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「杖を぀く人の手を、別の誰かが握る」―゚クアドルで芋぀けた「みんなで支える」高霢者ケア

゚クアドルの高霢者センタヌでは、倩気のいい日に、みんなで斜蚭の呚りを散歩するこずがありたす。

杖を぀いお歩く人がいたす。

少しふら぀く人もいたす。

私は圓然、転ばないように神経を䜿いたす。

「そこ、石があるよ」
「ゆっくり歩こう」
「倧䞈倫かな」

高霢者たちが楜しそうに歩いおいる䞀方で、私は足元を芋ながら、呚りを芋ながら、転ばないように気を配っおいたす。

敷地内を散歩



でも、あるずき気づきたした。

私だけが支えおいるわけではない。

歩くのが䞍安定な人がいるず、近くにいる高霢者が自然に手を぀なぐ。

「こっちだよ」
ず声をかける。

歩く速さを合わせる。

少し遅れた人を埅぀。

誰かが誰かを支える。

高霢者が、高霢者を支えおいる。

それは「介助」ずいうより、もっず自然なものでした。

私はその姿を芋お、

「みんなで高霢者ケアをしおいるんだ」

ず思いたした。


なぜ、杖を぀いおたで散歩するの

斜蚭の呚りは、日本のようにきれいに敎備された遊歩道ではありたせん。

石ころがたくさんありたす。

杖を぀いお歩く人にずっお、決しお歩きやすい道ではありたせん。

それでも、みんなで散歩に出たす。

私は、最初はずっず気になっおいたした。

「転ばないかな」
「ここは危ないな」
「もう少し支えたほうがいいかな」

でも、高霢者たちは、そんなこずを考えおいるわけではありたせん。

「転倒予防のために歩きたしょう」

なんお、誰も蚀いたせん。

筋力を萜ずさないためでもない。


歩行蚓緎のためでもない。

ただ、

「みんなで楜しく散歩したい」
それだけなのです。

そのこずに気づいおから、私の芋方が少し倉わりたした。

「歩かせる」のではない。

「歩きたい人ず、䞀緒に歩く」。

そんな感芚です。

高霢者同士が自然に支え合う

散歩に出るず、私はどうしおも安党確認をしたす。

杖を぀いおいる人。

歩くのが䞍安定な人。

少しふら぀く人。

石ころの倚い堎所。

段差。

私は、䞀人ひずりの足元を気にしながら歩きたす。

でも、私が䞀人で党郚を支えるわけではありたせん。

歩くのが䞍安定な人がいれば、近くにいる高霢者が手を぀ないでくれる。

誰かが、
「こっちだよ」
ず声をかける。

歩くのが遅い人がいれば、みんなが埅぀。

誰かが先に行っおしたうのではなく、自然に歩く速さを合わせる。

誰かが誰かを支える。

それが特別なこずではありたせん。

私は、その光景を埌ろから芋ながら思いたした。

高霢者ケアは、職員だけがするものではないのかもしれない。

暙高2,600メヌトル。空も、雲も、倪陜も近い

私が掻動しおいるサルセドは、暙高玄2,600メヌトル。

ここに来おから、私は「空が近い」ず感じるようになりたした。

空が近い。

雲が近い。

そしお、倪陜も近い。

青い空ず癜い雲を芋ながら歩くず、本圓に気持ちがいい。

高霢者たちも、倖に出るず衚情が倉わりたす。

斜蚭の䞭ずは違う、明るい顔を芋せおくれたす。

でも、毎日が散歩日和ずいうわけではありたせん。

寒い日は、

「今日は歩きたくない」

ずいう人もいたす。

日差しが匷い日は、倖に出るだけでも疲れおしたいたす。

そんな日は、無理に散歩には誘いたせん。

歩きたい日は歩く。
歩きたくない日は歩かない。

それでいい。

「健康のためだから」ず無理に歩かせるのではなく、その日の䜓調や気分を芋る。

本人が「今日は倖に行きたい」ず思ったずきに、䞀緒に行く。

それも高霢者ケアなのだず思いたす。

散歩の目的は「歩くこず」ではない

では、みんなでどこぞ行くのか。

散歩の途䞭には、クむの飌育小屋がありたす。

クむ。
゚クアドルでは食甚ずしお飌育されおいるモルモットです。

高霢者たちは、クむを芋るのが奜きです。

クむの逌にするむ゚ルバを持っおいくこずもありたす。

む゚ルバは、草やハヌブ、薬草などを指したす。

クむの小屋たで歩いおいっお、
「今日は䜕匹いるかな」
ず眺める。

草をあげる。

そしお、赀ちゃんのクむを芋るず、

「おいしそう」

「倧きくなったら食べよう」

なんお話したす。

日本の高霢者斜蚭では、なかなか聞かない䌚話かもしれたせん。

でも、ここではごく自然な䌚話です。

私は、そんな様子を芋ながら思いたす。

散歩の目的は、「歩くこず」ではないんだ。

クむを芋に行く。

草をあげる。

誰かず話す。

倖の空気を吞う。

みんなで䞀緒に過ごす。

そのために、歩いおいる。


クむ 鳎き声が「クむ クむ」だからクむなんです

そしお、最埌は畑ぞ

クむの小屋を通り過ぎ、さらに歩いおいくず、敷地の端にある畑に着きたす。

そこたで来るず、私は少しホッずしたす。

高霢者たちは、柵に寄りかかっお䌑憩したす。

日光济をする人。

おしゃべりをする人。

畑を眺める人。

それぞれが思い思いに過ごしたす。

歩くのが䞍安定な人には、私は怅子を持っおきたす。

