もうひとつの同窓会
去年、大学を卒業してちょうど30年という節目に、同窓会(ホームカミングパーティー)の案内が届いた。
正直に言えば、あまり気が進まなかった。事前に出席者の一覧を見ても、当時親しかった友人の名前はほとんど見当たらなかったからだ。
それでも私が西へ向かう特急に飛び乗ったのは、華やかなパーティーそのものよりも、30年前に過ごしたあの街に、何かを置き忘れてきた気がしていたからかもしれない。
ホテルの大広間で行われたパーティーは、良くも悪くも普通だった。
学生時代は特別仲の良かったわけでもない同級生たちと無難な近況報告を交わし、どこか他人事のような心地で夜が更けていく。誰もがそれぞれの30年を歩み、学生時代とは違う顔になっていた。
何か底知れない物足りなさを感じつつ、その晩は近くのビジネスホテルで床についた。
翌日。ホテルをチェックアウトし、そのまま電車で帰るつもりだった。しかし、何か心に引っかかるものがあった。少し迷った末、近くのレンタカーショップに向かった。
そして小さなコンパクトカーを借り、大学の周辺へと足を向けた。
かつて大学周辺に広がっていた田園地帯の面影は無く、ショッピングモールなどが立ち並びすっかり変わっていた。住んでいた下宿も取り壊され、更地となっていた。
「だいぶ変わってしまったな」
時間を見ると昼近くなっていた。
「さて、これからどうするか」
はっきりとした目的があったわけではない。ただ、30年という歳月がそうさせたのか、気づけば私の手は、県立博物館のそばにある細い路地沿いに佇む、小さな古い寿司屋へとハンドルを切っていた。
一人で運転していくと見落としてしまいそうなほど小さな佇まいで、元々「超」がつく方向音痴である私は、今回も一度通り過ぎてしまった。
何とか店を発見できた私は、小さな駐車場に車を停め、周囲を見回す。
「このへんは、あまり変わってないな……」
30年ぶりに訪れたその周辺は、畑が広がり家がポツポツと建っている程度で、驚くほど何も変わっていなかった。まるでそこだけ、時間がせき止められているかのように。
意を決して暖簾を押し分ける。
正午前であったが客はまだ誰もいない。
「いらっしゃい!」
穏やかだけど、いかにも職人らしい大将が出迎えてくれた。今は大将一人なのだろうか。そう思いながら、カウンターに腰を下ろした。
一通りメニューに目を通した後に、私は鉄火丼を注文した。
カウンターと反対に備えてあるテレビをうわの空で観ていると、ほどなく運ばれてきた。
その間5分くらいだったが、私にとっては無性に長く感じた。
大ぶりのマグロでタレもよくきいていた。普段なら間違いなく感動する味だったはずだ。
しかし胸の奥の緊張感のせいか、味の記憶はほとんど飛んでしまっている。
半分も食べた頃であろうか、カウンター奥の裏口のドアがガチャリと開いた。そして割烹着を着た、おかみさんと思われる女性がゆっくりと入ってきた。
そして「いらっしゃい!」と愛想よく挨拶してくれた。
(ん……この声は)
顔を見て、さらに確信に変わる。
私の胸の奥が大きく揺れた。おかみさんが持ってきてくれたお味噌汁を口に含む。それは、どこか懐かしく、優しい味がした。
緊張の中、鉄火丼の器は気づけば空っぽになっていた。残りのお味噌汁を飲み干して、このまま何も言わずに帰ろうか、それとも……
カウンターに肘をつき、組んだ手に額を乗せながら散々悩んだ。今店には自分以外に客はいない、話しかけるのは今しかない……
私は勇気を振り絞っておかみさんに声をかけた。
「あの、えーと、マミさんのお母さんですか?」
おかみさんは一瞬、不思議そうに私を見て、
「あれ、同級生のお友達?」
と聞いてきた。
緊張で声が裏返りそうになるのを抑えながら
「あの、僕、研修医の時、大学病院で……」
私が言いかけた途端、おかみさんは一瞬固まり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
けれどもすぐに、すべてを理解したように満面の笑みを浮かべた。
「あら久しぶり!! 今、何をやってるの?」
そう、ここは私が30年前の研修医時代に付き合っていた、当時大学病院の看護師であった彼女の実家だったのだ。
実は、客として店に入るのは、今回が初めてだった。
当時はよく車で彼女をここまで送迎していたが、彼女が横におらず自分一人の運転ではしょっちゅう通り過ぎてしまっていた。今回も通り過ぎてしまったのは、無理もないことだったのかもしれない。
30年ぶりの再会に驚く、彼女……のお母さん。
30年前、まだ携帯電話などなかった時代である。
彼女の家に電話をかけた際、声があまりにも彼女とそっくりで、私は本人だと思い込んだまま1分ほど熱心に喋り続けてしまったことがある。
「ああ、娘に代わりますね」
苦笑い混じりに言われたあの日の気恥ずかしさが、昨日のことのように蘇る。
交際の最初の頃こそ、そんな私のせいで不審がられたものの、途中からはお寿司をお土産に持たせてくれたり、ペン立てを贈ってくれたりと、本当に良くしてもらった。
