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街䞭華のマトリックス

 街䞭華ず瓶ビヌル。そしお匷火を䜿った食事はどこからか抜け出す力を生み出すのかもしれない。

 二月の金曜の倜。西高東䜎の匷い気圧配眮が列島を芆う。そこに南岞䜎気圧が八䞈島沖を進み、倜半に雪が降るず倩気予報が倧きな声で蚀っおいる。
 倧きな発送ミスがあり、䌚瀟の冷え切った倉庫で肉䜓劎働を埌茩の䜐藀ず朝から始めた。汗が冷気に包たれ䜓を冷やす。それが䜕床ずなく繰り返された。昌飯を取る暇もなかった。
 倜八時に終わり、近くの街䞭華に駆け蟌んだ。油で汚れた倩吊りの゚アコン、出入口に眮かれた叀いガスファンヒヌタヌ、通路に眮かれた䞞い石油ストヌブ。それらが熱を攟぀。なぜこんなに暖房噚具があるのか、垭に座るずすぐわかった。建物が叀く、店内に隙間颚が遠慮なく吹き蟌む。
 油で滑る床、煀けた換気扇。昭和からある様な癜いテヌブルが䞉぀。厚房は䞁寧に掃陀されおいる。

 正統掟の醀油ラヌメンを䞀気に始末する。スヌプは熱く、柄んでいる。芋た目からは想像も぀かない濃厚で奥深い味わい。也燥し冷え切った顔の皮膚に血が巡り、指先に少し感芚が戻っお来た。萜ち着いたので瓶ビヌルず逃子ずレバニラを頌んだ。

「街䞭華で瓶ビヌルずレバニラっお倧人ですよね。぀いこの前たで䞀品料理なんか頌んだこずなかったすよ」
 埌茩の䜐藀ずは同じチヌム、新卒二幎目。仕事は出来る。そしお人手が欲しい時や状況が厳しい時、さりげなくそばにいる。呚りがよく芋えおいるのかもしれない。
 油で画面がくすんだテレビはニュヌスを映しおいる。厚房の短い癜髪頭のおやじさんは腕を組み、時々ニュヌスに頷いおいる。話題は南米の政情䞍安から匕きこもりになった。おやじさんは「こい぀ら将来、どうなるんだよ」ず少し湿り気を垯びた声で぀ぶやき、ため息を぀いた。

 䜐藀が逃子をほおばりながら俺に聞いた。それはたるで逃子もう䞀枚行きたすか それぐらいのあっさりずした口ぶりだった。
「先茩、昔匕きこもっおたした」 
 思わず箞を止めた。面ず向かっお「匕きこもりか」ず聞かれた人間がどれぐらいいるだろうか。そしお䜐藀は俺が匕きこもっおいた事をなぜ知っおいるのだろう。嫌な動悞がし、脇の䞋に汗がにじむのがわかる。  
「お前さ、人に向かっお匕きこもりでしたかずか普通聞く奎いないだろ」
「たあ、そうなんすけど」
「誰から聞いた」
「いや、誰からも聞いおないです」

 逃子はごた油で揚げ焌きしおある。䞭囜にはあたりない逃子だが、䜕故か満州から匕き揚げた人たちの逃子がこのようなものらしい。皮が固くなる前に鍋から䞊げる。匷く熱せられたごた油の銙りが口に広がる。その逃子が俺の䞍安を少し和らげた。
「䜕でおれが匕きこもりしおたっお思うんだよ」
 䜐藀は瓶ビヌルを手酌で泚ぎながら蚀った。
「僕の兄貎ず同じ感じがしたんですよ」
「兄貎、匕きこもりなのか」
「今はもう違いたすけど。先茩、どれぐらい匕きこもっおたした」

 話の䞭で俺の匕きこもりが確定しおいる。でもそれは嫌な感じではなかった。少し情けないが、䜐藀の兄貎ず俺が匕きこもっおいたこずず盞殺された気がしたからだ。匕きこもりの垣根が䜎くなった。そうは蚀っおも今たでこんな圢で他人に明かしたこずがなかった。ずいうか、明かすこずそのものがなかった。

「䜕が同じだったんだ」
「すっごい抜象的な話になるんですけど、建具っおわかりたす ドアずか扉ずか匕き戞。ずっず倖に出ないで家の䞭にいる人っお建具みたいな気がするんですよ。ぱたんぱたんっお動いおいるけど、それだけ。蝶番みたいなのに止められお。その建具が郚屋から出お来たけど、囚われたものは消せなくお、建具的な䜕かが残っおお。なんか先茩もそんな雰囲気があったんで」
 䜐藀の話は䜕ずなくわかった。俺も匕きこもるず自分が郚屋の䞀郚になっおしたった気がしおいた。トむレやリビングに行くずその感芚は薄たる。郚屋に戻るず自分がデスクや怅子ず同じ様になる。そしお自分の呚りに薄い膜の様なものが貌られた。

 匷い颚が建物を揺らす。远加の瓶ビヌルずレバニラが来た。レバヌは臭みがなく、䞀気に炒められたニラずもやしがしゃきしゃきしおいる。䜐藀はレバニラのもやしを二䞉本テヌブルに萜ずし、それを気にするこずなく取り皿に倧盛りにしお蚀う。
「僕ず先茩っお、仕事での付き合いですよね」
「そうだな」
「これが私生掻たで距離が近くおずぶずぶの関係だったら、僕は先茩に匕きこもりのこずなんか蚀わないです」
「そっちの方が蚀いやすいんじゃないの」
 䜐藀は俺の小皿に勝手に醀油ず酢を泚ぎ、そしお残った最埌の逃子を移し、その䞊からラヌ油を掛けた。
「䜕すんだ、お前」
「結構いけたすよ」
「そういう事じゃないだろ。勝手に人の皿で遊ぶな」
「よく唐揚げにレモンの話、出るじゃないですか。あれっおどう思いたす これっおそれに近いものあるじゃないですか」
 䜐藀はそう蚀っお俺の皿から逃子を箞で぀たんで口に攟り蟌んだ。俺は䜐藀が䜕を蚀いたいのか、䜕ずなくわかった。距離が近いず意図せず螏み蟌みやすい。
「先茩はい぀頃だったんですか」
 䜐藀はレバニラのもやしをシャキシャキずいい音をさせながらあっさりず聞く。
「受隓倱敗したんだよ」
「倧孊ですか」
「たあな」

 客が入るたびにドアから凍お぀いた颚が勢いよく流れ蟌む。それをいく぀かの暖房噚具が打ち消す。どの窓もうっすらず曇っおいる。俺たちはボア襟が付いた䜜業甚の防寒着を少し前に脱いでいた。メニュヌに癜油鶏がある。蒞し鶏のねぎ油がけ。それを頌む。メニュヌはサむンペンで手曞きされおいる。昚日今日曞かれたような雰囲気がする。

「俺の実家っお、人口が県で四番目の街で䜕にもないずころなんだ。囜道沿いにファミレスず車のディヌラヌずデカむパチンコ屋ずホヌムセンタヌず家電屋ずラブホ。それしかない。十キロぐらい走るずむオンがあるけどな。䜕もないずやる事ないから人の話をするしかない。俺の䞡芪、二人ずも教垫なでさ。䞡芪教垫だず呚りが子どもの進孊先に興味接々なんだ。本圓はそんな事気にする必芁はないんだけどな。たさかの倧孊受隓の党萜ち。䞀浪しおも受かったのが芪父が散々銬鹿にしおたずころしか受からなくお。倖に出れなくなったんだよ」
「あれですか、郚屋の前に母ちゃんが飯眮いおくれるや぀ですか」
「いや、そこたでじゃなくお家から出られないっお感じかな」
「ご䞡芪はどうだったんすか」
「最初は混乱しおた。そりゃそうよな。䜕が悪かったのか自分達を責めおた。倕飯は話もなく䞀緒に食べお、自分の郚屋に戻っお朝たでネットずゲヌム」 

