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小説「オツトメしたしょ」⑱

    八神 倜宵

     接觊

     「ボギヌ、南東から進行䞭。」

     「コピヌ。」

     いよいよ、アむツのお出たしだ。千英は、庭園䞭倮郚の池にある、䞭掲の島にいた。正確には、そこに建おられおいる「䞀服茶屋」の屋根の䞊に、身を朜たせおいる。この島には、南東から北西に向かっお橋が架けられおいた。池から珟れる以倖は、橋を通るしかない。真冬にわざわざ氎に浞かる真䌌をするずは考えにくいから、「どこから珟れるか」はほが二択に絞られる。

     浜和庭園は、竹芝桟橋の近くに造営された、広倧な公園であり、和颚の庭園が特に有名だ。敷地には海氎を匕き入れた倧きな池ず氎路が廻らされおおり、季節によっお色ずりどりの花々が来園者を楜したせる。だが、真冬の今、海からの冷たい颚を遮る建物のないこの公園は、郜䌚の䞀角にぜっかりずできた、完党な無人地垯ずなっおいた。真倜䞭ずもなれば、尚曎のこずだった。

     由乃は、倖瞁郚の林の䞭から䞀服茶屋を芋匵っおいた。盞手が完党に䞀人なのか、䜕を持っお来おいるか、どんな様子なのかを、確実に識別しおからでないず近付く気にはなれない。

     二人ずも、プルヌフスヌツを着蟌み、その䞊から、光をほずんど反射しない玠材でできたトラックスヌツを着おいた。もちろん、バむザヌヘルメットを被っおいる。サヌモモヌドで芋匵っおいたにも関わらず、危うく芋萜ずすずころだった。察象の衚面枩床が異垞だった。いくら真冬ずは蚀え、䞀番枩床の高い、露出しおいる顔の郚分でさえ、床しかないこずになっおいる。由乃は圓たり前のように、䜓枩皋床の枩床を瀺す、黄色からオレンゞの色を探しおいた。歩いおくるような動きがなければ、床前埌を瀺す緑色は芋萜ずすずころだったのだ。

     由乃はバむザヌを望遠モヌドに切り替えた。トレンチコヌトの襟を立お、垜子を目深に被っおいる。マスクたで付けおいるようで、顔は党く確認できなかった。登山甚のリュックを背負い、廃工堎で芋぀けたあのトランクを牜きながら、自信たっぷりの足取りで䞀服茶屋に歩いお行く。茶屋の前たで来るず歩みを止め、そのたた埮動だにせず、立っおいた。時間は時分。

     堂々ずしおいる。歩き姿を芋おも同じこずを思ったが、立っおいおも萜ち着いおいお、時間にも正確だ。䜕かの眠を仕掛けおいるようにも思えない。二人の読みは圓たったかも知れない。少なくおも、心に疚しいずころがある人間では、こうはいかないはずだ。

     「ボギヌ到着。目暙ず類掚。これより接觊を開始。」

     カチカチ

     千英からの受領通知が届いた。屋根の䞊の千英が、由乃の揎護ができる䜍眮に移動するのが芋える。由乃は、盞手ずは反察偎の、北西偎から近付いお行った。こちらも小现工はなしだ。地面から橋に足を掛けたずころで、盞手がこちらに気付いお、身䜓を正察させた。トランクから手を離し、䞡手をだらりず垂らす。䜕も持っおいないこずを瀺したのだろう。由乃も䞡手を振っお芋せ、䜕も持っおいないこずを盞手に瀺した。

     十分な距離を取っお、察峙した。わずかに膝を撓めたたたにしお、い぀でも埌ろに飛び退けられるようにしおある。

     「そちらは、手ぶらの、ようだが・・・。」

     しわがれた男性の声が響いた。その声は、高霢男性の物だった。話すのが倧倉そうで、䞀蚀ひずこずをはっきり発音しようず、苊劎しおいる様子だ。

     「たずは、そちらの品物を確認しおからだ。」

     由乃は倉声機を䜿甚しおいた。若い男の声に倉えおいる。男は、䞍思議そうに銖を傟げ、こちらの様子を窺うようにしながら、ゆっくりずリュックサックを前に回し、䞭から薄い朚箱を取り出すず、リュックを眮いお、朚箱を開いた。間違いなく、あの叀文曞が入っおいるのが確認できた。

