
ロックンロールにもならない。クソみたいな話。
なんで生きているのだろう。
そして、何が正解だったのだろうか。
三十代の半ばに差しかかって、そんなことを思う日が増えた。十代の頃は、三十代なんてもっと大人だと思っていた。仕事にも慣れて、少しは余裕があって、昔の自分に「まあ、なんとかなったぞ」と言えるような人間になっていると思っていた。
でも、現実はそんなに格好よくなかった。
毎月の給料を待ち、翌月の家賃を気にし、クレジットカードの引き落としに怯え、健康診断で肝臓の数値が悪いと言われても、どう直していいか分からず、また酒を飲む。
朝になれば仕事へ行く。
上司に気を使う。同僚にも気を使う。家庭にも気を使う。誰にも嫌われないように、誰にも迷惑をかけないように、変なやつだと思われないように、毎日を小さく折りたたんで生きている。
人生を変えたいと思う。
でも、人生なんてすぐには変えられない。
今日急に何かが変わるわけではない。明日目が覚めたら、上司が急に優しくなるわけでもない。自分の性格が急に明るくなるわけでもない。部屋に転がった空き缶が、朝になったら消えているわけでもない。
結局、同じ朝が来る。
スマホを開くと、他人の人生のいい場面ばかりが流れてくる。出世した人。旅行先で笑っている人。夢を叶えている人。何かを始めて、何かを続けて、何かを手に入れている人。
こちらが見ているのは、その人の人生のほんの一部だと分かっている。それでも、比べてしまう。
自分は何をしているのだろう。
部屋には空き缶が転がっている。洗濯物はたたまれていない。机の上には、いつか読もうと思って買った本が積まれている。明日の仕事のことを考えるだけで、胸の奥が重くなる。
みんな何かを積み上げているように見える。
自分だけが、昨日と同じ場所で立ち止まっているように見える。
どうせ最後はみんな終わるのに、お金持ちも貧乏も、出世も肩書きも、勝ちも負けも関係ないのに、なんでみんなこんなに真剣に生きているのだろう。
そんなことを考えているくせに、自分もまた必死にもがいている。
人の一言に過剰に反応して落ち込む。上司に注意されて落ち込む。誰かの何気ない態度を、勝手に悪い意味に受け取って落ち込む。
そして、また酒を飲む。
飲んだところで何も解決しないことくらい分かっている。けれど、飲まないとその日を終わらせる方法が分からない夜がある。
二日酔いの朝には、頭が働かない。辛さが辛さを呼ぶ。昨日の自分を責める。責めたところで、また夜になる。
本当に、俺ってなんで生きているのだろう。
人生の成功とは何だろうか。
いい会社に入ることだろうか。出世することだろうか。誰かに愛されることだろうか。親を安心させることだろうか。家庭を持つことだろうか。お金に困らないことだろうか。
それができたら、もう満足できるのだろうか。
いや、そんなに簡単に人は終われない。
ドラマのように十話では終わらない。映画のように二時間で意味のある結末が来るわけでもない。現実は、何も解決しないまま続いていく。月曜日が来る。請求が来る。健康診断が来る。上司からメールが来る。親は老いていく。自分も老いていく。
世の中では偉大な野球記録が打ち立てられたり、自分と年齢の近い有名人が活躍したり、若くして起業している実業家が成功していたりする。
それを見たところで、自分にはどうせできないと思ってしまう。
俺だったらやれる。
そう心から思える人間なら、もうとっくに何かを残していたのかもしれない。
けれど、自分にはそれがない。
何かになりたい気持ちはある。
でも、何かになれる気がしない。
その中途半端さが、一番苦しい。
思えば、俺は昔から格好悪かった。
高校時代、特に勉強していたわけでもない。何かに本気になっていたわけでもない。なんとなく日々を過ごし、なんとなく大学受験に失敗し、浪人した。
浪人すれば変われると思っていた。
予備校に入れば、周りも勉強しているし、自分も頑張れると思っていた。今度こそ、本気になれると思っていた。
でも、そこで一目惚れした女の子に振られた。
たったそれだけで、俺の中の何かが崩れた。
今なら分かる。失恋くらいで人生を止めるなよと思う。もっと大変なことを抱えている人はいくらでもいる。でも、当時の俺にとっては、その子に振られたことが世界の終わりみたいに感じられた。
勉強机に座っても、文字が頭に入ってこない。予備校に行っても、彼女の姿を探してしまう。ノートを開いても、彼女が誰かと話していた場面ばかり思い出す。