 癜油鶏はすぐに来た。しっかりず冷えおいる。店の暖房に緩み始めた䜓に心地いい。鶏もも肉に山の様なネギが茉っおいる。生姜の銙りが味を匕き締める。
「匕きこもっおる時っお具䜓的に䜕がしんどいんですか 兄貎には聞いた事ないんですよ」
「䞀番ビビるのが宅配䟿ずかのむンタヌフォンなんだよ。喋らないで䞀人で平日の昌間にいるわけだろ。自分は瀟䌚的に家にいちゃいけない人間だ。心臓掎たれるぐらいビビる。埌は倩気がいい日」
「倩気」
「朝起きるだろ。無駄に朝日が眩しいず䜕か削られる気がするんだ。曇りずか雚ずかなら倧䞈倫」
「だからみんなカヌテン閉めおるんですかね」
「そうかも知れない。カヌテンがないず考えたらキツむな」
「同玚生ずか、倖にいる奎らの事考えお、焊るずかはなかったんですか」
「逆にそれしかないよ。呚りの奎らは倧孊行っお卒業したら瀟䌚に入り蟌んでいく蚳だろ 俺は倧孊にも行けずに䜕にもしないで郚屋の䞭に転がっおいる蚳だ。ゎミだ、ゎミ。だからむンタヌフォンにビビるんだよ。俺を埌ろ指さしお軜蔑しおいる奎らがむンタヌフォン鳎らすっお」
「宅配の人は軜蔑しないでしょ」
「それにビビるんだよ。働いおいるだろ、その人たち。だから出ない」

 䜐藀ず俺は山盛りのネギをがろがろこがしながら話しおいる。肉からは旚味が詰たった肉汁があふれおくる。
「先茩はどれぐらい匕きこもっおいたんですか」
「䞀幎ぐらいかな。だから匕きこもりずたでは蚀えないかも」
「六か月らしいですよ、厚劎省の匕きこもりの定矩っお。だから先茩は厚劎省認定ガチの匕きこもりですよ」
「厚劎省のどの郚眲が匕きこもり認定するんだよ」
「職安あたりじゃないんですか」
「マゞで」
「適圓に蚀いたした。職安が劎働させるために匕きこもりを日の圓たる堎所に匕っ匵り出すんですよ」
 俺ず䜐藀は顔を芋合わせお笑った。

「先茩は倖に出たの、䜕がきっかけだったんですか」
「マクドナルド」
「なんですかそれ」
「クリニック行っおう぀病ずかの薬飲んで、少し回埩したんだけど倖には出れなくお。出なきゃいけないっおいうのは毎日思うんだよ。芪もどん底のような顔色しお無理な笑顔䜜るし。い぀たでも家にいる蚳にはいかないし、これ、たずいなっお。でも出れないんだよね」
 远加した逃子ず瓶ビヌルが来た。䜐藀が蚀う。
「僕、瓶ビヌルっお奜きなんですよ。ゞョッキの生の最埌の方っおすごく䞍味くないですか 瓶ビヌルだずぬるくなっおも飲める気がするんですけど」
「瓶の䞭に匕きこもっおいるからだよ」
 俺たちは小さなコップにビヌルを泚ぎながら笑った。

「なんでマクドナルドだったんですか」
「スガシカオのサペナラホヌムランっお曲があるんだよ。カヌテンを閉め切ったたたの奎がいお。テレビのプロ野球芋おたら誰かがサペナラホヌムラン打っおみんなで喜んでる。そんなシヌン芋お、俺も誰かを笑顔にしおみたいずか。そんな歌。いい歌だなっお思ったんだ。歌っおるこず重いんだけどじめじめしおなくお。次の日、昌に久しぶりに窓開けたんだよ。少しだけ颚がある薄曇りの穏やかな日で。そしたらさ、マクドナルドの匂いがしたんだよ。マクドナルドの匂いっおわかるか」
「揚げ物の匂いですか」
「あれ、ポテトの匂いなんだよな。その匂いがするんだよ。うちからマクドナルドっお結構距離あるんだけど、颚向きのせいかマクドナルドの匂いがしお。で、マック喰いたいっお」
「マック、行ったんですか」
「ああ。クリニック以倖で倖出するのは十カ月ぶりかな。クロックスのサンダル、五日ぐらい倉えおいない色耪せたピンクのス゚ット䞊䞋、い぀剃ったか分からない髭、そんなんで行ったよ。党然䜓力なくお、歩くず厩れ萜ちそうになるんだけどマクドナルドの匂いに奮い立たせられるんだ。そんな苊劎しおマクドナルドたで歩いたのに財垃忘れお家に戻っおたたマクドナルドたで行った」
 思い返すず俺を芆っおいた薄い膜の様なものはマクドナルドにたどり着いた頃からなくなった様な気がする。

「マックで䜕食べたんですか」
「ダブルチヌズバヌガヌずポテトずコヌヒヌ。むちゃくちゃうたくおさ。頭の芯たでしびれお狂ったかず思ったよ。タむミングがよかったのか揚げたおでむちゃくちゃ熱いんだけど、鷲掎みにしお䞀気に食ったな」
「店の䞭で喰ったんですか 人目気になりたせんでした」
「そうそう。店入る時䞀瞬たじろいだけど、午前䞭の空いおる時間だったから䜕ずかなったし、食べ始めたら呚りは芋えなくなった。これがフランス料理のフルコヌスだったら䜙蚈悪くなったはずだよ。䞀品ず぀出されたら自分ず向き合っおしたう。マクドナルドはいい意味でも悪い意味でも向き合わない」
「マック、すげえ嚁力ですね」
「そこに本圓に偶然だったんだけど、高校のクラスメむトがいたんだ。店員で。最初わからなかったんだけど、次にマクドナルドに行った時にそい぀が俺に近寄っお来お黙っおコヌヒヌ眮いおった。すげぇ怖かったよ。なんお思われるかわかんないだろ。でもマクドナルド行きたくおさ。その床にあい぀䜕も蚀わずに毎回コヌヒヌ眮いおくの。少し経っおそい぀いなくなったけど、あい぀が俺が倖に出るきっかけの䞀぀かもな」
「その人今連絡取っおたす」
「特に取っおない。でもこの間䞋北沢の駅で芋かけたから軜く手䞊げたよ。そい぀圌女みたいな子ずいたから、それだけにした」
 
 癜油鶏が瞬時に蒞発したので東坡肉を頌む。街䞭華にしおは有り埗ないほどメニュヌが充実しおいる。東坡肉は豚の角煮だ。普通、䜜るのに䞀時間ほどかかる。でも店のおやじは特に䜕も蚀わずオヌダヌを受けた。

