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ハむラむト

このペヌゞの増補改蚂版が以䞋のリンク先になりたす。
増補改蚂版「ハむラむト」はnote創䜜倧賞2023に入遞したした。


 前の日の雚で桜の花はほずんど萜ち、路面や氎たたりに散らばっおいる。泥にたみれた花びらを螏んで歩く。靎の裏にも花びらは぀いおいるだろう。僕はい぀からか桜の花が灰色を垯びお芋えるようになった。
 僕は「クラバヌト」ず蚀うドむツの児童文孊曞をビゞネスバッグに入れおいる。僕にずっおスヌヌピヌのラむナスの毛垃のようなものかもしれない。
 名門ず蚀われる倧孊のテニスコヌト。そこで行われる囜際倧䌚。囜際倧䌚ず蚀っおも倧坂なおみや錊織圭が出る蚳ではない。ツアヌ最䞋郚のフュヌチャヌズ。䞖界を狙うプロのキャリアはここから始たる。ここでポむントを皌いで䞊䜍の倧䌚の予遞に出堎する。フュヌチャヌズを廻る遞手の生掻は苛烈だ。日本の倧䌚でオフィシャルホテルが旅通だった際、玄関に眮いた遞手のテニスシュヌズが別の遞手に盗たれた。

 以前コヌチを務めた女の子がこの倧䌚で匕退するず連絡を受け、仕事の合間に来た。フュヌチャヌズで匕退するずいう事は、䞊には行けなかったずいう事だ。倧孊生の手䜜りの芳客垭にスヌツ姿で座る。客はほどほど。少し雲がかかる春の昌䞋がり。
 倧孊卒業埌、僕はプロずしおは倧した戊瞟を䞊げられず、遞手ずしおは早いうちに諊めた。ただ、教え方がうたかったのかツアヌコヌチずしお様々な遞手から声がかかるようになった。ツアヌコヌチは特定の遞手に぀いおツアヌをたわる。コヌチずしおは名誉なこずだ。しかし、僕はしばらくしおコヌチを蟞めた。
 今は金融倧手に拟われ、投資信蚗などのファンドマネゞャヌ業務を担う。仕事を抜け出しお、コヌヒヌ片手にコヌトを眺めるのは本圓は楜しいはずだ。でも僕は手に嫌な汗をかいおいる。

「湊くん、元気」
 芋䞊げるずゞュニア時代から䞀緒に緎習しお来たさおりさん。圌女も珟圹匕退埌、ツアヌコヌチをしおいる。女性のツアヌコヌチは少ない。思い぀くずころで元䞖界ランキング2䜍のマルチネス、アンディマレヌや杉山愛のお母さん。それぐらいだ。出産、育児でキャリアが途切れおしたうからか。遞手の意識ずしお、女性にコヌチングされるこずに抵抗があるのか。
「今日で亜劃ちゃん、匕退なんだっおね」
「そうなんだよ」
「あの才胜、もったいないよね。芖野が広くおセンスあったのに」
 亜劃の才胜は突出しおいた。ストロヌクのキレずコントロヌル。女子では珍しい果敢にネットに出る状況刀断。身䜓胜力。そしおたぐいたれな矎貌。誰も圌女の将来を疑わなかった。圌女が高3、プロずしお海倖に出る際に僕がコヌチずしお呌ばれた。それはコヌチずしお光栄な事だ。可胜性のある遞手。人を惹き぀ける魅力。ただ戊瞟が無いのにスポンサヌが䜕瀟か぀く。
 
 コヌチを始めるず戞惑った。緎習を始めようずしおもコヌトに来ない。そうかず思うず先にコヌトで埅っおおり、自分にすさたじい負荷を掛ける緎習をする。気分屋なのかず思ったが、そうではなかった。
 呚りに自分を芋おいる誰かがいるず、しっかりず緎習する。いないずやらない。コヌチ以倖で自分を芋おいる人がいないず䜕もしない。
 圌女に䜕床も話した。呚りに人がいようがいたいが関係ない。プロずしおやっおいきたいのならそこは気にするずころではない、ず。
 しかし、だめだった。
 圌女はテニスに興味がなかった。可愛らしく、運動神経も良い。昔からずっずちやほやされおいたのだろう。ゞュニアの頃からマスコミに頻繫に取り䞊げられた。䜕をやっおもうたくいく。耒められるのが圓たり前。緎習も呚りで芋おいる人から耒められる。コヌチしかいない所で緎習などする意味が圌女にはない。自分を耒めおもらえるのがたたたたテニスで、耒めおもらえなければやる意味がない。呚りから過剰に耒められるこずで圌女は埐々に駄目になっおいた。
 戊瞟が䞋降する。緎習量が根本的に足りないからだ。ゞュニア時代の貯金は盎ぐに尜きる。勝おない。そうなるず、呚りの目はコヌチが良くないず考える。
 あんなに才胜のある子を朰しお。

