神様は眠らせてくれないらしい。
さっきの記事を書いて、そのまま寝ようとして真っ暗な部屋で40分ほど横たわっていた。
結論はこのnoteを書いている時点で明らかなのだが、どうしても眠れなかった。
神様はどうもこのまま今日は眠らせてくれないらしいから、今の眠れない自分の中を巡る思考を残す。
私は今30代前半だ。
あと、3回この人生を繰り返したら90代。
恐らくその頃には生きている可能性のほうが少ないだろう。
ということは、私の人生の3分の1は終わってしまったのだ。
一番何かを為しやすい年齢はもう過ぎた。
一般的にはここからは、停滞や安定を求める時期だ。
でも、年甲斐もなく、まだ夢を見ている。
だから、残りの人生が3分の2しかないことに焦りを感じている。
普段の生活の中でも、仕事中に「今で大体3分の1くらいの時間が過ぎた。定時まであと3分の2くらいだ。」なんてことを考えたことはないだろうか。
勿論、仕事以外でもいい。
誰しもそういう風に残り時間をカウントすることはあるだろう。
そして、そんな人たちはその残り時間が気付いたら3分の1になっていて、残り1時間になって、定時がくる。
そんな感覚を抱いたことはあるだろう。
そう。そんな感じで人生も気付いたら残り数年なんてなっていくのだろう。
その時に、私は私の人生に満足できているんだろうか。
満足して死を受け入れられるんだろうか。
そう考えればそう考えるほど、いつか訪れる死が恐ろしくて仕方がない。
いつか、自分が残り数年の命に怯え、誰にともなく天に命乞いをし、日々弱っていく身体や精神に恐怖を抱きながら生きる。
そんな姿が脳内にありありと浮かんでしまうのだ。
それをまた考えれば考えるほど嵌まっていく。
嵌まって、嵌まって、這い上がれなくなる。
命が、人間という生き物が、死という現実が怖くて仕方なくなる。
眠りに就ければ、逃げられるのに。
生憎そんな時ばかり眠気というものは訪れないものだ。
このnoteを書いていたらきっと眠くなるだろうと思っていた。
最近は書きながらよく寝落ちするし、きっと自分の身体もそんなルーティーンに慣れてしまっているだろうし。
だが、今日はここまで書いても眠くない。
そうして、このnoteに思考を残すうちに、自分の考えていたことが整理されてより現実味をもって私に襲いかかってくる。
嫌なことを考えすぎて、心臓もバクバクしている。
神を信じたことはないけど、
きっと今後も信じないけど、
もし神様ってものがいるなら、一生のお願いだから、この思考を止めて寝かせてくれまいか。
大層なお願いじゃないんだし、
このくらいは叶えてくれてもいいのにね。
