
小さな桜まつり ◆短編小説
「やっぱりー。もうほとんど咲いてないじゃん」
「少し遅かったな、気付くのが」
碧のぼやきに赤也が答えた。
桜が有名なある地区の小さな祭りに赤也と碧は遊びに来ていた。
しかし、その情報を見つけるのが少し遅く、天候の影響もあり、桜は早々に散り出してしまっていた。
桜が散り出していることは、2人が住んでいる町でも同じことで、時すでに遅し、というような状態だった。
これはいけないと、謎の使命感にかられた2人は
とにかく、今年の美しい桜の姿を見よう、と検索をしていたら、この小さな祭りに出会った。
微かな希望を胸にたどり着いたが、やはり駄目だった。花は少し残ってはいるが。
「提灯みたいなのが坂についてたから、まだ咲いてるかもって思っちゃったよ」
その小さな祭りは、都心部からやや離れた地区で催されていた。
離れたといっても都心部から電車で1時間もかからない。
駅からお祭り会場まで歩いて向かうのだが、その道中を見渡してみれば、なかなか住みやすそうな町であることが伺えた。
煌びやかなブランドショップは無いが、大型アパレルショップはあるし、スーパーマーケットを見てみれば地域密着感が漂う馴染みやすい店構え。
物価が上がっても幾ばくか信頼はおけそうな雰囲気だった。
お祭り会場までは坂が2つあった。
1つめの大きな坂は緑が目立つ。横に神社でもあるのだろうか、結界のように生い茂った木々。そこを通り抜けてきたような、きれいな風が髪を揺らした。
もう少し進むと2つめの坂がある。1つめの坂と比べると小さいが、石塀による微かな閉塞感と、等間隔で吊るされた提灯の灯により、独特の雰囲気を醸し出していた。
この坂を抜けれれば目的地である。2人は提灯の橙色に誘われるようにして到着した。
「花びらも少ないし、葉っぱも少ないし、木と枝が目立つな。茶色多すぎ」
「少し田舎に行けば花はまだ元気かもって思ったけど、関係ないね。これじゃ地元と変わらない。天気次第なんだな~」
と碧が返した。
自然の中で伸び伸び育っていそうな桜であれば、もう数日間は体力があるのではないかという希望は、会場手前の横断歩道を渡っている途中で儚く散った。
「まぁしゃあない。でも全滅ってわけでもないじゃん。やっぱりまだ屋台はあるし、ここにも初めて来れたし。あと川近いから見ていこうよ」
「川なんて行くに決まってんじゃん! 桜の分まで見てやる!
あーぁ、こうなったらいろいろ食べよーっと」
碧はそう言いながら早歩きで会場入りして行った。
人はそこまで多くなかった。小規模なのでこの程度なのか、桜が散っていったのでこの程度なのかはわからない。
なんにせよ、2人には動きやすい状況だった。祭り特有の人込み感は味わえないが。
「赤也は焼きそばでしょ?」
「なんで決めつけんだよ」
「あんたカップラーメンより焼きそば食べるじゃん」
「よく見てるわ」
2人は同い年で大学3年生。幼なじみではないが、大学の少人数クラスで知り合った。
気が合う存在。話てて気が置けない仲であり、行動パターンや趣味嗜好も似ている。
桜の時期は新入生歓迎会などお花見インベントが目白押しであるのだが、2人ともこの手の催し物には積極的に参加しない。
それは大人数であったり、どんちゃん騒ぎの雰囲気などが受け付け辛いからである。
なので、何気なく日常を過ごしていたら、桜の花が散り出していた。
「じゃ今日は私も焼きそば~」
「まぁなんだ、規模が小さいからそんなに屋台はないしな。主食は焼きそばくらいしかないかもな」
「そだね。あとたこ焼きがあったとしても、焼きそばと好き度は同じくらいだからどっちでもいいし。あ、お好み焼きは食べにくいからパス。あったとしてもね」
会場に入ると、道が十字に分かれていた。左右には立派な桜並木がある。
今は花びらが少なく少し寂しい感じになっている。
中央に大きめの道があり、その両側に沿うように桜が植わっている。
さらに沿うように屋台が並んでいる。
屋台の後ろの側には土がむき出しの広めのスペースがあった。