「湊くんも倧倉だったよね、あそこたで緎習しない子、それをうたく隠す子持たされお。私もわかんなかったな」
「たあ、しょうがないよ。僕がうたくコントロヌル出来なかっただけだよ」
「でも耒められるためだけにテニスやるっお、あの子この埌倧倉だよ。おたけにあそこたで可愛いず。湊くんも無茶苊茶な話圌女から流されたしね、あ、ごめんね」

 春の匷い颚が舞いあげた砂がこりに目を閉じる。教え子の詊合が始たる。過去に茝き攟った才胜は染みの様なものずしお僅かに残るだけ。盞手に圧倒される。それに察しおの工倫もない。なすすべもなく負けた。誰かから花束をもらい、未緎もなく笑顔で手を振りコヌトを去っお行った。
 今日はこの埌男子シングルス䞀回戊、車いす女子の䞀回戊がある。
 亜玀のツアヌコヌチをしたこずで、僕のテニスコヌチずしおのキャリアも終わった。ゞュニア時代の茝きを攟った子を遞手ずしお倧成出来なかった事実はどこに行っおも぀いお廻った。僕はそこから這い出せない。

 次の詊合が始たったが、60代ぐらいの黒瞁メガネをかけた男性が客がスタンドを動き回る。テニスは芳客のマナヌにうるさい。オンプレむ䞭は声揎はもちろん、芳客が垭を移動するのもNGだ。男性の動きは目立぀。スタンドの向こうから運営の孊生が走っお来る。
「プレむ䞭は座っおください」孊生は遠慮がちに蚀う。
 男性は䞍審な目で孊生を芋る。
「ここを歩いおはいけないのか」
 虚を突かれ、孊生は䜕も返せない。テニスの倧䌚での圓たり前は䞖間の圓たり前ではない。僕は思わず声を掛けた。
「そういう蚳ではないのですが、テニスのマナヌずしおプレむ䞭はスタンドを歩いおいけないんですよ」
「䜕でだ」
「遞手の芖界に入っおプレむの劚げになっちゃうんですよね」
 男性は、そうか、ず぀ぶやき、蟺りを芋回す。そしおしばらく僕を芋お、暪に座った。孊生は僕に䌚釈をし、詊合が再開する。男性の手にはくたびれた゚コバッグ、地味な濃玺のゞャケット。皺の目立぀チノパン。ただ、䞍朔だずかそういう感じはなく、身なりに気を遣わないだけかもしれない。

 コヌト䞊の男子シングルス。匷打を売り物にした倧柄な遞手。ボヌルが朰れそうな音をさせ叩き蟌む。盞手の遞手は小柄でボヌルは遅い。しかし守備範囲が広く、コントロヌルずタッチに優れおいる。小柄な遞手のコヌチはさおりさんだ。さおりさんのプレむスタむルは創造性があり、芳るものを楜したせた。それが圌にも受け継がれおいる。
 隣に座った男性が問いかけおくる。
「これぐらいの声で喋るのは構わないのか」
 僕らの呚りには客がいない。
「たあ、そうですね。ポむントの合間なら倧䞈倫ですよ」
「あの倧柄な遞手の方がボヌルが速く重そうだ。でもい぀の間にかポむントを奪われおいる。䜕でだ」
 男性はどこたでそれを知りたいのだろう。適圓に話そうず思ったが、僕はしっかりず答えおいた。無垢なような奜奇心を男性から感じたからかもしれない。
「小柄な方が盞手をよく芋おタむミングを倖しおいるんですよ。倧柄な遞手は盞手のコヌスを読み切れおいない。それからここからだず分かりにくいのですが、小柄な方は同じボヌルを打っおいるようで毎回スピンの量が違う。盞手が打぀コヌスを誘導しおいる。詊合を支配しおいる。倧柄な方はい぀の間にかミスしおいる。圌は自分のミスが調子が悪いからず思っおいるでしょう。自分のせいだず思っおいる。そうではなく盞手にはめられおいるだけです」
 男性は眉間に深いしわが刻たれ、語気がはっきりずしおいる。昔気質の職人のようだ。僕は男性に少し奜感を持った。䜕か知性ずいうかそんな匂いを感じた。
 衚情を倉えずに、しかし随分熱心に目の前の詊合を芋おいる。
「倧柄な遞手はそれに気が付いおいないのか」
「そろそろ気が付くず思いたす。圌もプロですから。この埌詊合はも぀れたす。でも気が付くのが遅く、小柄の圌が逃げ切るでしょうね」
「倧柄な方は凄いボヌルを打っおいるぞ」
 僕は少しためらった。倧柄な遞手も僕の友人がコヌチをしおいる。でもこの男性に話をしおも䜕も起こらないだろう。
「倧柄な遞手は匷いボヌルを打぀こずが目的の䞀぀になっおいるんですよ。小柄なほうは党おを勝぀ために泚いでいたす」
「目的の䞀぀ずはどういう事だ」
 僕は少し考えた。
「野球は芋たすか」
「時々なら芋る」
「ピッチャヌでストレヌトにこだわる遞手いたすよね、バッタヌならホヌムランにこだわる遞手。でもそれっお少し倉だず思う。チヌムが勝぀ために圌らはそこにいるのに、そのこだわりっお必芁ないですよね。あの倧柄な遞手も同じで、速いサヌブ、嚁力のあるストロヌクにこだわっおいるんです、勝぀ためにでなく」
 男性はしばらく僕を芋お、たたコヌトに芖線を向けた。詊合はも぀れたが僕が予想した通り小柄な遞手が勝った。男性は君の蚀った通りになったなず蚀い、垭を立った。

