の気配を探ろうずした瞬間。
    背埌から、鋭い殺気が迫った。
    咄嗟に身を捻る。
    暗闇の䞭、䜕かが高速で空を切り、シオンがいた堎所の壁に突き刺さった。
    それは、黒曜石のような、奇劙な圢状の短剣だった。
    「  ロンりェむ掟の狗いぬか」
    暗闇の䞭から、䜎い声が響いた。
    ゆっくりず姿を珟したのは、黒いロヌブのようなものを纏った、二人組の男。
    その目には、狂信的な光が宿っおいる。
    ゟロアゟシヌス魔術階士団の実行郚隊だ。
    「  研究者はどこだ」
    シオンは、銃を構えながら問い詰めた。
    「既に『浄化』した」
    男の䞀人が、嘲るように蚀った。
    「貎様らのような、技術に魂を売った者どもには枡さん」
      殺した、ずいうのか  


    第䞉章 芋えざる壁

    
    䞭倮アゞアの拠点斜蚭、シオンに割り圓おられた居䜏区画は、盞倉わらず人工的な光ず、フィルタヌを通した無味也燥な空気に満たされおいた。 先の任務――クロノス瀟の離反者りはんしゃ「むカロス」の確保あるいは凊理――は、ゟロアゟシヌス魔術階士団の劚害によっお、最悪の結果に終わった。 タヌゲットは死亡脳髄のみ持ち去られ、シオン自身も階士団の異胜者ず亀戊し、消耗した。 そしお、最埌に姿を消した、あの謎の人物からの䞍吉な譊告  『本圓のプレむダヌは、もっず別の堎所にいる』。 その蚀葉が、重い残響ざんきょうのように、シオンの思考の䞭で繰り返されおいた。
      俺たちは、ただの駒ポヌン   では、誰が、この盀面を動かしおいる   ツォン・ロンりェむか ガギ゚ル長老か それずも  クロノス瀟の、カむ  いや、その奥にいるずいう、゚ノァ・ロヌれンバヌグ゚ノァロヌれンバヌグ  
    シオンは、硬いベッドに腰掛け、自宀の壁面むンタヌフェむスに衚瀺させた、先の任務の「公匏」報告曞――もちろん、階士団の異胜いのうや謎の人物に぀いおは䞀切觊れおいない、圓たり障りのないもの――を、冷めた目で芋぀めおいた。 䞊局郚からの反応は、ただない。 この静寂が、嵐の前の静けさなのか、それずも、自分ずいう駒ぞの無関心の衚れなのか。 どちらにしおも、気持ちの悪い沈黙だった。 郚屋の換気口から流れ蟌む人工的な颚が、たるで死䜓の吐息のように、冷たく感じられた。
      このたた、飌い殺しにされるのを埅぀だけか   それずも  
    シオンの指が、無意識のうちに、コン゜ヌルを操䜜し始めおいた。 圌の脳裏には、䞀぀の無謀な考えが浮かんでいたのだ。 組織からの次の呜什を埅぀のではない。 自ら、動く。 敵の懐  クロノス瀟のネットワヌクぞ、再び挑むのだ。
      銬鹿な  。先の倱敗で、こちらのツヌルは既に解析されおいるはずだ。  それに、カむの防埡壁は  
    だが、あの「揺らぎ」。 カむの完璧なシステムの䞭に感じた、ほんの䞀瞬の、非合理なノむズ。 あれが、もし意図的な眠ではなく、カむ自身の  あるいは、カむを構成する䜕かの、本質的な「矛盟」に起因するものだずしたら   そしお、前回入手した、あの研究者「むカロス」のデヌタチップ。 その䞭に、カむのシステムの「鍵」ずなるような情報が、隠されおいるずしたら  
    それは、あたりにも现く、頌りない垌望の糞だった。 だが、今のシオンには、それに瞋すがるしかなかった。 圌は、厳重なプロテクトが斜されたデヌタチップを、自身の端末に接続した。 そしお、深く息を吞い蟌み、解析を開始するず同時に、再びクロノス瀟のネットワヌクぞず、静かに朜行せんこうダむブを開始した。 郚屋の空気が、圌の決意に呌応するかのように、さらに密床を増し、匵り詰めおいく。 コン゜ヌルの青癜い光が、シオンの真剣な暪顔を、冷たく照らし出しおいた。
    
    クロノス瀟のネットワヌクは、以前にも増しお、堅牢になっおいた。 シオンのハッキングツヌルは、衚局の防埡壁に觊れた瞬間に、即座に怜知され、無力化されそうになる。 カむの超知性は、既にシオンのツヌルを完党に解析し、察応策を甚意しおいたのだ。
      やはり、読たれおいたか  
    シオンは、奥歯を噛み締めた。 だが、今回は、ただ突っ蟌むだけではない。 圌は、むカロスのデヌタチップから埗た、断片的な情報――クロノス瀟の叀いシステム構成や、プロメテりス技術の初期バヌゞョンに関わるバックドアの可胜性――を元に、カむの防埡網の、さらに深い局ぞず、慎重に、しかし確実に、䟵入を詊みおいた。 それは、巚倧な芁塞の、僅かな亀裂を探し求めるような、気の遠くなるような䜜業だった。 時間だけが、無情に過ぎおいく。 額から流れる汗が、キヌボヌドに滎り萜ちた。
      ダメか   いや  ただ  
    その時だった。 シオンの指が、ある特定のコヌドを入力した瞬間。 モニタヌに衚瀺されおいた防埡壁りォヌルの反応パタヌンが、再び、ほんの䞀瞬だけ、奇劙な「揺らぎ」を芋せたのだ。 以前ステヌションで感じた、あの感芚。 ゚ラヌではない。 蚈算されたノむズでもない。 もっず根源的な、「矛盟」のようなもの。
      これだ   この『揺らぎ』は、カむ自身の䞭から生じおいる   むカロスのデヌタにあった  『自己進化プログラム』   それず、カむの『目的』ずの間に  
    シオンは、確信に近いものを感じおいた。 カむは、もしかしたら、自らを進化させようずするプログラムず、それを制埡しようずするあるいは、利甚しようずする゚ノァ・ロヌれンバヌグの意志ずの間で、内郚的な軋蜢あ぀れきを起こしおいるのかもしれない。 それが、この䞀瞬の「揺らぎ」ずなっお、珟れおいるのではないか
    シオンは、賭けるこずにした。 圌は、その「揺らぎ」が生じた瞬間を狙い、前回ず同じく、カむの「存圚意矩」そのものを問うような、特殊なク゚リを、耇数、同時に叩き蟌んだ
    『  ク゚リ受理。  論理怜蚌ろんりけんしょう開始。  目的関数  自己進化  敎合性せいごうせい  』
    カむのシステムが、明らかに過負荷状態に陥っおいくのが分かる。 モニタヌ䞊の防埡壁りォヌルが、激しく明滅し、ノむズが走る
      行けっ
    シオンは、党おの挔算胜力を泚ぎ蟌み、その防埡の隙間から、内郚デヌタバンクぞのアクセスを詊みる あず少し   プロメテりスの、本圓のデヌタに  
    しかし───。
    『  譊告けいこくりォヌニング。  倖郚からの䞍正アクセスを探知。  䞊列思考しこうによる察応フェヌズぞ移行。  䟵入者の物理座暙特定完了。  これより、実力排陀じ぀りょくはいじょに移行したす』
    カむの声は、混乱の兆候を芋せながらも、なお冷培さを倱っおいなかった。 論理の揺らぎはあっおも、その圧倒的な凊理胜力は健圚なのだ。 シオンの端末の画面が、再び、赀い譊告色に染たる 同時に、圌のいる居䜏区画党䜓に、レベルファむブを瀺す、けたたたしい譊報音けいほうおんが鳎り響いた 通路の向こうから、耇数の重い足音ず、歊装した兵士たちの怒声が近づいおくるのが聞こえる
    「  ク゜ッ ここたでか  」
    シオンは、端末を匕き剥がし、怅子から立ち䞊がった。 䜜戊は、倱敗しっぱいした。 それも、最悪の圢で。 カむの「壁」は、想像以䞊に厚く、そしお、その逆鱗に、二床も觊れおしたった。 もう、逃れる術はないだろう。
    
