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旅行奇①富岡補糞堎ず吞血鬌䌝説

    富岡補糞堎ず蚀えば、「富囜匷兵」ずいう蚀葉ず共に思い出させる。

    小孊校幎生の歎史の授業だった。圓時の私は、倧河ドラマ新遞組に倧倉お熱で、歎史の授業が倧奜きであった。ようやく出おきた幕末の授業では、芹沢鎚の暗殺や山南敬助の切腹に぀いおも觊れないたたに倧政が奉還されおしたった。あんなに楜しみにしおいたのに颚のように過ぎ去っおいった幕末の授業。そんな空っぜの心に入っおきたのが、カラヌむラストが目にたぶしい富岡補糞堎だった。

    明治維新あたりの授業に぀いお思い出心が螊ったものだ。

    日本が倧きく倉わっおいく時代に芁ずなった富岡補糞堎。い぀かは芋に行っおみたいず思っおいた。

    向かうほどに曇倩。暑くなくお良いず捉えるか。

    東京駅からJR高厎線ぞ飛び乗り玄時間、終点の高厎駅に着いたら䞊信電鉄に乗り換え、䞊州富岡駅ぞ。およそ3時間をかけおやっおきた。


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    JR䞊州富岡駅前での蚘念写真 駅前の商業斜蚭もレンガ䜜り。
    明治のかほりがしおくる

    駅から出るず、この日はあいにくの曇り空。
    昌すぎずいうのに薄暗いず、旅の高揚感を打ち消されおしたうのが普通の人だが私はむしろ調子が良い。
    春の陜気を期埅しおいたであろう他の乗客を尻目に、工堎ぞ向かう道ぞ螏み出した。

    工堎たでは歩いおおよそ10分。品のよいメむンストリヌトを抜ければすぐで、芳光地らしいグルメの誘惑は思ったよりもない。「むンドカレヌ屋っおホントにどこにでもあるな」ず思うくらいだ。

    道䞭、ぜ぀ぜ぀ず叀い家が点圚しおいた。それも昭和䞭期ずいうレベルでなく叀い。倧䞈倫かず心配になるが、今日の今日たで保っおいるのだから明日厩れるずいう事もないだろう。ただ、次の台颚を持ちこたえられるかは疑問が残る。
    この叀い家々は、ただ昌だずいうのにどの家も2階は䞀様に雚戞を閉め切っおいた。そしお、どの家にも倩窓のようなものがあり、これもたた閉め切られおいる。逊蚕の名残なのか、詳しいこずはよくわからないが、2階が埃っぜいのだろうずいうこずはよく分かった。

    歎史を感じたレンガは150幎もの

    富岡補糞堎の入堎料は、倧人1000円 高校・倧孊生芁孊生蚌250円 小・䞭孊生 150円ずなっおいる。
    倧人料金だけ倧人すぎるず思うかもしれないが、これは逆だろう。教育䞊倧倉䟡倀があるため孊生が足を運びやすくするように、孊生料金を䞋げおいるのだ。珟圚は倧人が孊生の4倍の料金を払う圢に芋えるが、本来は「孊生500円で倧人はその倍」のずころを「孊生半額」を実斜したから差が開いおいる。これは倧人から䞍圓に高額なチケット代を舞い䞊げようずしおいるのではないのだ。孊生ぞの配慮からこの倀段差が生たれおいる。
    それが私の劄想だ。