 もう垰っおしたったのかなず思ったが、男性は手に倧きい玙カップに入ったホットコヌヒヌ二぀ず玙袋を手にしお戻っお来た。コヌヒヌの䞀぀を僕に差し出す。金を払おうずするず手でそれを制した。キッチンカヌが出おるんだよ、ず蚀う。玙袋の䞭にはチュロスが入っおおり、二人で食べる。銙ばしく、思いのほか矎味しい。男性も僕の方を向き、うたいなず初めお埮笑んだ。そしお唐突に話し始めた。
「嚘はチュロスが奜きだった。私は甘いものがそんなに奜きじゃない。だから䌑みの床にドヌナッツ屋に行くのが少ししんどくおな。嚘は昔から優秀だった。俺は医者なんだ。消化噚が専門だ。普通の家に生たれお奚孊金を貰いながら苊劎しお医者になった。おかげで小さな病院たで建おた。ちなみに、看護垫が扱いやすい医者っおわかるか圌らにずっお簡単にわかるそうだ」
「ちょっずわからないです」
「医者には暪暎な奎がすくなくない。医者が決めたこずが患者の呜を巊右する。呚りは医者に決断を仰ぐ。それが絶察だ。瞊型の瀟䌚。ある意味軍隊に䌌おいる。医者が暪暎になる土壌がある。もちろんそうならない医者も倚い」
 男性はチュロスをコヌヒヌで流し蟌む。唇の右端にシナモンの粉が぀いおいる。
「2代目か、そうではないかだ。䞡芪が医者ではないものは自分で医者になる道を遞び、埒手空拳で進路から䜕から自分で決める。孊費でも盞圓苊劎する。勉匷もあり埗ないくらい倧倉だ。2代目は金もノりハりも倧抵揃っおいる。䜙裕があるなかで育぀。だから2代目の医者が病棟に来るずスタッフが和む」
 手に付いたチェロスの粉を払う。
「嚘が保育園の幎長の時に事務的な手続きの間違いがあっお私が出向いた。先生が嚘の様子をちょっず芋おいきたせんかず誘っおくれた。嚘は他の子の話を䞀生懞呜に聞いおいた。䞀方的に聞くだけでなく、時々質問を入れながら。わかるず思うが医者は患者の話をよく聞くこずが最初の仕事だ。芪バカかもしれないが、嚘は医者に向いおいるず思ったんだ。代目だしな」
 
 次の詊合たで時間があるずアナりンスが流れた。それたでコヌトは他の遞手の緎習にあおられるず蚀う。女子遞手二人が詊合圢匏の緎習をしおいる。呚りの客は別のコヌトの詊合を芋に行き僕らの呚りは誰もいない。
「さっきの男子の詊合ず比べるず、この女の子たちは䜕ず蚀うか同じショットの繰り返しに芋えるのだが、気のせいか」
 かなり鋭い事を蚀う。同䞖代のコヌチ仲間で時々䞊がる話題だ。単調なハヌドヒットのみで詊合を組み立おる遞手が、ある地域やあるスクヌルで耇数同時に育぀。
 それは女子に限らない。男子でも同じ事が起きる。その地域のテニス協䌚が閉鎖的で高霢の指導者で固たるず、むンスピレヌションがある遞手が愕然ずするほど枛る。
「䜓栌的な問題は圓然ありたすよね、男子なら䜙裕を持っお远い぀けるボヌルが女子ではギリギリかもしれない」
「それはあるず思うが、䜕ず蚀うかさっきの男子の方が色々詊しながらやっおいるように芋えるんだが」
「個人的な考えなんですが、女の子のほうがコヌチのいう事を真面目に聞いお、男の子は遊びの延長線䞊でやっおいる気がしたす。女の子は昔から真面目にちゃんず話を聞かなければならない颚朮があるかもしれない。それからコヌチは男性が倚いし、女の子にずっおは䜕もしなくおも圧がありたすし」
「旧来の瀟䌚的な性差の様なものが創造性を阻害しおいるこずもあり埗るずいう事か」
「そうかもしれたせんね」
 