そして、やめればいいのに、SNSを見た。
そこには、俺の知らない男と楽しそうに写っている写真があった。
胸の奥が焼けるようだった。悔しかった。みじめだった。自分が情けなかった。
なんで俺じゃないんだ。
なんで俺は選ばれないんだ。
なんで俺は、こんなに格好悪いんだ。
その感情を、俺はうまく処理できなかった。
だから、変な方向に燃やした。
その女の子が、自分に振り向かなかったことを後悔させたいと思った。あの人以上の美女と付き合ってやりたいと思った。ちゃんとした肩書きを手に入れて、見返してやりたいと思った。
そして、大学時代、俺は公務員になることを決めた。
立派な理由ではなかった。
世の中のために働きたい。社会を変えたい。
そういう気持ちも、たしかに後から出てきた。嘘ではない。けれど、最初の火種はもっと泥臭いものだった。
見返したい。
馬鹿にされたくない。
ちゃんとした人間だと思われたい。
誰かに選ばれる側になりたい。
それが本音だった。
大学二年生から、公務員試験の勉強を始めた。
周りはサークル、バイト、旅行、恋愛と、大学生らしい時間を過ごしていた。楽しそうだった。眩しかった。自分だけが、何かを取り戻すために机に向かっているような気がした。
最初は、全然分からなかった。専門科目を勉強しても頭に入らない。問題集を開いても、すぐに嫌になる。模試の点数は低い。もともと頭が良くないのに、こんな試験に受かるわけがないと思った。
何度も挫折しかけた。
でも、そのたびに、あの子のことが頭をよぎった。
こっそりSNSを見る。楽しそうにしている。男と写っている。俺の知らない世界で、俺のことなんて何も気にせず生きている。
そのたびに、もう一度だけやろうと思った。
本当に不健康な努力だったと思う。
でも、その不健康さに救われた時期があったのも事実だ。
二年以上勉強して、俺は国家公務員になれた。
第一志望は落ちた。
それでもかまわなかった。
合格した時、俺は本気で思った。
これで何かが変わる。
これで人生が始まる。
これで俺も、少しは認められる。
これで美女と付き合えるかもしれない。地元に噂が広がって、あの子の耳にも届くかもしれない。「あの人、国家公務員になったんだ」と思ってくれるかもしれない。
まあ、届いたところで何もならない。
でも、こんなに頑張ったんだ。
それくらい言わせてほしい。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
国家公務員になったからといって、急にモテるわけではない。肩書きがあれば人に好かれるなんて、そんな単純な話ではなかった。
大学生活を充実させ、女性慣れして、ファッションを勉強し、人との距離感を自然に身につけている人たちの方が、圧倒的にモテた。
俺は、肩書きを手に入れた。
でも、人としての不器用さはそのままだった。
それでも、社会人になった時には、まだ希望があった。
国を変えてやろう、とまでは言わない。けれど、それくらいの気力はあった。自分が勉強して入った場所で、何か人の役に立ちたいと思っていた。自分の仕事が、誰かの生活につながっていると信じたかった。
でも、待っていたのは、強烈な縦社会と、足を引っ張り合うような人間関係だった。
仕事は異動が多く、割り振られた範囲のことしかできない。新入社員の頃は志がある。だから、もっとこうした方がいいのではないかと思う。これはおかしいのではないかと思う。
けれど、組織を知るほど、自分の力の小ささを思い知る。
前例踏襲。根回し。上司への説明。さらに上の上司への説明。そのまた上の意向。
上司も上司で、その上の上司が怖い。現状を打破するのが怖い。何かを変えるより、何も起こさないことが正解になっていく。
一般の人からクレームが入れば、それだけで一日が終わる。言葉一つで空気が変わる。誰かの機嫌一つで残業時間が変わる。
国を変えるために国家公務員になったはずなのに、気づけば、上司の顔色を変えないために働いていた。
上の人が「カラスは赤い」と言ったら、赤いと言わなければならない。少しでもおかしな言動をすれば、すぐに広まり、どこかで悪口が始まる。誰かの小さな失敗が、休憩時間の話題になる。
なんてロックンロールじゃないんだ。
なんてつまらないんだ。
残業するなと言われても、仕事量は減らない。膨大な業務がある。上司がそのまた上の上司に気に入られるための仕事が降ってくる。
