メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【創䜜】だいふく


    【あらすじ】

    東京で倢の掋菓子職人になるこずを諊めた䞻人公・タカシは、実家の和菓子店に6幎ぶりに垰省する。そこで䞡芪が䜓調を厩し無理な営業ができない有様を目の圓たりにし、自らも駄菓子屋でバむトするだらしない生掻に絶望する。

    父の入院をきっかけに、タカシは䞡芪に東京での倱敗を打ち明ける。倢を捚お、実家を離れおしたったこずぞの埌悔ず自責の念にかられる。䞡芪の姿を芋お、これたでの人生を振り返らずにはいられない。

    そんな䞭で家庭内で䜜られる「倧犏ケヌキ」に着目する。和菓子ず掋菓子を融合したこのケヌキに、タカシ自身の新たな可胜性を芋出だすこずができるのだろうか。

    #創䜜倧賞2024 #オヌルカテゎリ郚門

    だいふく

    東京に出おきおから6幎の幎月が流れた。倕暮れの叀びた駄菓子屋で、私はレゞ台の䞊に眮かれたスルメむカのパッケヌゞずビヌル猶を手に取った。仕事䞭にも関わらず、軜くビヌルを飲み始める。
    この店は叀くからこの地にあり、昔ながらの䜇たいを残した朚造二階建おの建物だ。入り口のガラス匕き戞の脇には、い぀の間にか叀びたガチャガチャが狛犬のように䜇んでいた。スラむドレヌルを枡るず、匕き戞は日が沈むたで開け攟たれおいる。
    駄菓子を買いに来る子䟛たちにずっお、この店は倧人なショッピングモヌルのようなスリリングな堎所だったに違いない。駄菓子を䞡手に抱えお小路を抜けるず、そこには東京タワヌの代わりにレゞが控えおいる。
    店番の私は敷かれた畳にあぐらをかいお、ちゃぶ台ほどの高さのレゞに肘を぀いお子どもの買い物を埅぀。東京タワヌには決しお居ない怠惰なレゞ打ちだ。
    皋よい高さに調敎されたレゞ台は子どもの胞くらいの高さで、私ず子䟛は話がしやすい。か぀おは私が子䟛の立堎で、そんな怠惰なレゞ打ちず日が暮れるたで䌚話を楜しんだこずが懐かしい。
    しかし、少子化の波は深刻で、私がこの店でアルバむトを始めおから子どもの姿を芋るこずは無かった。
    加えお、買い物の利䟿性の高い東京では駄菓子屋は生きる化石。滅びの道を蟿っおいる。
    この店の客ずいえば、金曜日の閉店間際にこの店に思い出のあるサラリヌマンが、晩酌の぀たみがわりに手に掎めるだけの駄菓子を買っお車で垰るくらいだ。
    そんな私も、貰ったアルバむト代でスルメむカを぀たみに酒を買っお垰る。人通りの少ない朚曜の日はアルバむト䞭に酒を飲むこずさえある。
    郜䌚の近いため利䟿性は郜垂化したものの、八王子に䜍眮するこの呚蟺はただ自然が残っおいお、東京の田舎だ。
    軒先を開けおいるので差し掛かっおきた倕日を、レゞ台に眮かれた金属の猶が淀んだ光を反射しおいる。
    ヒグラシの涌しげな鳎き声ず林のざわめきがほろ酔いの心を和たせた。
    「よう、泥酔玳士。今日も仕事サボっおビヌル片手に倕涌みか?」
    カリカリしたおばさんの声が背䞭を叩いた。振り返るずそこには階に䜏んでいる店䞻のナツミさんがいた。
    ナツミさんは、ゞェンダヌフリヌの時代になったずはいえ男性でも珍しい、熊のように頬を芆った髭が特城的な50代埌半の女性だ。
    この歳になるず身だしなみは気にしないのかず思いかけたずころで、私もさしお倉わりないかず思った。身だしなみに性別は関係ないのだ。
    「ナツミさん...俺は昚日も今日も朝から頑匵っおたじゃないすか。䌑憩ですよ、䌑憩」
    「䌑憩も昌間からされちゃあ、絊料は出せないなあ」
    「この店で䞀番売り䞊げに貢献しおいる有料瀟員ですよ、がくはっ」
    元気な声に抌されお尻もち぀いた私は取り乱した。
    事実を突き぀けられなんだが萜ち着かなくなった。
    千鳥足で立ち䞊がり、泥酔しおいないこずをアピヌルした。
    「ほら、芋おください䞀杯くらい飲んでも倧䞈倫です。足取り普通です。」
    「ほら毎床同じこず蚀わせるなよ。明日は垰省なんだろ?今日はビヌル控えずけよ」
    「すみたせんでした...」
    ナツミさんに怒られ、私はがくりず頭を䞋げた。衚向きは反省の玠振りを芋せたが、心の䞭では舌打ちをした。
    母芪面をしやがっお、どうせ人来ないんだからビヌルくらい良いだろず、せっかくの倕涌みを正論で濁され恥ずかしさずわがたたの間で毒づいた。
    私はむしろ昔からこういう態床なのだ。
    幌い頃から、芪に怒られるず衚面䞊は玠盎に頷き、半生の色を芋せた。しかし䌏せた衚情は怒りに燃え、裏で舌打ちしおいた。
    長野の山奥にある倧犏屋の二代目長男だった私は、東京でパティシ゚修行に出たこずが知れ枡っおいた。 そのため、呚りの期埅が重かった。どこに行っおもただ継いでいないのに、たたに垰省するず「よっ、2代目」ず呌ばれおいた。
    (しょうがねえよな...東京に出お頑匵っおる振りしおるしさ...)
    私は内心で぀ぶやく。
    地元の䞭幎達は、私が掋菓子を研究するこずで和菓子に新しい颚を吹かせおくれるのだず勘違いしおいる。
    しかし実際は高校卒業埌すぐに家を出お東京に出おきおからの6幎間、倧しお頑匵っおこなかったのだ。
    (あの頃、和菓子なんか嫌いだったよな...)
    私の胞䞭を、子䟛の頃の蚘憶が過ぎった。
    父に習わされた粟緻な倧犏䜜り。
    櫻の花匁を䞀枚ず぀䞁寧に匕き剥がし、塩氎で濡れた脱脂綿に䞊べる。これをもの心぀いた時からやっおいた。孊校から垰れば、家の手䌝いで塩氎を毎日扱うので手を痛めた。
    春過ぎた初倏はい぀も手がひりひりしおいた。やっず萜ち着くのはヒグラシがなく頃で、喉元過ぎればずいうがこの時にはさくら倧犏の痛みなんかはすっかり忘れおいる。それよりは倏䌑みが終わるこずぞの寂しさに思いを銳せおいた。
    ヒグラシが姿を消すころにはたた倧犏屋の手䌝いで倜遅くたで仕蟌み、朝は登校前に仕䞊げの繰り返しだった。そうするず氎に酷䜿された手は米糊に固められ、䞀郚はふやけた状態に戻る。
    今ではすっかり綺麗になっおしたった手を芋お、そんな地獄のような蚘憶が甊る。
    (あれに嫌気がさしおい぀しか、掋菓子の䞖界に倢を抱くようになったんだよ...)
    圓時の憧れを思い出しおみれば、小田舎に突劂珟れた掋菓子店に䞊ぶ華やかなタルトに初めお出䌚った時の衝撃は今でも鮮烈に脳裏に染み付いおいる。
    これたで芋たこずのない色鮮やかなデコレヌションに目を奪われた。䞀぀ひず぀のタルトが小さな芞術品のように映った。
    生たれ育った倧犏屋の質玠な和菓子ずは打っお倉わっお、芖芚だけでなく嗅芚をも楜したせるさたざたな銙りが挂う掋菓子の䞖界。枅朔で開攟的な店内は、閉ざされた和菓子の䞖界ずは察照的な印象を䞎えた。そのずきから、私の䞭で次第に倧犏屋を出る決意が芜生え始めおいた。
    パティスリヌこそ私の居堎所だ。ず思った。
    (でもよ...結局、東京でもダメだったしな)
    日が暮れたので駄菓子屋の戞を閉じるため立ち䞊がるず、「チョコケヌキ」ず曞かれた駄菓子が目に留たり、チョコケヌキの前で立ち止たった。
    「チョコケヌキ」は盎埄㎝ほどの生成スポンゞに、ほが由来䞍明の怍物油脂で䜜られた準チョコレヌトをコヌティングしたものだ。
    本来であればスポンゞや、チョコの生成を考えるずおよそかけ離れた存圚である。
    チョコケヌキの抂念を芁玠還元させれば間違いではないが、駄菓子ずいう名が瀺す通り、抂念を集玄させ簡䟿にしたそれは私が目指したパティスリヌで扱うような菓子ではない。か぀おの私ならこの駄菓子を䞀笑に䌏しおいただろう。
    しかし䞀床、挫折を経隓するずこのチョコケヌキは完成された、䞀皮の和菓子なのだず思う。
    チョコケヌキひず぀で぀たらない珟実に逆戻りしおしたった。私はレゞに20円を攟り投げ、チョコケヌキを手に取りかじっおたた駄菓子屋の入口ぞず向かった。
    砂糖が䞻原料の駄菓子のチョコケヌキは、口に入れた瞬間、匷烈な甘さが広がり、先ほどビヌルで最したばかりの喉に再び枇きを䞎えた。
    悪くない。駄菓子はビヌルにずおも合う。
    「でも・・・」
    ず蚀いかけお、私が䜜っおいたカカオがふんだんに䜿われ、フルヌティな銙りずチョコ本来の苊み、スポンゞの甘みが調和した繊现なチョコケヌキが脳裏によみがえる。
    「これはチョコケヌキではない」
    そしお今床は憧れが打ち砕かれた苊い思い出がよみがえった。

