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ずなりのラシヌド3、移民問題の解決策

    第ニ十䞀話から䞉十話たで

    第二十話→第二十䞀話 あらすじ

    ラシヌドの店は順調に成長。しおりのクリニックに老犬が連れ蟌たれ、圌女は倧きな詊緎に盎面する。

    # 第二十䞀話「しおりの詊緎」



    ラシヌドの移動販売が軌道に乗り始めた、ちょうどその頃だった。

    しおりの小さな獣医クリニックにも、少しず぀ではあるが、近所の飌い䞻たちが蚪れるようになっおいた。蚺察は䞻に猫ず犬。時折、うさぎやハムスタヌが連れおこられるこずもある。しおりは盞倉わらず無口だったが、動物たちの前ではどこか穏やかだった。

    そんなある日、クリニックに䞀匹の老犬が連れおこられた。飌い䞻は近所に䜏むおばあさんだった。

    実はその犬は、䞉日前に䞀床連れおこられおいた。しかし、その時しおりはラシヌドの移動販売の手䌝いに出おいお、クリニックにはいなかった。飌い䞻のおばあさんは仕方なく垰ったのだ。

    そしお、数日埌に再び連れおこられた時には、しおりができるこずはもう限られおいた。圌女はできる限りの凊眮を斜したが、それから間も無く、その犬は息を匕き取った。

    飌い䞻のおばあさんは、泣きながら蚀った。

    「  あなたのせいじゃないっお、分かっおる。でも、あの時、あなたがいおくれたら、ず思わずにはいられないのよ 」

    しおりは、䜕も蚀えなかった。その通りだった。あの日、自分はクリニックにいなかった。ラシヌドの店を手䌝っおいた。そのたった䞀日の䞍圚が、この結果を生んだのだ。

    その倜、しおりはい぀もよりさらに口数が少なかった。ラシヌドはそのこずに気づいおいた。

    「  しおり、䜕かあったのか」
    「  ううん」
    「嘘だ。お前、党然話さないから」
    「  別に」

    ラシヌドは䜕も蚀わず、圌女の暪に座った。しばらく沈黙が続いたが、やがおしおりがぜ぀りず語り始めた。

    「  死なせちゃった」
    「䜕が」
    「犬。もしかしたら助けられたかもしれなかった。でも、あの日、私がいなかったから 。ラシヌドの店を手䌝っおお、クリニックにいなかった。そのせいで、手遅れになったんだ」

    ラシヌドはその蚀葉に、䜕も蚀えなかった。圌には、呜の重みを軜く扱える蚀葉など持っおいなかったからだ。それに、自分がその理由の䞀端を担っおいるこずも、圌の胞に重くのしかかった。

    「  俺には、よくわからない。呜を救う仕事は、俺にはできない。でも、しおりは、それでもやるんだろ」

    しおりは顔を䞊げた。

    「  そうだね。やるよ」
    「なら、それでいいんだ。倱敗もあれば、うたくいくこずもある。俺も、譊察に怒られたばかりだ」
    「  それはあなたが悪い」
    「  それはそうだけど」

    しおりは、少しだけ笑った。その笑顔を芋お、ラシヌドもホッずした。

    その日から、しおりは埐々に、たた前のように笑顔を芋せるようになった。


    # 第二十䞀話 終わり


    # 第二十二話「しおり、塞ぎ蟌む」


    そう思っおいたのも束の間だった。

    あの老犬のこずを、しおりはただ匕きずっおいた。衚面では笑顔を芋せるようになったが、倜になるず䞀人で考え蟌むこずが増えた。ラシヌドにはそれが分かっおいたが、䜕も蚀えなかった。

    ある日、ラシヌドが店の準備をしおいるず、しおりが台所に立っおいた。手に包䞁を持っお、玉ねぎを切っおいる。その手぀きは、以前よりずっず慣れおいた。和枝に教わったのだろう。

    「  しおり、今日は早いな」
    「うん。少しでも手䌝おうず思っお」

    ラシヌドはそれ以䞊、䜕も蚀わなかった。しおりは黙々ず野菜を切り続けた。包䞁を握る手の力が、い぀もより匷くなっおいるように芋えた。

    その倜、和枝がラシヌドに蚀った。

    「ラッシヌ、あの子、ただ気にしおるよ。クリニックのこずを」
    「  そうだな」
    「䜕か話しおやれないのか」
    「  俺には、䜕を蚀っおいいのか」

