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「男女平等パンチ」という言葉に思う「男尊男卑」

    ※画像は「なつきクライシス18巻」このシーンは技を体験したいと偽り、相手は「なつき」の右突きに合わせ手首を折るつもりでいた、それが一瞬で左突きに変わっている。

    「なつき」に悪意はなく純粋に技として動き、初めて自然に出来た自らに驚き喜ぶ。この後も様々な技を体験し、この相手は「上」に命令され潰しに来たが感動し諦め、別の刺客が送られる可能性を忠告して帰っていく。


    改めて読み直した最終巻のあとがきには

    【錬磨された技による強さ】が存在する、ということもテーマの1つとして描いていきたいと思ったため、主人公を女の子にしたのです。

    とありました。読んだ当時は「技」の事ばかり考え、分かりませんでした。思い返せば今回書いた内容と重なる面も多々あります。女性が主人公であるからこそ、現れる弱い男性の立場も描かれている、武道系漫画では少し珍しい作品かも知れません。

    ここらが漸く本題の始まりです↓



    【男女平等パンチとは】

    「男女平等パンチ」という言葉を知っていますか?自分は数年前に知りました。最初はひでぇ言葉を考える奴が居るもんだ、自分なら絶対に思い付かない、そう思いました。

    でもそれと同時に言いたい事は伝わる。この常識ではあり得ない言葉の組み合わせ、こう言うのをセンスが良い。と言って良いのか?このセンスも考え方も幸い自分には有りません。

    普通「平等」と「パンチ」は組み合わせない筈で、これだけだと意味が分からない。でもそこに「男女」が付くと意味が分かる。

    ↑これが元ネタらしいです

    感想を先に言ってしまえば、自分は男も女も殴りたく無い、男にも女にも殴られたく無い。これが本来の平等だと思う。

    普段の記事は記憶を頼りに、なるべく調べずに書いてますが、今回の「男女平等パンチ」は、少し調べようと思いGoogleで検索しました。
    すると実際に、平手打ちした女性を殴り返し、気絶させた事件が有りましたが読む気が失せ、中身は読まなかったので、結局どんな経緯なのか分かりません。他にも幾つか見出しだけ読んで調べるのはやめました。


    でもこの使い方が本来の使い方なのか?疑問です。この言葉の本意は実際の具体的暴力ではなく、主に「立場が余り強くない、比較的弱い男の置かれた境遇」から生まれた、喩えとしての「パンチ」という表現だと思う。違うかもしれないけど、取り敢えずこの方向で話しを進めます。←こう書きましたが、数日経ったら違う気がして来ました、毎度の事ですが、考える材料程度に読んで下さい。

     ※女性が女性へ、女性が男性へ、同じ様な事をしているケースは知ってますが、この「男女平等パンチ」は体力的に強い女性、社会的に強い女性に向けてを、想定した言葉ではないと思うので、そこら辺は触れずに書きます。


    【上意下達しか無い男達は非常に多い】

     GoogleAIから↓
    上意下達(じょういかたつ)」とは、組織において、上司や上位者から部下や下位者への命令や指示が伝達されることを指します。
    組織の意思決定が、上位者によって行われ、その意思が下位者に伝達されること。トップダウン型の組織構造を指すことが多いです。
     ↑GoogleAIここ迄


    GoogleAIには「トップダウン型」とあります。でも実際の日本社会では「俺の言う事を聞け」に近く。儒教的発想や組織化の問題というより、本当の意味でキチンと組織化されて無い問題、このように思っています。

     ↑ここから抜粋↓
    怒鳴りつけられたり、恫喝を加えられたりされると、知性の活動が好調になるという人間は存在しない。

    だから、他人を怒鳴りつける人間は、目の前にいる人間の心身のパフォーマンスを向上させることを願っていない。
    彼はむしろ相手の状況認識や対応能力を低下させることをめざしている。

    どうして、「そんなこと」をするのか。

    被災地における復興対策を支援するというのが、復興大臣の急務であるとき、被災地の首長の社会的能力を低下させることによって、彼はいったい何を得ようとしたのであろうか。