飲み会。愛想笑い。くだらない会話。意味のない資料。誰かのためではなく、誰かの機嫌のために働いているような時間。
何のために働いているのだろう。
本当に馬鹿らしくなった。
もちろん、全部が悪かったわけではない。真面目な人もいた。尊敬できる人もいた。本気で社会のために働いている人もいた。誇りを持って仕事をしている人もいた。
だからこそ、余計に単純な怒りだけでは片づけられなかった。
組織を丸ごと悪者にできたら、どれだけ楽だっただろう。でも、そうじゃなかった。いい人もいた。正しい人もいた。頑張っている人もいた。
それでも俺は、少しずつ壊れていった。
若手職員がどんどん辞めていくのを見ながら、そりゃ辞めるよなと思っていた。上の上司に気に入られるために媚びを売り続ける仕事に、心底疲れた。
そして、俺は辞めることにした。
民間に転職すれば変わると思った。
もっと合理的で、もっと自由で、もっと実力で見てもらえる場所があると思った。公務員の組織が合わなかっただけで、自分にはまだ別の場所があると思っていた。
でも、民間に行っても、実質的には上司に気に入られた人が勝つ世界だった。
仕事ができるかどうかは大事だ。
けれど、それだけではない。
誰に好かれるか。
誰に逆らわないか。
誰の前で黙るか。
誰の言葉に大きくうなずくか。
結局、人間関係だった。
場所が変わっても、自分は自分のままだった。
そして世界も、思ったほど変わらなかった。
その時、自分は人生の目的を失った。
何のために生きているのだろう。
そう思った時に、心の中に何もなかった。
公務員を目指して勉強している時が、一番充実していたのかもしれない。
苦しかった。
でも、未来があった。
俺が国を変えてやると思っていた。勉強仲間と将来を語っていた。模試の点数に落ち込みながらも、合格すれば人生が変わると信じていた。
あの頃は苦しかったけれど、今思うと愛おしい。
あの頃に戻りたいと思った。
でも、もう三十代だ。
人生は詰んだと思っていた。
もしかしたら、芸人やロックバンドになって、夢を目指して日々もがいている方が、自分の生き方には合っていたのかもしれない。絶対売れてやると思いながら、毎日もがいている方が、まだ自分らしかったのかもしれない。
とか言いながら、そんな才能はない。
今から目指す勇気もない。
そのくせ、まだ心のどこかで、何かを叫びたいと思っている。
本当に面倒くさい人間だと思う。
毎日、酒に溺れた。暗い部屋で映画を見た。
映画を見ている時だけは、どうしようもない俺も、画面の中の登場人物と同じ場所にいる気がした。夢に破れた男。誰にも理解されない主人公。社会からはみ出した人間。負け犬のように生きている人たち。
映画の中の彼らには、まだ物語があった。傷つき、叫び、ぶつかり、最後には何かを掴む。
でも、俺の部屋には何もなかった。
空き缶。散らかった服。明日の仕事。見たくもない現実。
エンドロールが流れている間だけは、まだ余韻に逃げられる。でも部屋の電気をつけた瞬間、現実が戻ってくる。床に置きっぱなしのコンビニ袋。飲みかけの缶。洗っていないコップ。明日着るワイシャツ。
映画の中の負け犬には、まだ物語があった。
でも俺の部屋には、空き缶と、明日の仕事だけが残っていた。
本当に苦しくなって、誰もいない田舎に行きたいと思った。
それは、前向きな帰省ではなかった。
逃げだった。
都会から逃げた。仕事から逃げた。上司の顔色から逃げた。SNSの中で輝いている誰かから逃げた。酒に溺れている自分からも、少しだけ逃げたかった。
山に囲まれ、大きく息ができる場所に帰りたかった。人の評価も、役職も、給料も、SNSも、いったん全部見えない場所に行きたかった。
そして、実家のある田舎に帰った。
駅を降りた瞬間、空気が違った。山の匂いがした。土の匂いがした。遠くから、何かを燃やすような匂いがした。
都会では、いつも胸の奥が詰まっていた。
でも、その時は久しぶりに、大きく息を吸えた。
ああ、生きている。
そう思った。
本当に、自分をリセットできるような気がした。
けれど、少し歩いて気づいた。
自分が育った町は、記憶の中の町ではなかった。
昔あった店がなくなっていた。商店街のシャッターは閉まっていた。子どもの頃に行った文房具屋も、駄菓子屋もなくなっていた。通学路の途中にあった小さな本屋は、看板だけを残して空き店舗になっていた。
空き家が増えていた。庭の草が伸び放題の家があった。カーテンが閉まったままの家があった。ポストに古いチラシが詰まっている家があった。
