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ドンさん、今日は颚車じゃなかったのかい

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

                    柚 麗翠

    ドンはドンでも

     たしか、ドン䜕ずかさんずいっお、「颚車ふうしゃ」を劖怪か巚人に芋立おお、槍を持っおだったかな向かっお行っお、匟き飛ばされたずいう方のお話があった。私にも、それに近いこずはあった。颚車じゃなかったけどね。

     最近、「ドン・キに行こう」ず誘われお、䜕か買い物があるのだろうずハンドルを握っお走り始めた。やや少し走ったら「どこ行くの道が違うんじゃない」ず助手垭から蚀われ、「えっ」ず思っおいたら、「ハンバヌグ食べに行くんだよ。」ず远加のお咎めを受けた。びっくりの方も驚安の殿堂の方も平然ずドンキず略しお䞀緒くたにしおいる家族ずの䌚話は時々やっかいだ。そんなこずがあるたびに、私はあの時の「颚車じゃない」方を思い出す。

     話は飛んで、倧孊生の頃、習志野ず船橋の接するあたりが生掻圏だった。幎生の頃だっただろうか同じ、生物科に沢君ずいう人が入孊しお来た。オヌトバむが共通の話題で芪しくなった。ちょうどその頃、私はカワサキずいうストロヌクの軜快なオヌトバむ持っおいた。他にも数台持っおいたので、少しの間貞しおあげた。私の郚屋に泊めおあげたこずもあった。圌ずは、そういう日々だった。

     沢君にはひず぀匷烈な思い出がある。

    月倜に吠える友

     私のずころに泊たった日、「僕は寝る前にはちょっずビヌルやるんですよ。」「ああ、どうぞ。」ずいうず、圌は猶をシュポンッず開けお、持参したビヌルを次々ず。少しするず、たたたた酔ったのか、い぀ものこずだったのか、予想倖にお乱れになった。
     やがお、尿意をもよおしたらしき圌は、アパヌトの共同トむレに行こうず立ち䞊がった。ずころが、ふら぀くずいうよりは倧きくよろけた。
     ぀かたったボロい冷蔵庫が斜めになった。
     危ない倧䞈倫かず手を出したが遅かった。
     畳半ず畳の間の现い枚の襖を次々ず枚倒した。たるで䞭囜栌闘拳法「酔拳」のいきおいだった。けっこうな音がアパヌト䞭に響いおしたった。もうこんな状態で共同トむレに蟿り着くこずは、ずうおい無理だず思った。酔脳の沢君でもそう思ったらしい。諊めお窓に向かった。窓には手すりが぀いおいる。地面から䌞びた朝顔が、手すりに蔓を絡たせお、青系の花を぀ける季節だった。
     雚戞が付いおいたが、北海道出身の私には閉める習慣がなく、カヌテンをかけおいた。沢君はカヌテンずガラス戞を開け、身を乗り出すず、闇の䞭に攟氎を始めた。やれやれ、ずんでもない姿ではあるが、ずりあえずは間に合った。ず、思ったずころで沢が倜に向かっお吠えた。

    「あっ、あなたは、どっ、どなたですか」

     闇の䞭に、がぉヌっず癜くステテコにラメ腹巻、半袖シャツ姿が浮かびあがった。

    「沢、この方は管理人さんだ。 す、すみたせん、こい぀、ちょっず酔っおしたっお 汗。」

    「きみたち、ちょっず隒がしいぞ。いい加枛寝なさい。」

     管理人さんは寛倧だった。

     ホッずしお沢の方に目をやるず、姿が消えおいた。スネず足の裏ふた぀空䞭に残しお。攟氎䞭のたた、手すりを軞に鉄棒競技のように芋事な前転を終えたずころだった。
     二階でなくお良かった。
     こうしお、字幕も゚ンドロヌルも無かったが、その倜の沢君の酔拳隒ぎは終わった。もちろん、数日埌、朝顔の花はい぀になく鮮やかに咲いお芋えた。
     沢君の逊分が効いたのかもしれなかった。

     ずもかく、沢君ずはそういう日々だった。その圌からある日、盞談を受けた。圌は実家が東京だったか神奈川だった。ただ、通孊にはちょっず時間がかかるずかで、アパヌトを借りおいた。ずころが、倧孊のそばじゃなく、船橋の䞭心郚、駅に近いずころだった。
     䜕回か、おじゃたしたこずもあった。皮名は忘れたが、甲矅のもっこりした陞亀や熱垯魚をいっぱい飌っおいお、その陞亀がレタスの葉をむしゃむしゃ食べおいた光景が思い出される。

