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Photo bykee_s_art

夏の夜、オレンジの光とチョコレートパフェ

    さばく

    大人になっても思い出す。
    夏の夜に浮かぶ、ネオンの看板。
    オレンジ色の照明。
    カウンター席の赤い椅子。
    あの時に食べたチョコレートパフェは、私にとって特別なものだ。

    その年の夏休みは、とにかく退屈だった。
    まだ小さかった弟が骨折で入院。
    母はその付き添い。
    小学生だった私は、自宅で大人しく過ごすことになった。
    どこかに遊びに行きたい気持ちだってもちろんある。だが弟の看病と家事に追われる両親の様子を見ていると、そんなことを言ってはいけないと感じていた。

    やがて弟は退院して、自宅療養が始まる。
    だからといって、どこかに遊びに行けるわけでもない。弟の骨折は完治していないのだから。

    当時は両親に対する反感もあった。
    だけど今となっては、あの措置は仕方のないことだったと理解している。
    同じタイミングで私まで怪我をしたら、いったい誰が面倒を見るのか。どうやって仕事に行って、炊事や家事をこなすのか。
    冗談抜きに、家が回らなくなるのだ。

    燻る反感をじっと噛み潰す。
    夏休みの宿題もそこそこに、来る日も来る日もテレビを見て過ごした。
    母が茹でた素麺を、文句も言わずに連日すする。
    弟も思うように動けなくて退屈だったのだと思う。よく癇癪を起こして泣いていた。
    必然的に、両親はそんな弟の世話に掛かりきりになる。
    そんななかで私にできるのは、黙って大人しく生活することだけだった。

    ある日、母と弟が病院にいき、帰りが遅くなることがあった。
    父が茹でた素麺を、私は無気力な表情ですする。
    日中は弟の癇癪が激しくてうんざりする。
    持っている本は何度も読んだ。
    テレビもお決まりの展開が多いと気付いてから、何となく見飽きてしまった。
    まるで消化試合のような夏休みだ。
    さすがに溜め息がでる。
    そんな私を見かねたのか、食器の片付けを終えた父が声を掛けてきた。

    「チョコレートパフェを食べにいこう」

    向かった先は、父の知り合いが経営しているカフェバーだった。
    時刻は夕暮れ時も過ぎて、徐々に薄暗くなっていた。夏の薄い闇に浮かぶネオン看板が、今でも記憶に焼き付いている。
    店に入ると、カウンター席には赤い椅子。
    奥にもいくつかテーブル席があったはずだ。
    父と並んで赤い椅子に座る。棚に整列したグラスやよく分からないラベルの瓶を、物珍しげに眺めていた。

    「内緒だからな」

    父の言葉と、私の席に置かれた小さなチョコレートパフェ。
    冷たいバニラアイスとチョコレートシロップ。
    ざくざくと音を立てるコーンフレーク。
    それら一つ一つが、日常のどこを探しても見つからない、素敵なもののように感じた。
    マスターと父が親しげに話をしているなか、目を輝かせながら黙々とそれを食べていた。

    窓の外はすっかり暗くなっている。
    オレンジ色の照明が真っ暗なガラスに反射して、店内がぽっかり浮かんでいるようだ。
    その柔らかい浮遊感に安心する。
    ほんの少しの間、自宅の落ち着かない騒々しさから、私の心を切り離してくれたのだと思う。

    小さなチョコレートパフェの特別感と、柔らかいオレンジ色の安心感。
    私が覚えているのはここまでだ。
    店内での会話や、家に帰ったあとのことは朧気で、あまり覚えていない。
    時折、マスターが話し掛けてくれたような気もするが、当時の内気な私のことだ。きっと曖昧な言葉を返していたのだろう。

    あのカフェバーは、もうどこにもない。
    就職して地元に帰ってきたとき、数年前に閉店したのだと父から聞いた。
    私が今でも覚えているなんて、きっと父には思いもよらないことだと思う。
    だけどあの夏、小学生の私は、チョコレートパフェとオレンジ色の光に、確かに守ってもらったのだ。


     
     
     
    積もっては消えていく砂。時々、風が強く吹く。フビワングランプリ優勝/灯火杯4th・6th みくまゆたん賞

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