
世界はグレーで細長い
普段使いの眼鏡を替えてみた。5年前か、もう少し前か、その時分にレンズ交換した眼鏡だった。眼鏡の本体は10年前くらいに買ったものだと思う。主に職場で使っていたもので、今流行の大きめフレームではなく、細長くてシャープなシルバーフレームだった。
その眼鏡を選んだ時は、仕事でかけることが前提だったので、戦うためのアイテムのような気持ちだった。やさしい雰囲気を醸してしまう私が、少し厳しめに見えるようにと細長くてシャープな眼鏡を選んだのだ。
眼鏡をかけて5年ほど経った頃に、仕事なのか私生活なのか、その二つともなのか、いわゆるクライシスがやってきた。何もかも投げだしたい気持ちになった私は、眼鏡のレンズを交換したくなった。すさんだ気持ちを表現して誰かにわかってもらいたかったのだと思う。
レンズの色はグレー25%くらいだった。見た目はそれほど変わらなかったと思うが、自分では随分と変わった気持ちでいた。少しグレーがかった世界になるだけで、グレーの世界に自分が馴染むような、世界がぼくに合わせてくれているような、変な安心感に包まれた。
レンズの色に気づいた人は「どうしたの」と声をかけてくれた。眼鏡のレンズを替えた詳細な理由を語るでもなく、すさんだ気持ちを鬱々と抱えたまま日々を過ごしていた。その時の眼鏡を、今かけたくなったのだ。
かける眼鏡のせいでもなく、今、現在の状態なのだろうが、ややすさんだ気持ちが出てきている。湧いてくる感情を誰かのせいにしたい思い。全方向から攻め込まれているように感じた過去の体験。必死で防御するために、思考をつかって場面を切り替えようとした戦略。当時の物を身につけると、いろんなことが蘇ってくる。眼鏡のレンズを通して、同じ色合いの世界が戻ってくるのは、当たり前といえば当たり前なのか。
眼鏡ひとつで世界が変わると困ってしまう。だけど、そういうこともある。今、この細長いシルバーフレーム、グレーレンズの眼鏡をかけるのは、それなりに意味がありそうだ。
過去に感じた絶望につながることなのか。振り切って無きことにした絶望につながり、何かに気づけと世界は言うのか。そんな大げさなことではないのだろうけど、今日もグレーの世界はレンズを通してぼくに語りかける。思い出せ、味わえ、そして気づくのだと。世界が私に語りかける。