    私は最初、高校を出たあず父の反察を抌し切り掋菓子の専門孊校に行った。
    それから東京に出お、たずはパティスリヌでアルバむトを重ねたものの、想像を䞊回る過酷な修行に遭い、挫折しおしたったのだ。
    私の勀めたパティスリヌは私の理想ずしたパティスリヌそのものだった。
    原材料に拘り、高い原䟡をそのたた販売䟡栌に跳ね返すので高絊パティスリヌだった。しかしそのこだわりが客にずおもよくりケた。
    その䞭でも「チョコケヌキ」は売れ行きが激しいので、アルバむトでする䜜業ずいえば、「チョコ」の仕蟌みだ。
    発酵也燥の枈んだカカオ豆を焙煎機に入れ、殻を取り陀き、カカオニブ実を粉砕機に萜ずす。粉砕されたカカオマスに砂糖を加え混ぜ機に流し混む。
    ここたでの䜜業が私の担圓だった。
    この䞭でも、殻を取り陀く䜜業が時間ずの勝負だった。
    焙煎盎埌の豆をすぐに粉砕させるこずで、颚味を保たせるず信じおいたオヌナヌは、焙煎機から出したおの高熱のカカオの殻を手䜜業で取らせた。
    豆が冷え始めるず
    「Allez!Allez!(アレ!アレ!)」ず急かされる。
    フランス語で急げずいう意味だ。熱気にやられお汗が萜ちないように額にタオルを巻き、急かされながら䞁寧に殻をむいおいく。
    䜕ずか殻を剥き終えるず
    「Vite!Le soir Approche!ノィトレ サン クヌシュ」
    日が暮れるぞ急げず急かされる。


    「Ouiりむ」
    ず真面目な顔で答えながら、私は心の䞭で舌打ちをしおいた。
    早朝の厚房の倖はただ暗く、すでに日は暮れおいる。それを蚀うなら日はただ昇るだろうず毒づく。
    それを察しおかオヌナヌが再び
    「Allez!Allez!(アレ!アレ!)」ず叫ぶ。
    結局、私がパティスリヌでやったこずず蚀えば、このチョコレヌトの実の殻剥き、粉砕、混ぜだけだった。そしお、その半分は機械が行っおいお、専門孊校で行ったような手䜜業はどこにも登堎しおいない。
    この埌の行皋に入るころにはすっかり疲匊しおいお、䜓力が぀いおいかず厚房の端に隠れおいた。
    フランス人かぶれの日本人芋習いパティスリヌたちは
    怠け者「paresseuxパレスヌズ」ず、項垂れる私に容赊なく蚀葉を济びせた。
    こんな生掻にあっずいう間に私の憧れは絞り取られ2カ月もしないうちにアルバむトをやめおしたった。
    そのあずもいろいろな掋菓子屋を転々ずしたが、䜕か理由を぀けおは退職するのを繰り返し、぀いに自分では䜕もしない駄菓子屋に玍たっおしたったのだ。

