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Photo byharetsuki

䜕十幎経っおも忘れない。顔が四角かった先生の話

    もし私がいた、人生のなかで忘れられない先生をあげよを話す「恩垫を語る䌚」みたいなものに参加しおいたずしたら。
    間違いなくあげる人がいる。小孊3幎生の時の担任の先生だ。

    圓時先生は、䜕歳くらいだったんだろう。
    少しだけ癜髪がたじった長めのサラサラ・ヘアヌな前髪をセンタヌ分けにしおいお、県鏡をかけおいた。よく笑う先生で、笑うず目尻に皺がよっおいた。授業䞭、先生の顔を芋おは四角いなず思っおいた。

    先生の授業はずおも面癜かった。

    その䞀぀がボヌダヌラむン九九。
    皆が芚えるのに苊戊した掛け算99は、9×9で構成されるマス目の䜍眮で芚えさせるゲヌム方匏から始たった。今思っおも謎の「ボヌダヌラむン九九」ずいう呜名。怜玢しおも出おこないからオリゞナルの呜名だったのだろう。私たちはマス目を埋める䜜業が、たるで生たれおきた䜿呜ずでもいうように、倢䞭になった。やがおその達成感に満たされ始めた頃あたりから、次のミッションずしおそれを早口蚀葉で蚀っおみようずいう課題が䞎えられた。授業䞭、䌑み時間、競い合うようにクラスのみんなが9×9=81たでを早口で唱え始める。連鎖が連鎖を生み、こぞっお九九を早口で唱える人が増えた頃には、い぀しか、教宀の前に立ちはだかるボヌダヌラむン九九係の人(早めに九九を芚えた人たち)が登堎、圌らが審査員ずなり、九九を間違えずに蚀えた人から教宀に入れる。そんな流れが自然発生しおいった。
    そうしお私たちのクラスはあっずいう間に九九を習埗したのだった。

    もう䞀぀は、挢字の孊習。
    「専」ず「博」ずいう字に代衚されるように、点が぀くんだか぀かないんだかがなかなか芚えられない そんな挢字を孊習するずきは、効果音方匏ずいうのを教えおくれた。

    シャッ シャッ テン(専)
    なのか
    シャッ シャッ テンテン(博)
    なのか。
    ぀たり䞀刀流で切るのか二刀流で切るのか
    効果音(だか忍者の流掟なのか)で芋分ける挢字の違いを教えおもらっおからは、驚くほど間違えずに難しい挢字を芚えられるようになった。

    先生の授業は本圓に面癜かったのだ。
    子どもずいうのは「面癜い」ず思ったものに察しおは底知れぬ意欲を発揮する。

    そういえば、私が本を奜きになったのも、先生のおかげだった。
    毎朝の10分間読曞の時間。先生は私たちに本を読んでくれた。絵本ずか、10分で読み切れるような本ばかりじゃない。時には分厚い本を、1ヶ月ずか2ヶ月ずかかけお読んでくれるこずもあった。
    今の小孊校でも、読曞タむムや読み聞かせの時間はあるみたいだけど、私が知る限りそれずはちょっず違う。

    先生が読んでくれた本の䞭で䞀番奜きだったのは「2分間の冒険」。䞻人公ずある䞀人の女の子が、ひょんなこずから二人しお冒険の䞖界に迷い蟌む。そこで䞍思議な人たちず出䌚ったり竜ず戊うこずになったりしながらずお぀もなく長い冒険をする。やがお冒険を終え珟実䞖界に戻った時、その䞍思議な䞖界での冒険が、校庭でのたった2分の出来事だったこずを知る。そんなストヌリヌだった。
    私をはじめ、クラスのみんながのめり蟌んだ。
    それでも先生は必ず10分で区切った。
    続きを読んでもらえないこずが悲しくお、毎朝誰かがもっず読んでヌず叫んでた。
    い぀も、明日孊校に行くのが楜しみでしかたなかった。
    続きの話が埅っおいたから。
    䌑んでしたうず抜けおしたうから。

    あの時、本を読むこずが奜きになった。
    冒険の䞖界はこんなにも面癜いんだず知った。
    だから長い本も読めるようになったし、今、旅の本づくりずいう仕事をしおいるんだず思うず、やっぱりありがずうしか出おこない。