 キッチンカヌのコヌヒヌは盞圓なレベルで、冷めおも矎味しい。隣の男性に聞いた。
「ただ、ここにいらっしゃいたすかコヌヒヌ、もう䞀杯飲みたせんか今床は僕が買っお来たすよ」
 男性は頷き、チュロスなら私はもういいよ、ず蚀った。

 キッチンカヌに向かう途䞭で気が付く。教え子の匕退詊合に来おいるのに䜕も声を掛けおいない。しかしここで声をかけるこずを迷う。でも本人の前に姿を出すこずで疑いを少しでも薄めたい。
クラブハりスで圌女の姿を探す。亜玀が僕に気づく。
「コヌチ今日来お頂いお、本圓に、本圓に嬉しいです」
 抌しの匷い高い声がする。亜玀は花束を持ち、78人に囲たれおいた。
「湊コヌチず歩んだ期間は私にずっお本圓にかけがえのない時間でした。本圓にありがずうございたす」
 呚りの目が僕に泚がれる。こい぀が亜玀を朰した。そしおあれはどうなんだ。
 亜玀の成瞟が䌞び悩むず、圌女は僕に性的行為を迫られたず呚囲に流した。もちろんそんなこずはしおいない。僕は以前から疑いを掛けられた時の事を考えおいた。コヌト以倖では二人きりにならない、ボディタッチはしない、自分の居堎所はGPS経由で蚘録するなど。圌女はそのような話を流す癖があるずコヌチの間に小さな声で流れおいたからだ。
 曎に圌女が僕がそんな事をしたず蚀った日、僕はナショナルチヌムに垯同しおいた。調べればすぐわかるこずだ。でも圌女はたるで気にせず蚀う。呚囲も嘘だず䜕ずなく察しおも、圌女の魅力に巻き蟌たれる。桜の咲く頃だった。桜の花がグレヌになった。
 さおりさんが蚀っおいた。圌女、もう病気だから。早く蚺おもらわないず倧倉なこずになる。
 
 キッチンカヌでコヌヒヌを二぀買い、スタンドに戻る。コヌトではダブルスの緎習が行われおいる。しばらく2人で目の前の緎習を芋おいた。
 男性が口を開く。
「テニスで重芁なのは䜕かな」
「それは勝぀ために、ずいうこずですか」
「たあそうだな。それだず的が絞れないな。なら、技術ず䜓力は同じレベルだずしたらどうだ」
 䞍思議な蚭定だが、即答する。
「盞手をどれだけ芋るこずができるか、そしおそれを生かせるかどうか」
 男性は僕を芋ながら「そうか」ず蚀った。

 目の前のコヌトには誰もいない。次の詊合が始たるたで20分ほどある。
「すたんが、ここでタバコ吞わせおくれ。私が颚䞋のそちらに行こう。いいかな」
 敷地内犁煙だが、呚りに誰もいない。誰にも迷惑をかけない。どうぞ、ず蚀い堎所を移動した。ハむラむトの青いパッケヌゞを出し吞う。
「さっき嚘の話をしただろ。話を聞くのが䞊手い嚘。医者にさせたかった。私もそうだがそんなに勉匷が出来る方ではない。だから勉匷させた。そしたら小孊生4幎ぐらいか、テニスがやりたいっお蚀い出した。勉匷するのに邪魔だず思ったが、劻も運動も倧事、ず蚀うからやらせた。そしたら倢䞭になっおな。勉匷も頑匵っおいるんだが時間が足りない。䞭孊にあがるず曎にそうなった。私立の䞭孊で進孊校。成瞟はかろうじおクラスで10番ぐらい。それじゃ駄目なんだ」
 男性はハむラむトを1本吞い終わる。青いパッケヌゞを出し、それを眺めながら続けた。
「嚘のテニスは芋たこずが無い。テニス自䜓よく知らない。病院が倧きくなり、医者が足りなかった。個人の病院っおや぀は倧抵院長ずか理事長が䞀番受け持ちの患者が倚いんだ。他の勀務医の負担を枛らすためにな。䜕日も泊たり蟌むこずがたくさんあった。い぀の間にか嚘は高校生になっおいた。おたけにテニスでむンタヌハむたで出た。さすがに囜公立の医孊郚は無理だ。それでも私立の医孊郚でも入っお、うちの病院に来おくれればそれで良かった」
 県鏡を倖し、片手で目頭を匷く抑えながら話を続けた。
「運動生理孊をやりたいっお蚀い始めた。医孊郚の範疇ではない。参ったよ。医者になるのに私がどれだけ倧倉な苊劎をしたか、その苊劎をしないで医者になれるずいうのに。人の話をよく聞くいい医者になれるはずなんだ。でもたあ、しょうがない。ちょっず枠に収たらない子なんだ。䞭孊生の時に街䞭のホヌムレスに声かけお家たで連れおきたり、高校の時は地域で孊校に行けない子ずか勉匷に遅れた子を集めお勉匷䌚したり。劻も私も぀いおいくのがやっずだ。家に垰ったら子どもが30人ぐらいいるんだぞ、玄関が子どもの靎で埋たっおいるんだ」
 僕は少し笑った。想像するだけで楜しい。
「嚘のクラスメむトも䜕人かいお幎䞋の子たちの面倒を芋おいる。麊茶ずかお菓子の消費があり埗ない。箱買いだ。もう自分のやりたいようにやればいいず思ったさ。医者は諊めた。テニスは倧孊でも続けおいい成瞟䞊げたらしい。もちろん私は芋おいない。時間がなかったしな。孊生なのに海倖にも出お時折勝ったらしい。海倖にテニスで遠埁する぀いでに珟地のボランティアしたり。あい぀のFacebookずかずんでもないこずになっおいたよ。そしおな、卒業したらいきなり結婚した」

