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生き残されし彼女たちの顛末 第0部(前日譚) 2289年6月30日

    ~あらすじ~
     23世紀。第四次世界大戦により地上のほとんどが放射能等で汚染され、生き残されたのは頑丈なシェルターに避難した約1億人。月に本部を置く国際連邦が「レフュージ」という居住施設設置し、彼らを収容した。
     2289年6月30日。「レフュージ」の一つ、ネオ・トウキョウの統治府に勤務するSEであるミヤマ・ヒカリは、いつも通りに支度してオフィスに出勤した。いつもと違うのは、2年前に火星に移住した10歳の息子が受けた授業の記録をDLして読んだこと。そして数少なくなった出会う人と「よい残りの一日を」と挨拶すること。
     その日の終わりに、彼女はいつも通りに夕食をすませ、いつもより多い睡眠剤を服用して眠りについた...


    1) その日のわたし

     2289年6月30日。

     その日の終わり、ふだんの4倍の量支給される睡眠剤を服用して、22時までに就寝することとされていた。
     地球の、ネオ・トウキョウで暮らすわたしの、その日はこんな一日だった...

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    (火星授業記録その1)

    火星メラス居住区群 第1382居住区 第3モジュール プライマリースクール
    6年次アドバンスド・クラス特別授業記録
    担当教師:ニシノ・アンナ
    生徒数:25名
    収録日:2289年6月29日

    閲覧者:ミヤマ・ヒカリ
    所属または住所:トウキョウ・レフュージ統治府情報支援支部
    アクセス権限:テキストのみ

    ~以下本文~

     この授業はニッポン語で行います。みなさん、通訳設定を確認してください。トランスレーター、ファンイジー、ボンニョンギ、OK? タブレットも大丈夫ですね。
     よろしいですか? それでは始めます。

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     28歳の誕生日から2週間と少し経ったその日の朝、わたしは、ひとりの部屋でいつも通り目覚めた。ぼんやりとした頭のままPITをいじっていると、「これはぜひ見なくちゃ」という記録があったのでダウンロードした。
     キッチンに行くと「おはようございます、ヒカリさん」とクッキングマシーン。
    「いつも通りお願い」と答えると、ほどなくスクランブルエッグとベーコン、ブラックコーヒーが用意される。パンは、最近お気に入りのドイツ風ライ麦パンを自分でフードストッカーから取り出してナイフで6枚にスライスし、そのうち2枚を朝食として食べる。
     フードストッカーが「卵、残りなし、ベーコン、残りなし、パン、残りなし、コーヒー、残りなし、となりました。ヒカリさん、補充しますか?」と聞いてくる。
    「いらないわ」と答える。
     朝食をすますと、フードストッカーから最後のハムとチーズを出してきて、残しておいた4枚のライ麦パンにはさんでランチ用のサンドイッチの完成。
    「ハム、残りなし、チーズ、残りなしとなりました。補充しますか?」とフードストッカー。
    「いらないわ」
    「食料保管状況。カレーライスが1食分とオレンジジュースが200ccあります。他はなにもありません。補充するものはありますか?」
    「ありません」と言って、わたしは食器類をディッシュウォッシャーに放り込み、スイッチをいれた。

     歯をみがいて髪を整え、お化粧もそこそこに夏物の水色のワンピースを身にまとい、ラップに包んだサンドイッチをバッグに入れる。姿見でやせっぽちの体と、それに乗っかった表情豊かとはいえない顔を一応チェックする。いつも通り、出勤準備完了。
     8時15分を過ぎた頃、キッチンと反対側の壁にあるパーキング入口のドアに向かって「オープン」と声をかける。「おはよう、ヒカリさん」といってドアが開く。スリッパを脱ぎ、フラットヒールのパンプスを履いて、パーキング側に回って「ロック」と声をかけると、ドアが閉まり「ロック完了」の声。
     古風なセダンタイプの愛車のエアカーの横に立つと、ドアがさっと開く。前部座席に体を滑り込ませて、シートベルトを締めると「発車してもよろしいですか? ヒカリさん」と聞いてくる。
    「OK」とわたし。
     ドアがさっと閉まる。
    「目的地は?」の問いに「出勤」と答える。
     パーキングのメインゲートがスルスルと開く。
    「発車します」と言うと間もなく、エアカーは5階建てのアパートメントの4階から発進した。
     西13区の自宅からオフィスまで、5分ほどで到着する予定。

     いつも通り、ニュースをチェックするためバッグからPITを取り出し、MATESを起動する。
    「Portable Information Terminal」の頭文字をとって「PIT」。もう少しマシなネーミングはなかったのかな、とつくづく思う。
     総合メッセージアプリの「MATES」は「Message A...Transmission and Exchange System」、えーっと、あれ、「A」はなんの頭文字だっけ...思い出せなくなっちゃった。まあ、いいか。オフィスに着いたらアカネに聞いてみよう。
     たいしたニュースはない。
    「西第49区で集団自殺。5人全員が死亡。支給の睡眠剤を飲まずにためておいて大量服用」
     またか、ってところね。
    「連邦統治委員会のウォレス民生局担当委員、異性スキャンダルで辞職へ。UTC9時から記者会見予定」
     あらまあ、大臣閣下ともあろうものが。
    「気象情報。今日の外界の天気は曇りのち雨。北東の風。風速は平均5メートル」
    オフィスに着いたら、太陽光発電の状況みて、配電分と蓄電分の調整がちゃんとされているか要確認ね。風力発電はおそらく問題なし...っていうか、いまさらこんなことマジメに考えても意味ないのかしら。

     そうそう、朝起きてすぐにダウンロードした、マモルが受けているはずの授業の記録を読まなくちゃ。

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    (火星授業記録その2)

     きょうは、来年度からプライマリースクール6年次アドバンスド・クラスに進級する予定の皆さんに集まっていただいて、特別授業を行います。
     私は、ニシノ・アンナといいます。6年次、みなさんのクラス担任になります。担当科目はソーシャル・スタディーズです。
     よろしくお願いします。

    ――お願いします。

     なお、この授業の内容は収録されて、他のクラスや他の学校で教材として使われることになります。ただ、だれがどの発言をしたかはわからない形になりますので、みなさん気にせずにどんどん質問とか意見を言ったりしてくださいね。
     今日の授業のテーマは、「人類、つまり地球人類であるあなたたちが、この火星の居住区に来ることになった経緯について」です。
     歴史的な背景も含めてお話しします。

     最初にひとこと申し上げておきます。
     今日の授業は、あなた方の多くにとってとても悲しいこと、つらいことを思い出させることになるかもしれません。でも、今日の授業の内容をしっかりと理解することで、その悲しみやつらさを乗り越えることができる。そして、人類としての誇りを持ってしっかりと生きていくための大きな手助けになる、ということを私は信じています。
     最後まで授業についてきてくださいね。
     あと、お話しすべき内容やみなさんからの質問への答えがすべて終わるまでこの授業を続けます。ですから、終わりの時間はわかりません。途中休憩を入れるようにしますが、なにかあったらいつでも言ってくださいね。

     では本題に入りましょう。

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     もうすぐ10歳になるわたしの一人息子、オガワ・マモルは、2年前、8歳になりたてのときに火星に旅立った。いまは火星第1382居住区に暮らしている。
     5月に送ってきたMATESに「2回目の飛び級が決まりました」と書いてあったので、7月からプライマリースクール6年次に進級するはず。飛び級する子はみんなアドバンスド・クラスにはいるから、たぶんマモルはこの授業を受けていると思う。

    2) おはよう、アカネ

     オフィスが見えてきた。
     東第2区、「ネオ・カスミガセキ」と呼ばれるエリアの一角に建つ10階建てのビル。その7階のパーキングの入口手前で、エアカーが一時停止し、向きを変える。
     車体認識完了。パーキングのゲートが開く。吸い込まれるようにエアカーが中に入る。
     100台は駐車できるスペースに、止めてある車はほんの数台。閑散としたパーキングの指定の場所まで進んで、エアカーは停止する。
     オフィスへの入口をクリアし、廊下を20メートルほど歩くと、透明アクリル板で仕切られた自分の部屋の前に立つ。ロックが解除され、ドアを開けて中に入る。デスクにバッグを置き、椅子に座る。
     ディスプレイが起動する。わたしが使っているのは、古風な据え置きタイプのディスプレイ。ミドルスクールのときからエア・ディスプレイはどうも苦手だ。

    「出勤時刻8時23分」とシスターAIの声。国際連邦本部の「マザーAI」に対して支部AIは「シスターAI」と呼ばれている。
    「ヒカリ、おはよう」
    「おはよう、アカネ」
     アカネは、シスターAIのわたし専用のボイスインターフェースにつけた名前。いつも通りの朝のあいさつ。
    「未読のMATESはテキスト3件、ボイス4件 ビデオ1件です」
    「了解」
    「いつも通りモニタリング画面を見ますか?」
    「そうね、表示してちょうだい」
     表示されるモニタリング画面を次々と見る。それが終わるとMATESをチェック。いまのところ対応すべき案件がないことを確認する。
     いくつかのメッセージに返信すると、さて、火星の授業記録の続き。

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    (火星授業記録その3)

     まず初めに、みなさんの出身地を教えてください。
     ネオ・トウキョウの人、手を挙げてください...15人ですね。
     ネオ・ティエンジンの人...5人ですね。
     ネオ・シャンハイ...3人。
     火星生まれの人は...1人。
     それでは、あとひとりですね。出身地はどちらですか?

    ――ネオ・バンコクです。

     そうすると、クラスの25人のうち24人が地球出身ということですね。

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     わたしは、ネオ・トウキョウで2261年に生まれた。
     父のミヤマ・マサヒロと母のミヤマ・カヨコは、まだ開設から数年しかたっていないネオ・トウキョウで生まれた。
     父方の祖父母は、さきの大戦より前にニッポンのヒョウゴというところで生まれた。かつてコウベという美しい港町のあったところだ。
     母方の祖父母は、ニッポンのカナガワ。かつてヨコハマというこれも美しい港町のあったところだ。

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    (火星授業記録その4)

     こうやって確認したのは、みなさんを区別したり差をつけたりしようというわけではありません。地球の様々なところからきた人たちやその子孫がいっしょに暮らしているこの火星に、みなさんも加わったのだ、ということを言いたいからです。
     人類が火星に最初に降り立ったのはいつでしょうか。これはもう習いましたよね。
     Aさん、どうぞ。

    ――えーと、2035年です。

     では、最初の有人基地ができたのは?

    ――2081年ですか?

     そうですね。それでは、最初の恒久居住区を作ったのはいつでしたか?

    ――2127年です。

     そうです、2127年です。さすが、しっかり勉強してられますね。
     恒久居住区とは「恒に人が住む場所」という意味ですが、具体的には、探査だけの目的でなく、火星への移住、つまり火星に生活の本拠地を移す人たちが住む場所ということです。そうやって火星の上に地球人類がいつも住んでいる、という状態になってから、ほぼ160年経ったことになります。
     あとでお話しする第三次世界大戦がなければ、有人基地も恒久居住区ももっと早くにできていたかもしれない、と言われています。
     恒久居住区の最初の設置から97年の間、途切れることなく火星への移住が続きました。2175年からは大規模な開拓団が編成されて、地球の各地からさらに多くの人々が火星に移住するようになりました。
     2127年から97年の間に、あわせてどれくらいの人類が地球から火星に移住したでしょうか?
     Bさん、わかりますか?

    ――あわせて、たしか100万人くらいだったと思います。

     そうです、約100万人です。
     移住した人たちの多くは、火星の主な産業である鉱物資源の採掘と宇宙船の建造を行う仕事と、それらの人たちが必要とする食料や生活物資を生産する仕事に就きました。地球のいろいろな場所からきた人たちが、力を合わせて、火星での人類の拠点を立ち上げ、拡げてきたのです。
     転機が訪れたのは2225年、地球で第四次世界大戦が始まったときです。破滅的な戦闘の結果、翌年までのあいだに、地球上はほとんど人が住めない状態になってしまいました。
     火星への開拓団の移住も止まりました。
     月に本部を移していた国際連邦が、大戦のあと地球上に生き残った人たちのため各地に設置した居住施設が「レフュージ」です。みなさんのうち24人は、ネオ・トウキョウなど地球各地のレフュージで生まれ、国際連邦規則に従って火星に移住してきたのですね。
     これらについては、あとで詳しくお話しします。
     ちなみに私は、火星で生まれ、育ちました。開拓団で来た祖父母の孫です。

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     わたしが夫のオガワ・カゲヒコと出会ったのは、アカデミーに同級生で入学したときのこと。2つ飛び級したわたしは16歳、1つ飛び級したカゲヒコは17歳だった。
     週末ごとに東27区のネオ・アキバに通っては、買ってきたコンピューターキットを組み立てたりソフトを動かすことが趣味の、ちょっと変わった少女時代を送ったわたしには、どこか飄々としてつかみどころのないカゲヒコがお似合いだったのかもしれない。
     ふたりはほどなくおなじ部屋で暮らすようになり、わたしが18になると同時に婚姻手続きをし、アカデミー前期課程を修了すると、ほどなくマモルが産まれた。
     そのときカゲヒコは19歳。法学士と社会学士の学位を得た彼は、行政官としてトウキョウ・レフュージ統治府に任用された。
     前期課程で情報科学士と電気工学士の学位を得たわたしは、2年間マモルの育児をしながらアカデミー中期課程を修了し、情報科学修士の学位を得た後、技術官として統治府に入った。

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    3) ミユキちゃん

    (火星授業記録その5)

     ところで、火星と地球はどれくらい離れていますか?Cさん。

    ――...むつかしい質問です。

     とてもいい答えです。公転軌道と速度の関係で、いつも変動していますからね。
     それでは質問をちょっと変えます。現在、火星と地球はどれくらい離れていますか?

    ――ええと、6000万キロメートルくらいでしょうか。

     その通りです。おそらく6000万から7000万キロメートルの間でしょう。光の速さでも3分から4分くらいかかる距離です。
     火星と地球がいちばん接近するときには距離は5000万キロメートル台になりますが、逆に一番離れると、その7倍にもなります。
     みなさんのタブレットのディスプレイに比較できる数字が表示されていますので、見てください。

     ~ディスプレイ表示内容~
      地球と月の距離 約38万km
      火星の直径  約6800km
      地球の直径 約12800km
      月の直径   約3500km

     桁ちがいの数字であることがわかりますね。

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     火星にいる家族とのビデオ通話は、3ヶ月に1回と制限されている。
     この前マモルと通話したのは先月のこと。その時点で電波が届くのに、片道4分くらいかかった。
     割り当て時間が30分だったので、4回ほどやりとりをすると終わってしまう。それでもまだましなほうで、地球と火星の位置関係によっては、片道20分もかかることがあった。
     最後となったビデオ通話に、マモルは女の子と一緒に現れた。
     ホシノ・ミユキちゃん。マモルよりひとつ年下。
     マモルの肩に届かない背丈で、腰まで伸びた少し茶色がかった黒髪。どちらかというと小顔の部類に入るのだろうか。グレーがかった瞳の切れ長の目。細く通った鼻筋に細めの唇、少し尖った顎。
     ミユキちゃんは、裾の部分にフリルをあしらったワンピースに身を包んでいた。
     前にマモルからもらったビデオメッセージで見たときからひと回り大きくなっているけれど、あいかわらず小柄で、かわいらしい。

    「あら、ミユキちゃん、元気? ピアノ頑張ってる?」とわたしは聞いた。
     わたしのリアクションが届くまで、ふたりは最初のうちはモニターに向かってまじめぶっている。けれど、そのうち間がもたなくなってきたのか、モニターに向いたままマモルが右手でミユキちゃんの左腕をつつき、ちょっかいをかけた。モニターに向いたまま左手で振り払うミユキちゃん。また右手でつつくマモル。今度は両手で払うミユキちゃん。
     ひとしきりそんなやり合いが続いた後、ふたりは向き合ってじゃんけんを始めた。お決まりの「あっち向いてホイ」だ。
     マモルとミユキちゃんのそんな、じゃれあう姿。仲睦まじい兄妹のようで、一人っ子で育ったわたしにはちょっとうらやましく思えた。

     8分ほどして、ミユキちゃんの答えが返ってきた。
    「はい、元気です。ピアノ頑張ってます」
    「『頑張り屋さん』だけが取り柄だからな」とマモル。
    「また、それ~?」とミユキちゃん。

    「会えてうれしいわ、ミユキちゃん。マモルとずっと仲良しでいてあげてね」
     ミユキちゃんを連れてきたくれたおかげで、「最後の対面」が湿っぽくならずにすんだ。マモルに感謝しなければ。

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    (火星授業記録その6)

     それではこれから、「国家」について考えていくことにします。なぜここで国家について考えるのか、お話を進めていくうちにわかると思います。
     みなさんのタブレットに「国家」の定義が表示されています。

     ~ディスプレイ表示内容~
      国家とは:一定の境界で区画された土地に定住する人々からなる団体で、
    他から邪魔をされずに領土・人民を支配する権利を もつもの
      国家の三要素:領土・人民・主権(統治権)
             
     国家が支配する「一定の境界で区画された土地」が領土です。海のうち海岸線から一定の範囲や、土地の上空の一定の部分も領土に含まれます。それぞれ「領海」「領空」とよばれます。
    その領土に「定住する人々」で国家に支配される人々が人民です。国家が存在することを前提として、これからは「国民」ということにします。
     国家が、他の国などから口出しされることなく、自国の領土と国民を支配する力が主権、または統治権ということになります。
     いま、この教室が国家になったら、どうなるでしょう。

     領土は? Dさん。

    ――ええと、この教室の部屋が領土です。

     そうですね。では国民は?

    ――先生と25人の生徒とあわせて26人が国民です。

     そうです。そうなると、この教室で行われることはだれが決めることになりますか?

    ――国民である先生と生徒の26人ということでしょうか?

