
「共鳴したい王国」は不可能である【即席思想】
市民サセルは、
期待を胸に、
共鳴したい王国へ引っ越してきた。
ここなら、
誰かが鳴ってくれる。
自分の中の小さな震えに、
どこかの誰かが
震え返してくれる。
サセルは、
荷物を置くと、
すぐに街へ出た。
「すいませーん
共鳴する人いませんかー」
人々は、
少しだけ目を伏せて通り過ぎた。
誰かが、
イヤホンの音量を上げた。
誰かが、
信号の色を見た。
誰かが、
共鳴しそうな顔をして、
しなかった。
⸻
サセルは、
それから半年間、
王国じゅうを探し回った。
駅前。
商店街。地下道。
夜の公園。雨の日のバス停。
「胸の奥が、
同じ形で鳴る人いませんかー」
「わかる、じゃなくて。
似てる、でもなくて」
「最終下校のチャイムみたいな音がする人
いませんかー」
「もう、
ほぼ同じ夕方を持っている人いませんかー」
けれど、
誰も鳴らなかった。
「おかしい」
サセルは、
歩道橋の上で言った。
「そんなわけはない」
そのとき、
ふと気づいた。
共鳴してくれる人は、
たしかに現れなかった。
けれど、
自分が共鳴する人にも、
一人も会っていなかった。
⸻
その夜、
サセルは、
小さなカウンターバーで酒を飲んでいた。
バーテンが聞いた。
「何かあったんですか」
サセルは、
話した。
半年間、
共鳴する人を探していたこと。
誰にも共鳴してもらえなかったこと。
そのうえ、
自分も誰にも共鳴していなかったこと。
「今までやってきたことが、
全部無意味だったんじゃないかって」
バーテンは、
カウンターのいちばん端を指さした。
「あの人に、
聞いてみたらいいですよ」
「誰ですか」
「ナラズ大統領です」
サセルは、
そちらを見た。
ひとりの男が、
トリスハイボールを飲んでいた。
背広の上着は、
椅子の背にかかっていた。
ネクタイは、
少しだけゆるんでいた。
お通しのモズクを、
そっと口に運んでいた。
共鳴したい王国、
ナラズ大統領だった。
⸻
サセルは、
大統領の隣に座った。
「すいません」
ナラズ大統領は、
グラスを見たまま言った。
「共鳴か」
サセルは、
息を止めた。
「わかるんですか」
ナラズ大統領は、
少しだけ笑った。
「わしも市民の頃、
鳴らし続けてた」
サセルは、
少し身を乗り出した。
「鳴ったんですか」
「鳴ったような気がした夜は、
何度かあった」
「気がした?」
「翌朝には、
だいたい違う音だった」
サセルは、
黙った。
ナラズ大統領は、
ハイボールを少し飲んだ。
「ここは、
共鳴したい王国だ」
「はい」
「共鳴できる王国ではない」
「じゃあ、
なぜそんな国があるんですか」
ナラズ大統領は、
空になったモズクの器を見た。
「したい者が、
多すぎるからだ」
店内は、
静かだった。
サセルは、
グラスを握った。
「僕は、
誰にも共鳴してもらえませんでした」
「だろうな」
「それに、
僕も誰にも共鳴できませんでした」
「だろうな」
サセルは、
少しむっとした。
「なぜですか」
ナラズ大統領は、
ようやくサセルを見た。
「お前は、
共鳴を探していたんじゃない」
「では、
何を」
「証明だ」
サセルは、
何も言えなかった。
「周りがお前を称賛すれば、
お前に価値はあるのか」
サセルは、
少し黙った。
「……ある気がします」
「では、
お前がまったく共鳴しない相手に褒められて、
お前はそれを価値だと思えるのか」
サセルは、
答えられなかった。
「お前は、
誰でもよかったわけじゃない」
「……」
「自分が認めたい相手に、
自分を認めさせたかっただけだ」
ナラズ大統領は、
グラスを置いた。
「もしかして、
お前」
「はい」
「共鳴しない人間を、
無価値だと思っていないか」
サセルは、
顔を上げた。
「そんなことは」
「共鳴しない相手を、
浅いとか、鈍いとか、
わかってないとか」
サセルは、
黙った。
「客観的に見ろ」
ナラズ大統領は言った。
「そんな独りよがりの勘違い野郎に、
共鳴する奴がいるか」
店内は、
静かだった。
ナラズ大統領は、
それ以上責めなかった。
ただ、
淡々と言った。
「お前の価値そのものを証明するものは、
この世にない」
「価値がない、
ということですか」
ナラズ大統領は、
眉をひそめた。
「証明できないものを、
ないことにするな」
サセルは、
息を止めた。
「他人は、
お前の価値を証明できない」
「……はい」
「お前も、
お前の価値を完全には決められない」
「はい」
「だから、
みんな証明を欲しがる」
ナラズ大統領は、
そこで言葉を止めた。
グラスの氷が、
小さく鳴った。
「ただ」
ナラズ大統領は、
ぽつりと言った。
「誰も鳴り返さない夜に、
それでも鳴らしていた時」
「わしは、
たしかに生きてた」
⸻
サセルは、
そのあと何杯飲んだのか、
覚えていなかった。
気づくと、
カウンターに突っ伏していた。
店内は、
少し明るくなっていた。
「あれ。
大統領は?」
バーテンは、
グラスを拭きながら言った。
「大統領?」
「ほら、
端に座ってた、
ナラズ大統領です」
バーテンは、
少し首をかしげた。
「お客さん、
ずっと一人で飲んでましたよ」
サセルは、
カウンターの端を見た。
椅子は、
ひとつだけ少し引かれていた。
いや、
そう見えただけかもしれなかった。
モズクの小鉢だけが、
きれいに空になっていた。
⸻
サセルは、
店を出た。
朝の街で、
緩んだネクタイの男とすれ違った。
それは、
さっき会った男のようでもあり、
ずっと先の自分のようでもあった。
朝の街は、
まだ誰とも鳴っていなかった。
ただ、
遠くのほうから、
何かが鳴り響いている気がした。
サセルは、
立ち止まった。
耳をすました。
「お客さーん」
「お代、
足りませんよー」
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