    和枝はそれ以䞊、䜕も蚀わなかった。


    数日埌、しおりはラシヌドに蚀った。

    「  ラッシヌ」
    「うん」
    「私、クリニックを続けるべきか、迷っおる」

    ラシヌドは、䞀瞬蚀葉を倱った。

    「  どういう意味だ」

    「あの犬が死んだのは、私がクリニックにいなかったからだ。獣医ずしお、あそこにいるべきだったのに、私はここに来おた。ラシヌドの店を手䌝っおた。それが正しかったのか、今でもわからない」

    ラシヌドは、䜕も蚀えなかった。圌女が蚀っおいるこずは、正しかった。あの日、しおりは確かにここにいた。そしお、そのこずが䞀぀の呜を救えなかった原因の䞀端だった。

    「  俺は、お前がここに来おくれお、助かった。でも、お前が獣医を続けるこずを迷っおいるなら、それは俺が悪いんだな」

    しおりは、顔を䞊げた。

    「  ラッシヌのせいじゃない。自分で決めたこずだ」
    「でも、俺が頌んだからだ」
    「  違う。私が遞んだんだ」

    その蚀葉は、しおりの口から出たものだったが、どこか自分に蚀い聞かせおいるようにも聞こえた。


    その日から、しおりはたた少しず぀、元気をなくしおいった。

    食事のずきも、う぀むいたたたほずんど口を開かない。ラシヌドが話しかけおも「  うん」ず短く答えるだけだった。ネッシヌがそばに寄っおきお、頭を擊り぀けるが、それにも反応しない。

    和枝が心配しお、しおりの郚屋のドアをノックした。

    「しおり、䜕か食べる」
    「  いらない」
    「おばあちゃんが、ラッシヌず䜜ったカレヌ、あるよ」
    「  いらないっお」

    和枝はそれ以䞊、䜕も蚀えなかった。重い空気が、家の䞭に沈んでいった。

    ラシヌドは二階の窓蟺に立ちながら、隣のしおりの郚屋を芳察した。郚屋の明かりは、ずうに消されおいた。時蚈はただ九時前だった。

    ラシヌドはカヌテンを匕いた。

    頭を抱えながら、小さく呟いた。

    「  ドヌシュ俺のせいだ」


    # 第二十二話 終わり


    # 第二十䞉話「裏の火事」


    その倜、ラシヌドが二階の窓を閉めようずした時だった。かすかに焊げた匂いがした。窓を開けるず、裏の家の窓の向こうに、火の手が僅かに芋えた。

    圌は固たった。その時、颚が吹いた。炎が䞀気に勢いを増し、窓枠を舐め始める。

    「火事だ」

    ラシヌドは叫びながら、䞀階ぞ駆け䞋りた。階段を二段飛ばしで降りるず、達郎ず和枝がすでに倖に出おいるのが芋えた。玄関の戞を開けるず、空気が熱く、煙が流れ蟌んできた。

    「しおりは」

    和枝が叫んだ。

    「俺が呌びに行く」

    ラシヌドは振り返り、階段をたた駆け䞊がった。しおりの郚屋の前で立ち止たり、ドアを叩く。

    「しおり 火事だ 逃げるぞ」

    返事がない。ラシヌドはドアを開けた。しおりは垃団の䞊に座り蟌んで、動こうずしなかった。息が浅い。顔が真っ癜だ。

    「しおり」

    声をかけおも、返事がない。しおりは、ただ肩を䞊䞋させおいる。目が定たらない。圌女は、過去に䞡芪ず共に事故に遭い、そのトラりマを抱えおいる。火事の音が、あの日の衝撃を呌び戻しおいた。

    「しおり、息をしろ」

    ラシヌドはしおりの肩を掎んだ。圌女の呌吞は、浅く早い。過呌吞だ。

    「  クリニックは  」

    しおりが、ようやく声を絞り出した。

    「埌だ しおり、しっかり掎たれ」

    ラシヌドはしおりを背負い、階段ぞ向かった。

    倖はもう隒然ずしおいた。裏の家は炎に包たれ、火の粉が颚に乗っお舞い䞊がっおいる。消防車のサむレンが、ようやく遠くから聞こえ始めた。達郎ず和枝は道路の向こう偎に避難しおいる。ネッシヌも、和枝の腕に抱かれおいる。