    人間が目の前の相手の社会的能力を低下させることによって獲得できるものは一つしかない。
    それは「相対的な優位」である。

    松本復興相がこの会見のときに、最優先的に行ったのは、「大臣と知事のどちらがボスか」ということを思い知らせることであった。
    動物の世界における「マウンティング」である。

    ある種の職業の人はこの技術に熟達している。
    大臣のくちぶりの滑らかさから、彼が「こういう言い方」を日常的に繰り返し、かつそれを成功体験として記憶してきた人物であることが伺える。

    それ自体はいいも悪いもない。
    ひとつの政治技術である。
    それが有効であり、かつ合理的である局面もあり、そうでない場合もある。
    今回彼が辞職することになったのは、政府と自治体の相互的な信頼関係を構築するための場で、彼が「マウンティング」にその有限な資源を優先的に割いたという政治判断の誤りによる。

    気になるのは、これが松本大臣の個人的な資質の問題にとどまらず、集団としてのパフォーマンスを向上させなければらない危機的局面で、「誰がボスか」を思い知らせるために、人々の社会的能力を減殺させることを優先させる人々が簇生しているという現実があることである。

    「ボスが手下に命令する」上意下達の組織作りを優先すれば、私たちは必ず「競争相手の能力を低下させる」ことを優先させる。

    自分の能力を高めるのには手間暇がかかるけれど、競争相手の能力を下げるのは、それよりはるかに簡単だからである。
    ある意味で単純な算術なのだが、この「単純な算術」によって、私たちの国はこの20年間で、骨まで腐ってきたことを忘れてはいけない。
     ↑抜粋終わり



    上の文章にある様に、オッサンはオッサンに威圧される中で生きている人が沢山居る。酷い場合は四六時中、威圧されたり暴言を吐かれている男も居る。本当に殴られる男も居る。

    男→男へのパワハラは多く、おそらくは調べられてる数字より圧倒的に多いと思う。女性は少しこれを念頭に置いて、【もし自分が男性に生まれたなら】叩く側か、叩かれる側か、傍観者側か、それとも何か別の行動をする側か、少し考えて欲しい。


    【女性が入社しての変化】

    数年前に女性が入社した、子供がある程度大きく成り、木工で物を作りたかったそうだ。マジメで丁寧なので結構仕事が出来る。

    でも非常に違和感が有るのは、この女性自身の問題ではないが、この女性に丁寧というより、妙に優しいそれ自体は良い、社内は以前より男に対しても態度が柔らかく成った気がする。でも最初は正直気持ち悪いと思った。


    でも雰囲気が良くなったのなら、まぁ良っか、と思っていたら、時が経つにつれ表面的には優しい様で、自身より下の立場の者に対する態度が、以前より悪く成っている感じがする。
    例えばこの女性がミスしても割とサッと流し、でも下の立場の男には強く威圧し、しつこく指摘する。会社の雰囲気もトータルでは良くないと思う、経済状況の変化もあり単純にそのせいかも知れない。


    一応断って置くとこの同僚は、この女性と何か良い関係に成ろうとしている訳ではありません。抜粋した文章にあるように、男の中には「強く上に」立とう立とうとする奴が居る。

    動物的な本能の名残なのか、無条件で女性に優しく、男性にはお前は俺より下だと厳しくしてしまうのかも知れない。


    男の見栄から女性は叩かず、見えない所でその分、相対的に弱い男を叩く。そう言う奴の権威の為に、女性の代わりに叩かれるのは嫌だ!こう言う状況で「男女平等パンチ」と言う言葉が生まれ、認知され定着したのではないのかと思います。



    【女尊男卑ではなく男尊男卑】

    この前、世の中は「女尊男卑」だと言う言葉を何処かで見た、それは違う本当は「男尊男卑」だと書こうと思ってやめた。

    何故かと言うと叩かれた分の全てが、女尊に成るなら、まだ役に立っている感じがする。でも叩かれた分が一旦男尊になってから、その何割かが女尊に使われる。だから男卑に感じるのだと思いますよ、とは言えない。