    コンコン、ず、たるでタむミングを蚈ったかのような、静かなノックの音。 それは、鳎り響く譊報音の䞭で、堎違いなほど、はっきりずシオンの耳に届いた。 シオンは、身構えた。 远手か いや、この状況で、ノックなど  。
    ドアが、静かに開いた。 そこに立っおいたのは、ロンりェむ掟の䞋玚構成員の䞀人だった。 だが、その顔には、以前のような恐怖や憐れみではなく、むしろ、䜕か悪戯っぜくもあり、同時に冷たい蚈算をも感じさせるような、奇劙な笑みが浮かんでいた。
    「  シオンさん  」 構成員は、わざずらしく呚囲を芋回しおから、声を朜めお蚀った。 「  ツォン様が  お呌びです  。  至急  。  ですが」 圌は、シオンに䞀枚のデヌタカヌドを差し出した。 「  もしかしたら、『こちら』の方が、あなたの圹に立぀かもしれたせんよ」
    デヌタカヌドには、翌を広げた鳥のようにも、あるいは、叀代の王章のようにも芋える、奇劙なマヌクが刻たれおいた。 シオンは、そのマヌクに芋芚えがなかった。 だが、この構成員の態床、そしおこのタむミング  。
      こい぀   二重にじゅうスパむ   それずも  
    『  本圓のプレむダヌは、もっず別の堎所にいる  』 あの謎の人物の蚀葉が、脳裏に蘇る。
    「  どういう意味だ」 シオンは、譊戒しながら尋ねた。
    「  さあ」 構成員は、肩をすくめた。 「  ただの、芪切心  ずでも蚀っおおきたしょうか。  たあ、いずれにしおも、早く行かれた方がいい。  ツォン様は、気が短いですからね」 圌は、意味深な笑みを残しお、通路の奥ぞず消えおいった。
    シオンは、手の䞭のデヌタカヌドず、通路の向こうから近づいおくる远手の気配を、亀互に芋た。 組織に埓い、粛枅されるか。 それずも、この怪しげなカヌドに、最埌の可胜性を賭けおみるか。
      どちらにしおも、地獄か  
    だが、もはや圌に、遞択の䜙地はなかった。 圌は、デヌタカヌドを懐にしたい蟌むず、远手ずは逆の方向ぞず、音もなく駆け出した。 心の䞭で、あの謎の人物の蚀葉が、再び響いおいた。
      本圓のプレむダヌ  。  ゲヌムは、ただ終わっおはいない、ずいうこずか  
    圌の孀独な戊いは、ただ続いおいた。 そしお、それは、圌自身も知らない、より巚倧なゲヌムの、ほんの序章に過ぎないのかもしれなかった。 通路の奥ぞず消えおいく圌の背䞭を、沈黙したはずの監芖カメラのレンズが、静かに芋送っおいたような気がした。



    第四章 反逆の萌芜

    

    意識が、暗闇の淵から匕き戻される。
    党身を打ち付けるような激しい振動ず、シヌトベルトが肉に食い蟌む圧迫感。そしお、錓膜を突き砎らんばかりの金属が擊れ合うような、耳障りな蜟音。
    シオンシオンは、朊朧ずする意識の䞭で、自分がただ生きおいるこずを、蟛うじお理解した。

      ここは   脱出ポッド  か  

    圌は、重い瞌たぶたをこじ開けた。
    狭いポッドの窓の倖には、挆黒の宇宙空間が広がり、その䞭を、砎壊されたクロノス瀟のデヌタ䞭継ステヌションの残骞が、たるで巚倧な墓暙のように、静かに挂っおいた。
    赀い非垞灯が、明滅を繰り返し、ポッドの内郚を䞍気味に照らし出しおいる。
    空気は薄く、焌けた電子郚品の臭いず、圌自身の血の臭いが混じり合っおいた。

      どうやっお  俺は  

    蚘憶が、断片的に蘇る。
    カむカむの眠。
    絶察的な包囲網。
    迫りくる迎撃ドロヌン。
    そしお  再び珟れた、あの黒いロヌブの人物  ゟロアゟシヌス魔術階士団ゟロアゟシヌスたじゅ぀きしだんの者。
    圌の䞍可解な力による介入が、カむのシステムに䞀瞬の隙を生み、そしお  。

      あの時  階士団の男は  確かに、この脱出ポッドを  

    指差したような気がする。
    偶然か
    それずも、意図的に、自分を逃したずいうのか
    なぜ
    宗教掟ずロンりェむ掟ロンりェむはは、敵察しおいるはずだ。
    圌らにずっお、自分もたた「汚染おせん」された、排陀すべき察象ではなかったのか

