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そもそもレゲエって、どこから来たん?──スカとロックステディの物語

    ヤーマン通信

    ヤーマン通信 vol.04



    「仙人、おはようっす。今日めっちゃ天気いいっすね」

    ヤマダが、いつものようにゆるい顔でやって来た。

    仙人は、湯気の立つマグカップを両手で包んでいる。

    「おお、いい朝じゃな。ワシはな、今朝コーヒーに練乳をたっぷり入れてみたんじゃが、これがまた……」

    「仙人、それレゲエと関係あります?」

    「ない」

    「ないんすか」

    「じゃが、美味い」

    「急に自由すぎるんすよ」

    仙人は、練乳コーヒーをひと口すすって、満足そうに目を細めた。

    「まあ、甘いものも音楽も、混ざることで化けるんじゃ」

    「今、無理やりレゲエっぽくしました?」

    「バレたか」


    そもそもレゲエってどこから来たん?


    「で、仙人。前回まで、Gaza vs Gullyとか、暗殺未遂とか、首相官邸とか、けっこう重い話が続いたじゃないっすか」

    「そうじゃな。レゲエの歴史は、楽しいだけでは語れんからのう」

    「それは分かるんすけど、正直ちょっと頭パンパンっす」

    「ヤマダの頭がパンパンになるとは、なかなかの事件じゃな」

    「バカにしてます?」

    「少しだけじゃ」

    「少しならいい……いや、よくないっす」

    ヤマダはスマホを置いて、少し真面目な顔になった。

    「俺、そもそも思ったんすよ。レゲエって、どこから来たんすか?」

    「ほう」

    「ある日突然、誰かが“よし、今日からレゲエ作ろう!”って言い出したんすか?」

    仙人は、思わず練乳コーヒーを吹き出しそうになった。

    「ぶふっ」

    「なんで笑うんすか」

    「いや、いい質問じゃ。実にいい。レゲエは、ある日いきなり空から降ってきた音楽ではない」

    「じゃあ、ちゃんと親がいるんすか?」

    「おる。親もおるし、祖父母もおる。レゲエには、ちゃんと家系図があるんじゃ」

    「レゲエの家系図……なんか急に親戚の集まりみたいになってきたっすね」

    「その親戚が、なかなか濃いんじゃよ」


    🎺 はじまりは、1950年代のジャマイカ

    「話は1950年代のジャマイカまでさかのぼる」

    「けっこう前っすね」

    「当時のジャマイカは、まだイギリスの植民地じゃった。独立するのは1962年のことじゃ」

    「ジャマイカって、最初から独立国だったわけじゃないんすね」

    「第二次世界大戦後、ジャマイカの人々はラジオを買うようになってな、アメリカ南部──特にニューオーリンズから流れてくるR&Bを聴くようになった。Fats Domino、Louis Jordan、そしてRosco Gordon。中でもこのRosco Gordonの、後ろにもたれるような独特のビート感が、後のジャマイカのオフビートに影響したと言われておる」

    「カリブ海を越えて音楽が来るって、なんかかっこいいっすね」

    「当時の若者にとっては、相当刺激的だったはずじゃ。ラジオから流れてくるアメリカの黒人音楽。都会的で、踊れて、ちょっと不良っぽくて、粋だった」

    「絶対モテるやつっすね」

    「ヤマダはすぐそこに行くのう」

    「でも音楽ってだいたいモテたいから始まってません?」

    「否定しきれんのが悔しいのう」


    サウンドシステムという怪物

    「ただな、ジャマイカではその音楽をただ聴くだけでは終わらなかった」

    「どうなったんすか?」

    「サウンドシステムが出てくる」

    「出た。また知らない言葉」

    「サウンドシステムとは、ざっくり言えば、巨大な移動式DJセットじゃ」

    「移動式DJセット?」

    「大きなスピーカー、ターンテーブル、アンプ、レコード。それらを持ち込んで、野外やダンス会場で音楽を鳴らす。今で言えば、街ごと揺らすポータブルクラブみたいなものじゃな」