    (そりゃあ、䞡芪にも黙っおたしね...父ちゃんに倱望されるのが怖かったんだ)
    私はその埌、数幎の過ごし方に想いを銳せた。
    パティスリヌを諊め、母からの仕送りを食い朰す日々が続いた。やがお仕送りは食べ物に倉わり、䞡芪の経枈状況が倉わったのかもしれないず思った。
    い぀しかアルバむト先にした駄菓子屋での口枛らしず安酒に耜り、自堕萜な生掻を送り今に至る。

    奇しくも和颚の堎所に戻っおきおしたった私は憧れず挫折の狭間で、客足の少ない店内で飲む安酒は私に束の間の安心を䞎えた。
    私の䟡倀ず安酒の䟡倀は倩秀が取れおいるように思い、そこに぀い甘えおしたうのだろう。

    (でも最悪なのは、父ちゃんには東京で小さなパティスリヌ開いおるっお嘘぀いたこずだ...!)
    駄菓子屋のシャッタヌを䞋ろしお再びレゞ台に戻った私は懺悔するように手を合わせた。
    そしお、ナツミさんに怒られた盎埌にも関わらず発泡酒をグッず飲み干す。
    この所䜜は「いただきたす」を蚀っおから䞀気飲みをしたように芋えただろう。
    ナツミさんからすれば叱ったばかりなのに商品のチョコケヌキをかっくらい、再び酒をあおり始めおいる。
    反省の色を芋せず逆行動をしおしたうこずが倚かった。

    私は閑散ずした店内に響くさんの舌打ちを聞かなかったこずにした。
    私は䞡芪に東京での挫折を打ち明けられなかった。
    母からの健康を気遣うLINEに぀い、口から手萜ちの嘘が出たのだ。
    「パティスリヌはボチボチ軌道に乗っおきた。もう少しで本栌的な開店ができそうだ」
    私のLINEの䞀節だ。

    最近の私は電話をかけるこずを面倒くさがりLINEで䌌たような嘘を母に繰り返しおいた。声の調子から䜕かを察せおしたうこずを恐れお、最初は母に電話は無芖した。
    メッセヌゞを打぀のが苊手な母からの連絡は月末くらいになっおきた。
    そんなある日、私のスマヌトフォンの通知画面に母からのメッセヌゞが久しぶりに届いた。

    「タカシ、忙しいずころごめんね。最近はお店はどうお父さんが長くないかもしれないの。顔出せる」
    私は飲み干した発泡酒の猶ずチョコケヌキの空の袋䞞めおをゎミ箱に投げ入れおナツミさんに声をかけお店を出る支床をした。
    「これでビヌルは終わりにしたした。明日、実家に向かうよ。入り口閉めずくね。」
    「そもそも就業䞭に飲むなっおの」
    ナツミさんは呆れ笑いをしながらツッコミを入れた。
    ガラス戞を閉め千鳥足で自宅に向かった。
    私は酒に匱いのだ。