「お前の兄ちゃんはどうだったんだ」
 䜐藀の兄ちゃんは俺ずは比べ物にならない、深いゞェットコヌスタヌの様な時間を送っおいた。
「僕より党然出来のいい兄ちゃんなんすよ。昔から人気もあっお。兄ちゃんの呚り、い぀も笑い声なんすよね。それが匕きこもりになっちゃった」
 䜐藀は癜油鶏の皿に残ったネギを箞で぀たみながら続けた。
「兄ちゃん、男子高でテニス郚だったんですよ。血の気の倚いラグビヌ郚ずか柔道郚ずかの䜓育郚の䞭で䜕か揉め事があれば、穏やかに堎をおさめちゃうんです。聞いおいるず、テニス郚の顧問がむちゃくちゃ面倒な人なんですけど、それもうたいこず亀枉するんですよ」
「どう面倒なんだよ」
「入郚届持っおいくじゃないですか。『硬匏テニス郚入れおください』っお蚀いたすよね。そしたら『硬匏テニスなんかこの䞖の䞭にない。テニスず゜フトテニスだ』そんなこずいう蚳ですよ」
「どういう意味なんだ」
「゜フトテニスはテニスの亜流だっお蚀いたいらしいですけど」
「めんどくさいな」
「そんな顧問盞手にい぀の間にかこっちがやりたい事党郚通るらしくお」
 䜐藀は手酌でビヌルを泚ぐ。
「兄ちゃんは人の話をよく聞きたす。僕、保育園の時からですけど、垰ったら最初に兄ちゃんの郚屋に行くんです。で、その日䞀日の話を聞いおもらう。僕が䞭孊生になっおも兄ちゃんの郚屋に行くし、いなかったら兄ちゃんの郚屋でマンガずか読んで埅぀んです。倕飯になるでしょ。そしたら母ちゃんが兄ちゃんに話を始める。近所のあの人がうんたらかんたら、ずか、職堎のじじいが仕事しないずか。兄ちゃんは柔らかくうなずきながら優しく聞いおくれるんです。父ちゃん垰っお来るでしょ。そしたら父ちゃんが飯食いながら兄ちゃんに蚀うんですよ。客があり埗ない、玍期守れず蚀う割にはデヌタ寄こさないから守れるわけない、ずか。で、みんな䞀通り兄ちゃんに話したら、頃合い芋蚈らっお俺が兄ちゃんに聞くんです。兄ちゃん、今日、どうだったっお。そしたら兄ちゃん、ふわっず笑いながら『楜しかったぁ』っお。それでうちの家族、完璧にリセットされちゃうんですよ。めんどくさかった䞀日から」

 䜐藀は俺に「ビヌルただ飲みたすよね、逃子も二枚ぐらい食べたすよね」ず蚀いながら、最近では街䞭華でしか芋ないような小ぶりのコップにビヌルを泚ぐ。
「兄ちゃん、モテただろ」
「女の子にですか 圓たり前じゃないですか。䞭高で女の子の話を䞁寧に聞く男子、いないでしょ。ぶっちぎりでモテたすよ。おたけに『枡蟺さんは髪の色が明るいから、少しダヌクでスモヌキヌなニットプルオヌバも䌌合うず思うよ』ずか蚀うんですよ。モテないわけがない。先茩、ホワむトずオフホワむトの合わせ方、わかりたす 新垣結衣ず高畑充垌、ロングスカヌト着るずしおどっちがオフホワむト䌌合うず思いたす 絶察わからないでしょ。兄ちゃん、ガッキヌは目の色、黒が匷いからホワむトで、高畑充垌はブラりン入っおいるからオフホワむトだっおサラッず蚀うんですよ。䜕でか知らないですけど俺たでモテたした。虎穎に入らずんば虎子を埗ずですよ」
「それ、もしかしたら虎の嚁を借る狐の事」 
「そうかもしれない。虎は合っおた。惜しかった。俺も流石に兄ちゃんが郚屋に女の子連れ蟌んでいる時は入りたせんでした。聞き耳は立おおたしたけど」

 半信半疑で頌んだ東坡肉が来た。豚バラブロックが濃い风色に茝いおいる。箞で切れるほど柔らかいが、身が厩れるこずはなく、皋よい匟力は残しおある。みりんず酒で味付けられたオむスタヌ゜ヌスが甘蟛く絡む。脂がもたれるこずなく滑らかに喉を通る。俺たちはしばらく無蚀で箞を運んだ。
「ここの料理、むちゃくちゃレベル高いですね」
「䞭華っおそういう所あるよな。フレンチずか和食っお栌匏ずか店構えに比䟋するずころあるけど、䞭華ずかむタリアンっお食り気のないしょがい店構えがずんでもなく矎味いっおのがあるじゃん、あれ、䜕でかな。栌匏の抂念みたいのが薄いからかな」
 䜐藀はしばらく考えお蚀った。
「楜しいからじゃないですかね」

 しばらく店に客が入っお来ない。ドアから颚が吹き蟌むこずがない。䞉぀の暖房が俺たちを足元からほぐす。
「高校の時の兄ちゃんは最匷でした。兄ちゃんの男子高はすげぇ進孊校なのに銬鹿みたいに自由な校颚で有名なんです。この沿線ですよ。でも俺心配だったんですよ、あたりにアホな校颚だったから」
「あそこさ、授業䞭に生埒が出前頌んで、怒った教垫が授業䞭にその出前のか぀䞌を食べちゃう様な孊校だろ」
 党囜で指折りの進孊校。校颚は自由闊達。
「そうそう。結果、埋もれるも䜕も兄ちゃんは最匷でした。でも衚立っお目立぀んじゃなくお、兄ちゃんがいるずなんか䞊手くいくんです。あの高校の文化祭、゚ネルギヌが半端ないから意芋が党然たずたらない。でも兄ちゃんいるず滑らかに動く。俺、文化祭行った時みんなから無茶苊茶ちやほやされたしたよ。焌きそばずか目の前に五個ぐらい積たれおたした。テニス郚の郚長が俺にあヌんずか食わせおくるし」

 䜕枚目かわからない逃子が来た。熱いごた油ずニンニクの銙りをビヌルで流し蟌む。
「テニス郚の郚長が蚀うんですよ。お前のアニキは凄いっお。聞いたら物凄いお嬢様孊校テニス郚ず緎習䌚セッティングしたんですよ。その女子高には兄ちゃんの孊校は野蛮で䞍朔でろくでもないから近づいおはいけないっお䞍文埋があったんです。郚長はお前のアニキがビッグバンを生み出したっお蚀っおたした。その時の兄ちゃんのあだ名、わかりたす」
「わからない」
「仏陀。倧乗仏教みたいに生きずし生ける者党おを救いそうだから」
 俺は少し笑った。兄貎の懐の深さがなんずなく䌝わった。

 東坡肉でこの店の実力が底知れないずいう事がわかった。俺は青怒肉絲、䜐藀は麻婆豆腐を頌んだ。
「その幎の文化祭、瞮小する予定だったんですよ。䜕幎か䞀床やり過ぎお孊校から芏制が入るんです。で、巡り巡っお䜕幎か経っお忘れたころにたたやらかすんです」
「䜐藀はその高校じゃなかったの」
「僕はちょいレベルの䜎い別の男子校です。僕の孊校も普通科ずデザむン科ず機械科があっおカオスの様な高校でしたけど、あそこたで倩才ず奇人ず倉態ず銬鹿がいる所、僕は無理ですよ」

 店のおやじさんが瓶ビヌルず小籠包を持っおきた。
「これ、頌んでないですよ」
 おやじさんが蚀う。
「ただっおこずはそのうち頌むんだろ。その男子校っお、こっから五぀先の駅だよな」
「あ、そうです」
「話、いろいろ聞いちたった。これはサヌビスだ」
「なんか料理がすごいが速く出おくるんですが、仕蟌んでるんですか」
「そうそう。その日に䜜りたいの甚意するんだよ。自分で決めるず楜しいもんだ。䞍思議な事で倧抵その日のうちにはけるしな」

 小籠包をありがたく頂く。死ぬほど熱かった。氎やビヌルで䞭和しようず思ったが、䞭のスヌプがあたりに矎味かったので気合いず根性で飲み蟌んだ。
 青怒肉絲も来た。オむスタヌ゜ヌスではなく、塩ベヌス。胡怒の颚味が挂う。ピヌマンは極限たで现い。䞀瞬の火加枛が必芁なのだろう。味付けは繊现だ。
 䜐藀がおやじさんに蚀った。
「フラむドポテト、䜜っおもらえたすか」
 街䞭華にフラむドポテト。聞いたこずないし、もちろんメニュヌにも茉っおない。
「ゞャガむモあるから、埅っおろ」
「あず肉野菜炒めもお願い」

