
幼少期の記憶ってお守りにもナイフにもなりうる|心のお守り|日記 #016
ふと、小学1年生の時のことを思い出した。
学年の縄跳び大会が近づいていたある日の体育の授業で、私は地面に座り込んでいた。縄跳び大会にはクラス対抗の大縄跳びと個人の部があって、個人競技は一重跳びをただ跳び続けるルール。10秒、20秒とカウントされていって、一度引っかかったらその場に座って他の人を待つ、という方式。
クラスの平均がだいたい50秒くらい持つ中、私は30秒ほどでダウン。
みんなが跳んでいる中で一人だけ座り込むのは結構目立つもので、すごく恥ずかしくて、つらかった記憶がある。
学年全員で160人くらいいたので、後ろの方からも見られてるんだろうな〜と悲しい気持ちに。しかも出席番号順に並ぶので、私は前から3番目の列…笑
誰かに伝えたわけじゃないけど、当時の担任の先生は私の表情や雰囲気から察してくれたんだと思う。放課後、校庭の隅でこっそり練習会を開いてくれることになった。
集まったのは私を含めて3人くらい。私みたいに縄跳びが苦手な子と、二重跳びや三重跳びといった高いレベルで苦戦している子。先生はそれから2週間くらい、毎日日が暮れるまで練習に付き合ってくれた。
その甲斐あって、大会当日は40〜50秒くらいまで跳び続けることができた。みんなと同じくらいのタイミングで座ることができて、「ああ、よかった」と心底安心したのを覚えてる。
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あれから20年ほど経つけど、夕暮れの中で練習したシーンを今でも鮮明に覚えてる。
当時、低学年は下校時間が決まっていて、高学年より早く帰らなきゃいけなかったんですよね。だから夕暮れの校庭って、本来は高学年しか遊んでいない時間帯。普段の自分の生活時間にはない景色の中で練習していたのが、なんだか特別な記憶として残っているのかもしれない。
人目が気になる性格ではあるんだけど、先生が見守ってくれて、一緒に練習してできるようになっていく友達もいて、っていう環境はすごく安心感があったなあ。
誰にも見られない、安全な場で「間違えてもいいんだよ」と思える場所で練習できるって、小学1年生の私からしたらとても救いだった。
近所の公園に行っても、高学年の子たちが野球をしていたりして、その端っこで一人で練習するのは結構難しいもので。マンションの踊り場でやるわけにもいかないし、学校までは電車通学で、近所に住んでいる友達も知り合いも誰一人いなかったので、一人で練習を始めるのはハードルが高かった。
先生がそういう事情を知っていたのかは分からない。でも、すごく忙しいはずなのに時間を割いてくれて、夕暮れの中、バスケットボールゴールの近くにあるちょっとしたスペースで練習させてもらえたことは、本当に今でも記憶に残ってる。
その先生は、今では校長先生を務められていたり教育委員会に呼ばれたりするような立派な方になっているんですが、当時から子供の機微をよく見てくださる方でした。
私は嫌なことがあっても、強く主張することも、泣き喚いて周りに気づいてもらうこともできなくて、ぐっと噛み締めて飲み込んでしまう側の子だったので、そこを掬い上げてもらえたのは本当にありがたかった。
今でも心のお守りみたいになっていて、何かつらいことがあった時に「あの先生に教わった自分なんだから、恥じないように生きていこう」と、ふと思ったりする。
こういう小さなお守りが心の中にいくつかあって、そのおかげで自分は背筋を伸ばしていられるんだろうな、って思う。
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小学生の頃って、良くも悪くもストレートな時期でもあるので、容姿のことなんかを言われて深く傷ついたという話も耳にしたりするし、本人の自覚がないうちに、コンプレックスや執着として根を張ってしまうこともある気がしている。
人格を形成する時期に周りから受けた影響って、プラスにもマイナスにもけっこう大きく働くんだなあ。自分の経験を振り返っても、ふとした一言が今も残っていたりする。