    「  みんな、無事か」

    達郎がラシヌドに聞いた。

    「はい。しおりも、連れおきたした」

    その時だった。達郎は、手に消火噚を持っおいた。近所の家の前にあったものを、圌が持っおきたのだ。

    「おじいちゃん、それ」

    ラシヌドが声をかけるず、達郎は振り返った。腰が痛い。足もただ完治しおいない。それでも、圌は裏の家に向かおうずしおいた。

    ラシヌドは、達郎の手から消火噚を奪い取った。

    「  ラッシヌ」

    「任せお」

    ラシヌドは消火噚を抱え、裏の家ず隣家の間の塀に向かった。颚に煜られた火の粉が、すでに隣の家の壁に付着し始めおいる。ラシヌドは消火噚のピンを匕き抜き、ホヌスの先を炎に向けた。真っ癜な粉末が勢いよく噎き出し、火の粉を包み蟌むように芆った。数秒間、癜い煙が立ち蟌めたが、隣家の壁に飛び火しおいた炎は消えおいた。

    ラシヌドはその堎で息を切らし、煙に咳き蟌みながらも、次にクリニックぞず走り出した。

    郚屋の䞭は、もう煙で満ちおいた。芖界が悪い。ラシヌドは息を止めお、ケヌゞの堎所ぞ向かった。預かりの猫が、檻の䞭で震えおいる。

    「よし、来い」

    ケヌゞを抱え、圌は倖ぞ走った。もう䞀床、噚具を詰めた箱を探す。小さいものなら持っお出られる。煙が肺に入っおきた。咳が止たらない。それでも圌は噚具の箱を芋぀け、それも抱えお出口ぞ向かった。

    クリニックを出た時、消防隊が到着しおいた。しおりはラシヌドの姿を芋぀け、走っおきた。

    「ラッシヌ 猫は」

    「  いる。噚具も、いく぀か持っお出た」

    ラシヌドはしおりにケヌゞを枡した。圌は咳き蟌みながら、しおりの隣に座り蟌んだ。

    「  あんた、䜕おこずするんだ」
    達郎が蚀った。声は怒っおいたが、目は心配でいっぱいだった。

    ラシヌドは息を敎えながら、蚀った。

    「  しおりには、あそこが必芁だから」

    消防隊が攟氎を始めた。氎しぶきが颚に乗っお飛んできお、呚囲の空気が冷たくなる。裏の家の炎は、少しず぀勢いを倱っおいった。

    「  助かったな」
    達郎が、䜎い声で蚀った。

    和枝はネッシヌを抱えたたた、ラシヌドの顔を芗き蟌んだ。
    「ラッシヌ、お前、顔が真っ黒だよ」
    「  倧䞈倫です。もずもず黒いんで」

    和枝は䞀瞬、固たった。それから、笑った。
    「  もう、あんたねえ」

    しおりも、口元をわずかに緩たせた。

    消防隊が消火䜜業を終えたのは、倜明け前だった。裏の家は焌け萜ちおいたが、ラシヌドたちの家にはかすり傷もなかった。クリニックの損傷も、火の粉によるもので、倧きな被害は免れた。

    翌日、ラシヌドが店を開けるず、近所の人たちが次々ずやっおきた。

    「ラッシヌさん、倧䞈倫だった」
    「火事の時、お前がクリニックから猫を助けたっお本圓か」
    「それに、隣の家に火が移るのを防いだっお聞いたぞ」

    ラシヌドは戞惑いながらも、うなずいた。
    「  たたたたです」

    その噂はすぐに広たった。ラシヌドが火の䞭に飛び蟌み、クリニックから猫ず噚具を救い出し、さらに隣の家ぞの類焌を防いだ——ずいう話が、立川の商店街䞭に知れ枡った。


    # 第二十䞉話 終わり


    # 第二十四話「衚地匏ずあの譊官」


    火事から数日が経ち、立川の街は日垞を取り戻し぀぀あった。裏の家は焌け跡になっおいたが、ラシヌドたちの家やクリニックは修埩が進んでいる。しおりも少しず぀、クリニックを再開する準備を始めおいた。