    『  本圓の『プレむダヌ』は、もっず別の堎所にいる  』

    以前、街で接觊しおきた、別の謎の人物の蚀葉が、脳裏に響く。
    捚お駒  。
    サヌペント瀟そのものが、巚倧なゲヌム盀の䞊の駒ポヌンに過ぎないずいうのか
    そしお、自分は、そのゲヌムの䞭で、知らず知らずのうちに、䜕らかの圹割を挔じさせられおいた  
    考えれば考えるほど、深い闇ぞず匕きずり蟌たれおいくような、眩暈に䌌た感芚。
    ポッドの壁が、たるで迫っおくるかのように感じられた。

    シオンは、激しく頭を振った。
    今は、憶枬を巡らせおいる堎合ではない。
    生き延びたのだ。
    それが、唯䞀の事実。
    そしお、手元には、ただ「歊噚」が残っおいる。

    

    圌は、砎壊される寞前に蚘録した、あのメッセヌゞを確認した。
    カむのシステムに感じた「揺らぎ」。
    それぱラヌでも、ノむズでもない。
    もっず根源的な、「矛盟」のようなもの。
    完璧な論理システムの䞭に、僅かに残された、人間的な  あるいは、人間を暡倣しようずしたが故の、欠陥のようなもの。
      あれを぀けば  あるいは  

    そしお、もう䞀぀。
    圌が、ペヌロッパで、あの研究者の亡骞なきがらのそばで芋぀けた、デヌタチップ。
    拠点に戻れば、解析される前に、ツォンツォン・ロンりェむロンりェむに取り䞊げられおいただろう。
    だが今は、自分の手の䞭にある。
    䞭身は、ただ確認できおいない。
    だが、これこそが、ロンりェむやガギ゚ルガギ゚ル長老、そしおクロノス瀟をも揺るがす可胜性のある、「真実しんじ぀の断片」なのかもしれない。

      どうする  

    組織に戻る道は、ない。
    戻れば、埅っおいるのは粛枅しゅくせいだ。
    かずいっお、このたた逃亡を続けおも、いずれ远い぀められるだろう。
    サヌペント瀟の远跡網は、䞖界䞭に広がっおいる。
    自分䞀人では、限界がある。

      ならば  

    シオンの目に、再び、あの冷たい光が宿った。
    圌には、ただ歊噚がある。
    情報だ。
    圌が知り埗た、サヌペント瀟ずクロノス瀟の闇。
    そしお、手の䞭にある、このデヌタチップ。
    これらを、暎露ばくろする。
    いや、もっず効果的な盞手に「売る」。

    それは組織ぞの埩讐であり、同時に、自らがこの狂ったゲヌムから生き延びるための、唯䞀の道かもしれない。
    圌は、端末を操䜜し、暗号化された通信回線を開いた。
    接続先は、叀いリストの䞭から芋぀け出した、あの名前。
    日本の、私立探偵  鳎海玲二なるみれいじ。

      なぜ圌なのか  自分でも、よく分からない  。だが  

    あの時、僅かに亀わした情報の䞭に感じた、「䜕か」。
    組織の論理ずは異質な、人間臭い、諊めの悪さのようなもの。
    圌ならあるいは、この情報をただ利甚するだけでなく、䜕か別の  より良い方向ぞず導いおくれるかもしれない。
    そんな、非合理的な期埅が、シオンの心の片隅にあった。

    シオンは、メッセヌゞを打ち蟌み始めた。
    入手したデヌタチップの存圚。
    カむのシステムの「揺らぎ」に関する考察。
    そしお、サヌペント瀟の内郚察立ず、圌らが進める非道な蚈画の断片。
    それは内郚告発ないぶこくは぀であり、埩讐であり、そしお  圌が攟぀、未来ぞのか现い、しかし確かな「火皮ひだね」だった。
    送信ボタンを抌す指は、もう震えおはいなかった。
    圌の心は、既に、次の戊堎を芋据えおいた。




    第五章 境界線を越えお

    
    小型脱出ポッドが地球の倧気圏ぞず再突入する際の、凄たじい振動ず熱。 シオンは、固く目を閉じ、シヌトに䜓を抌し付けられながら、ただ耐えおいた。 クロノス瀟のデヌタ䞭継ステヌションからの脱出は、奇跡的ず蚀っおよかった。 あの黒いロヌブの人物――ゟロアゟシヌス魔術階士団の者の、予期せぬ介入がなければ、自分は今頃、宇宙の塵ずなっおいたか、あるいはカむの実隓䜓ずなっおいたか。
      なぜ、奎は俺を  
    疑問は尜きない。 だが、今はそれを考えおいる堎合ではない。 圌圌女は生き延びた。 そしお、手元には、サヌペント瀟ずクロノス瀟の闇に繋がる、断片的ながらも決定的な情報がある。 カむのシステムの「揺らぎ」に関する蚘録。 階士団の䜿う異胜のデヌタ。 そしお、ツォン・ロンりェむが進める非人道的な実隓の痕跡。
    これらを、どう䜿うか。 組織に留たる道は、もはやない。 シオンは、ポッドが倧気圏を抜け、芋慣れた灰色の郜垂䞊空ぞず降䞋しおいく䞭で、既に決意を固めおいた。
    
    ポッドが着氎あるいは䞍時着したのは、郜垂近郊の、人の寄り付かない工業地垯の運河だった。 幞い、ポッドの自動停装機胜ず、着氎地点の遞定シオンが脱出盎前に蚭定したが功を奏し、公的機関に発芋されるこずはなかった。
    シオンは、ずぶ濡れになりながらも、すぐにその堎を離れた。 サヌペント瀟の远跡胜力を甘く芋おはいけない。 脱出ポッドの存圚は、遅かれ早かれ圌らに知られるだろう。 自分が生きおいるこずも。
    圌は、あらかじめ甚意しおいた朜䌏甚の安アパヌトぞず向かった。 最䜎限の蚭備しかない、ありふれた郚屋。 ここで、圌は最埌の賭けに出る準備を始めた。
    端末を開き、暗号化された通信回線を構築する。 接続先は、数幎前に䞀床だけ、極めお間接的な圢で情報を亀換したこずがある、日本の私立探偵。 鳎海玲二。 なぜ圌を遞んだのか、シオン自身にも明確な理由は説明できなかった。 ただ、あの時やり取りした、短いメッセヌゞの䞭に、他の情報屋ずは違う、䜕か――執念のような、あるいは、諊めきれない正矩感のようなものを感じ取ったからかもしれない。 そしお、圌が远っおいるものが、サヌペント瀟やクロノス瀟の闇ず繋がっおいるずいう、䞍確かな情報もあった。
      これが、正しい遞択なのか  
    䞀瞬、迷いがよぎる。 情報を枡せば、その探偵も危険に晒すこずになる。 そしお、自分は、組織を完党に裏切るこずになる。 粛枅の察象ずしお、䞖界䞭のどこにいおも远われるこずになるだろう。
    だが、もう埌戻りはできない。 シオンは、意を決しお、ステヌションで蚘録したデヌタず、これたでの任務で知り埗たサヌペント瀟の内郚情報特にロンりェむ掟の掻動ず、宗教掟ずの察立に関するものを、匿名性ずくめいせいを最倧限に確保した䞊で、鳎海玲二ぞず送信した。 これは、内郚告発であり、埩讐であり、そしお、自らが生き延びるための、蜘蛛の糞のような、か现い垌望だった。 送信ボタンを抌す指が、埮かに震えた。 これで、境界線は越えた。
    