老人だけの家。
誰も帰ってこなくなった家。
帰る人がいても、年に数回だけ灯りがつく家。
観光資源も何もない。若者が集まる理由もない。子どもの声も少ない。
町は、静かだった。
静かすぎて、悲しくなった。
国を変えると意気込んでいた俺は、自分が生まれた町がこんなふうに弱っていることさえ、ちゃんと見ていなかった。
俺は、都会で疲れた時だけ「田舎に帰りたい」と言っていた。帰ってくると「落ち着く」と言っていた。でも、この町がどうやって息をしているのか、考えたことがなかった。
自分の人生がつらい。
自分の仕事がつらい。
自分の未来が見えない。
そうやって、自分のことばかり見ていた。
でも、目の前には、自分と同じように疲れている町があった。
廃れた町。人が減っていく町。誰にも注目されない町。それでも、毎日を続けている町。
その時、少しだけ思った。
俺みたいだな、と。
昔はもっと賑やかだった。昔はもっと何かになれると思っていた。昔は未来があると思っていた。
でも今は、少しずつ空き家が増えて、シャッターが閉まり、誰からも見向きされなくなっていく。
町を見ているようで、自分を見ている気がした。
だから、余計に悲しかった。
夕方、昔よく通った道を歩いた。
小学校の前を通った。グラウンドは狭く見えた。子どもの頃は、あんなに広く感じたのに、今は拍子抜けするほど小さかった。
鉄棒も、ブランコも、校舎の窓も、全部少しずつ小さくなっていた。
いや、違う。
小さくなったのは場所ではなく、俺の方だった。
俺は大人になったのではない。
ただ、傷つき方だけが大人になったのだと思った。
風が吹いた。山の影が町に落ちていた。遠くで犬が吠えた。どこかの家から、夕飯の支度をする音が聞こえた。換気扇の回る音。食器の当たる音。誰かが普通に今日を終わらせようとしている音。
その音を聞いた時、胸の奥が少しだけ痛くなった。
俺が成功していても、失敗していても、誰かの家では夕飯が作られている。
俺が何者になれなくても、この町には今日がある。
それが、少しだけ救いだった。
翌朝、もう一度、町を歩いた。
二日酔いではない朝だった。
それだけで、少し身体が軽かった。
子どもの頃によく通った文房具屋の前で足が止まった。
そこはもう、店ではなかった。
シャッターは下りていて、看板の文字は日に焼けて薄くなっていた。入口の前には、風で飛ばされてきた枯れ葉がいくつか溜まっていた。
昔、ここでノートを買った。
鉛筆を買った。
消しゴムを買った。
たいして勉強もしなかったくせに、新しいノートを買う時だけは、なぜか少しだけ自分が変われる気がした。
一ページ目だけは、やけに丁寧な字で書いた。
二ページ目からは、いつもの汚い字に戻った。
途中で使わなくなったノートも、たぶんたくさんあった。
そのことを思い出して、情けなくなった。
俺はずっと、場所を変えれば人生が変わると思っていた。
浪人すれば変われる。
大学に入れば変われる。
公務員になれば変われる。
転職すれば変われる。
田舎に帰れば変われる。
でも、変わらなかった。
変わらなかったのは、場所のせいではなかった。
俺が、自分の人生を誰かに証明するためにばかり使っていたからだ。
見返したい。
認められたい。
選ばれたい。
負けたと思われたくない。
そんなことばかり考えていた。
文房具屋のシャッターの前で、俺はしばらく立っていた。
誰も通らなかった。
車も来なかった。
町は、朝なのに静かだった。
でも、完全に死んでいるわけではなかった。
遠くの家から、洗濯機の音がした。
どこかで犬が吠えた。
畑に向かう軽トラックが、ゆっくり道を曲がっていった。
閉まった店の前にも、朝の光だけはちゃんと届いていた。
俺は、その時になってようやく思った。
この町は、誰かに認められるために続いているわけではない。
有名になるために朝を迎えているわけでもない。
誰かに褒められるために、洗濯機が回っているわけでも、畑に向かう軽トラックが走っているわけでもない。
ただ、続いている。
そのことが、なぜか俺には少し羨ましかった。
俺はずっと、何者かになれなければ終わりだと思っていた。
でも、この町は何者にもなっていない。
観光地でもない。
若者で賑わっているわけでもない。
誰かの憧れの場所でもない。
それでも、終わってはいなかった。
ただ、派手に光っていないだけだった。
