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死ずいう䞍圚に぀いお読曞日蚘

    たんば色の芚曞 蟺芋庞角川文庫

    本曞には矎しく豊かな、いや、おどろおどろしいようなむメヌゞを䞎えおくれる蚀葉たちが散りばめられおいる。

    「たんば色」ずは青色の䞀皮であり、著者の蚀葉を借りれば「顔青ざめる青」p.10のこずのようだ。
    そうしおこの䜜品では、「日垞」に朜んでいものが静かに炙り出され、その結果、私は生や死に぀いお挂うように考えさせられた。

    䟋えば、戊争や死刑制床のような、生掻圏内にあるはずのものを、私が芋おこなかったこず、目を逞らしおいるこずを突き぀けられた。
    䞀人ひずりの呜を、「政た぀りごず」が壊しおしたう事実から目を背けお生きおいる私たちの目を、「そっちじゃない」ず向けさせるような文章だった。

    さお、ず雑に切り替えるのもけしからんこずなのだが、先日、䌯父が亡くなった。
    小さい頃からお䞖話になっおいお、ずおも関わりが深かった、私にずっおずおも倧切な人だった。

    その死に぀いお第䞀報を受けたずき、私の頭は少しフリヌズした。䞀方で、割ず冷静に、その事実を認識した。
    そうなのだ。
    亡くなったずいう情報だけで泣けるほど、私は心優しい人間ではなかったのだ。
    いや、自分がそんな人間であるずいうこずは、祖父や祖母、埓兄匟の死を経隓したずきから、すでに知っおいた。

    死ずは䞍圚だ。
    身近になればなるほど、それが色濃く感じられるのだが、その䞀方で物理的心理的距離が遠い人物に察しおは、日垞でその䞍圚を匷く感じるこずはあたりない。
    ただしそういう意味では、今回の䌯父の死は、私にずおも濃い䞍圚の感芚をもたらした。
    なぜなら、䌯父は小さいころからよく䌚っおいお、芪密にさせおいただいおいた人だからだ。
    にもかかわらず、私が䌯父の䞍圚を匷く感じたのは、亡骞に䌚ったずきだった。
    そこにいるのに、いない。
    そのずき、䌯父の䞍圚がもたらす悲哀が、理屈をこえおがくにのしかかっおきた。

    そんな時期に、たたたた私は、この本を手に取っお読み進めおいた。
    そうしお䞍思議なこずに、「人が亡くなるずいうこずはもちろん぀らいこずですが、それ以䞊に、いたここにいるはずの人が䞍圚であるずいうこずに私は深い悲しみを芚えたす」p.115ず曞かれおいる蚀葉に出䌚った。
    読曞ずは、たたにこういった䞍思議な人生ずの䞀臎をもたらしおくれる行為のひず぀だ。

    しかしそれでも、いくら身内の死に遭遇しおも、どれだけ本を読んでも、私自身は死を䜓隓できない。
    い぀か死ぬこずは情報ずしお知っおはいるが、私自身の死をたごうこずなく蚪れるものずしお確信した䞊での芚悟は、私にはないのだった。
    そのような状況で、私は他者の死を経隓しおきた。いや、それは経隓しおきたずは蚀えない。死を知っおきた、ずも違う。芋届けおきた、も違う。
    ただ、死に至った他者の前に、私があっただけだ。
    その堎では、私はただただ他者の䞍圚を突き぀けられるだけなのだ。
    しかしそれですら、圌らず䌚っおいない時間ず実は倧した差はなく、ただただ亡くなった人々の䞍圚を意識しただけなのだ。

    それでもその堎には、私の内奥には、確実に悲しみも存圚する。
    それは、「もう䌚えない」ずいう、芋通しを持った合理的な意識のせいかもしれない。
    「い぀か䌚える」ず考えるこずがもはや蚱されないこず。ゆえにもう、絶察に䌚えないのだずいうこずが癜日のもずに晒されるずいうこず。
    そうしおその刹那、いろいろな蚘憶が想起され、それらを愛おしく思っおしたうこず。
    そんな数倚の感情が私のなかでないたぜになっお、悲しみが醞造されるのだろう。

    そうしお、思う。
    この悲しみの背景にあるのは、あなたに教わった包䞁さばき、商品のパッキング方法、競銬、朝から倜たでひたすら立っお働くこず、たたにふざけた話をしお気分転換をはかるこず、仕事が終わったら矎味しい料理を食べお酒を飲んで愉悊に浞るこず。
    あなたがそんな日々を教えおくれたおかげで、がくは今、いろんなこずができるようになっお、しかも楜しく生きおいけおいるよ。

    芪ずも思えるあなたの存圚がこの䞖界からなくなったこずは、ただ実感できおいない。
    それでも、あなたの䞍圚を想像するだけでも、ずお぀もなく悲しい。
    ただし残酷なこずに、がくのような薄情な人間においおは、垞に24時間、悲しいわけでもないんだ。
    ただ、がくが今このように生きおいけおいるのはあなたのおかげなのだず、ふず思った瞬間、あなたの䞍圚の悲しみが、たたがくのなかで枊巻いおしたう。

    それでもがくはこうやっお、本を読んだり文章を曞いたり、矎味しい料理やお酒を食べたり、信頌できる人たちずうだうだずお話をしたりしお、生きおいくしかないんだ。

    い぀かがくにも、あなたが経隓した死が蚪れる。
    だけど今は、ただそれを頭で認識しおいるだけなのだずも思う。
    あなたの死を「知っお」はいおも、「実感」できおいないがくは、死ずいうものをただ実感できおいないのだろう。
    いく぀かの死別を経隓したにもかかわらず。
    なんず皚拙で薄い人間なのだろう。

    だけどたあ、あんたり成長できるような気もしないから、がくはそのたた、これからも生きお、死んでいくよ。
    この身のなかにある、あなたずの時間から埗た倚くのものず䞀緒に。

    著者はきっず、戊争や死刑制床やそれらに類する事象が䞎えるはずの蟛苊、を芋ないふりをするこずでしか生きられない私たちの日垞に察する譊鐘をしおくれおいる。
    にもかかわらず私はどこたでも自己䞭心的で、遠くの悲劇ではなく、こうやっお近くの悲哀を拟っお考えおしたう。
    だけどそれでも、私は本曞を読んで、自己の内奥に朜んでいた感情に向き合うこずができた。

    それくらい読み手の心をえぐる、ずおも玠晎らしい䜜品だった。


     
     
    ふた぀の仕事をしたり読曞をしたりしおいるなかで、子どもたちに向けた蚀葉をどこかに眮いおおきたいず思いnoteをはじめたした。 それがひず段萜し、読曞で考えたこずを眮いおいきたいず思っおいたす。 読曞メヌタヌでは読んだ本のメモを、noteでは長文になっおしたったものを。

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