#285_「“自分の希望を後回しにする人”が満たされにくい理由」
なぜ、
周りを優先している人ほど
心の中に空しさが残りやすいのか。
人に合わせることは大事です。
でも、
自分をずっと後ろに置くと
満たされない毎日が続きます。
今回は、
自分の希望を後回しにする人が抱えやすい
静かな空白を掘り下げます。
⸻
自分の希望を後回しにする人は、
たいてい優しいです。
空気を読む。
相手の都合を考える。
場が丸く収まるほうを選ぶ。
自分の意見より、
相手がやりやすい形を優先する。
一見すると、
とても大人です。
協調性もある。
感じもいい。
周りから見れば、
「気が利く人」
「優しい人」
と思われやすい。
でも現実には、
こういう人ほど
心の中に空しさが残りやすい。
なぜなら、
人に合わせることが続くと、
自分が何を望んでいたのかが
少しずつ見えなくなるからです。
本当はこうしたかった。
本当は行きたくなかった。
本当はそれは嫌だった。
本当は自分にも希望があった。
でも、
「まあいいか」
「相手が喜ぶなら」
「ここで言うほどでもないし」
と引っ込める。
これを何度も繰り返すと、
その場は確かに穏やかです。
関係も壊れにくい。
トラブルも少ない。
ただその代わり、
自分の中にだけ
小さな置き去りが増えていきます。
この置き去りは目立ちません。
爆発もしません。
大きな不満として出ることも少ない。
でも確実に積もります。
少し我慢する。
少し譲る。
少し黙る。
少し自分を後ろに置く。
一つひとつは小さい。
でも、
それが積み重なると
「ちゃんと生きているのに、
なぜか満たされない」
という感覚に変わります。
ここが苦しい。
自分の希望を後回しにする人は、
不満を言うのも苦手です。
なぜなら、
自分より大変な人がいると考えてしまうからです。
自分が我慢すれば済むなら、
そのほうが早いと思ってしまうからです。
でも、
その考え方が続くと危ない。
周りは満たされる。
場も回る。
関係も一応続く。
でも、
自分だけが少しずつ空っぽになる。
しかも厄介なのは、
自分を後回しにする人ほど
その空しさの原因を
はっきり言葉にできないことです。
大きな失敗があったわけではない。
誰かにひどく傷つけられたわけでもない。
なのに、
なぜか満たされない。
なぜか楽しくない。
なぜか心の奥が乾いている。
それは、
自分の希望を
自分がずっと無視してきたからです。
人は、
自分の気持ちを自分で雑に扱い続けると、
だんだん生きる実感が薄くなります。
周りに合わせているのに、
どこか他人の人生を生きているような感覚になる。
だから大事なのは、
人に合わせないことではありません。
必要なのは、
自分の希望も同じくらい大事にすることです。
今日は何を食べたいのか。
本当はどうしたいのか。
どこに行きたいのか。
何が嫌なのか。
小さなことでいい。
そこを自分に聞いてあげることが必要です。
自分の希望を言うことは、
わがままではありません。
自分を生きるための最低限です。
周りを優先できる人は立派です。
でも、
自分をずっと最後尾に置いたままでは、
どれだけ周りに感謝されても満たされない。
本当に必要なのは、
周りを思いやることと、
自分を見捨てないことを
両方やることです。
自分の希望を後回しにする人が
満たされにくいのは、
欲張りだからではありません。
むしろ逆です。
譲りすぎるからです。
その譲り方を少し変えたとき、
人はようやく
“周りに合わせるだけの人”ではなく
“自分の感情も大事にできる人”になれます。
そのとき、
静かに続いていた空白は
少しずつ埋まり始めます。
⸻
次回予告
#286
「お金の貸し借りは親族こそするな」
なぜ、
一番近いはずの相手との金のやり取りほど
関係を壊しやすいのか。
情がある。
断りにくい。
助けたい気持ちもある。
でも、
そこに金が入ると
家族や親族の関係は簡単に崩れます。
次回は、
親族とのお金の貸し借りが持つ
危うさを掘り下げます。