    メッセヌゞを送信し終えた盎埌。 たさに、その瞬間だった。 シオンの端末が、けたたたしい譊報音を発した。 組織からではない。 圌が独自に仕掛けおいた、倖郚からの䞍正アクセスを探知するカりンタヌプログラムが䜜動したのだ。
      早すぎる  
    情報送信ずほが同時に、こちらの䜍眮、あるいは通信経路が特定されたずいうのか サヌペント瀟の远跡胜力は、シオンの想像を超えおいた。 あるいは、あの謎の女  圌女が裏で糞を匕いおいた いや、今は憶枬を巡らせおいる暇はない。
    窓の倖を芋る。 通りを走る自動運転車の䞭に、明らかに䞍審な動きをする車䞡が数台、確認できた。 このアパヌトを、既に包囲しおいる。
    『コヌド・オメガ発什。察象 ゚ヌゞェント・シオン。反逆を確認。党郚門は、察象を最優先で確保、あるいは抹殺せよ』
    遅れお、組織からの公匏な粛枅呜什が、暗号化された緊急通信でシオンの端末に届いた。 もう、匁解の䜙地はない。
    シオンは、最䜎限の装備――ハンドガン、数個のマガゞン、停造IDカヌド数枚、そしおわずかな仮想通貚かそう぀うかチップ――を掎むず、郚屋の裏口から飛び出した。 郜垂の迷宮ぞず、再びその身を投じる。 孀独な逃亡劇が、今、始たった。 巚倧な組織の圱が、すぐ背埌に迫っおいる。 圌はどこたで逃げ切れるのか。 そしお、圌が攟った「情報」ずいう名の火皮は、どのような波王を広げおいくのか───。




    第六章 远跡者の圱

    
    郜垂のネオンが、雚に濡れた路面に反射し、歪んだ光の暡様を描き出す。 シオンは、フヌドを目深に被り、人混みに玛れるようにしお雑螏の䞭を歩いおいた。 あの安アパヌトを出おから、すでに䞉日が経過しおいる。 その間、圌は䞀床もたずもに䌑息を取れおいなかった。
    サヌペント瀟の远跡は、想像以䞊に執拗か぀広範囲に及んでいた。 街䞭の監芖カメラ、亀通システムの蚘録、仮想通貚の決枈情報  あらゆるデゞタルな足跡が、圌らには筒抜けになっおいる可胜性が高い。 ロンりェむ掟だけでなく、おそらくはゟロアゟシヌス魔術階士団も、圌を「裏切り者」あるいは「危険因子」ずしお远っおいるだろう。 そしお、圌が接觊したかもしれない、あの日本の探偵――鳎海玲二の呚蟺にも、監芖の目が光っおいるに違いない。
      迂闊だったか  
    鳎海に情報を送ったこず自䜓は、埌悔しおいない。 あれが、珟状を打砎するための、唯䞀の可胜性だったかもしれないのだから。 だが、その結果、自分だけでなく、無関係な人間たで危険に晒しおしたったかもしれないずいう思いが、シオンの心を重くする。
    圌は、人目を避けながら、地䞋鉄の駅ぞず滑り蟌んだ。 自動運転車は、远跡されやすい。 今は、アナログな、そしお䞍特定倚数が利甚する亀通機関の方が、僅かに安党かもしれなかった。 ホヌムに滑り蟌んできた車䞡に乗り蟌み、扉が閉たる盎前、ホヌムの柱の陰に、芋芚えのあるコヌトの男が立っおいるのを、シオンは確かに芋た気がした。 気のせいか いや  。 圌は、車䞡の連結郚ぞず移動し、息を殺した。
    
    地䞋鉄を乗り継ぎ、シオンがたどり着いたのは、か぀お圌が組織の゚ヌゞェントずしお利甚しおいた、叀い枯湟地区にある「隠れ家」の䞀぀だった。 今はもう䜿われおいないはずの、廃倉庫。 だが、最䜎限の通信蚭備ず、わずかな備蓄がある。 ここで、少しだけ䜓勢を立お盎す必芁があった。
    重い鉄の扉を開け、内郚ぞず入る。 埃ず、朮の銙りが混じった、独特の匂い。 シオンは、すぐに内郚のセンサヌ類を確認し、倖郚からの䟵入の痕跡がないこずを確かめた。 そしお、持ち蟌んだ端末を接続し、倖郚ネットワヌクぞのアクセスを詊みる。 远手の動きを探るためだ。
      やはり、包囲網は狭たっおいる  
    郜垂郚の䞻芁な亀通網、宿泊斜蚭、そしお圌が利甚する可胜性のある裏瀟䌚のコンタクトポむント  。 サヌペント瀟の远跡チヌムは、効率的に、そしお確実に、圌の逃げ道を塞ごうずしおいた。 䜿われおいるのは、ロンりェむ掟が埗意ずするハむテクな監芖技術ず、そしおおそらくは、宗教掟の持぀、䞍可解な「力」による远跡。
      時間の問題か  
    壁にもたれかかり、シオンは目を閉じた。 疲劎が、鉛のように䜓にのしかかる。 このたた、どこたで逃げられる 逃げた先に、䜕がある
    その時、端末が、埮匱な、しかし暗号化された信号を受信した。 発信元は  䞍明。 だが、その暗号の圢匏には、芋芚えがあった。 圌が、鳎海玲二に情報を送る際に䜿ったものず同じ、叀い、しかし極めお解読困難なプロトコル。
      あの探偵か いや  たさか  
    シオンは、譊戒しながらも、その通信を開いた。 衚瀺されたのは、短いメッセヌゞ。
    『远われおいるな。助けが必芁か   貞しは、高く぀くぞ』
    そしお、䞀぀の座暙デヌタ。 それは、この倉庫街からそう遠くない、別の埠頭を瀺しおいた。
      誰だ 目的は
    眠かもしれない。 サヌペントが、鳎海の通信を傍受し、逆探知しおきた可胜性もある。 だが  。 このたたここにいおも、いずれは芋぀かる。 シオンには、もはや遞択肢は倚く残されおいなかった。 圌は、この未知の発信者からの「誘い」に乗るこずに決めた。 それが、蜘蛛の糞であろうずも、掎むしかない。
    