整備はそんなにされていないのだが、レジャーシートでも敷いてしまえばお花見スポットをにできる程度の広さはある。現にちらほらお花見を楽しんでいる人々も見える。
十字を左右に曲がらずにまっすぐ行けば川がある。
その十字路の左角の一等地に焼きそばの屋台があった。でかでかと「焼きそば」の文字。いやでも目に付く場所にあるので、焼きそばの存在は確定していた。
「じゃ、奥の屋台に何があるかわからないからここで決めるか」
「おけ~」
「よっしゃ、ここはわたくしが出しましょう」
「うぇ!? おごり!? 珍しい……」
「臨時収入があったっからな」
「あぁ競馬」
「お馬さんに感謝しろよな」
(絶対トータルマイナスだよね……)
碧はそう思いつつもしっかりおごってもらう。
「すいません、焼きそば2つください」
「まいど! ソースと塩があるけどどうする?」
「え? 塩あるんですか? じゃあ塩と……
碧はどうする?」
「わたしはソースでいいよ」
「じゃあ1個ずつ下さい」
「はーいまいど! 2つで800円ね!」
「1000円でお願いします」
「はい、おつり200円! 楽しんでね!」
「ありがとうございます」
2人でお礼をして焼きそばを受け取った。そして並木道を歩き始める。
「どこで食べよっか?」
「なんかベンチとかあればいいけど、どうだろ。最悪立ち食いだな」
「歩きながら食べるってこと?」
「いや俺は歩きながらは食べないわ。木の下とかで止まって食べるってこと」
「よろしい」
焼きそばが2つ入ったビニール袋を赤也が持ちながら、ゆっくりと歩いていく。屋台の数は少ないが、商品が被ることはなく、お祭りの屋台を堪能するには最低限の種類がある。
しかし程なくして桜が植わっていない道になりそうだったので、最後から数えて2本目の木の下で食事をすることにした。
「ここで食べようよ」
「だな、終点前だ」
ビニールから焼きそばを取り出し、割りばしとソース味を碧に渡す。
「反対にも並木道があったから、大体これの2倍くらいの量ってことかな?」
「ん-多分な。両側に桜があるし、十分な量あるよな」
「うん、そう思う。あー満開ならなぁ」
そんな会話をしつつ、ペリッペリッと透明な容器を開ける。
焼きそばはまだ熱く、湯気も出ている。
「それでは、お馬様に感謝して……」
「げっ馬が先!?」
「うそうそ。ありがとね、いただきます」
「んー! 普通においしい」
「はずれの焼きそばなんて聞いたことねーよ」
「でも特別おいしい焼きそばも知らない?」
「……あー、知らないかも」
容器は少し柔らかく、立って食べているせいもあり、こぼさないことに若干の意識を向けている。
「てか、塩なんだ」
「味? そう俺塩派。一応今はね」
「今は?」
「もちろん最初はソース味スタートだけど、カップ麺だと微妙に味が違ってさ。どれをひいきにしようか悩んでたんだけど、唐突に塩試そうってなったら、それが旨くて。マイブーム的な感じかも」
「ほーん」
「あ、塩焼きそば食ったこと無い?」
「ない」
「ほい、食べてみ」
「お! ありがと~!」
「そのかわりソース味も試させてクダサイ」
「もちろん!」
焼きそばを交換して食べてみる。
「ん!? 塩おいしい! あ、でもちょっと濃いかも」
「たしかに味は濃い目かも」
「でもカップ麺ならタレの分量調節できそうじゃん?」
「でも俺は全部入れる」
「でしょうね。まぁわたしはそもそもカップ麺食べないし……」
「おーそれならレア体験できたかも?」
「うん、ここで出会わなかったら、この先当分食べてないかも。ソース味どお?」
「いやちゃんと焼きそばだわ。うん、うまい。これでいいんだ」
2種類の味を2人でしっかり堪能した。
『ごちそうさまでした』
桜並木の最後の木の少し先にゴミコーナーがあったのでそこにゴミを捨てた。
いい配置場所だ、と赤也は感心した。
2人はお茶でのどを潤しつつ、次の行動を相談する。
「川にはどうやって行こうか~」
と碧が問いかける。