 ハむラむトを取り出す。颚が匷く、なかなか火が付かない。
「いきなりだ。いきなり。就職先がヘルスケア事業を扱うスタヌトアップ䌁業。そこの瀟長ずいきなり結婚した。驚いたけど本人がそう蚀うんだからしょうがないし、今たで党郚自分で決めお来たんだからな。圌女の人生だから祝うさ。でも違和感があったんだよ。その結婚」

 向こうからキッチンカヌのスタッフの男の子がポットを持っお来た。コヌヒヌのお代わりを入れおくれた。
「こんなこずしたら赀字だろ」
「そうでもないんですよ、お客さんもスタッフや孊生も今日はたくさんいたしたし。もう䞊がるのでこのコヌヒヌ無駄にしおしたうから」
「でも申し蚳ないから払いたすよ」ず僕は蚀った。
「なら、私は明日も来るから明日も買うよ。飲めるだけな」男性が蚀う。
 明日もテニスを知らない人が明日もここに来る。思わず男性を凝芖した。

 枩かいコヌヒヌを手にし、男性は話を続ける。
「違和感は盞手の男だ。話は䞊手い。人を魅了するっおこずはこういう事かず。どんどん奎が自分の䞭に無条件で入り蟌んでくる。話がおもしろい。仕草も䞁寧で矎しい。劻なんおもうぞっこんだ。しかし僅かだが話にほころびがあるような気がする。でも、たあ、人の話なんお倧抵ほころびがあるから流した」
「でもほころびだけじゃない、巧劙に誘導する䜕かがある。自分の倱敗談は話す。呚りを和たせるような。そしお人の話を芪身になっお聎く。しかし最埌は自分の印象が䞊がる。利益を確保するっお蚀えばいいのか。そしお奎は本圓の己を晒しおいない。人間関係っおお互い自分を少し晒しお䜜り䞊げるものだろ。そうじゃないんだ。奎は嚘や私や劻を消費しおいる。しかし䜕せ具䜓的な話は出来ないし、今のずころ䜕もない。私だけが違和感を感じたたたさ」
 男性は煙草に火を付けるのを諊め、ハむラむトの氎色のパッケヌゞをもおあそぶ。

「そうしたら、嚘が䌚瀟やめるっお蚀う。やめおどうすんだっお聞いたら家庭に入るっお。あんなに奔攟に生きおきた子が家庭に入るっおどうなんだよ。さっぱりわからん。聞くず、奎の意向らしい。家庭を守っおくれず。家庭を守るも䜕も子どもいないし䜕を守るんだよ。うちは劻が小児科医だから倧倉だった。医垫が少ない時には二人ずもなかなか家に垰れない。そんな時はさすがに家庭を守る誰かが欲しいず思ったがな」
 
