
大丈夫になりたい鬱鬱日記
大丈夫になりたい。
ただ大丈夫になりたいと思う。
先のことを考えるたびに、確証の持てない自分の揺れ動く心に向こう1、2年の計画を任せるのは舵を取るものとしてどうなんだと思う。毎日毎日今日だけを見て生きていけたら良いけど、大きな目標を立てることすら今はもう自分にとってはとてもたてられないものだとも思う。
情けないなあ…自分のことも自分で決められなくて。これからのことはもう最近は考えていない
向き合うのがつらいから、向き合うと自分のやりたいことが浮かんでもそれも2ヶ月後には泡沫のように消えると思うから。
バイトもしてない、探してもいない。
お金どこから出してるのって、これからどうするの?って、また受験するの?しないの?もったいない!って、何か別にやりたいことがあるの?って、親はなんて言ってるの?って、将来何になりたいのって、友達から聞かれるかもしれない想定の質疑応答を毎日解く。
ヘラヘラと笑うことしかできないと思う。
何も生み出してない自分は価値がないと感じる。何も生み出してないから逃げるようにインターネットに齧り付く。消費する生活のほうが向いているのかもしれない、みたいなことをぼんやりと浮かんでは消える。
一度生産する生活へ足を踏み入れたせいか、まだ根強く生み出さなければならないと思う。期待をするのをやめた、最初からできないと釘を自分にうっておけば済む。
「絶対今感じてる経験は無駄じゃないから」
と言われたけど、それはその経験があって今があるあなたが言えることで、その経験の渦中の私にいっても想像つかないから、それを効いた当時の私は私の痛みが美談になる程度の軽いものなんだと思った。あとそれって自分を鼓舞するために言う言葉じゃないの?違うの?
無駄とか無駄じゃないとかで経験を測ったことが大してないから、余計にわからないのかも。不登校の経験は不登校の経験で、それ以上でもそれ以下もない。ただそれだけが事実としてある。でもどこかで役に立ったであろう時に、紐づけられるほど関連性に気づける脳みそを持ち合わせていないことを暴露しているのかもしれない。
うまく言葉にできない、悲しい、箇条書きみたいな日記を日記と読んで良いのかすらわからない