
大切な人に食べさせたい味
#創作大賞2026 #エッセイ部門
社会人の長男は一人暮らしをしています。時折、彼の気が向いた時にふらっと帰ってきます。
平日は母である私がいるだけの静かな家で、親子2人で他愛もない話をします。毎日自炊をしているらしい長男の、美味しかった料理や失敗談を聞くのがささやかな楽しみなのです。
これからの子は、男も女も料理や家事もできなきゃね!と、彼が子供の頃から言い続けてきましたが、特に長男に料理を教え込んだわけではありません。
それでも、いつしか長男は料理作りを器用にこなすようになりました。
たまに、上手にご飯ができた時に、長男は無言で写真を送ってきます。ランチョンマットの上にはお茶の入ったグラスや、行儀よく並べてあるお箸、そして何品かの料理が並んでいます。どれも彩りよく、栄養バランスも考えて作られているようです。
いきなり送りつけられる無言の写真で「元気にやってるよ。」「ちゃんと食べているよ。」という彼なりのメッセージだと思って、微笑ましく見ています。
「おいしそうだね。」「良い焼き色だね。」などと、私の方も一言だけメッセージを返します。
母と息子のゆるいメッセージのやり取りが、私たち親子のコミュニケーションとなっています。
つい先日のこと。
その日も、ふらっと予告なく長男が帰ってきました。尽きることのない世間話。ふと時計に目をやると、お昼ごはんの時間です。
「おひる、なにか食べる?ありあわせでパスタくらいしかできないけど。」そう息子に聞くと、
「いただこうかな」の答え。
(お昼ご飯目当てで帰ってきてる雰囲気なのですが、意地っ張りな長男にはそんなこと言いません。)
「そっか。じゃ、なにか作るよ。」
さて、と私は考えます。
社会人とは言え、まだまだ良く食べる年齢の長男。
家にあるもので・・と考え、スパゲッティに決めました。
ザルを持って庭に出て、家庭菜園のトマトとバジルを摘みます。そうそう、買い置きのツナ缶もあったっけ。
そして出来上がったのが、にんにくをきかせたトマトとツナのスパゲティ。庭のバジルが食欲をそそります。
「できたよ〜。」
わざわざ長男を食卓に呼んでからの、仕上げのパルメザンチーズ。
チーズカッターを使い、お皿の上で沢山のチーズを削ります。粉雪のように、白く降り積もったチーズを見て長男が一言。
「あのさ、他の家にはチーズカッターってあまり無いって知ってた?」
そう呟きます。
知ってますとも。我が子がみなチーズ好きで喜ぶからと、チーズカッターを探して買ったのよ。そう、心のなかで呟きます。
「いただきます。」
大きくなった長男と私、2人並んで食べ始めます。
「ん〜。この味。〇〇ちゃんにも食べさせたいんだよなぁ。」
息子が独り言のように話しています。
作った張本人である私は「そこはおいしいでしょう?」と思いつつ、息子の独り言は聞こえなかったように、スパゲティを食べ進みます。
そして、息子が大切な人にも食べて欲しいと思う母の味が、出来たんだなぁと感慨もひとしおです。長い時間をかけて出来上がった家族の味なのかもしれません。
あっという間にスパゲティを平らげた長男は、デザートにと、自家製プリンを食べています。
「じゃ、帰るわ。」
そう呟いて、いつしか帰っていきます。
今度長男が来た時には、何を作ろう。そう思いつつ、気まぐれな長男を見送ります。