倧䌚本郚からアナりンスがある。詊合に入る時間が少し遅くなるずのこずだ。颚が匷く吹く。地面の埃が舞い䞊がる。コヌヒヌをすすりながら男性が蚀った。
「こんな話、聞いおおおもしろくないだろ」
「そんなこずないのですが、僕なんかに話しおいいんですか」
 男性は僕を芋お少しだけ埮笑んだ。
「嚘が俺たちに䌚わなくなったんだ」
「䜕ですか」
「わからなかった。スマホの電話でない、固定電話からも連絡぀かない。メヌルしおも返信がない。LINEは最初は既読が぀いおた。でもじきに既読も぀かなくなった。嚘の以前の職堎の人や孊生時代の友人にも連絡を取るように頌んだ。でも無理だ。その旊那に聞くわけだよ、うちの嚘ず連絡が取れないんですがっお。間抜けな質問だよな」
「そい぀が蚀うんだ。劻は今䜓調を厩しお静逊䞭なんです、静かにしおやっおください。䜕蚀っおるんだよな、その劻の䞡芪は医者で小さいながらも病院経営しおるんだぞ、圓たり前だが嚘のカルテもあるし。それ蚀ったら信頌のおける倧孊病院の先生にお願いしおいたすっおな、腹立぀だろ」
 男性は腹が立぀ず蚀いながら、その蟺に煙草を買いに行くぐらいの涌し気な目をしおいる。

「こっちは医者なんだから䌚わせろっおいうが、そい぀は穏やかな顔で「今、䞀番重芁な時なのです」ずか蚀う。䜕が重芁な時なんだよ、䜓調を厩しお重芁な時っお、そりゃ危険な時ずかだろ。劻は譊察に、ず蚀うが事件性の様なものは䜕もない。旊那は健圚、その旊那が倧䞈倫だっお蚀う。物蚌もない。でも譊察に盞談はした。芪身になっおくれた。でもそれだけだ。近蟺をパトロヌルする際は泚意したす、䜕かあったら連絡しおください」
 ラむタヌの炎がタバコをずらえお煙が䞊がる。ハむラむトのパッケヌゞを胞のポケットにしたった。

「結局4か月も連絡が取れなくなった。劻が蚀うんだ、あの人の身蟺調査しようっお。嚘があい぀を連れお来た時は、身蟺調査なんお思いもしなかった。知り合いから良い興信所を玹介しおもらっおな。結果、たっさらだった。真っ癜じゃない、たっさら。䜕もないんだ。䜕も出おこない。結婚した時に挚拶したご䞡芪、芪戚から始たっお出身地から出身校、孊歎、前職。たっさら。驚いたよ。あのご䞡芪は䜕だったのかずか。もしかしたら党郚嘘かずか」

「奎が経営しおいる䌚瀟に行ったんだ。そしたら瀟長はしばらくリモヌトワヌクだっおよ。他の興信所にも頌んだけど同じ様にたっさら。嚘が監犁されおるんじゃないかっお考えた。そんなこず考え始めたら、嚘が暗い光のない所に䞀人でいる絵が浮かんでしょうがなくなっちたった。䜓が勝手に二人がすむマンションたで行っおな。やけにセキュリティが匷いずころでよ、24時間譊備員、昌間はコンシェルゞュだぜコンシェルゞュっお普通マンダリンずかりェスティンずかオヌクラずかだろ東暪むンにはいないよな。カヌドキヌがないず゚レベヌタヌ乗れないし。しょうがないから同じぐらいの幎の男にマンション前で頌み蟌んだ。嚘がいるんだけど4か月このマンションから連絡が取れない。䞀緒に行っおくれないかっお。最初は蚝しんでいたけど俺必死だったからな。名刺出したら連れおっおくれたんだ、嚘の郚屋の前たで。呌び鈎鳎らしお、ノックしお。反応ないんだ。ずっず鳎らし続けた。奎が出おきおな、䜕しおるんですかっお。ものすごい柔らかい笑顔で。「ゞョヌカヌ」っお映画あるだろ。アヌサヌ・フレックがやったゞョヌカヌ。あの笑顔っお誰も受け入れない笑顔だろ。その500倍ぐらい掗緎された笑顔。でも誰も受け入れない笑顔。嚘を返しおくれっお蚀ったが、笑顔で気分がすぐれないようですからっお蚀うだけだ」
 ハむラむトの煙が桜の朚に向かう。僕は姿勢を盎した。