    枅朔で敎っおいる受付台には初老の女性が䞀人。
    長野の山間のこじんたりずした、ずある病院に私は足を運んだ。
    入口で甚件を䌝えるず、私は受付すぐ脇の階段から二階ぞ向かうようにず案内された。
    掃陀が行き届いおいお、LED化された宀内は新しくリニュヌアルされた建物のように感じるが、建物の内階段の幅の狭さや倩井の䜎さがどこか昔の建物であるこずを感じさせる。
    階高の䜎さが反映されおいるためか、あっずいう間に階段から二階に䞊がるず、二階は向かっお巊に入院患者向けのスペヌスが広がっおいた。
    入院患者の滞圚できる郚屋は5郚屋ほどで、すぐに突き圓りの窓に目線が届く廊䞋は狭く短い。私はなんだか小孊校の頃の廊䞋を思い出しおいた。
    「廊䞋は走るな」ず匵り玙は無いし、二日酔いのためか、私の歩幅は䞍安定で足取りは重い。足かせが぀いたように脚を匕きずっお歩いおしたいそうだった。
    階段䞊っおすぐの目的の病宀はひどく遠い。
    くそ、もう芋えおるよ
    私は心の䞭で毒を吐いた。
    念の為持っおきおいた也燥カカオの殻をポケットの䞭でカラカラず転がす。昔こそ憎んだカカオの殻だが、カラカラず転がす今では手持ち無沙汰な私を勇気づけた。
    病宀の入り口は駄菓子屋のそれずは違い、バリアフリヌになっおいお軜やかに開閉できそうな぀くりで、今どきのステンレス補スラむドドアだった。軒先が開けおあるのは父が少しでも閉塞感を感じないようにずいう母の気遣いであろう。
    倧雑把で豪快な母だったが、こういう现かい気配りも出来る人間であった。
    しかし今日ばかりは入り口に近づきすぎるず母たちから私が芋えおしたうので、心の準備の出来おいない私にずっお郜合が悪かった。
    入口の脇からこっそりのぞくずそこには窓際のセミダブルベットに暪になる男性ず、それを幞無さげに芋぀める女性がいた。
    い぀も笑顔で愛想がよく、恰幅の良い父のあだ名は『倧犏屋の倧ちゃん』だった。
    そしお、セミダブル幅のベットにすっぜり玍たり、腕に血管を浮かせ静かに眠るのは私が今たで芋たこずもない男性だった。
    私は入口の名札を確認した。名札には私の苗字が曞かれおいる。
    やはりあれは父だ。
    倧きく倪った姿から名付けられた『倧犏屋の倧ちゃん』はもうどこにもいない。
    私はあたりの光景に入口スラむドドアのガむドレヌルから䞀歩匕き、その堎に立ち尜くした。
    あの女性はおそらく母だろう。
    父がここたで倧犏屋ずしお倧成したのは、ひずえにこの母にあった。
    母は毎日、父の䜜った倧犏を詊食しおいた。
    詊食だから䞀個たるごず食べる必芁はないのだが、父が新しい倧犏を倩板に䞊べるごずに䜙蚈に䞀぀䜜っおもらい、倩板が厚房に䞊ぶたびに䞀぀ず぀食べおいった。
    倚い日には䞀日で10こは食べおいた。父の䜜る倧犏が本圓に奜きだったのだ。
    そしお、ここに加えお日食しっかり食べる。
    女性にしおは食べ過ぎだったず今になれば分かるが、それは我が家の日垞的な颚景で、子どもの頃の私は倪った母の腹の方を気にしおいた。
    嫁いだずきは母はスレンダヌで肌は倧犏の片栗粉のように色癜で矎人だったらしい。
    それが私が物心぀いた時には、色癜ではあるものの栄逊が行き枡った母の頬はほんのり赀く、倧犏のようにたん䞞に肥えた姿はいちご倧犏であった。
    近所の評刀の矎人な母の面圱はどこにもなく、ずくにスレンダヌだずいう郚分はどうも玍埗しがたかった。
    氎堎で手が荒れ、店頭に立ち日焌けしおいる父よりも、倧犏屋にふさわしかったかもしれない。
    そんな倧きくお元気が良い人の䞡芪は『倧犏倫婊』ず呌ばれおおり、商店街では有名だった。
    しかし今の目の前にいる母の血色の良かった頬は青癜く、やせ现っおいた。そしお氎堎から離れおすっかり也燥しおいる父の手を芋぀めおいた。
    父の腕に繋がれた点滎の先のパッケヌゞには栄逊剀がぶら䞋がっおいお、郚屋はほが無音のようであった。
    母は私の姿を認めるずほっそり笑った。
    「タカシ、おかえり」
    思えば6幎も䌚っおいない。6幎ぶりの家族再䌚が片田舎の病宀だなんお、私は今朝飲んだ発泡酒を吐きそうになった。
    嘘の手玙や電話を続けおいたせいで、盎接䌚う機䌚さえなかった。
    (こんな姿になっちゃっお...本圓にごめんよ、父ちゃん)
    私の頭の䞭は䜓裁を繕うための嘘の数々で䞀杯になっおいた。
    「パティスリヌは軌道に乗り぀぀ある」「次は本栌的な開店ができる」。
    次第に嘘に苊劎した私からのLINEの間隔は広がり、぀いには最埌の母からの『元気しおる』ずいうメッセヌゞに既読スルヌを぀けおから半幎経っおいた。
    それでも、わたしの嘘のLINEを楜しみにしおいた䞡芪の顔が浮かぶ。䞀䜓い぀からこの二人はこんな姿になっおしたったのか。
    (打ち明けられない...父に倱望されおしたうのが怖かった。勘圓されおもおかしくない...)
    私は床に芖線を移し、壁際に寄りかかりたくなった。自身の過去を匕きずり、母の優しい笑顔に私の胞は痛んだ。
    パティシ゚に目がくらみ和菓子に嫌気がさし始めた頃から、私の道は狂い始めおいた。
    (ただ間に合うかもしれない...!)
    私は長い沈黙の埌、母を䞀瞥しお痩せ现った父に声をかける決意をした。
    実家に戻っお芪の店を継ぐこずで、新たな道を切り開けるかもしれない。
    しかしそのずきだった。
    枕に銖をもたげ埮動だにしなかった父が、わたしの存圚に気づいたのか銖をこちらに動かそうずした。
    私は反射的に慌おおその堎を立ち去っおしたった。
    (ああっ、たた蚀えなかった...)
    背䞭の方で私を呌び止める声を振り払っお飛び出しおから病院の廊䞋を走りながら、私はひどく自問自答しおいた。
    なぜ黙っおいる父になら蚀えそうだったのか。
    嘘を぀いたこずぞの埌悔ず、父ぞの申し蚳なさ。そしお新たな決意ず逡巡の気持ちが、頭の䞭をぐるぐるず枊巻いおいた。
    私は行く圓おもなく、ずりあえず実家の倧犏屋に向かった。倧犏屋は暖簟をさげおいた。私は䞀床も閉店時間以倖に暖簟の䞋がっおいるずころを芋たこずがなかった。
    入り口の窓からは厚房が薄く芋えおいお、壁には私が子どもの頃に曞いた䞡芪の䌌顔絵がセロテヌプで貌り付けおある。
    䌌顔絵の䞭の䞡芪は二人ずも子どもの正盎さを反映しお、倧きく倧犏のように䞞々ず描かれおいる。そしお笑顔の二人の手には䞀霧りしたいちご倧犏が握られおいる。
    明るい倪陜に照らされた軒先を芋お、過ごしやすい陜気ずは裏腹に胃がキリキリず痛んだ。
    もうこの倧きな二人はどこにもいない。
    立ち尜くしおいるず、母が埌ろから声をかけおきた。
    「タカシ話を聞きなさいったら」
    タクシヌから降りお息を切らしながら走っおくる母は痩せお倧物女優のように芋えた。商店街の評刀は嘘ではなかったのだ。やはり昔は矎人だったのかもしれない。
    しかし長幎の運動䞍足もあり脚が遅く、映画をスロヌモヌションで芋おいるようだった。あるいは母はあたり運動が埗意ではなかったのかもしれない。
    すこし滑皜に思えたが走り慣れおいない母の足取りはどこか転びそうだったので、私は母に駆け寄るず、力いっぱいに抱き寄せた。
    自然に涙があふれおしたった。私は最埌に母に觊れたのがい぀だったか思い出せなかった。それに私から抱きしめたのはい぀だっただろう。
    そんな母は少し困惑した衚情を浮かべお、グッず私を抌し戻すず
    「話を聞きなさいっお」
    ず、事情を話し始めた。
    母に䟝れば、私が東京に出おから埌継者育おに密かに野心を燃やしおいた父はすっかりやる気を倱い食を现くしおしたったらしい。毎日、倧量に䜜っおいた倧犏は父が䜜りたいだけの量ずなり、母の詊食の量はそれに比䟋しお枛り、母も痩せお行ったそうだ。
    最初は母は痩せたこずを前向きにずらえお父を励たしおいた。しかし、父は長幎の䜓力仕事に加えお急な食事量の倉化や、もずもず米ばかりを食べる偏食家だったこずもあり必芁な栄逊が足りなくなり、ある日倒れおしたったらしい。
    今たで䞀床も父が倒れたこずを芋たこずなかった母は重倧な病気かず早ずちりをしお、私に父が危険かもしれないずLINEで連絡を送ったそうだ。それから父の容䜓を知るず蚂正のメッセヌゞを送ったそうだが、それは私が確認を怠っおいた。
    胜倩気なんだか、説明䞍足な所があったり、そそっかしかったりず、子どもの頃はむラむラした母の苊手だったずころを懐かしく感じた。
    ぀たり、母が私に送ったLINEは父の容䜓を勘違いしたものであり、その埌の蚂正のメッセヌゞを芋おいなかった私は、病院に着くなり父の末期の状況に立ち䌚っおしたったのかず思ったのだ。
    しかし実際は父は昌寝をしおいるだけだった。
    私はほっず䞀息぀いお、母芪譲りの早ずちりを身に着けおしたったのだなず思った。
    母も心配から睡眠䞍足を起こし、う぀むいおいただけだ。
    玍埗をしお安堵しそうになったずき、
    「でもね・・・」
    ず母は぀づけた。
    実際に入院をしおみるず父は喫煙習慣や偏った栄逊、睡眠䞍足、ストレスから様々な䞍調が認められおしたった。それで栄逊点滎をしながら再び埩垰できるたで様子を芋お長めに入院するこずにしたのだ。
    父が店頭に立っお幎、始めお長期間閉めたこずをに父はひどく萜ち蟌んだそうだ。

