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209.旅日誌-完結-

11月䞭旬、嫁さんず沖瞄を蚪れた日々。その埌線。ただの日蚘。

レンタカヌ屋を出発した我々は倕暮れの高速に乗り、沖瞄垂ぞ向かった。芳光地だからなのか、はたたた仕事が終わる時間だからなのかよく分からないが、やたら混雑しおいる。そしおやはり倚少運転が荒い気がする。高速に乗る前の䞋道で車線倉曎しようずした際は"譲れぬ想い"ずいうものを匷く感じた(入れおくれない)、高速でも䞋道でも前方車䞡を煜りたくる車を倚々芋かけた。

そんな荒さを感じ぀぀、高速䞊から沖瞄の街䞊みを芋ながら走っおいたのだが、䞀぀気が付いた事があった。やたらず癜い家が倚いのだ。"家ず蚀ったら癜っしょ"ずいう抂念が存圚するのだろうか。ほずんどが癜である。䞍思議に思い、埌々調べた所によるず《日䞭の日差しが匷く、倪陜熱を緩和させるための察策が必芁。癜色によっお倪陜熱を吞収しにくくなるため、沖瞄には癜い家が倚い》ずの事だった。生掻の知恵に䌎う文化だったようだ。

ようやく沖瞄垂ぞ蟿り着くず、すぐメシ屋を探した。昌時は飛行機に乗っおいたので11時頃に仙台空枯で小排萜た店の名前も知らない暪文字のメシを食っお以来䜕も食べおいない。空腹なのである。倕飯前に䜕か腹に入れなくおはず街の䞭を探玢したが、倧通りには束屋、吉野家、マック、ガスト、倧戞屋が立ち䞊んでいた。地元でも食えるメシ屋の数々。倩䞋䞀品を芋かけた時に少し心が揺らいだが、やはり旅路でそれらを食う事に察し《ここでこれ食ったら負け》ずいう抂念が食欲を抑制する。探せば様々な店があったのだろうがそんな事しおいる時間もなく結局、メシは断念しおホテルぞ向かった。

チェックむンし、キョロキョロ呚りを芋枡しながら郚屋に向かっおいたのだが、ずんでもなく綺麗なホテルである。郚屋のキヌ無しに゚レベヌタヌが䜿えない堅牢な䜜り、郚屋の颚呂の他に倧济堎、屋䞊にプヌルずバヌ。劙に充実しおるなず思ったのだが、聞く所によるずこのホテルは四぀星のホテルらしい。よく分からんが䜕かがすごいずいう事なのだろう。蚀われおみれば、フロントのスタッフも"四぀星っす"的な顔぀きをしおいた様に思う。

郚屋に荷物を眮き、䞀息぀く間も無く嫁の兄が迎えに来おくれた。久々の再䌚。そしお車に乗せおもらい移動を開始する。盞倉わらずこれから䜕があるのか分からずただ身を任せるず、兄倫劻の家で飌い猫ず戯れた埌、埒歩で兄倫婊ずお勧めの居酒屋に入る事ずなった。しかも予玄枈みである。至れり尜くせりである。

嫁の兄ずは同い幎で隣の高校なのだが、こういう関係になるたで䞀切面識も接点も無く、互いの認知も無かった。それもそうである。向こうは進孊校に通い、郚掻も勀しむ文歊䞡道のスタむル。こちずら工業高校でいかに勉匷も郚掻もせず日々を謳歌するかしか考えおこなかったスタむル。圓時盞芋える事のなかった䞡者だが、こんな圢で出䌚う事になるずは分からんものである。その奥さんは沖瞄の人で矎人さんで気立も良く、心配になる皋呚りに気を䜿う人だ。非垞にナむスカップルである。

2倫婊4人で和気藹々(わきあいあい)ず沖瞄のメシを喰らいながら酒を飲みたくっおいた。党おが旚い。メシも酒も店員の優しさも党お最高である。結局そこで3時間くらい飲んでいたのだが、その終盀に私はタバコを吞いに倖に出た。倜の9時過ぎ。涌しげな倖気に觊れながら倜空を眺める。

おもむろに携垯を手に取るず数件の連絡が入っおいた。酔った頭で䞀぀䞀぀を確認しおいくず唐突に衝撃が走った。䜕床も芋盎したが冗談や嘘の類では無い。そこには䞖話になっおいるバヌのマスタヌが亡くなったずいう旚が曞かれおいた。ぜっかりず胞に穎が開いたような気持ちでしばらく虚無感に包たれたが、今ここで嘆こうがその虚無感に寄り添おうが䜕か事態が倉わるわけでもない。党おは犏島に垰っおからだ。その思いは心の端に眮き、䞀旊切り替える事にした。

それから4人でホテルの最䞊階のバヌで酒を飲む。プヌルもあり、気枩的には党然入れるのだが開攟期間が終わっおいたので入れず。たあ解攟しおいおも特に入る぀もりもないのだが。なんなら氎に入っお酒を飲んだから䜕なのかずすら思っおいる。

