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【ばばと暮らせば】2023年~2024年

    2026年現在、96歳になった私の祖母は脳梗塞をきっかけに介護施設に入所しています。介護施設に入所してからのことについては思うところがあり、また別記事でまとめようと思っています。

    今回は2023年頃に別の媒体で脚色を加えつつエッセイ風の小説として書いたものの転載になります。
    そのため、名称などが古くすでに改称されたものも登場します。
    今となっては、例え脚色ありの小説であっても書いておいて良かったな、と思います。
    せっかくなので、noteにも記録として残しておこうと、多少修正しつつの転載です。

    数話分のものをまとめて書くので多少長くなりますが、良かったらご一読ください。

    ばばと私と、しばしばジャニーズ

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なことだってある。

    ばあちゃんは少クラを観る。私のせいで。

    少クラとはTHE少年倶楽部のことで、ざっくりいうとジャニーズの番組だ。

    まあまあいい歳になった私だが、この頃人生ではじめてジャニーズのファンクラブに入会した。今をときめくSnow Manのファンクラブだ。

    Snow Manが少クラに出演しているので、私は少クラを観る。居間で観るものだから、ばあちゃんも観ざるをえない。ほぼ巻き込み事故だ。

    そもそもばあちゃんは嵐が好きだった。
    メンバーのフルネームだって言える。ちなみに「おおちゃん」推しだ。
    しかしながら、嵐は活動休止中。

    「いつになったら嵐はまたやるのかね」
    「生きてるうちにまた見たいねぇ」

    とのことだが、そんなのわからん。

    ばあちゃん、新しい推しを見つけるのです。
    今はSnow Manが一押しですよ。
    と、いうことで、昨年から仕切りにSnow Manをプレゼンしてきた。

    とくに年末はジャニーズ三昧であった。
    音楽番組がいっぱいあったからね。

    私に付き合わされるばば。
    嵐よりも4人も多く、めまぐるしく動き回るSnow Man。個人名を教えられてもちんぷんかんぷんだ。

    「あの子ちっちゃいね」
    「違う、他がでかいんだ」

    なんて会話を繰り返した。
    繰り返し続けた結果、「この子たちは格好がいいね」とばあちゃん。

    オタクの熱量が勝利した瞬間である。

    今やばあちゃんは、ラウールは完全に認識している。目立つからね。どれがラウールなのか説明しやすいし。

    「生きてるうちに嵐が見られるかわからないから」と、Snow Manを見始めたばあちゃん。

    足は悪いし、動きもどんどんゆっくりになってきた。
    でも、ご飯もたくさん食べて元気。
    ジャニーズは寿命を延ばすのかもしれない。

    歌謡ショーも観るけど、少クラだって観る。

    イケメンはばあちゃんを長生きさせるのだ。

    次の年末までに、SixTONESでも履修させようかな。

    ばばと暮らせば、何もなくても面白いのだ。

    多分ね。

    元気でも要介護、それが93歳

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なことだってある。

    私のばあちゃんは93歳。
    何度か大病を患ったが、ありがたいことに認知症にもならずわりと元気。

    なんなら、難病と慢性疾患のダブルパンチを食らっている私よりも元気なまである。
    素晴らしいことだ。

    でも、年相応に頭の回転は遅くなったし、足も悪い。
    したがって、なんだかんだ要介護2である。

    できなくなったことが増えたばあちゃんに、もどかしさを感じることもあるし、悲しくなることもある。ときには怒ってしまうこともある。でも、「93歳、元気なだけで花丸なのだ」ということを思うと、なんだか生きててくれるだけでありがたいね。

    もちろん、介護サービスはありがたく利用させていただいている。
    というか、ないと生活ができない。

    デイサービスにも行ってもらっているし、介護用品もレンタルしている。
    とくにありがたいのが電動の昇降イス。
    足の悪いばあちゃんが家で過ごすには必須アイテム。
    開発してくれた人、ありがとう!

    介護サービスを受けられる要件が改悪するなんて小耳に挟んだから、今からちょっと不安。
    電動の昇降イス、使えなくなったら困るなぁ。

    ベッドサイドやトイレの手すりも介護保険を使ってのレンタルだし、玄関の手すり付きの踏み台だったそう。
    使えなくなったら困るなぁ。

    認知症がないからこれ以上要介護度も上がらないし、寝たきりってわけでもない。
    元気なのだ。

    ただ93歳、足がとにかく悪い。
    うっかりするとすぐ転ぶ。
    93歳にもなると、転んだだけで大変だ。ヘタしたら一巻の終わり。
    だからこその要介護2。
    でも、使えるサービスが減るらしい……ってウワサ。

    なんだかなぁ。

    御年93歳の大ベテランが、自分の家でのんびりクラスには、ちょっと世知辛かったりする。

    93歳のご飯と私

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なこともある。

    うちのばあちゃんのご飯事情。

    特に介護食が必要なわけでもなく、何でも食べる。
    けど、最近はばっかり食いが目立つ。

    ちょっと前まで、本当になんでもよく食べた。
    最近は、おかず一品で白米を食べてしまうこともしばしば……。
    悪くはないけど、もっと色々食べて欲しかったりもする。