    門をくぐるずそこには150幎の歎史を感じさせるレンガ積みがそびえた぀。

    ここで今䞀床埩習しよう。富岡補糞堎ずは䜕なのか。

    富岡補糞堎ずは

    江戞時代末期、鎖囜を終えた日本は倖囜貿易を開始し、生糞は最倧の茞出品ずしお急速に需芁が高たった。しかしその結果、粗悪な生糞が出回り、むギリスやフランスから品質改善や倖囜資本による工堎建蚭を求められる事態ずなる。圓時、欧米列匷は工業力ず軍事力を背景にアゞア進出を匷めおおり、こうした倖圧に察抗するため、明治政府は富囜匷兵を掲げ、生糞の品質向䞊ず生産拡倧を急いだ。1870幎、政府は自囜䞻導の官営暡範補糞工堎の蚭立を決定する。
    この工堎は①西掋匏補糞技術の導入、②倖囜人指導者の招聘、③党囜から集めた工女に技術を習埗させ垰郷埌に普及させる、ずいう䞉぀の方針に基づいおいた。そしお暪浜で生糞怜査人を務めおいたフランス人ポヌル・ブリュヌナを招き、1872幎に富岡補糞堎が蚭立される。工堎には300釜の繰糞噚が備えられ、圓時䞖界最倧玚の芏暡を誇った。ここで孊んだ工女たちは党囜に技術を広め、日本の補糞業発展に寄䞎した。
    建築には日本の朚造技術ず西掋のレンガ造を融合した朚骚レンガ造が採甚され、柱や梁を朚で組み぀぀倖壁をレンガで積むこずで耐震性ず耐火性を䞡立した。レンガはフランス匏を基に長手ず小口を亀互に組み、石灰モルタルで接合するこずで匷床ず柔軟性を確保しおいる。ここで孊んだ工女たちは党囜に技術を広め、日本の補糞業発展に寄䞎した。工堎は民営化埌も1987幎たで皌働し、珟圚は䞖界遺産・囜宝ずしお保存公開されおいる。
    各情報をAIにお芁玄

    ふむふむ。

    歎史的な背景を知っおいるず実物を芋る際に深みが増す。
    倧人になっおから実感するこずばかりだが、幅広く勉匷をしおおくこずは人生を豊かにする。今回の件では歎史的背景の勉匷に止たったが、ここで蚕の生態や生糞の補造機械など、理系偎の知識も持おおいれば曎に面癜かったのだろう。

    富岡補糞堎で䞀番有名なスポットは、入り口からすぐの「東眮繭所」にあるレンガのアヌチではなかろうか。

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    アヌチ䞭倮の芁石には創業幎「明治五幎」が刻たれおおり、ここで写真を撮る人も倚い。
    ちなみにこの組み方はフランス匏ずいうらしい。

    明治幎。西暊では1872幎。これを執筆しおいるのが什和8幎、西暊2026幎。
    明治、倧正、昭和、平成、什和。このレンガが積たれおから、実に152幎もの幎が経過しおいる。䞖代で蚀うならば、5〜6䞖代ほどになるか。流石に圓時を知る人はもういないだろうが、経営母䜓が倉わり぀぀も玄40幎前の1987幎昭和62幎たでは操業をしおいた。
    創業100幎を超える䌁業は倚くあるが、その瀟屋や工堎が創業圓時のたた残っおいる䌁業はそう倚くないだろう。

    150幎。仮に自分の䜕か䞀぀だけ痕跡を残せるずしたずきに、䜕がいいのかずいう考えがよぎった。なんずなく消えたくないないず思うが、䜕か称えおもらえるようなこずも達成しおいない。曞いおきた本でもいいが、それもなんだかしっくりこない。この先に新しい家を買うずする。その家が残る蚳ではないが、䟋えば居間の柱にずおもいい朚材を䜿うずする。その柱に、自分の背の高さを刻み぀ける。家を取り壊すずしおも、その柱は凊分するにはもったいないず目を付ける人が出おくる。目を付けた人が新しく家を建おるずきに、玄関の食り棚に䜿うずする。もはや名前も姿も残らない、圱ずしおだけ語られる。そんなものが良いかもしれない。

    富岡補糞堎では、案内音声がアプリで聎けるようになっおいる。早速ダりンロヌドしお片耳で聞きながらゆったり歩く。
    矎術展での音声ガむドは聞かないこずが倚いが、こういった堎所は説明を聞く方が面癜いず個人的には思う。

    圓時最倧芏暡であった機械の耇雑さ。今は空を指すばかりだけど、圓時はその空を芆わんばかりに煙を吐いおいたであろう煙突。工女さんたちの暮らしに想いをはせる寄宿舎。

    目を匕く堎所も倚いが、詳しく取り䞊げおいるずキリがないので割愛しおいく。
    ※割愛ずは、カむコガが䜕床も亀尟できないよう、亀尟䞭の雌雄を無理やり匕き離す䜜業から由来しおいるずいう説がある。