     その通りです。
     この教室が国家になると、国民である26人以外の人は、この教室で行われることに口出しできないどころか、許可がなければ中に入ることもできない、ということになります。
     地球上には最も多いときで約200の国家が存在しました。21世紀末から22世紀はじめにかけて国の統合が進んだ結果、第四次世界大戦前の一番少ないときで、地球上の国家の数は約80にまで減少しました。

     次に、私たちにとって現時点で「国家」にあたる国際連邦暫定統治機構についてお話ししましょう。国際連邦暫定統治機構が、厳密な意味で「国家」といえるかどうかについては、あとでもう一度考えてみることにします。
     ネオ・トウキョウやネオ・ティエンジンというのは通称で、正式にはそれぞれトウキョウ・レフュージ、ティエンジン・レフュージといいます。そのほかも同じです。これらを含む世界30のレフュージは、国際連邦暫定統治機構が統治しています。

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     レフュージの通称については、最初、都市名のあたまに「ニュー」をつけることになっていたらしい。ところが、ニューヨークのあたまにさらに「ニュー」をつけるのはどうか、という意見が出て、結局「ネオ」をあたまにつける、ということで落ち着いたのだという。

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    4) 市民投票

    (火星授業記録その7)

     民主主義国家は、権力分立、多くの場合三権分立の形で国家の仕組みができています。三権についてみなさんのタブレットに表示されています。

     ~ディスプレイ表示内容~
      立法権:国家の仕組みや国家がやるべきこと、国民が従わなければならないルールを
          定める法律を制定する権限。
    立法府がもつ。
      行政権:立法府・司法府の行う以外の国家のやるべきことを、立法府の制定した
          法律に基づき実行する権限。
    行政府がもつ。
      司法権:立法府の制定した法律に基づき独立して公平な裁判を行う権限。
          司法府がもつ。

     「権限」ということばは、正確に説明しようとすると長くなりますが、ここでは「行うことができるものとして与えられている能力やその範囲」ということで理解してください。

     民主主義国家では「国家の主権は国民にある」とされています。
     国の規模が極端に小さくて人口がわずかであれば、三権ともにすべての国民が直接に参加して行うことができます。このような形の民主主義を「直接民主主義」と呼びます。
     しかし実際に直接民主主義で国を統治するには、人口が多すぎたり領土が大きすぎたりします。
    したがって通常は「間接民主主義」のやり方で国家を統治することになります。国民が定期的に選挙で立法府のメンバーや行政府の最高責任者を選び、それらの人たちに国家による統治をまかせる、という形です。

     国際連邦暫定統治機構の本部は月にあり、立法府にあたる連邦評議会、行政府にあたる連邦統治委員会、司法府にあたる連邦裁判所から構成されています。

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     わたしが勤めるトウキョウ・レフュージ統治府は連邦統治委員会直下の機関として位置づけられる。レフュージ統治府の各部署は、実際には担当業務の内容によって委員会直下の各局の関係各部の指揮を受けて業務にあたる。連邦統治委員会情報通信局情報支援部の指揮下にあるわたしの所属部署名は、トウキョウ・レフュージ統治府情報支援「支部」という。
     かつての直属のボスだったキリヤマ支部長がケアを施されて支部長が不在となって以降、副支部長であるわたしの直属のボスは、月にいる連邦統治委員会情報通信局のアーウィン情報支援部長となった。
     月の標準時はUTCなので、もう部長は眠っているだろう。

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    (火星授業記録その8)

     地球上のレフュージ、月、火星の住民には「連邦市民」の地位が与えられ、16歳以上になると選挙権が与えられます。立法府である連邦評議会のすべての評議員と、行政府の最高責任者である統治委員会の委員長は、連邦市民が直接、選挙によって選びます。そういう意味では国際連邦暫定統治機構は、原則として「間接民主主義」の形をとっていることになります。
     法律にあたるものは、国際連邦暫定統治機構では「規則」と呼ばれています。みなさんのタブレットに規則の種類が表示されています。

     ~ディスプレイ表示内容~
      連邦C級規則:統治委員会が独自で決める。
      連邦B級規則:統治委員会が立案し評議会で決める。評議会が独自で決めることも
    できる。
      連邦A級規則:統治委員会が立案し評議会が賛成したものを市民投票にかけて決める。

     この3段階の規則のうち、連邦C級規則は厳密には法律にはあたりません。法律にあたる連邦A級規則や連邦B級規則を実行するときに必要となる細かい進め方や決め事について、そのA級規則やB級規則に反しない範囲で、統治委員会がC級規則を独自に決めることができるようになっています。

     それでは、連邦A級規則についてくわしく見てみましょう。
     Eさん、どう思いますか。

    ――質問ですが、「市民投票」はすべての市民が参加するんですか?

     はい。その規則が決まったときに影響を受ける市民のうち、選挙権のある16歳以上のすべての市民に投票の権利があります。

    ――それって「間接民主主義」じゃないですよね。

     その通りです。この部分は「直接民主主義」の形をとっていることになります。規則として決めなければならないもののうち、個々の市民にとって大きな影響がある重大事項については、連邦A級規則として、影響がある市民の投票により意向を問う形で決められることになっています。
     みなさんのうち地球出身の24人の人たちが火星に来たのも、レフュージの市民による市民投票によって決まった連邦A級規則に基づくものです。
     この点についても、あとで詳しくお話しします。

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     わたしの、カゲヒコの、マモルの、そして家族みんなの運命がこの「市民投票」で決まった。

     父方の祖父、ミヤマ・マサルと最後に会ったのは3年前の1月のこと。西15区の公立第4ホスピタルのターミナルケアセンターに、両親とわたし、そして夫のカゲヒコと息子のマモルも連れて訪ねた。
    面会室でしばらく待つと、しっかりした足取りのおじいちゃんが現れた。
     優秀なコンピューター・エンジニアとして活躍したおじいちゃんは、そのとき75歳。
    「老いぼれのカテゴリAだから、もっと早くにくるかと思ったが、意外と待たされてしまったな」とおじいちゃん。
     ひとしきり世間話や亡くなった祖母の思い出話などが終わると、おじいちゃんが言った。
    「ちょっとヒカリと二人だけにしてくれんか」
     両親はマモルを促すようにしてカゲヒコとともに面会室から外に出た。

    5) おじいちゃん

    「これから話すことは、お前の両親は知っていることだが、お前にはいままで話せずにいた」
     おじいちゃんは一呼吸おいて言った。
    「お前の実の祖父は、私ではない」
    「...それって、どういうこと?」
     おじいちゃんは、一枚の写真を取り出した。わたしの手のひらの中におさまってしまうくらい小さな写真だった。その古びた写真に写っているのはおじいちゃんのように思えた。
    「これは、おじいちゃんの若い頃...?」
    「ちがう。これは私ではない。私の双子の兄、ミヤマ・マモルの写真だ。大陸で撮ったんだろう。国際連邦の調査隊でいっしょだった人が、帰還後にこの写真を持ってきて渡してくれたんだ」
     しばらくわたしは写真に見入った。
    「たしか50年くらい前に、調査隊の隊員として中国大陸に渡って行方不明になったんだったっけ。おじいちゃんにほんとそっくりね」
    「お前の本当の祖父は、ここに写っているミヤマ・マモルだ」
    「えっ...」
     しばらく言葉が出なかった。

    「...どうして今まで教えてくれなかったの?」
    「悪気はない。ずっと機会を逃していただけだ。こんなことにならなければ、ずっと黙っていたかもしれない」
    「......」
    「申し訳ない」
    「...それで、マモルおじいちゃんは、どうして行方不明になったの?」
    「写真を持ってきた人に聞いてみた。しかし上海、ネオ・シャンハイの上海だが、そこから長江という大河に沿って内陸へ向かった、ということ以外は何も教えてもらえなかった」
    「なぜ?」
    「調査に関わる事項はすべて極秘で、『一切口外禁止』とされていたそうだ」

     写真をおじいちゃんに返そうとして、手元がすべって床に落ちた。
     写真の裏側が見えた。なにか数字が書いてある。
    「あれ、『30115』って書いてある。これなんの数字だろう」
    「この数字か。私も気になってたんだが、心当たりがない」
     おじいちゃんは写真を拾うとわたしに手渡して言った。
    「お前にこの写真を託そうと思う」
    「わたしでいいの?」
    「お前でなければならないと思うんだ」
    「わかった」

     わたしは「おじいちゃんっ子」だった。両親には話せなかったことも、「おじいちゃん」にはなんでも話せた。そしてわたしのコンピューターの師匠でもあった。
    「おじいちゃん、大丈夫?」とわたし。
    「うん。まあ、もうこの年だからな。じたばたしてもしょうがない。それよりマサヒロやカヨコさん、カゲヒコくん、そしてヒカリ、おまえたちのほうが大丈夫か、私は心配だ。私よりまだまだ若いからな」
    「わたしはたぶん大丈夫。でも...」
    「でも、なんだ?」
    「お、おじいちゃんと...会えなくなっちゃうのは...ぜ、ぜったいにいやだよお...」
     わたしの目から大粒の涙がこぼれだした。
    「よしよし、ヒカリ。そうやって私のために泣いてくれてうれしいよ。でもなあ、遅かれ早かれいずれくることなんだ」
    「...うん」と鼻をすすりながら、わたし。
    「こんなご時世だから、ちょっと変わった形でやってきたというだけのことだ」
    「うん」
    「こんな言い方すると酷かもしれんが...ヒカリ、残された人生を精一杯生きなさい」
    「わかった。そうします」
     涙をぬぐってぎこちない笑顔を作るわたし。

     両親とカゲヒコ、息子のマモルが面会室に戻って、ふたたび四世代で迎えるお別れのとき。

     この面会の1週間後、「義理の祖父」であるミヤマ・マサルに「ケアが施された」という通知が家族のもとに届いた。

    ---------------------------------------------

    (火星授業記録その9)

     ところでみなさん、国の名前といったらどんな名前が浮かびますか?

    ――ニッポン。

     そうですね。ネオ・トウキョウはニッポン国の首都だった場所にあります。

    ――統一コリア。

     ニッポンのとなり、北東アジアの半島の国ですね。

    ――中国。

     東アジアの大きな領域を占める大国です。ネオ・ティエンジンやネオ・シャンハイがあるところです。

    ――バンコク。

     バンコクは国の名前ではありませんね。タイという国の首都の名前です。

    ――アメリカ。

     そうですね。北アメリカ大陸の大国です。正式にはアメリカ合衆国といいます。

    ――ロシア。

     そう、ユーラシア大陸の東西にわたる大国です。正式にはロシア連邦といいます。

    ――フランス。

     フランスは昔は独立した国でしたが、ヨーロッパ連邦に加わりましたので、さきほどお話しした国家の定義からいうと、ヨーロッパ連邦が国であって、フランスは幅広い自治権を認められたその一地域ということになります。

    ――ギニア...連邦、でしたっけ。

     正確には、ギニア湾岸共和国連邦ですね。ナイジェリアを中心とするアフリカ中部の大きな国です。

     これぐらいにして、それではここで、いったん休憩をとりましょう。

    (休憩)

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     わたしもちょっと休憩。ほとんど人気のないオフィスを抜けてパントリーへ行き、コーヒーメーカーであたたかいコーヒーをいれる。
     席へ戻りコーヒーを飲みながら、MATESをチェックする。テキスト、ボイス、ビデオ。
     テレワークのスタッフからの勤務報告を除けば、わずかに残った仕事仲間や旧友からの別れのメッセージばかり。ひとつひとつ目を通し、聴いて、見て返信する。
     どうぞよい残りの一日を...

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    6) 国家? 信教の自由?

    (火星授業記録その10)

     よろしいですか。それでは再開します。

     さきほど「国際連邦暫定統治機構が、実際に『国家』といえるかどうか」ということをお話ししました。みなさんはどのように思いますか?

    ――さっき説明していただいたように、三権分立の仕組みで連邦市民を統治しているから、「国家」といえるんじゃないでしょうか?

     Fさん、よい意見です。たしかに国家が持っている機能、つまり仕組みやはたらきや権限といったものをすべて備えています。
     それでは、なぜ「暫定」統治機構と呼ばれるのでしょうか?

    ――「暫定」って、どういう意味ですか?

     「暫定」ということばの意味について確認してみましょう。タブレットを見てください。

     ~ディスプレイ表示内容~
      暫定:正式に決めるまでの間、仮に決めておくこと。一時的な措置。

     つまり、国際連邦が行っている統治は、一時的な措置であるということです。本来正式に統治をおこなうのは、さきほどみなさんがあげてくれたような、主権を持つ「国家」でなければならないのです。

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     このへん、完全にプライマリースクールのレベル超えてると思う。アドバンスド・クラスなればこそ、ってことかしら

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    (火星授業記録その11)

     そもそも国際連邦は、それ自体は主権を持った国家ではありません。「連邦」という名前がついているので国家のように思ってしまうかもしれませんが、主権国家であるロシア連邦やギニア湾岸共和国連邦とはちがって、主権をもつ国家が等しい立場で加盟している集まり、国家連合でしかないのです。
     第四次世界大戦が終結するまでは、国際連邦にはいまのような統治のしくみはありませんでした。あくまで主権国家が集まって、紛争を話し合いで解決したり、国家間で協力して行う事業のとりまとめを行ったりするための組織でした。
     たしかに国際連邦が発足した当初は、あとでお話ししますように、加盟国の主権の重要な部分を段階的に連邦に移していく、という目標はありました。しかしそれは実現しないままとなってしまいました。
     例外的に月や火星を含む宇宙空間については、国際連邦が主権を持って管理を行っていました。しかしそこに住んで活動するひとたちは、すべて出身国の国民としての地位を持っていました。現在のような「連邦市民」という地位もありませんでした。

     状況が変わったのは第四次世界大戦の結果によるものです。
     最初のほうでお話しした通り、地球上のほとんどの地域が生活できない状態になってしまい、いくつもあった国家がすべて機能を果たすことができなくなってしまったのです。地球上に生き残った人たち、そして月や火星などに住む人たちに対して、国家としての役割を果たすものが必要になったのです。
     そこで、正式な国家が再び機能するようになるまでの「一時的な措置」ということで、月に本部を移していた国際連邦が、それらの人々に「連邦市民」という地位を与えて統治する仕組みを作ったのです。
     だから国際連邦「暫定」統治機構と呼ばれるのです。
     したがって「国際連邦暫定統治機構が、実際に『国家』といえるかどうか」という問いに対する答えとしては、

     ~ディスプレイ表示内容~
      国際連邦暫定統治機構自体は「国家」ではない。
      正式な国家が再び機能するようになるまで、国家の役割を一時的に行っているもの。

    ということになります。

    ---------------------------------------------

    「信教の自由」という言葉が突然思い浮かんだ。
     カゲヒコのご両親のことを思い出したからだろうか。

     国際連邦暫定統治機構のもとでは、もちろん「信教の自由」が保障されている。
     ただし、数ある宗教のうちの10については「公認宗教」という形で一定の便宜が図られている。内訳は、キリスト教系が3つ、イスラム教系が2つ、仏教系が3つ、あとヒンズー教とユダヤ教。
     カゲヒコのご両親は、仏教系の3つの公認宗教のうち「大乗連合」に属する一宗派の熱心な信者だった。
     二人ともカテゴリAが決まってから一層熱心となったようで、カゲヒコやわたしに、会うたびに帰依を勧めるようになった。
    「あなた方もいずれその日を迎えるのですから、インディペンデントのままではつらいでしょう」
     特定の宗教を信仰しない立場をインディペンデントという。

     5年前、ターミナルケアセンターの面会室での最後の面会のときにも、熱心に帰依を勧めた。
    「気持ちはありがたいけれど、僕もヒカリも宗教は必要とはしないのであって、帰依するもなにも、つまるところ支給の安定剤と睡眠剤で十分なわけなんだ」とカゲヒコが言った。
     どちらかというとお母さんのほうがより熱心だ。
    「そうそう、マモルちゃん、はるばる火星までひとりで行かなきゃならないあの子にこそ...」
    「いいかげんにしてくれ。子供とはいえ、彼にも信教の自由はある!」と、めずらしく断定口調で語気を荒げるカゲヒコ。
    「まあ個人の自由なんでしょうから...無理にとは言いませんけれど...」

     いよいよ面会時間が終わりとなった。
     涙ぐみながらカゲヒコのお母さんが言った。
    「私たちの最後の願いは、あなた方が心安らかにその時をむかえることです。どうか仏様のご慈悲のありますよう」
    「ありがとう。母さんたちもどうか心安らかに」とうっすら涙を浮かべたカゲヒコ。

     実の親子の間で、最後のときまで入信を勧められ断っての繰り返しに終始してしまった、カゲヒコの心境はどんなだっただろう。
     いくつもの戦争の火種にすらなってきた「宗教」って、いったいなんなんだろう。
     そして、信仰はいざその瞬間、カゲヒコのご両親に味方してくれたのだろうか。
     1週間後に、「ケアが施された」という通知を涙ながらに受け取ったカゲヒコの姿を見ながら、わたしは思った。

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    ===

    7) 戦争について

    (火星授業記録その12)

     それでは次に、国際連邦に大きく関係する「戦争」について考えてみましょう。
     Gさん、戦争ってどんなことでしょうか?

    ――えーと...その、国と国が戦うことですか?

     そうですね。基本的にはそういうことですね。
     みなさんのタブレットに「戦争」の定義が表示されています。

     ~ディスプレイ表示内容~
      戦争の定義
       狭義:国家同士が紛争解決の手段として武力を使って戦うこと
       広義:紛争状態にある民族、国家、政治的団体などの間で、主に武力を行使して
    行われる闘争

    「紛争」というのは争いごとのことです。「闘争」とは戦いのことです。

     狭義と広義で戦争の定義のどこがちがっていますか? Hさん。

    ――そうですね。狭義では戦争を行うのは国家だけですが、広義では国家だけではないように書かれています。

     その通りです。典型的な戦争は国家と国家の間で行われますが、必ずしも国家間で行われるものではない戦争も存在します。
     たとえば、国を持たない民族が、自分たちの国を立ち上げ、それを認めさせるために行われる戦争があります。そのような戦争を「独立戦争」といいます。
     ひとつの国の中で宗教や民族が異なる人たちが、お互いに争う形で行われる戦争もあります。そのようなものはしばしば「内戦」や「内乱」という呼び方をされます。

     他に狭義と広義でちがいはありませんか? Iさん。

    ――...あの、広義のほうでは、武力ということばの前に「主に」と書かれているのが気になるのですけれど。

     いいところに気がつきました。「主に」と書かれている意味は、戦争は武力のみでもって戦われるものではない、つまり武器をもって戦うのだけが戦争ではない、ということです。経済の力、技術の力、情報の力、思想や宗教の力、など、その国と国民が持つありとあらゆる力が、戦争を行うために必要とされるのです。
    「総力戦」とよばれる戦争の、そのような側面が如実になったのは20世紀になってからです。人類が二度の世界大戦を経験した世紀です。

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    「ずいぶん熱心ですね、ヒカリ」とアカネが声をかける。
    「そう。息子が受けた授業の記録なの。たぶん」
    「息子さん、マモルさんでしたっけ。火星ではお元気にされていますか?」
    「ありがとう、元気にやってるみたい」

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    (火星授業記録その13)

    ――質問です。

     はい、Jさん、どうぞ。

    ――テロリズムは戦争ですか?