    「ポータブルクラブ、強いっすね」

    「当時のジャマイカでは、このサウンドシステム同士の競争がものすごかった。どのサウンドが一番いい曲を持っているか。どのサウンドが一番客を踊らせるか。まさに音のバトルじゃ」

    「レゲエって最初からバトル文化あるんすね」

    「ある。音で勝つ。客を持っていく。相手のサウンドを黙らせる。この感覚は、後のダンスホールにもつながっていく」

    「うわ、今のダンスホールの原型っぽい」

    「その中心にいたのが、Clement “Coxsone” Dodd、Duke Reid、Prince Busterといった男たちじゃ」

    「名前がもう強いっすね。全員ラスボス感あります」

    「実際、ジャマイカ音楽史の重要人物ばかりじゃ」

    「覚えられるかな……」

    「覚えられなくてもよい。今日は、“サウンドシステムがジャマイカ独自の音を育てた”ということだけ持って帰ればよい」

    「それなら持って帰れそうっす」


    🕺 “ないなら、自分たちで作る”の精神

    「最初は、アメリカから入ってくるR&Bのレコードが人気だった」

    「輸入盤をかけてたんすね」

    「そうじゃ。じゃが、サウンドシステム同士の競争が激しくなると、それだけでは足りなくなってくる」

    「足りない?」

    「みんなが同じようなレコードをかけていたら、差がつかんじゃろ」

    「あー、確かに。みんな同じプレイリストだったら、客は飽きるっすね」

    「そこでジャマイカのプロデューサーたちは考えた」

    「はい」

    「ないなら、自分たちで作ればよくないか、と」

    「急にDIY精神!」

    「そうじゃ。アメリカのR&Bをそのまま真似するのではなく、ジャマイカのリズム、ジャマイカの感覚、ジャマイカの暑さ、ジャマイカの街の空気を混ぜて、自分たちの音を作り始めた」

    「それがスカ?」

    「その通りじゃ」


    スカ──独立へ向かうジャマイカの祝祭音楽

    「1950年代後半から1960年代初頭にかけて生まれたのが、スカじゃ」

    「スカ、聞いたことあります。なんか跳ねるやつっすよね」

    「よく知っておるな。スカの大きな特徴は、裏拍じゃ」

    「裏拍?」

    「普通に“ズン、タン、ズン、タン”と進む音楽があるとするじゃろ」

    「はい」

    「スカは、その隙間に“チャッ、チャッ、チャッ”とギターやピアノが入る。表ではなく、裏で跳ねる感じじゃ」

    「なるほど……って、文字だと全然わからないっすね」

    「そこが音楽記事の難しいところじゃ」

    「でも、なんとなく“前のめりで跳ねてる音楽”って感じはします」

    「それでよい。スカは明るく、速く、ホーンも華やかで、踊るための音楽じゃった」

    「ホーンって、管楽器っすよね」

    「そうじゃ。トランペット、トロンボーン、サックス。The Skatalitesのようなバンドが、スカのサウンドを作っていった」

    「名前からしてスカ背負ってますね」

    「背負いまくっておる」

    そして、1962年8月6日。
    ジャマイカはイギリスから独立する。

    「独立の年とスカの時代が重なるんすね」

    「そうじゃ。これは大きい。独立国家としての誇り、未来への期待、俺たちの時代が始まるという高揚感。そういう空気とスカの明るさは、よく響き合っていた」

    「つまりスカは、ジャマイカの“よっしゃ行くぞ!”って音だったんすね」

    「うまい。まさにそんな感じじゃ」


    ところで、おぬし名前は?

    仙人は、ふとヤマダの顔を見た。

    「そういえば、おぬし」

    「はい?」

    「ワシ、おぬしの名前をちゃんと聞いておらんかったな」

    「えっ、今ですか?」

    「今じゃ」

    「このタイミングで?」

    「スカからロックステディに行く前に、名前くらい知っておきたいじゃろ」

    「変なタイミングだけど、まあいいっす。ヤマダっす」

    「ヤマダか」

    「はい。ヤマダです」

    「では今日から、ヤマダと呼ぶ」

    「今まで見習い扱いだったんすね」

    「見習い感が強かったからのう」

    「否定できないのが悔しいっす」

    仙人は、また練乳コーヒーをすすった。

    「よし、ヤマダ。次はロックステディじゃ」

    「急に距離縮まりましたね」


    🎶 暑すぎて、音楽がゆっくりになった?

