
仕事に疲れて海に行った話
仕事に疲れてしまった5月の終わり。
私は無性に海に行きたくなった。
ナビも入れず青看板を頼りに東へ東へ。
ただひたすら前だけを見つめ車を走らせた。
体感で1時間くらい過ぎた頃、それまで対向車もなく錆びたガードレールが続いていた山道がふっと開けた。
目の前が青一色になった。
太陽が反射して眩しいくらいに輝く青だった。
それからさらに1時間ほど海沿いを走った。
途中、道の駅に停まって昼寝もした。
窓を開けると海風が入ってきて気持ちよかった。
起きているあいだはずっと仕事のことを考え、眠りについても仕事の夢を見て目が覚める。
そんな私にとって、それはひさしぶりに心が休まる時間だった。
海に行きたいと思い立ってから今までを何度も思い返した。
最近は何をするにも腰がずしりと重かったので、なんだか今日の自分は元気な気がして、それが嬉しかった。
海なんて、23年の人生で何回も見てきたはずなのに、とてもワクワクした。
通り沿いの「イカ焼き」「カニ」「カキ小屋」の看板。
どれも苦手で、いつがシーズンなのかも知らない。
それなのに生唾を飲んでしまった。
道端に車を停め海を眺めるおじさん。
腕を前に回し少し丸まった背中からは、どこか哀愁が感じられた。
あと何十年かしたら、私もあのおじさんみたいに、海岸沿いで立ちションをするようになるのだろうか。
……立ちション? そうだ立ちションだ。
私の心は海で癒されていたはずなのに、気づけばおじさんの立ちションを、しっかり目で追っていた。
人間というのは不思議だ。 どれだけ綺麗な景色を見ても、どれだけ心が洗われるような気持ちになっても、目に入ったしょうもないものを、ちゃんと覚えている。
仕事に疲れてしまった5月の終わり。
私は海に行った。
そして立ちションをするおじさんを見た。
あの日の海は今までで一番きれいな海だった。