
あたかも歯を磨くように
どうにも今日は何かを書くような状態ではないのだけれども、という書き出しで、ほらもう40文字書けたじゃないか、などと自分を鼓舞して文字数を稼ごうとしている。
ゼロから1にするのが難しいと言われており、そんなわけでゼロ文字よりは1文字のほうが状態としては先に進んでいる。すなわち、どこかのサーバーに8バイト文字の情報がひとつ増えているのだから。
何かを習慣化するためには、歯を磨くのと同じレベルにするのが良いと聞いたことがある。
毎日歯を磨かないと気持ち悪いように、それをしないと何かムズムズしてしまうようになれば、もうこちらのものだ。それが毎日のルーティーンになる。ということを聞いたことがある。
確かに、僕は毎日、歯を磨く。
しかし、昔は、若かりし頃は、特に夜は、面倒くさくて磨かないこともあった。
若くてやんちゃなミュータンス菌を口内で思う存分暴れまわらせてしまったに違いない。若気の至りである。悔やんでも悔やみきれない。
これには、今は亡き祖父の影響も大いにあった。
僕の祖父は時折エキセントリックな発言をしていたのだが、その名言のひとつに
「牛や馬は、歯磨きをしないが、虫歯にならない」
というものがあった。
幼かった僕は、たいそう納得した。確かにその通りだ。万物の霊長だかなんだか知らないが、人間は無駄なことばかりしている。牛や馬を見習うべきだ。自然に帰るべきなのだ。それを拠り所にして歯磨きをしばしばサボっていた。
今になって振り返れば、僕は愚かであった。
牛や馬はチョコレートを食べたりしないのだから、真似することはできない。
祖父の発言の意図は明らかではない。しかし祖父にはなぜだか虫歯が無かった。
そんな僕も、今ではしっかり歯を磨くようになった。朝はもちろん、夜もしっかり磨く。フロス、というか糸楊枝を使って歯の間もしっかりとクリーニングする。最後にマウスウォッシュもする念の入れようだ。
その理由はひとえに、お口が臭いからだ。
いつからから、お口からドブの匂いが漂うようになった。らしい。
らしい、というのは自分ではあまり分からないのだ。全て伝聞で僕の耳に入った情報である。「パパ、お口臭いよ」などと関係筋からのタレコミが定期的にある。
残念ながら自分では分からない。フグは自分の毒で苦しんだりはしないし、スカンクもきっと自分の匂いには耐性があるのだろう。それと同じ自然界の理(ことわり)がある。
僕の口臭は進化生物学的にどのような意味があるのかをこれから突き詰めていきたい。加齢によるものなのかどうかもよく分からない。
そんなわけで、文章を書くことは歯を磨くことのようにはいかない。文章を書かなくても、お口が臭くはならないからだ。