彼女とは4年近く付き合った。けれどすれ違いが重なり結局別れることになった。
後になってお母さんはそのことを残念がってくれていたと、人づてに聞いていた。
でも、こうして面と向かって会話をするのは、これが初めてのことだった。
それから10分か15分ほど、他愛のない世間話をした。
驚いたことに、とっくに嫁いで家を出ているものとばかり思っていた彼女が、今もこの実家で一緒に暮らしているのだという。大学病院は辞めて、近くの病院に勤めているらしい。
「今日はちょうど勤務で、いないのよ」
おかみさんは申し訳なさそうに言った。だが、その言葉に続いて嬉しそうに微笑んだ。
「あの子にも娘がいてね。今、看護学校に入ってて、お母さんと同じナースを目指して頑張ってるんだよ」
嬉しそうに、誇らしげに目を細めて語るおかみさんの言葉が引き金となり、私の脳裏に30年前の光景が鮮やかによみがえった。
「お疲れ様!先生も忙しくて大変ですね!」
研修医生活が始まって二週間くらいであろうか、学生時代とは真逆の、慌ただしい一日に疲れてぼーっとしていた夕方、彼女はそう言ってニコッと笑ってくれた。
その前後は記憶が定かでない、でもその笑顔だけは30年たった今でもはっきり覚えている。
それが彼女との最初の出会いであった。
彼女は穏やかで、誰に対しても分け隔てなく接する人だった。
その笑顔は、患者さんにもスタッフにも自然に広がっていた。
研修医の私はとにかく忙しく、寝る暇もなく働いていた。
なかなかうまくいかない点滴や採血、夜間休日の呼び出し、 そしてカンファレンス、特に週一回の教授回診では教授や指導医に
「治療方針がなっていない」
「説明が何を言ってるかさっぱりわからない」
「それじゃ患者が死んじゃうよ」
などと毎回怒られ、もう肉体的、精神的に限界寸前だった。
そんな中、彼女と縁があって付き合い始めた。
多忙でなかなか病院の外では会えなかった。
それでも毎日1時間以上、電話で他愛のない話をした。
その頃は携帯電話もなく、夜遅くまで病院に残っていた日はなるべく人目につかない公衆電話からかけていた。
たくさんの10円玉をジャラジャラ手の中に転がし(今日は足りるだろうか)と心配しながら……
その時間は、当時の私にとって何にも代えがたい大切なものだった。
電話越しに聞こえる彼女の声が、地獄のような研修医時代を乗り越える大きな支えとなっていたのだ。
一方で、当時まだ2年目だった彼女は、どこか天然でドジな一面も多かった。
傍から見ていると、仕事の方は大丈夫だろうかと、当時私は自分の未熟さも省みず、少しハラハラしながら心配していたものだ。
(もっとも今となっては、「あなたにだけには言われたくないよね」と笑って返されそうだが)
けれど本人は「次から気をつければいいよね!」と、いつも笑って前を向く人だった。
そんな、ちょっと危なっかしかったはずの彼女の背中を見つめながら、今度はその娘が同じ道を歩もうとしている。
彼女はこの30年の間に、看護師として、そして母親として、きっと充実した人生を歩んできたのだろう。
誰もが信頼を寄せる本当に立派なナースになったのだ。
そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなった。
「うちの店もね、もう50年やってるんだよ」
誇らしげに笑うおかみさんを見て、私はさらに胸が熱くなった。
目の前にいるおかみさんの顔立ちも、穏やかな話し声も、その優しい響きも、かつての彼女に驚くほどよく似ていた。
まるで、30年前に毎日同じ時間を分かち合った彼女が、そのまま歳を重ねてそこに立っているかのような錯覚を覚える。
話しているだけで、なんだか無性に嬉しかった。
帰り際、ジャケットの内ポケットに入れた名刺入れに手が触れた。
30年前、何もできない研修医で、自分が臨床医としてやっていけるのか全く自信がなかった。
そんな中、彼女の笑顔、声、存在そのものが私の支えとなってくれた。
そして今、曲がりなりにも一人の医師として患者さんと向き合っている。
「あの時あなたがいたからこそ、私は今でも医師が続けられています」
そう本人に直接伝えたい気持ちもあった。
しかし、今更会っても私はもう30年前の私ではない。
昨日の大学の同窓会のように、お互い歳月を重ねた姿を見ながら、「医師」と「看護師」として近況を語り合うのだろうか?
それよりも、30年前の記憶の中にいる「マミちゃん」「yamaくん」をこのまま大切にしたほうがいいのか?
悩んだ挙句、私はそっと手を引き抜いた。
「ここを覚えていてくれて嬉しかった。ぜひまた寄ってよ。娘にも言っておくからね」
「ご馳走様でした。また来ます……それにしてもお母さん、あの頃と声が全然変わらないですね!」
暖簾をくぐりながら、そう告げると、おかみさんは少女のように嬉しそうに笑った。
その笑顔は、私が出会った頃の、あの眩しかった彼女の笑顔とそっくりだった。
大学のパーティーでは感じられなかった「あの頃」が確かにそこにあった。
少し変わってはいるけれど、この時間は私の胸に一生残り続けるであろう。
これが、私にとっての本当の「同窓会」だった。