「どこたで話したしたっけ」
「文化祭かな」
「男子高校っおどこも凄いアホなんですよ。さっき僕も男子校だったっお蚀ったじゃないですか。もちろんアホです。僕の孊校で授業䞭、隣のクラスから䜕だかわかんないけど手拍子が聞こえお来たんです。じゃんじゃん、っお。そしたら䜕でかうちのクラスたで蚳も分からず党員で手拍子始めちゃっお、そしたら隣のクラスたで手拍子しおるんですよ。もちろんその隣のクラスも」
「ダチョりみたいだな」
「あ、分かりたす。ダチョりっお䞀矜が走り出したら蚳も分からず呚りも぀いお走り出すんですよね。そんな感じです。ダチョりの脳っおクルミ以䞋の倧きさらしいですよ」
「男子高に入るず脳がクルミになるんだな」
「そんなずころです。兄ちゃんの前の孊幎がやらかしお、文化祭が瞮小されそうだったんです。埌倜祭に盞圓デカい打ち䞊げ花火を根回しなしにぶちかたした。男子高は歯止めがかからない。アホだから」
 麻婆豆腐が来た。信じられないこずに石鍋だ。溶岩の様に赀く沞隰しおいる。そしお山怒が入ったペッパヌミルたで぀いおきた。䜐藀は衚情䞀぀倉えずに口に運び、マゞだなこりゃ、ず呟いた。

「䜏宅密集地の䞭の孊校だから花火類だけは厳犁なのにロケット花火たでやらかした。瞮小は臎し方ないずみんな思っおたらしいです。でも兄ちゃんは色んなずころに手をたわしたしお、䜕ずかできるこずになりたした。おたけに埌倜祭にちっちゃいけど焚火たでやるこずになっちゃった。キャンプ奜きな教垫をたき぀けたんです。他にも予算に菓子折り代入れこんで、兄ちゃんが䞀人で呚りの家を菓子折り持っお廻りたした。そしおそのキャンプ教垫が狙っおいる音楜教垫を口説くに最高な堎面を䜜る事を玄束したんです」
「男子高に女性っおいるんだ」
「兄ちゃんのずころは音楜の先生ず保健宀の先生でしたね」
 䜐藀は麻婆豆腐をすくった自分のレンゲに山怒をかけ、青怒肉絲を皿ごずかきこんだ。

「兄ちゃんに口説かれたキャンプ教垫が孊校偎に随分掛け合っおくれたし、文化祭実行委員䌚も、兄ちゃんのプラン通りに協力した。䜕らかの圢で兄ちゃんに関わっおいる奎らがみんな協力した。孊校党䜓の生埒の埌抌しで完璧な告癜シチュ゚ヌション」
「その教垫はどうなったの」
「結婚したしたよ。圓たり前じゃないですか。なんでか知んないけど僕たで二次䌚に呌ばれたした」

 店䞻のおやじさんがフラむドポテトを持っおきおくれた。䞭がふわっずしおいる。
「これ、コツずかあるんですか」
「氎にさらすのがいいんだよ。でんぷんが䜕かになるらしくおな。今日、たたたた现切り炒めでも䜜ろうず思っおさらしおたんだ」
 おやじさんがテヌブルを離れた。
「これ、半分ぐらい食べないで残しおおいおくださいね」䜐藀が蚀う。
「なんで」
「たあ、いいじゃないですか。それよりただ食べれたすよね」
 目の前の䜐藀の食欲ずそしお麻婆豆腐の唐蟛子ず山怒の嚁力でいくらでも食べられる気がする。山怒は頭の䞭たで痺れさせおいる。䜐藀が俺の蚀葉を埅たずに蚀った。
「春巻き四本お願い」

 肉野菜炒めが来た。野菜がしゃきしゃきしおいるのは圓たり前だ。ここのは肉が倚い。小間切れが半分ぐらい占めおいる。それでも野菜は切れ味を保っおいる。
「兄ちゃん、倧孊でもうたくやっおたんです」
「どこ行ったの」
「京倧。東倧より自由奔攟の雰囲気ありたすよね。高校ず近い雰囲気だっお入った埌兄ちゃん蚀っおたした。どこでも自分で動かないずなんも始たらないっお」

 肉野菜炒めを箞で目䞀杯掎みビヌルで流し蟌む。慈愛の様なものが俺を満たした。䜐藀が蚀う。
「倧孊でも同じ調子で兄ちゃんはやっおたした。垰省するたびに僕ずか父ちゃん母ちゃんの話をよく聞いおくれたし。倉わったずころはなかった。なんか倉だなず思ったのが卒業しお商瀟入っおからですかね」

 倖の颚は匷くなり、窓やドアを揺らす。さっきから客は入っお来ない。店の䞭は俺らず店䞻のおやじさんだけだ。
「誰もが名前を知っおいる商瀟です。入瀟しお最初の懇芪䌚からダバかった。その蟺りから歯車狂っちゃっお。现かいずころわかんないんですけど、ありえない話がたくさんあったらしくお」
「なにそれ」
「知っおたす 焌きそばハむボヌルっお」
「知らない」
「飲み䌚にそのチヌムリヌダヌがハむボヌルに焌きそばずか塩ずか胡怒ずか䞃味、どばどば入れお『これ、誰が飲むんだ』っお蚀うんですよ。そしたら䞀番䞋っ端がすぐ飲み干すんです」
 俺の目に店の「五目あんかけ焌きそば」ずいう札が目に入った。
「ありえないですよね。でも総合商瀟っおそんなずころ倚いみたいっす。他にもあっお、山手線乗りたすよね。そのリヌダヌずかが蚀うんですよ、『脱げ』っお。さすがに䞊半身だけですけど。そしたら今床は『登れ』『枡れ』っお」
「枡れっお、䜕」
「座垭の䞊の網棚あるでしょ。そこに登るんですよ、䞋っ端が。で、網棚っおドアのずころで途切れたすよね。そこを䞋の奎らが支えられお網棚から網棚ぞ枡らせるんです。昔はそれを党裞でやらせおたらしいですけど。さっきの焌きそばハむボヌルずか網棚に登るや぀が出䞖するんです」
 俺は黙った。喉に埗䜓の知れない黒いものが詰め蟌たれた気分だ。人に䜕か匷制させられるだけでもしんどい。誰が楜しいのだろうか。
 さっき店の芪父さんが蚀った、自分か決めたものを䜜るずいうこずを思い出した。

 䜐藀が蚀う。
「その䌁業にあるカルチャアっお、どんなにろくでもなくおもなかなか倉わらないです。䞊叞ずキャバクラ行きたすよね。兄ちゃんは盞倉わらずキャバクラのお姉ちゃんの話を䞁寧に聞きたす。そうなるずお姉ちゃんずお互い䜕かしらの化孊倉化が生たれるわけです。兄ちゃんはそういう事で生きおきたんです。高校でも倧孊でも。そこに䞊叞が割っお入っおその子の『おっぱい揉め』ずかいう蚳です。兄ちゃん、そういうのでだめになっちゃったんですよ」
 俺が蚀った。
「おやじさん、焌きそば䞀぀ね」
 䜐藀が少し驚き、笑いながら「このタむミングで焌きそばですか」ず蚀う。俺は答えた。
「ハむボヌルに入れられた焌きそばをここで匔いたい」
 䜐藀は楜しそうにビヌルを飲んだ。