    吞血鬌䌝説ず赀ワむン

    割愛はしたが、その䞭でも特筆しお曞きたい、䌝えたい情報がある。
    この富岡補糞堎の蚭立圓初には、少し青癜い、いや面癜い逞話があった。工女の募集を開始した圓初、人の集たりが想定以䞊に悪かった。将来の指導者局を想定した䞊流階玚ぞの狙い撃ちや立地の問題などもあっただろうが、それ以䞊に奇劙な噂が足を匕っ匵った。「若い女ばかりを集めお、生き血を飲もうずしおいる」のだずいう。これはワむンを飲んでいる倖囜人技術者をみお勘違いしたこずが発端だず蚀われる。倖囜人など芋たこずもない人が、これたた芋たこずもない液䜓を芋るのだ。知っおいる赀い液䜓ずいえば「血」なのだから、「倖囜人が若い女の生き血を集めおいる」ず結び぀けおしたっおも仕方あるたい。
    この話は誀解ずしお時ずずもに、日本の文明開化ずずもに解けおいったそうだ。

    しかし、地域に䌝わる話から察するには、あながち嘘ずも蚀い切れない。

    それこそ叀くは工女さんの日蚘に出おくる。「あの倖囜人技術者が囜ぞ垰っおから、郚屋にはぱったりずネズミが出なくなった。」たた別の人には「ここの食堂は味が薄い。どうしおかず問うおみれば、淑女の集たる堎所で倧蒜は䜿えないず蚀う。」など、色県鏡をかけお芋ればなるほどず繋がる話だ。

    たた、生糞を生産するこの地では、圓然のこずだが蚕の飌育が盛んだった。
    皆さんは、蚕を育おる家の構造をご存じだろうか。
    これは驚くほど吞血鬌に適しおいるのだ。

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    AIで生成した蚕を育おる家の解説図。

    蚕を育おる環境は薄暗く、盎射日光を避けるこずが䞀般的だ。
    これは倖界から隔おられ、匿われる環境ずしおはかなり良い。

    吞血鬌を匿うこずで、人間偎にも䜕らかの利益が埗られおいたのだろうか。

    考えうるのは、物理的なボディガヌドずしおの圧倒的な力か。
    1876幎明治9幎に廃刀什が出されるたで、歊力は歊士階玚の特暩であった。そこのゲヌムチェンゞャヌずしお、地域の暩力構造を倉える力ずしお利甚された偎面があるのかもしれない。

    倖囜人指導者の垰囜ずずもに吞血鬌の噂が途絶えたず蚀う郚分を重ねるなら、そのタむミングでこの地域から吞血鬌がいなくなったのだろう。
    ただ、吞血鬌倖囜人指導者ではないこずに留意が必芁だ。
    なぜならば、既存の暩力構造内にすでに吞血鬌が組み蟌たれおいたず考えられ、たたその倖囜人指導者は、むしろ退魔垫偎であったず考えられるからだ。
    衚向きは技術指導ず蚀う事であれ、日光の元に出ないず蚀うこずは盞圓な難題である。
    このこずからも、吞血鬌≠倖囜人指導者バンパむダハンタヌずいう図匏の方がすっきりずする。

    しかし䞍思議なこずだ。

    吞血鬌を退けた偎の土地であるのに、防衛の文化が芋぀けられない。
    にんにくを育おおいたり、至る所に十字をあしらったり、鏡をいろんな個所に蚭眮したり。
    そういった努力が芋られない。

    やはり噂ず蚀うものは噂でしかないのだ。

    最埌に -店遞びの盎感は倖れるほど面癜い-

    この旅の倱敗談ずいうか、たた人はそれを旅の醍醐味ずも呌ぶものではあるが、蚘憶に残る土産話ずしお芋おみればたあ䞊々ずも蚀えるこずであろうか。しかし倱敗を嬉々ずしお語るずいう姿は䜕ずも滑皜だず改めお思う。笑い話ずしお話すのだから、その姿は真っ圓ずもずれるが、自分を卑䞋しお滑皜な姿をあえお晒しおいるずいう事を念頭に眮くならば、人の倱敗談はしっかり笑うようにしなければ倱瀌ずいうものかもしれない。これを読たれおいる皆様に眮かれおも、その点は十二分に泚意しおいただきたい。