    たいおいは笑っおる先生だったけど
    怒る時もあった。
    そしおそんな時の先生はずおも怖かった。

    誰かを傷぀けた
    決めたルヌルを守らなかった

    そんな時は授業䞭であっおも生埒を廊䞋に連れ出した。やがお、ピリ぀いた教宀内に、ダダンバシンドンずいう音が鳎り響く。
    実際は、殎ったり乱暎なこずなんかはしおなくお
    生埒の埌ろにある教宀の壁ぞ手を぀きただ倧きな音を出しおいただけ。呌ばれた生埒が䞀番よくわかっおる。それでも教宀で、行く末を芋守る私たちにずっおは恐れ慄く物音だった。
    今じゃ絶察NG案件だよね。

    倏䌑みや䞉連䌑には、生埒の家族も匕き連れお川遊びや山登りを楜しむ䌁画をしおくれた。芪たちは皆楜しそうで、私たちもたた楜しかった。
    生埒からも芪からも慕われおいた先生。
    私は先生が倧奜きだった。

    そんな先生に、䞀床だけ本気で怒られたこずがある。攟課埌、ただ垰りたくない生埒数人で教宀に残っおいた時のこず。私たちは和気あいあいず先生を囲んで団欒を楜しみながら、目前に迫るむベントのポスタヌを曞いおいた。
    アドバむスをくれおいた先生がおどけたのを芋お「䜕蚀っおんねん!」ずいう軜いノリツッコミの぀もりで先生のおでこをピシャッずはたいた時のこずだった。
    私は先生がい぀も通り笑っおくれるず思っおいた。ハハハで終わる日垞の延長だず思っおいた。
    でも先生はそれたで流れおいた穏和な空気をガラッず倉えお、私の目を真っ盎ぐ芋おこう蚀った。

    「先生は君のいいずころをたくさん知っおいる。でも幎䞊の人をそうやっお冗談でもこづいたり軜くあしらっおは絶察にいけない」「芪しき䞭にも瀌儀ありずいう蚀葉があるんだよ」ず。

    芪しき仲にも瀌儀あり。

    こずわざでは習っおいた。でも実感を持っお教えられたのは初めおだった。蚱されるず思っおいた。でも先生はそこに明確に線を匕いた。
    先生の衚情、声色、目線。その堎の空気も、あの時の私の気持ちも。こずあるごずに私はこの瞬間を思い出す。どんな芪しき䞭にも、瀌儀をもっお人ず接するこず。人を敬う気持ちを忘れおはいけない。

    それは今でも䞀぀の指針になっおいる。

    倧奜きな先生に、倧人の本気をもっお叱られた。
    それは廊䞋から聞こえおくるドシンバタンよりもずおも怖かったし、䜕より気たずかった。お調子者の私が、だ。
    翌日は孊校に行くのが嫌だった。先生に䌚うのが怖いず思った。でも私は孊校に行けたし、その埌も先生を倉わらずに奜きだった。(母の埌抌しもあったかも知れないけど、正盎そこは忘れた)

    圓時の小さな私が蟿った感情の旅路を思い返しおみるず、今だから感じるこずがある。
    子どもは倧人の蚀葉を思った以䞊に受け止める。
    さらに、信頌しおいる人からの蚀葉ずいうのは先々の人生にたで圱響を䞎える。それを受け入れ、乗り越えられるのも信頌関係があるからなんだず思う。䜕十幎経っおも、ふずした拍子に人生ぞ顔を出す。残るのだ。
    その蚌拠に、先生の蚀葉を私は今も繰り返し思い出し、こうしおnoteにたで曞いおいる。

    先生は幎続きで私たちのクラスをもった。
    そしお私たちが卒業する幎の終わりに、他の孊校ぞ転任しお行った。孊校1矎人ず噂だった矎術の先生ず【結婚】したす、ずいうオチ付きで。

    今も先生は小孊校の先生ずしお働いおいるのだろうか。

    心に残る授業をしおくれた先生ぞ。
    幎生のあの時、先生ず出䌚えおよかったな。

     
     

    Asuna

     
     
    Asunaラむタヌ・線集者 倪錓奜き トラベルラむタヌ歎15幎以䞊。線集プロダクション勀務を経おフリヌランスに転身したした。 珟圚はさたざたなゞャンルに挑戊䞭。゚ッセむ倚め/和倪錓に倢䞭

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