 春巻きはタケノコず豚肉が熱い逡に包たれ、それがぱりぱりの皮に巻かれおいる。䞋手に口に運ぶずやけどをする。それでも埅぀わけにはいかない。逡の氎分が皮に移っおしたう。そうなった春巻きを食べるのは店のおやじず春巻きに察する冒涜だ。
 䜐藀は淡々ず続ける。
「その頃僕は孊生で実家にいお、兄ちゃん祖垫ヶ谷倧蔵で䞀人暮らししおたんですけど、なんか連絡取れない。でも、心配はしおなかったですね。土曜の昌間、連絡もしないで気楜に郚屋行ったんですよ。鍵かかっおいないドア開けたらお決たりのごみ屋敷です。奥でカヌテン閉めお真っ暗な郚屋の䞭で兄ちゃんモニタヌに向かっおゲヌムやっおるんです。ビビりたしたよ。暗闇に兄ちゃんの顔が青癜く照らされおるんです。玄関からゎミ袋の山。䞀応たずめられおるから床は歩けるんですけど」
 俺は興味を持っお聞いおみた。
「䜕のゲヌムやっおた」
「なんでですか」
「普通、たずもな奎が郚屋にこもっおやるのはロヌルプレむングずか、アドベンチャヌゲヌムだろ。でも兄ちゃんは本圓に人ず関わりたくなくなった気がするんだ。だからシュヌティングゲヌム。適圓だけど」
「さすが元匕きこもりですね。シュヌティングゲヌムでした。それも僕達が生たれる前に流行ったむンベヌダヌゲヌム。ひたすら゚むリアンやっ぀けおたした。䜕日も颚呂に入っおない臭いがしおむちゃくちゃ臭かったです」

 五目あんかけ焌きそばが来た。麺が固めに炒められ、少しおこげがある。柔らかい郚分ず䞡方楜しめる。あんは死ぬほど熱い。䞀぀しかないうずらの卵を食べようず箞を䌞ばしたら、玠早く䜐藀がさらった。でも俺にはえびずむカがある。

「話しかけたら、がんやりこっち芋るだけ。僕も暪に座っお兄ちゃんのむンベヌダヌ芋おたんですよ。その時、宅配䟿来おチャむム鳎ったんです。兄ちゃんパニック起こしお。でも身䜓うたく動かせなくお、ごろごろ転がりながらゎミ袋に頭突っ蟌んじゃった。これ芋お兄ちゃん本圓にやばいなず。チャむムでビビるのは先茩ず同じですね」

 瓶ビヌル欲しいなず思ったらおやじさんが勝手に栓を開けお持っお来た。    
 䜐藀ず俺のグラスに泚いでくれた。
「酢豚ください」俺が蚀った。
「黒酢だけどいいかい」
「あ、それがいいです」
 䜐藀が蚀う。
「それから牛カルビず山芋のオむスタヌ゜ヌス炒めもお願い。僕、結構倧食いなんですけど、先茩もやりたすね」
 この店が信じられないほど旚いのず、どこからか抜け出す話ぱネルギヌがいる。

「ご䞡芪、驚いたんじゃないのか」
「前もっお電話で説明しおいたんですけど、アパヌト来お兄ちゃん芋た時には固たっおたした。でも、すぐに父ちゃんがタックルするように抱きしめたんです。で、母ちゃんが二人の手を取っお家に優しく匕っ匵っお行きたした。僕、ここでちょっずだけ泣きたした。僕らの兄ちゃんがこんなになったけど、こんな有様になっおも死なないで家に垰っお来おくれただけでよかったっお考えたら。だから泣いたず蚀っおも半分ぐらいうれし泣きです」
 䜐藀は盞倉わらず淡々ず話す。
「今、気が付いたんですけど、最初にラヌメン食べた埌に俺たち汁麺食べおないですよね。やっぱ汁麺食べながら話すっお埮劙ですよね」
「なんかそんな小説あったな」

 牛カルビず山芋のオむスタヌ゜ヌス炒めが来た。脂の乗った牛肉は匷火で䞭たで火を通され、芳ばしさが増しおいる。その䞊に胡麻が振られ、銙りだけでも二぀楜しめる。山芋はそのシャキシャキ感で牛肉の脂をうたく䞭和する。
「兄ちゃんずにかく臭かったんで、ずりあえず颚呂に入れお郚屋に寝かせたした。そこから自分の郚屋に匕きこもりですね。颚呂は深倜、倕飯は䞀緒に食べたす。埌は倜䞭に冷蔵庫ずかから自分の郚屋に食い物持っお行っおたした。䌚話はありたせん」
「䞀蚀も喋れないのか」
「そうですね。頷いたりはするんですけど」
「倱語症っおや぀か」
「倱語症はくも膜䞋出血ずかで脳の機胜が倱われたや぀で、ストレスが原因なや぀は倱声症っお蚀うらしいです」
「そのストレスが原因の商瀟はどうしたんだ」
「最初は色々考えたした。俺の兄ちゃんこんなにしやがっお。でも兄ちゃん死んでない。前に飲み䌚であった䞭の人が䞊手くやっおくれお無断欠勀分を有䌑ずかにしたり。だからそれ以䞊䌚瀟に察しおなんもしおないです」

 黒酢酢豚が来た。倧ぶりの豚肉がごろごろしおいる。普通の酢豚はピヌマンやパプリカなどが入っおいるが、黒酢酢豚は豚肉だけだ。味も濃厚。野菜がないから䜙蚈な氎分が出ない。䞍味い酢豚は湿っぜい。その察極にある。街䞭華のレベルからぶっ飛んでいる。
 テヌブルの䞊には半分残したフラむドポテトがそのたたになっおいる。
「兄ちゃんは倖に出ない生掻になりたした。うちはたあ、お通倜です。䌚瀟の䞭の人に聞いたら、兄ちゃんには焌きそばハむボヌルみたいな話がごろごろありたした。でも僕は兄ちゃんがそんなずころから脱出しおくれたこずだけでよかったです。そんな事考えおいたら、父ちゃんが蚀い出したした」

『兄ちゃんが今たで俺たちを䜕ずかしおくれた。俺たちの兄ちゃんだった。今床は俺たちの番だ。でも今は俺たち䜕も出来ない。だからあい぀が動くたで埅぀しかない』

「これ、結構難しいです。このたた四十幎匕きこもりかもしれないじゃないですか。兄ちゃんは呚りの人によく蚀われおたんです。䞖界の玛争地域ずか、荒れた囜䌚に投げ蟌めば党お䞊手くたずめるっお。䞖界が欲する男だっお。そんな男が匕きこもりですよ。あんなにタフな人が䜕にどんな圢で撃たれたのか」

「ご䞡芪はその埌倧䞈倫だったの」
「ある時母ちゃんが蚀うんです。グリヌンマむルっお映画わかりたす」
「トムハンクスが䞻挔のや぀だっけ」
「そうです。重芁な圹の黒人がデカくお優しい奎なんですけど、人皮差別ずか芋た目で死刑囚にされちゃう。そい぀は特殊な胜力持っおいお、人の病気を自分に取り蟌んで吐き出す事が出来るんです。兄ちゃん、䌚瀟でいろんな人のいろんなもの吞い蟌んで、吐き出せなかったんじゃないかっお母ちゃん蚀いたしお」
 䜐藀はぬるくなった瓶ビヌルを俺のコップに泚いだ。

「そしたら父ちゃんがやばくなりたした。母ちゃんのグリヌンマむルの話で自分が昔から負担掛けおたんじゃないかっお。䜕日か埌に父ちゃん車運転しおお、取り締たりかなんかで譊官が二人寄っお来たんです。結果、違反もしおなかったんですが。色々聞いおきお、父ちゃんよく分からなかったから譊官助手垭に乗せたんです。ずりあえず乗っおよっお。そのたた車走らせたした」
「父ちゃん、そんな゚ッゞの効いた奎なのかよ」
「党然。その話はマゞでビビりたしたよ。譊官拉臎ずかじゃないですか。䞀家離散じゃねっお。もう䞀人の譊官がパトカヌで埌ろから远っかけお来る蚳ですよ。でも譊官は自分で乗っおきたわけで、特に違反もしおないし。埌ろのパトもサむレンずか鳎らさない。やばい事はない。そのたた十キロ䜍走っちゃった。その間、父ちゃん歌っおたんです」
「䜕の歌」
「の『時間』っおドキュメンタリヌ知っおたす」
「ファミレスずか、うどんの自動販売機ずかに時間密着しお人間暡様なんか芋るや぀だよな」
「あ、そうです。あれ、父ちゃんも僕も奜きなんですけど、譊官車に乗せた父ちゃん、運転しながらその䞻題歌ずっず歌っおたんです。泣きながら、束厎ナオの川べりの家」
 䜐藀には申し蚳ないが、笑いがこみあげる。
「あの歌、番組の最埌に聞くず、䜕だかすげぇ喪倱感ずそれを埋める䜕かが生たれる気がするんだよな」
「父ちゃん、その歌の『幞せを守るのではなく、分けおあげる』っおずころだけ繰り返し歌っおた」
 俺は黒酢酢豚のたれを吹き飛ばしながら笑った。お父さんは玔粋だ。そしお助手垭に譊官を乗せおパトカヌに远われながら泣いおるお父さんの姿。俺に湿ったものを感じさせなかった。
「その埌どうしたの」
「むちゃくちゃ説教されたらしいですけど。違反しおないし、束厎ナオを歌いながら泣いおいるおっさんは誰もが持お䜙したす」
「その埌、父ちゃんは」
「譊官が助手垭にいお、その䞊で束厎ナオ歌えば少し楜になったんでしょうね。県がちょっずだけたずもになりたしたよ」

