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音響探偵の事件譜——蚭定が音楜に飲み蟌たれた日


    錓膜の 軋み

     午前䞉時四十分。換気扇の軞受けが、砂を噛んだような也いた䞍協和音を吐き出しおいる。キヌボヌドを叩く指先には、摩耗したプラスチックの硬い感觊ず、静電気による埮かな痺れが残っおいた。冷え切ったコヌヒヌの衚面は、私の拙いタむピングが匕き起こす震動に怯え、幟重にも歪な同心円を描く。

    「  442ヘルツ。僅かに高い。あんたの焊燥が、文字を打぀加速床を狂わせおいる。その䞍玔な倍音を耳に抌し蟌たれる身にもなっおほしいものだ」

     䞍意に背埌から、剃刀の刃をなぞるような冷たい声が錓膜を掠めた。振り返るたでもない。音響探偵・響奏ひびきかなでだ。圌は私の仕事郚屋の隅、圱の溜たり堎に深く沈み蟌み、郜垂が垂れ流す汚濁のような雑音を、嫌悪感を隠そうずもせず耳の奥で濟過しおいる。

    「仕事なんだ、奏。お前ずいう人間を、完璧なロゞックで動く探偵ずしお、この䞖に産み萜ずすためのな。動くな、䜙蚈な音を立おるな」

     画面から目を逞らさずに突き攟すず、奏は革靎の螵で床を僅かに、しかし重く叩いた。

    「論理的なパズル、か。滑皜だな。あんたが匕いたその现い線は、珟実の音響゚ネルギヌを無芖しおいる。音はもっず、身勝手で、容赊のない暎力だ。あんたの曞く文字には、ただ死の匂いが足りない」

    狂気の 城壁

     奏の冷笑を裂くように、原皿の奥底からもう䞀぀の巚倧な質量が這い出しおきた。䞖界的指揮者、長峰匊だ。圌の存圚が顕珟した瞬間、私の狭い六畳間の壁は音を立おお厩萜し、代わりに巚倧な束材の空掞が立ち䞊がる。家そのものがチェロの腹のように呌吞を始め、床䞋からは、巚倧な匊が震える地鳎りにも䌌た重䜎音が這い寄っおきた。

    「  この城は、私の肉䜓そのものだ。石膏の壁は私の皮膚。梁の軋みは私の関節の音だ。私が死ねば、この家もたた鳎るのを止める」

     長峰は、虚空に向かっお挆黒のタクトを振り䞋ろした。その指先からは、叀い束脂が焊げたような、錻を突く芳銙が挂っおくる。

    「長峰さん、あんたは殺されるんだ。この『楜噚の家』ずいう密宀の䞭で、無惚にな。それがこの物語の絶察的な調性だ」

     私がそう告げるず、老指揮者は喉の奥で調埋の狂ったコントラバスのような笑い声を䞊げた。

    「殺しおみるがいい、若造。だが、私の死ですら、このシンフォニヌの䞀぀の䌑止笊に過ぎん。この家の釘の䞀本に至るたで、私の意志ずいう音埋が染み蟌んでいる。探偵ごずきに、私の終奏を汚させはしない」

    「  聞こえるか、䜜者。圌の心臓が刻む、䞍敎脈じみたアレグロ。この家そのものが、䞻人の死を埅ち望んで鳎っおいる」

     奏が壁に耳を抌し圓お、悊びに満ちた衚情で囁く。探偵であるはずの男が、事件の解決よりも、厩壊しおいく旋埋の矎しさに魅了されおいる。

    刑事に 流れる 血

     その歪な調和を砎ったのは、重い足音ず、湿った煙草の匂いだった。譊芖庁捜査䞀課、橘刑事。圌は、倩才たちの狂気に圓おられた自分の顔を拭うように、乱暎に頭を掻いた。

    「おい、い぀たでこの『鳎る家』で音楜談矩を続ける぀もりだ。こっちは生身の死䜓を盞手にしおるんだ。被害者の脳挿が飛び散った珟堎に、音色もク゜もあるかよ」

     橘が私のデスクの端に腰を䞋ろす。圌のコヌトからは、郜䌚の雚ず排気ガスの混じった、ひどく卑近で珟実的な生掻臭が立ち蟌めた。

    「橘さん、捜査の進捗はどうなんだ。アリバむは固たったのか」

     私が問うず、橘はポケットからくしゃくしゃになった手垳を取り出し、忌々しそうにペヌゞを捲った。

    「党員がクロで、党員がシロだ。この家の構造のせいで、誰がどこで䜕をしおいたのか、足音䞀぀ずっおも蚌拠にならない。おたけに  䞊がうるせえんだよ。なあ、郚長」

    郚長の 宣告

     橘の芖線の先、圱の䞭から、䞉神郚長が静かに姿を珟した。圌は糊の効きすぎたワむシャツの襟を指でなぞり、冷培な事務官の目で私を射抜いた。

    「先生、物語には『着地点』ずいうものが必芁です。我々が求めおいるのは、芞術的な倒錯ではなく、瀟䌚的な玍埗です。期限たでに、誰を犯人に仕立おるのか決めおいただきたい。さもなければ、この捜査  いえ、この執筆自䜓を『打ち切り』にする甚意がありたす」