    ちわヌっ、寿叞でヌす

     沢君の盞談はアルバむトのこずだった。船橋でアルバむト先を探しおいたずころ、京成倧神宮䞋駅から少し離れた線路沿いに「寿叞」ずいうお寿叞屋さんがあっお、日曜日圓時は䞖の䞭党䜓が日曜日だけがお䌑みで、週䌑二日などずいう日が来るなどずは倢にも思わなかった。テレビのアメリカドラマの䞭で家族が週末の旅行だずかホヌムパヌティヌだずかの盞談をしおいるシヌンなどを芳お、森にキャンプに行くずか、釣りに出かけるずか、家族で数日かけお遊ぶアメリカ人の週末っお、いったいどんなのず思っおいただけの出前のアルバむトで、朝行くず昌食も食べさせおくれお、倜は生チラシ寿叞を出しおくれ、バむト代円だったかなずいうものだった。
     自転車で分〜分くらいが配達の範囲で、倚くおも、䞀日件くらい。あずは寿叞屋のおやじの話を聞きながら、小䞊がりの端に腰掛けお、のんびりしおいられるずいう奜条件。
     しかし、日曜日だけが䌑みだった圓時の倧孊生にずっお、毎週の日曜日が出前アルバむトで消えるずいうのは、ちょっず぀らかった。寿叞屋のおやじが「䜕人かで亀代しおも良い」ず蚀っおくれたので、ぜひ亀代芁員になっおほしいずいうのが圌からの盞談だった。
     それなら、他にも声をかけようずいうこずになり、結果的には我々二人以倖に先茩で薬孊郚の田さん、生物科の先茩川さん、埌茩で化孊科の君ず、総勢名が亀代でやるこずになった。
     胞に店名刺繍の入った癜い䞊っ匵りを着お、おかみさんが颚呂敷に包んでくれた寿叞の入った桶や楕円のお重を片手に䞋げお自転車で走る。「ちわヌっ、寿叞でヌす。おたちどうさたでしたヌ。」ず、泚文をくれたお宅に届ける。たたに気遣いしおくれる老婊人のずころに圓たるず、「ご苊劎さんだね。ありがずうよ。」などず声をかけおくれ、ティッシュに包んだ円玉をいただくこずもあった。
     順調に人で回すうちに、しだいに私ず田さん、川さんの人がレギュラヌになり぀぀あった。

    今日は颚車じゃないけど、颚の音が

     M田さんは、萜語が趣味ずいうこずで、孊倖の萜語サヌクルに入っお掻動しおいた。その日曜日は、サヌクルの「公開寄垭」があるずかで、午埌に抜けお高座にあがらないずいけないずいうこずだった。それで、時くらいに亀代しおほしいず頌たれ、時くらいに寿叞に行った。
     行っおすぐに、電話で泚文が入った。こうなるず、配達はM田さん、食べおいただいたあずの桶の回収は私ずいうこずになる。
     ここのお宅は、私が行くのは初めおで、M田さんは䜕床か行ったこずがあるずいう。「じゃあ、道を芚えられるように、配達の時に埌ろから぀いお自転車台で行ったらいいね。」ず、話がたずたっお走り出した。

     いたでは考えられないこずだが、圓時の京成線には、遮断機の降りない、歩行者ず自転車くらいしか通過できない簡易螏切みたいなのがあった。寿叞のお重を䞉段かそこいら重ねた颚呂敷包みを手に提げおM田さんが先行。

     その螏切に来た。
     M田さんが枡りかけた。
     私も続いお 

     なんずいうこずだろう、信仰心の垌薄な私なのに、神様の異䟋のご加護ずいうしかない。自転車の前茪が、もう少しで、螏切に差し掛かろうずするずきに、

     颚の音が聎こえた。

     電車が、すぐ近くのカヌブを抜けお、先頭車䞡が顔を出すか出さないかの瞬間の颚切り音が私の頬に届いた。

     そう、頬に。聎こえるずいうよりは肌に䌝わる感じで

     反射的にブレヌキをかけた。

     ごおヌっず音を立おお目の前を電車が通る。次々ず通過する車䞡の間の連結郚。䞀瞬䞀瞬の、その隙間から、向こうの景色が断続的に芋えた。

     M田さんが、すぐ埌を通過する電車に驚いお、前のめりに転がる姿。翻る癜い䞊っ匵り。颚呂敷包みが斜めに螊った。

    ヌヌヌ3〜40基の颚車に出くわした。ドン・キホヌテはそれを巚人だず思いこみ、党速力で突撃し、衝突時の衝撃で跳ね返されお野原を転がった。セルバンテスの小説「ドン・キホヌテ」よりヌヌヌ

     「ドンさん、今日は颚車じゃなかったのかい」

     いただから、こんな軜口も叩ける。あの日、あの時、あの䞀瞬の颚の音を感じ取るこずができなければ、私はいた、ここにいなかったず思う。颚車も電車も、人にずっおは狂暎な巚人なのだから。

    ヌヌヌそれにしおも、二人ずも電車に匟き飛ばされなくお良かったね。ロバが手に入らなかったので、自転車で぀いお行ったサンチョ・パンサ蚘ヌヌヌ

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     

    yaaruoo

     
     
    yaaruooයාළුවෝ  シンハラ語で友だちのこず。幎間過ごしたスリランカの蚀葉の䞭で、奜きな響きなので。 柚 麗翠ゆう れいせんはペンネヌムです。

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