     テロリズムについては、あとで戦争の歴史のところでふれるつもりでしたが...せっかくなのでここで説明しましょう。
    「テロリズムは戦争か」という質問は、とてもむつかしい質問です。
     そもそも「テロリズム」の定義がむつかしいのです。あえて簡潔に説明した定義を紹介しますと、

     ~ディスプレイ表示内容~
      何らかの政治的、宗教的または思想的な目的を達成するために、特に民間人に対して、
    暴力や脅迫を用いること

    ということになります。
     たとえば多くの人が集まる場所に爆弾をしかけて、爆破させるのが「爆弾テロ」といわれるものです。また、重要なコンピューターシステムにネット上で攻撃をしかけてシステムを動かなくさせてしまうのが「サイバーテロ」といわれています。
     テロリズム自体は通常、国家ではない組織や個人が行うもので、戦争とは区別して考えるべきだと思います。
     ただし、テロリズムが戦争のきっかけとなることもありますし、戦争を進める中でテロリズムが作戦の一環として行われることもあります。
     ですからテロリズムには戦争と深く関係している面がある、ということになるでしょう。
     こんな説明でよろしいでしょうか、Jさん。

    ――はい、よくわかりました。ありがとうございます。

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     ひょっとするといまの質問、マモルの質問だったんじゃないかしら。いや、なんとなくそう思っただけ。

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    (火星授業記録その14)

     戦争の原因は大きく分けて2つあると考えます。

     ひとつは経済的な利益の対立によるもの、です。
    「経済的な利益の対立」ってどういうことだと思いますか。Kさん。

    ――ええと...なにかお金に関することでしょうか?

     そうですね。本質的にはそういうことです。

     たとえば、多くの場合戦争は、領土をめぐって戦われます。領土を増やすことでどういう利益が得られるでしょうか?

    ――その土地に、金とかダイヤモンドとかが埋まっていたら、その土地を手に入れることでそれらも自分のものになります。

     そうですね。鉱物資源がその土地にあれば、それらを獲得することができます。
     みなさんが食べる物は、すべて居住区の工場で生産されますが、もともとは、地球の土地に植えて育った野菜や、その土地に放し飼いしたりその土地でとれた餌で育てた動物などが食べ物になっていました。領海やその周囲でとれた魚なども重要な食べ物でした。
     このように、領土が増えると食料も多く手に入れることができるようになります。
     そして、増えた領土のうえに住んでいる住民も、逃げ出さない限りは自分たちのものになります。その住民、国民ということになるのですが、彼らの様々な経済活動、例えば日用品や家具を作ったりすれば、そういったものも領土の獲得とともに手に入れたことになります。
     これらの手に入れることになるものすべてについて、お金を尺度にして測ったものが「経済的な利益」です。

     実際には自由主義の経済で財産の私有、つまり自分の力で手に入れた財産は自分のものであることが認められている体制の場合、国民の経済活動で得られる食料、日用品・家具といったものが必ずしもそのまま直接国家のものとなるわけではありません。
     しかしそういった経済活動の結果国民が手にいれたお金などの財産について、国家は一定のルールで税金という形でその一部を集めることができます。国民からの税金は国家にとって重要で直接的な「経済的利益」となります。
     また国民の財産も含めた財産の合計が、その国家の全体としての経済的な力をあらわすことになります。
     こうして、領土に関する全体としての「経済的な利益」をめぐって国家と国家の間に対立がおこったことが、歴史上多くの戦争の原因となってきました。

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     わたしも「食べ物はすべて工場で生産されるもの」と思っているひとり。
    「生命(いのち)の源(みなもと)たる大地」って言葉を聞いたことがあるけれど、まさにそういうことなのね。
     おっと脱線気味、ちゃんと授業についてかなくっちゃ。

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    8) お昼休みの来訪者

    (火星授業記録その15)

    「経済的な利益の対立」とならんでもうひとつ、戦争の原因として挙げておきたいのが「思想や信条の対立」です。
     古くから異なる宗教や宗派の間の対立が多くの戦争の原因となってきたことがありました。また、異なる民族の間の対立が原因となった戦争も多くありましたが、「民族としての意識」というとらえ方をすれば、この分類に含めてもいいと考えます。
     そして「思想や信条の対立」のひとつとして、イデオロギーの対立もあげることができます。イデオロギーという言葉も定義がとても難しいのですが、戦争との関係でみていますので、ここでは「国家や社会を運営する基本的な考え方」と説明しておくことにとどめておきます。
     20世紀の後半、「自由主義・資本主義」をかかげる国々と「社会主義・共産主義」をかかげる国々の間で、イデオロギーの対立による「冷戦」とよばれる対立する状態が続きました。世界規模の武力衝突にはならなかったために「冷たい」「戦争」という意味の「冷戦」と呼ばれましたが、地域が限られた戦争は、イデオロギー対立が関わる形で行われました。

     それでは、実際に行われた戦争の原因が、これらの2つにきれいに分類できるかというと、そういうわけではありません。
     宗教を名目、つまり表向きの理由として行われた戦争が、実際には経済的な利益の獲得の要素が含まれたケースもたくさんあります。
     また経済的利益の獲得が目的であるのを、その目的を覆い隠す意図で、民族としての自立や自尊心、国際的な正義などを名目として戦われたものもいくつもあります。
     このあと20世紀以降の戦争の歴史について、おおまかにですが見ていこうと思いますので、その中でもお話ししていければと思います。

     では、ここで休憩をいれることにしましょう。

    (休憩)

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    「ヒカリ、お昼ですよ」と、いつも通り12時を告げるアカネの声。

     自分専用のボイスインターフェースの声は自分で好きに選ぶことができる。
     わたしは、21世紀はじめに登場し一世を風靡したという女声ボーカロイドの声を使っている。昔、ネオ・アキバで見つけて買ったものだ。

     コーヒーメーカーからコーヒーをいれてきて、朝作って持ってきたサンドイッチの昼食。
     食べ終わって、一息ついた頃合に部屋のドアをノックする音。
    「どうぞ」
     ロックが解除されると、いささか不敵な笑みを浮かべた男性が入ってきた。
    「副支部長殿」ともったいぶって話すのは、第2セクションリーダーのトノオカ・ヤスシさん。
    「権利休暇が最後に5時間分残っておりますので、それを取得し本日はこれにて退勤とさせていただきたく、そのご了解をいただきに参上しました」
    「了解しましたよ。トノオカさん」
     わたしより10歳年上のトノオカさんは、当然、といった風に応接のソファーに腰掛け、足を組んだ。わたしもソファーに移って向かい合う。

    「ところで副支部長殿は、定時まで勤務なさるのですか?」
    「いつものお願い。『副支部長殿』はやめてください。ご質問の答えですが、定時まで勤務します」
    「二日酔いの遅刻で権利休暇使いまくってる私とちがって、ミヤマさん権利休暇はほとんど取ってないのだから、今日ぐらい早く帰られてはいかがですか?」
    「帰ったって、夕飯食べてシャワー浴びて歯みがいて寝るだけですから」
    「なんと健全な。私のような飲んだくれとはまったく違いますね」と口元にシニカルな笑みを浮かべる。
     わたしもシニカルに返す。
    「こんなご時世じゃなかったらトノオカさん、飲み屋の立派な『タイショー』になれたでしょうね」
    「私これでも軍籍をもっており、階級は大尉であります」
    「大将への道は遠い!」
    「ミヤマさんこそ、その年で副支部長ですから、世が世なら連邦統治府の局長にでもご出世されたのでは?」
    「あまり出世とか興味ありませんの。こんなご時世ですから『幸いなことに』とでもいうべきかしら」
     遠くに視線を向ける。人気のないオフィス。かつては部下にあたるたくさんのスタッフが行き交っていた。

    「飲み屋のタイショーはともかく、これでもね、夢はあったんですよ。世界中のありとあらゆる種類の酒を飲み尽くすって...たいした夢じゃないですね」
    「あら、すてきな夢じゃないですか」
    「まあ、こんなことにならなければ、『世界中の酒を制覇』にもっともっと近づけたんでしょうね。言っても仕方ないことですけれど」
    「私は大した夢はなかったですわ。家族が元気でいて、仕事がうまくいって、虫歯にならないで...なんかあまりに平凡ですね」
    「ミヤマさん、たしかお子さんが火星に行かれたとか」
    「はい、息子がひとり、2年前に行きました。いま10歳です」
    「ならば、ミヤマさんの夢は、お子さんにつながっていくのですね」
    「ありがとう。そう言っていただくと、気持ちが晴れたようです」

    「トノオカさんは、今夜はどうされるんですか?」
    「飲み仲間と集まって、ひとしきり飲んで騒いで、そのときを迎えます」
    「それはなにより。トノオカさんらしくていいわね」
    「ミヤマさんはおひとりで大丈夫ですか。よろしければ我々の会にご招待しますよ」
    「どうもありがとう。でも、ひとりで迎えることにしていますから」

     ソファーから彼が立ち上がる。スラックスの皺を手でさっと払い、その手を襟元にもっていくような仕草を見せる。
    「すみません。貴重な時間を、馬鹿話にお付き合いさせてしまった」
    「いえいえ、楽しいお話でしたわ。」
    「では、これにて退散します。どうかよい残りの一日を」
    「トノオカさんも、楽しんでくださいね」
     ドアのところで振り返るトノオカさん。
     笑みは消えて、真顔になっている。
    「貴女の部下でいれたこと、幸せでした。ヒカリさん」
     そう言うと彼はドアを開けて出て行った。
     あんな感じだけれど、トノオカさん、実力があってほんとに頼りになるスタッフだった。
     涙腺が刺激されるのを感じる。
    「ご一緒できて、本当によかったですわ」と心の中でつぶやく。

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    9) 二つの大戦

    (火星授業記録その16)

     それでは再開します。

     これから先、20世紀以降の戦争と、戦争をなくそうとした取り組みの歴史についてみていきます。
    具体的な国の名前はできる限りわからないような形でお話ししていきたいと思います。
     この授業の記録は、地球のいろいろな国にルーツをもつ人たちが見ることになります。それらの国の中には、かつて起こった戦争で中心的な役割を果たした結果、多くの命が失われる原因を作ってしまった国もあります。具体的な国の名前を挙げることによって、不必要な偏見を与えてしまうことが無いようにするためです。

     よろしいでしょうか。

     さて、いわゆる「世界大戦」の最初のものは20世紀のはじめ、1914年に起こりました。ヨーロッパの広い部分が戦場になり、アジアの西端に位置する中近東にも戦線は広がりました。アフリカ、アジアなどでも戦闘が行われました。
     戦争が始まる引き金となったのは、民族独立組織のメンバーが起こした暗殺事件でしたが、戦争の背景としては、ヨーロッパをはじめとする世界における経済的利益の対立がありました。
     これがのちに「第一次世界大戦」とよばれる戦争で1918年まで続きました。

     ~ディスプレイ表示内容~
      第一次世界大戦(1914~1918年)
      死者1600万人

     犠牲者の数は、世界中で死者が1600万人、負傷者が2000万人以上と考えられています。この中には民間人、つまり軍隊に属して戦っている人以外の一般人の犠牲者も何百万の単位で含まれています。人口の10%以上が亡くなった国もありました。それまでの戦争とは桁違いの犠牲者の数でした。

     科学技術の発展で武器が高度になり、殺傷能力、つまり人を殺し、傷つける能力が高くなったことにより、軍人・民間人問わず大量に犠牲者が出ることとなったこの大戦を省みて、二度と戦争の惨禍を起こさせないようにする国際的な話し合いが始まりました。
     そうして1920年に生まれたのが国際連盟です。
     国際連盟規約で参加国は、紛争の解決にあたって戦争に訴えない、という原則にしたがうことが定められ、国際連盟が国際平和機構として、国と国との間の紛争の平和的な手段による解決の場となることが期待されました。

     しかし、残念ながら平和は長く続きませんでした。国際連盟は、発足時点で当時の大国が加わらなかったばかりか、十分な機能、つまりはたらきをすることができないまま、重要な参加国が次々と脱けることとなりました。
     1930年代に入り、東アジアで、そしてヨーロッパで、民族意識などにあおられつつ、その内実は経済的利益の対立による紛争状態がおこり、それに続く形で1939年にヨーロッパで世界大戦が始まり、1941年には東南アジア・太平洋地域での戦闘がはじまった結果、東アジアでの戦いも世界大戦に含まれることになりました。
    「第二次世界大戦」と呼ばれる戦いで、南北アメリカ大陸を除くほぼ世界すべての大陸が、戦争の舞台となりました。

     ~ディスプレイ表示内容~
      第二次世界大戦(1939~1945年)
      死者6000万~8000万人

     1945年の終戦までの犠牲者は、民間人も含めて死者が6000万とも8000万とも言われています。「ホロコースト」と呼ばれる特定の民族に対する大虐殺による犠牲者もいました。
     そして、何よりもその後の世界に影響を与えたのは、1945年に核兵器が開発され、初めて使用されたことです。
     その破壊力もさることながら、爆発の際に発生する放射能の影響とそれによる健康被害が長く残ることも大きな問題でした。

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     ユダヤ人虐殺、といえば...

    「カテゴリA」は「アウシュビッツ」の「A」
    「カテゴリB」は「ビルケナウ」の「B」

    「市民投票」の前にこんなMATESが公開され、「炎上」した。

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    (火星授業記録その17)

     第一次世界大戦後に発足した国際連盟が、世界大戦がふたたび始まることを防げなかった反省から、のちに第二次世界大戦の戦勝国となる国が中心になって、より強力な国際平和機構を作るということで準備し、1945年に国際連合が発足しました。
     国際連合、略して「国連」における平和を維持するための重要な機関が、安全保障理事会です。紛争の解決のために、国連として軍隊を組織して派遣することも含めて、大きな権限を持っていました。これから先は略して「安保理」といいます。
     安保理は、戦争の発生を防ぎ、戦争の災禍から人々を守るという点では必ずしも十分な役割を果たしていたとはいえませんでした。
     その大きな要因として、安保理の構成と権限の問題がありました。
     安保理を構成する15ヶ国のうち第二次世界大戦で勝利した側の主要国5ヶ国には、「常任理事国」という地位と「拒否権」という権限が与えられ、他の14ヶ国が賛成した議案であっても、常任理事国のうち1国でも反対すれば、その議案は成立せず、実行することができないのです。
     先に20世紀の後半は「冷戦」の時代であったことをお話ししましたが、常任理事国の内部は、冷戦で対立する双方の側にわかれていました。冷戦が終わる1989年までの間は、冷戦の影響を受ける形で安保理は十分に機能しませんでした。それでは冷戦後はどうかというと、大国間が対立する形は残り、機能は不十分なままとなりました。

     この時代を通じて、核兵器の数がものすごい勢いで増加しました。最初は1ヶ国、しばらくして2ヶ国となった核保有国、つまり核兵器を持っている国の数は、冷戦の時代に6ヶ国に増え、その後さらに増えて9ヶ国となりました。
     核軍縮、つまり核兵器を減らしたり、最終的には地球上から核兵器を無くす核廃絶を目指そうという取り組みが、核兵器を保有する大国間の話し合いや、国際連合での決議などで行われました。そのような取り組みは、核兵器の削減や核実験の禁止などの成果につながったものもありましたが、全体としては核兵器を無くす方向へは向かいませんでした。
    「相手からの核兵器による攻撃を防ぐもっともよい方法が、自分たちが核兵器を持って、相手から攻撃されたらすかさずこちらからも核兵器による攻撃を行えるようにすることだ」という、「核抑止論」とよばれる考え方が、核兵器の削減、廃絶への動きの妨げとなったのです。

     第二次世界大戦の直後から各地で戦争や紛争が起こり、世界規模の大戦には至らず、また核兵器も実際の戦いで使用されることはなかったものの、世界から戦いの銃声が止むときはほぼありませんでした。

    10) 三度目の大戦とそれから

     そしてついに2060年、アジアの東端、中東の地で戦争が始まりました。第二次大戦後何度も戦争に発展した長く続く宗教・民族と領土にまつわる争いが原因でした。
     戦争は中近東・アフリカのほぼ全域に広がり、さらにヨーロッパへと拡大し、南アジアにも拡がりました。また、宗教的な理由や民族的な理由、または経済的利益を求めて、直接戦場にはならないものの、戦争を行っている国を援助する国が続々とあらわれました。

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     2060年にパレスチナとイスラエルの間に第六次となる中東戦争が勃発し、両陣営を支援する国々の間にも戦闘が始まった。
     基本的な構図はイスラム対反イスラムだったけれど、イスラムの中の宗派の争いや民族対立などの要素もからまり、支援する国の経済的な思惑も加わって、戦争は複雑な構図となり、長期間にわたる戦乱の時代を迎えることになったという。

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    (火星授業記録その18)

     2年後の2062年には国連が「世界大戦状態に入った」ことを宣言しました。
    「第三次世界大戦」です。
     戦争に加わらなかったのは東アジアと東南アジアとオセアニアの全域、南アメリカの一部、そしてヨーロッパとアフリカのごく一部で、その他すべての国が実際の戦闘国か、援助国という形で戦争に参加することとなったのです。
     第三次世界大戦では、核兵器が使用されることはありませんでした。しかし、最新技術による武器をもって行われた戦闘は、凄惨な、つまり目をそむけたくなるようなむごたらしいものとなりました。また、戦闘国のみならず援助国に対しても、武器によるテロやサイバーテロが行われました。
     戦争は勝敗が明らかでない状態で、厭戦、つまり「もう戦争はこりごり」という気分の広がる中、2074年に終わりました。
     犠牲者の数は過去2回の世界大戦とはさらに桁違いのものとなりました。
     直接に戦闘に加わった軍人の犠牲者、戦闘に巻き込まれた民間人の犠牲者はいうまでもありません。食料の供給が滞って膨大な数の人々が餓死しました。武器によるテロの犠牲者、サイバー攻撃の影響で命を落とした犠牲者もいました。
     最初の戦闘がはじまった2060年時点で約100億人いた地球の人口は、終戦時点で約60億人にまで減ってしまったのです。

     ~ディスプレイ表示内容~
     第三次世界大戦(2060~2074年)
     戦争期間中の人口減少・・・約40億人

     私の一方的な話が長くなってしまいました。ここまでのところで、なにか質問はありませんか?
     はい、Lさん。どうぞ。

    ――第三次世界大戦で、核兵器が使われなかったのはなぜでしょうか?

