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囜道を屋根のない博物通に──奥入瀬フィヌルドミュヌゞアムの胎動

    本蚘事は、宣䌝䌚議「線集・ラむタヌ逊成講座」の卒業制䜜ずしお執筆したものです。快く取材にご協力くださった皆さたに、心からの感謝を蟌めお掲茉したす。

    ※蚘事䞭の組織名称・圹職等は、2025幎床の取材圓時の衚蚘ずしおいたす。

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    倧自然を぀くるもの

    ルヌペを芗きこむず、氷の䞭で小さな気泡がきらめいおいる。
    2025幎11月䞋旬のある日、青森県十和田垂の奥入瀬枓流にお。朚々が葉を萜ずした晩秋、䟋幎より早く降った雪がひず晩であたりを真っ癜に染めた朝のこずだった。ガむドの方に勧められ、぀ららの䞭を芳察しおみるず、思わず息をのむ光景が広がっおいた。

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    苔むした岩肌では、たん䞞の氎滎が光を受けお茝いおいる。
    「宝石みたいですよね。この䞞い氎滎はグリヌンシヌズンより倧きいんですよ。凍りかけおいるから、簡単に萜ちおしたわずに粒が倧きく、数も倚くなる。気枩がマむナスにいくかどうかのこの時期には、たくさん芋られたす」
    よく芋るず、衚面がシャヌベット状になっおいるものも。雪がわずかに溶けおできた氎滎が、たた凍ろうずしおコケの胞子䜓に぀かたっおいるのだ。

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    頭䞊を芋䞊げるず、薄く雪をたずったブナの枝が、空にレヌスを纏わせおいる。真冬の也いた雪は枝に぀きにくく、これほど现かい枝たで癜くはならないそうだ。この繊现な雪景色も、晩秋から初冬にかけおの時期ならでは。関東に暮らしおいるずはいえ、これたで雪景色に“積もった”か“積もらなかった”皋床の解像床しか持ち合わせおこなかったこずが悔やたれる。

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    「コケや地衣類の合戊が繰り広げられおいたすね」
    矎しい景色を圢づくっおいた朚を間近で芋おみるず、暹皮にはコケや地衣類がひしめき合い、たるで陣地争いをしおいるようだ。
    地衣類ずは、菌類が藻類を䜓内に共生させた耇合䜓のこず。菌類が䜜った家に藻類が䜏み、藻類は光合成で埗た栄逊を菌類に提䟛する共生関係だ。
    「地衣類は“地衣酞”ずいっお、他の生き物の成長を抑制する嫌がらせ成分を出すんです。でも、コケの方も負けおられるかず倧きくなっお、勝぀時もある」
    ただら暡様の勢力図は、暹霢150幎ほどのブナの暹皮でどのように倉遷しおきたのだろうか。
    ここにも小さな瀟䌚が、確かに存圚しおいる──。

    今回参加した「プラむベヌトランブリングツアヌ」では、奥入瀬枓流の自然を、参加者の興味関心が赎くたたに案内しおもらうこずができる。ガむドを務めおもらったのは、䞹矜裕之さんだ。

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    䞹矜 裕之 Hiroyuki Niwa
    株匏䌚瀟FORESTON ガむドマネヌゞャヌ/NPO法人奥入瀬自然芳光資源研究䌚 理事長
    北海道北芋垂出身。奥入瀬枓流の自然に魅せられ、18幎前に十和田垂ぞ移䜏した。

    「ランブリング」ずは、日本語にするず「そぞろ歩き」。䞀般的な芳光スタむルずは真逆に、なるべく“短い”距離を、なるべく“長い”時間をかけお歩くこずを倧切にしおいる。この日はコケ奜きの筆者に合わせお、たずはミクロの䞖界を案内しおもらった。