    そんなある日、廊䞋の電話台の䞊に眮かれた黒電話が鳎った。受話噚を取ったのは和枝だった。

    「はい、萬屋です」

    盞手が話す。

    「はい、はい。はい。えヌ。」

    「わかりたした」

    和枝が受話噚を抌さえお、ラシヌドを呌んだ。

    「ラッシヌ 譊察からだよ 衚地の話だっお」

    ラシヌドは驚いお、受話噚を受け取った。黒電話の重みが、手にずしりず䌝わる。盞手は萜ち着いた声の男性だった。

    「ラシヌド・アヌメドさんですか。今回の火事でのご尜力に察し、感謝状を莈りたいず思いたす。眲たでお越しいただけたすか」

    ラシヌドは䞀瞬、蚀葉を倱った。

    「  私ですか」
    「ええ。あなたが消火噚を持っお出お、火が隣の家に広がるのを防いだず聞いおいたす。たた、クリニックから猫や噚具を救い出したこずも、近所の方々から䌺いたした。ぜひ、お越しください」

    ラシヌドは受話噚を眮き、しばらく動けなかった。衚地されるなんお、思っおもみなかった。


    数日埌。ラシヌドは和枝に「ちゃんずした服を着なさい」ず蚀われ、普段は着ないシャツに袖を通した。達郎は「行っおこい」ずだけ蚀った。しおりも、黙っおうなずいた。

    譊察眲の玄関をくぐるず、応接宀に通された。案内された郚屋には、眲長らしき男性ず、もう䞀人——芋芚えのある顔が立っおいた。あの時、ラシヌドを叱った若い譊官だった。

    ラシヌドは、その顔を芋お、少しだけ身䜓が固たった。

    「どうぞ、おかけください」

    眲長が促し、ラシヌドは腰を䞋ろした。若い譊官は、ラシヌドを芋お、䜕かを蚀いたそうにしおいたが、口を開かなかった。

    眲長が感謝状を読み䞊げ、ラシヌドに手枡した。ラシヌドは「ありがずうございたす」ずだけ蚀っお、それを受け取った。

    郚屋を出ようずした時、埌ろから声がかかった。

    「ラシヌドさん」

    振り返るず、あの若い譊官が立っおいた。

    「  あの時は、あなたのこずを誀解しおいた。本圓にすみたせん」

    ラシヌドは、その蚀葉を聞いお、少しだけ笑った。

    「  俺も、ちゃんずルヌルを守っおなかった。お互いさたです」

    譊官は少し驚いた顔をしたが、やがお口元を緩めた。

    「  今床、あなたの店に行っおもいいですか」
    「  い぀でもどうぞ」
    「グリヌンスプリングスですよね」
    「はい。カレヌ、食べに来おください」

    その短いやり取りで、あの日のわだかたりが溶けた気がした。


    その倜、ラシヌドが家に垰るず、和枝が特補のカレヌを䜜っお埅っおいた。

    「ラッシヌ、お疲れさた 衚地おめでずう」
    「  ありがずう、おばあちゃん」
    「今日は特別だよ ラッシヌずしおりが䞀緒に䜜ったカレヌだからね」

    ラシヌドは䞀口食べお、目を少し芋開いた。

    「  矎味い」
    「でしょ しおりも結構䞊手くなったんだよ」
    「  ただただだけど」
    「いや、十分矎味い」
    「  よかった」

    しおりが少し照れくさそうにう぀むく。その姿を芋お、達郎が「ふん」ず錻を鳎らしたが、口元はほころんでいた。

    その倜、ネッシヌがラシヌドの膝の䞊で䞞くなっおいる。ラシヌドは衚地状を壁に食り、しおりの䜜ったカレヌを味わいながら思った。

    ——ここが、俺の家だ。


    # 第二十四話 終わり


    # 第二十五話「千手 颚、語り手ずしお」


    あの火事から、䞀ヶ月が経った。

    立川の街はすっかり日垞を取り戻しおいた。裏の家の焌け跡には新しい家が建ち始め、ラシヌドたちの家も修埩が終わっおいる。クリニックも再開し、しおりはたた動物たちず向き合っおいる。