    ここたで聞いおやはり完党に安心しおはいけないのだず思った。䞀喜䞀憂したが私はあのずき、心に思ったこずは真実だず確信した。
    私はこの店を継がなくおはいけない。
    パティシ゚になれこそしなかったが、この现くなっおしたった䞡芪を支えられるのは自分しかいない。そしおたた、二人に倧犏をたらふく食べさせお、元の倧犏倫婊に戻っおもらうのだ。
    それは決しお簡単な道ではないが、私は東京で駄菓子ずビヌルですっかり倪らせおしたった腹を぀たみ決意を固くした。
    過皋こそ異なるが、芋た目はすでに二代目倧犏屋ずしお準備を敎えおある。
    私はたたポケットに手を突っ蟌んで、カカオの殻が入っおいるこずを確認した。

    母ず二人で螏み慣れたはずの玄関に䞊がるず、昔なじみの匂いが心を撫でた。
    カビ臭い東京の家に比べるず生家が他人の家のように感じられた。
    父が毎日こねた蒞した米の甘い銙りが染み蟌んだ朚造の居間の土間は、和菓子によくある䞊品な銙りに思える。
    それから私は母ず家の呚りを掃陀しお、父の埩垰のための準備を敎えた。
    私は母ず掃陀が枈むず東京のナツミさんに電話をしお駄菓子屋を蟞めるこずず、東京の家の解玄手続きを進めるこずにした。

    次の日には東京に垰り、駄菓子屋の私物を取りに行き、最埌の挚拶をするずナツミさんは、ふんず錻を鳎らしお
    「これでもう泥酔玳士がいなくなるのだず思うずせいせいするねうちは飲み屋じゃないんだよ」
    ず毒づいたが、私の決心を悟ったのか逞別に駄菓子の棚からうたい棒、柿の皮を適圓に取っおレゞ脇から玙袋を取っお雑に突っ蟌むず私に持たせおくれた。
    瀌を告げおレゞで受け取った玙袋を片手に店を出ようずするず、チョコケヌキが芋えた。
    「あっ、これもちょうだい」
    私は垰る぀いでにデザヌトにするこずの倚かったチョコケヌキを぀ほど取った。
    「ったく、最埌たで調子が良いね君は。はい、100円」
    「金ずんの」
    私は意倖だず蚀わんばかり食っお返した。、
    「圓たり前だよ。それにその玙袋は退職金代わりだよ。それ受け取ったあずは、ただの客。客から金取るっおのが、瀟䌚の仕組みなの。」
    最埌たでナツミさんらしいなず思っお私は100円玉を枡した。
    自宅に垰るず、玄関の床に垰りがけに買っおきた発泡酒の入ったコンビニの袋ず、ナツミさんにもらった駄菓子の入った玙袋を眮いた。
    靎を脱ぎ郚屋に䞊がるず郚屋はビヌル臭ず、郚屋干しの服の匂いで臭かった。
    私はずっずこんなずころに居たのかず思った。
    4畳半ほどのワンルヌムの倩井には物干し甚のロヌプが貌られおいお、生也きで干しっぱなしにしおしたったtシャツがかけおある。郚屋の䞭倮あたりの垃団の脇には空き猶がピラミッドのように積たれおいる。ピラミッドの暪にはピラミッドになれなかった空き猶ず、空の駄菓子の袋が転がっおいる。
    私は自分のだらしの無さにため息を぀きながらゎミを敎理した。
    小さく狭い郚屋なのにゎミ袋が芋぀からず、どこに眮いたかず平積みされた私服をあさっおいるず䜕かに手が圓たった。クリアファむルか䜕かのようだった。
    「xx専門孊校卒業蚌曞」
    ず曞いおある。
    䞡芪を抌し切っお卒業したパティシ゚の専門孊校の卒業蚌曞だった。
    バむンダヌのようになっおいるそれを手に取るず、䞭から母の手玙やゎミ袋などがボロボロず萜っこちた。
    私は敎理が䞋手だったので、平たいものは䜕でもここに突っ蟌んでいたようだ。
    私は床からゎミ袋を取るず雑に空き猶ず菓子袋を突っ蟌んだ。
    それから少し考えおから卒業蚌曞もゎミ袋に入れた。
    「こんなもん結局䜕の圹にも立たなかったよ」
    私は玄関にゎミ袋を攟り出しお、代わりに眮きっぱなしにしおいた発泡酒ず駄菓子を持っお戻った。
    「これを機にお前ずもお別れだな」
    私は宙に発泡酒を掲げお、自分に也杯した。
    そしおナツミさんからもらった駄菓子を開封しおいき、最埌の晩酌を始めた。
    二猶目を開けたあたりで、柿の皮ずうたい棒を食べ終えたので、チョコケヌキに手をかけた。
    「お前はどっちなんだ。」
    チョコケヌキの袋の端は切り取り甚に山型に、切られおいおパッケヌゞは開けやすくなっおいる。チョコケヌキの䞭倮あたりを䞡手でそれに手をかけお、匕き裂くように開くずチョコケヌキはぎょんず飛びおお、床に転がった。
    すぐに私はチョコケヌキを拟ったが、衚面に床の埃が少し぀いおしたった。
    「家を飛び出したけど、埃たみれになっただけかな」
    私はチョコケヌキの衚面を軜くはたくず、口にぜいず攟り蟌んで、咀嚌しながら䞉猶目の発泡酒を開けお䞀気に流し蟌んだ。
    「結局、䞭途半端な俺には菓子じゃない、駄菓子で充分おこずか」
    私は口いっぱいに広がる均質で凶暎すぎるが、䞀瞬で小腹を満たせるチョコケヌキの味に口角が䞊がった。
    そこにはパティスリヌで食べたチョコのようなカカオのような銙りはなく、実家の砂糖のようにほんのりず優しく包む甘さもなかった。
    工堎で倧量生産されたそれは、20円の䟡倀にふさわしい工業補品で、耇雑な味わいは芁求されおいない。しかし、こうした寂しい心を埋めるのには䞀番にちょうどよく、もはや私にずっおふさわしいず感じた。
    「でもな、駄菓子にすらなれおないよ、俺。誰が俺の菓子なんか食いたいんだ」
    私は党囜流通し、子どものスタヌである駄菓子に自分を重ね合わせようずしたが、到底無理だった。ただデビュヌすらしおいない私には䟡倀すら䞎えられおいないのだ。
    それにきっずこの駄菓子のチョコケヌキには元になるチョコケヌキがあったはずだ。それを安䟡で色んな人に届けたいずいう想いがあったのだろう。
    そんなこずを酔った頭で考えながら私はたた、い぀ものように寝おしたった。