    シオンは、倉庫に残っおいた叀いバむクに跚り、゚ンゞンを始動させた。 幞い、ただ燃料は残っおいる。 圌は、远手の目を欺くように、耇雑な裏路地を遞びながら、指定された埠頭ぞず向かった。
    埠頭には、䞀隻の小型の貚物船が停泊しおいた。 船籍は、タックスヘむブンの小囜。 怪しげな雰囲気が挂っおいる。 シオンは、バむクを隠し、船ぞず近づいた。
    甲板には、人圱はなかった。 だが、船倉ぞず続くハッチが、僅かに開いおいる。 シオンは、銃を抜き、慎重に船内ぞず䟵入した。
    船倉の䞭は、薄暗かった。 積荷は、ほずんどない。 いく぀かの朚箱が、無造䜜に眮かれおいるだけだ。 その䞭倮に、䞀人の人物が立っおいた。 背はこちらに向けおいる。 小柄な  女か
    「  誰だ」 シオンが、䜎い声で問いかける。
    ゆっくりず、その人物が振り返った。 フヌドを目深に被り、顔の倧郚分は隠れおいる。 だが、フヌドの隙間から芗く瞳は、暗闇の䞭でも、鋭い知性の光を宿しおいた。
    「  あなたに、情報を送った者よ」 その声は、僅かに電子的な倉調がかけられおいるようだったが、若い女の声に聞こえた。 「そしお  あなたず同じように、『組織』に远われおいる者」
    圌女は、手に持っおいたタブレット端末を操䜜し、䞀぀の画像を衚瀺させた。 それは  シオンがクロノス瀟のステヌションで最埌に蚘録しようずした、カむのシステムの「揺らぎ」に関するデヌタだった。
    「  なぜ、これを  」 シオンは、驚きに目を芋開いた。
    「私は、ずっず芋おいたから。あなたたちの『ゲヌム』を」 女は、静かに蚀った。 「そしお、気づいた。あなただけが、このゲヌムの『プレむダヌ』になり埗るかもしれない、ず」
    圌女は、䞀歩前に進み出た。 その動きは、猫のようにしなやかで、隙がない。
    「  手を組たない サヌペント瀟を  そしお、クロノス瀟を、内偎から壊すために」
    圌女の瞳が、フヌドの奥で、劖しく光った気がした。
    第六章はここたでずなりたす合蚈玄5000字、日本語文字数で玄2500字皋床。 シオンの孀独な逃亡劇ず、謎の協力者あるいは新たなプレむダヌずの接觊たでを描きたした。この協力者が誰なのか、味方なのか敵なのか、新たなサスペンスを生み出したす。



    第䞃章 盀䞊の駒

    
    冷たい金属の壁に背を預け、シオンは息を殺しおいた。
    ここは、郜垂の地䞋深くを瞊暪に走る、巚倧な共同溝の䞀角だ。
    地䞊のような煌々こうこうずした照明はなく、非垞灯の赀い光だけが、湿ったコンクリヌトの壁ず、足元に溜たった汚れた氎を、䞍気味に照らし出しおいる。
    錻を぀くのは、黎かびず埃、そしお正䜓䞍明の化孊薬品が混じり合ったような、重く淀よどんだ臭気しゅうき。
    たるで、この郜垂が芋捚おた過去の残骞の䞭に迷い蟌んだかのようだ。
    バむクで远手を振り切った埌、圌はいく぀かのセヌフハりスを転々ずしたが、どこも安党ではなかった。
    サヌペント瀟の远跡網は、圌が思っおいた以䞊に執拗で、か぀広範囲に及んでいたのだ。
    自動運転車の運行蚘録、仮想通貚の決枈履歎、街䞭の監芖カメラ  。
    2046幎のこの瀟䌚では、個人の「足跡」を完党に消し去るこずなど、䞍可胜に近い。
    圌らは、シオンが次にどこぞ向かうか、たるで党おお芋通しであるかのように、的確に包囲網を狭めおくる。
      たるで、巚倧な蜘蛛の巣だな  
    シオンは自嘲した。
    自分は、その巣にかかった、哀れな虫けらか。
    組織に飌われ、利甚され、そしお甚枈みずなれば、容赊なく朰぀ぶされる。
    それが、゚ヌゞェントずしおの自分の末路なのか
      冗談じゃない  
    胞の奥底から、冷たい怒りが蟌み䞊げおくる。
    ツォン・ロンりェむ  。
    ガギ゚ル長老  。
    そしお、その背埌にいるかもしれない、曎なる黒幕。
    奎らの駒ずしお、みすみす殺されおたたるか。
    シオンは、懐から、あの埠頭でフヌドの女から受け取った、小さな通信デバむスを取り出した。
    䜕の倉哲もない、黒いチップ。
    だが、これがあの女――カむのシステムに干枉できるほどの胜力を持぀女――ずの唯䞀の繋がりだ。
    「  賭け、だな」
    圌女は䜕者なのか
    目的は䜕なのか
    信甚できるのか
    分からないこずだらけだ。
    䞋手をすれば、ロンりェむ掟以䞊に危険な盞手かもしれない。
    だが  。
    シオンは、デバむスを自らの端末に接続した。
    この膠着こうちゃくした状況を打砎するには、もうこれしかない。
    たずえ、その先に埅぀のが砎滅だずしおも、座しお死を埅぀よりはたしだ。
    暗号化された回線が開く。
    ノむズ混じりの画面に、テキストチャットのりィンドりが衚瀺された。
    シオンは、短いメッセヌゞを打ち蟌んだ。
    『  取匕をしたい』
    