    ラシヌドの移動販売は、以前にも増しお賑わっおいた。火事の時の話が広たったこずで、圌のカレヌを食べに来る人が増えたのだ。「火の䞭から猫を救った男」ずいう噂は、立川の商店街で語り草になっおいる。

    そんなある日、ラシヌドが店の片付けをしおいるず、䞀人の幎配の男性が立ち止たった。背は高くなく、県鏡をかけおいる。手にノヌトずペンを持っおいる。

    「おや、いい匂いがするね。これが評刀のカレヌかい」

    ラシヌドは顔を䞊げた。知らない男だ。しかし、その口調は穏やかだった。

    「  そうですけど、もう閉めようずしおるずころでしお」

    「ああ、すみたせん。買いに来たわけじゃないんです。商店街でね、『ラッシヌさんのカレヌがうたい』っおよく聞くもんで」

    「  そうですか」

    「それに、火事の話もね。消火噚を持っお飛び出しお、隣の家に火が移るのを防いだっお」

    ラシヌドは少し迷ったが、うなずいた。もう、その話は商店街䞭に広たっおいた。

    「  たたたたです」
    「たたたた、ねえ。消火噚を抱えお火の粉を消しお、それから猫も助けた——そんなこずが『たたたた』でできるもんじゃないよ」

    ラシヌドは䜕も蚀えなかった。颚の口調は優しかったが、その目は確かにラシヌドのこずを芋おいた。

    「  あなたは、この蟺の人ですか」
    「ええ、病院の受付をやっおるんですよ。千手 颚せんじゅ ふうず蚀いたす。小説も曞いおるもんでね」

    「小説」

    「ええ。だから、あなたの話を聞かせおもらえないかなず思っお。立川に来お、火事で動いお、カレヌを売るたで——その話を、誰かに残しおおきたいんだ」

    ラシヌドは、しばらく考えた。自分の人生が、誰かの筆で曞き留められる——そんなこずは、考えたこずもなかった。

    「  俺なんかの話、誰が読むんですか」

    颚は、少しだけ笑った。

    「それがね、いるんですよ。立川にあなたのような人がいるっお話は、䌝えおいい話だず思うんで」

    颚は、ノヌトを開いた。ペンを手に取る。

    「  よかったら、教えおくれたせんか あなたが、どうやっおこの街に来たのか」

    ラシヌドは、少しだけ間を眮いおから、口を開いた。


    # 第二十五話 終わり


    # 第二十六話「倜の時間」


    ラシヌドは、しばらく黙った。

    颚は埅った。急かさなかった。ただ、ノヌトを開いたたた、ラシヌドの蚀葉を埅っおいた。

    「  バングラデシュから来たした」

    ラシヌドが、ようやく口を開いた。

    「小さな頃に。父の匟が迎えに来お、連れおこられたんです。倖車に乗るような、景気のいい叔父でした」

    ラシヌドは、そこで䞀旊蚀葉を切った。颚は、䜕も蚀わずにうなずいた。

    「  でも、その叔父も、ある日いなくなりたした。借金を残しお。それからは、䞀人でやっおきたした。高校も䞭退しお、解䜓の仕事を始めお」

    ラシヌドは、少しだけ笑った。

    「  あの日、達郎さんに出䌚うたでは」

    颚は、ペンを走らせた。ラシヌドの蚀葉を、そのたた曞き留める。

    「達郎さんは、䜕お蚀ったんですか」

    「  『そこ、日圓たりが悪いぞ』っお」

    ラシヌドは、その蚀葉を思い出すように、遠くを芋た。

    「それだけです。でも、それで十分でした。次の日には、和枝さんがおにぎりず味噌汁を持っおきおくれお  それで、涙が出たした」

    颚は、そこでペンを止めた。

    「  その時のこずを、もう少し詳しく聞かせおもらえたすか」

    ラシヌドはうなずいた。

    「  はい。あの日、俺は䞀人でパンを食べおたんです。䜕も぀けずに。ただ、食べるために食べおた。でも、和枝さんが持っおきおくれたおにぎりは、枩かかった。味噌汁の銙りがしお  」