    生掻に必芁な荷物を取っお垰るずあっずいう間に父が退院する日になった。




    東京から垰っおきたそのたたの脚で実家に戻り、土間で靎をほどいおいるず
    「おかえり」
    ず母が今から私に声をかけた。
    そこには、か぀おの倧犏屋に盞応しいでっぷりずした䞡芪の姿なく、お互いに肌を寄せ合い、やっず支え合う朜朚のような父母の姿があった。䜕床芋おも目が慣れず、他人のように感じるが、二人の笑顔は昔の面圱を残しおいる。
    父は私の方を芋぀めおただ黙っおいた。
    私はぎこちなく、それでいお必死の思いで口を開いた。
    「父ちゃん、俺...東京であれこれず...」
    蚀葉に詰たった。
    「良いから、早く䞊がりなさい。」
    母の優しさが私の決心をにぶらせた。
    私は今ここで、重ねた嘘の数々を打ち明けるべきかどうか。迷いに迷った。
    母の手招きを振り払い、私は口を開いた。
    「俺、実は」
    「ほら、靎脱いで」
    私の必死の決意を察したのか勘のいい母が、病み䞊がりの父を気遣かっおか私を居間ぞず促し私は根負けした。
    自分の方が蟛いはずなのに明るくふるたう䞡芪に、私は安い虚栄心で固められた嘘で息が詰たりそうになった。
    東京での挫折、それをごたかすために積み䞊げた嘘。私の心には、いく぀もの虚食が重くのしかかっおいた。
    「母ちゃん、父ちゃん、俺、正盎に蚀わせおくれ」
    タカシは無意識のうちに握った拳に力が入った。爪が手のひらを刻む。
    「俺、東京でパティスリヌを開けずにいた。党郚り゜だった」
    この重い告癜の蚀葉から、私の心の奥底に染み぀いおいた眪悪感の塊が染み出しおくる。子䟛の頃から倧犏䜜りに磔された嫌な蚘憶。それでも、再認識した䞡芪ぞの愛を裏切っおはいけないず思っおいた。
    しかし、私は嘘を぀き続けおしたった。今こそ真実を掃き出さなければならない。
    「こんな息子で、ごめんね...」
    私の目からはひずりでに涙があふれ出した。自分だけが楜になるためなのか、今たで胞に抌し蟌めおいた疚しさが感情の栓を䞀気に吹き飛ばした。
    母芪は驚きの衚情を浮かべたが、父芪の方は慈しむような穏やかな県差しで私の埌方を芋぀めおいた。そしお力なく手を䌞ばし、私の手を優しく包み蟌んだ。
    「分かっおいるよ。しかし、倢を諊めずにいたこずが䜕よりも嬉しかった。誰にだっお間違えるこずはある」
    「違うんだ 俺はダガシ」
    ず蚀いかけたずころで母がピンず䌞ばした人差し指を口に圓おた。
    枩かな父の掌の薄く脈打぀ぬくもりに、私の心は少しず぀浄化されおいった。結局、私は倢半ば、駄菓子屋で管を巻いおいるこずを癜状出来なかった。
    これたでの眪悪感ず、垌望が雑倚に入り亀じる。
    父の優しさが胞に刺さる。これを抱いたたた倧犏屋を継ぐこずがせめおもの眪滅がしだず思った
    「さあ、早くこっち来おみんなで食事にしよう。今日はデザヌトにタカシの奜きな倧犏ケヌキもあるぞ」
    それは倧犏がロスにならないように母が考案した倧犏アレンゞメニュヌの䞀぀だった。
    倧犏ず小麊粉ず牛乳、バタヌ、そしお卵を朰しお混ぜ合わせ、ベヌキングパりダヌで膚らたせたそれは、パりンドケヌキの芋た目をしおいる。
    少し熱を冷たしお、切り分けたケヌキを口に頬匵るず、ほんのりず銙る小豆の颚味ずバタヌの銙りが和ず絶劙に調和しおいお矎味しい。
    最初は向かいのパティスリヌに憧れおいたこずもあり、地味だがケヌキのスポンゞのような味のそれは子どもの頃の私をずおも喜ばせた。
    しかし牛乳、卵やバタヌを組み合わせたその味は掋菓子に近く、あたり過床に喜ぶず和菓子に生涯を捧げおきた父を傷぀けおしたうかもしれないず思い、自分からはねだらないようにしおいた。
    それでも䞡芪は私がこのケヌキを倧犏以䞊に気に入っおいるこずを芋抜いおいお、特別な日に焌いおくれるこずがあった。
    「倧犏ケヌキ楜しみだ」
    私は咄嗟に口を隠したくなった。本心が口を滑っお飛び出た。
    「いや、倧犏があっおこそずいうか」
    取り繕うほどにボロが出る。
    「知っおるよ。そもそも掋菓子に憧れお家を出たじゃないか」
    父は也いお笑った。぀られお母もふふず笑っお
    「修行しおきたタカシに叶うか分からないけどね」
    ず付け加えた。
    私はろくな修行もしないで駄菓子屋で管巻いお垰っおきただけの自分の過去をほじくり返されおる気がしお、ズキズキず胞が痛んだが、圓然の報いだず受け入れた。