    それに、ばあちゃんの娘である私の母にめちゃんこ怒られる。
    ばっかり食いを、怒られる。

    ただ、93歳にもなると食べることも億劫になるのだ。

    ちなみに、そんなばあちゃんの好きな食べ物は、唐揚、ハンバーグ、シチュー、カレー。

    わんぱく。

    お魚はちょっと嫌い。
    骨があるから。

    良いんだけどさ。

    実は現在の我が家の料理長は私。

    最近ちょこっと偏食気味のばあちゃんのことを考えると、メニューがちょこっと難しい。

    さて、明日のご飯はどうしたものかな。

    ばばと私と、頻回なトイレ掃除

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なこともある。

    93歳のばあちゃんは、ありがたいことに自力でトイレに行ける。
    オムツ不要。

    でも、百発百中というわけではない。

    足が悪いし、仕方ないとは思うけど……的を外す。
    じいちゃんならともかく、ばあちゃんなのに的を外すってなんじゃい、と思うかもしれないけど、なんていうか的を外すのだ。

    したがって、トイレ掃除の回数はかなり頻回である。

    とりあえず、私がトイレに行く度、気がついたら、毎度毎度お掃除である。

    まぁしゃーない。
    こればっかりは仕方ない。
    世の中には全介助の人だっている。自力でトイレに行けるだけマシだ。

    ところで、なんで母は汚れに気がつかないのか……見て見ぬ振りをしているのか……。
    と、休日などは思うけど。

    まぁでも、なんていうか、現実って感じ。

    93歳と暮らすと、そんなこともあるのだ。

    93歳、毒舌ばあさん

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なことだってある。

    たまに毒を吐く93歳。
    人生100年の重みである。

    ある日のことだ。
    ばあちゃんの姪っ子の旦那さんの具合が悪いらしいという話を聞いた。
    この旦那さんというのが、ちょっとくせ者だったりする。
    かわいい感じに悪く言うと、激烈束縛男。

    まぁ、過干渉でうるさいのだ。
    度を超えて。

    なもんだから、ばあちゃんはあまり好きではないらしい。
    姪っ子はかわいいしな。
    「苦労させられてる。かわいそうだ」とはよく言っている。

    で、である。

    どうやら具合が悪いと聞くと「ガンじゃないか」なんてばあちゃんが言う。
    実際そうだったようで、来月早々に主述を受ける予定だそうだ。

    そしたらばあちゃん、ボソッとこう言う。

    「頑張らないで、早く楽になりゃいいんにな」

    ブラックである。

    そんなばあちゃん本人はガンサバイバーだったりする。
    93年超の人生で、二回ほどデカ目のガンニ鳴っている。
    どっちもわりと大手術だった。

    一回目は私が赤ちゃんのとき。
    世にも珍しき口腔ガン。しかも上顎。
    そのため、上顎の一部ごとガンを取っている。なので、ちょっとばかし特殊な入れ歯を使用している。

    この上顎のガンがかなり大変なことになった。
    手術が決まって入院する前日。
    赤ちゃんだった私をお風呂に入れている最中、ガンが破けてしまったのだ。
    まぁ大出血。
    家族みんなパニック。
    なんてこともあったとか。

    二回目のガンは私が小学校一年のとき。これは私も記憶があるぞ。
    まぁ、お馴染み。乳ガン。
    これは、良く気づいたな、ってくらいの超初期だったらしい。ばあちゃん本人が発見。
    一度大きなガンを患っているから、大事を取ってリンパまでしっかり取っちゃって、これまた無事に生き延びる。

    運が良いのだ。
    あとは、気合い?

    何やかんやで今93歳。

    運が良いのだ。

    毒をしばしば吐きつつも運が良いばあちゃん。その幸運に感謝だね。
    今日も元気でご飯が美味いらしい。

    今日ショーと少クラと93歳と

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なことだってある。

    そんな、日常。
    これは、面白いのかなんなのか……な話。

    金曜日の夕方といえばオタクに取っては楽しみな、少クラことTHE少年倶楽部が放送される。
    実は少クラの前番組は歌謡ショーで、93歳の大ベテランが観るなら大概そっちなはずなのだ。

    うちのばあちゃんは割と歌番組が好きだったりする。
    日々楽しいことは多いに超したことはない。
    ご飯作りながらチャンネル変えてあげたちゃったりして。

    その後、ご飯の時間になるわけだけど……ばあちゃんひと言。

    「チャンネル変えてくれたから観れたわ、少クラ」

    そっちなんだ。

    まだ番組の途中だったけど、みっちーを観ながら微笑む93歳。

    ばあちゃんは言う。

    「北山たけしよりも道枝駿佑である」
    と。

    イケメンは年寄りを長生きさせるのだ。

    頑張れ、みっちー。
    頑張れ、ジャニーズ。
    93歳のばあちゃんがみんなの活躍を楽しみにしている。

    93歳と大谷翔平

    私のばあちゃんは御年93歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なことだってある。

    ばあちゃんは目がちょっと悪い。
    年齢によるものなので仕方ない。何年か前にちょっとした手術だってした。
    しばらくは見えは良かったみたいだけど、ここ最近「これ何?」が口癖になった。