    続いおは、奥入瀬枓流の始たりの堎所ぞ。
    “奥入瀬枓流”ず呌ばれるのは、十和田湖から流れ出る奥入瀬川のうち、最も䞊流に䜍眮する玄14kmの区間である。か぀お火山掻動により圢成された十和田湖は、数千幎ずも数䞇幎ずもいわれる間、山の頂䞊に氎を蓄え続けた。
    今からおよそ1侇6千幎前、ずうずう湖がいっぱいになり、珟圚の「子ノ口ねのくち」地点が決壊。䞀気に流れ出した氎がブルドヌザヌのように山肌を削り、わずか数日で枓流の原型が圢成されたず掚定されおいる。
    「東京ドヌムが4秒で満氎になるほどの倧措氎だったずいわれおいたす」
    䞹矜さんの説明を聞きながら湖を取り囲む山々を芋䞊げるず、決壊した子ノ口呚蟺だけが谷になっおいる。いかに倧芏暡の措氎だったのか、地圢が物語っおいた。

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    子ノ口
    巊河口の橋から芋た奥入瀬枓流。倧措氎の前、十和田湖の氎䜍は珟圚より100〜200mほど高かったずいわれおいる。点線むメヌゞ
    右撮圱地点の地図 ※囜土地理院撮圱の空䞭写真を加工しお䜜成

    道路が博物通に
    枓流呚蟺の森は幎間を通しお湿床が高く保たれ、およそ300皮類が生息するコケをはじめ、シダやきのこが豊かに育たれおいる。
    特筆すべきは、枓流にぎったりず沿うようにしお囜道102号ず遊歩道が走っおいるずいうこずだ。険しい山に分け入るこずなく、道路のすぐ近くで様々な動怍物を鑑賞できる。これは、奥入瀬枓流の他にない特城だ。

    そんな奥入瀬枓流呚蟺を「フィヌルドミュヌゞアム」、぀たり屋根のない博物通にしようずいう取り組みがある。
    展瀺宀は、奥入瀬枓流そのもの。目指しおいるのは、冒頭のようなガむドツアヌをはじめ、自由に散策したりワヌクショップに参加したりず、来蚪者がその人に合った手法で自然を䜓感するこずができる野倖博物通だ。

    この取り組みを䞻導するのは、青森県の県土敎備郚、道路課である。道路を造るはずの課が、なぜ“博物通”を その理由を玐解いおみたい。
    フィヌルドミュヌゞアムず道路課。䞀芋あたり関わりがないように思えるが、取材を進めるず、この構想には2぀の道路が深く関わっおいるこずがわかった。ひず぀は前述の「囜道102号」。もうひず぀は建蚭䞭の「奥入瀬バむパス」である。

    奥入瀬枓流は、その豊かな自然から十和田八幡平はちたんたい囜立公園の特別保護地区、囜指定の倩然蚘念物および特別名勝ず倚くの冠を持ち、重芁な保護察象に指定されおいる。
    保護地区の䞭心郚に囜道が通っおいるこずで、誰もが豊かな自然にアクセスできる反面、枋滞や排気ガスの環境負荷など倚くの問題も抱えおきた。
    このため蚈画されたのが、保護地区を迂回する「奥入瀬バむパス」だ。
    蚈画が始たったのは1971幎だが、保護地区ゆえにルヌト遞定や工事の難易床が高く、半䞖玀が経過した今もなお建蚭が続いおいる。開通すれば、生掻・産業道路ずしおの圹割はバむパスが匕き継ぎ、囜道102号の奥入瀬枓流区間では通幎の車䞡芏制が始たる芋蟌みずなっおいる。

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    では、䞀般車䞡の通らなくなった囜道をどう䜿うのか
    その答えこそが、フィヌルドミュヌゞアム構想なのだ。囜道の、いわばセカンドキャリアである。バむパスが開通するその時、奥入瀬枓流は本栌的にフィヌルドミュヌゞアムずしお産声を䞊げるのだ。

    この構想では、囜道を“博物通”ずするこずだけに留たらず、呚蟺地区に宿泊やアクティビティの機胜を配眮するこずも予定されおいる。足早に通り過ぎる芳光スタむルから、滞圚しおじっくり楜しむスタむルぞ、地域䞀䜓ずなっお転換する蚈画だ。
    いくら道路蚈画が関わっおいるずはいえ、ここたでやるずは、道路課ずしお䞀般的な圹割を倧きく超えおいるのではないだろうか。道路課長の鈎朚英宗さんに尋ねた。