こうしおようやく1日目が終わった。ここたでの旅皋は䜕ずなく分かっおいたが、ここからは未知の領域である。

この調子で党おを曞いたら5週分になりそうだったので、ここからはギュッずたずめる。

2日目も朝9時から嫁兄倫婊が迎えに来おくれた。わざわざ䌑みを取っおくれたらしく、なんず䞀日䞭゚スコヌトしおくれるらしい。本圓にありがたい限りだ。そしお嫁兄運転で䞞䞀日色んな堎所に連れお行っおもらった。嫁の行きたい堎所ず嫁兄が連れお行きたかった堎所、5、6箇所。だいぶ詰め蟌たれおいる。曎に運転を倉わるず蚀っおも倉わっおくれず、私は末っ子感䞞出しで埌郚座垭に居座り続けた。もはやどこをどう走っおいるのかも分からない状態。

だが、道䞭の節々に『(あれ、ここ芋た事あるな)』『(あれ、ここのコンビニ来た事ある気がする)』ず薄っすらず蚘憶の残像ず重なる堎所が散芋された。そしおふず思い出した。初期の投皿で沖瞄に来た日の事を曞いた事があったが(過去投皿参照)、その時に寄った堎所達だ。それず同時に苊虫を噛み朰す様な蚘憶が蘇る。

海に流された仲間の垜子を取りに海に朜った結果、邪険な扱いをされたあの日。あの埌、パンツが海氎でびしょびしょになり、ズボンも履けず、埌郚座垭にビニヌル袋を敷き、パンツを着甚しながら自然也燥を詊みたあの時間。だがこちらの状況はガン無芖で次々ず店に寄られ、コンビニやメシ屋をTシャツずパンツ姿で蚪問したあの苊い蚘憶。そんな事を思い出しながら倖の景色を眺めおいた。

車は延々ず走っおいる。あたりに予定を詰め蟌み過ぎお『(いやもう、どっか1箇所くらい諊めおもいいんじゃないだろうか)』ずいう誰も口にしない思いが車内に蔓延しおいた(ず思う)のだが、定められた儀匏の様に党おの工皋を我々は乗り切った。党おが終わったのは倜7時であった。たあ私はただ埌郚座垭で色んな堎所に運ばれただけなので『(俺達やりきったな)』的な衚情は取れなかったが。達成感はあった。それより党郚ちゃんず楜しかった。そしお最埌にアメリカンビレッゞでメシず酒を喰らいホテルに垰っおその日を終わらせた。

翌朝、14時台の䟿に向け10時頃にホテルを出お、近くの旚いハンバヌガヌずポテトを食っおから沖瞄垂を出発した。疲れ切った顔のレンタカヌ屋に車を返し、空枯で土産物を物色しおいるず、嫁から兄倫劻が芋送りに空枯たで来るずいう旚を䌺った。沖瞄垂から空枯たでそこそこの距離がある。さすがに䞖話になりっぱなしの挙句、芋送りなどずいう埡足劎を掛けさせるのは申し蚳なく思い『いやいや、もう十分良くしおもらったからそこたでしなくお良いっお䌝えお』ず蚀ったが、既に空枯近くたで来おいるらしく、我々は再び合流をした。

ずりあえず昌メシを食う事になったのだが、先皋ハンバヌガヌずポテトを食ったばかりである。だが特に問題は無い。食べたい時に食べたい物を食べたい分だけ取り蟌める胃袋が私にはある。最埌は沖瞄らしく、沖瞄そばずタコラむスを同時食いした。

そしお最埌に倫劻に手土産たでいただき、䜕床も䜕床も手を振っお別れを告げながら我々は保安怜査を朜り抜けた。䟿の遅延で1時間の埅ちがうけを食らったが、無事我々は沖瞄の地を飛び立った。垰りの機内で珍しくりトりトしおい所、䜕故か埌ろの垭の子䟛に髪を觊られたくるずいう䜓隓をしたが、そんな劚害工䜜にはめげず、しっかりず睡眠をずっお垰った。

そしお倜18時、仙台空枯に到着。機倖ぞ出お即座に思った。

『(さむうう)』

30℃→10℃の萜差。このたた半袖でいたら怪蚝な目で芋られるだろう。私は長袖を着甚した。
荷物を受け取り、我が車に乗り蟌むず犏島ぞの垰路ぞ着いたはずだったが、腹が枛ったので䞀床仙台方面ぞ北䞊し、倩䞀食っお垰った。

倜9時台に自宅ぞ到着し、いただいた手土産を食う。暎飲暎食だが問題無い。こういう時のために私の胃袋はある。そしお酒を飲みながらこの3日の思い出を振り返っおいた。

その堎所の楜しみ方、メシ、酒、色々な物事が旅の醍醐味ずしおあるず思うが、それらを謳歌する倧前提は"心の解攟"である。この土台あっおこそ党おを楜しめるのだ。旅ぞ行っおもあの事もこの事もず普段の生掻の様々な事を脳裏に描き、どこか日垞の延長線で旅の堎にいる事もあるが、今回はそれがなく心を解攟しお玔粋に楜しめた。颚土、文化、気候が非日垞を䜜り出し、それに浞れたのかもしれない。良き旅路だった。

そしお発芋が䞀぀。私は甘味にほが興味が無い。唯䞀䞊げるずすればハヌゲンダッツくらいだったが、ここにもう䞀品远加される事になった。仲宗根食品の"ゞヌマミヌ黒糖"である。なんだろうかあれは。延々ず食っおいられる。新たな出䌚いである。

おわり

いいなず思ったら応揎しよう