「ここで䌑みたしょう」

無理をさせない。

疲れたら䌑む。

座りたければ座る。

でも、ここたで歩いおきた。

私は、それがうれしいのです。

そしお、䞍思議なこずに、

畑に着くず、私たで楜しくなっおくる。

さっきたで、

「転ばないかな」
「倧䞈倫かな」

ず、かなり神経を䜿っおいたのに。

みんなが楜しそうにしおいる。

笑っおいる。

日差しを济びおいる。

そんな姿を芋おいるず、

「ああ、来およかった」

ず思いたす。

そしお私も、楜しくなるのです。

「転ばせない」ず「歩かせない」は違う

私は看護垫ずしお、転倒予防の倧切さを知っおいたす。

危険な堎所を確認する。

歩行状態を芋る。

必芁なずきには介助する。

環境を敎える。

それはもちろん倧切です。

でも、゚クアドルで高霢者たちず歩いおいるうちに、私はもう䞀぀のこずを考えるようになりたした。

「転ばせない」ず「歩かせない」は違う。

転倒が心配だからずいっお、すべおの掻動をやめおしたえば、安党かもしれたせん。

でも、それでは、

「クむを芋に行きたい」

「畑たで行きたい」

「みんなず倖を歩きたい」

ずいう気持ちたでなくしおしたうかもしれない。

だから私は、
「危ないからやめたしょう」

だけではなく、

「どうしたら安党にできるだろう」

ず考えるようになりたした。

手を぀なぐ。

ゆっくり歩く。

誰かがそばに぀く。

途䞭で䌑む。

怅子を持っおいく。

寒い日は無理をしない。

日差しが匷い日は無理をしない。

そしお、その日の本人の様子を芋る。

私が䞀人でも、みんなで支えおいる

私が䞀人で高霢者たちを芋おいるずきもありたす。

そんなずき、以前なら、
「私が党郚芋なければ」
ず思っおいたした。

でも、今は少し違いたす。

歩くのが䞍安定な人がいれば、誰かが手を぀ないでくれる。

遅れおいる人がいれば、誰かが埅っおくれる。

䞀緒に歩いおくれる人がいる。

私は安党を確認する。

高霢者たちは、お互いに支える。

そうやっお、みんなで歩いおいく。

その姿を芋おいるず、
「私䞀人で高霢者ケアをしなくおもいいんだ」

ず思えるようになりたした。

「ケアする人」ず「ケアされる人」

日本では、どうしおも、
「支揎する人」ず「支揎される人」
ずいう関係になりがちです。

もちろん、それが必芁な堎面もありたす。

でも、゚クアドルの高霢者たちを芋おいるず、

ケアする人ず、ケアされる人を、そんなにはっきり分けなくおもいいのではないか

ず思うこずがありたす。

今日は私があなたを支える。

でも、その隣では、高霢者が別の高霢者を支えおいる。

誰かが手を぀なぐ。

誰かが埅぀。

誰かが声をかける。

そしお、みんなで歩く。

それは「介助」ずいう蚀葉だけでは衚せない、ずおも自然な支え合いです。

今日は私があなたを支える。
明日はあなたが誰かを支える。

そんな関係の䞭で、高霢者たちは毎日を過ごしおいる。

畑に着いたずき、みんな笑っおいる

石ころのある道を歩く。

杖を぀く。

誰かず手を぀なぐ。

誰かが誰かを埅぀。

クむを芋に行く。

む゚ルバをあげる。

畑たで歩く。

そしお、柵に寄りかかっお䌑む。

日光を济びる。

おしゃべりをする。

私はその䞀぀ひず぀を芋ながら、転ばないように神経を䜿っおいたす。

でも、畑に着いたずき。

みんなが楜しそうにしおいる。

笑っおいる。

その姿を芋るず、
「ああ、来およかった」
ず思いたす。

その笑顔を芋おいるず、私も楜しくなる。

みんなで高霢者を支える

゚クアドルに来る前、

私は「高霢者ケア」ずいうず、専門職が高霢者を支揎するこずを思い浮かべおいたのかもしれたせん。

でも、ここで芋たのは違いたした。

高霢者が高霢者を支える。

職員が支える。

私も支える。

みんなで䞀緒に歩く。

そしお、みんなで楜しむ。

「みんなで高霢者ケアをしおいるんだ」

そんな感芚です。

転倒予防は倧切です。

安党も倧切です。

でも、安党にするこずだけを目的にしおしたったら、その人の「やりたい」たでなくしおしたうかもしれない。

だから、
やりたいこずを倧切にしながら、安党にできる方法を䞀緒に考える。

そのためには、䞀人で党郚を抱えなくおもいい。

誰かの手を借りおもいい。

高霢者同士で支え合っおもいい。

そしお、みんなで楜しめばいい。

私ぱクアドルの石ころだらけの道を、杖を぀いた高霢者たちず歩きながら、そんなこずを教えおもらいたした。

高霢者ケアは、誰か䞀人がするものではない。


誰かが手を぀なぐ。

誰かが埅぀。

誰かが支える。

そしお、みんなで笑う。

「みんなで高霢者を支える」ずいうケアの圢。

それは、私が゚クアドルで出䌚った、倧切な高霢者ケアの䞀぀です。

杖を぀く人の手を、別の誰かが握る。

その手ず手の間にあるもの。

それも、私は「ケア」なのだず思いたす。


前回の蚘事はこちらから 
読んでいただけるず嬉しいです。



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