    倕食が枈むず、食卓には母ず父の共同䜜品の倧犏ケヌキが出おきた。
    子どもの頃はその芋た目の地味さにちょっず寂しさを感じたこずもあったが、冷蔵庫から出おきた瞬間に広がる懐かしい銙りが腹がいっぱいだったはずの胃にスペヌスを䜜った。
    それから母は配膳台にケヌキを乗せ、18cmほどのパりンドケヌキ型から溢れようずする倧犏ケヌキを机の䞭心に二぀䞊べた。
    そのうちの䞀぀を半分切り、倧犏ディスプレむ甚の倧皿にどしんず乗せ私の前に差し出した。
    「お代わりもあるからね」
    ずあの頃のように蚀うず自分たちの分は、残りの半分を薄くスラむスしお、小さな皿に取り分けた。
    私は䞡芪は本圓に少食になっおしたったのだず胞が匵り裂けそうになった。ずはいえ、その歳の人間にしおは倕食も食べ、デザヌトも食べるのだから充分なのだろうか。
    子どもの頃はこの巚倧なケヌキのうち䞀぀は私が平らげお、残りは䞡芪2人で食べおいたのだ。時には勢い䜙っお、父が远加で倧犏をこしらえたこずもあった。
    私は䞡芪の食事量が枛ったこずを切なく思いながら、母の倧犏ケヌキを口いっぱいに頬骚った。
    (懐かしい)
    あの頃は地味だず思っおいた芋た目ず優しすぎる甘さが今ではちょうど良く感じられた。
    それは元気で豪快だが、䞻匵しすぎない母ず、繊现で䞁寧な父の倧犏の完璧な調和だった。
    しかしその時、私に䞀぀の考えが頭を浮かんだ。
    「母ちゃん、䞀個だけいい」
    「いいよ䞀個ず蚀わず、ほら食べなさい」
    母は半分に切った残りのケヌキを私の皿によそおった。
    「いや、違くないけど、違うんだ」
    母は困惑の衚情を浮かべた。
    「どうしたのただ切っおない倧きい方が良かった」
    「それもちゃんず食べるそうじゃなくお、俺に倧犏ケヌキ、教えおくれないかな」
    父はずっさに私の方を芋た。
    「倧犏、やるのか」
    倧犏ケヌキを䜜るずいうこずは、倧犏がかかせないのだ。
    「倧犏、やるよ。でもパティスリヌもやる」
    父は䞀瞬、口を䞀文字に固めた。
    「この倧犏ケヌキ、すごく矎味いよ。お䞖蟞抜きに。店でも出したい。でもね、そのたたじゃこの店継いだこずにならないず思うんだ」
    父は沈黙しおいる。母は私にケヌキをよそおったたたの姿勢で立っおいる。
    「俺、東京に行っおやった事はカカオの皮剥きくらいなんだ。だからごめん、俺本圓はプロのレベルで䜜れるものは碌にないんだ。
    それに東京のパティスリヌに行っお修行しおたけど、気になっお浅草や亀戞、蚀問にも行った。なんだかんだ倧犏が気になったんだ。それで色んな倧犏食べお改めお思ったよ。やっぱり父ちゃんの倧犏は䞀流だったんだっお気づいた。
    それから和菓子の腕もパティシ゚の腕も磚かず、駄菓子屋でバむトしながらひたすら駄菓子を食べおた。そんな駄菓子のこずも特城も無い、無機質で぀たらない工堎の味だなずバカにしながら酒の぀たみにしおた。
    い぀しか俺自身、バカにしおた駄菓子のようになっおたんだよ。
    でもね、駄菓子屋で思ったんだ。
    チョコケヌキっお知っおる
    あれさ、あれに乗っおるのチョコじゃないけどケヌキに乗るずチョコに感じるんだよ。
    ケヌキ生地もパりンドずは遠いしやっぱりそういう意味では駄目な菓子だ。
    それなのに駄菓子屋で過ごしおるずわかったこずがあったんだ。駄菓子のチョコケヌキっお、掋菓子じゃないけど和菓子だし、和菓子じゃないけど掋菓子で、駄菓子だ。
    駄菓子である点で唯䞀無二なんだ。
    そしお俺は、䌝統ある和菓子屋のだらしのない息子だ。
    倧犏も掋菓子もどれも䞭途半端で、今から修行しおもただただ倧犏の看板を名乗るには早いず思う。
    それなら、䞀流の駄菓子を目指そうず思うんだ。
    どうかな」
    「駄菓子」
    父は怒りの衚情を浮かべたが、䜕かを考えおいるようだった。母は呆気に取られおいる。
    実は駄菓子屋でバむトしおたこずの突然のカミングアりトや、駄菓子の発想、なにより私の奇劙な理屈。
    アナログ時蚈の秒針の音が静かな宀内に、カチカチず響いた。
    ややあっお、腕を組んでいた父が重たい口を開いた。
    「駄菓子はダメだ」
    私は圓然だろうず思った。むしろ決しお手はあげない父だったが殎られる芚悟さえあった。
    「タカシ。やっぱりお前は賢いな。賢い子になるように名前に意味を蟌めただけのこずはあった。
    昔ながらの手を痛めおひたすらに技を磚くようなのはお前に合わない。
    だから、タカシ。駄菓子じゃなくお、孝史(たかし)を䜜れ。お前自身の菓子を䜜るんだ。
    そこに倧犏ず母ちゃんのケヌキが芁るなら、俺たちは協力を惜したない。」
    今床は私が口を開いおしたった。偎から芋れば、目の前にケヌキが眮いおあるので、そのたたケヌキを突っ蟌めば口に収たっおしたいそうだ。
    「えっ、タカシ」
    䜕を蚀っおるのだか分からない論争を始めた自分にも萜ち床があったが、父もなかなか負けおは居なかった。
    ぀たり、認めおもらえたずいうこずなのだろうか。
    「タカシを䜜るっおのは、俺の考えた菓子を䜜れっおこずだよね」
    私は意味の確認をした。
    「そうだ。倧犏は今たで通り俺が䜜る。だからタカシはお前が䜜るんだ」
    父の提案はややこしかったが、私の考えた菓子の構想にすでにタカシずいう名前を぀けたようだ。私ず同じ名前なので混乱しやすい。
    ひり぀いた空気が和むのを感じずった母がすかさず割っお入った。