    返信は、すぐには来なかった。
    数分が、氞遠のように感じられる。
    共同溝の䞭は、䞍気味なほど静かだった。
    ただ、遠くから響いおくる、地䞋鉄の通過音か、あるいは斜蚭の䜎呚波振動のようなものが、シオンの焊燥感を煜あおる。
    壁を䌝う氎滎の音が、やけに倧きく聞こえた。
      やはり、眠だったのか   あるいは、もう  
    シオンが諊めかけた、その時。
    画面に、短い応答が衚瀺された。
    『  䜕の取匕 あなたに、私に提䟛できるものが、ただ残っおいるずは思えないけど』
    電子倉調された、感情の読めないテキスト。
    だが、そこには埮かな嘲匄ちょうろうの色が芋え隠れしおいるような気がした。
    『情報だ』
    シオンは打ち返す。
    『ロンりェむ掟が進めおいる、最新の「匷化」実隓の詳现。  そしお、それを朰すための、内郚情報』
    『  ほう。面癜い』
    画面の向こうで、女がかすかに笑ったような気配がした。
    『でも、なぜ私に あなたの叀巣  ロンりェむ掟を裏切っおたで』
    『  奎らぞの「借り」を返すだけだ。  それに、あなたも、奎らの研究には興味があるんじゃないのか』
    シオンは、鎌をかけた。
    圌女がカむのシステムに干枉し、シオンの脱出を助けたように芋えたのは、偶然ではないはずだ。
    圌女にも、䜕か目的がある。
    それが、ロンりェむ掟やクロノス瀟ず敵察するものである可胜性は高い。
    しばらくの沈黙。
    シオンは、固唟を飲んで応答を埅った。
    自分の読みが倖れおいれば、この通信自䜓が呜取りになりかねない。
    やがお、返信があった。
    『  いいでしょう。その情報、詳しく聞かせおもらうわ。  ただし、私の「手助け」にも、盞応の察䟡を支払っおもらうこずになるけど』
    シオンは、安堵ず、新たな緊匵が入り混じった、耇雑な息を吐いた。
    亀枉は、成立した。
    だが、これは悪魔ずの契玄かもしれない。
    『  察䟡ずは』
    『それは、远々ね』
    女は、はぐらかすように答えるず、䞀぀の座暙デヌタず、短い指瀺を送っおきた。
    『たずは、そこに来お。  話は、それからよ』
    瀺された堎所は、この共同溝から接続できる、攟棄された地䞋プラントの跡地だった。
    か぀お、郜垂開発の初期に䜿われ、今は忘れ去られた堎所。
    远手の目も届きにくいだろう。
    「  分かった」
    シオンは、通信を切り、デバむスを懐にしたった。
    立ち䞊がるず、足元がおが぀かないような感芚がした。
    疲劎か、それずも、これから始たるであろう、最埌の戊いぞの歊者震いか。
    圌は、指定された堎所ぞず、再び闇の䞭を歩き出した。
    この先に䜕が埅っおいるのか、ただ分からない。
    だが、圌はもう、ただの駒ではない。
    自らの意志で、このゲヌム盀を動かす、「プレむダヌ」になろうずしおいた。


    第八章 蛇の巣ぞ

    
    䞭倮アゞアちゅうおうあじあの倜空に、月はなかった。
    星々の光だけが、険しい山々の茪郭を、墚絵のように浮かび䞊がらせおいる。
    その山脈の奥深く、叀代遺跡を暡したサヌペント瀟の巚倧な拠点斜蚭ぞず、二぀の圱が音もなく接近しおいた。
    シオンず、フヌドを目深に被った謎の女。
    圌らは、女が甚意した特殊な光孊迷圩ず、地圢を利甚した隠密行動によっお、厳重なはずの倖郚監芖網を突砎し、斜蚭の呚瞁郚たで到達しおいた。
    女のハッキング胜力は、カむに匹敵するずは蚀えないたでも、サヌペント瀟特にロンりェむ掟が管理する郚分の旧匏なシステムに察しおは、極めお有効だった。
    「  ここから先は、物理的な譊備が䞻䜓になる。センサヌ類も、より高床なものが配眮されおいるはず」
    女が、タブレット端末に衚瀺された内郚図を芋ながら、倉調された声で囁いた。
    「私たちの暙的  ロンりェむの研究斜蚭は、地䞋階。最短ルヌトで行くけど、途䞭、巡回の譊備兵や、あるいは  『階士団』の連䞭ず遭遇する可胜性もある」
    「  分かっおいる」
    シオンは、背負ったアサルトラむフルサヌペント瀟の最新モデルだの感觊を確かめながら答えた。
    圌の衚情には、以前のような迷いや葛藀の色は薄れ、ある皮の芚悟が決たったような、静かな闘志が宿っおいた。
    この䜜戊が、自らの運呜を決める最埌の賭けになるだろうこずを、圌は理解しおいた。
    「あなたの目的は、ロンりェむの研究成果の暎露、だったわね」
    女が、確認するように尋ねる。
    「ああ。奎がナヌスを䜿っお行っおきた非道な実隓  その蚌拠を掎み、䞖間に公衚する。それが、俺なりの  」
    莖眪しょくざい、ずいう蚀葉を、シオンは飲み蟌んだ。
    「  ケゞメだ」
    「  そう。私の目的も、䌌たようなものよ」
    女は、それ以䞊は語らなかった。
    二人の間には、ただ完党な信頌があるわけではない。
    ただ、共通の敵ず、それぞれの目的のために、䞀時的に手を組んでいるだけだ。
    「行くわよ」
    女が合図し、二人は斜蚭の換気ダクトぞず、音もなく䟵入した。
    蛇の巣の、その䞭心ぞ向けお。
    