    「スカは大流行した。じゃが、どんな音楽にも変化の時が来る」

    「飽きられたんすか?」

    「それだけではない。1966年ごろから、スカのテンポが少しずつ落ちていく。そして生まれたのが、ロックステディじゃ」

    「スカがゆっくりになった版?」

    「ざっくり言えば、そうじゃ」

    「なんで遅くなったんすか?」

    「これが面白い。いくつか説がある」

    「出た、諸説」

    「まず一つ目。ジャマイカの夏が暑すぎて、速いスカで踊っていると客が疲れてしまった説」

    「暑すぎてジャンル変わるんすか!?」

    「ありえる話じゃろ。灼熱の中で速い音楽に合わせて踊り続けたら、体がもたん」

    「たしかに。夏フェスでずっと全力疾走してるようなもんすもんね」

    「二つ目。Hopeton Lewisが“Take It Easy”を録音するとき、スカの速さではうまく歌えず、もっとゆっくり演奏してくれと頼んだ説」

    「歌えなかったからジャンル変わるんすか!?」

    「文化とは、そういう小さなズレから生まれるものじゃ」

    「俺もカラオケで歌えなかったら、新ジャンル作れますかね」

    「それはただの音痴じゃ」

    「厳しい」

    「三つ目。独立直後の熱狂が少し落ち着き、ジャマイカ社会の現実が見え始めたこと。貧困、都市の問題、若者たちの不満。明るく速く踊るだけではない空気が出てきた、という見方じゃ」

    「それはリアルっすね」

    「どれか一つが正解というより、おそらくいろんな要素が重なったんじゃろう」

    「暑さ、歌いやすさ、社会の空気。全部混ざってロックステディ」

    「そうじゃ。音楽は、だいたい混ざり物じゃ」


    ロックステディ──ベースが主役になった日

    「ロックステディで何が変わったか。ここが大事じゃぞ」

    「テンポが遅くなったんすよね」

    「それだけではない。主役が変わった」

    「主役? ボーカルじゃなくて?」

    「スカではホーンが前に出ていた。ブワーッと鳴る管楽器の華やかさが魅力じゃった。じゃがロックステディになると、テンポが落ちたことでベースラインが前に出てくる」

    「ベースが主役?」

    「そうじゃ。重く、太く、深い低音。これがジャマイカ音楽の核になっていく」

    「ベースが主役って、なんか渋いっすね」

    「ロックステディは、派手に跳ねる音楽というより、腰で揺れる音楽じゃ」

    「腰で揺れる……大人っすね」

    「スカが“独立だ、踊れ!”なら、ロックステディは“ちょっと落ち着いて、深く揺れよう”という感じじゃな」

    「めちゃくちゃ分かりやすいっす」

    「そして、このベース中心の感覚が、後のレゲエ、ダブ、ダンスホールに大きくつながっていく」

    「スカより地味に見えて、実は超重要なんすね」

    「そうじゃ。ロックステディは短い時代じゃったが、ジャマイカ音楽の背骨を太くした」

    「背骨を太くした。いい言い方っすね」

    「メモしてよいぞ」

    「仙人、自分で言った名言に酔ってません?」

    「少しだけじゃ」


    “ロックステディ”という名前

    「ちなみにロックステディという名前は、Alton Ellisの“Rock Steady”という曲とも強く結びついて語られる」

    「ジャンル名そのままっすね」

    「そうじゃ。ただし、こういう音楽史の話は、ひとつの曲だけで全部が決まったと言い切るより、“その時代を象徴する名前だった”くらいに受け取るのがよい」

    「また諸説対策っすね」

    「大事じゃぞ。音楽の歴史は、後から整理されるものでもあるからのう」

    「たしかに。現場の人たちは“今からジャンル作ります”って会議してるわけじゃないっすもんね」

    「そういうことじゃ。名前は後からついてくる。先にあるのは、いつも現場の音じゃ」


    そして、“レゲエ”が生まれる

    「スカが生まれ、ロックステディでベースが太くなった。そして1960年代後半、いよいよレゲエが出てくる」

    「やっと来た!」

    「1968年、Toots Hibbert率いるToots and the Maytalsが”Do the Reggay”という曲を録音した。“レゲエ”という言葉がタイトルに使われた、最も早い時期の曲の一つとして知られておる」