     むつかしい質問ですね。いろいろな要因があったと思います。
     先にお話しした「核抑止力」が働いたという面があったことは否定できません。また、核保有国が比較的少なかったということも考えに入れなければなりません。
     ただ、結局のところは「戦況、つまり戦争の状況が、核兵器を使用するような状況にたまたまならなかった」ということになるのではないかと思います。
     どうも上手く説明できてなくてもどかしいですが、このような答えでよろしいでしょうか。

    ――ありがとうございます。

     他に質問のある人? はい、Mさん。

    ――国際連合の安全保障理事会ですが、変えようという話はでなかったのですか?

    「安保理改革」ということで議論になったことはありました。常任理事国や常任ではない理事国の数を増やすという形での議論はかなり頻繁に行われました。
     しかし当初の常任理事国5ヶ国に与えられた拒否権をなくす、というところまでは議論が行かなかったようです。拒否権をもつ5ヶ国による、あとで説明しますが「批准」という形での同意がないと安保理の改革はできないのです。結局、安保理はそのままの形で第三次世界大戦を迎えることとなったのです。

    ――わかりました。

     ほか、ありませんか。質問や意見があれば、私が話している最中でもかまいませんので発言してくださいね。

     それでは続けます。

     第三次世界大戦の中立国、つまり戦闘国としても援助国としても戦争に参加しなかった国々が準備し2076年に成立した国際平和機構が、国際連邦です。骨格の部分は国際連合のものを引き継ぎつつ、安保理の常任理事国の制度をなくすとともに、総会、つまり加盟国全部が参加する会議の権限を強くしました。また、戦争を始めた国や原因を作った国に対する制裁をより強化しました。
     そして、国家の主権のうち、軍事に関する権限と、外交、つまり他国と交流したり交渉したりする権限について、個々の国家から国際連邦に移すということが目標として定められました。
     国際「連邦」という名前がつけられたのは、このことによるものです。世界をより「一体化」することで戦争をなくそう、という歴史の流れをさらに強化しようという目的でした。

     この国際連邦の理念、つまり理想が具体的な形になったのは、2085年に発効、つまり効力が発生した「宇宙空間の主権を国際連邦に付与する条約」です。
     条約は国と国の間で結ぶ約束で、一定の手続きをとることで法律と同等の効力を持つものです。
     範囲を「地球の表面上から100Kmより上」と明確に定めた宇宙空間について、国際連邦が主権をもち、そこに存在するすべてのものは、自然に存在する星や星に含まれる鉱物資源なども人間が作った衛星や基地などもすべて含めて、国際連邦のものとすることが明確に定められました。
     宇宙空間を争いの場にしないため、また宇宙空間から地球上への攻撃ができないようにするため、それまでもいろいろな条約はありましたが、それを確実な形にしようとしたのです。
     また、宇宙の資源を人類共有の財産として活用しようというねらいもありました。そして2年後までに、各国や国以外の民間会社などが設置していた人口衛星、ステーション、基地がすべて連邦に引き渡されました。

     ~ディスプレイ表示内容~
     宇宙空間の範囲・・・地球の表面上から100Kmより上
     宇宙空間の主権・・・国際連邦のものとする

     これ以降、宇宙におけるすべての活動は、国際連邦が主体となって、加盟国や民間会社などが参加する形で行われるようになりました。

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    11) 生真面目な来訪者

     ドアをノックする音と同時に「失礼します」の声。
    「どうぞ」
     細身で背筋をピンと伸ばした男性が入ってきた。
     第3セクション副リーダーのイ・ミンジュンさん。わたしより3歳年下の、とびきり優秀なスタッフ。
    「ミンジュンさんも早退の許可願い?」
    「そうです」
    「別にMATESでもいいのに」
    「いえ、ちゃんとごあいさつしたかったもので」
    「それはどうもありがとう。よかったらソファーにどうぞ」
     ミンジュンさんはソファーに腰掛ける。背筋はピンと伸びたままだ。
     わたしもソファーに移って向かい合う。
    「長いような短いような間でしたが、いろいろとお世話になりました」とミンジュンさん。
    「こちらこそ。お世話になりました」

    「そうね、ネオ・ティエンジンがダウンしかけたときのことを思い出すわ」とわたし。
    「あのときはどうなることかと思いました」
    「あなたが現地に飛んでくれて、ほんとに助かりました」
    「いえ、副支部長のバックアップがなければ、本当にどうなっていたかわかりません」
     1年ほど前、ティエンジン・レフュージのシスターAIに重大な問題が発生し、レフュージの主要な機能がストップする危機に瀕したとき、ミンジュンさんに急遽現地入りして対応してもらったことがあった。彼がエンジニアとして優秀なだけでなく、現地のキーマンがコリアンで、彼らが母語でコミュニケートできたことも危機の回避に役に立った。
    「今にして思えば、なつかしいわね」
    「ええ、なつかしいです。私にとっては楽しかった、と言ってもいいかもしれません」
     二人とも遠くを見つめるような視線になる。

     再び視線を合わせる。
    「ミンジョンさんは、今夜はどうされるの?」
    「仲間と焼肉パーティーです。『いかにも』って感じで恐縮です」
    「それはそれは、楽しんでくださいね」
    「副支部長はどうされるのですか?」
    「わたしはひとりで過ごします」
    「よかったらうちのパーティーに来ませんか?」
    「お誘いありがとう。こんなときでなければ喜んで参加するけれど、今日はひとりで過ごしたいの」
    「そうですか。わかりました」
     参加する機会は、もう永遠にこないけれど。

    「約束の時間があるので行きます」
     そう言ってミンジュンさんが立ち上がる。
    「本当にありがとう。最後にお顔を拝見できてうれしかったわ」
     わたしも立ち上がる。
    「それでは」
    「それじゃあ」
     ソファーテーブル越しに握手を交わす。

     歩き出すミンジュンさん。ソファーのところで見送るわたし。
     ドアの手前でこちらを向いて、ミンジュンさんがていねいにお辞儀をする。わたしもていねいにお辞儀を返す。
     涙腺がまたちょっと、刺激された。
     ドアを開けてミンジュンさんは出て行った。

     デスクに戻ってわたしは授業記録の続き。

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    (火星授業記録その19)

     一方、国家主権のうち軍事と外交を国際連盟に移すことについては、なかなか進みませんでした。
     かわって登場したのが「国際連邦における意思決定の民主化の推進」という議論でした。
     それまで、総会でも各理事会でも、参加する国ごとに一票の議決権、つまり投票する権利を持っていました。国ごとの人口の多少にかかわらず、です。
     世界の「一体化」を理念として掲げるのであれば、手続きの「民主化」を徹底するために、各国の人口に比例した議決権を与えるべきではないか、という議論がおこったのです。
     その結果、2093年に「総会の議決権を加盟国の人口に比例して付与する総会決議」が発効しました。つまり、Aという国がBという国の10倍の人口がで、B国が1票の議決権をもつならばA国には10票の議決権を与えようという内容です。
    くわしくはタブレットを見てください。
     一方で、安保理を含む理事会の決議、また理事国を選ぶ選挙については、引き続き1国1票の議決権・投票権とされました。総会決議とのバランスをとった形としたのです。

     ~ディスプレイ表示内容~
      国際連邦総会決議:
       加盟国の人口に比例した議決権
    原則として人口50万人に対して1票とし、人口が「その何倍か」で票数(整数)
    を決める。人口50万に満たない国についてはすべて1票とする。

      国際連邦の各理事会の決議:
       理事国それぞれに1票の議決権

      国際連邦の各理事会の理事国の選挙:
       加盟国それぞれに1票の投票権

     その結果として、世界中で国家の統合や連邦化の大きな流れが起こりました。
     国家の統合とは、2つ以上の国が完全にひとつの国になることです。
     連邦化とは、2つ以上の国がそれぞれある程度独立した状態を保ちながら、国家の外交や軍事を中心とする主権の重要な部分については一つにすることですね。連邦化すると、他国との関係では連邦がひとつの国家として扱われるようになるのは先にお話しした通りです。
     これらの国家の統合や連邦化の流れは、議決権のもととなる人口を増やし、国際連邦総会で少しでも自分たちに有利な決議ができるようにという思惑からです。最初のほうでお話ししましたが、世界中の国家の数は最大で200ほどあったのが、約80にまで減少したのです。

     ここでいったん、休憩をいれることにしましょう。

    (休憩)

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     国際連邦では、発足から第四次大戦勃発までの間、第三次世界大戦における「最大の」中立国であった中国の影響力が大きかった。
     そのことを決定づけたのが2093年の総会決議と、その翌年の、中国を中心とする連邦国家の樹立。「東・中央アジアおよび中華連邦」という国名で、人口は当時の全世界のほぼ3分の1に達した。国際連邦総会での地位も抜きん出たものとなった。
     わたしの「祖国」ニッポンも、中国が主導するこの連邦に加入せざるをえなくなった。第四次大戦勃発の直前、2223年に離脱するまでの約130年の間、ニッポンは、広範な自治権を与えられたとはいえ国家としての独立を失うこととなった。

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    12) 小惑星による平和?

    (火星授業記録その20)

     それでは再開します。

     国家の統合と連邦化の動きは2110年まで続いて、一段落しました。それらの動きに伴って、一部の地域では統合を巡る国家間や民族間の小競り合い、つまり小規模の戦闘がおこりました。しかし、いずれも大規模な戦争につながることはありませんでした。
     国際連邦の紛争を解決するための機能も、各地で起こった小競り合いを大きな戦闘に発展させないために、ある程度の役割を果たしました。
     そしてその後も、相変わらず限られた地域での小競り合いは繰り返されるものの、全体としては平和な時代が続きました。

     そのような中、ひとつの転機が訪れました。
     すでに21世紀から予想されていた、ひとつの小惑星の地球へのインパクト、つまり星が地球に衝突する危機が高まったということが発表されたのです。
     20世紀末に発見されたその小惑星は、平均で直径が560mほどの小惑星としては大きな部類に入る星で、地球に衝突した場合は、衝突地点とその周辺に大きな損害を与えるのみならず、気候の変動など地球全体に悪影響を与えることが予想されました。国際連合の時代から探査・研究が続けられ、国際連邦に引き継がれていたのです。

     2134年、観測の結果による小惑星が地球に衝突する可能性が95%と発表されました。
     2135年に月に最も接近した小惑星は、その後地球に最接近し、そのままの軌道をたどると地球に衝突する時期が「2190年前後」というところまで特定されました。

     ~ディスプレイ表示内容~
      小惑星
       直径(平均):560m
       2135年 :月に最接近
       2190年頃:地球に衝突の可能性95%(予想)

     国際連邦に、インパクトを回避する対策を検討し実施することを専門とする委員会が作られました。観測結果に基づく衝突時期や場所についての予想を続けるともに、国際連合時代から検討し試みられてきた衝突回避のための対策について、さらに具体的に検討されました。
     国際連邦発足時に定められた「軍事と外交に関する権限の国際連邦への移譲」という目標の達成へ向けての動きも、インパクトへの対策と並行して進みました。
     そしてついに2185年、国際連邦総会で「加盟国の軍事と外交に関する権限の国際連邦への移譲に関する条約」が決議、採択されました。あとは加盟各国が「批准」という、それぞれの国の議会等での承認をする手続きが完了して、加盟国の4分の3以上が批准手続きを終えたときに条約が発効するところまできました。
    「宇宙から人類のもとに訪れた危機」に直面して、世界は団結したかのようにみえました。「争いをなくしてひとつになる」という人類の理想に向かって、世界が一体化して協力していくという機運が生まれたように思われました。

    ---------------------------------------------

    「小惑星による平和の時代」と呼ばれることになった時代ね。
     今だから言えるんだけれど、皮肉な話と思える。

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    (火星授業記録その21)

    「一体となって危機に対処するのだ」という高揚感が広がるとともに、国際連邦の「完成」が見えてきた中で、人類は、あとから考えれば致命的といえる過ちをおかしてしまったのです。
     核兵器を2135年時点で保有している国は5ヶ国でした。
     小惑星の地球衝突を回避するためのいくつかの対策のひとつに、「核兵器を小惑星に向かって打ち込むことで、軌道、つまり小惑星の動き方を変えたり、場合によっては小惑星そのものを破壊してしまう」というものがありました。その対策を実行することとなった場合、最も効果的に行うためには、核兵器を世界のいろいろな場所から打ち上げたロケットに搭載して打ち込めるように配備、つまり移動して設置することがよい、という提案がなされたのです。
     それに対して5ヶ国も同意し、保有する核兵器の一部を、国際連邦に「貸し出す」形をとって、世界の中でロケット打ち上げの技術的な能力があると認められた国に配備したのです。その結果、もとから核兵器を保有していた5ヶ国を含めて、世界の21ヶ国に核兵器が存在することとなってしまったのです。

     小惑星は、地球へのインパクトを起こすことなく地球から離れていき、危機は回避されました。かねてから検討されていた、宇宙船を天体に衝突させて軌道、つまり天体の動く道筋を変える方法が実行されて成功したのです。核兵器も使用されませんでした。
     問題はそのあと、でした。
     もとから保有していた5ヶ国以外の16ヶ国に配備していた核兵器は、国際連邦を通じて「貸し出す」形だったので、小惑星の危機が去ったことから、5ヶ国に対して「返却」されなければならないはずです。
     実際に国際連邦は、16ヶ国に対して何度も返却を求めました。
     しかしどの国も返そうとはしませんでした。「ころがりこんだ」核兵器と核抑止力を手放したくなかったのです。

     それでも「加盟国の軍事と外交に関する権限の国際連邦への移譲に関する条約」の批准手続きが進み、発効さえすれば、どこに配備されていようとも核兵器は国際連邦が一元的に管理することになるので、問題にはならなかったはずでした。
     ところが、条約が採択されてから10年経った2195年の段階で、批准手続きが終わった国は、加盟国の3分の1足らずでした。小惑星危機の高揚感が去り冷静になったときに、大国や核兵器保有国を中心に、軍事と外交という自分たちの主権の重要な部分を連邦に渡すことをよしとしない考えが急速にひろまったのです。
     その結果、「地球規模の危機に世界が一体となって対処する」という理想で行われた核兵器の分散配備が、深刻な戦争の災禍をもたらしかねない危険な兵器を世界にひろげる、という皮肉な結果となってしまったのです。
     そんな中、先にお話しした国際連邦総会の「民主化」の流れの中で統合されたり連邦化された国家の内部で、争いが起こるようになりました。国際連邦総会での議決権を通じて世界の中で大きな影響力を持とうとしたねらいで行われた統合や連邦化には、かなり無理をして行われたものがありました。それらの悪い影響があらわれてきたのです。
     国際連邦が最初に目指した真の「世界の連邦化」は遠のき、世界中で、戦争につながるような緊張状態が高まることとなってしまいました。

    13) 四度目の大戦と「冬」

    ――質問です。

     はい、Nさん。どうぞ。

    ――どうして5ヶ国の核兵器を他の16ヶ国に配備する、というようなことをやってしまったのか、もっと詳しく説明してください。

     そうですね、
     まだ決まったわけではないのに、小惑星危機後に「連邦化」は完成する、という思い込みが大きかったのでしょう。
     人間は理想に燃えていると「すべてのことが理想どおりにいく」と「思い込んで」しまうところがある、といえるのではないかと思います。「小惑星衝突の危機に世界が団結して立ち向かう」という理想に燃えているときに、「連邦化が完成するのが理想であり、その通りになる」と安易に考えてしまったのではないでしょうか。
     現実は残念ながらそのようになりませんでした。
     危機が去り理想が唱えられる時期が終わって、いざ、みんなが現実的な考え方に立ち戻ったときに、「自分たちのことを自分たちで決められる主権はいっさい渡すまい」とか、「せっかく手に入れた核兵器を戻さずにいるほうが自分たちの利益になる」という打算的な考え方がでてくるのは、考えてみれば当然といえます。
     そのような事態になったことがわかっている今だからこそ後追いで言えることかも知れませんが、核兵器を16ヶ国へ配備することを決める段階でもっと慎重にことを運ぶべきだったと思われます。
     こんなところでよろしいでしょうか。

    ――ありがとうございます。

    ---------------------------------------------

     この先生、なかなかよくできた先生だと思う。
     プライマリースクールの生徒に説明するにはむつかしい質問にも、ちゃんと正面から受け止めてしっかりと答えている。

    ---------------------------------------------

    (火星授業記録その22)

     では、続けます。

     小惑星危機が去った22世紀末ころから、世界各地に小競り合いが広がりました。国家統合を続けるかどうかで始まった争い、連邦化した国では連邦を抜けようとする側と引きとめようとする側との争い、古くからの民族対立や宗教の対立によりふたたび始まった争いなどです。
     まだこの時点では戦闘があっても比較的狭い地域に限られていましたが、世界は確実に戦いの時代へと向かっていきました。また、特定の国の支援を受けた武装テロやサイバーテロもさかんに起こるようになりました。大規模な戦争がいつ起こってもおかしくない状況で、しかも核兵器保有国が増加してしまったことから、いったん戦争が起こってしまったら、破滅的な結果になる可能性が非常に高まりました。
     国際連邦がこのような状況に対して「なにもしようとしなかった」というわけではありません。しかし、総会で大きな影響力をもつ「大国」の中にも、その内部に紛争をかかえている国がありました。また、新たに核兵器を持つことになった国が核兵器の力を背景に自分たちに有利な方向へ議論をもっていこうとする動きをしました。
     このような状態では、国際連邦として平和を維持するための有効な、つまり効果がある対策をとることは困難でした。結果として、いわゆる「手をこまねいている」状態に陥ってしまいました。
     核兵器が使用される戦争が起こることは避けられないことを前提として、核攻撃を受けた際に住民が避難し、しばらくその中で持ちこたえることができるシェルターを競って建設する動きが各国で始まりました。「いかに多くの国民を相手より残せるようにするか」を競争するような形で建設は加速しました。
     そのような中で、いざというときに国際連邦のはたらきを途切れさせないために、国際連邦本部の機能と所属するスタッフを月の居住区へと移し始めました。連邦のコンピューターシステムの複製を月に設置し、いつでもコントロールが可能なようにしたのは、いうまでもありません。