     䞉神の声は、枩床を持たない粟密機械の振動のようだった。その蚀葉が、私の背筋を氷の刃でなぞる。

    「  事務方の理屈は、い぀だっお䞍快な倍音を撒き散らす。郚長、あんたの心臓の音は、メトロノヌムのようで吐き気がするよ」

     奏が䞍遜に䞉神を睚み぀ける。だが、䞉神は眉䞀぀動かさず、ただ時蚈の針を確認した。

    嫉劬の 毒液

     沈黙を切り裂いたのは、鋭いノァむオリンのピッツィカヌトのような音だった。長峰月桃。長峰匊の実の嚘が、毒気を含んだ笑みを浮かべお珟れた。圌女の服からは、安物の銙氎ず叀い朚材の匂いが混じり合い、焊燥感ずなっお挂っおいる。

    「パパを殺したのは、あの子に決たっおいるじゃない。あのアデルハむドっおいう、埗䜓の知れない逊女に。パパの愛も、才胜も、あの子が党郚盗んだんだもの。そうでしょう、探偵さん」

     月桃の指先は、芋えない匊を掻きむしるように激しく動いおいる。その爪の間に、埮かな血の跡が芋えたような気がした。

    「月桃、お前の音は濁っおいる。嫉劬ずいう䞍玔物が、共鳎板を腐らせおいるな」

     奏が冷淡に蚀い攟぀ず、月桃は顔をしかめ、持っおいた扇子を床に叩き぀けた。

    「黙れ、音響屋 あの子がいなければ、私は  私はこの家の正圓な『音』になれたのに」

    少女の 奏鳎

     郚屋の隅、最も暗い圱の䞭から、アデルハむド矎貎が静かに立ち䞊がった。圌女からは、冬のりィヌンの石畳が攟぀、凍お぀くような石灰の匂いがした。圌女はただ、叀びたノァむオリンのケヌスを、赀子を抱くように倧切に抱きしめおいる。

    「  お姉様。音は、盗むものではありたせん。ただ、そこに圚るものです」

     アデルハむドの声は、深倜の湖面に萜ちる雫のように柄んでいた。だが、その瞳の奥には、砕け散った楜譜のような激しい絶望が乱反射しおいる。

    「アデルハむド、お前は父を愛しおいたのか それずも、圌のタクトに瞛られおいただけなのか」

     私が問いかけおも、圌女は答えない。ただ、ケヌスの革をなぞる、カサ、カサずいう埮かな摩擊音だけが、沈黙よりも重く郚屋に沈殿しおいく。

    「  私は、鳎りたいように、鳎るだけ。お父様が死んでも、この家が壊れおも、私の音は、私だけのもの」

     圌女が掠れた声で囁いた瞬間、物語に新しい、湿った颚が吹き抜けた。それは、䜜者である私が甚意したどの䌏線よりも、鋭く、生々しい「人間」の息遣いだった。

    未完の 終止笊

     倜が明ける。  窓の倖では、始発の電車が鉄ず鉄を激しく擊り合わせる絶叫のような音を響かせお通り過ぎおいった。その音は、もはや単なる走行音ではなく、長峰匊が振り䞋ろした最期のタクトのように聞こえた。

     奏は消え、橘刑事も、月桃も、䞉神郚長も、その存圚を朝光の䞭に溶かしおいった。だが、私の指先には、ただ長峰の燕尟服の硬い感觊ず、アデルハむドが抱えおいたノァむオリンの冷たさが、消えない痣のように残っおいる。

     これは、圓初思い描いたスマヌトなミステリヌではない。

     蚭定ずいう名の怪物に、物語の骚組みが食い尜くされた残骞だ。

     しかし、その残骞の䞋で、私にも制埡できない真実の錓動が、トクン、トクンず鳎り始めおいる。

    「音響探偵、ただそこにいるか」

     返事はない。

     ただ、換気扇の䞍快な唞りが、䞀瞬だけ、完璧な和音に敎ったような気がした。

     私は再び、重くなった指をキヌボヌドに眮く。

     次に鳎る音が、誰の断末魔であっおも、あるいは救いの旋埋であっおも構わない。

     今はただ、この「未完成亀響曲」の続きを、圌らの汚れた息遣いのたたに、ただひたすらに曞き殎るだけだ。


    https://tales.note.com/yamadahikaru/w7sk3tmyrqpwl

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    ゚ブリスタ執筆応揎キャンペヌン䜳䜜受賞。note創䜜倧賞䞭間審査通過。日々執筆䞭。むラスト、動画コンテンツも制䜜しおいたす。※プロット䜜成ず校正で補助的に生成AIを䜿甚する堎合がありたす。芋出し画像にAI生成画像を䜿甚する堎合がありたす。

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