
かわいい色を身に着けられるおばあちゃんになろうの回
そろそろ20代の頃に着ていた服が似合わなくなってきました。
元々あまりブランドに興味がなく、プチプラばかり買っている人間でした。30代に入り、「昔は何とかなってたけど、プチプラの生地は似合わなくなってきたなあ」と思い、たまにちょっと背伸びしてブランドの良い服を買うようにしています。ベーシックなデザインのものなら長く使えるし。
子供の頃は、大人になってブランド物を買う自分をあまりイメージできなかったのですが、こうやって人はブランド物を買っていくようになるんですね……。
(ちょっと話ズレますが、なんだかんだ言われてもやっぱりユニクロはすごいですね。安くて耐久性あるし。数年前に買ったタックワイドパンツ、今も穿き倒してるよ)
齢を重ねる毎に、服選びの時に自分の年齢が脳裏をよぎります。
「この齢でこれ着てたらおかしいかな」
人に対しては「年齢関係なく、似合ってるなら何着たっていいじゃん」と言いますし、実際、TPOに反した服でなければ何も思わないのですが、自分のことになると年齢を気にしてしまう。
思い返してみると、母親がよく言っていたのを思い出しました。「おばちゃんがこれ着てたら変かな」と。
そのセリフが出る度、「似合ってるなら何着てもいいじゃん」と返してはいたのですが、母からこのセリフが出る度に、澱が溜まるように少しずつ呪いをかけられていたのだと思います。そして、母もずっとどこかで誰かから知らない内に呪いをかけられていたのでしょう。
たまに「◯歳タレント、肌見せワンピースでスポーツ観戦!」みたいなネットニュースを見かけます。そもそもこの系統の見出し嫌いなんですよね。名前書けよ、失礼だろ。
あと、これのミソは年齢を前面に押し出しているところです。こういう見出しだと、年齢に関するコメントが当然来るわけです。コメント欄には「その齢ならもっと落ち着いた服着ろよ」といった呪詛が多く渦巻きます。
ちなみにそのタレントさんのワンピースは、場の雰囲気を壊すぐらい肌を出しているわけではなく、ヘルシーでよくお似合いでした。
きっと、年齢がもっと下なら何も言われないのでしょう。ある程度の年代になると、年齢の情報が付加された途端、要らぬ矢が飛んでくる。
齢だけで否定されてしまう……。齢もファッションの一部なのか。
身近な人からだけでなく、ネット、雑誌など、世の中には呪いをかけられる場面が山程ある。
自分にかけられた呪いを少しずつ解いていっているところですが、服だけでなく、何かを選択する度に呪詛が脳内で再生されます。
せめてもの抵抗として、「もう、◯歳だから△△しない方がいいよね」という言葉は言わないようにしています。「そろそろ健康に気を遣わないといけないね」という前向きな文脈では使いますが、ネガティブな意味では使いたくない。
それが自分の後に続く子たちに呪いをかけないための一歩になる。
齢を重ねると身体的に制限をかけられることもあるけど、できるようになることもあると思うのです。
齢を取るって、できないことが増えるばかりじゃないよ、選択肢も増えていくんだよという姿を見せられる大人になりたい。
服の話に戻ります。
年を経て容姿が変わってくると、どうしても似合わない服が出てくるけど、そこでピンクの服を諦めなくたってよいと思います。似合うならそういう色も選んでいきたい。
(実際、イギリスのエリザベス女王もピンクを始めとしたビビッドな服素敵でしたよね。お似合いの色を選ばれていて可愛かった〜)
プチプラも自分に合えば、いくつになったって買っていい。ていうか買う。一生買うぞ。
年齢だけで選択肢狭めるのはもったいないじゃない。
将来の夢はファッショナブルなかっこいいおばあちゃんです。
「若い頃も良かったけど、今が一番楽しいわ」と言いながらワインをくゆらせるおばあちゃんになりたいです。まずはワインを飲めるようにならなければなりません。道は長いです。
まあ、ワインは追々慣れていくとして。将来に向けて、呪いを解いてファッションのセンスを磨いていきたいと思います。
明日、何着ようかしらね。