    「“最初”じゃなくて”早い時期の一つ”なんすね」

    「うむ。“史上初”と言い切れる証拠まではないからの。こういうのは正直に言うのが筋じゃ」

    「じゃが、“レゲエ”という言葉そのものの由来には、これまたいくつか説がある」

    「ジャマイカ音楽、諸説多くないっすか?」

    「人生も音楽も、だいたい諸説じゃ」

    「便利な言葉に逃げましたね」

    「説その1──Toots Hibbert本人が後にこう語っておる。“ジャマイカに streggae という言葉があって、垢抜けない、だらしない感じを指すスラングだった。ある朝”Do the reggay やろうぜ”と口から出て、それが名前になった”とな。ただ本人の説明も語る媒体によって少しずつ違うんじゃがな」

    「スラングから音楽の名前に?」

    「他にも”レゲエはスペイン語で王の音楽という意味だ”とか、ラテン語の regi(王へ)から来ているという説も、昔からよく語られておる」

    「正反対じゃないっすか、だらしない女の子と王様!!」

    「そうじゃな。ただ正直に言うと、この”王の音楽”説の出どころははっきりせん。誰がいつ言い出したのか、ワシも確かな元をたどれんかった。だから”そういう話もある”くらいに聞いておけ」

    「諸説を諸説のまま置いとくの、逆に信用できるっす」

    「言葉というのは、使われていくうちに意味が育つものじゃ。最初の意味が何であれ、レゲエはやがて、ジャマイカの誇りや祈りや抵抗を背負う音楽になっていく」

    「なるほど……急にかっこいい」

    「油断したところで大事なことを言うのが仙人流じゃ」


    The Wailers──三つの時代を通り抜けた男たち

    ここで、どうしても外せないグループがいる。

    「来ましたね。ボブ・マーリーっすか?」

    「そうじゃ。Bob Marley、Peter Tosh、Bunny Wailer。のちに世界へレゲエを広めていくThe Wailersじゃ」

    「レゲエといえばボブ・マーリー、みたいなイメージあります」

    「そのイメージは間違いではない。じゃが、彼らがすごいのは、最初から世界的レゲエスターだったわけではないところじゃ」

    「というと?」

    「The Wailersは、スカの時代から活動しておる。たとえば“Simmer Down”はスカ時代のヒット曲じゃ」

    「ボブ・マーリーもスカやってたんすか?」

    「そうじゃ。その後、ロックステディの時代に美しいハーモニーを磨き、レゲエの時代に世界へ飛び出していく」

    「スカ、ロックステディ、レゲエ、全部通ってるんすね」

    「そうじゃ。だから彼らは、ジャマイカ音楽の進化そのものを体で通過した存在とも言える」

    「それ、めちゃくちゃ強いっすね」

    「そして1970年代、映画“The Harder They Come”や、The Wailersの“Catch A Fire”などをきっかけに、レゲエはジャマイカの島を越え、世界の音楽になっていく」