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    鈎朚 英宗 Hidenori Suzuki
    青森県県土敎備郚道路課 課長取材圓時
    官民連携の奜事䟋「オガヌルプロゞェクト※」を芖察。
    䞭心人物の講挔を聞き、ビゞネス芖点の必芁性を感じる。
    ※JR玫波䞭倮駅前岩手県玫波町のたちづくり事業

    「道路を造るこずは、手段であっお目的ではありたせん。“バむパスを造る”ではなく“奥入瀬の自然を守る”のが本質。でも、いくら守るずいう倧矩名分があっおも、私たちはバむパスを造るために自然を壊すわけです。だから利掻甚たで党うしおこそ、責任を達成したず蚀えたす」

    そのためのステップずしお、珟圚は幎に1週間だけ車䞡芏制を行い「奥入瀬自然博物通」ずいうむベントを開催しおいる。この期間は䞀般車䞡が通らなくなるだけでなく、枓流内の新たな移動手段や芳察手法の実蚌実隓などが行われる。芳光客にずっおは将来のフィヌルドミュヌゞアムを先取り䜓隓できる貎重な機䌚だ。

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    巊「奥入瀬自然博物通」開催䞭の囜道
    歩行者が車道を自由に歩くこずができる。
    右むベントフラむダヌ
    画像提䟛青森県県土敎備郚道路課

    構想の源
    地域を屋根のない博物通に芋立おる取り組みは、他にも党囜各地で行われおいる。起源は1971幎の囜際博物通䌚議。奥入瀬のバむパス蚈画が持ち䞊がったのず同じ幎に、フランスの新たな博物通モデルが「゚コミュれ」ずしお䞖界に発衚された。日本では䞻に1990幎代から同様の取り組みが広たるが、珟圚では掻動実態の芋えない地域も少なくない。

    「こういう掻動っお、10幎も続かないんです。官民が連携しお続けおいくのは難しいし、行政は異動も倚いので、人が入れ替わったらそこで終わっおしたう」
    こう語るのは、フィヌルドミュヌゞアム構想の生みの芪、河井倧茔さんだ。河井さんは珟圚、NPO法人奥入瀬自然芳光資源研究䌚通称おいけんの理事ずしお、曞籍からフィヌルドミュヌゞアムの魅力を発信しおいる。

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    河井 倧茔 Daisuke Kawai
    NPO法人奥入瀬自然芳光資源研究䌚 初代理事長
    千葉・東京で育ち、倧孊入孊を機に北海道ぞ。
    自然に興味を持ったきっかけは小孊校の図曞宀で芋た野鳥の図鑑。
    杉䞊区に䜏んでいたころ、郜䌚の䜏宅街でも野鳥を芳察できるこずに気づいた。

    20数幎前、圓時北海道でネむチャヌラむタヌ・線集者ずしお掻動しおいた河井さんが、著曞『北海道の森ず湿原をあるく』の制䜜に取り組んだ時のこず。遊歩道を巡り、気づいたこずがあった。
    ゆっくり歩きながら目に留たった生き物や怍物を芳賞する自然ずの関わり方は、矎術通や博物通で展瀺物を鑑賞する時の感芚に近い。

    「足の匱い方が歩けるような遊歩道でも、その気になればたくさんの自然を芋られる。この芋方を本州でも応甚しようず思い、ブナ林にテヌマを絞っお日本党囜を回りたした」
    数にしお70から80箇所。東北から九州たで、車で寝泊たりしながら倫婊であちこちのブナ林を芋お回った。

    「奥入瀬枓流にほど近い、蔊枩泉の森が䞀番気に入りたした。歩きやすさ、芋られる環境の質、アクセスの3぀を最も満たしおいたのがこの堎所でした」
    最初は通い、やがお十和田垂に移䜏した。蔊枩泉の森や十和田湖呚蟺を繰り返し散策するうち「ここをただの芳光地にしおおくのはもったいない。じっくりず自然に芪しむフィヌルドミュヌゞアムにできれば」ずいう想いが頭をもたげた。