「譊察を呌ばれおしたった。廊䞋だろうが芁求を受けお立ち去らなかったら䞍法䟵入らしい。危なく逮捕されるずころだった。今考えれば逮捕されお事件ずしお譊察の介入をするような流れを䜜っおも良かった」
「嚘さんは」思わず口を挟んだ。
「嘘っお぀くか」
 唐突な答えが返っおくる。
「嘘っお、あの嘘ですか」
「そう、事実ず違う事を蚀う」
「たあ、぀かない人はいないず思いたすけど」
「それっおどんな嘘だ」
 少し考えた。
「そうですね、遅刻の蚀い蚳ずか、女の子に聞かれお䌌合っおいないのに䌌合っおる、ずかいうや぀ですかね」
 男性は少し笑っお蚀った。「それであればいいんだよ」
「君が蚀ったのは自分を取り繕う嘘だ。それぐらいなら害はないし、やりすぎおも自分が困るだけだ。この䞖には嘘を぀くこずで盞手をコントロヌルする奎がいる」
「虚蚀壁ずかですか」
「虚蚀癖ずはちょっず違う。虚蚀壁は呚りに構っお欲しいんだ。嘘を぀いた自芚がなく悪気もない。぀じ぀たが合わなくおも気にしない。自分が可愛く、自己正圓化したい。そしお呚囲はその人物に虚蚀癖がある事を知らないず真に受けおしたう。タヌゲットになった他人がずんでもない被害を被る」
 亜玀を思い出した。
「奎は違った。その嘘は簡単にはわからない。でも党郚嘘だ。ヘルスケアを扱う䌁業の瀟長ず蚀うのは本圓だ。でも実務をしおいない。现かい所は分からないが起業の時にうたく入り蟌んで噓を䞊べお瀟長になった。呚りがうたい具合に䞞め蟌たれた。結構いるんだ、柔らかい笑顔で䞀芋筋道通った雰囲気を䜜る。結果党郚自分の思う通りになるのが。身近だずママ友グルヌプで仕切るのがそんなのが倚い。あれ、雰囲気に流れるだろ。そこに现かく粟密な噓をちりばめるずスタヌトアップ䌁業の瀟長になる。蚀葉ず哲孊らしい栌蚀、そしお自分を高みに䞊げるために人の非を指摘する。奎の目的は自分の蚀いなりになる人間を1人か2人䜜るこずだ。それがあい぀のアむデンティティなのかもしれない。宗教の様な倧げさなものではないんだ」
 うちは粟神科の看板も出しおるんだ、ず男性は少し笑っお蚀う。
「興信所をいく぀か䜿っお以前の行いが薄っすらずだが぀かめた。奎ず䞀緒にいた人間がい぀の間にかいなくなっおいる。事業を立ち䞊げたパヌトナヌ、同棲しおいた女性、写真のサヌクルで仲が良かった男性。この3人が消えたこずが分かったが奎ず぀ながる確蚌がない。そしお奎ず嚘の居堎所が分からなくなった。譊察に届けたがあんなもの圹に立たない。病院を他に医垫に任せお探したよ。でも䜕もわからない。劻は倒れるし」
 ここたで話しお䜕だが、こんな話喋っおおいいのかず蚀う。僕はかすれた声で興味はありたすね、ず答える。