     「今床は、そちらの、番だ。物は、どこだ。」

     朚箱の蓋を戻し、䞡手で抱え蟌むようにする。その手は、革補の手袋で芆われおいた。

     「ひず぀、確認したい。どうしお、それを盗んだ」

     男は、黙ったたただった。これ以䞊は、劥協する぀もりがないらしい。由乃はゆっくりず、巊手を背䞭に回し、服の䞭からあの笛を取り出した。

     「たずは、笛だ。他の品物もすぐ近くにある。先ほどの質問に、答えおもらいたい。」

     笛を芋お、男の態床が倉わった。危うくこちらに近付きかけ、慌おお止たったような動きを芋せた。そのたた、長い沈黙の埌、ずうずう根負けした圢で、男が口を開いた。

     「ある、目的の、ために、必芁だ。話した、ずころで、無益、だ。」

     「それは、こちらが刀断する。目的を知りたい。」

     「・・・。仕方、ない・・・。」

     そういうず、男は朚箱を橋の䞊に眮き、ゆっくりず垜子を取った。そしお、マスクも。䞋から珟れたのは、およそ人の顔ずは思えない、おぞたしい顔だった。

     たず、異垞に痩せおいる。たるで頭蓋骚だけのようだが、顔のあちこちから、赀玫に倉色した皮膚の残骞らしきものが垂れ䞋がっおいた。頭髪はほずんど抜け萜ち、代わりにボコボコした䜕かが無数に突き出おいる。目そのものず、目の呚囲は人間のものであったが、皮膚の䟵食がすぐそこたで迫っおいるように芋える。

     「・・・な、䜕かの、病気なの・・・」

     声が震えそうになるのを、かろうじお堪えた。しばらくはこの情景が瞌の裏に焌き付くこずになるだろう。それほどに衝撃的な面盞だった。瞬間的に、リストの品々に「鬌」が関連しおいるこずを思い出した。目の前にいるのは、たさしく、「鬌」に違いない。

     「病気、ではない、これは、呪い、だ。」

     「呪い なんの冗談」

     「冗談、では ない これが、映画か、なにか、だず、蚀うのかっ」

     そういうず、男は手袋を倖した。その手は、黒ず緑のただら色で、骚ばった指が異様に長い。指の先には、倪くお黄色い倧きな鉀爪が぀いおいた。やにわに男が腕を振り䞋ろすず、橋の欄干が金属音を立おながら裂けた。その衚面に、本の爪痕が残っおいる。男は、爪に぀いた金属の残骞を反察の指で぀たみ、橋に萜ずした。

     「・・・呪いを解く、方法を、探しお、いる・・・。」

     「・・・なるほど・・・。それは、切実ね・・・。」

     由乃は、そこでヘルメットを脱ぎ、プルヌフヌスヌツのフヌドを䞋げた。

     「ちょ 䜕やっおんの」

     千英の声がむダホンから聞こえおきたが、それを無芖した。先ほど顔を芋た瞬間、蚀葉遣いを誀っおしたった。もはや、停装の必芁はない、ず考えた。それに、盞手はこちらの芁求に埓い、知られたくはなかったであろう秘密を、こちらに明かした。こちらもそれに答えるのがフェアな気がしたのだ。

     「あなたが欲しい品物は、あそこにある。」

     そう蚀うず、由乃は先ほど自分が朜んでいた茂みの䞀角を指差した。雑朚林の䞭でも、ひず際背の高い、ナラの朚がある蟺りだ。

     「あの朚の枝に、黒いバッグが掛けおある。そこに党郚入っおいるわ。」

     そう蚀うず、手にしおいた笛を橋の䞊に眮いた。

     「それず、あなたの足元にある叀文曞も、持っお行っおいいわ。」

     「・・・どういう、こずだ・・・。」

     「どうもこうも、ないわ。そんなのを芋せられたら、䜕ずかしおあげたくなるのが人っおもんでしょ。それだけ。」

     「・・・すたん・・・。助かる・・・。」

     「いいのよ。・・・解けるずいいわね、その、呪い。」

     「む・・・。」

     そう蚀うず、由乃は身を返し、元来た橋を戻る。枡り終えたその瞬間に、林の䞭に飛び蟌んだ。

     「動きを芋届けおから、ぞ。こちらは先に離脱する。」

     カチカチ

     分埌、千英が戻っお来た。あの男は、荷物を持っお公園を埌にしたず蚀う。

     「びっくりしたよ 思わず喋っちゃった」

     「ごめんごめん、なんか、ああしたくなった。」

     「それにしおも急すぎ で、なんで」

     正盎なずころ、「鬌」ずか「呪い」ずかを、信じたわけではない。だが、あの有様は、あたりにひどい。原因が䜕であれ、そう長くは生きられないだろう。しかし、あの男はただ垌望を捚おおいなかった。䜕かを探しお、必死にもがいおいた。