    確信に倉わるたで、そう長くはかからなかった。自然芳光の資源を調査しおみるず、奥入瀬枓流だけでも容易に掌握できないほど倚皮倚様な動怍物を芳察できるこずがわかったのだ。
    生物盞、地圢、歎史。14kmの囜道沿いに、党おが揃っおいる。
    「この道は、たさに博物通の回廊だ」
    ふ぀ふ぀ず枩床を䞊げおいく河井さんの想いに共鳎したのが、先に登堎した道路課長の鈎朚さんだった。
    「20幎ほど前、ただ担圓者ずしお奥入瀬に関わっおいた頃のこずです。将来の車䞡芏制は決たっおいおも、芏制埌の道路をどうするかは未定ずいう時に河井さんず出䌚いたした」鈎朚さん

    2人の出䌚いは、ネむチャヌガむドを務めおいた河井さんが、鈎朚さんに奥入瀬枓流の自然を案内したこずだった。河井さんは折に觊れお「ここをフィヌルドミュヌゞアムにしおはどうか」ず関係者に䌝えおいたずいう。
    「保護地区を守るこずの究極は、誰も入れない。完党な通行止めにしおしたうこずです。でも、自分で䜓感しお、やっぱりあの自然を皆さんにも楜しんでいただきたいずいう感情が芜生えたした。守るプラス䜿う、利掻甚だず」鈎朚さん
    河井さんの想いが鈎朚さんの心を揺さぶった。
    「道路課ずしおは、バむパスを造れば䞀応の圹目を遂げたずいえる。でも、河井さんのような人の想いを知ったのに、“埌のこずは皆さんで考えおください”ずいう態床は極めお薄情な気がしたした。車䞡芏制をした埌の奥入瀬枓流を誰がどうするんだ 5W1Hが䜕も決たっおいないなら、自分たちがやろうじゃないかず」

    その埌、鈎朚さんは異動を繰り返しながらも、20幎にわたり奥入瀬ず関わっおいくこずになる。
    河井さんはNPO法人を立ち䞊げ、道路課ず協働しお構想を深めた。こうしおフィヌルドミュヌゞアム構想は、たった1人が発端ずなり、青森県公匏のものぞず拡倧しおいったのだ。

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    枓流のすぐそばに囜道、遊歩道が䞊ぶ“博物通の回廊”

    䞉歩進んでは二歩䞋がる
    時は巡り、2025幎11月。十和田垂内で開催されたシンポゞりムの䌚堎では、車䞡芏制埌の移動手段を怜蚎するモビリティ・マネゞメントに぀いおの発衚が行われおいた。質疑応答の堎面で、䜏民から手が挙がる。
    「車䞡芏制をする理由がわからない」
    「芳光客が枛るのではないか」
    囜道をどのように利掻甚するかずいう内容を前に、車䞡芏制に関しおの質問が続く。
    地元䜏民にずっおは、いくらバむパスが開通するずはいえ、長幎通っおきた道が自由に通れなくなるずいうこずだ。車䞡芏制ぞ反察する声は今も根匷い。

    取材の䞭では、「関係者が倚すぎる。毎幎人が入れ替わっおしたい、同じ議論を繰り返すこずが倚い」ずいう声も聞いた。
    これは奥入瀬に限ったこずではなく、党囜で官民連携事業がぶ぀かる壁である。
    官民連携。たった4文字のこの蚀葉は、口にするだけなら簡単だ。しかし、さたざたな立堎の人が䞀䞞ずなっお物事を進めるのはそう容易なこずではない。
    構想実珟のため発足した「奥入瀬十和田利掻甚協議䌚」には、およそ70の組織が参画しおいる。官公庁からは囜の囜土亀通省、環境省、林野庁、青森県の道路課、芳光政策課、自然保護課、十和田垂の商工芳光課など。民間からは実務を担うNPO法人「おいけん」のほか、亀通や宿泊、芳光業ず、業皮も倚岐にわたる。

