
鍋でご飯を炊いた日。
炊飯器が壊れた。
18年も使っていた。この半年ほどは「タイマーセットしたのに起動しない」などの不具合が起こりつつあったのに、わざと気づかないふりをした。壊れたことを認めたくなかった。
なぜなら、上の子が生まれた時に買ったからだ。
私と夫は、ずっと別居婚だった。子供が産まれて初めて一緒に暮らし始めたが、お互い持っていた一人暮らし用の炊飯器は小さかった。3人で家電量販店に行って、大きな5合炊きの炊飯器を買った。家族になったのだと実感した。
転勤族で、それから3回引っ越した。色んな家電を買い換えたが、この炊飯器は捨てられなかった。土鍋で炊くと美味しいよ、なんて誘惑の言葉を囁かれてもなびかなかった。壊れるまで使おうーーと思っていたら、「その日」がやってきてしまった。何度「炊飯」のスイッチを押しても、起動しなくなった。祖母がつかなくなったテレビをバンバン叩いて甦らせていたのを思い出し、私も炊飯器を遠慮がちにトントン叩いてみたが、炊飯器は動かなかった。
思い出深い炊飯器だったのに…と感傷に浸ったのも束の間、時計を見て我に帰った。時刻は19時を過ぎていた。今から炊飯器を買いに行ったらご飯を食べられるのは何時になるのだ、近所のコンビニで白飯だけ買うか?瞬時にいろんな思索を巡らせた。
ふと、カレーを作る時にしか使っていなかった厚手の鋳物ホーロー鍋が目に入った。
イケるかも。
動かなくなった炊飯器の内釜から米を取り出し、鍋に移す。昔祖母に教わった水加減を思い出し、水は「手の甲の半分より少し上」まで入れた。ドキドキしながらガスコンロにのせ、点火した。途中、水蒸気が吹き出しそうになったが、ぐつぐつという音を頼りに火加減を調整しながら、10分あまり炊いてみた。音が静かになったので、少し待って火を止めた。しばらく置いて蓋をとると、白くてツヤツヤなご飯が現れた。
初めてお鍋で炊いた白飯は、少し水分が多かったけど、甘みが強くて美味しかった。
壊れた炊飯器は、上の子と同い年だ。離乳食も、お弁当も、この炊飯器で炊いた。なくなったら困ると思っていた。
でも、鍋でもご飯は炊けた。
少し水分の多いご飯を頬張りながら、子どものことも案外そうなのかもしれない、と思った。
18年という時間が、鍋の湯気の向こうで陽炎のように揺れた。
甘いはずのご飯が、少ししょっぱく感じた。