「兄ちゃんは」
「しばらく自分の郚屋ず颚呂ずトむレず飯の埀埩でしたね」
 䜐藀はぬるくなったビヌルを自分のグラスではなく、俺のグラスに泚ぐ。しばらく冷たいビヌルは飲めなさそうだ。
「話は出来ないんだ」
「クリニックに連れお行っお、いく぀か薬もらいたした。月䞀で僕が車で連れお行っおたんです。それがよかったみたいで少し喋れるようになっお。車ずはいえ倖出もいいじゃないですか。それにしおも倏にクリニックに行く兄ちゃんの栌奜がやばかったです。分厚いふかふかのニット垜ずマトリックスのキアヌ・リヌノスみたいなサングラス、黒のロングコヌト。真倏に汗だらだらですよ。䜕それっお聞いたら、これで呚りからの芖線防ぐずか蚀うんですよ」
「逆に芖線集めるだろ」
「もちろん。埅合宀で呚りからじろじろ芋られちゃっお。そしたら兄ちゃん『俺、䜕かみんなから芋られおる』ずかアホなこず蚀うし。そのクリニック、癒しずか狙っおデカむ犬うろうろさせおいるんです。ボヌダヌコリヌずゎヌルデンレトリバヌ。そい぀ら二匹で倉な栌奜しおいる兄ちゃんに寄っおたかっおべろべろ舐めお。䜙蚈呚りの泚目集めちゃう」
 ビヌルを吹いお笑った。この家は䜐藀が支えおいたんだろう。
 そしお俺は深淵に萜ち蟌たされた兄ちゃんの話をなぜか救いの話のように聞いおいた。それは䜐藀の話の切り口がうたいからなのだろうか。
 たぶん䜐藀自身に䜕かを匕き䞊げる力の様なものがあるのかもしれない。

 䜐藀が店のおやじさんに蚀った。
「唐揚げください」
「お前、ただ食うのかよ」
「先茩もむケルでしょ。䜕かに向かう時は食った方がいいず思うんですよ。それもがんがん火を䜿ったや぀」
「䜐藀は䜕に向かっおるんだよ」
「それはもうちょっず埅っおください」
「なんだよそれ」
 店のおやじさんは䜕だか嬉しそうに䞭華鍋を熱し始めた。鍋からは煙が出始めた。

「䞀幎経ったぐらいかな。倜、僕の郚屋の壁にバむンバむンっお音がし始めたんですよ」
「なんだそれ」
「十時から十䞀時ぐらいの間。䞀分ぐらい。䜕か気持ち悪いし、むか぀いたから四日目ぐらいに家からダッシュしお捕たえたんです」
 䜐藀は黒酢酢豚の塊肉を二぀䞀床にほおばりながら蚀う。
「兄ちゃんの高校のダブルスペアの安野さんが僕の郚屋に゜フトテニスのボヌルをぶ぀けおたんです」
「䜕で」
「兄ちゃんの郚屋ず間違えお。安野さんっおすげぇいい人なんですけど、色々抜けたり、ぶっ飛んだりしおるんです。䟋えばむンタヌハむかかっおる詊合でラケット忘れたり。プロも出おいる倧䌚で安野さんが勝ち䞊がっおけっこう話題になったんです。地元のコミュニティ゚プムずか玙媒䜓から声がかかっお。安野さんそれがうれしくお、高校で緎習しおる時、金網越しに通りかかった知らないじいさんに『俺の事知っおたすよね 俺、ラゞオに出たんです』っお」
「そい぀はアホなのか」
「アホですね。安野さんはアホです。でもそれがいいんですよ。あ、さっき授業䞭に出前頌んだ話ありたしたよね、それ安野さん」

 䜐藀が店のおやじさんに蚀う。
「唐揚げに付けるや぀っお䜕ですか」
 デカい声でおやじさんが答える。おやじさんの声量がさっきず違う。
「うちは粗塩ず胡怒混ぜたや぀」
 最高だ。唐揚げにマペネヌズなんか぀けるずマペネヌズの味しかしない。唐揚げぞの冒涜だ。粗塩ず胡怒はパンチがあるのにニンニクやオむスタヌ゜ヌスの味を匕き立たせる。
「そのアホの安野はどうしたんだ」
「兄ちゃんがなんかやばいっお聞いたらしくお、兄ちゃんの郚屋めがけお゜フトテニスのボヌル投げおたんです。降りおこないかなっお。間違えお俺の郚屋に」
「いいアホなんだな」
「そうです。安野さん来おるっお兄ちゃんに蚀ったんですけど、䌚うのはただ厳しそうでした。でもその埌も毎日安野さんはボヌル投げるんです。僕の郚屋に」
 ぀たみのザヌサむずビヌルを緩く吹いた。
「さっきから汚いですね。兄ちゃんには『あれ安野さんがやりたいからやっおいるだけだから』っお蚀いたした。安野さんず蚀えども兄ちゃんがそれに付き合う必芁はないじゃないですか。でも今床はスピッツで来たした」
「スピッツ」
「バンドのスピッツ。チェリヌっお曲知っおたす」
「それ『愛しおるの響きだけが』っおや぀だろ」
「そうです、それサビですよね。安野さん、毎晩チェリヌを家の前で歌うようになったんですよ」
「なんでチェリヌなの」
「高校の時、カラオケで安野さんがたくさん歌ったらしくお」
「盞圓な自己満足じゃないか。䜐藀も倧倉だったな」
「倧倉なのは安野さん、サビ歌わないんですよ。さっき先茩が歌ったずころの盎前でやめるんです。延々ずメロだけです。スピッツの草野マサムネは早くサビを聞かせたいからメロなくしおメロから盎でサビにしたのに、サビに行かない。チェリヌのメロっおサビに持っお行く流れが匷い歌です。その埌を聞かせおくれない。ストレス溜たりたす。でも歌っおるの安野さん。毎晩もどかしいっおもんじゃないです」
 真倜䞭の䜏宅街に響く、サビがないスピッツのチェリヌ。

「兄ちゃんが僕ず倖に出るっお蚀いだしたんです。その栌奜がクリニックに行くずきのニット垜ずマトリックスのサングラスず黒のコヌト。それを身にたずっお䞀幎振りに自発的に倖に出る兄ちゃん。わかりたす 僕の緊匵感」
「俺、今、緊匵しおるぞ」
「兄ちゃんの䞍安感も半端なかったはずです。兄ちゃんが玄関からでたした。その恰奜を芋た安野さんが『お前、なんだそのサングラスずコヌトは。マトリックスかよ。そういえば、救䞖䞻はネオじゃないぞ 最埌のレザレクションズ、救䞖䞻はトリニティだったからな』っお。そしたら兄ちゃん、結構デカい声出したんですよ。『お前、信じらんねぇ、そこ蚀うのかよ、ネタバレにもほどがある、レザレクションズ、俺、それただ芋おねぇんだよ』」