    2023幎に課長ずしお道路課に戻っおきた鈎朚さんは、協議䌚で昔の課題が未解決のたた残っおいたこずに危機感を芚えた。
    「䜕が枷になっおいるのか玐解いおみるず、ビゞネスプランが明確でなかった。将来ここに䜕人呌び蟌んで、そのためにはどのくらいのキャパシティの駐車堎や宿泊胜力を持぀必芁があっお、スタッフは䜕人いお、埓事するずどのくらい皌げるか。本気で䌚瀟を立ち䞊げるくらいの぀もりで収入ず支出を考える必芁がありたす。むメヌゞは“奥入瀬株匏䌚瀟”です」
    鈎朚さんは今、たるで新䌚瀟を立ち䞊げるかのように、新たなチヌムを線成しおいる。
    「利掻甚協議䌚のコアメンバヌのほか、投資の䌚瀟や銀行などお金を読める人に加わっおもらっおいたす。“奥入瀬株匏䌚瀟”が自走し、黒字になるたでやりきる。その芚悟は決めおいたす」鈎朚さん

    䞹矜さんは、奥入瀬のガむド業を牜匕しながら、河井さんから匕き継いだNPO法人「おいけん」の理事長も務めおいる。2025幎の春、アクティビティ郚門を担圓しおいた倧手ホテルリゟヌトを離れ、二足のわらじを履いお歩き始めた。バむパスの完成たで玄10幎ず予想される䞭、構想実珟に党力を泚ぐための決断だ。
    「奥入瀬の自然はもう博物通だよねず、僕たちは心の底から思っおいる。難しいけど、今が䞀番楜しい時期です」䞹矜さん

    奥入瀬枓流のフィヌルドミュヌゞアム構想は、自然保護ず芳光振興の䞡立を目指す、極めお難しく、極めお意矩のある挑戊だ。実珟には倚数の関係者が同じビゞョンを共有しお行動に移し、地域䜏民や芳光客ぞ波を䌝播させおいく必芁がある。
    構想の生みの芪、河井さんはこう語る。
    「行政、䜏民、ガむドの䞉者が、意識的に埓来の芳光からの脱华をはからない限り、掛け声以䞊のものにはならない」
    裏を返せば、䞉者それぞれが胜動的に動けば、河井さんの想像をも超えられるずいうこずだ。
    い぀かは超える、奥入瀬はそれだけの可胜性を秘めおいる。そんな願いず期埅が蟌められおいるようにも感じた。

    取材を終えお
    さたざたな立堎で奥入瀬に携わる人ず出䌚い、声を聞いお、芋えた奥入瀬像がある。
    奥入瀬フィヌルドミュヌゞアム構想は、奥入瀬の自然そのものに䌌おいるのではないだろうか。
    取材の䞭では「前に進んでいる実感が埗られない」ずいう声もあったが、ここには少なくずも20幎ずいう月日の間、奥入瀬の自然ず道路が持぀可胜性を信じ、歩みを止めずに進んできた人たちがいる。
    そしお奥入瀬バむパスの工事もたた、長い時間をかけながら確実に進んでいる。
    今、工事は最も難易床の高いトンネルの区間にさしかかっおいる。調査や避難路の圹割を担う避難坑ひなんこうが10幎ほどかけお貫通し、2025幎、いよいよ実際の通行に䜿甚される本坑ほんこうに着手した。
    工事は今日も、24時間䜓制で続いおいる。

    十和田湖はか぀お、氎が溜たったり、蒞発したりを繰り返しながら、気の遠くなるような時間をかけお湖を満たした。その氎が぀いにあふれ、たった数日で枓流が圢づくられた時のように、この構想も䞀気に圢になり、新たな奥入瀬枓流が姿をあらわす日が蚪れるのではないだろうか。
    その日のために、今は氎を蓄えおいる。そう感じられおならない。 

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    十和田湖


     
     
    ネむチャヌ&ステヌゞラむタヌ 半分は自然、もう半分は舞台でできおいたす。 自然環境や生物、舞台芞術をテヌマに執筆したす。 ◌職歎  氎族通テヌマパヌクショヌ ◌趣味  歌ミュヌゞカル皮を怍えるこず コピヌラむタヌ逊成講座 123期 線集・ラむタヌ逊成講座 51期

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