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【日本三大〇〇】の椅子は三つとは限らない

地理屋稼業の小生…日本国内を流浪している

と、やたらと目につくのが「日本三大〇〇」という誇張表現だ。
大層な肩書きだが、その大半は定員オーバーの満員御礼…
笑える。

「日本三大夜景」といえば、函館、長崎、神戸
これが“公式指定席”だ。
ところが…いつの間にか札幌や北九州が「ウチも」とばかりに殴り込みをかけ、今や【五大夜景】どころか【七大工場夜景】という分類まで存在する始末。これは進化か?
いや、どう見ても枠の無限拡大地獄という退化だろう。

こうした椅子取りゲームのなかで、唯一、泰然自若としているのが「日本三景」である。

安芸の宮島
松島
天橋立

これには江戸の儒学者、林春斎という“始祖”による選定と、近代の国立公園法制定に絡む歴史という名の筋金が入っている。
言ってみれば、お上のお墨付きと登記簿謄本が揃っているようなもの。新参者が入り込む隙など、最初からありはしない。

さて、そうなると俄然、面白いのが「日本三大七夕」の仁義なき戦いだ。
仙台、平塚は当確。
だが、残る一席を巡って愛知の安城、青森の浪岡、岐阜の大垣あたりが、毎年熾烈なアピール合戦を繰り広げる。
もはや、これは七夕飾りの美しさを競う祭りというより、地域のプライドとカネが渦巻く、実に人間臭いワールドカップ予選なのである。

枠からはみ出すのは、人間の業そのものだ


三大〇〇が四つにも五つにも膨れ上がる現象は、単なる観光地のマウンティングではない。

地理屋の目から見れば、それは地域の歴史、商圏、そして
「俺たちの町が一番だ」
という自尊心が複雑に絡み合った、我欲のインフレーションに他ならない。

観光協会は
「うちも三大のひとつ」
と刷り込んだポスター一枚で自己満足に浸り、旅人はそれを「へえ」と気にも留めず通り過ぎていく。

どこもかしこも「元祖」と「本家」を名乗るラーメン屋が乱立し、地元民ですら
「で、結局どこが始まりだったんだ?」
と誰も系譜を覚えていない。
あの状況と酷似している。
結局のところ、これは地域の誇りを守る戦いなどという美談ではない。
観光パンフレットの行間を埋める、コピーライターたちの糊口をしのぐための代理戦争なのだ。

未来予測:AIがもたらす「三大思考停止」

いずれ、この記事のようなヨタ話でさえ、AIが自動生成する時代がやってくる。
着想から見出し構成、地域史の肉付けに至るまで、すべてをだ。

その時、人間は「書き手」という運転席から、「選ぶだけ」という助手席へ格下げされる。
三大〇〇の枠がなし崩しに増えたように、世の中はAIが垂れ流す“どこかで見たような、当たり障りのない文章”で埋め尽くされるだろう。

私が危惧する「三大思考停止」はこうだ。

第一に、AIの「最大公約数的正しさ」という名の検閲が、不謹慎だが面白い“暴論”を抹殺する。

第二に、ヒトは思考のエンジンキーをAIに預け、自らは後部座席で惰眠を貪るだけになる。

そして最後に、人間が書くのは、AIすら呆れるほどの、無意味な悪ふざけとSNSの落書きだけになる。

その未来で、君がこの記事の残骸を読んだとしたら、きっとこう呟くに違いない。

「三大〇〇の定員超過問題? ああ、それこそAIが学習データから導き出した、“21世紀・日本三大退化現象”の筆頭じゃないか」と。

面白い着想がAIの安全運転フィルターで削られる。
人間は着想すら放棄し、「AIが出したネタ」だけを消費する。
残るのは、どうでもいい悪ノリだけ。

そして未来、こんな皮肉も現実になるかもしれません。
都道府県ランキングでは常に下位を争う北関東各県が
「移住したい都道府県ランキング」
ではなぜか上位を占める
——そんな人間の身勝手をAIが学んでしまったら
「もう人間はいらない」
と、AIのほうから三行半を叩きつけられはしまいか。