     2225年、ついに大規模な戦いがアジア・オセアニア地域で始まりました。戦いは一気に世界全体へと広がり、「第四次世界大戦」となりました。
     短い期間のうちに、核兵器をはじめとしてありとあらゆる兵器による激しい戦闘が行われました。甚大な被害が各国の中枢、つまり中心部はもとより、国のすみずみにまで及びました。またサイバー攻撃により、国家の運営に欠かせないコンピューターシステムが次から次へと使えなくなりました。世界中の国々が国家としての機能を果たすことができなくなるまで戦闘が続き、2226年、開戦の翌年に大戦はもはや戦闘を続けることができない状態に陥ることで終わったのです。
     核兵器とならんで、人体に有害な化学物質をばらまく化学兵器、人に感染し病気を引き起こすウィルスや細菌をばらまく生物兵器、いずれも条約で保有や使用が禁止されていたはずの兵器ですが、それらも多数使用されました。その結果、放射能、有害な化学物質、ウィルスや細菌等によって地球上の大部分が汚染され、頑丈で設備の整ったシェルターに逃げ込むことができた人を除くほとんどの人々が、戦闘中に、そして戦闘が終わってしばらくの間に命を落としました。
     また、大量に核兵器が使われたことで、科学者たちによって予想されていた「核の冬」という現象に地球の環境が直面することとなりました。急速に気温が下がり、降水量、つまり雨や雪の降る量が減少しました。そのため、植物が育たなくなり、食物を得ることができなくなりました。
     地球上は、残されたわずかな人々にとっても、生き延びるのが厳しい環境になってしまったのです。

    ---------------------------------------------

     戦争の遠因となったのは、ニッポンも属していた「東・中央アジアおよび中華連邦」の解体だったという。内部の不協和音は以前から存在したが、23世紀に入り徐々に大きくなり、2220年頃には修復が困難なレベルに達した。そして、2222年のカザフスタンとそれに続く中央アジア諸国の連邦離脱にはじまり、東南アジアの構成国が続々と離脱し、ニッポンも2223年に離脱した。
     このあたりまでは中国も、離脱した国々に連邦への復帰を勧告する程度ですんでいたけれど、2224年に旧中国の領土の一部であったチベットおよびウイグルがインド・パキスタン連邦の後ろ盾で離脱し、さらに同じ漢民族の台湾がオーストラリアの支援で離脱するに至って、中国は軍事力の行使も辞さない構えとなった。
     オーストラリアは、かつてのインドネシアやニューギニア、太平洋の島々を傘下におさめ、太平洋の南西部に大きな影響力を行使するようになっていた。そのうえ台湾に拠点を築けるのならば、まさに「渡りに船」だった。オーストラリアは独立した台湾を全面的に支援し、陸海空軍を派遣、中国との対決姿勢を鮮明にした。
     2225年に戦端が開かれたのは台湾海峡だった。ほどなくチベットおよびウイグルをめぐって、インド・パキスタン連邦と中国の間にも戦闘が始まった。オーストラリアとインド・パキスタンには、アメリカ合衆国とヨーロッパ連邦をはじめとする諸国が同盟し、中国にはロシアおよび中近東・アフリカの国々をはじめとする諸国が同盟した。その結果、核兵器の保有量がほぼ等しい2つの同盟国に世界が分かれる形となった。ニッポンは中国と敵対する側に与した。
     最初に核兵器を使用したのがどちら側か、明らかにはなっていない。中国、ロシアの側と「貸し出された」ために核兵器保有国となったオーストラリア、アメリカ、インド・パキスタンの側が、ほぼ同じタイミングで相手方に対して核攻撃を開始した、というのが実情だったという。

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    ===

    14) マルグ来訪

    (火星授業記録その23)

    ――質問です。

     はい。Oさん、どうぞ。

    ――国際連邦のスタッフが、戦争前に月の居住区に移ったということですが、これって、なんか自分たちだけ生き残ろうとする、卑怯っていうか、よくないことのように思えるんですけど、そういうことは当時言われなかったのですか?

     するどい質問ですね。たしかにそのような批判もあったようです。

     けれども私は、仕方がなかった、というか、もっと突っ込んでいうと、結果的に人類のためになったと考えます。これから再びお話しするように、国際連邦が暫定統治機構を発足させ、地球の各所にレフュージを建設して生き残った人々を収容して生活・社会を再建しましたが、その際に中心的な役割を果たしたのが、第四次世界大戦前に地球から月に移った国際連邦のスタッフだったのです。
     こんな回答でよろしいでしょうか。

    ――よくわかりました。ありがとうございます。

     それでは続けます。

     国際連邦には、月・火星を含む連邦が主権をもつ宇宙空間を統治するために、宇宙統治委員会と事務局、つまり委員会の下で委員会が決めたことの実行や、委員会の活動の準備などを行う機関がありました。第四次世界大戦によって世界中の国家が機能を失ってしまった事態をうけて、国際連邦は2226年に、宇宙統治委員会と事務局をもとにして、さきほどお話しした国際連邦暫定統治機構を立ち上げました。
     そして月・火星に移住していた人々はもとより、地球上に生き残っていた人々も含めて「連邦市民」という地位を与えて、「国民を保護し、統治する」という本来なら国家がとる役割を国際連邦がとる形としたのも、先にお話しした通りです。
     地球上に生き残っていた人々に月から支援を行いながら国際連邦が進めたのは、彼らが安全に生活することができる施設を建設することでした。すでにお話にでてきた「レフュージ」というその施設がどのようなものか、ここにいる25人のうち24人の方は覚えているでしょう。天井が窓になっている巨大な建物のようなものでおおわれて、外とはほぼ完全に遮断され、そこで暮らす人々が必要とする住居、電気や水、食料などの生活物資をすべてその中で作ることができるような設備を備えている自給自足型の居住空間です。
     レフュージの設置場所は地球上の30ヶ所に決められました。生き残っていることが確認できた人数が世界中で1億人を少し超えるところだったので、1ヶ所のレフュージに平均400万人ほどを収容することが必要でした。
     レフュージの建設に必要な資材が月や火星で作られ、地球に送られ、建設が進められました。過酷な環境の中での工事は困難なものでしたが、第四次世界大戦終息から6年経った2232年に最初のレフュージが開設しました。ネオ・トウキョウ、ネオ・シャンハイ、ネオ・ラゴス、ネオ・ロンドン、ネオ・ニューヨークの5つのレフュージです。
     それらのレフュージへの生き残った人々の収容がはじまりました。また、別のレフュージを作るための基地となり、建設に必要な資材を作る役割も担いました。そうしてレフュージの建設は進み、さらに4年後の2236年までに、計画された30すべてのレフュージが開設しました。
     地球上の人類は、第四次世界大戦を経験した後、レフュージという完全に人工的な、つまり自然の状態ではなく人間がすべて作り出した環境のもとに再スタートを切ることとなったのです。

     さて、ここまで20世紀以降の戦争の歴史を、四度の大戦とその間の戦争をなくすための取り組みを中心に見てきました。
     どうですか、理解できましたでしょうか。質問がありましたらお答えしますので、いつでも言ってください。

     それではここで休憩をとることにします。

    (休憩)

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     ドアの外で「ヒ・カ・リ?」と呼ぶ声。マルガリータ・ヨシコ・ホウジョウの声だ。

     小走りにドアへと向かう。
    「マルグ!」
    「ヒカリ!」
     ふたりは手を伸ばして抱き合う。

    「来てくれたのね。もう仕事は終わったの?」
    「今日のカウンセリングは午前中で終わり。さっきレポートを書き終わったところ。ずいぶん遅れたけど、ハッピー・バースデー!」
    「ありがとう。やっぱり直に聞くと、嬉しい」

     マルガリータとわたしは、ミドルスクール2年のときに同じクラスになり、親友になった。ハイスクールのあいだ、恋多き彼女は恋の悩みをいくつもわたしに打ち明けた。「コンピューターひとすじ」で恋愛に興味のなかったわたしは、ただひたすら彼女の話を聞くだけだった。
     わたしより1年遅れて彼女はアカデミーに入学した。専攻を臨床心理学にしぼって3年で中期課程まで修了し、修士の学位と公認心理カウンセラーの資格をとった。そしてわたしと同時に医務官として統治府に入った。
     彼女の職場は同じビルの5階にある。会おうと思えばいつでも会いにいける距離だけれど、お互いなかなか忙しくて、月に一度ランチをいっしょにする程度だった。そのうちケアが本格化するにつれてカウンセラーのマルガリータが多忙となって、ランチもままならなくなってきた。毎日MATESを交わすのがやっとだった。

     マルガリータにソファをすすめて、自分も向かいのソファーに腰をおろした。
    「顔を合わせるのは3ヶ月ぶりかしら。マルグ。どうだった?」
    「うん。カテゴリAのケアがおわる5月までは超忙しくて、時間外までやってやっとこなしていたわ。6月になってもまだ忙しくって、最近やっと落ち着いたって感じ」
     カウンセリング希望者に対しては、まずはAIカウンセラーが対応することになっている。AIもなかなかのもので、9割以上のクライアントはAIのカウンセリングと処方した安定剤で落ち着くことができる。AIの対応では解決しなかった残りの1割弱を彼女たち人間のカウンセラーが対応することになる。
    「あなた方が対応するのは手強い相手ばかりだものね」
    「今週担当したクライアントで、最初はずーと黙っている人がいたの」
    「ふうん」
    「カウンセラーは傾聴が基本だから、相手がなにか話し出すまで待つわけなんだけれど、他の人とくらべても黙っている時間が異常に長いし、さすがにいつまでも待ってるわけにいかないから『いかがですか?』って、なるべく穏やかに聞いたわけ」
    「すると」
    「そうしたら突然立ち上がって『いかがもへったくりもねえだろう、こいつ!』って怒鳴り出したの」
    「あら」
    「私に殴りかからん勢いだったから、部屋にいたガードロボットが彼を取り押さえてくれて」
    「大変だったんだ」
    「取り押さえられながら彼が『どうしておれがこんな目にあわなきゃなんねーんだよ』と泣きわめくの」
    「『どうしておれが...』って言う人のこと、前にもお話ししてくれたわよね」
    「ええ。毎日のようにあるわ」
    「みんなきっと、多かれ少なかれそう思っているんでしょうね」
    「『どうしておれが...』『どうして私が...』」

     カゲヒコのカウンセラーに彼がケアされたあと、彼はどんなふうだったか聞いてみた。「守秘義務」といくことで詳しくは教えてくれなかったけれど、「どうしておれが...」とか、つぶやいていたかもしれない。

    15) マオ

    「あー、それもこれも今日でおしまい、か」とマルグがぽつりとひと言。
    「大変だったよね」
    「うん」
    「つらいこと、いっぱいあったよね」
    「う、うん...そうね」
    「よく頑張ったよね」
    「...うん」
     マルグがどんどん涙声になってくる。
     わたしは立ち上がってマルグのとなりに腰掛けた。マルグの肩に右手を回し、そして左手を回した。
    「言いたいこと、言っちゃいなよ」とわたし。
    「...私だって...私だって、どれだけ言いたかったか!」
     マルグの顔は涙でぐじょぐじょになっている。
    「そうよね...言いたかったよね」
    「どうして私が...こんなことにならなきゃならなかったの?」
    「そうよ、その通りよ」
    「まだ30にも...なっていないのに」
    「そうよ...わたしもそうよ」
    「もっと...生きていたかったよぉ。もっと...もっと...」
     わたしの涙腺も崩壊した。

     ほとんど人のいないオフィス。わたしたちはぎゅっと抱きあって、気のすむまで泣き続けた...

     10分ほど経っただろうか。
     しゃくりあげながらマルグが言った「...ありがとう」
    「...わたしこそ」
    「あなたが最後までいてくれて、ほんとによかった。だって、こんなふうにさらけ出せるの、あなたしかいないから」
    「そう言ってくれて、嬉しい」
     マルグのほうから、回していた腕をほどいた。

     隣り合わせのまま、しばらくじっと無言でいた。

    「今日はこのあとどうするの?」とわたし。
    「カウンセラー仲間といっしょに、そのときを迎える予定よ」
     マルグのご主人は、すでに1年ほど前にケアされていた。

    「あなたはどうするの?」とマルグ。
    「わたしはひとりで過ごすことにしたわ」
    「そう...いかにもあなたらしいわね」

     立ち上がりドアへと向かうマルグ。ついていくわたし。
     ドアの前でもう一度、しっかりとハグする。
    「じゃあ、よい残りの一日を、ヒカリ、ほんとにありがとう」
    「あなたも、よい残りの一日を、マルグ」

     マルグの後姿をしばらく見送り、ドアを閉じた。
     ハンカチを目にあてる。
    「大丈夫ですか、ヒカリ」とアカネ。
    「うん、なんとか」とわたし。

     授業記録に戻る。

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    (火星授業記録その24)

     よろしいですか。それでは再開します。

     これからお話しするのは、ひとつの天体とそれがあなたがたを含めた地球人類の運命をどのように変えたか、ということです。もうおわかりかと思いますが、先にお話しした小惑星とは別の天体です。
     その天体は2079年に中国人の天文学者によって発見されました。発見された時に小惑星であると思われたその天体に、発見者は「マオ・ツォートン」という名前をつけようとしました。中国の民族独立の英雄の名前にちなんだものです。
     その後の観測の結果、その天体は太陽系内にルーツをもつ小惑星ではなく、太陽系の外からやってきた恒星間天体であることが判明しました。「マオ」という名は正式の名称にはなりませんでしたが、その後も通称として使われるようになりました。
     マオは、ほぼきれいな球体をしていて、直径が100kmと小惑星を基準としても巨大な部類にはいるものです。恒星間天体というめずらしさはありましたが、さきの小惑星のインパクト危機が大きな問題となっていたこともあり、当初はマオはさほど注目を浴びることがありませんでした。
     さきの小惑星危機が一段落ついた頃、マオが23世紀の末頃に地球に接近する、という予測が公表されました。しかし当時はインパクトの可能性は考えにくいとされていました。そして世界は紛争の時代に入り、第四次世界大戦とその後の混乱の時代の間、マオのことを省みる余裕は人類にはありませんでした。
     レフュージの設置が終わり、一段落ついた2240年に、はじめてマオの地球へのインパクトの可能性が発表されました。当時の観測結果に基づくAIによる予測では、地球への最接近の時期は2290年、インパクトの確率は0.2%ということでした。
     10年後、2250年の観測結果ではインパクト確率は1%に、そして2255年には3%という結果になりました。国際連邦統治委員会の科学技術局に対策会議が設置され、本格的な対策の検討が始まりました。
     これ以降、マオに関することは、連邦統治委員会の限られた人以外には極秘、つまり一切明かされないこととなりました。明確な結論が出ないままに情報が流れることにより、人々の不安をあおることがないようにするため、という名目でした。

     地球にインパクトした場合、月にインパクトした場合の被害の予測が行われました。その結果は壮絶なものでした。
     およそ6500万年ほど前に恐竜をはじめとする多くの生物が絶滅したのは、小惑星のインパクトによるものとされています。その際にインパクトした小惑星は直径が10kmほどと推測されていますが、マオはその10倍の直径。体積は1000倍ということになります。

     ~ディスプレイ表示内容~
      衝突天体の大きさ(直径)
       さきの小惑星:560m
       6500万年前の小惑星:10000m(10km)
       マオ:100000m(100km)

     マオが月にインパクトした場合は、ほぼ一瞬で月の居住区は壊滅することが予測されました。
     地球にインパクトした場合、衝突角度や衝突時の速度、衝突場所によって影響は大きく異なりますが、地球表面のおよそ5分の1は一瞬で焼き尽くされ、約半分には焼けた岩石が降り注ぎ、ほぼ全域に台風やハリケーンの風速を上回る猛烈な衝撃波が襲うことが予測されました。また衝突場所が海の場合、高熱で海は沸騰し、衝撃で猛烈な津波、つまり海底の振動による巨大な波が陸地を襲うことも予測されました。
     衝突直後の破滅的な影響が過ぎた後、大きな環境変化に襲われることも予測されました。「核の冬」をはるかに凌ぐような気温の低下、そしてインパクトにより噴出する酸性のガスが雨水に混じり、酸性雨となって降りそそぐ、などです。

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    16) 両親との別れ

     わたしの両親との最後の面会は2年前、マサルおじいちゃんのケアからちょうど1年たったとき。カゲヒコとマモルといっしょに、おじいちゃんのときと同じターミナルケアセンターの面会室で対面した。

    「夫婦は同じタイミングでケア、というのが原則みたいだね」と父のマサヒロ。
    「カゲヒコさんのご両親も同時だったわよね」と母のカヨコ。
    「ぼくたちはそうはならないですね。残念ながら、というべきか、幸いに、というべきか...」とカゲヒコ。
    「いずれにしても、ヒカリとマモルのことをよろしくお願いしますね、カゲヒコさん」と母。
    「はい、もちろん。まあそんなに長くはないようではありますけれど...」とカゲヒコ。
    「マモル。火星に無事着けるように祈っているからな。頑張れよ」と父。
    「うん、わかった。おじいちゃん」とマモル。

    「カゲヒコくん。マモル。ちょっとだけ外してくれないか」と父が言った。
     カゲヒコとマモルが外に出た。

    「さてヒカリ...と、もったいぶって言うことでもないが、おまえの実のおじいちゃんの話は、マサルおじいちゃんから聞いているよね」と父。
    「ええ。最後の面会のときに聞いたわ。写真ももらった」
    「ずっと黙っていて悪かった」
    「そんな、気にしないで。恨んだりしてないから。驚いたのはたしかだけれど」
    「マモルおじいちゃんが行方不明になった経緯は『わからない』ということだが」と父。
    「マサルおじいちゃんからもそう聞いたわ」
    「国際連邦の調査隊の隊員として中国大陸に渡った。それは聞いているよね」
    「うん」
    「調査隊に関することは『極秘』とされてしまったということだが」
    「そうね」

    「私が思うに、どこかにその件についてのファイルは残っているはずだ」
    「たしかに可能性は否定できないけど」
    「おまえくらいのスキルなら、調査隊に関するファイルにアクセスできるかもしれん」
    「あなた、行政官のあなたが、なんてこと言うの?」と母。
    「いや、やはり聞かなかったことにしてくれ」と父。
    「わかった」とわたし。

    「ことによるとマモルおじいちゃんは、大陸のどこかでまだ生きてるかもしれないな」
     父がポツリとつぶやいたこのひとことは、ずっとわたしの中に残ることとなった。

     最後にもういちど三世代そろって、しばらく思い出話で過ごし、面会時間は終わりを迎えた。
     おじいちゃんのときとちがって、涙は出なかった。
     まだまだ若い両親の姿に、実感が湧かなかったのだろうか。

     1週間後に通知が届いた。面会のときには出なかった涙が、とめどなくあふれ出てきた。
     カゲヒコがそっと肩を抱いてくれた。

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    (火星授業記録その25)