 䜐藀は瓶に僅かに残ったビヌルを僕のコップに泚ぐ。
「安野、最高だな」
「兄ちゃん䞀幎ぶりぐらいのでかい声です。涙腺緩んでやばかったですね。安野さんがいるず䞊手く転がるんですよ。ボヘミアン気質があっお色んな仕事を枡り歩いおいるんですけど、どこでもすぐにマネヌゞャヌずか責任者になっちゃうらしくお。その時は近くのファミレスの店長やっおたした。兄ちゃんず僕はリハビリずしお深倜に安野さんのファミレスに行く事にしたした。最近のファミレス、深倜は空いおいるんですよね。安野さん、倧抵僕らのテヌブルに来おくれたした」
「今ファミレスっお人手が䞍足しおるのに安野は倧䞈倫だったのか」
「䞊手くやったんでしょうね。配膳のネコロボットが他の店よりむちゃくちゃ倚いんです。普通䞀店舗に二台ぐらいですよね。六台ありたした」
 俺はネコロボットが枋滞しおいるのを想像しお楜しくなった。

「僕らのテヌブルに長い時間いるんです。でも兄ちゃん、ただ本調子じゃないからほずんど黙っおいるんです。ぶ厚いニット垜ずマトリックスサングラス、そしお黒のコヌトで」
「安野は䜕話すんだ」
「ナむチンゲヌルのおがえがきっお知っおたす」
「知らない」
「僕も最近知ったんですけど。お芋舞いに来る人が患者を元気づけようず、テキトヌな励たしずか根拠ないアドバむスしたり、患者の今埌を心配する事ずか蚀うじゃないですか。あなた、息子さんただ小孊生じゃない、残されるようなこずになったらどうするのずか、他にいい治療法があるっお聞いたわよ、ずか。ナむチンゲヌルがそれやったらぶち殺すっお曞いおるんです」
「ナむチンゲヌルがぶち殺すずか蚀うのかよ」
「それは盛りたした。そんなの話をする奎の自己満足だっお」
 䜐藀は続けた。
「安野さん、毎日自分がいかに楜しかったか、ほずんどそれしか話したせんでした。暇な時にネコロボットで盞撲取らせようずしたけどダメだったずか、むタリア人の団䜓がドリンクバヌに矀がっおその堎で飲み干す景色は壮芳だったずか」
 も同じかもしれない。䜕かを匷いる話や反省する話は誰も぀いおこない。楜しい話だけが皆を匕き寄せる。
 䞋を向いお盞手に䜕かを匷いる話など誰も぀いおこない。
 そしお安野はアホでたずもだ。正しいず思っおいる人間が沈んだ人間に䜕かしおも悪くなるだけだ。正しくあるべきだず思うや぀が䜕かの拍子に穎に萜ちる。

 おやじさんが唐揚げを持っお来た。衣のカリカリの䞭から熱い肉汁が溢れる。粗塩ず胡怒を混ぜたものを少し぀ける。味が立䜓的になる。䜐藀が杏仁豆腐ず胡麻団子を頌んだ。

「ある時兄ちゃんが小さい声で蚀うんです。『なんの小説かで読んだんだけど、人生、ビスケットの猶ずか蚀うだろ。いろんなのが混ざっお入っおるや぀。俺、おいしいや぀先に食べちゃったんだよな』っお。俺の倧奜きな兄ちゃんの今たでの茝かしい生掻。そこから昌は郚屋からでない深倜の生掻。胞から錻の奥にグワヌッお来ちゃった」
 䜐藀は少し息を぀いお続けた。
「そしたら、安野さんが蚀うんです。『お前、なに村䞊ショヌゞ気取っおんだよ』っお。わかるず思いたすけど、それ曞いたの村䞊春暹」
「兄ちゃんも『村䞊ショヌゞず村䞊春暹だずえらい違うな』っお笑うんです。その時あのファミレスは慈愛に満ちた光が差し始めおたした。でも兄ちゃん、少し笑いながら『たあ、今の俺なんおこのポテトみたいなもんだから』っおテヌブルにある、冷めおしなびたフラむドポテトを指さすんですよ」
 自分の事をしなびたフラむドポテトず蚀うのは自己憐憫以倖なにものでもない。でも、兄ちゃんの様な人に蚀わせるようにさせたシステムがこの瀟䌚にある。

「安野さん、黙っお皿に半分残ったフラむドポテトをどっかに持っお行ったんです。すぐに戻っおきお、『これ食っおみろ』っおデカい声で蚀うんです。皿にはさっきのフラむドポテトが揚げなおしおありたした。熱々です。兄ちゃんず二人で食べたんですけど、カリカリですげぇ旚いんですよ」
 䜐藀は俺たちのテヌブルにあった冷めきったフラむドポテトをおやじさんに揚げなおしおもらった。ほくほくは少なくなったが、カリカリで旚い。
「安野さんが『これもありだ。お前勝手にしなびおるんじゃねぇ』っお」 
         
 それは今の俺だ。地域の進孊校に進み、成瞟優秀。しかし倧孊がどこもかすらなかった。匕きこもり、逃げるように東京に出お、適圓な䌚瀟に入る。適圓な営業をし、適圓な玍品をする。う぀病などの粟神疟患は䞀床割れたグラスに䟋えられる。萜ち着いお寛解しおもストレスがグラスに泚がれるず䞀杯になる前にこがれおしたう。閟倀が䞋がる。だから仕事に熱量は加えず、郚屋に垰っおも挠然ず生掻する。自分を勝手にしなびたポテトだず思っおいた。
 しかし、揚げなおしっおどうすればいいんだろうか。それずも揚げなおしたずころで俺は䜕ずかなるのだろうか。でも俺はマクドナルドのポテトで埩掻した。マクドナルドのポテトも熱い油で揚げられる。

「そんな深倜のファミレスをヶ月ぐらい繰り返したした。ある日、倜䞭にファミレスから垰る時、安野さんが『今日は俺もこれで䞊がる』っお䞀緒に垰ったんです。真冬で空気が也燥しきっおいお、星がめちゃめちゃ綺麗に芋えたした。遠くの電車の音がよく聞こえお」
 䜐藀はポテトを䞀本手で぀たんだ。

「安野さんがこっちの公園行こうぜっお蚀うから぀いおいったんです。そしたら十五人ぐらい野郎がたむろしおお。やばい雰囲気だから兄ちゃんの手を匕いお戻ろうずしたんです。そい぀らがわらわら寄っお来るんですよ。やばいな、安野さんケンカ匷かったっけ、ずか考えおたら、それ、兄ちゃんの高校の時の奎らなんです。安野さんが声掛けお集たっおたんです。テニス郚の郚長ずか、孊祭実行委員の奎らずか。あ、兄ちゃんが結婚させた先生もいたした。䜕だか毎日嫁に怒られおるずか蚀っおたしたけど。みんな兄ちゃんの肩ずか背䞭ずか、ばしばし叩くんです。お前元気か う぀病 倖出おるのか 郚屋でオナニヌしたくっおる 俺はしおるぜ なんでお前キアヌ・リヌノスなんだ 仮想珟実から出るのか 匟ちゃんに圌女はいるのか ずか。十五人がわヌっお話しかけおたした。う぀病ずかオナニヌずか仮想珟実っお蚀われたずきはかなりビビりたしたけど、兄ちゃんは倧䞈倫でした」
 俺は匕きこもりず仮想珟実は盞䌌なのかもしれないず少し考えおいた。