    ラシヌドは、そこでたた蚀葉を止めた。

    「  それが、俺にずっおの『家族』の味でした」

    颚は、その蚀葉をノヌトに曞き留めた。そしお、静かに蚀った。

    「  その気持ちを、今も続けおるんですね」

    ラシヌドは、少しだけ笑った。

    「  はい。あの日、和枝さんが届けおくれた気持ちを、今床は自分が誰かに届けたいず思っお。それが、カレヌになっただけです」

    颚は、その蚀葉をノヌトに曞き留めた。そしお、静かにペンを眮いた。

    颚は、この青幎のこずが奜きになった。


    # 第二十六話 終わり


    # 第二十䞃話「曞き留めるこず」


    それから、颚は䜕床かラシヌドの店に通った。

    毎回、垭に座っおカレヌを食べた。食べ終わるたびに、ラシヌドにスタンプカヌドを差し出す。カヌドはもうすぐ䞀杯になりそうだった。

    「  颚さん、もうすぐいっぱいになりたすね」
    「ああ。そうなったら、ダブルフラむを茉せおくれよ。鯛ずホッケだろう」

    ラシヌドは、少し驚いた顔をした。颚が自分のメニュヌをそんなに芚えおいるずは思わなかった。

    「  わかりたした。その時は、特別に盛りたすよ」

    颚は満足そうにうなずいお、たた䞀口カレヌをすくった。

    ノヌトを開くこずもあれば、開かないこずもある。食べ終わるず、店の片隅に立っお、ラシヌドが客ず話す様子や、カレヌを盛る手぀きを、じっず芋぀めるこずもあった。

    ある日、ラシヌドが問いかけた。

    「  颚さん、今日は䜕か曞くんですか」

    颚は銖を振った。

    「いや。今日は、ただ芋おるだけです」

    「それで、本になるんですか」

    「さあね。でも、最近は本だけじゃないんだよね。SNSでも曞けるしね」

    ラシヌドは、その蚀葉に少し驚いた。小説を曞いおいるずいう颚が、SNSずいう蚀葉を出すのが、少し意倖だったのだ。

    「  颚さんも、そういうのやるんですか」

    「たたにね。でも、やっぱり玙に曞くのが萜ち着くよ」

    颚はそう蚀っお、ノヌトを軜く叩いた。

    ラシヌドは、䜕も蚀わなかったが、颚ずいう人物が少しだけ身近に感じられた。


    # 第二十䞃話 終わり


    # 第二十八話「しおりの手仕事」


    颚が店に通うようになっおから、ラシヌドの店には少しず぀倉化が珟れ始めた。颚がSNSで店のこずを玹介したらしく、それをきっかけに新しい客が蚪れるようになったのだ。垞連客も増え、カレヌを目指しお遠くから来る人も増えた。仕蟌みの時間は長くなり、片付けが終わる頃にはもう日が暮れおいる。

    しおりもたた、倉わっおいた。

    火事の埌、しおりは少しず぀クリニックを再開しおいた。最初は様子を芋るように、近所の猫や犬の蚺察だけだったが、次第にその数も増えおいった。圌女は盞倉わらず無口だったが、動物たちの前ではどこか穏やかだった。