    「見ればわかるでしょ!」
    ってのが、私の母の口癖。

    仕方ないじゃないか、見えないっていうんだもの。そんなに怒らなくたって、って思うけど……。
    確かに、いちいち聞かれるとイラッとすることもある。それまた仕方ない。

    さて、ここ最近話題だったのがWBC。
    我が家もしっかりとにわか野球ファン。

    みんな大谷翔平を応援する。
    大谷翔平は、93歳の見えているのか見えていないのかわからない目にだって、スーパーヒーローとして映るのだ。

    私にだって、スーパーヒーローである。
    できれば、生まれ変わったら大谷翔平になりたいくらいだ。

    そんなことはいいけど。

    テレビに映る野球の点数ボードは結構細かくて見づらい。
    私はしっかり近視。
    メガネ利用でWBC観戦。

    ばあちゃん、裸眼。

    自称・目が悪い・
    口癖「これ何? 見えない」

    「アメリカに打たれた! 3-2だ!」

    これは93歳ばあちゃんの言葉である。

    実況より早かったぞ。
    視線はしっかり点数ボードを捉えている。

    おい。

    見えてるじゃねぇか。

    まぁ、いいけど。

    そんな93歳との日常である。

    野球面白かったよね。

    次のWBCも一緒に観れたらいいね。

    2024年、94歳入院する

    私のばあちゃんは御年94歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変なことだってある。

    94歳にもなれば、当たり前にそこかしこにガタがくる。仕方のないことである。
    日頃、我が家で一番元気なのではないか、という疑惑を巻き散らかしているばあちゃんも、実はガンの手術を二回乗り越え、糖尿病も患っている。正直ガッタガタだ。
    足も悪い。

    介護用品の電動昇降イスがないと、自宅での生活は困難だろう。
    他にも、デイサービスやら手すりやらなんやら、色々なものにお世話になっている。

    そんなばあちゃんが入院した。
    夏のはじまりの頃だった。

    糖尿病の薬を変えたところ、低血糖になってしまったのだ。

    低血糖はこわい。
    だから、血糖のコントロールのために、しばし入院することになった。

    最低でも2ヶ月、と医者に言われて入院したばあちゃん。

    ……1ヶ月で退院した。

    脅威の94歳である。

    入院前に私は言った。
    「歩けなくなったら、家に帰ってこれないからね」

    これが効いたのか、毎日リハビリに励んでいたのだそう。
    1日3回も。

    退院したその日、ばあちゃんの足取りは軽かった。
    比喩じゃない。マジの話だ。

    越えられなかった段差をひょいっと乗り越えてみせた。

    マジか……。

    退院してしばらく経った今、さすがに毎日のリハビリがなくなったため、退院直後の軽やかさはなくなってしまった。それでも、まだ自分の足で歩いてトイレには行っている。
    ちょっと衰えを感じるものの、まだまだ元気だ。

    やっぱり、我が家で一番元気なのは、ばあちゃんなのかもしれない……。

    2024年、ばばとの暮らし終わりは突然に

    私のばあちゃんは御年94歳の大ベテランである。
    ばばと暮らせば、面白いことがある。

    もちろん、大変ことだってある。

    毎日変わらずに過ごしてきたばあちゃんと私、それから母ちゃん。
    このまま穏やかに日々は続いていくと思ってた。

    そりぁ、ばあちゃんも人間だし、いつか、いつか、と思いながらも、それはある日自宅で静かに迎えるものだと思ってた。

    ところがどっこいである。

    ある朝、突然立てなくなってしまった。
    慌てて病院について、診察を待っているあいだ、あれよあれよいう間に呂律が回らなくなっていく。

    脳梗塞だった。

    高圧酸素に入り治療をしたたものの、少し麻痺が残ってしまった。
    一生懸命リハビリに励み、歩行器を使用しての歩行まではできるようになったけど、自宅で今までのように過ごすのは難しくなってしまった。

    それ以来、ばあちゃんは施設で暮らしている。

    こうして、私が生まれてからずーっと続いてきたばあちゃんと私の日常が終わってしまった。

    面倒くさいこと、大変なこと、理不尽なこと、ネガティブなことだってたくさんあった。
    それでも、終わってしまえばどれも貴重な時間だった。

    子どものお世話は育っていくことで終わるけど、介護は報われない。
    でも、子どもの私をお世話してくれたばあちゃんに、少しは報いることはできただろうか。

    ばあちゃんの布団に潜り込んで眠った日、ばあちゃんの自転車に乗せられて風の中を泳いだこと、ばあちゃんの作ったカレーの味……。

    って、しんみりしたけど、まだ生きてんだうちのばあちゃん。

    暮らす場所は別々になってしまったけど、ばばとの日々はまだまだ続く。

    長生きしろよ。

    あ……もうすでに長生きか。

     
     

    理唯

     
     
    保育士・事務職を経て専業Webライターに。ここでは仕事のリアルやAI活用、創作について書いています。 なお、本人は底辺ライターを自称しています。 Amazonアソシエイト・楽天アフィリエイト参加中

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