
旅の途中の寄り道〜父と父とじゃない会話
#創作大賞2026 #創作大賞2026 #エッセイ部門
この数年、私はアルコールが飲めなくなっていた。
どんな種類の、アルコールを飲んでも次の日には、大抵理由がわからない体調不良になることが多くなった。体がだるいような、お腹のあたりが不快のような。夫には、飲まないようにと言われ、確かにそうだなとは思うものの、息子が生まれる前には飲んでいたし、稀に参加する飲み会だから、少しは場に合わせたいし、楽しくなれる気がして、チャレンジはしていたが、一向に体はお酒に慣れず毎回後悔しており、最近は自分の中で渋々諦めることにしていた。
渋々だったので、自分の中で腑に落ちてなかったのだ。
そうだから、こんなタイミングで、あ、だからアルコール飲めなくなってよかった、なんて腑に落ちることになるとは思わなかった。
なんでも、人生よく出来てるもんだなぁとふと思う。
その日も、ショートステイ先の父との面会をして、2時間かけて家に帰ってきて、夫と息子の夕食の食材をぐったりしながら、スーパーに買いに行き、買いたいだけたくさんの菓子パンを買い 、おつまみみたいな、冷凍惣菜(これはコンビニ)をいつもは買わない個数買って、あーしんどい!って、思った瞬間に、
あ、私、アルコール飲めなくてよかったわ!これ、飲めてたらアルコール依存症か、アルコール飲み過ぎて鬱になるところだったわ、
と、一瞬にして腑に落ちた。
なんか、すごい、しんどかったけれど、コンビニの油多めの冷凍惣菜をキッチンで食べながらビール片手になくてよかったと、なんだから笑えてきて、ついでに、キッチンに入ってきた息子(小学校一年生の殿下)に、少しおすそ分けなんかしてたら、一番底の状態からは回復していた。
(買い物依存症になるリスクはあるかもしれないけれど。)
母が体調不良になったため、急に来た、介護の責任者ポジションも、息子がいて、子育てしてなかったら、私は救われてなかったし、子育てしてなかったら、しょうがないから父のズボンを上げてあげようとか、思えなかったと思う。
息子は、小学校一年生、保育園とは、違う難しいさがあるし、持っていくもの、宿題、心のケア(ほとんどできてるかわからないし、そこは夫のおかげ)とか、なんというかタスクが山ほどある。
その上、父のスケジュールで、私の紙の手帳が埋まり、平日は仕事の合間にケアマネージャーさんとの調整、ショートステイ先の担当さんとの会話、不足品がないかなど、あれば、2時間かけて土曜日に、父に、会いに向かう。
また、母が渋っていた介護限度額申請も仕事の休みを取ったタイミングで、市役所への申請に行って無事に取得した。
あーしんどいって、chatgptに何回か呟くくらいは、しんどいんだとは思う。
だけど、そのキッチンに立って、ふっと今の自分がキッチンドランカーになれないことを、何故か可笑しく感じてしまうのは、なんだか性分なんだか、根っこは、おちゃらけてる自分がいるんだなと思う。
ただ、家に帰れば夫と、不機嫌じゃなければ可愛い息子がいて、息子をギュッとすれば、底からは這い出せる。今でよかった、育児と、介護重なってきちゃったけど、今これが無ければ、私は乗り切れなかった。(全然始まったらばかりだけど。)
父は、私にとって良き理解者で尊敬している部分が、多かった。大学受験の相談や、勉強も赤本ななど一緒にやってくれた記憶がある。
社会人になって約20年、父は10年以上前に脳梗塞で倒れて、母の鬼のようなリハビリで回復していたものの、年齢と脳梗塞の後遺症で、介護が必要となるスピードは早まっていた。私も、頼れる父だった時の記憶がなんとなく薄くなってきている。時たま、外出先が2時間かかる場所に週何回か行く時など、父のことを、考え、父もよく2時間以上かけて職場に行って、ただ夕食の時間には、戻ってきてたから頑張ってただろうなと、今になって思いを馳せることがあった。
だからと言って、こんな経つと、親との記憶が、曖昧になるとは、、
息子も、きっとそうなるだろうなとちょっと思ったりもする。
父に面会に行く時は、正直言って、気が重い。
父ではあるけれども、私の父ではないので、(父本人ではある)、同じことを話しても、説得にも、ならないし、理解しているかもわからない。
父なんだけど、父とじゃない人との、会話のラリーが続くのだ。
「久しぶり、元気?」
「お菓子持ってきた?」
「持ってきたよ」
「もう、飽きた!いつまでいればいい!!」
「そうだよね、飽きるよねー。」
というのが、パターンで、だいたいいつまでなのか、論争がつづく。
ただ、会話をしていると時折、以前の私の父が、顔をだす。
「なお子も、大変だよなー。(分かってる。)お母さんを、頼むね。」
父じゃない人との、対応をわかっているかのような、自分が介護されているとわかっていて大変だよなって、わかってると言っているようにも聞こえる。ただ、その数秒後、私の父ではなくなり、延長なんて聞いてない、こっちも大変なんだ!疲れるんだ と言われ、振り出しに戻る。
うん、大変だよね。そうだよねぇ。
なんて、子供と話すような気持ちになりながら。
私も父と会話をする。
そんな、会話のラリーをしていると、ふと父は、
「送りに行こう」
と言って会話のラリーが終わり、私を玄関まで行くように促す。
少しは納得してくれたのかなとか思いながら、父の車椅子を押して玄関まで行く。
玄関まで行っても、一人じゃ戻れないから、また部屋まで押すのは私だけれど。
部屋までつくと、同じ居住者の人と話て、私の方に振り返らないので、一瞬にしてショートステイ先の環境に戻って行ったんだなと、複雑な気持ちにもなるが、その父の世界があるんだなとも思う。
家に帰る電車の中で、気を紛らすためにドラマなんかを見ながら、ふと、父との会話を思い出す。こっちは大変なんだよ。延長ばかりで、がんばれないかな。
介護の責任者ポジションの心情としては、そうだよね、父だって大変だし家に帰りたくなるかもね。娘としては、頑張りが足りないのかな。
まぁ、頑張りが足りないのかな、はその一瞬思うだけで、現実的にはショートステイが、良いに決まってはいて、責任者ゆえの負い目が顔を出す時がある。
そんな時には、私の父だった時の父と、脳内会話をしてみたりする。父との記憶が薄らいできてはいるが。あとは、面会したときの、父の言葉を思い出す。なお子大変だよな。
うん、そうそう大変なんだよ。
お菓子は欲しがるし、通院連れ添ってもお菓子欲しがるし、病院の受付前にトイレ行きたがるし、急に立とうと、するし。
ねぇ、私、子供育ててなかったら受け入れられなかったかも。
だってさ、私、子供育ててるから、お菓子くらい買っていくし、トイレだって病院だって着きそうよ。ショートステイはロングステイになっちゃうかもしれないけど。
父なら、しょうがないよな。
って言っているかもなって、勝手に父と会話しながら、帰路に着く。
旅の寄り道ばかりのなんとなくな人生だけど、
無駄なことはないのかもな、と思った。
とかなんとか思いながら、
しんどいことはしんどいし、
他人と比べたら大した事ないとか、
考えることもなくはないけど、
父の娘だし、しょうがないしな
とか思ってみたり、
人生って何やかんやよく出来てるな気がする。