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Photo byhimukai_an

いつまで聞けるのだろう

    我が家には中学1年生と小学3年生の子どもがいる。

    子育てが始まった頃は、一日がとても長く感じていた。

    夜中に何度も起こされ、ゆっくり食事をする時間もない。休日も子ども中心で、自分の時間なんてほとんどなかった。

    当時は「早く大きくなってほしい」と思うことも少なくなかった。

    ところが今、その頃を振り返ると不思議な気持ちになる。

    あれほど大変だった毎日が、どこか懐かしく思えるからだ。

    気がつけば上の子は中学1年生になった。

    制服を着て学校へ向かう姿を見るたびに、成長の早さに驚かされる。

    中学生になると親と話さなくなる、とよく聞く。

    けれど幸いなことに、うちの子はまだ家でよく話してくれる。

    学校であった出来事、友達とのやり取り、部活の話。

    食事中や車での移動中など、ふとした時間に会話が始まる。

    小学3年生の下の子もよく話す。

    学校での出来事を楽しそうに話し、友達との出来事を身振り手振りを交えて説明してくれる。

    話が途中で脱線することも珍しくない。

    それでも一生懸命伝えようとする姿を見ると、自然と耳を傾けたくなる。

    親としては、そんな時間が当たり前のように続く気がしてしまう。

    けれど本当はそうではないのだろう。

    子どもは成長する。

    友達との時間が増え、自分の世界を持ち始める。

    親よりも相談したい相手ができる日も来る。

    それは寂しいことではなく、成長の証だ。

    だからこそ、今こうして話を聞かせてくれる時間は貴重なのだと思う。

    もちろん毎日余裕があるわけではない。

    仕事で疲れて帰る日もある。

    家事に追われる日もある。

    話しかけられても「あとでね」と言いたくなることだってある。

    それでも子どもたちは変わらず話しかけてくれる。

    親にとっては何気ない会話でも、子どもにとっては聞いてほしい大切な出来事なのかもしれない。

    若い頃は、子育てとは何かを教えることだと思っていた。

    勉強のこと。

    礼儀のこと。

    社会のルール。

    もちろんそれも大切だ。

    けれど年齢を重ねた今は、それ以上に大切なものがあるように感じる。

    それは、子どもの話を聞くこと。

    何気ない会話を積み重ねること。

    振り返ったときに残るのは、特別なイベントよりも、食卓で交わした何気ない会話だったりするのではないだろうか。

    「今日ね、こんなことがあったんだよ」

    そんな一言から始まる会話を、あと何年聞けるのだろう。

    そう考えると、今この時間が少し愛おしくなる。

    中学1年生と小学3年生。

    まだ親にたくさん話してくれる今の時間を大切にしたい。

    いつか子どもたちが大人になったとき、私自身が懐かしく振り返れるように。

    今日もまた、子どもたちの話に耳を傾けようと思う。
    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

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    小学生と中学生を育てる母であり、塾講師をしています。 子育ても仕事も毎日バタバタですが、その中で感じたことをそのまま書いていきます。(英単語集も作ってみました。) 「そうそう、わかる!」と共感してもらえたら嬉しいです。

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