     インパクトを回避する手段として、さきの小惑星の際に検討された宇宙船を天体に衝突させて軌道を変える、という方法や、核兵器等を打ち込み、天体を破壊する、という方法がすでに研究され、検討されました。しかし直径560mほどのさきの小惑星に有効な方法が直径100kmとはるかに大きいマオに対しては全然ちがったものになります。実際に軌道を変える方法も、破壊する方法も、現時点で人類が持っている技術ではマオにたいして効果がない、という結論になりました。
     2265年の観測結果ではマオの月へのインパクトの可能性はなくなりましたが、地球へのインパクト確率は50%となりました。連邦科学技術局での対策会議を引き継いで、連邦統治委員会のすぐ下の組織として「連邦インパクト対策特別小委員会」が設置されました。相変わらずマオに関する事項は極秘とされました。
     この時点で、マオの地球最接近またはインパクトは、2290年の6月15日の前後5日間の可能性が高いことがあきらかになりました。しかし、衝突する場合のその可能性が高い地域については、まだ特定ができませんでした。
     インパクトの前に一定以上の時間的余裕をもって衝突地点が特定できれば、危険な地帯のレフュージの市民を比較的影響の少ない地域のレフュージに避難させる、ということもできます。しかし残念ながら「衝突する可能性の高い地域」という形であっても半年くらい前にならないとわからず、正確な衝突地点については本当に直前にならないとわからない、というのが、観測結果をAIが分析した結論でした。
     ある者は一瞬のうちに高熱で焼かれ、ある者は降りそそぐ岩石の襲撃や津波によって破壊されたレフュージと運命をともにし、そしてその他の者の多くも大きく変化した環境の中で機能不全に陥った、つまりうまく機能しなくなったレフュージの中に取り残される。マオのインパクトにより、残された人類はさらに過酷な運命に見舞われることが明らかになったのです。しかも、どのレフュージにいる者がどのような運命に見舞われるかが直前までわからないということです。
     比較的安全かもしれない場所に避難をしようにも、短時間の間に数千万人という規模の人々をはるか遠くまで移動させる手段を、人類は持ち合わせていませんでした。なによりも、人々が恐怖の中で大混乱に陥ってしまう、いわゆるパニックの状態になってしまうであろうことが大きな問題とされました。
     連邦インパクト対策特別小委員会での議論は紛糾しました。
     少しでも多くのレフュージが機能し続けるよう、レフュージの構造を強くし、想定される環境変化に対応する施設を新たに備え付けるという案が出ました。しかしこの案でも、直撃状態となる地域のレフュージは助かりません。また、衝突地点や衝突の際の状況などいろいろな前提条件でAIによるシミュレーション、つまりどのようになるかの予測がされましたが、その結果は前提条件ごとにあまりにも異なるものでした。レフュージを強力にするとしても、ありとあらゆる状況に対応することは不可能です。
     どんなに手を尽くしても、インパクトの時点で地球上にいる限り多くの人々が恐怖と苦痛の中で最期をとげることが確実になるなかで、その恐怖と苦痛をそのままにしていてよいのか、という点が次第に重視されるようになりました。
     地球上にいてはならないのだとすれば、どこに行けばよいのか?月や火星へ移動させるにしても、可能な人数には限りがあります。
     そうしているうちにもマオのインパクト確率は上がり続け、2275年には90%に達し、もはやインパクトはほぼ避けられない状況になりました。

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    17) アーウィン部長奮闘す

     16時を回った頃、アカネが「ビデオ通信がはいりました」と言った。
    「つないで」と言うと、ディスプレイにアーウィン情報支援部長の顔が映った。月からの交信だ。

    (英語)
    【よかった。早退せずにまだいたんだね】とアーウィン部長。
    【はい。帰っても特にやることもありませんし】とわたし。

    【通話したのは、きみの顔を見たかったのと...いまさらながら、改めて私の力不足を詫びたいと思って】
    【そんな、お願いですからお詫びなんて...】

     アーウィン部長は「月勤務スタッフへの人事異動」という形で、わたしを地球から連れ出そうと尽力された。2ヶ月ほどかけていろいろと根回しや折衝を重ねてくださったけれど、1ヶ月前に「却下」の最終結論が下された。

     部長の顔が悲しげに曇った。
    【きみほどの人材を失うのは、連邦にとって、いや、人類にとって大きな損失だといまでも思っている】
    【そのお言葉だけで充分ですわ。わたしの代わりなんていくらでもいるでしょうから】

    【最後だから、どういう次第できみの処遇についての結論が出たか、詳しく話をしてもいいかい?】
    【わたしも聞きたいです】
    【かなり長話になるけど大丈夫かな?】
    【ええ。もう仕事はありませんから】

     アーウィン部長によれば、部長はまず、直属の上司である連邦統治委員会情報通信局の局長に話をもちかけた。わたしのプロフィールや業績を聞いた局長は即座にOKを出した。次に人事異動を統括する人事局の人事政策部長に話をし、何度も交渉を重ねた結果、その上司の人事局長の了解を得た。
     あとは、統治委員会の情報通信局担当委員と人事局担当委員の形式的な了解が得られれば正式承認、というところまできたときに、思わぬ横槍が入ったのだという。
     人事局のスタッフから話を聞いた連邦統治委員会法務局のスタッフが、法務局長にわたしの異動の件について話をした。話を聞いた法務局長は「『火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則』を潜脱するおそれがある案件」ということで、法務局担当委員に上申した。
     法務局担当委員の求めで、情報通信・人事・法務の各局の担当委員がわたしの件についてあらためて協議した。その結果は「連邦マザーAIの監察ユニットに諮問し見解を求める」ということだった。
     その話を聞いたアーウィン部長は、AIへの諮問に猛烈に反対し、情報通信局長を通じて働きかけた。どうにか情報通信局担当委員は説得することができたが、人事局担当委員はあやふやな態度に終始。結局、法務局担当委員の強硬な意見が通り、AIへの諮問が行われることになった。

    【そうして出た『見解』が『連邦マザーAIの総意として本件は却下すべしと判断する』というわけさ】と、いささか吐き捨てるようにアーウィン部長。
    【『マザーAIの総意』だなんて、わたしごときに、かえって光栄に思われますわ】
    【やつはこう言ったそうだ。『本件を承認すると重大なパラドックスに陥り、マザーAI全体のシステムダウンの引き金となる可能性を否定できない』と】
    【彼らにしてみれば、例外は可能な限り排除しなければならない、ということになるのでしょうね】
    【委員たちに言ってやった。『たかがコンピューターの判断と人間の判断とどっちをとるのか?』とね】
    【すると?】
    【法務局担当委員が言った。『きみは生命維持装置を切断されて宇宙空間に放り出されたいのかい?』と】
    【それって...『2001 スペース・オデッセイ』ですか?】
    【そういうことだ】

     一呼吸おいて部長が言う。
    【改めて、本当に申し訳ない】
    【いえ、ここまでご尽力くださって...それより、火星にいるマモルのことをこれからもどうかよろしくお願いします】
    【わかった。このまえMATESをもらったよ。飛び級して来年度は6年次に進むんだって? 頑張ってるんだね】
    【ミユキちゃんのことも...】
    【ピアノ頑張ってるらしいね。二人のことは、父親代わりとはいかないだろうが、これからもできる限りなんでもするよ】
     また悲しげに曇るアーウィン部長の顔。
    【きみは...大丈夫かい?】
    【たぶん。さっき訪ねてきた親友といっしょに思い切り泣きました。おかげですっきりした気がします】
    【そうかい】
    【ええ】

    【名残おしいが、そろそろ早朝ミーティングの時間なので失礼するよ】と部長。
    【こちらは終業時刻が近づいています】
    【きみと一緒に仕事ができて本当によかった。いろいろとありがとう】
    【もったいないお言葉ですわ。わたしのほうこそ、ありがとうございました】
    【マモルくんと、それからミユキちゃんのことは、まかせてくれたまえ】
    【お願いします】
    【それじゃあ】

     交信が切れた。もう17時近くだった。

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    18) ターミナル・ケア

    (火星授業記録その26)

     2279年、連邦インパクト対策特別小委員会の存在が明らかにされ、マオのインパクトとその対策についての案が発表されました。
     大きく分けて2項目からなる対策でした。

    ~ディスプレイ表示内容~
     「恒星間天体マオ インパクト対策要綱」
      (2279年連邦インパクト対策特別小委員会発表)
       対策1:地球上の可能な限りの者を火星に移住させること
           移住者は公平な方法で選び出すこと
       対策2:地球に残るものについては、インパクトによる苦痛から逃れさせるために、
    事前に安楽死をさせること

     ひとつは可能な限りの火星への移住、そしてもうひとつは残るものの安楽死、ということです。
     当然のごとく大きな議論が巻き起こりました。
     本当にインパクトは起こるのか? インパクトを避ける方法は本当にないのか? 避難するとか、地上で助かる方法はないのか?
     さらに、いったいどれくらいの人数が火星に移住できるのか? 選び出す「公平な方法」とはどういう方法なのか?
     これまで極秘として一般に知らせていなかったことにも批判が起こりました。
     そして「安楽死」とは、いったいどういうことなのか?

    「安楽死」について説明します。
     安楽死は、苦痛を与えずに死をむかえさせることをいいます。安楽死といえども人の命を奪うことですから、そうそう簡単に行うことはできません。一般的には、もう回復する可能性がなく、死を迎えることがあきらかな状態の病気の患者に対して、その苦痛を取り除くために行われるものとされています。
     マオのインパクトによって、地球上に残った人々の多くが恐怖と苦痛の中で悲惨な最期をとげる、ということはたしかであるとして、そのことが安楽死が許される条件として十分かどうか、特にこの点が大きな議論となりました。
     対策要綱が発表された翌年2280年に、対策要綱をより具体的にした形で連邦規則の案が作成されました。「火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則」案と呼ばれるものです。正式名称はタブレットに表示されている通りです。「ターミナル・ケア」とは、連邦規則に従って行われる安楽死のことを指す言葉として、連邦規則案作成のときに作られたものです。

    ~ディスプレイ表示内容~
     「火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則」案
      正式名称:「恒星間天体マオのインパクト対策としての火星移住計画および非移住者
    の安楽死措置に関する連邦A級規則」案

    「連邦A級規則」ですので、さきにお話ししました通り、決定には関係する市民による市民投票が必要とされました。与える影響の重大さを考えれば当然のことといえるでしょう。
     連邦規則案は連邦評議会での審議を経て2281年に可決し、市民投票が実施されることになりました。
     この規則案は地球のレフュージに住む市民にのみ影響するものなので、投票する権利があるのはレフュージ在住の市民のみとなりました。私のように火星に在住する市民は、当然のことながら投票できませんでした。
     連邦評議会での可決から市民投票までの半年の間、ふたたび議論の渦が巻き起こりました。さきほどお話ししたような議論、なかでも「ターミナル・ケア」の部分が議論の中心となりました。
     2282年5月、インパクトの予想時期の約8年前、市民投票が実施されました。
    「火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則」案について投票の結果は、賛成多数となりました。その結果をうけて、規則は7月に正式に成立しました。

    ――質問よろしいですか。

     はい、Pさん。おねがいします。

    ――どうして対策が決まったのがインパクトのわずか8年前だったのですか? もっと早くに、たとえば2265年の段階で対策を始めていれば、火星に移住できる人数だってもっとたくさん可能だったかもしれないかと思うのですが。

     するどい質問です。
     そうですね、ひとつにはインパクトの確率が、2265年の時点では、まだ50%、つまり「五分五分」の状況だったということが挙げられるかと思います。
     衝突するという都合の悪い確率が50%ということは、衝突しないという都合のいい確率も50%ある、ということです。人間の行動パターンとして、自分に都合の悪い情報を過小評価、つまり小さくとらえるという傾向があります。これを「正常化バイアス」というのですが、当時の連邦の担当者がこの正常化バイアスの状態に陥っていた可能性が考えられます。
     また、発生すれば確実に多数の犠牲者がでる事態について、発生するかどうかが「五分五分」の段階で発表すると、地球上の市民の間に不用意な形で混乱を起こすかもしれないということを憂慮した、ということも考えられます。
     その後、インパクトの確率は上がり続けたのですが「インパクトが起これば確実に犠牲者がでるのだけれど、果たして誰が犠牲になるかわからない」という状況で、それを避けるための方法も見つからず、「安全」な場所、つまり月や火星に脱出できる人数にも限りがある、という、すべてのひとを納得させられそうな解決策が得られない、いわば「袋小路」の状態になってしまったのだと思います。
    「もうこれ以上どうしようもない」という状況になって、結局「ターミナル・ケア」、つまり安楽死を基本とする対策案をとして出さざるを得なくなったのだと思われます。いわゆる「苦渋の選択」となってしまったのです。
     こんな回答でよろしいでしょうか。

    ――私には納得できません。でも、先生の説明は理解できました。

    ――関係する質問です。よろしいでしょうか。

     はい、Qさん。どうぞ。

    ――火星にきてから、ライブラリーで読んで知ったのですが、地球に接近する小惑星が地球にインパクトするかどうかは、100年前には予想できる、ということだそうです。さきの小惑星にしても、ずっと以前から衝突の可能性が検討されていて、50年以上前には「確率95%」という予測が発表されていました。どうしてマオについては、25年前になっても「50%の確率」としかならなかったのですか?

     そうですね。私もその点は疑問に思って、サイエンス担当の先生に聞いてみました。けれど、明確な理由はわからないということでした。
     軌道予測を困難とした理由として、マオが小惑星ではなく恒星間天体だったことがあるのではないか、ということでしたが、たしかなところは現時点ではなんともいえない、ということです。
     とにかく、マオの軌道の予測は一般の小惑星に比べて困難だったことは確かなようです。

     ...よろしいでしょうか。

    ――わかりました。ありがとうございます。

     いったんここで休憩をとりましょう。

    (休憩)

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    19) カテゴリ

     市民投票の実施が決まって、最初のうちは規則案に反対する声のほうが大きかった。
     まだまだ他にやれることがあるのではないか? 地球上に残っても生き延びる可能性のある者がいるのに、すべて「ケア」してしまうことは人道に反するのではないか? 「ターミナル・ケア」などときれいごとを言って、実のところはジェノサイドではないのか?
     多くのレフュージで激しい抗議活動がおこり、中には暴動に至って死傷者がでたところもあったという。
     ネオ・トウキョウは比較的静かだった。
     市民投票まで3ヶ月となった時点での世論調査では、反対が賛成を上回っていた。
     それを見た連邦側が、猛烈なPR活動をかけてきた。「なりふり構わず」というのが適当かもしれない。

     地球にぶつかる巨大な天体と、それによって地球全体に広がる火炎の渦のシミュレーション画像。
     白い患者服をまといベッドに横たわった女性が、微笑みながら安らかに目を閉じる映像が続く。
    「業火に焼かれる苦痛か、安楽に迎える眠りか...選ぶのはあなただ」というメッセージが締めくくる。

     こういった映像がレフュージの広報モニター画面に繰り返し映され、またものすごい量でネット上に投入された。次第に抗議活動も下火になってきた。
     ちなみに、地球全体に火炎の渦が広がるのはマオよりはるかに大きなサイズの天体がインパクトした場合のシミュレーション画像で、科学的見地からは明らかに誇張だったけれど、一般市民に与えた印象は強烈だった。
     投票結果はたしか接戦だったように思う。

     どうせだから調べてみよう...

    ~PIT表示内容~
     「恒星間天体マオのインパクト対策としての火星移住計画および非移住者安楽死措置に関する連邦A級規則」案
       市民投票結果:賛成52%、反対48%
       投票率:61%

     重大事を決める投票であるわりには、棄権がけっこう多かったんだ。「決めかねる」という人がかなりいたんだと思う。実際、わたしもそうだったから。  

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    (火星授業記録その27)

     よろしいでしょうか。それでは再開します。

     市民投票で成立した「火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則」について、このあとこの授業の中ではたんに「連邦A級規則」と呼ぶことにします。
     連邦A級規則では、インパクトが2290年6月という前提で、地球のレフュージをその1年前までに閉鎖することが定められました。インパクトの時期が近づくにつれ不安が高まるであろうということと、決められた運命をいたずらに引き伸ばすのは人道的に問題があることから、ターミナル・ケアの時期はできるかぎり早期がよいとされました。一方で火星へ行く者を送り出すまでに必要な期間をとる必要もありました。それらに配慮した結果導き出されたのが、「インパクトの1年前まで」ということだったのです。
     さらに連邦A級規則によって、レフュージに在住する市民は、タブレットに表示されているように3つのカテゴリに分けられることとなりました。

    ~ディスプレイ表示内容~
     連邦A級規則によるカテゴリ
      カテゴリA:カテゴリ決定後、順次ケアが施される
      カテゴリB:レフュージ閉鎖時にいっせいにケアが施される
      カテゴリC:レフュージ閉鎖までに火星に順次移住すべく出発する
            原則として40歳未満の者とする

     各カテゴリの人数については、火星に移住可能な人数が500万人であることから、まず、カテゴリCが500万人となりました。次にカテゴリBは、レフュージの活動のために最後まで必要になる人員数から算出した結果、カテゴリCと同じく500万人となりました。その結果、当時レフュージ在住の市民が合計約1億人だったので、カテゴリAは約9000万人ということになりました。
     連邦A級規則が7月に成立した3ヵ月後、2282年10月にAIによるカテゴリ分類が行われました。その後、調整が行われて、翌年3月に各人のカテゴリが確定しました。

    ――質問ですが。

     はい、Rさん。どうぞ。

    ――カテゴリ分類の詳しい方法を知りたいです。

     カテゴリ分類、つまりだれがどのカテゴリになるかを決める方法は、先にお話しした対策要綱のなかで「公平な方法」とされていましたが、実際の方法は、各人のDNA、つまり遺伝子の情報を特別な方法でデータ化してひとりひとりが異なる番号を作り出し、その番号によるくじ引きの方法でAIが行う、つまり人間が関わらない方法で実施されました。
     なお「くじ引き」とは異なる方法でカテゴリが決まる人もいましたが、その点についてはここでは省略させてください。
     よろしいでしょうか。

    ――ありがとうございます。

    ――私も質問、よろしいですか。

     はい、Sさん。おねがいします。

    ――カテゴリCに分類された人が火星に行けなくなった場合どうなったんですか? 例えば病気で亡くなったりした場合です。

     その場合は、カテゴリBの人の中から繰り下がってカテゴリCに編入される人が選ばれました。実際、カテゴリCの欠員は、亡くなることによる場合もありますし、「地球に残りたい」という本人の強い希望でカテゴリCから繰り上げを申し出て認められることによる場合もありました。
     よろしいでしょうか。

    ――はい、わかりました。

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    20) メイドノミヤゲ

     2282年10月に行われたカテゴリ分類の通知がきた。
     わたし、夫のカゲヒコ、息子のマモル、わたしの両親、カゲヒコの両親、それから祖父母で唯一生きていたマサルおじいちゃんの中で、マモルだけがカテゴリCになり、その他は全員カテゴリAになった。
     カテゴリCとカテゴリBはそれぞれ500万人だが、最初の分類で決まったのはそれぞれ450万人だった。残りの各50万人の枠については、一定の要件にあてはまる者の申請を受け、人間による予備選考、その後AIによる最終選考によって決められることとなっていた。
     申請はカテゴリCへの繰り下げ申請という形をとり、選出されたものは「特別カテゴリC」という形で火星行きの500万人に加わることとなった。選考から外れたカテゴリAの者から閉鎖までのレフュージ運営に必要とされる者が「特別カテゴリB」に選出された。
     特別カテゴリCには年齢制限はなく、申請できる要件としては、たとえば以下のようなものがあった。

    ・文化や芸術の分野で後世に残すべき顕著なものを持つ者
    ・医療従事者として顕著な技能を持つ者
    ・教育従事者として顕著な技能を持つ者
    ・その他移住後の火星居住区の運営に必要となる顕著な技能を持つ者
    ・火星移住の際に必要な航宙士・乗組員有資格者および航宙士・乗組員養成中の者

     ニッポンの天皇家やイギリスの王室などのロイヤルファミリーは「後世に残すべき人類の伝統・文化を体現するもの」として特別カテゴリCに選出されたらしい。
     また航宙士や乗組員の養成をうけるべく志願する者がものすごい数になったこともいうまでもない。
     マモルをひとりで火星にやるのが忍びないわたしとカゲヒコは、統治府職員であることから「移住後の火星居住区の運営に必要となる顕著な技能を持つもの」として申請した。
    選考結果は翌年、2283年3月に通知された。
    「厳粛かつ公正なる選考」の結果わたしは「特別カテゴリB」に繰り下げとなり、カゲヒコはカテゴリAにとどまった。
    「修士号と学士号の差かな...」と、いささかなげやりな風でカゲヒコが言った。
     ちなみにカテゴリC欠員時の繰り下げについて、「特別カテゴリB」のわたしはその対象にはならないこととなっていた。
     こうして、マモルをひとりで火星にやることが確定した。

    ---------------------------------------------

    (火星授業記録その28)

    ――質問よろしいですか?