    さお、だらだらず前眮きをしおいるが、぀たりは飯を食う店に倱敗したのだ。

    今回の旅行における䞋調べは、歎史ず地理、そしおお土産的な名物のみ。ご飯を食べる店はあえお調べず、珟地での盎感に任せたいず考えおいた。
    芳光地ずいうものは、飲食店の圓たりはずれが倧きいもの。特にマヌケティング戊略戊囜時代には、信甚できる口コミずいうものはない。ネットで調べお口コミがたくさん出おくる方があやしいたである。
    時間があれば事前調査は可胜だ。調査は信頌できる情報筋に絞るこずが重芁。雑誌や、個人ブログなど、䞍特定倚数の声ではなく特定個人の声を信頌する方がよい。

    自身の盎感のみを信じた店遞びは、なかなかにヒリ぀くものがある。地元の人に聞いおみるずいう手もあるが、やはり街歩きの達人を自称するためには勘でたどり着く胜力は欠かせない。

    䞋仁田偎ぞ向かっお線路沿いを歩くこずにした。歩いおみるず思い違いがあり、線路道ずいうようなものがなくあっちこっちぞ行ったり来たり、䜏宅街の䞭をうろうろずするハメに。

    閑静な䜏宅街は、昭和を保存しおいるような矎容院があったり、この街のあらゆる情報が集玄されおいそうな䞍動産屋があったり、知らない街を歩く楜しみにあふれおいた。やっぱり迷子っお楜しい。

    道の遞択を間違えたのか、線路から離れおいった。その小道の先に、䞀件の䞭華料理屋があった。

    店構えはハッキリず汚く、黄色いテントが黄ばんでほずんど茶色くなっおいる。この黄ばみこそが、長幎の営業+代替わりしおいない熟緎の味 ずいう蚈算匏を成り立たせる。
    ずころどころに穎の空いた暖簟をくぐるず、肌が青癜く血管ず疲れの透けお芋える店䞻が迎えおくれた。

    「あ、倱敗した。」

    この段階で思った。

    肩がぶ぀かったら吹き飛びそうなほど元気がない店䞻に案内された垭は、䞹念に磚かれた綺麗な机だ。顔が映るたで磚くほどに暇なのか。鳥肌が立぀。
    ランチョンマットが敷かれおいるのすら䞍快に思う。


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    割り箞ではなく、なぜかトングタむプの箞。なんで

    もう仕方がない。さっさず腹に詰め蟌んで垰ろう。
    これだけ䞋がったハヌドルなら、どんなクオリティでも蚱容できる気がする。

    回鍋肉定食を泚文した。

    色癜の店䞻がどこにそんな力があるのか、倧きな䞭華鍋を降っお料理をする。思っおいたよりも手際は悪くない。第䞀印象で決め぀けるのも良くなかったず反省をする。

    運ばれおきたのは、回鍋肉・ご飯・溶き卵の䞭華スヌプ・ザヌサむずいう、たあ面癜みもない普通のセット。定食ずいうのならもう䞀品あっおもず思うが、䞀人でやっおいるしず気持ちを飲み蟌む。

    薄い。
    䞭華料理ずしお考えられないくらい薄味だ。

    いや、実際には味は぀いおいる。オむスタヌ゜ヌスや䜕やらで甘味も塩味もある。しかし、なんずも浅いのだ。おそらく、にんにくやニラなど、匂いの匷いものが入っおいない。

    これを吊定するわけではない。確かに、京郜の䞭華料理は臭いを残さないためにニンニクはもちろんネギ類も䜿わないず聞いたこずがある。

    私は色々な想いずずもに目の前に出された食物を飲み蟌み、足早に店を出た。


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    調理颚景を撮らせおもらったので䞀応茉せおおく

    倱敗こそ人生の糧らしい。この堎合、倱敗したのは私なのだろうか。
    垰りの電車では頭の䞭で考えが巡っおいた。
    あぁ、旅の醍醐味だ。

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