「入口の十字路まで戻って、あのまっすぐ行った道から行く?」
「そだね、わかりやすい道から行ってみよ」
そう言って2人は来た道を引き返した。
奥の方に反対側の通っていない並木道が見えるので、来た時よりも桜の本数は増えて見える。
でかでかとアピールする焼きそばの文字を目印に十字路に到着した。
そこから左折することで川沿いへの道になる。
少し土手になっているようで川の様子などは見えない。
その道の左右にはポツポツと民家がある。土地の値段など関係なく、ある種の一等地だろうか。
民家エリアを抜けて土手の手前にまで差し掛かる。
「おー!? すごいな、これも桜の木か!?」
赤也がたまらず声を上げる。
ここまで来る道からは、土手とそれをのぼる階段しか見えなかったのだが、民家エリアを抜けて視界が開けると、土手の道にも桜が植わっていることが確認できた。
碧はすでに階段をのぼり終わるところまで進んでいる。
赤也も負けじと速足で追いかける。
大きすぎず、小さすぎない川が流れていた。午後の光を受け、水面が光と共に踊っている。
土地の形か水流の影響なのか、川の流れは少し荒い。
そのせいか、光のダンスはタンゴのようだった。
晴れてはいるが、薄く白い雲が流れている。
空一面を映し出すのではなく、春の少しぼやけた感じを引き立てていた。
奥の山々の景観の邪魔はしていない。山々を照らす太陽の光を遮ることなく、春の景色の一部として溶け込んでいた。
鳥の声も聞こえてくる。祭りの会場でも鳴いていたのであろうが、喧噪でかき消されていたのであろう。3種類の声が和音のように響き渡る。
土手の桜は片側に植わっている。川の方面ではない方。
ここには屋台はなく、レジャーシートを敷いて落ち着けるような場所もないが、ただの通る道としてはあまりにも完成されている。
「ここが本命なんじゃない!? うわぁー惜しい!」
「いやぁこれは良いわ。桜と川見ながら散歩できるじゃん。贅沢すぎる」
2人は少し悔しく思いながらも、立ち止まり、無言で川を見始めた。
川の流れはやや速いが、2人の時間は止まっているようだ。
もしかしたら口がポカンと開いていたかもしれない。
桜の花びらがヒラヒラ舞うことも意識できないくらいに。
「はぁ~。座って休憩しながら見よ?」
「そこの段々でいっか」
川の砂利まで安全に下れるよう90度に整備された石の段々に腰を下ろす。
階段よりやや段差が高いので、座るには丁度よかった。
おばちゃんたちの雑談や子供たちの騒ぎ声も聞こえてくるが、まだ鳥の合唱は楽しめる程度だ。
「これ、満開で見たい」
「わかる。これは見る価値ある。正直想像以上だったわ」
「来年は早め行動だね」
「でも来年って就活とかになるんだよな?あんまり時期わかんないんだけど」
「あー。たしかにそういう時期だね。じゃあ桜どころじゃない可能性もあるんだ」
「まぁね。でも1日くらいはいくらなんでも空けられるだろ」
「そりゃそうかもしれないけど。てか時間も精神もだよ。心の余裕がなかったら意味ないでしょ」
「ここに来て回復するとかか」
「来年次第なのかなぁ……」
少しの沈黙の後、赤也が話す。
「てか再来年なんてもっと無理じゃん?社会人1年目だぞ?てんてこ舞いの可能性がある!」
「む。未知数だらけだね」
「そう。でももしかしたら辞めてるかも、いや就職もしてないかもよ?」
「いや時代すぎるわぁ~でもありえなくないのか」
「冗談冗談。先の事は考えてもいいけど気にしちゃいかんね。きりがない」
刹那、何かを割りきったような感情。
「桜を満足に見れなかったけど、この先、ここの桜を余裕を持って見れるようにする!うん、目標1個できた」
「俺もそうする。満開じゃなかったことが逆に、的な感じか」
「そゆこと。あんた忘れないでよ」
「任せろ。自然好きなんだから、俺」
帰り際、急にベビーカステラが食べたい、と赤也。
十字路の焼きそば屋の対角線で待つ碧。
つまみながら帰ろう。
しっとりとしたこの甘さは、
活力の燃料になっていく。