俺も同じなのかもしれないと思った。
終わっているのではない。
派手に光っていないだけ。
誰かの成功と比べれば見劣りする。SNSに載せるには地味すぎる。映画の主人公にはなれない。ロックンロールにもならない。スポットライトも当たらない。
でも、まだ息をしている。
まだ朝が来る。
まだ、何かを書こうとしている。
そのことだけは、嘘ではなかった。
俺はまだ、人生の正解を知らない。
出世が正解なのか。家族を持つことが正解なのか。自由に働くことが正解なのか。地元に帰ることが正解なのか。都会で踏ん張ることが正解なのか。
何も分からない。
でも、今なら少しだけ分かることがある。
俺は、何者かになれなかったから苦しかったのではない。
何者かになれない自分を、ずっと許せなかったから苦しかったのだ。
公務員になれば認められると思っていた。肩書きがあれば選ばれると思っていた。美女と付き合えば勝てると思っていた。出世すれば見返せると思っていた。稼げば自由になれると思っていた。
でも、どれも違った。
いや、違ったというより、それだけでは足りなかった。
結局、俺はずっと、誰かに「お前は大丈夫だ」と言ってもらいたかったのだと思う。誰かに認められないと、自分の存在を許せなかったのだと思う。
でも、そんな許可証は、いつまで待っても届かなかった。
だから、もう自分で少しだけ許すしかないのかもしれない。
何者でもない自分を。中途半端な自分を。失恋を引きずって勉強した自分を。肩書きで人生が変わると本気で思っていた自分を。組織に疲れて逃げた自分を。酒に逃げた自分を。映画の中の負け犬に自分を重ねていた自分を。
全部を好きになることはできない。
いきなり前向きになることもできない。
明日から人生が輝き出すなんてこともない。
でも、少しだけ許すことならできるかもしれない。
生きる意味なんて、大きな言葉で探そうとすると、たぶん一生見つからない。
でも、朝にカーテンを開けることはできる。昨日より酒を一缶減らすことはできる。自分が見捨てた町を、もう一度見つめることはできる。情けない自分の話を、誰かに向けて書くことはできる。
俺は国を変えられなかった。
組織も変えられなかった。
自分の人生さえ、うまく変えられなかった。
でも、自分の言葉で、自分と同じように苦しんでいる誰かの夜を、少しだけ短くすることならできるかもしれない。
それは大きな夢ではない。
格好いい目標でもない。
誰かに自慢できるものでもない。
でも、俺に残った希望は、たぶんそれくらいでちょうどいい。
同じように夜の部屋で、自分の人生を馬鹿らしいと思っている人がいるかもしれない。周りが眩しく見えて、自分だけが取り残されたように感じている人がいるかもしれない。肩書きも、恋愛も、仕事も、家族も、何もかも中途半端で、それでも明日の目覚ましをセットしている人がいるかもしれない。
その人に、偉そうなことは言えない。
大丈夫だとも言い切れない。人生は素晴らしいとも、胸を張っては言えない。
俺自身、まだ酒に逃げる日がある。人の成功を見て、胸がざわつく日がある。上司の一言で一日が台無しになる日がある。自分のことが心底嫌になる夜がある。
それでも、これだけは言いたい。
終わっていない。
少なくとも、まだ終わっていない。
ロックンロールにもならない。
クソみたいな話だ。
誰も拍手なんてしてくれない。俺の人生は映画にもならない。十話できれいに終わるドラマにもならない。
失恋を燃料にして公務員を目指したことも、肩書きを手に入れれば人生が変わると思っていたことも、組織に疲れて逃げたことも、暗い部屋で酒を飲みながら映画にすがっていたことも、廃れていく町を見て、ようやく自分以外の寂しさに気づいたことも、閉まった文房具屋の前で昔の自分を思い出したことも、全部、格好悪い。
でも、その格好悪さの中にしか、本当のことはなかった。
俺はまだ、人生の正解を知らない。
たぶん、これからも知らない。
でも、何者にもなれなかった俺の人生にも、まだ書ける一行が残っている。
帰りの電車で、スマホのメモ帳を開いた。
立派な決意なんて、何も浮かばなかった。
人生を変える宣言も、町を救う計画も、誰かに胸を張れる目標もなかった。
ただ、一行だけ書いた。
ロックンロールにもならない。クソみたいな話。
それが、今の俺に書ける精一杯だった。
うまくなくていい。
格好悪くていい。
希望と呼ぶには弱すぎる光でいい。
俺はその弱い光を、もう少しだけ信じてみようと思う。