     はい。どうぞ、Tさん。

    ――カテゴリA、B、Cの並びが、逆じゃないかと思うんですけど。

     いいところに気がつきました。

     私も最初に連邦A級規則のこの部分を見たとき、違和感をおぼえました。特に「ケア」を施されるカテゴリBからカテゴリCに編入されるのが「繰り下げ」というのは、なんか「ちがう」のかな、と思いました。
     しかしその後、規則制定のプロセスについて詳しく知って納得しました。地球人類が天体の襲来で全滅してもおかしくない危機に瀕したとき、可能な限りの人間、つまりカテゴリCの人たち、を火星に逃がすことで救おうとするため、地球に残る人たちは大きな犠牲を払うのだと。その犠牲に対しては、最大限の敬意を表さなければならない。そのことのあらわれとしてカテゴリの並び方も決められたのだ、ということです。
     よろしいでしょうか。

    ――はい。わかりました。

     カテゴリAとカテゴリCの人には、それぞれ通知が3ヶ月前にきます。Aの人にはケアの日程が、Cの人には地球を発つ日程が通知されるのです。
     ただしカテゴリAの人については、3ヶ月前に自分で申し出ることで、自分の決めたタイミングでケアを施されるようにすることができました。
     カテゴリCについては、自分で時期を決めることはできません。出発前に宇宙航行のための訓練が行われ、特に最後の1ヶ月間は訓練施設にはいり、毎日一日中訓練して過ごしたことは、地球からきた24人の人は体験すみですよね。

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     カテゴリAの者とカテゴリBの者には、ひとり1週間の公認休暇が与えられた。休暇を過ごす費用は連邦の負担で、「メイドノミヤゲ」と名づけられていた。ニッポンの古い言い回しなのだそうだ。
     過ごし方は自由で、休暇メニューもいろいろと用意されていた。VRを使った旅行体験メニューが人気だった。
     ひとりあたりの「メイドノミヤゲ」の期間は1週間だが、家族が一緒に使う場合には、人数分あわせた期間を全員で取得することができた。また対象でない家族も同行することができた。
     マモルへの通知とカゲヒコへの通知は、2年前に相次いでやってきた。
     マモルへは「7月30日に地球を発つ」という通知が4月に届いた。
     カゲヒコへの「8月25日にケアされる」という通知を受け取ったのが5月だった。
     7月に入るとマモルの火星行きの訓練が本格化することから、6月の半ばに「メイドノミヤゲ」を家族揃ってとることとした。カゲヒコの分とわたしの分あわせて2週間、なにをするか考えたあげく、「VR豪華客船によるニッポンの港町めぐり」を選んだ。ヨコハマを皮切りに、ハコダテ、オタル、ナガサキ、モジ、オノミチと回ってコウベで終わる行程だった。わたしの母方の祖父母の生まれた場所にゆかりの街に始まり、父方の祖父母の生まれた場所にゆかりの街で終わる旅となった。
     豪華な客船の豪勢なお食事とアトラクション。それらもさることながら、7つの港町の、おそらく20世紀後半から21世紀前半頃の様子を再現したのだろう、「近代的」な高層ビルのスカイラインや歴史的な町並み、そしてなによりも夜景の美しさを堪能した。

     わたしたちにはワンベッドルームにリビングのついた高級クラスの部屋が用意された。家族それぞれにベッドが用意されていた。次から次へと繰り出される旅のメニューに、まだ8歳にならないマモルは、毎日部屋に戻るとシャワーもそこそこにベッドにもぐりこんでしまった。
     わたしたちもシャワーをあびてそれぞれのベッドに入る。

     ライトを消してしばらくすると、カゲヒコがわたしの側へとやってくる。
     いままでとは別人のように激しく求めてくるカゲヒコ。
     頬に汗とも涙ともつかないしずくが流れる。
     そんなカゲヒコが、ただ、どこまでも悲しかった。

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    ===

    21) こどもたちの気持ち

    (火星授業記録その29)

     24人のみなさん、それぞれレフュージからまず月に向けてスペースプレーン型のシャトル便で向かいましたよね。それから、いったん月の居住区に下りたってしばらく月で過ごしてから火星向けの便に乗った人と、シャトル便から月の上空で火星向けの船に直接乗り移った人とがいると思います。
     たぶんみなさんのほとんどは2287年、地球と火星が最接近するタイミングに行われた「大移動」のときに火星に来たのだと思いますが、いかがでしょう。そうだという人、手をあげてください...

     はい、24人のうち22人の人がそのタイミングに来たようですね。
     シャトル便の定員は約100人から最大で約500人とまちまちで、特に「大移動」の時には、とにかく大量の人を運ぶのにひっきりなしに地球・月間を往復しました。
     一方、月から火星に向かう船は、ほとんどが正六角形の大きな「自力航行型居住モジュール」というものです。月から火星に向けて航行している間は定員約2000人の宇宙船で、火星に着いたあとはそのまま居住区の一部となりました。覚えてられるでしょうか、火星に着くといったん仮着陸をしたあと、他のモジュールとパズルのように組み込んでいきましたですね。
     この正六角形を組み合わせてできる形を「ハニカム構造」といいます。こうやって大きな居住区を安定した形で作ることになりました。

    ――発言してもよろしいですか?

     はい、どうぞ。Uさんは地球出身ですよね。

    ――ネオ・シャンハイからきました。

     言いたいこと、自由におっしゃってください。

    ――なんか、カテゴリのこととか、ぼくたちが地球から火星まで来たことについて、とても簡単な、ありふれたことのように言われてしまっているようで...なんというか...とても違和感があるんですけれど。

     ...よろしければ続けてください。

    ――父や母、兄や妹や祖父母やともだちと別れて、ひとり月に向かう船に乗ったときの不安や悲しみは、今でも忘れることができません。

     ...
     
    ――父、母、兄、妹、祖父母、そしてともだちもみんな、ネオ・シャンハイでケアされました...

     ...

    ――(涙声)ぼくはひとりぼっちです。

     ...

    ――...すみません。授業中だというのに泣いたりして。

     いいの...いいんですよ。私が、もっとみなさんの気持ちを汲んでお話をするべきでした。
     これから、まだまだみなさんにとってつらいお話をしなければなりません。どうか、なんでも発言してください。泣きたければ我慢しないで泣いてください。
     地球から来たみなさんのつらいこと、不安なこと、悲しいこと...。そのすべてが加わって、今日の授業がさらに意味のあるものになるのです。
     こればかりは、火星生まれの私からはお話ができることではありませんから。

    ――ありがとうございます。少し気持ちが落ち着きました。

    ---------------------------------------------

     マモルのことを考えて、いたたまれなくなった。

    「マモル、どうかミユキちゃんと仲良くしてね。友達たくさんできるといいね。今度担任になるニシノ先生、いい先生のようね。いろいろ相談にのってもらいなさい。それと、月にはアーウィンのおじさまもいらっしゃるからね」

     MATESでテキストメッセージをマモルあて送った。

    「あなたはけっして『ひとり』ではないのよ」

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    (火星授業記録その30)

     さて、火星で人類は3ヶ所に分かれて住んでいます。

     火星の最初の有人基地はメラス・カズマに作られました。それからカセイ渓谷とエオス・カズマに有人基地が作られ、火星上の人類の拠点は3ヶ所になりました。
     その後、恒久居住区が基地を囲む形で設置され、さきほどお話しした通り第四次世界大戦までに火星の人口は100万ほどまで増加しました。そこにマオのインパクトによる移住者500万が加わり、火星上の人口は600万を超えることとなります。
     3つの基地の周囲に設置された居住区の集まりを「居住区群」と呼びます。居住区群ごとの人口はタブレット上に表示されています。

    ~ディスプレイ表示内容~
     火星総人口      約610万人
     うちメラス居住区群  約350万人
       カセイ居住区群  約150万人
       エオス居住区群  約110万人
        ※火星への移住途上の者も含む。

     私たち火星第1382居住区の住民は、メラス居住区群約350万人の一員ということになります。
     今回の大規模な移住にともなって、必要な社会基盤、つまり住民が生活するために必要な設備や仕組みが急いで整備されました。なかでも重視されたのが、医療機関と教育機関でした。
     医療機関としては、まず居住モジュールごとに、24時間対応のAI医療ユニットが設置され、定期的に人間のスタッフが巡回する形となっています。そして8つの居住モジュールと1つのコアで構成される居住区ごとに1ヶ所の割合で、総合ホスピタルが設置されています。
     また教育機関として、プライマリースクールとミドルスクールが居住モジュールごとに、ハイスクールが居住区ごとに2~3校設置されています。アカデミーは、以前はメラス本部とそのサテライト・スクールが30ありましたが、今回の大幅な人口増にともなって、メラス本部を第1から第3までの3つの本部に分割、そしてカセイとエオスに独立した本部が開設され、あわせて5つの本部、サテライト・スクールも合計180に増えました。
     これらの医療・教育施設の運営は、もとから火星にいたスタッフに加えて、地球から移ってきた多くのスタッフが加わって、協力してあたっています。

     ここで休憩をとります。

    (休憩)

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    22) ヘプバーンと老占い師

    「17時30分ですよ、ヒカリ」とアカネが告げる。
     いつも通り勤務時間が終わった。
    「明日からお休みですね」
    「そう、お休みね」
    「どうかよい休日を」

    「アカネ、ほんとにいろいろとありがとう」
     アカネともこれでお別れ、か。

     帰り支度をしていたら、なぜだろう、無性に髪を切りたくなった。
     バッグをオフィスに置いておき、PITだけ持って、ヘアサロンへ向かう。エレベーターで1階に下り、1ブロック歩いて5分ほどのところに行きつけの店がある。
     スライドドアが自動で開くと、中から「いらっしゃいませ」の声。
     ロボットがお出迎え。人間のスタッフは、もうここ2年ほど見かけない。
     ロボットに促されて、奥から2番目のチェアに腰をおろす。
     わたしのやせっぽちの体にケープをかぶせながら「どのようになされますか」とロボット。
    「短く...そうね、思いっきり短くしたいわ」
     わたしの髪は肩が隠れるくらいの長さだった。

    「ディスプレイにヘアカタログが映ります。ご希望のサンプルがあればお教えください。」
     最初の、ちがう。
     次、これもちがう。
     その次...どうもいまひとつ。
     4番目のサンプルに目が留まる。
    「止めて」

     おでこの真ん中ぐらいのところで切りそろえた前髪。
     横はうしろに流して耳を完全に出している。
     うしろは短くカットした髪をふんわりと襟足あたりまで巻き上げている。
    「映画『ローマの休日』オードリー・ヘプバーンのヘアスタイル」とある。
    「これにしてちょうだい。」とロボットに告げる。
    「かしこまりました」と言って、ロボットが動き出す。

     学生のとき地理の授業で教わった、イタリアのローマは「永遠の都」と称されていたと。

    「永遠の都」
    「ローマの休日」

    「永遠の休日」

     アカネの最後の言葉は「どうかよい休日を」だったっけ。

     ロボットが鋏を使う音が、静かな店内に響く。わたしの他にだれも客はいない。他の2体のロボットも手持ち無沙汰そうに見える。
     そうね、こんな日に「髪を切ろう」なんて人、そうそういないわよね。この時間だし、サロンにとってわたしが最後の客になるのかしら。

    「最後の客」といえば、2年前にこんなことがあったのを、思い出した...

     息子のマモルと夫のカゲヒコを相次いで「見送った」直後の頃。さすがに応えたのだろう、わたしはまる1週間欠勤した。
     ずっと寝込んで、出勤したときには体力が相当落ちているのを感じた。
     2日目の勤務が終わったあと、エアカーを回送させて、歩いて帰宅した。衰えた体力の回復と気分転換を兼ねて、歩いて1時間ほどで帰宅するつもりだった。
     西へ2ブロック歩いて右に曲がると、ちょっとしたショップが並ぶ通りにはいる。
     角から3つめの、小さなビルの1階の前に「占い」とだけ書いたスタンド看板が出ている。
     中をのぞいてみた。占い師だろうか、和装で白髪を長く伸ばした男性がいた。
     わたしに気づいたようだ。
    「のぞいとらんと入ってこい。安くしとくぞ」とその老人が言った。
     まあ気分転換になるか、と思い、わたしは店内へと入った。

     白い布がかかった、ちょうど腕をひろげたくらいの幅の机の向こうに、老人が座っている。老人の前には、漢字がいろいろと配置された四角い台の上に円盤が乗っかったものがある。円盤は外側から3列、文字を配した円があって、真ん中には北斗七星らしき星座が描かれている。横にはなにやら古めかしい冊子。

    「おかけなさい」と老人に勧められるまま席につくと、向かい合わせになる。
    「わしはこういう者だ」と言って、年老いた占い師が時代がかった名刺を差し出す。
     名詞には「陰陽博士 慶徳司 保友」
    「博士...博士号をお持ちなんですか?」
     目を見開く占い師。
    「その博士ではない。『おんみょうはかせ』といって、ニッポンの古代から続く宮中の官職の名である」
    「お名前はなんと読むのですか?」
    「ケイトクシ・ヤストモ。れっきとした平安貴族の末裔だ」
     2週間後に施されるケアに備えて1週間後には収容されることになっているので、身辺整理もあってきょうで店じまいとのこと。
    「そうですか。それは...じゃあ、わたしが最後の客ということになるのですか」
    「そうだな、そうすることとしよう。そこで通常料金30連邦ドルのところ、特別に...」
    「特別に?」
    「1割引きの27ドル!」

     もう2年近く前のことなのに、ありありと思い出す。

    「...もう少し安くなりません?」
    「はっはっは、冗談、冗談。無料で占って進ぜよう」
    「それはありがとうございます。よろしくおねがいします」
    「どんな占いをご所望かな?」
    「おまかせします」
    「なんとかはかせ」のヤストモさんから、名前、生年月日、家族構成、などいくつかの質問を受けた。
     質問が終わると、彼は机の上の円盤を動かし、冊子を見、また円盤を動かし...しばらくしてこう切り出した。
    「お前の運命だが...」と低い声で、彼がゆっくりと言う。

    「お前は、近々死ぬ。九分九厘死ぬ。」

    「...あの~、いくら無料にしても...」一呼吸おいてわたしは続けた。
    「あたりまえじゃないですか。わたしだってカテゴリBなんですから。それに『九分九厘』って...99%の確率っていうことですか?」
    「話は最後まで聞け」と老占い師は言い聞かせるような口調で言った。
    「大事なのは数字ではない。お前には『一厘の生』がある、ということじゃ」
    「一厘の生」
    「そうだ」

    「一厘の生」
     わたしはもう一度繰り返した。
    「九分九厘死ぬ定めのお前が、もしも『一厘の生』を授かったときには...」
    「どうすればいいんですか?」
    「お前が『会いたい』と思う者のところへ向かうとよい」...

     ヤストモさんのところを出て自宅へと向かう道すがら、わたしはつぶやいていた。
    「『会いたい』と思う者のところ」...

     ...いつの間にかロボットも仕上げにかかっていた。
    「これでいかがでしょうか。」
     前面の鏡とロボットが手にした鏡に映った仕上がりをチェックする。
    「OK。いいわ」
    「とてもお似合いですよ」
    「ありがとう」
     ドライヤーと櫛で髪型を整えると、ケープをはずしてくれる。
     服をブラシで払ってカット完了。

     PITで代金20連邦ドルを払って、スライドドアに向かう。
    「ありがとうございました。『また』お越しくださいませ」とロボット。
     襟元に直にあたる空気を感じながらオフィスに戻る。

     副支部長に任命されてからほぼ3年間過ごした部屋をひと通り見渡す。私物は、昨日のうちに引き払って持って帰っているから、今日はもう何もない。
     バッグにPITを入れて部屋をでると、オフィスを後にする。もう誰も残っていない様子。
     せっかくのヘアスタイルも、誰にも見せることなく終わることになりそうだ。

     パーキングでエアカーに乗り込み、自宅へと向かう。

    ---------------------------------------------

    23) こどもたちの気持ち~再び~

    (火星授業記録その31)

     さて、これから地球のその後についてお話をする予定ですが、その前にみなさんにお聞きしておこうと思います。これからお話ししようとする部分は、今まで以上にみなさんにとって、とてもつらいこと、悲しいことを思い出させることになると思います。このままお話を続けてよいか、みなさんの意見を聞かせてください。

    ――...

     むつかしい質問だと思います。よく考えてください。

    ――...先生、よろしいでしょうか?

     はい、Vさん。お願いします。

    ――正直言って、先生のお話を聞いて泣き出してしまわない自信はありません。

     やはりそうですね。

    ――でも、泣いてしまうことになっても、先生のお話を聞きたいと思います。

     大丈夫ですか?

