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幸福になる方法は生命の欲求に従うこと

    人生が楽しくない人、人間関係が苦手と思う人、輪に飛び込めない人、でも楽しく幸せに生きたいと願ってる人たち、「幸福になりたい楽しく生きたい」という生命の欲求と「不幸/苦痛を回避したい=拒絶されたくない、場に行ってつまらなかったら時間勿体無い」という動物的な表面の欲求が同時に存在しそれが内的矛盾を起こし真の幸福である生命の欲求に従えず志向(黄色線のとこで言えば動機)が苦痛回避にすり替わってしまってしまっている。

    志向を幸福追求に置き換えない限り苦痛は回避できても幸福にはなれない。幸福になりたい欲求(本質)と不幸になりたくない欲求(非本質)が同時に存在していて、前者に従う人間は不幸や苦痛が一定降りかかりつつも本質欲求を満たすことができる。後者の欲求従う人間は要望通り想定できる不幸や苦痛は回避できつつも本質的欲求を満たせない本質的な不幸と苦痛に見舞われる。

    真水と塩水の関係に似てる。真の意味で渇きを癒したいという本質欲求と渇きを忘れたいという非本質的な欲求の二つが存在し、前者に従う者は渇きを忘れられず=苦痛を受けるが、真水を得る可能性を得る。後者に従う者は欲求を消化するが真水を得れず渇きは増すばかりか真水を求めないから可能性も得れない。

    可能性だから志向したところで確実に得れるわけではないんだよね、これも避けたい苦痛として計算される。しかし生命の欲求を満たさないことには幸福になれず、幸福になれないことはただの日常に加え時折訪れる不可避の不幸だけが人生に訪れることを意味しそれは即ち避けたかった苦痛に塗れた人生。不幸は時折訪れるが幸福は志向しない限り訪れない理不尽な構造がある。

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