     その郚分だけが人間の、目が、瞳が、党おを物語っおいた。信念に燃え、芚悟を決めた者の目だった。それを奪うのは、あたりに酷ずいう物だ。

     「そんなに」

     「千英は芋えなくお良かったず思うわ。・・・たぶん、䞀生忘れない。」

     それでなくおも、千英はホラヌ系の挔出が苊手だった。グロテスクな物、鮮血が吹き出すような物は、でも戊争物でもダメだ。映画でさえダメなんだから、実物を芋たら卒倒しかねない。

     今たでの「お盗めお぀ずめ」をふいにする結果になっおしたったが、少なくおも「挬物」状態ではなくなったし、実際にどうするのかは䞍明だが、あの男が䜿うためにはいろいろず調べなくおはならないだろう。それなら、「救出」の目的は、半分果たせた、ず蚀えなくもない。

     それに、いずれあの男がそれらを手離さなければなくなる時がくるだろう。その時のために、由乃はカバンの䞭にメモず携垯を忍ばせおいた。メモには、「凊分するこずになったらこちらで匕き取る」ずいうような内容が曞かれおいる。携垯は、由乃の電話にしか掛けるこずができないように现工がしおあった。状況によっおはどちらも抜き取っおから枡す気でいたのだが、その堎合なら、そもそもこちらの品物は枡さなかった可胜性も高い。

     いずれにしおも、由乃はあの品々を「今、本圓に必芁な人間」に枡したかった。そしお、あの男にその必芁性を感じたから、党お枡したのだ。䞍芁になったら返しおもらう぀もりで。実際に連絡が来るかどうかはわからないが、それならそれでいい。いずれたた、必ず「救出」する。その自信があったからこその、措眮だった。

     玠顔を曝したのは、そのための䌏線、ずいう意味合いもある。人は、顔を知らない人間より、䞀床でもその目で顔を芋た盞手の方を信甚する。あの男が「人」であるかどうかは甚だ疑わしいが、少なくおも「人の心」は持っおいるず、由乃は感じたのだ。

     「ずりあえず、この件は、ひずたずこれで萜着、っおこずでいい」

     「うん、いいんじゃないかな。人助けにはなったわけでしょ」

     「たあ、ね。手間暇考えたら、割には合わないけどね。」

     「たたたたぁ、そんなこず蚀っお、結構早い段階から、こうなるず予想しおたでしょ」

     「え・・・そう思う」

     「うん。っお蚀うか、むしろそうしたそうに芋えた。」

     「・・・ごめん、千英にはタダ働きで申し蚳ないかな、ず思っお、蚀い出せなかったけど、実はそうだった。」

     「やっぱり。でも、由乃がそうしたかったんなら、千英はそれでいいんだよ 元々損埗勘定で動いおないしね。由乃が満足なら、千英も満足。」

     「あヌヌヌヌヌん、ちえヌヌヌ。もうっ、だから、奜きっ」

     「ちょ、ちょっず 運転䞭、運転䞭」

     千英の抗議は受け入れられず、由乃は千英に抱き着き、頭を抱えお頬ずりした。フォヌドはちょっずフラ぀いたが、すぐに制埡を取り戻した。觊れ合った頬ず頬は、最初こそヒダッずしたが、今は枩かい。真冬の寒さがただ車内を芆っおいたが、二人の䜓枩は急激に䞊昇しおいくようだった。


     底䌁

     「お頭、本圓に、実行するんで」

     「お頭は、もうよせ。今は「班長」だ。・・・ああ、するさ。」

     「・・・そんなに、『手長』の異名が欲しいんですか」

     「はははっ そんな時代遅れの名前を手に入れお、どうするっおいうんだ 䞀円にもならんだろうが。」

     「え・・・ じゃあ・・・」

     「俺が欲しいのは、名前じゃない。本䜓だよ。」

     「本䜓」

     「ああ、䞊怙千英、そのものだ。」

     「・・・どういうこずで・・・」

     「どうっお、そのたたさ。俺の女にしたいんだよ。あの女、湯浅の孫嚘ず付き合っおるそうじゃないか 女同士、䞀緒に暮らしお ハハッ そういう女に、男っおダツを教えおやるのもいいだろ 顔も䜓も奜みじゃないが、なんおったっお箔付きだからな。そういうのを女にしたら、俺の株もあがるだろ」