    「小さな島の音楽が、世界に届いたんすね」

    「そうじゃ。じゃが、その前にはR&Bがあり、サウンドシステムがあり、スカがあり、ロックステディがあった」

    「レゲエって、急に生まれたんじゃなくて、ずっと育ってきたんすね」

    「その通りじゃ」


    レゲエは、積み重ねでできている

    仙人は、空になったマグカップを見つめた。

    「ヤマダよ。レゲエというのはな、ひとことで説明できるようで、実はたくさんのものが混ざっておる」

    「アメリカのR&B」

    「そうじゃ」

    「ジャマイカのサウンドシステム」

    「そうじゃ」

    「独立の熱気」

    「そうじゃ」

    「暑すぎる夏」

    「それも、たぶんそうじゃ」

    「歌えなかった人」

    「言い方が雑じゃが、そうじゃ」

    「スカ、ロックステディ、ベース、The Wailers」

    「そうじゃ」

    「あと、練乳コーヒー」

    「それは今日だけじゃ」

    「入らないんすか」

    「入れたい気持ちはある」

    ヤマダは笑った。

    「でも、なんか分かってきました。レゲエって、“この人が作りました!”みたいな単純な話じゃないんすね」

    「そうじゃ。レゲエは、人と街と時代が作った音楽じゃ」

    「ジャマイカの生活そのものって感じっすね」

    「うむ。だからレゲエには、明るさもある。重さもある。祈りもある。怒りもある。笑いもある。全部ある」

    「人間っぽいっすね」

    「音楽は、人間が作るものじゃからな」

    仙人は立ち上がり、台所へ向かった。

    「コーヒー、もう一杯いれるかのう」

    「俺も練乳入りでお願いします」

    「ついに来たか、ヤマダ」

    「今日もレゲエ日和っすね」

    「そうじゃ。今日もレゲエ日和じゃ」


    まず聴くならこの3曲

    「仙人、最後に何を聴けばいいか教えてくださいよ。曲多いと迷うんで」

    「では、まずは三曲じゃ」

    1. The Skatalites

    Guns of Navarone

    スカの明るさ、ホーンの勢い、ジャマイカ独立前後の高揚感を感じるならこの曲。

    2. Alton Ellis

    Rock Steady

    ロックステディの空気を知る入口。スカよりゆっくり、でも深く揺れる感覚を味わえる。

    3. Toots and the Maytals

    Do the Reggay

    “レゲエ”という言葉を知るうえで外せない重要曲。ここから名前が広がっていく。


    🎧 もっと聴きたい人へ

    スカの時代を聴く
    ♪ The Skatalites - Guns of Navarone
    ♪ Prince Buster - Al Capone
    ♪ Millie Small - My Boy Lollipop(ジャマイカ音楽初の国際ヒット、1964年)
    ♪ Desmond Dekker - Israelites
    ロックステディの時代を聴く
    ♪ Alton Ellis - Rock Steady(ジャンル名の由来)
    ♪ Hopeton Lewis - Take It Easy(“歌いきれなかった”伝説の曲)
    ♪ The Paragons - The Tide Is High
    ♪ The Heptones - Party Time
    レゲエ誕生の瞬間
    ♪ Toots and the Maytals - Do the Reggay(“レゲエ”という言葉が初めて使われた曲、1968年)
    ♪ Toots and the Maytals - 54-46 That’s My Number
    ♪ The Wailers - Simmer Down(スカ時代のヒット)
    ♪ The Wailers - Stir It Up(レゲエ時代の名曲)


    まとめ

    レゲエは、ある日突然生まれた音楽ではない。

    アメリカのR&Bがジャマイカに届き、
    サウンドシステムが街を揺らし、
    独立の熱気がスカを生み、
    時代の変化がロックステディを育て、
    ベースが太くなり、
    言葉が生まれ、
    The Wailersたちが世界へ運んでいった。

    スカは、跳ねる祝祭。
    ロックステディは、深く揺れる低音。
    レゲエは、その全部を抱えたジャマイカの音。

    「仙人、今日はかなり分かりやすかったっす」

    「そうか」

    「でも練乳コーヒーの必要性だけは、まだ分かってないっす」

    「ヤマダよ」

    「はい」

    「甘さも、苦さも、混ざって深くなる」

    「……それ、レゲエの話っぽく聞こえるっすね」

    「じゃろ?」

    「でも、たぶんコーヒーの話っすよね」

    「ヤーマン」

    「ごまかした」

    ヤーマン。



    #レゲエ #レゲエ入門 #スカ #ロックステディ #ジャマイカ #BobMarley

     
     
     
    ヤマダです。 ジャマイカ発のレゲエ/ダンスホールを日本語で届けるnote。ラガ仙人とヤマダの掛け合いで、ニュース、ゴシップ、名曲、歌詞の背景をゆるく深掘り。 ※ 諸説あるテーマも多いので、できる限り出典を確認して書いています。誤りに気づいたらご指摘ください、直します。

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