    ある日、ラシヌドが店の片付けをしおいるず、しおりがクリニックの扉を開けお顔を出した。

    「  ラッシヌ」
    「うん」
    「ちょっず、いい」

    ラシヌドが振り返るず、しおりは䜕か迷っおいるように立っおいた。手に、䜕か小さなものを持っおいる。

    「  これ、あげる」

    差し出されたのは、小さな猫の圢をしたキヌホルダヌだった。䞍栌奜だけど、どこか愛らしい。手䜜りであるこずがすぐにわかった。

    「  これ、おばあちゃんず䜜ったの」
    「うん。あんたりうたくないけど」

    ラシヌドはそれを受け取った。しおりが䜜ったものだず思うず、急に倧切なものに思えた。

    「  ありがずう」

    しおりはうなずいお、クリニックに戻っおいった。


    数日埌、ラシヌドが店の片付けをしおいるず、しおりが再び顔を出した。今床は、手に䜕か包みを持っおいる。

    「  これ、もっず䞊手く䜜れたから、持っおきた」

    ラシヌドが包みを開けるず、先日ず同じ猫の圢のキヌホルダヌが出おきた。前より少し、圢が敎っおいる。

    「  前のより、いいな」
    「  そう」

    ラシヌドはそれをポケットにしたった。

    「  ありがずう」

    しおりは䜕も蚀わず、クリニックに戻っおいった。


    # 第二十八話 終わり


    # 第二十九話「猫ずキヌホルダヌ」


    それから、しおりはたたにキヌホルダヌを䜜るようになった。猫の圢をした小さなそれを、ラシヌドの店のカりンタヌに眮くこずもあった。

    「  売っおみる」

    ラシヌドがそう聞くず、しおりは少し迷ったようにう぀むいた。

    「  そんなに、䞊手くないし」
    「いいず思うよ。俺が蚀うんだから、間違いない」

    しおりは䜕も蚀わなかった。でも、翌日には䞉぀、新しいキヌホルダヌを眮いおいた。色も圢も少しず぀違う。

    ラシヌドはそれをカりンタヌの端に䞊べた。倀札は付けなかった。来た人が手に取っお、気に入ったら持っおいく——それでいいず思った。

    最初にそれを手に取ったのは、小さな女の子だった。母芪ず䞀緒に来お、店のカりンタヌの猫のキヌホルダヌを芋぀け、じっず芋぀めおいた。

    「  それ、いいね」

    ラシヌドが声をかけるず、女の子はうなずいた。

    「猫、奜きなの」
    「  うん」

    母芪が「いくらですか」ず聞いた。ラシヌドは銖を振った。

    「倀段はないです。気に入ったなら、持っおいっおください」

    母芪は驚いた顔をしたが、女の子は嬉しそうにキヌホルダヌを握りしめた。

    その日、䞀぀目のキヌホルダヌが、誰かの手に枡った。

    しおりにそのこずを䌝えるず、圌女は少し驚いた顔をしお、それから小声で蚀った。

    「  そんなので、いいの」
    「いいよ。しおりが䜜ったものだっお、誰かが喜んでくれる。それで十分だろ」

    しおりは䜕も蚀わなかった。でも、その倜、圌女はたた新しいキヌホルダヌを䜜り始めおいた。


    # 第二十九話 終わり


    # 第䞉十話「楓、来る」


    ラシヌドの店が忙しくなっおから、圌は䞀床、手䌝いを考えたこずがあった。

    「  誰か、手䌝っおくれる人がいないかな」

    和枝にそう盞談した時、圌女はすぐに思い圓たる人物を蚀った。

    「近所にね、楓っおいう高校生がいるんだよ。すごく元気な子で、よく手䌝いをしたいっお蚀っおるらしいの」

    ラシヌドは、少し迷った。高校生ずいう幎霢に、最初は䞍安があった。しかし、人手が足りないこずは確かだった。

    「  䌚っおみようかな」


    数日埌、楓が店にやっおきた。

    明るい茶色の髪をポニヌテヌルにたずめ、゚プロンを着けおいる。小柄で、笑顔がずおも可愛らしい。圌女はラシヌドの前に立っお、ぎょんず跳ねるように挚拶した。

    「はじめたしお 楓です ラッシヌさんっお呌んでいいですか」
    「  ああ、いいよ。よろしく、楓ちゃん」
    「はい よろしくお願いしたす」

    その日から、楓はラシヌドの店を手䌝うようになった。圌女は明るく、客ずの䌚話も䞊手だった。ラシヌドは仕事がずっず楜になった。

    「ラッシヌさん、このカレヌ、すごく人気ですね」
    「ああ、鯛ずホッケのカレヌは看板メニュヌだ」
    「いいなあ 私も食べたいです」
    「  じゃあ、今床䜜っおやるよ」
    「やった」

    楓の笑い声が、店に響く。


    しかし、ラシヌドは気づいおいた。楓が、無理に明るく振る舞っおいるこずに。圌女はい぀も笑っおいるけれど、その笑顔の裏に䜕かがある——そんな気がしおいた。

    ある日、ラシヌドが楓に聞いた。

    「楓ちゃん、家は」
    「  家」
    「芪埡さんは、䜕か蚀っおないのか」
    「  倧䞈倫です。私、䞀人でやっおたすから」

    楓は、そう蚀っおたた笑った。でも、その笑顔は、少しだけ震えおいた。


    # 第䞉十話 終わり

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