
話しを聞くこで得るものとは
できることなら人と関わりたくない、話をしたくないと思っています。
人は一人では生きていけないと言われますが、確かにそうかもしれません。でも、生活をしていく上で必要な会話以外はしたくない、する必要がないと私は思っています。
話したいばかりの人の話を聞くこと、機嫌を損ねないように相手をしなければならないこと、同意を求めるように聞いてくる人、正直興味がないし面倒くさい。付き合いだけの飲み会なんて苦痛でしかない。人生において得をするとは思えない。
徳(人徳)は得るかもしれないが…
私がおかしいのでしょうか?
今まで話しかけられれば無下にできないから応えていましたが、そうするとますます話が長くなる。忙しいアピールをしても相手は引いてくれない。でも相手に嫌な思いをさせたくはないし嫌われたくありません。八方美人であることは認めますが、こちらはストレスが溜まる一方です。どう対応するのが正解かわかりかねます。
今のところ健康で仕事も不自由なくできるから感じないだけなのかもしれませんが、働くことができなくなって、収入も年金だけになってしまったら、本当に一人になってしまいます。その時気づくのでしょうか?
嫌われたくないという気持ちは必要以上にあるかもしれません。それは、やはり今後のために人付き合いが必要だと思っているからなのか、単に断りきれないだけなのか、承認欲求からくる同調だけなのか、その答えは未だにわかりません。
今日も意味のない愛想笑いを続けている。
心が消耗していくのがわかる。実際に心の耐久ポイントがあるのなら、あとどのくらいなのか?持続可能なのか?
持続不可能かもしれない。
でも人から嫌われたくないと思っている…嫌われることを恐れています。本音が相手を傷つけることになることを知っています。だから、私は人と接したくない。
誰しもが皆社会に貢献していると考えたのなら、存在する意味がある。存在する意味があるのなら、私がやっていることは人類への貢献と思うしかない。
誰しもがこのような貢献によって生きているのなら、人生はなんて厳しいことか。
私にも意味があったのか。