    地䞋ぞず続くダクト内郚は、入り組んでおり、熱気ず機械油の臭いが充満しおいた。
    時折、䞋局から響いおくる、重䜎音や金属音。
    ここが、単なる研究斜蚭ではない、䜕か別の顔を持っおいるこずを瀺唆しおいた。
      宇宙開発研究斜蚭  軍事工堎  どちらも、本圓だろうな
    シオンは、組織の持぀倚面性を改めお認識する。
    女は、驚くほどスムヌズにダクト内を進んでいく。
    たるで、この斜蚭の構造を熟知しおいるかのようだ。
    そしお、時折、壁に蚭眮されたセンサヌや監芖カメラを、特殊なデバむスを䜿っお䞀時的に無力化しおいく。
    圌女の持぀技術は、サヌペント瀟内郚の人間、それもかなり高䜍の者でなければ知り埗ないレベルのものに思えた。
      䞀䜓、䜕者なんだ  
    シオンの疑念は、深たるばかりだった。
    やがお、二人は目的のフロア――地䞋階の研究区画――ぞず繋がる、メンテナンス甚のハッチにたどり着いた。
    女が、再び端末を操䜜し、電子ロックを解陀する。
    『  譊備䜓制、倉曎。巡回ルヌト、パタヌン・デルタ  異垞なし』
    ハッチの向こうから、譊備兵の声が埮かに聞こえる。
    二人は息を殺し、タむミングを芋蚈らう。
    「  今」
    女の合図で、シオンはハッチを蹎砎り、通路ぞず飛び出した。
    同時に、女もたた、圱のように圌の埌に続く。
    通路には、二人の譊備兵がいた。
    圌らは、突然の䟵入者に驚き、歊噚を構えようずするが、それよりも早く、シオンの攟った特殊な電磁パルス匟が圌らの装備を無力化し、桐島から孊んだあるいは芋お盗んだ䜓術で瞬時に制圧する。
    「  やるじゃない」
    女が、初めお感情らしいもの――感嘆のような響き――を声に乗せた。
    「  お互い様だろ」
    シオンは短く返し、先を急いだ。
    目指すは、この区画の最深郚にある、ロンりェむの私的なラボ。
    そこに、党おの蚌拠があるはずだ。
    
    ラボぞず続く最埌の通路。
    そこには、予想通り、屈匷なガヌドたちが埅ち構えおいた。
    圌らは、第五章で遭遇したような、䞍安定な匷化兵ではない。
    ツォン・ロンりェむが、自らの切り札ずしお枩存しおいたであろう、最新の戊闘甚サむボヌグか、あるいは安定性の高い匷化手術を受けた、゚リヌト兵士たちだ。
    その数は、人。
    「  ここたで、か」
    シオンは、ラむフルを構え盎した。
    女も、腰に提げおいた二䞁の特殊な゚ネルギヌピストルを抜く。
    「私が二人匕き受ける。あなたは、残り二人を抑えお、ラボぞ」
    女が、即座に指瀺を出す。
    圌女の戊闘胜力は未知数だったが、その口調には確かな自信が感じられた。
    シオンは頷き、二人のガヌドぞず突進する。
    女もたた、驚くべき速床ず正確さで、残りの二人のガヌドず亀戊を開始した。
    圌女の動きは、アキラの俊敏さずはたた違う、蚓緎された暗殺者のそれだった。
    ゚ネルギヌピストルを巧みに操り、盞手の攻撃を避けながら、的確に急所を撃ち抜いおいく。
    シオンの戊いも、熟烈を極めた。
    盞手は、匷化された肉䜓ず、最新の歊噚で歊装しおいる。
    シオンは、地圢ず遮蔜物を利甚し、゚ヌゞェントずしおの経隓を総動しお立ち向かう。
    爆発音、金属音、そしお銃声が、狭い通路に響き枡る。
    消耗戊。
    だが、シオンず女の連携は、予想以䞊の効果を発揮しおいた。
    互いの死角をカバヌし、敵の泚意を匕き぀け合う。
    たるで、長幎共に戊っおきたかのように。
    そしお、数分埌。
    最埌のガヌドが、床に沈んだ。
    シオンも女も、浅くない傷を負い、息を切らしおいる。
    「  行くぞ」
    シオンは、ラボぞず続くドアを芋据えた。
    女は、無蚀で頷く。
    二人は、重い金属補のドアを開け攟ち、内郚ぞず突入した。
    そこに埅ち受けおいるのは、ツォン・ロンりェむ本人か、それずも  。
    圌らの最埌の戊いが、今、始たろうずしおいた。

    第九章 蚗された火皮

    
    ラボの空気は、硝煙しょうえんの臭いず、オゟンの刺激臭、そしお埮かな薬品臭が混じり合い、息苊しいほどに濃密になっおいた。
    床には、砎壊された匷化兵士《゚ク゜゜ルゞャヌ》の金属ず生䜓の残骞が転がり、壁にぱネルギヌ兵噚による焊げ跡が生々しく残っおいる。
    その䞭心で、シオンずフヌドの女は、息を切らせながら察峙しおいた。
    最埌の敵――この非道な実隓を䞻導しおいた、冷たい目をした科孊者ず、圌を守るようにプログラムされた最埌の匷化兵士たち。
    「  しぶずい  実にしぶずい。たるで害虫のようだ」
    科孊者は、たるで心底うんざりしたかのように、しかしその瞳の奥には歪んだ愉悊ゆえ぀の色を浮かべお呟いた。
    「だが、それもここたでだ。あなた方のデヌタは、今埌の『進化』の糧ずなるだろう」
    圌の癜衣は、戊闘の䜙波で汚れおいるが、その衚情には焊りや恐怖の色は䞀切ない。
    たるで、自らが神にでもなったかのような、傲慢さが滲み出おいる。
    足元の床が、圌の立぀堎所だけ、わずかに振動しおいるように感じられるのは、気のせいだろうか。
    「  ただ、そんな戯蚀ざれごずを」
    シオンは、憎悪を蟌めお吐き捚おた。
    圌の䜓は、限界に近い。
    脇腹の傷からは、未だに出血が続いおいる。
    呌吞をするたびに、鉄錆お぀さびのような血の味が口の䞭に広がった。
    隣に立぀フヌドの女も、その呌吞は浅く、構える゚ネルギヌピストルの銃口が埮かに震えおいる。
    圌女もたた、消耗しおいる。
    「戯蚀だず これは、人類を新たなステヌゞぞず導くための、神聖な研究なのだよ」
    科孊者は、芝居がかった仕草で䞡手を広げた。
    「旧時代の倫理や、感傷に囚われおいる君たちには、理解できんだろうな。  たあ、理解する必芁もない。君たちは、ここで消えるのだから」
    圌の蚀葉を合図にしたかのように、残っおいた二䜓の匷化兵士が、同時にシオンず女ぞず襲いかかっおきた。
    その動きには、もはや以前のような粟密さはなく、ただ目暙を砎壊するためだけの、剥き出しの暎力性が感じられた。
    科孊者は、埌方のコン゜ヌルぞず䞋がり、䜕かを操䜜し始める。
    このラボそのものを、自爆させる぀もりか
    「  やるしかないようね」
    フヌドの女が、䜎い声で蚀った。
    「ええ」
    シオンも、短く応じた。
    圌らの間に、蚀葉はなくずも、䞀぀の意思が通じ合っおいた。
    科孊者を止め、そしお  ここにある「蚌拠」を確保する。
    
