森の底で、呼ぶ声 ⑤
最終章 森を出たあと
目を開けたとき、私は草の上にいた。
青空だった。
眩しいほどの、朝の光。
鳥の声。
風の匂い。
――森の外だった。
しばらく、動けなかった。
夢だったのかと思った。
でも違う。
右手には、土がついていた。
爪の間にも、黒い泥が詰まっている。
そして、すぐ近くで誰かが咳き込んだ。
「……奈緒」
篠田だった。
生きていた。
その向こうに、中村。
水谷。
藤堂。
全員いる。
五人。
私は息を止めた。
「……真琴は?」
誰も答えない。
篠田が、静かに首を振った。
その意味を理解するのに、数秒かかった。
そして、涙が出た。
止まらなかった。
あれだけ会いたかったのに。
やっと会えたのに。
また置いてきてしまった。
「違うよ」
声がした。
私は顔を上げた。
風だった。
でも確かに聞こえた。
真琴の声。
「今度は、置いてかれてない」
森を見る。
そこにはもう、何もなかった。
ただの森だった。
深い緑。
静かな山。
あの異様な気配は消えていた。
まるで、何かが終わったみたいに。
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警察には「遭難しかけた」と説明した。
当然、信じられなかっただろう。
それでも私たちは、それ以上話さなかった。
話せなかった。
森の名前も。
石碑も。
“それ”のことも。
ただひとつだけ、約束した。
もう二度と、あのことから逃げない。
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それから半年後。
私たちは再び集まった。
今度は山ではない。
真琴の墓の前だった。
十年前、遺体が見つからなかったため、墓はなかった。
だから、新しく作った。
彼女の両親にも会った。
泣かれた。
謝った。
許されたとは思っていない。
でも、ようやく顔を上げられた。
墓石には、彼女の名前。
黒沢真琴
その下に、小さく刻んだ。
「迎えに来たよ」
花を置く。
風が吹く。
その時、中村が笑った。
「変な感じ」
「何が?」
「やっと、卒業できた気がする」
水谷もうなずく。
藤堂は泣いている。
篠田は空を見ていた。
私は墓石に手を置く。
冷たい石。
でも、どこか温かい。
「真琴」
小さく呼ぶ。
返事はない。
でも。
耳元で、確かに聞こえた。
「遅いよ」
思わず笑った。
「ごめん」
風が、髪を揺らした。
それはまるで、彼女が通り過ぎたみたいだった。
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その夜。
私は久しぶりに夢を見た。
森だった。
でも、怖くない。
木漏れ日が落ちる、明るい森。
真琴が立っている。
白いワンピース。
十年前のまま。
彼女は振り返って、笑った。
「もう大丈夫」
「……うん」
「ちゃんと、生きてね」
私はうなずく。
今度は、泣かなかった。
真琴は手を振る。
そのまま、森の奥へ歩いていく。
光の中へ。
少しずつ、小さくなっていく。
最後に、彼女が振り返った。
「ありがとう」
そして消えた。
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朝、目が覚めた。
枕が少し濡れていた。
でも、不思議と心は軽かった。
窓を開ける。
新しい風が入ってくる。
遠くで、鳥が鳴いている。
私はスマホを手に取った。
グループチャットを開く。
五人の名前。
その下に、新しい通知がひとつ。
差出人不明。
本文は一行だけ。
「今度は、迷わないでね」
私は微笑んだ。
そして、削除せずに保存した。
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終
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エピローグ
その森は、今も地図に載っている。
普通の山として。
普通の森として。
けれど、地元の人は近づかない。
昔から言い伝えがあるからだ。
「夕方以降、名前を呼ぶ声がしても、振り返ってはいけない」
「もし振り返ったら――」
そこまで聞いて、私は笑う。
もう知っているから。
あの森は、人を食う森ではない。
置いていかれたものを、待ち続ける森だ。
だからもし、あなたが森で誰かに呼ばれたら。
その声が、懐かしい人のものだったら。
どうか、気をつけて。
その声は、本当に――
あなたを呼んでいますか?