    その時、椎名林檎の「歌舞伎町の女王」にこんな歌詞があるのを思い出した。


    【女に成ったあたしが売るのは自分だけで
    同情を欲したときに全てを失うだろう】


    「女」を「男」にしてもこの歌詞は成り立つ、「売るのは体」ではなく「自分」だし。「男」も仕事で自分を切り売るような状態の人達は物凄く沢山居る。勿論、女性が体を売るのとは全く違う。

    確かに同情を上手く欲するのは、程度のバランスが非常に難しい。でも人には耐える限度がある。本当は辛いんですと、同情を欲すれば助けてくれる人も居て、助け合いが世の中に広まると自分は思っている。

    でもこれが本当に中々広まらない、逆に弱っている男は中々「助けて」と言わない、同僚に1人居る。多分耐えて耐えて、同情を欲して緊張が緩んだ先で、助けて貰えなかった場合を恐れているのだと思う。実際弱味を見せて逆に叩かれる人もいる。

    世の中少しずつ変わって来ている様にも見える。でもこの「男女平等パンチ」という言葉は、同情を欲している様に思える。


    【本来の平等を目指す】

    これは女性と男性の問題ではない、まず男の側は、「そもそもお前風情から、殴られる様な扱いを受ける謂れはない」と自覚し、出来るのなら少しだけでも意思表示をする。知り合いに悩みを話すだけでも、後々影響があるかも知れない。

    理想は女性と連帯し、共同で地位向上に向かう事、でも女性と無理に仲良しに成る必要はない。
    上位者が一喝するだけで、下層同士が自発的に格付けし合い、連鎖的に互いを叩き合うのは、上層には都合が良過ぎる。【自分より下に見える人】を叩いても、待遇が改善される訳では無い。男女平等パンチが見事実現した社会は、上から男女が平等にボコボコにぶん殴られる社会が実現する。
    自分より10歳上の話しには、歩いているだけでヤンキーに無条件にぶん殴られた話しがある、旧日本軍にも無条件に殴る話しが沢山ある、この男女平等パンチはよく似ている。

    本来の「平等」を目指して、男女平等パンチは男女の地位向上に向けて打つべし。


    【あとがき】

    威圧するヤツを観察する内に、脳の中で性的興奮と同じ場所が、活性化しているのではないのかと思う様に成りました。  ←これは私の勝手な考えです。この元になったのが「腐女子」の方々の、見方を少しだけ体得したからです。

    そんなある日、TVのニュースでマウンティングを扱っていました。その映像でオス猿のモノは大きく成っていて、オスがオスに今にも後ろから行為をする体勢だった。入ってしまうのでは?と見ているコッチがハラハラした。

    明らかにTVは意図して流した映像だったから、おそらく研究ではそう言う方向性として、認めているのだと思いました。
    調べると色々出てくる、これを読むと上位の者にもするそうです。少し予想と違いました↓

    抜粋→「行為によって絆が深まると、していない他のオスに対して共に戦うのです。その結果、オスは集団の中で優位に立ち、より多くの子どもを産むことになるのでしょう」←抜粋ここまで


    この記事が本当なら、女性が男の友情にBLを見たのは正解だった事になる。※BL=ボーイズラブ

    最近はどうなのか?以前は何かしらを調べると「やおい」「BL」「腐女子」に当たり、不思議な事を考えるものだなぁ、どうして?と最初は不思議に思っていました。

    でもそう言う、視点(部分)観点(パターン)で肉体ではなく。行動、想い、感覚、を見よう見ようとすると、確かに男同士の仲もそう見えてしまう。一回そう見えてしまえば、なる程!これの事か!と分かった時には「腐女子」の目は大したもんだぁ、と感心した経験があります。という「山なし落ちなし意味なし」な「あとがき」でした。


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    yago

     
     
    基本的に休日は寝ているので無反応💤 10歳離れた弟に説明する事を想定した文章ですが、今では30を過ぎた弟から沢山の学びがあります。弟は結婚して会う事も減りましたので此処に書きます。イイハナシダナー たぶん体癖2種9種 ♏️蠍座

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