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身体はいつだって、私より先に泣く


    あぁ、まただ。
    少しでも無理が祟ると、すぐこうなる。万全ではない体調を、私はいつも見て見ぬふりをしてしまう。
    今回は何とかなると過信していたら、カンジダに膀胱炎。ついでに失恋までついてきた。
    毎回思う。私の気持ちより、身体のほうがずっと繊細だ。どうして皆みたいに動けないんだろう。どうして私はすぐに壊れてしまうんだろう。
    そんなことを考えながら、最寄り駅から一駅先の婦人科へ向かった。
    祖母も母も、どうやら子宮系はあまり丈夫ではなかったらしい。そういうものまで受け継ぐのかと、ぼんやり考える。

    受付を済ませ、しばらくすると電子パネルが鳴った。
    診察室へ入った途端、女医の先生が言った。
    「こんなになるまで……可哀想に。血も混じってるし、ケトン体も出てるから脱水までしちゃってるよ」

    まるで母親が子どもを叱るような、心配するような口調だった。


    私が陰ながら必死にやってきたことを、ただ見つけてもらえた気がした。不覚にも、目頭が熱くなる。

    この先生との付き合いも、気がつけば七年くらいになる。
    思えばいつも、心と身体がキャパオーバー寸前のときに会っている気がする。

    「いい加減、あなたの身体に合う生活に変えなさいよ」
    先生は毎回そう言う。

    そして今回は、いつにも増して熱が入っていた。

    「私も目眩症なのに知らずに無理しちゃってさ。娘の受験の日に、立っていられなくなって、お弁当を作れない事件が起きたのよ」
    そう言って笑ったあと、
    「一回目で懲りたはずなのに、二人目の受験のときはぎっくり腰。ほんと馬鹿よねぇ。ヘルニアの違和感に気付いてもしょうがないで片付けちゃってたから。」
    と続けた。

    「あなたもね。無理してるって、自分じゃ気づいてないのよ。でもね、あなたと同じ働き方をして平気な人もいるけど、あなたはそうじゃない。それは悪いことじゃないわ」

    私はマスク越しに気まずくて笑う。

    先生はさらに、
    「私だって昔は当直を月十五回くらいやってたわよ。でも今やったら死ぬ! 五十代がやったら本当に死ぬ!」
    と鼻を鳴らした。

    思わず肩を震わせて笑ってしまった。

    診察の最後、先生は勢いよく言った。


    「自分を愛してあげなさい。自分をケアできるのは、自分しかいないんだから」


    なんだか温かさに圧倒されながら


    「先生、いつも本当にありがとうございます。考えてみます」

    とだけ伝えた。


    弱っているときほど、人の優しさは深く染みる。
    帰り道、自分を労わろうと思い立ち、近所の定食屋へ入ることにした。

    この街に長く住んでいるのに、凝った飲食店へ足を運ぶ余裕も、そんな視野も、今までの私にはなかった。

    店は駅のすぐそばにあった。
    目を凝らさなければ見落としてしまいそうな、小さく素朴な店構え。どうやらランチ定食一種類で勝負しているらしい。


    平日にもかかわらず満席だった。
    店内には、床や階段のあちこちにギリシャ風のタイルが施されていて、さりげなくセンスがいい。
    代官山のカフェのような空間なのに、運ばれてきたのは丁寧な和定食。


    一汁三菜。美しい配膳。
    メインはアジフライ。


    どう見ても美味しい食事なのに、少しだけ味気なく感じた。

    その瞬間、ふと思った。
    ――死んだばあちゃんの料理が食べたい。


    私が本当に欲しかったのは和食ではなく、誰かの愛情がたっぷり詰まった料理だったのかもしれない。

    自分の気持ちや感覚を確かめるように
    いつもの二倍の時間をかけて咀嚼した。
    お腹がいっぱいになっても、残さず食べ切った。


    二十三歳の頃、摂食障害を経験して以来、「食べ切ること」にどこか罪悪感があったのだと思う。


    でも今日は違った。
    しっかり食べて、膨らんだお腹を見ながら、身体にそっと「ありがとう」と言ってみた。



    店を出ると、予報とは違って曇天だったはずの空に日が差していた。



    私は少しだけ軽くなった足取りで、そっと店のドアを閉めた。

     
     
    人生って面白い。凡そノンフィクションです。 実体験を組み合わせたもの。 いつか現代文の模試に掲載される作家になりたい。どうぞよろしくお願いします。

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