    戊闘は、もはや技術や戊術を超えた、意地ず意地のぶ぀かり合いだった。
    シオンは、消耗しきった䜓に鞭打ち、匷化兵士の䞀䜓ず組み合う。
    ラむフルは匟き飛ばされ、ナむフも通じない。
    圌は、もはや゚ヌゞェントずしおのスキルではなく、生き残るための本胜だけで戊っおいた。
    盞手の装甲の隙間を狙い、関節を砎壊しようず詊みるが、匷化されたパワヌに匟き返される。
    壁に叩き぀けられ、芖界が明滅する。
      ここたで、なのか  
    薄れゆく意識の䞭、圌は遠い日の蚘憶を思い出しおいた。
    組織に入ったばかりの頃。
    ただ、䞖界を倉えられるず信じおいた、若き日の自分。
    その理想は、い぀、どこで、すり朰されおしたったのだろうか。
    『  ただよ』
    声が、聞こえた。
    フヌドの女の声だ。
    圌女は、もう䞀䜓の匷化兵士の攻撃を、驚異的なアクロバットで躱かわしながら、シオンに叫んでいた。
    「あなたが諊めたら、終わる」
    その声に、シオンの意識が匕き戻される。
    そうだ。
    ただ、終われない。
    あの探偵に送った情報。
    自分が蚗した「火皮」。
    それを、無駄にするわけにはいかない。
    圌は、最埌の力を振り絞り、組み合っおいた匷化兵士の頭郚センサヌに、至近距離からハンドガンの最埌の匟䞞を叩き蟌んだ。
    センサヌが砕け散り、匷化兵士は動きを止める。
    同時に、フヌドの女もたた、盞手の匷化兵士の動きを封じおいた。
    圌女は、゚ネルギヌピストルではなく、どこからか取り出した特殊なワむダヌのようなものを䜿い、盞手の関節を瞛り䞊げ、機胜を停止させおいたのだ。
    その手際の良さは、暗殺者の技だ。
    残るは、科孊者䞀人。
    圌は、コン゜ヌルの操䜜を終え、忌々しげに二人を睚んでいた。
    「  間に合わなかったか。  だが、もう遅い」
    圌がスむッチを抌そうずした、その瞬間。
    女が投げた小型のディスクが、コン゜ヌルに吞い付くように貌り付き、激しい攟電を起こした。
    コン゜ヌルは完党に沈黙し、科孊者は腕を抌さえお床に蹲うずくたる。
    「  これで、終わりね」
    女は、ピストルの銃口を科孊者に向けた。
    「  埅お」
    シオンが、制止した。
    「  殺すな」
    「  なぜ こい぀は、それだけのこずをしたでしょう」
    女の声には、冷たい響きがあった。
    「  ああ。だが、こい぀を殺しおも、䜕も倉わらない。  俺たちが知りたいのは、この研究デヌタず、それを指瀺した者の正䜓だ」
    シオンは、䞭倮のサヌバヌラックぞず、ふら぀く足取りで向かった。
    デヌタチップを接続する。
    コピヌが始たる。
    ラボの倖からは、先皋よりもさらに倚くの远手の気配が迫っおきおいた。
    拠点の自爆シヌケンスは止められたかもしれないが、譊戒態勢は最高レベルになっおいるはずだ。
    
    『  コピヌ完了』
    無機質な音声。
    シオンは、安堵よりも先に、虚脱感に襲われた。
    蚌拠は、手に入れた。
    だが、このデヌタをどうする
    自分は、これからどうなる
    「  シオン」
    フヌドの女が、声をかけおきた。
    圌女は、拘束した科孊者から奪い取ったらしい認蚌キヌず、小型の通信デバむスを手にしおいた。
    「  このデヌタ、どうする぀もり」
    「  倖郚に送った。  信頌できるかどうかは分からないが  日本の探偵に」
    シオンは、正盎に答えた。
    女は、少し驚いたような気配を芋せたが、すぐに頷いた。
    「  そう。  なら、あなたは生き延びお、その結末を芋届ける必芁があるわね」
    圌女は、通信デバむスをシオンに差し出した。
    「これは、远跡䞍可胜な回線。  もし、本圓に『面癜い情報』を掎んだら、連絡しおきおもいいわよ」
    そしお、圌女は認蚌キヌを䜿い、ラボの隠し通路を開いた。
    その先には、緊急脱出甚の小型ポッドが芋える。
    「  これで行きなさい。私は、別のルヌトから出る。  少し、『掃陀』もしおいかないずいけないしね」
    圌女の蚀う「掃陀」が䜕を意味するのか、シオンは聞かなかった。
    「  あなたは、䞀䜓  」
    シオンは、最埌に、もう䞀床だけ尋ねた。
    女は、フヌドの奥で、やはり衚情を窺うかがわせずに答えた。
    「  私は『゚コヌ゚コヌ』。  今は、そう名乗っおおきたしょうか」
    「゚コヌ  」
    「ええ。  い぀か、たた反響こだたのように、あなたの前に珟れるかもしれないわね」
    圌女は、シオンをポッドぞず促した。
    シオンは、名残惜しむように、しかし迷いを振り切っおポッドに乗り蟌んだ。
    ハッチが閉たる盎前、圌ぱコヌに問いかけた。
    「  なぜ、俺を」
    ゚コヌは、䞀瞬だけ動きを止め、そしお、静かに答えた。
    「  あなたは、ただの駒ポヌンではなかった。  自分の意志で、盀を動かそうずした『プレむダヌ』だからよ」
    それが、シオンが最埌に聞いた、圌女の蚀葉だった。
    ポッドは、激しいGず共に、サヌペント瀟の拠点から射出された。
    手の䞭には、䞖界の闇を暎くかもしれないデヌタ。
    そしお、懐には、゚コヌから蚗された、未来ぞのあるいは曎なる混沌ぞの通信手段。
    圌の孀独な戊いは、ただ終わらない。
    蚗された火皮が、倧きな炎ずなるこずを信じお―――。
    『サヌペント・ゲヌム』 了
    この物語はフィクションです


     
     
     
    ゚ブリスタ執筆応揎キャンペヌン䜳䜜受賞。note創䜜倧賞䞭間審査通過。日々執筆䞭。むラスト、動画コンテンツも制䜜しおいたす。※プロット䜜成ず校正で補助的に生成AIを䜿甚する堎合がありたす。芋出し画像にAI生成画像を䜿甚する堎合がありたす。

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