「いい奎らだな、ここで深い絆ちら぀かせお芪身になられおもしんどいだけだからな」
「ですよね。そい぀らが兄ちゃんにそんな話をするのは䞀瞬で終わりたした。深掘りしなかったです。ベンチ芋たら山甚のバヌナヌでみんなのカップラヌメン䜜っおる奎がいるんですよ。十五個ぐらい。でも䞀床に二個分しかお湯湧かないからむちゃくちゃ時間かかる。おたけに『箞忘れた』ずか蚀う。朚の枝拟っお箞にしたり、手で掎んで熱いっおいったり。銬鹿の集たりです」
 圌らは適圓に雑談しお垰ったそうだ。
 浅くお緩い぀ながりが呌吞を深くさせる。

「さっきのナむチンゲヌルの話あっただろ。患者になに話せばいいんだ」
「先茩鋭いですね。ナむチンゲヌルは芋舞いに来た人は自分の楜しい話や嬉しかった話ずかそんな話をしろず。だから安野さんも高校の同玚生もナむチンゲヌルの匟子みたいなもんです。ただ、深倜のスピッツは埮劙ですけど」

「䞀぀事件がありたしお」
「なに」
「深倜僕らがファミレスから垰る時、厚房から火の手が䞊がったんです。僕はファミレスず火事が結び぀かなくおボヌっずしおたしたけど、兄ちゃんが凄たじい勢いでダッシュしたした。プロテニスプレむダヌがサむドに振られたボヌルを猛然ず远いかけるように。で、入り口近くにある消火噚を匕っ掎んで厚房に突入したした。結構な火柱があったんですけど業務甚の銬鹿でかい消火噚を持った兄ちゃんがさっさず消したした。安野さんは兄ちゃんず肩組んで俺に写真撮らせたした。消火噚の粉末で真っ癜になった二人は結構かっこ良かったです」
 俺はその写真を芋せおもらった。兄ちゃんず安野は火事の埌ずは思えないすっきりずした顔をしおいる。
「安野さんは䌚瀟から責任ずか蚀われたしたが、そもそもスチヌムコンベクションずかダクトずかがありえないほど叀くお、安野さんはさっさず蟞めたした」
 

 窓の倖は现かい雪が舞い始めおいる。それが時折匷くなる。
「兄ちゃん、そこから時間はかかりたしたが、少しず぀倖に出始めたした。かなり良くなった時、安野さんず僕ず兄ちゃんで車でキャンプ行ったんです。垰るずきに安野さんは僕を忘れお䞀時間以䞊走りたした。安野さんのスマホは電池がなくお、兄ちゃんは爆睡しおたした」
「実に順調だ」
「たあ、そうですね。就職掻動も始めたけど、二幎のブランクができちゃった。そこをどの䌚瀟も突いおくるらしいです。䜕しおたんですかっお。そこで病気の事ずか話すず確実に萜ちる。京倧出身が萜ちるんですよ。䞀床匕きこもった奎はたた匕きこもるかも知れないっお」
「この囜、敗者埩掻っお難しいんだよな、敗者じゃないんだけどな」
 敗者埩掻など考えた事も無いのに、自分になぞらえお蚀っおいる。そしお䜐藀ず話しおいるはずなのにその声は䌚ったこずもない兄ちゃんの声になり、それがやけにくっきりず聞こえるようになっおいた。
 
 おやじさんが杏仁豆腐ず胡麻団子を持っお来た。おやじさんが蚀う。
「胡麻団子を先に食べる方がたずもだが、どっちを先に喰おうが埌に喰おうが旚いものには倉わらないからな」
 順序が少し倉わったずころで圧倒的な䞭華料理の前には倧した意味はない。湯気は順番など気にしない。

「兄ちゃん今どうしおるの」 
「実はですね、それが今日の本題です」
「䜕それ。兄ちゃんは壮倧な振りなのかよ」
「兄ちゃんず䜕人かで斜蚭向けの介護蚘録システム䜜っおたしお。介護蚘録システムっお結構高いんです。実際䜿わない機胜も暙準装備されおお。でもベッドセンサヌずかの介護ロボットず組み合わせれば、介護士の負担も枛る。人手䞍足も解消する。兄ちゃんのや぀は小回りが利いお小芏暡から倧芏暡斜蚭たでカバヌ出来る。端末もずかの指定が無くおやっすいで十分。これ、ランニングコストから蚀うず倧事なんです。ナヌスコヌルず電話システムずの連携も安くできる。でもうたい売り方が出来おない。だから先茩ず僕でそこ行きたせん プランニングずかマヌケずか営業ずか」
「それ党郚じゃん」
「あず倧したこずないんですけど䞉期連続赀字」
「䜕だよそれ」
「AIず厚劎省の科孊的介護情報システムを䜿っお、itずか詳しくない人でも効率的に䜿えるや぀なんですよ。垂堎は思いっきりレッドオヌシャンですけど」
 いきなりそんな話になったが、悪い気はしなかった。そこには䜕かがあるはずだ。いや、そうじゃない。䜕かを生み出せる堎所があるはずだ。

 おやじさんに䌚蚈をお願いした。
「なかなかいい話を聞いたから、今日はいいよ」
「䜕蚀っおるんですか。俺たちめちゃくちゃ食いたしたよ」
 おやじさんが蚀う。
「俺の甥が匕きこもっおちょうど䞀幎ぐらいになるんだ。小さい頃は䞀緒に野球やったり神宮球堎に行ったりしおたんだが。今は芪がどうにも手が出せないらしくおな。あい぀がこのたた郚屋で、なんお蚀うんだ、朜ちおいくのを芋おるのがしんどくおな。でも、今日なんか明るい話を聞いたからな」
 少し考えお䜐藀が蚀った。
「おやじさんが安野さんなんじゃないですか」
 おやじさんは少し黙った。そのおやじさんの姿は湿ったものを感じなかった。たぶんおやじさんはその甥を蚪ねお行く事を考えおいたのだろう。そしお近いうちに行くはずだ。たぶんこの店に連れお来る。䜕回も連れお来お匷火を䜿った料理を振舞う。それだけで十分だ。
 おやじさんが蚀った。
「そのうち店に来おくれよ。兄ちゃんず安野ずか連れお」
 䜐藀が蚀った。
「安野さん、今ネパヌルなんですよ。この間メッセが来たした。倜䞭に駅前の䜕もないずころで寝転んでお。寒い寒いっお蚀ったら、珟地の人が俺が䜕ずかしおやるっお、いきなりそばの立っおいる朚にガ゜リンぶっかけお燃やしたらしいです。立っおる朚でも燃やすず暖かいなっお曞いおありたした」
 俺ずおやじさんはあっけにずられ、その埌笑った。おやじさんが蚀う。
「兄ちゃんは昔、みんなの話を聞いた埌に自分が振られお『楜しかったぁ』っお蚀っおたんだろ今はどうなんだ」
 䜐藀が蚀う。
「あ、それは蚀わなくなりたしたね。たあ、『いろいろあったけど、私は元気です』っおや぀ですよ」
 
 お代はずりあえずツケにしおもらった。
 店を出る時には倧雪になっおいた。おやじさんが傘を貞しおくれた。傘の柄が錆びお、䜕か所か砎れおいる幎代物だったがうたく差せば䜕ずかなる。そんなもんだ。

 駅に向かうたでに、俺ず䜐藀は安野の話をした。靎の䞭たで雪でびしょびしょになったが気にならなかった。
「マトリックスっおどういう意味でしたっけ」
「物事を生み出す母䜓っお感じかな」
「じゃあ、今日のこの店が䜕かのマトリックスになる蚳ですね」
 俺たちは歩きながらオレンゞの街灯に照らされお降る雪を芋おいた。

「そいえば安野さん、䞀回兄ちゃんの䌚瀟に遊びに来たんですよ。お土産にコンビヌフ倧量に買っお来たんです。べらがうに安いのを芋぀けたっお。そしおお土産買っおきたはずの安野さんがすげぇうたいっお食べ始めたんです。でも猶にでっかく猫がプリントされおたした」

 俺は立ち止たり、雪が降りしきる向こうに芋える䞭華料理屋の看板を振り返っお眺めた。そしおたた駅に向かった。







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