「半幎埌の深倜、譊察から電話があった。亀通事故で嚘が搬送されおいるず。あの時ほど慌おた事はなかった。車で向かうがなぜか嚘が眮いおいった氎色の可愛らしい軜自動車で劻ず300㎞ぐらい離れた病院行ったんだ。運転が楜なそこそこ倧きい俺の車があるのにな」
 次の詊合が始たるアナりンスが流れ、緎習しおいた遞手たちが匕き䞊げる。男性はハむラむトを胞のポケットにしたう。
「呜はなんずかな。脊髄損傷。損傷箇所は胞怎の7番。それでも消えおしたったず思っおいた嚘が戻っお来たんだ。こういっちゃ䜕だが怪我なんかどうでもいい。生きおこそだ。そしお奎はいない。䞍安になった。なので嚘が暮らしおいたマンションを譊察立ち䌚いで螏み蟌んだ。いなかった。少し回埩した嚘に䜕があったんか聞いたんだ。最初は順番がばらばらでよくわからんかったが」
䞀息぀いお男性が蚀う。「詊合はただ始たらないな」
「そうですね、あず15分ぐらいですかね」
「ただ続けおいいかな」
 僕は頷く。
「今から蚀う3぀のものから遞んでくれ」
「え」
「たあいいから。で、私は今からメモを曞く。4぀質問をするが、メモに君が遞ぶものをあらかじめ曞いおおこう」
 男性はレシヌトの裏に䜕か曞いた。
「今から蚀うものを君の意思で遞んでくれ『ゞュヌス、塩、ゞャム』」
「ゞャム、です」
「次はそれに関係するものを遞んで。りんご、海氎、カレヌ」
「りんご」
「次もだ。電池、赀い、蟛い」
「赀い」
「パ゜コン、地球、ずうがらし」
「ずうがらし」
 男性はレシヌトの裏を僕に芋せた。ずうがらし。
「凄いですね、䜕かの手品ですか」
「違う。君は自分の意思で遞び、それが故に自分の意思が最埌のずうがらしにたどり着いたず思っおいるはずだ。違う。簡単な仕掛けだがマむンドコントロヌルの技術だ。最初のゞュヌス、塩、ゞャム。どれを遞んでもずうがらしに行き぀くんだ。やっおみるずわかる。でも君は自分の意思でたどり着いたず思いこんだ。これを巧劙か぀粟密にやるず人を操るこずができる。さっきの詊合で小柄の男が盞手を巧劙にコントロヌルしお勝った。それを人栌たで掌握しお手に入れる。占い垫に颚俗で働かされお1億貢いだ女性がいる。マむンドコントロヌルや掗脳っお倧々的な宗教だけじゃないんだ。嚘はそんなこずをされた。わからなかったのがマむンドコントロヌルをした埌の目的だ。さっき話した占い垫は金だ。奎は嚘を郚屋に閉じ蟌めた。うちの病院の粟神科の医者が蚀うにはそれだけが目的の奎が結構いるらしい。他人を培底的にコントロヌルするだけで満足だ。それで飜きたらどこかにやっおしたう。おもちゃの様にな」
「嚘さんはどうやっお出れたんですか」
「それは郚屋からか、コントロヌルからか」
「どちらも、ですかね」
「そもそもドアのカギは自分で操䜜出来た。぀たりい぀でも出れた。でも嚘は出なかった。郚屋にはスマヌトフォンからテレビからPC、情報を埗られるものはなかった。刀断の参考になるものが䜕もない。みんな自分䞀人で刀断しおいる぀もりだが、自分に䞎えられた情報の蓄積で刀断しおいる、その蓄積はさっきのずうがらしのようなコントロヌルでれロに戻す、その埌は奎が郜合のいいものだけを流し蟌む。暎力や暎蚀を䜿っお恐怖を䞎え、䞊䞋関係を䜜る。あの郚屋にあったのは倧きなディプレむだけだ。プレむダヌが繋がっおいたから再生しおみた。環境音楜ず景色が延々ず流れる映像。毎日そんなものを眺めお、奎から恐怖ず安心を受けおいた蚳だな。で、そこからある拍子で倖に出た。ふらふら車道に出おトラックにひかれた」
「拍子っお」
「回埩した嚘が蚀うんだ。奎がいない時に䜕の疑問も持たずに倧きなテレビに流れる映像をい぀ものように芋おいた。そしたら倖囜の田舎の鬱蒌ずした森の䞭にある氎車が出お来た。芋おいたら胞が有り埗ないぐらいに高鳎っお、初めおプレむダヌのリモコンで戻した。今たでリモコンを觊ったこずが無かった。蚱しを埗なければならなかったし、その蚱しを埗ようずするずひどく怒られた。でもリモコンで戻しお䜕十回も芋た」
 動悞がする。
「わかるだろう、君が今手にしおいる本。クラバヌト。あれはドむツの氎車小屋を舞台にした物語だ。千ず千尋の神隠しのモチヌフになった物語だ。嚘は子どもの頃からそれが奜きで最初に買ったのがボロボロで1冊買い足した。私が君の暪に思わず座っおこんな話をしたのも、その本が目に入ったからだ。蚀いなりの人圢になっおいた嚘が氎車小屋の映像でクラバヌトが掘り起こされたんだ。嚘は最近よく蚀う。あの物語は呪瞛を自分の力で解き攟぀物語だっおな」
 
 䌚堎のアナりンスが次の詊合を告げる。遞手が2人車いすで入っおくる。
 唐突に暪の男性が立ち䞊がり、地の果おたで通るような声で咆哮した。その声は䜕かを取り戻そうずする声だった。
「聡矎頑匵れな、頑匵れ、倧䞈倫だ、安心しお、頑匵れ」
 聡矎ず蚀われた車いすの遞手が笑いながら男性に手を振る。
「倧䞈倫だ、䜕も心配するこずない、倧䞈倫だ」
 呚りの客が男性を芋る。審刀も線審も芋る。
「ここにいる圌がな倧事なこずは盞手を芋るこずだず蚀っおいるぞ倧䞈倫だここの圌はな、今クラバヌトを持っおいる解き攟぀話だぞ」
 暪の男性は僕のクラバヌトを持っおいる手を持ち高々ず䞊げた。聡矎さんは僕らに倧きくラケットを振った。

 聡矎さんは巧みなチェアワヌクず柔らかいタッチ、そしおむンスピレヌション溢れる創造的なテニスで盞手を寄せ付けず、2回戊に進出した。聡矎さんはこれがツアヌ初参戊だったがその勢いで最終日たで残り、優勝した。
 その埌聡矎さんは海倖ツアヌに出ようずしたが、資金が足らない。僕が前から目を぀けおいた小さなバむオテクノロゞヌの䌚瀟ず補薬䌚瀟の株で圌らの資金を捻出した。
 僕は䌚瀟を蟞め、聡矎さんのツアヌコヌチに就くこずになった。桜は灰色から少し朱を垯びお芋えるようになった。
 
 聡矎さんのお父さんがハむラむトを手にしお蚀った。
「ハむラむト、hi-liteず蚀うのは俗語で「陜の圓たる堎所」お蚀うんだぞ」




了

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