    「良かったじゃないの、タカシ。これで思う存分、駄菓子だか、チョコケヌキ䜜れるじゃない」
    そういうず、私の皿に远加で曎に、ただ切っおない方のケヌキを半分切っおからよそおうずしお、私にただ食べおないケヌキを食べるように促した。
    私は慌おお皿の䞊のケヌキを口に抌し蟌むず、ごくりず䞀呌吞に飲み蟌んだ。
    腹いっぱいに広がる倧犏ずパりンドケヌキの颚味が呌気に戻っお、あの時に食べた小さな駄菓子の究極系に感じる。
    これだ。
    これの小さいものを䜜るんだ。
    私はケヌキの銙りを感じながらポケットの䞭に手を入れお、カカオの殻をカラカラず転がした。
    倧犏のように気軜に食べられお、それでいお深い満足床。
    カカオを転がす手が止たった。
    そういえばこのパりンドケヌキには飲み蟌んだ埌に、口の䞭に残る䜙韻がケヌキの銙りだけで唟液や口内に混ざる他の芁玠が少ない。
    本物のチョコレヌトケヌキのように品は無くお良い、しかしそれでいお駄菓子のように停物の玠材で䜜るのは私らしくなかった。
    この疑問を解消できればパティスリヌでひたすらカカオの殻だけを剥き続けた自分の目指す姿がある気がした。
    あの日々を思い出しおカカオの殻を握り朰そうずするが硬くお手の平の肉が柔らかく屈䌞するだけだ。
    母は空になった皿にケヌキをよそおった。
    「矎味しいよ。ありがずう。
    やっぱり母ちゃんのアむデアず父ちゃんの腰の据わった倧犏がないずこのケヌキは完成しないよ」
    私はがんやりず芋えおきたむメヌゞを圢にするたで、䞡芪に倧犏ケヌキの感想を䌝えた。
    そしお
    「駄菓子屋のチョコケヌキが駄菓子なら、俺のはタカシだ」
    ず父に決意を䌝えお盛られたケヌキをフォヌクで切っおたた口に攟り蟌んだ。
    今床は飲み蟌たずにスポンゞを口の䞭で朰しおから、飲み蟌んだ。
    父は、うんうんず頷いおいる。
    母もケヌキを頬匵った私を芋お嬉しそうにしお、机の䞊の残りのケヌキを曎によそおうずする。
    ちょっずペヌスが早いず思ったので私は手で制しおから、蚀った。
    「それの半分、半分ください。そしお母ちゃん。父ちゃん。そしおケヌキず、倧犏の䜜り方、教えおください」
    私はなんだか頌み方が分からなくなり、奇劙な敬語で頌んだ。
    い぀の間にか先ほどたで痩せ现っお元気のない老人のようだった父の目に掻力ず生呜力がみなぎっおいた。
    「もちろんだ」
    幞薄げだった母の頬にも赀みが戻り぀぀ある。
    「もう映画には出られないわね」
    私が䜕か思い぀いたこずを察しお母が冗談を蚀う。詊食する気たんたんだ。
    「䜕蚀っおるんだ、母ちゃんは倪っおも矎人だよ」
    老霢の䞡芪ののろけを突然に聞かされお、ちょっず目を背けたくなる。
    そしおこの日を境に、私は新たな人生ぞの途を切り開くこずにした。
    「俺自身が二人の䜜品だずしお、この倧犏ケヌキを俺が衚珟するずしたら、足りないものは俺らしさだ。
    ここに、俺のチョコレヌトを足したらどうだろう。
    倧犏のように気軜に頬匵れお、母のアむデアのように優しい掋菓子。駄菓子のチョコケヌキのように和颚でなのに、どこか掋颚。
    しかし玠材にはこだわる。
    駄菓子のように停物の玠材で䜜るのは、倧犏屋の二代目ずしおふさわしくない。
    口を通過する前に、チョコを口の䞭で溶かしお、カカオの䜙韻を残す。」
    私は䞀぀の可胜性が芋えおきお、怅子から立ち䞊がった。
    「そっか、ずっず口に出しおいた。駄菓子のように良いずこどりで、父ちゃんや母ちゃんのようにみんなから愛される。
    和菓子の倧犏じゃなくお、掋菓子の倧犏。
    掋菓子のケヌキじゃなくお、和菓子のケヌキ。
    そしお、倧犏屋で育っおパティシ゚を目指したから䜜れるタカシ。
    ぀たり、駄菓子のチョコケヌキじゃなくお、タカシのチョコケヌキ。」
    私は皿に残ったケヌキをフォヌクで刺しお、口に入れた。
    このたたでも品があっお優しく矎味い。
    しかし私らしさが足りない。
    もっず二人の味を感じるためには、私のチョコレヌトで口の䞭を満たしたいず思った。
    完成圢は違う圢になるかもしれない。
    それでも詊したいず思った。
    「父ちゃん、母ちゃん。この倧犏ケヌキに俺の生チョコレヌトをコヌティングしたい。
    詊食お願いね。
    そしお俺の倧犏チョコケヌキで二人ずもたた倧犏倫婊になろうな」
    私はこれからたくさん詊食をしおもらうのだず決め、母におかわりを芁求した。
    母はふふず笑った。
    「タカシ、もう党郚食べちゃっおるわよ。䜜り方、教えおあげるから、父ちゃんず倧犏䜜っおおいで」
    父はすでに腕たくりをしお、やる気たんたんだった。
    「忙しくなるな、タカシ」
    ず気合いを入れた。
    腕たくりした父のシャツの袖はすでに解けようずしおいる。

    私は頷いお、父ず厚房ぞ向かった。

    厚房の倖は暗くなっおいお、長野に東京より早い秋の予感を挂わせおいる。
    遠くで鈎虫が鳎き始めおいた。

    #創䜜倧賞2024 #オヌルカテゎリ郚門

     
     
     
    玔文孊系の公募を䞭心に䜜品投皿をしおいたす。 noteには500〜2000字で、 グルメ、旅行の掌小説を曞いおいたす。 幎は公募に集䞭するので投皿頻床が枛りたす🙏 あなたの生掻に、すこしだけでも圩りが加わったら嬉しいです。 文芞サヌクル「時々文芞郚」所属

    あなたぞのおすすめ