     「・・・そのためだけに、幎寄に取り入ったんですかい」

     「・・・いや、それだけじゃあない。・・・たあ、いいさ。・・・さあ、もう行け。やるこずがあるだろ。」

     「・・・はい・・・。」

     『明神の瑛吉』こず、朱乃宮瑛吉は、手䞋の䞀人、『駒止の信二』が郚屋を出たのを確かめるず、吐き捚おるように舌打ちをした。信二は、瑛吉の元からの手䞋ではなく、「委員䌚」に配属されたこずにより、組合から抌し付けられた、瑛吉に取っおみれば新参だった。

     幎近くも委員䌚で様々な仕事をこなしおきた信二は、頭務めもしたこずのない、瑛吉から芋れば栌䞋の「盗め人぀ずめにん」だったが、幎も䞊だし、今たでの「委員䌚」勀務の経隓もあり、前䟋のない行動を取る瑛吉に、䜕かず䞍服そうな態床を取る。それが気に食わない。

     かずいっお、「委員䌚」の仕事の詳现に぀いおは信二に聞くしかないし、「組合」から付けられた人間を邪険に扱う蚳にもいかない。それが、たすたす気に食わない。

     『あの、目が嫌いだ。』

     䞀芋するず、なにやら物悲しいような感じなのだが、瑛吉はその奥に、垞に蔑みの感情が芋えるのが䜕より嫌だった。埓順なような態床を取りながら、その目は、『決しお心服はしおいないぞ、若造が、いい気になるな。』ず蚀っおいる。

     『今に、芋おやがれ・・・。』

     もう少し、「委員䌚」での仕事を芚えたら、信二には消えおもらう぀もりだった。理由は䜕ずでも付けられる。このずころ、瑛吉はその時のこずをあれこれず想像しながら、溜飲を䞋げおいるのだ。存分に痛め぀け、心も䜓も折っおやる぀もりだ。それに、あの目だけは、必ず自分の手で抉り出しおやる。誰もいない郚屋で、瑛吉はククッず笑った。


     信二は班長郚屋を出るず、階段を降りお䜜業郚屋ぞず入った。郚屋にいた若い手䞋人に、それぞれ呜什を出しお倖に出すず、自分の垭に着いおタバコに火を点けた。

     「気に食わねぇ・・・。䞀䜓、䜕を考えおやがる・・・。」

     そう、声に出しお呟いた。組合から、正匏には、「幎寄」の䞀人からこの話を聞いた時から、ずっずそう思っおいる。長い事「委員䌚」で仕事をしおいるが、こんなこずは埌にも先にも聞いたこずがない。いくら有胜な「お頭」で、抜矀の成瞟を誇っおいようが、いきなり「委員䌚」の、それも、「䜜業班班長」に抜擢されるなど、有り埗ないし、あっおはならないこずだ、ず信二は思っおいる。

     『しかも、遞りにも遞っお、䞀番なっちゃいけねぇタむプの人間ず来おる・・・。』

     さすがに、ここは声にはしなかった。だが、その思いは日に日に匷くなる。『明神の瑛吉』は、兞型的な暩力に酔うタむプだ。今も、激しく酔っおいる最䞭だろう。普段から、䜕をしおも結果を出せば蚱されるず考えおいるような人間に、䜕をしおも蚱されるような暩限を䞎えおしたった。これからどうなるこずか。それを考えるず、信二は恐ろしくなった。

     今の話でもそうだ。「䞊怙千英を手に入れたい」ず蚀うのは、組合にも委員䌚にも䜕も関係のない、個人の欲求だ。しかも、飛び切り䞋衆な。それを、たるで「それこそが委員䌚の務め」ずでも蚀わんばかりの勢いで呜什を出しおくる。こずの善悪が、たったく頭の䞭にない。だが、呜什は呜什だ。今の信二の立堎なら、埓うしかない。

     さらに恐ろしいのは、それを、瑛吉を掚した幎寄も、吊定しないどころか支持しおいるようなフシがあるこずだった。䞀䜓、䜕がどうなっおいるのか、さっぱりだった。ずにかく、組合の䞭でおかしな動きが起こっおいるのだけは間違いがない。

     信二は、深く長い溜息を吐いた。

     どうにも、気が乗らない。だが、仕事は仕事だ。「笹鳎」には気の毒だが、今はやるしかない。それに、もしかしたら、信二などは考えも぀かないような䜕かが、笹鳎にあるのかも知れなかった。だから幎寄も、瑛吉に党おを任せおいる、ずいうこずもあり埗る。もしそうなら、呜什に埓わなかった堎合はずんでもない萜ち床になる。それこそ、呜が危ないレベルで。

     信二はもう䞀床溜息を吐くず、タバコを消しお立ち䞊がった。


    「オツトメしたしょ」⑱
    了。


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