    ――亡くなった家族やともだちのためにも、私は聞き、知っておかなければならないのだと思います。

    ――ぼくも賛成です。

     Wさん、よろしければ続けてください。

    ――先生がさっきおっしゃった、ぼくたちのつらいこと、不安なこと、悲しいこと、そのすべてが加わって、今日の授業がさらに意味のあるものになる、ということに共感を覚えました。続けてほしいと思います

    ――私も賛成です。

    ――ぼくも。

    ――私も。

    ――(次々と賛意)。

     みなさん、ほんとうにありがとう。私も正直なところ、この部分に触れるのはつらくて、ちゃんとできるかどうか自信がありませんでした。でも、みなさんの言葉に勇気づけられました。
     続けたいと思います。

    ---------------------------------------------

     この先生、やはりすばらしいと思う。
     自分自身の悩む姿もさらけだして、生徒と心を通わせようとしている。

    ---------------------------------------------

    (火星授業記録その32)

     2283年3月にカテゴリが確定すると、カテゴリAの人たちのケアを行うための施設の整備が始まりました。
     カテゴリAのひとたちにターミナル・ケアを施す方法は具体的にはこのようなものです。

    ~ディスプレイ表示内容~
     ターミナル・ケアの方法(カテゴリAの場合)
      1.ケア対象者に全身麻酔をかける。
      2.胸の2ヶ所に電極パッドをとりつける。
      3.パッドに電気を流し、心臓にショックを与えて鼓動を止める。

     対象者は麻酔で眠っている間に、感電死の方法で死を迎えることになるのです。

     各レフュージの病院に、ターミナル・ケアを施すための設備と、最後の1週間を対象者が過ごす施設が整えられました。みなさんの中にも、ケアを迎える直前のご家族と、施設で面会した人がいると思います。
     また、カテゴリA、カテゴリBの人たちには睡眠導入剤と精神安定剤の支給が始まりました。その人たちの精神状態をできる限り平静に保つためです。また、どうしても精神的に不安定となってしまう人たちのために、AIや人間によるカウンセリングを多くの人が受けられるようにしました。
     カテゴリAの人たちのケアは2284年の5月から始まり、2289年の5月に最後のケアが施されました。

     ここまでのところ...みなさん大丈夫ですか?

    ――...大丈夫です。なんとか。

    ――私もです。

     では、続けます。

     カテゴリBの人はレフュージの閉鎖時、つまりインパクト予想時点の1年前となる6月の、末日の夜にいっせいにターミナル・ケアを受けることになります。したがって施設に入ってもらって、ひとりずつケアを施すことはできません。
     そこで行われることになったのが、特定の周波数の電磁波、つまり電波だと思ってください、その電磁波に反応して電気が流れる小さな装置を体の中に埋め込む方法です。

    ~ディスプレイ表示内容~
     ターミナル・ケアの方法(カテゴリBの場合)
     1.事前に体内に装置(「チップ」という)を手術で埋め込む
      2.6月30日の深夜、睡眠剤で全員が睡眠している間に、チップを作動させる
    周波数の電磁波をレフュージ全体に流す。
     3.電磁波に反応したチップが電気を流し、心臓にショックを与えて鼓動を止める。

    ---------------------------------------------

     カテゴリBであるわたしは、1年ほど前にチップ埋め込み手術を受けた。手術前にチップを見せてもらったが、小指の上に乗ってしまうくらい小さかった。
     医師立会いのもと、医療用ロボット2体によって局所麻酔の手術が行われた。わたしの左胸の、豊かとはいえない乳房をはさんだ2ヶ所に、ゴマ粒ほどの手術のあとが残った。

    ---------------------------------------------

    (火星授業記録その33)

     今日は6月29日です。
     明日、2289年6月30日の1日が終わる頃、地球上のレフュージでは時差に従って順々に電磁波が流れ、埋め込まれたチップが反応して、残されたカテゴリBの人たちは眠ったまま最期のときを迎えるのです。

    ――...おかあさん(涙声)

    ――(涙声)パパ...

    ――(そこここに、すすり泣き)

    ――(涙声)ごめんなさい。泣かないつもりだったのに...

     いいんです、いいのですよ。こうやって感情を解き放つのが、大事なことなんです。

    ...休憩をとりましょう。

    (休憩)

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    24) 夫カゲヒコの顛末

     カゲヒコは、連邦A級規則の成立後すぐに、火星移住支援特別プロジェクトに転属となり、地球から月、そして月から火星へと向かう移住者のためのロジスティクスを担当するチームに入った。
     火星に向かう「自力航行型居住モジュール」の建造・配備計画の進捗状況を管理し、それをもとに移住者のスケジューリングを行い、地球から月へのシャトル便の運行計画を作成する。また、燃料や物資の手配、特に移住者の移動時と火星到着後しばらくの期間の食料・水・生活必需品の手配も必要だ。
     カゲヒコは多忙を極めた。なかなか話をする時間もとれない日々が続いた。
     地球と火星が大接近する2287年8月前後に実施される、移住者全体の約3分の2を運ぶ「大作戦」の計画立案が進み、やっとひと段落つきかけた5月に、カゲヒコが8月25日にケアされることになった旨の通知が届いた。
     マモルの火星への出発を2ヵ月後に控えて、やっと家族いっしょの時間が取れるようになった。2週間の「メイドノミヤゲ」も。
     7月30日、月へ向かうシャトル便に乗る8歳になりたてのマモルを夫婦揃って見送った。

     残されたわずかな夫婦二人の時間。わたしたちは普通に朝食を食べ、普通に出勤し、普通に夕食をともにした。休日に3回ほど外食をした他は、食事はほとんど家で食べた。
     もはやカゲヒコが激しく求めてくることもなかった。夜はふたり、やさしく抱き合って眠った。

     それぞれの両親のお墓参りにも行った。カゲヒコのオガワとわたしのミヤマ、別々のセメトリーに両親の墓標が、そしてミヤマのほうにはマサルおじいちゃんの墓標がおばあちゃんのと並んであった。
    「わたしたちは別々になるんだよね。あなたはオガワに、わたしはミヤマに」
    「まあ、別姓を選択した段階でそうなることは決まっていたということなのだけれども、こんなに早く来るとは思ってもみなかったような...」
    「さみしくない? わたしは大丈夫だけど」
    「ぼくにとっては、死んだあとのことなんかより、いまこうしてきみと過ごしているこの日々が、なにより大切だから...」
     いつになくはっきりとした口調でそう言って、カゲヒコはわたしの腰に手を回した。

     ケア1週間前の8月18日に、カゲヒコは西15区の公立第4ホスピタルのターミナルケアセンターに収容された。おじいちゃんや両親と同じセンターだ。

     ケアの前日、24日の夕方に面会に行った。

    「元気そうだね」とカゲヒコが言った。
    「そうね。元気よ」とわたしが答えた。
    「ぼくは元気、というか、なんというか、あした麻酔をかけられるわけだけれど...」
     相変わらずカゲヒコはつかみどころがない。
    「マモルは順調に火星に向かってるようでなによりだ。あいつなりに考えて、粋な計らいを考えてくれた」とカゲヒコ。
    「うん。ミユキちゃんのピアノ、ほんとに上手ね。仲良しさんができてよかったわ」
    「そうだね。人間生きていればいろんな出会いがある、いやその...」

     カゲヒコからこのとき聞いたところによれば、連邦統治委員会は、2282年の連邦A級規則の成立を待たずに、「対策要領」のまとめられた2279年頃から自力航行型居住モジュールの建造・配備や月シャトル便の増強、移住者用の生活物資製造設備の月や火星での建設など、規則が成立することを見越した「事前」準備を進めていたのだという。
     カゲヒコがちょっと目を逸らすようにして言った。
    「しかしその、なんだね。このタイミングって、ぴったりというか、火星に行く人たちの支援に対するご褒美というべきか、それとも役目が終わって用無しになったっていうことか...」
    「あなた、ほんとによく頑張ったわ」
    「たしかに忙しくはしてたけどね」

     彼の視線が再びわたしの瞳に注がれた。
    「きみはひとりになっちゃうけど、ほんとに大丈夫?」
    「大丈夫、って言いたい。けど、いまだから言うけれど、ほんとは...いえ、大丈夫」
    「あと2年って、長いようで、短いような気がするような...」
    「できるだけ穏やかに過ごすようにするわ」

     面会の時間が終わりに近づいた。
    「きみと一緒に暮らして、ぼくはしあわせだったと思うけど、きみに対してぼくはきみが同じように感じてくれるような...」
    「しあわせだったに決まってるじゃない!」
     目を大きく見開いてわたしは言った。
    「いままで本当にありがとう。もっと長くいっしょに...」
    「その先は言うだけ野暮」
    「わかった」

    「それじゃあ行くね」とカゲヒコ。
    「それじゃあ」とわたし。

     椅子から立ち上がって、どちらからともなく近づいてギュっと抱きしめ合う。
     心臓の鼓動を20ほど数えたところで、カゲヒコが、回した腕をはずす。
     そのまま向きを変えて、彼は収容者用の入口へと向かった。

     ドアの前で振り返ってカゲヒコがつぶやく。
    「グッナイ」
    「グッバイでしょ」
    「いや、ぼくはあした眠りにはいるのだから...」
    「それじゃ、グッナイ」

     ドアを開けてカゲヒコが出て行った。
     遠ざかる足音。
     やがて聞こえなくなる。

     立ちつくすわたし。
     わたしたちの面会が今日の最後だったからだろうか、立会ロボットから退室を急かされることもない。

     振り返って面会者用のドアに向かおうとするけれど足が動かない。
     瞳から涙があふれ出てきた。心配させまい、と堪えていたのが、堰を切ったように。
     その場にしゃがみこんだ。
     一人きりの面会室で泣いた。ただひたすら泣いた。

     1週間後届いたカゲヒコに関する通知は、開封せずそのままにした。

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    25) 息子マモルの旅立ち

    (火星授業記録その34)

     再開したいと思います。よろしいでしょうか。

     今日の授業のまとめにはいります。
     ここまでみなさん、よくついてきてくれました。ほんとうに立派だったと思います。この授業を通じて、私もみなさんから教えられることがいっぱいありました。
     だから、授業の準備をしていたときに考えていたこととはちがうことをお話ししたいと思います。
     お話ししたいのは「希望」についてです。
     Xさん、「希望」の反対の意味のことばはなんですか。

    ――「失望」でしょうか。

     そうですね。けれど、もっと強い印象を与えることばはありませか。

    ――「絶望」ですか。

     そう、「絶望」です。

     地球人類の人口は最盛期には100億を超えました。それが第三次世界大戦の結果、60億にまで減りました。第四次世界大戦を生き延びたのは1億人と少しです。
     そして、インパクトを控えたいま、月と火星上に残された人類は、あわせて約700万人にまで減ろうとしています。最盛期の人口のわずかに0.07%です。
     月や火星も完全に安全な場所というわけではありません。
     人類は「絶望」的な状況にあるといっても過言ではありません。
     そんな「絶望」的な状況の中で、私はみなさんに対して、あえて「希望」についてお話ししたいと思いました。

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     帰宅すると
    「おかえりなさい、ヒカリさん」とクッキングマシーン。
    「カレーライスをお願い」と告げる。
     ほどなくカレーライスが用意される。
     オレンジジュースをフードストッカーから取り出し、ひとりきりの最後の晩餐。
     フードストッカーが「食料保管状況。なにもありません。補充するものはありますか?」と聞いてくる。
    「最後までおつかれさま、もうなにもいらないわ」と答える。

     思い出す...

     月行きのシャトル便に乗る前日、マモルが訓練施設から最後の帰宅をした。
     ちょうどマモルの誕生日だった。
     夕食は、マモルの希望でカレーライスだった。

     火星へ行く8歳になったばかりのマモル。
     ケアの日程が決まったカゲヒコ。
     まだしばらく残されるわたし。
     そんな三人の、お誕生日会にして最後の晩餐は、言葉も少なく黙々としたものだった。

     翌日、マモルが火星に向かう日、見送りのためにカゲヒコとわたしは仕事を休んだ。
     火星行きの便に乗るまで必要のない荷物は、まとめて先に預けてある。だからマモルが持っているのは、最低限の着替えや身の回りのものが入ったバックパックひとつだった。カゲヒコのエアカーに乗り込み、1時間ほど乗って、月行きのシャトルのターミナルに着いた。

     ターミナルは、そこだけレフュージから突き出した格好になっている。
     搭乗ゲートへ向かう途中のセキュリティ・チェックの前のロビーは、搭乗者と見送りの人で混雑していた。時間がくるまでソファーにすわり三人並んで待つ。そこここからすすり泣く声が聞こえる中、わたしたちは黙って待っていた。
     やがて搭乗開始を告げるアナウンスが流れた。
     最初にカゲヒコが立ち上がって、マモルのほうを向いた。
    「マモル。頑張れよ...いや、あんまり頑張り過ぎないでいいよ...」
    「うん、わかった。パパ」
     カゲヒコとマモルはしっかりと手を握った。
     マモルが立ち上がった。
     わたしも立ち上がってマモルのほうを向いた。
    「元気でね。落ち着いたらMATESを送ってね」
    「わかった。ママも元気で」
     マモルの左頬を、わたしは右の手のひらでそっと撫でた。

     セキュリティを抜けたところで、マモルは一度だけ振り返った。いまにも泣き出しそうな、そしてそれを必死で堪えているマモルの表情が、わたしの目に焼きついた。搭乗ゲートに向かうコーナーを曲がると、マモルの姿が見えなくなった。

     見送りの人でごった返す展望デッキから、マモルが乗ったスペースプレーン型のシャトル便を眺めた。
     マモルがセキュリティを抜けてから小一時間ほど経っただろうか、ボーディングブリッジが船体から離れ、ターミナルビルに吸収された。スペースプレーンはゆっくりとテイクオフ・スポットへ向かった。
     右手側にあるテイクオフ・スポットで機体がふわりと浮かび上がり、脚が格納された。エンジン音が猛烈に高鳴り、轟音となって窓越しに響いてくる。
     動き出すスペースプレーン。
     ものすごい勢いで加速し、わたしたちの視界の右から左へと通りすぎると、機首を上へ向けながら飛んで行った。

    「行っちゃったね」カゲヒコがぽつりとつぶやいた。
    「うん」とわたし...

     ひとりきりの晩餐を終え、いつも通り食器をディッシュウォッシャーへ入れる。

     PITに目をやる。MATESのテキストメッセージが1件はいっている。
     マモルからのものだ。

    「ママ。ボクは大丈夫です。心配しないでね」

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    26) 希望の大地

    (火星授業記録その35)

     みなさんといっしょに、20世紀以降の人類の歴史について戦争とインパクトを中心に振り返ってきました。みなさんから質問や意見をもらいました。それらを聞いていく中で、私は人類の未来に対して「希望」を持ちたいと強く思うようになりました。
     人類がこれからどのような道を歩んでいくのかは、まだわかりません。月と火星を中心に生きていくことになるのか。それともインパクト後の地球に戻り、レフュージを再建し、さらにかつての環境を復元させて、多くの人が地球に戻るのか。
     おそらく、あなたたちの世代が中心になって、そのことを考えていくことになるのだと思います。
     だから言います。
     戦争などを通じて命を失った多くの人々がいることをけっして忘れないでください。過去の歴史、人類が行ってきたことに対して、疑問をもち、「なぜ」という問いかけを続けてください。そのことが、これからの人類が進むべき道を考えていくために、大切なことだと思うのです。

    ――質問です。

     Yさん、どうぞ。

    ――マオのインパクトに関することについても、疑問をもっていいんでしょうか。

     そうです。もちろんです。ただし、あなたたちやあなたたちの親しい人たちの身の上に実際におこったことですから、まずはそのことを、そのまましっかりと受け止めてください。そのうえで、疑問をもち、「なぜ」という問いかけをしてください。

    ――わかりました。

     過去を振り返り、疑問をもって問いかけをし、そして未来の進むべき道を考えること。みなさんにはそれができる、ということを、今日の授業を通じて確信することができました。
     だから、「希望」ということばでこの授業を締めくくりたいと思います。

     長い時間、おつかれさまでした。
     これから1年間、みなさんのクラス担任として、いっしょにもっと多くのことを学んでいきたいと思います。
     よろしくお願いします。

    ――よろしくお願いします。

    ~火星授業記録おわり~

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     せっかくのヘアスタイルがくずれないように、慎重にシャワーを浴びる。お肌のケアもいつも通り。

     フードストッカーのメディカルボックスに今日の分の睡眠剤と安定剤が届いている。取り出して安定剤を捨てる。
     支給の精神安定剤は、カゲヒコがケアされた直後から服用をやめている。試しに2、3日飲むのをやめて、様子をみてみたら大丈夫だった。それから、飲むのは睡眠導入剤だけにしている。

     寝る準備ができた。

     BGMを流すのは寝る前だけ、と決めていた。仕事中も食事中も、家のことしてるときも休みの日の昼間くつろいでいるときも、BGMは流さなかった。
     昨日は、マモルが1週間前に送信してくれたミユキちゃん演ずるショパンのト短調のバラードを聴きながら寝た。ミユキちゃんの家族のことはマモルに何度か聞いたけれど、最後まで教えてくれなかった。彼なりの気の遣い方だったんだろうな。

     今日は、最近「はまって」いる、Oにしよう。20世紀後半から21世紀にかけて活動した女性ミュージシャンだ。
     彼女の曲で特にお気に入りの2曲を最後のBGMに選んだ。野菜がまだ「生命の源たる大地」で育てられていた時代に作られた曲だ。

     22時少し前、ふだんの4倍量支給された睡眠剤を一気に服用してベッドに入る。
     すっかり眠りに落ちるまでBGMが続くよう、連続再生モードにする。

     マモルにMATESを返す。
    「安心しました。ママはもう寝ますね。おやすみなさい」

     Oの一曲目が流れ出す...
     髪を切りたくなったの、この曲の影響だったのかな。誰にもすれ違わなかったけど...

    「MATES」の「A」が何の頭文字だったか…アカネに聞くの、忘れちゃった...

     楽曲を2回繰り返し、3回目が始まる頃。徐々に眠気が訪れる......

     Oの二曲目。「緑の大地」...そして「甘いキッスと目覚め」についての一節。
     もう二度と......目覚める......ことの......ない..........
     ..........
     ..........

     ..........?

    ~おわり~

     
     

    WK2013

     
     
    ボカロ楽曲制作を6年ほどやって挫折。3年ほどまえからいくつかの小説投稿サイトで作品を公表しています。このたびNOTEで公表させていただくこととしました。よろしくどうぞ、お願いします。

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